最前線の子育て論byはやし浩司(901〜000)


(901〜1000)
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最前線の子育て論byはやし浩司(900〜950)

最前線の子育て論byはやし浩司(900)

●生きがい

 朝、起きる。起きて、用をすませ、それから一杯の水を飲む。そして書斎に入る。

 書斎では、まず、電灯、プリンター、パソコンの順に、電源を入れる。そして座椅子に、深々と
すわり、しばらく時の流れるのを、待つ。

 私にとって、それが一日の始まり。風を感じ、空の光を感ずる。そのころには、いつもの画面
がモニターに現れる。目薬をさし、パソコン用のメガネにかえる。

 まず、インターネット・エクスプローラーで、メールをチェック。が、最初だけ、少し、時間がか
かる。メインで使っているパソコンは、あと数か月で、丸5年になる。多分、内部は、ゴミだら
け。そのゴミの処理で、立ちあがりが遅れるらしい。

 で、それが終わると、あちこちのニュースサイトで、ニュースを読む。言い忘れたが、私は朝
が苦手。血圧が低いせいと、自分では、そう思っている。だからこのところ、毎日のように、ワ
ードを開く前に、将棋をする。

 勝率は、5分5分というところか。本当のところは、負けそうになると、そのまま画面を閉じる。
そのころになると、頭の中に、血が巡りだす。それが実感としてわかるから、おもしろい。スーッ
と自分の頭の中を血が流れていくのが、わかる。

 あとは、いつもの毎日。目をさます時刻は、その日によってちがう。今朝は、午前6時。そして
今は、7時、少し前。おもむろに、しかしすばやくキーを、たたき始める。頭の中にたまったモヤ
モヤを、まず、はき出す。はき出しながら、書きたいテーマをしぼる。

 ところで、こんなことを書いている人がいた。

 「原稿というのは、本になってはじめて、価値がある」と。つまりHPやインターネット上の原稿
には、価値がない、と。

 つまり原稿というのは、出版社という関門を通ってはじめて、価値が出る。そうでない原稿に
は、価値がない、と。一理ある。

 本を出すときは、出版社による出版という関門をくぐらねばならない。そのとき、その価値の
ない原稿は、ゴミとして、闇に捨てられる。本を出版するということには、それなりに、資本を投
下しなければならない。その資本を投下するとき、その原稿の価値が判断される。

これはたとえて言うなら、スポーツでいう、公式試合のようなもの。いくら「私は強い」と叫んで
も、試合に勝たなければ、意味がない。試合に勝ってはじめて、その力が認められる。

 だから、こうしてインターネットで、いくら原稿を書いても、意味がない、と。

 実は、私も、そう思っている。この先のことはわからないが、今は、まだ、そういう時代であ
る。だから本来なら、本を先に書いて、その余禄を借りて、HP用の原稿を書く。それがこの世
界での、正道ということになる。

 しかし私は、この数年、本を出版するための原稿を、まったく書いていない。書きたい気持は
強いが、今は、電子マガジン。これにすべてをかけている。だれに頼まれたわけでもないが、1
000号までつづける。そういう目標もかかげた。

 しかし毎日のように、迷っているのも事実。「こんなことをしていて、何になるのだろう」と。もち
ろん、収入は、ない。

 ときどきワイフに、こう言う。「ごめん」と。つまり今の私にとっては、原稿を書くというのは、ま
ったくの道楽。その道楽を、不平ひとつこぼさず、私にさせてくれる。そういうワイフに申し訳な
い。そんな気持が、どうしても、心をふさぐ。

 まあ、1000号までがんばったら、そのあとは、有料版に力を入れたい。……とは、考えてい
るが、だいたいにおいて、1000号までつづけられるかどうか、わからない。何かあるたびに、
「もうやめようか」と思う。

 が、書いているうちに、だんだんと、その気持は薄らいでくる。書くということは、私にとって
は、頭のジョギングのようなもの。ボケ防止になるだけでも、御(おん)の字。ジョギングするの
は、だれのためでもない。自分のためである。

 悪いことばかりではない。

 書くことで、新しい世界がどんどんと広がっていく。それはたとえるなら、荒野で、宝石を見つ
けるようなもの。トボトボと歩いていると、ふと、足元で、宝石が輝いているのを知る。

 すかさず私がすることは、その宝石を手に取り、その宝石について、書くこと。すると、その宝
石の向こうに、また別の世界が見えてくる。

 それに、もうひとつ。世の中の、それまで見えなかったものが、見えてくるときがある。が、そ
れは楽しいことばかりではない。ときに、「こんなことも、私は知らなかったのか」と、がく然とす
ることもある。

 で、今は、時間との勝負。あと何年、こうしてものを書くことができるか。書きつづけることがで
きるか。書くことはできるとしても、頭のサエは、年々、たしかに鈍くなってきている。そのうち、
この頭も、使いものにならなくなる。

 日本でもよく知られた作家に、IHという人がいる。私が学生時代、同じ金沢に住んでいた。そ
ういうこともあって、私は彼のファン。彼の新刊書が出るたびに、書店で立ち読みをする。(最
近は、ほとんど買わない。ゴメン!)

 私と書くジャンルがちがうので、本そのものは、めったに買ったことがない。賞という賞を総な
めにした人だけに、さすが、文章はうまい。情景にしても、IHが書くと、流れるように、頭の中に
浮かんでくる。

 しかしこのところ、いくら読んでも、ピンとこない。焦点がボケてきた。言いたいことは、よくわ
かる。しかし「だから……」という部分が、弱い。私たちの世界では、これを「つっこみが甘い」と
いう。IHも、やはり、年齢には、勝てないようだ。

 が、それは、10年後、20年後の、私の姿でもある。

 だから急がねばならない。今のうちに、できるだけ、前に進んでおかねばならない。私に残さ
れた時間は、あまりにも、短い。今までの10年が、あっという間に過ぎてしまったように、これ
からの10年も、さらにあっという間に、過ぎてしまうだろう。

 私は、おもむろに、座右の雑誌や本に手をのばす。週刊誌もあるし、パソコンソフトのガイド
ブックもある。そういうものをパラパラとめくっていると、その下から、モヤモヤしたものが、わい
てくる。怒りか? 不満か? 

 決してそれらは心地よいものではない。しかしそのモヤモヤを感ずると、それをはき出したく
なる。漢字で書けば、「吐き出す」だが、掃除するという意味で、「掃き出す」のほうが、よい。と
たん、パソコンのキーボードが、パチパチとリズミカルな音をたて始める。

 こうして私の一日は、始まる。

 そうそう、たいへん重要なことを言い忘れた。

 こうしてものを書くのが、私にとっては、今は、生きがいになりつつある。生きる力の原動力に
なっている。書くだけではない。マガジンに載せる写真にしても、それをとりにいくのも、それな
りに楽しい。その瞬間、カメラマンになったような気分になる。

 今は、いっぱしの作家気取り。評論家気取り。小説家気取り。……気分だけで、中身はな
い。ないが、たしかに生きがいにはなっている。少し前だが、こう感じたこともある。

 「朝、起きたとき、その瞬間から、やりたいことがあるというのは、それだけでも、感謝しなけ
れば……」と。反対に、今の私から、書くことを奪ったら、いったい、何が、残るのか?

 さてさて、くだらない話は、ここまで。今日のテーマは、……ということで、一言。

 みなさん、おはようございます!


+++++++++++++++++++はやし浩司

【原因錯誤】

++++++++++++++++++

ときとして、私たちは、問題の本質を
忘れ、方向性を見失うことがある。

そして本来、問題でない問題に、右往左往
し、時間をムダにする。

++++++++++++++++++

 まず、こんな問題。

【問】

 ある山の中に、オオカミが住んでいました。が、その女の子は、どうしても、隣村の、おばあち
ゃんのところへ、お菓子を届けなければなりません。

 そこで一番仲のよい、A君に、いっしょに、行ってくれるように頼みました。でも、A君は、「いそ
がしいから、いやだ」と言いました。

 しかたないので、女の子は、ひとりで、隣村まで行くことにしました。

歩いていくと、途中で、鉄砲をもったおじさんに、出会いました。女の子は、おじさんに、「オオカ
ミはいる?」と聞きました。すると、おじさんは、「たった今、撃ち殺してきたから、もういないよ」
と、ウソを言いました。

 女の子は、それを聞いて安心して、山の中を歩いていきました。しかしそこへオオカミがやっ
てきて、その女の子を食べてしまいました。

 この話の中で、一番、悪いのは、だれですか?

+++++++++++++++

 こうした問題を出すと、「隣のA君だ」「いや、ウソを言ったおじさんだ」とか、おとなたちは、考
える。中には、「女の子の親は、何をしていたのだ」「いや、女の子が悪い。危険だとわかって
いて、わざわざ、隣村に行くほうが、おかしい」と。

 しかし子どもたちは、単純にこう答える。

 「一番悪いのは、オオカミだよ」と。

 つまり私たちは、大本(おおもと)の原因を忘れ、枝葉末節のところで、不要な議論を繰りか
えす。こういう例は、日常生活の中でも、よく経験する。

 こんな例が、新聞の投書欄に載っていた。

 ともに認知症の、年老いた両親が、一個の弁当を取りあって、けんかばかりしているという。
「オレのを、お前は食べてしまった」「冷蔵庫に残しておいたのを、あんたが食べた」と。

 その弁当というのは、地域のボランティア活動をしている女性が、格安で、毎日届けてくれる
ものである。2個では、あまるということで、1個にした。

 認知症ということもあるのだろう。その老夫婦には、弁当を届けてもらえるというありがたさ
が、もう理解できない。それはわかるが、ともに老い先、長くない。けんかをしているヒマなど、
ないはず。たかが弁当のことで!

 で、こういう話を聞くと、「私は、だいじょうぶ」と思う人も多いかと思う。しかしこれと同じような
ことが、国際社会でも、起きている。

 たとえばあさって(9・13)から、K国の核問題を処理するために、6か国協議が始まる。K国
は、かねてから、「核兵器開発は、日本を対象にしたもの」と、内外で、公言している。

 日本にとっては、危険きわまりない国である。しかし状況は、韓国にとっても、同じ。本来な
ら、韓国は、もっと危機感をもってよいはずだが、このところトンチンカンな国際政治ばかり、展
開している。在韓米軍の削減を自ら申し出たかと思えば、イラクからの韓国軍の撤退まで開始
した、など。

 そしてあろうことか、反日、反米運動を、その水面下で展開している。金xxは、何百万人もの
(同朋)を餓死させ、何十万人もの(同朋)を、政治犯として処刑している。その金xxの、肩をも
つようなことばかりしている。「悪いのは、日本だ」「アメリカだ」と。

 本当のオオカミは、だれなのか。それすら、わかっていない。

 さて、先の老夫婦のケースだが、本当に悪いのは、「加齢」である。「老いること」である。もち
ろんその老夫婦には、そんなことは理解できない。だれかが説明したところで、納得もしないだ
ろう。

 が、では、私たちは、そういう問題とは無縁であるかといえば、それは疑わしい。いつも原因
を正しく見極めながら行動しているかといえば、さらに疑わしい。問題の本質を忘れ、どうでも
いいようなことで、振り回される。そういうことは、多い。

 これを、「原因錯誤」という。原因そのものを、錯誤してしまうことをいう。

 理由は、いくつかある。無知、無理解、情報不足、経験不足など。独断や偏見、誤解や思い
過ごしも、原因錯誤を引き起こす。

 子育ての場でも、よく経験する。

 以前にも書いたが、かん黙症の子どもについて、「幼稚園の教師の指導が悪い。うちの娘が
こうなったのは、あの教師が原因だ」と、幼稚園へ怒鳴りこんできた父親がいた。「うちの中で
は、ふつうに話している。しかし幼稚園では、何も話さない。どうしてだ!」と。

 あるいは母親がそばにいるだけで、萎縮してしまう子どもも、少なくない。しかし母親自身は、
それに気づいていない。「どうしてうちの子は、グズなのでしょう」「もっと、ハキハキさせる方法
はないでしょうか」などと言って、相談してくる。

 ほかに、ADHDの初期症状を示した子どもを、はげしく叱りつづけた親や、学校恐怖症にな
った子どもを、「わがまま」と決めつけて、無理やり学校へつれていった親などもいる。

 さらに夏場になると、子どもの顔よりも大きなソフトクリームを、子どもに食べさせる親がい
る。そういうものを一方で食べさせておきながら、「うちの子は、小食で困ります」は、ない。缶ジ
ュースにしても、そうだ。体重15キロの子どもが、缶ジュースを1本飲むということは、体重60
キロのおとなが、4本、飲む量に匹敵する。おとなでも、4本は飲めない。

 さらに大きな問題では、受験競争がある。なぜ、この日本に受験競争があるかといえば、歴
然とした、不公平社会があるからにほかならない。この不公平社会を放置したまま、受験競争
の弊害をいくら説いても、意味はない。

 少し、話はそれるが、こんな例もある。

 あるとき、ある神社に一人の母親がやってきて、こう言った。「うちの子の病気が治ったの
は、ここの神様のおかげです」と。そしてその場で、100万円の入った袋を差し出した。

 そこで神主が、理由を聞くと、こう言った。「先日、息子の病気が治るようにと、ここで願(が
ん)をかけました。その願がかなったので、お礼に来ました」と。

 しかしこのばあいでも、本当に病気を治したのは、神様ではない(失礼!)。病院の医師であ
る。しかしこうしたものの考え方になれている人は、そういう論理では、ものを考えない。病気に
なっても、また事故にあっても、原因は、もっと別のところにあると考える。

 そう言えば、10年ほど前、ある受験塾の経営者がこんな話をしてくれた。「目的の高校や、
大学へ入学したとしても、私たちのところへ礼を言ってくる親や子どもは、まず、いません」と。

 だからといって、受験塾の経営者の肩をもつわけではない。しかし受験塾といっても、親身に
なって子どもの勉強を教えている先生は、多い。

 しかしそういう親や子どもでも、神社などには、お礼に行く。受験を指導してくれた先生のとこ
ろへは、行かない。考えてみれば、これも、原因錯誤のひとつということになる。

 が、こうした原因錯誤は、すべてが、無知と無理解によって、起こる。それで害がないばあい
もあるが、深刻な害をおよぼすばあいもある。

 21世紀になった今でも、子どもの病気を、手かざしや、祈念で治そうとする親もいる。原因を
冷静に見つめる思考力さえ、ない。そこで、だれだったか忘れたが、こう言った哲学者がいた。

 『無知は、罪悪なり』と。

 つまり無知であることは、それ自体が、罪悪であると。決して、無知であることに、甘んじてい
てはいけない。
(はやし浩司 原因錯誤 無知と罪悪 無知は罪悪 無知 誤解 情報不足)


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【Tさんからのご意見】

 少し前、電車内での痴漢行為について書いた。それに対して、つぎのような反論を寄せてくれ
た。少し誤解を招いた部分もあるので、Tさんのご意見を紹介しながら、自分の意見を、補足し
ておきたい。

++++++++++++++
  
はやしさんの仰りたい事は 判るのですが、そういう男性にとって本能的な「痴漢」行為に、女
性がどれくらい傷つくかということを なんとか男性が解ろうと努力する・・という方向から見れ
ば、出演者の態度はあれでよかったのではないか・・と思います。もしできたらその辺について
言及していただけませんか? 

男性って 同性愛者の男の人に厳しいように思いますが、それって自分が襲われる可能性の
あるところに置かれる不愉快さからくるのではないかしら・・と、勝手に思っています。女性が痴
漢にあう不愉快さって、その比ではないと思うのです。それと「正常な人間なら、だれでも、ムラ
ムラと欲情を覚える。覚えて当然」の中の「人間」は、「男性」に変えていただけないでしょうか
(9・11・R天日記コメント)

++++++++++++++ 

【はやし浩司よりTさんへ】

仰せの通りです。
言葉足らずでした。

私は、あの番組を見ていて、
自分たちは、そういう世界とはまったく
関係ありません……というような
あの偽善的な態度が、先に、気になりました。

方法論で解決しないと、(満員電車をなくす、
男女別の車体をふやすなど)、この問題は
解決しないということを言いたかったのです。

もちろん被害者の女性が悪いというのではあり
ません。そのへんが、少し誤解かな?、と
思っています。

地方に住んでいて、ときどき、東京へ行きますが
あのラッシュ時のあの電車は、人間が乗る乗り物
ではありません。そういう視点をもっと、
もったほうが、いいと思うのですが……。

日本以外の国では、エレベーターでも、体が
触れあうような状態になると、みな、満員です
といって、それ以上の人を入れませんね。
オーストラリアの電車も、そうです。

要するに、痴漢が痴漢行為しやすい環境を
一方でつくっておいて、何が痴漢かという
問題になると思います。

基本的な部分で、(しくみ)を変えないと
この問題は、解決しないと思います。

現に、もうこの話題が出るようになって、
40年近くなります。40年ですよ!

私のワイフも、東京時代、何度もやられた
と言っています。

が、解決しない。いまだに、繰りかえしている。
そこに問題があるわけです。

ちがうでしょうか?

(Tさん、コメント、ありがとうございました。)

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●自民党の大勝利!

 9月11日、衆議院議員選挙が、実施された。結果は、自民党の大勝利。296議席獲得。単
独で、3分の2の議席を占めた。かたや民主党は、当初の予想を大きくはずれ、議席を大幅に
減らした。

 その選挙について、浮動票の王様(自称、私のこと)から一言。

 郵政三事業民営化について、民主党が、反対したのは、まずかった。しかも、どこかしら、郵
便局員の既得権保護のために、反対した(?)。実際にはそうではなかったのかもしれない
が、郵便局員たちの反対運動の先頭に立ったのが、まずかった。(少なくとも、私は、そういう
印象をもった。)

 加えて、イラクへの自衛隊派遣反対など。中国や韓国の反日運動も、自民党には、追い風と
なった。何となく、そこにある危機感。その危機感から生まれる不安感。国民は、その不安感
を払拭するためには、民主党では、無理と判断した。

 本来なら、議席数を減らしてもおかしくなかった自民党。しかしどたん場で、あのどこか、胡散
(うさん)臭さそうな雰囲気を漂わせる、古株議員を、自民党から追放したのが、よかった。そ
れを見て、「小泉さんも、なかなかやるな」という印象を、私たちは、もった。

 しかし……。以上の理由だけではないだろう。それぞれの有権者は、それぞれの思いをもっ
て、自民党に一票を、入れた。が、自民党が、ここまで大勝するとは、私も、思っていなかっ
た。

 郵政三事業の民営化のあとは、いよいよ農政の民営化が待っている。こちらのほうは、規模
も人数も、1桁、ちがう。さあ、どうなることやら? しかし、行政改革は、やるしかない! がん
ばれ、小泉首相!


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(901)

●老人を、どう相手にするか

++++++++++++++++++

佐賀県にお住まいの、UTさん(女性)
より、こんなメールが、届いています。

「がんこで、聞き分けのない義父を、もて
あましている。どうしたらいいか?」と。

佐賀県といえば、男尊女卑傾向が強い県
として、全国にもよく知られている(?)。

++++++++++++++++++

 脳梗塞や損傷、機能低下などにより、脳にダメージを受けると、部位によっては、人格そのも
のが変わってしまうということもある。

 たとえば、

大脳皮質全般……失見当識、
上側頭回、下前頭回……失語症、失読症、
海馬を含む、側頭葉内側面……記銘力低下、健忘症
前頭葉、前頭頂……注意障害、半側空間無視
前頭葉……実行機能障害ほか。

(以上、「臨床心理学」日本文芸社より)

 老齢になればなるほど、何らかの脳機能障害があるとみる。こうした変化は、多かれ少なか
れ、どんな老人にも共通して見られる。老人と同居したことのある人なら、だれでも知ってい
る。

 要するに、がんこになり、かたくなになり、融通がきかなくなる。それに加えて、精神面での変
調が、より顕著になってくる。日常的な喪失感、抑うつ感、閉塞感、無気力感、空虚感などな
ど。病気の心配も、絶えない。

 私も、生まれながらにして、祖父母との同居生活を経験している。そういう生活を思い起こし
てみて、一つ、気がついたことがある。それは、私自身の母についてもそうだが、「老人は、相
手にしない」という鉄則。

 陰でいくら、批判や批評はしても、本人の前では、何も言わない。一応、従ったフリをして、や
りすごす。どうせ相手にしても、わかってもらえるような人たちではない。わかってもらったところ
で、どうしようも、ない。老人は、老人として、そっとしておいてやるのも、思いやりというものか。
ルールというよりは、エチケットのようなものかもしれない。

 たとえば少し前、私は、私の母は迷信深かったと書いた。しかしそういう迷信に反発したの
は、私が高校生になるころまでで、それ以後は、無視するようにした。私の価値観が、どこまで
も私個人の価値観であるように、母の価値観は、どこまでも母の価値観である。

 一方が、一方的に、相手の価値観を否定することは、許されない。いわんや、老人には、そ
れまでに積み重ねてきた、人生がある。それが正しいとか、まちがっているとか、そういうことを
判断すること自体、まちがっている。してはならない。

 それがわからなければ、反対の立場で考えてみるとよい。

 ある父親は、苦労に苦労を重ねて、息子の学費を用意し、大学を卒業させた。どこかに犠牲
心があったのかもしれない。その父親は、こう言った。

 「先生は、子どもに恩を着せてはいけないと言うが、どうしてそれがいけないのか、私には、
理解できない。それなりの苦労をしたという事実を、息子にもわかってほしい。見返りがほしい
というのではない。ほんの少しでもいいから、心から『ありがとう』と言ってほしい」と。

 私も、人一倍、苦労をした(……と思う。)今のこの日本では、息子3人を、それぞれ一応の
大学を卒業させるということは、たいへんなことだ。

 しかしそれを(苦労)と思うか、(生きがい)と思うかで、気持ちも、ずいぶんと変わってくる。
で、ときどき、私はこう思う。

 もし、息子たちがいなければ、私は、こうまで仕事の面で、がんばらなかっただろうな、と。現
に今も、そうである。

 三男が大学を卒業するまで、まだ1年半もある。その1年半について、私は、どうしても、元気
でいなければならない。そういう思いがあるからこそ、私は、運動を欠かさない。脳梗塞や心筋
梗塞にも、気をつかっている。体重も、適性体重にまで、減らした。

 苦労は苦労だが、ふと気がつくと、息子たちが、私を生かしてくれているのを、知る。この気
持ちは、ワイフも、同じである。

 今年の正月のころだったか、体の調子が悪かったことがある。そのとき、通勤途中の坂道を
自転車で登るのが、苦しかった。私は、ペダルを一回こぐごとに、(少し、大げさに聞こえるかも
しれないが)、息子たちやワイフの名前を、一人ずつ、心の中で叫んだ。歯をくしばって、がん
ばった。

 しかしそれを(苦労)としてしまうと、どこかに犠牲心が残ってしまう。「オレは、お前たちのた
めに、やってやった」と。この(やってやった)という思いが、子育てをゆがめる。親子の間に、
大きなキレツを入れることもある。

 子育ては、無私。どこまでも、無私。損得の計算を入れること自体、まちがっている。

 ……と書いても、現実には、その損得を考えながら、子育てをしている人は多い。古い世代
に近い人ほど、そうではないか。

 が、そういう人に向っても、「あなたはまちがっている」と言ってはいけない。その人には、そ
の人の、今度は、歴史的背景というものがある。

 封建時代の日本においては、子どもは、まさに「家」の財産だった。人間ではなく、財産。もっ
と言えば、モノだった。あの七五三の祝いも、そういう観点から生まれた風習である。「家」あっ
ての、「子ども」だった。

 そういう封建時代の亡霊を引きずっているからといって、それはそれとして、しかたのないこ
とかもしれない。だからといって、私たちの生きザマが正しいと証明されたわけでもない。その
証明がなされていない以上、相手に向って、「まちがっている」とも言えない。

 大切なことは、人、それぞれということ。

 実は、こうした見方は、老人を相手にするとき、とくに重要である。いくら心の中で、「あなたは
おかしい」と思っても、それを口にしてはいけない。相談をしてきたUTさんにしても、そうかもし
れない。聞き分けがないならないで、そういう老人に、みなが、合わせていくしかない。

 「わからせてやろう」とか、「わかってもらおう」と考えると、こちら側にストレスがたまる。たまる
ばかりではなく、家庭の中そのものが、おかしくなってくる。嫁・姑戦争に代表されるように、そう
した騒動を繰りかえしている家庭となると、ゴマンとある。

 こう言うのもおかしな話かもしれないが、私は、老人の扱い方が、たいへん、うまい。子どもの
ときから、そういう面では鍛えられている。コツは、ただ一つ。老人に合わせて、ヘラヘラしてい
ればよい。適当にあしらって、もちあげておけばよい。私のばあいは、それで小遣いがもらえ
た。

 子どももそうだが、老人も、本気で相手にしてはいけない。相手にするということは、自分も、
その老人と、同レベルであることを意味する。

 そう、ここが重要なポイントだと思う。

 同類は、同類を呼ぶというか、高潔な人のまわりには、高潔な人が集まる。しかし愚劣な人
のまわりには、愚劣な人が集まる。若いときは、いろいろな集団の中に身を置き、それなりに
いろいろな経験をすることも重要かもしれない。

 しかしある程度の年齢になったら、(私の実感では、50歳を過ぎたら)、人を選ぶ。親類だと
か、近親者だとか、そういうワクを離れて、人間として、人を選ぶ。でないと、とんでもない回り
道をすることにも、なりかねない。

 私の印象では、UTさんが、義父の言動を気にするということは、すでに、無意識のうちにも、
その義父のレベルにまで、自分をさげているのではないかということ。このことは、たとえば、そ
の義父が死んだあとに、わかる。いや、自分ではわからないかもしれない。他人の目で見てい
ると、それがわかる。

 自分が老人になったとき、それまでさんざん批判してきた両親や、義理の両親以下(失礼!)
になってしまう人は、多い。それには理由がある。

 そういう老人を批判はしても、その中から、何もつくりあげなければならない。決して、批判だ
けで終わってしまってはいけない。そうでないと、いつの間にか、同類か、さもなければ、それ
以下になってしまう。

 「うちの義父は、だめだ」「うちの義父は、わがままだ」と言うのは、しかたないとしても、では、
自分はどうあるべきか。それを同時に考えていく。そしてそれが自然な形でできるようになった
とき、UTさんは、義父を乗り越えることができる。

 ヘラヘラと笑って、相手にしない。そうなる。

【補足】

 老人にもいろいろある。学ぶべきものを感ずる老人と、そうでない老人である。

 私の知っている人の中にも、若いころは、女遊びばかりしてきた老人がいる。愛人も、何人
かいた。その愛人との間に、子どもまでつくった。見た感じは、悪くない男性だが、小ずるい男
だった。誠意のひとかけらもない男だった。

 で、今、その老人が、家族との間で、さまざまな問題を引き起こしている。そういうのを見てい
ると、そうした問題は、必然的な結果であるとしか思いようがない。

 そこで重要なことは、そういう老人とは、つきあわないこと。接しないこと。でないと、いつの間
にか、その老人のもつ、シャドウ(ユング)を、引きついでしまう。「私はちがう」「私は、ああいう
老人にはならない」と、いくら強く念じても、いつの間にか、そのシャドウを引きついでしまう。

 で、話を聞くと、その老人のまわりには、これまたそれらしい人たちが集まっているのを知る。
他人の不幸を、酒のサカナにして、笑いあっている。そんな人たちである。

 一方、学ぶべきものを感ずる老人もいる。会って話をしているだけで、こちらまで崇高な気分
になってくる。そういう老人である。

 だから人も、50歳を過ぎたら、つきあう相手を選ぶ。これは自分の人生をムダにしないため
には、とても重要なことだと思う。

 
++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【近況・あれこれ】

●デート

 週に2度。私は、ワイフとデートする。A曜日の午後と、B曜日の午後。その日には、レッスン
の間に、ちょうど1時間半ほどの休み時間がある。そのときに、2人で、本屋へ行ったり、パソ
コンショップへ行ったりする。ちょうど夕食時で、たいていいつも、夕食を食べる。

 行きつけのレストランは、決まっている。ラーメン店の、「M」。フライを食べさせてくれる、
「K」。お好み焼き店の、「H」。日本そば店の、「N」。それにカレーライスの「S」。「S」は、駅前
のデパートの地下にある。

 たいていこの4つの店のどれかに行く。ときどき、浮気をして、ほかの店に行くこともある。
が、2、3回も行くと、あきてしまう。それで結局は、先の4つの店のどれかに、なってしまう。

 あとは、時間があれば、おもちゃ屋に寄ったり、衣服屋に寄ったりする。100円ショップにも
よく行く。あとは、バカ話。いつもバカ話ばかりしている。意味のないダジャレとか、ジョークと
か、それに悪口。

 悪口を言うのは、結構、楽しい。通り過ぎる店や、行きかう人の悪口などなど。私たちは、他
人からはどう見えるかは知らないが、口が悪い。それを小声で言いあって、イヒヒ、ウフフと笑
いあっている。

 若いころのようには、もう、けんかはしない。若いころは、けんかばかりしていた。そういう時
代をワイフは、よく覚えている。だから、ときどき、私に、こう言う。「私たちは、けんかだけは、
やり尽くしたわよね」と。
 
 私も、そう思う。毎日のように、ああでもいない、こうでもないと、言い争いばかりしていた。私
は神経質だったし、ワイフもがんこだった。意見の衝突は、しょっちゅうだった。

 もちろん平和であるほうが、よい。けんかは、つまらない。疲れる。神経をすり減らす。しかし
夫婦も、ある程度、けんかをしなければ、よい夫婦になれないのではないか。たがいに言いた
いことを言い、したいことをする。衝突しながら、たがいのことを、さらけ出す。(だからといっ
て、私たち夫婦が、よい夫婦と言っているのではない。誤解のないよう。)

 が、先週、私はワイフにこう言った。

 「こうしてデートできるのも、あと何年かねえ……?」と。

 それに答えて、ワイフは、いつもの決り文句を言った。

 「だから、あなたはジジ臭いのよ。どうしてそういうジジ臭いことしか言えないの?」「今は、今
で、楽しめばいいのよ」と。


++++++++++++++++++++++はやし浩司

●明日から、6か国協議

 明日(05・9・13)から、中国の北京で、またまた6か国協議が始まる。が、少し雰囲気が変
わってきた。アメリカが強硬になってきた。理由がある。

 今までは、韓国に遠慮して、言いたいことも言えなかった。K国と戦争ということになれば、一
番大きな被害を受ける国となれば、韓国。同盟国の韓国を、危険にさらすことはできない。同
時に、在韓米軍を危険にさらすことはできない。

 しかし事情が、大きく変わってきた。

 アメリカ軍は、韓国から撤退し始めている。3万5000〜6000人いた在韓米軍も、今は、そ
の半分以下。さらにここ1、2年をかけて、半減する。同時に、N政権は、イラクから韓国軍を、
1000人、引きあげると言い出した。米韓関係は、すでに崩壊している。

 そこでアメリカは、今までは、韓国のメンツを重んじ、韓国に対して、どこか下手に出ていた。
が、その時期は、先の6か国協議まで。多分、アメリカは、韓国にこう言っていたにちがいな
い。「仲がよいフリをするのは、今度の協議まで。それ以後は、知らない」と。

 もう少し、わかりやすく言うと、こうなる。

N大統領(韓国)「朝鮮半島で、戦争を起こしてもらっては困る」
ブッシュ大統領「それはわかっている。だが、K国を助けるようなことはやめろ」
N大統領「ワレワレは、太陽政策を維持する。K国は、ワレワレの同胞だ」
ブッシュ大統領「言うことを聞かねば、アメリカ軍は、韓国から撤退する」
N大統領「わかった。もう少しだけ待ってほしい。ワレワレが、金xxを説得してみせる」
ブッシュ大統領「やれるものなら、やってみなさい。あんたがたの手に負えるような相手ではな
い。待つとしても、今度の6か国協議まで。そのあとは、アメリカのやり方で、やる」と。

 そして今日9月13日。6か国協議が再開された。前回までは、日本がカヤの外に置かれた。
しかし今回は、韓国が、カヤの外に置かれた。日本にしても、韓国が、今後どうなろうが、知っ
たことではない。日本は日本で、日本の安全と平和を、最優先に考えればよい。必要なら、ア
メリカと歩調を合わせて、K国の核問題を、国連の安保理に付託する。

 制裁が必要なら、国際社会と協調してする。その結果、K国が攻撃的に出てくれば、そのとき
は、そのときで、正面から対峙するしかない。そのときもし、韓国がK国をウラで支えるようなこ
とがあれば、韓国に対しては、貿易自粛という形で、経済制裁する。

 つまりそれくらい、K国の核問題は、日本にとっては、深刻な問題である。問題解決を先に延
ばせばのばすほど、日本は、核の危険にさらされることになる。K国は、かねてから、何度も、
「核兵器開発は、日本向けのもの」と、公言している。

 絶対に、そんなことをさせてはならない。それを防ぐために、多少の火の粉をかぶるというに
なら、日本も、それ相当の覚悟をすべきである。その時期は、もう、すぐそこまできている。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(902)

●農村地域の裏と表

 日本には、本音と建て前という言葉がある。裏と表と言いかえても、よい。本音を裏とするな
ら、建て前は、表ということになる。口で言っていることと、実際にしていることの間に、大きな
隔たりがあったとしても、日本人は、そのため、あまり気にしない。

 こうした日本民族がもつ特殊性というのは、外国へ出てみると、よくわかる。とくに白人社会で
は、通用しない。建て前は、そのまま「ウソ」と、とらえられる。

 で、こうした特殊性は、農村地域へ行くと、今でも、色濃く残っている。裏ではその人の悪口
ばかりを言いながら、表では、仲がよいフリをする。それなりに、じょうずに交際をつづける。

 が、それは、まさに、キツネとタヌキの化かしあい! 最近でも、こんなことがあった。事実
を、書く。

 私の知人にXさん(女性)がいる。そのXさんは、昔から、私には、親切な女性であった。が、
そのXさんが、別の所で、私の悪口を言いふらしているという。私が書いた本のあちこちを別の
人に見せ、「あの林さん(=私)が、こんなことを書いている。これはあなたのことだ」と。

 勝手な推察と、憶測で、そう判断して、そう告げる。読み方によっては、そう読めなくもない部
分である。Xさんからその話を聞いた人は、当然、憤慨する。何人かは、私に直接抗議をして
きた。私は、その話を聞いて、Xさんとの交際を中止した。

 ところが、である。そのXさんから、ハガキが届いた。そしてそれには、こうあった。「今度、そ
ちら(私の住む浜松)に行く用事ができました。できたら、そちらで、2、3泊させてもらえません
か」と。

 私はそのハガキを読んで、そのタヌキぶりというか、図々しさに、あきれた。もちろん、そのハ
ガキは、無視。同時に、そういうことが平気でできる、その人の神経を疑った。

 しかしそのXさんは、まさしく日本人。本音は本音。建て前は建て前。日常的にそういう生活を
している。恐らく、私の悪口を言っているという意識そのものが、ない。が、私は、そういう世界
とは、ずいぶんと若いころ、決別した。

 私らしく生きるということは、本音で生きること。その結果、敵をつくることになったとしても、私
は、かまわない。

 たとえば、私はこうして文章を書く。書くとき、その人を意識しながら、書くことがある。が、そ
れがその人を批判するものであったりするときは、心の中で、こう誓う。「この文章を発表する
以上、その人とは、今後、二度と、つきあわない」と。

 裏で悪口を書きながら、表で、にこやかに会話するなどということは、私には、できない。

 が、私はもともとは、G県の田舎生まれ。田舎との地縁は、今も、色濃くつづいている。が、そ
の田舎から入ってくる情報が、これまたメチャメチャ。浜松市という、少し離れたところに住んで
いるから、余計に、それを強く感ずる。

 わかりやすく言えば、こうだ。

 Aさんは、Bさんの悪口ばかり伝えてくる。Bさんは、Cさんの悪口ばかり伝えてくる。Cさん
は、Dさんの悪口ばかり、伝えてくる。Dさんは、Aさんの悪口ばかり、伝えてくる。が、AさんとC
さんは、仲よし。BさんとDさんは、仲よし。少なくとも表面的には、仲よくつきあっている。

 ときどき、何がなんだか、さっぱりわからなくなるときがある。「私なら、悪口を言うくらいなら、
つきあわないのに」と思うが、一方で悪口を言いながら、一方で、仲よくつきあっている(?)。

 これに対して、「農村地域では、人間関係において、あまりはっきりと、白黒させると、生きて
いかれなくなる」という意見もある。すべてが灰色というか、あいまいというか……。そういうふう
に生きることこそ、賢明だ、と。

 で、私は、そういうことを知れば知るほど、「田舎に住まなくてよかった」と思う。こうした人間
関係をつづけていたら、それこそ、気がヘンになってしまう。とくに私のワイフには、できない芸
当である。私のワイフは、いつも心のどこかで、白黒をはっきりさせながら、生きている。

 たとえば私の息子の1人から、昔、かなりの金額を借りて、そのまま踏み倒した男がいた。そ
れまでは、ワイフとも親しい関係にあった。しかしその事件以来、ワイフは、その男のみなら
ず、その家族とも関係を切った。

 が、こういうケースでも、田舎では、交際をつづける(?)。息子の事件は、息子の事件。私
は、私と。そしてそういう関係が、ドロドロと渦を巻く。それが私が冒頭に書いた、「日本民族が
もつ特殊性」ということになる。

 で、私も現在、浜松市内と山の中にある山荘との間で、二重生活をしている。その山荘は、
山村の中にある。そこはまさに、農村地域。この農村地域で、その地域の人たちと、平和にの
どかに暮らすためには、重要なコツがある。

(1)決して、個人的な家庭問題には、首をつっこまないこと。
(2)決して、個人的な悪口や陰口を言わないこと。
(3)決して、その人の行為や行動を批判しないこと。
(4)悪口や陰口を聞いても、「ああ、そうですか」だけで、終わること。

 では、相手をほめたり、たたえたりするのはよいかというと、どうも、そうとも言えないようだ。
ここにも書いたように、人間関係がドロドロに入り組んでいるから、どこでどうそれが曲解され、
反発を買うか、わからない。だから結局は、言わぬが仏、知らぬが仏ということになる。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●目で見る漢方診断

 1988年と言うから、もうそれから、17年になる。その17年前に、私は、飛鳥新社という出
版社から、「目で見る漢方診断」という本を書いた。

 当初、売れ行きはよかったが、よかったのは、当初だけ。そのあと、その本は、すべてを売り
切ったところで、そのまま絶版になってしまった。

 ところが、である。最近、あちこちの健康雑誌などで、私の描いた絵などが、そのまま無断で
使われているのを知った。コピーのそのまたコピー(?)と思わせるようなものも多い。

 そこで私は、その「目で見る漢方診断」を、自分のHPに収録することにした。全体で310ペ
ージ以上の本である。すべてを収録することはできなかったが、これで著作権は、確保でき
た。

 興味のある方は、私のHPのトップページから、見ていただけるので、そちらを見てほしい。漢
方に興味のある方なら、「あれ、この図は、どこかで見たことがあるぞ」と感じられるのも、いく
つかあると思う。(もちろん、私の図がオリジナルである。1988年出版というのが、何よりの証
拠である。)

 東洋医学・基礎編(学研)については、前書きと、本文中1ページをのぞいて、すべて私が書
いたものである。(その1ページには、その著者の名前を記入しておいた。)その本は、1979
年に出版している。)

 ただ「私」が書いた本では、意味がない。こうした専門書では、出典を常に明らかにすること。
そこで私は、「目で見る漢方診断」については、すべて、出典を明らかにした(本文、右下)。

 漢方と言えば、黄帝内経(こうていだいけい)。その素問、霊枢をもとにして、その本を攻勢し
た。この本は、漢方医学の世界では、バイブルと称される本である。漢方は、この本に始まっ
て、この本に終わると言っても、過言ではない。

 とくにマガジン読者のみなさんの、何らかの参考になればうれしい。HTML版マガジンのほう
では、本文の中で、少しずつ、紹介していくつもり。まだマガジンを購読していない人は、ぜひ、
ぜひ、購読してほしい。


●デジタルカメラが故障

 愛用のデジタルカメラが故障した。修理に出すと、「3週間ほどかかります」とのこと。が、3週
間も、待てない。携帯電話のカメラを代用することにしたが、画質が、ぐんと、落ちる。

 しかたないので、新しいのを買うことにした。で、店に行ってみると、同じC社のカメラが、2万
5000円! 2世代前のカメラだというが、私の愛用のカメラよりは、最新。で、それを買うこと
にした。

 一回バッテリーを充電すると、500枚も、写真がとれるという。スゴイ!

 ただ、厚さが、今までのものより、1センチ弱厚いのでは? ポケットに入れるには、少し抵抗
感があるが、使い勝手は、そのまま。古いのが修理からかえってきたら、2台のカメラをうまく
使い分けることにする。

 しかしこうした電子製品というのは、一度買ったら、使って使って、使いまくる。保証期間は、
1年。だから、そのうちに故障させるものはさせて、なおしてもらったほうがよい。中には、ほと
んど使わないで、毎日ピカピカにみがいている人がいる。(実は、以前の私がそうだった……。
ハハハ。そういう行為は、ムダ! どうせ1年もすると、つぎの新しいのが、発売になる。)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(903)

●日本の親よ、もっと怒ろう!

今度、経済協力機構(OECD)が、こんな指標を公表した。それによると、加盟国30か国中、
国内総生産(GDP)に対する、教育機関への公的支出の割合では、日本は、最低だったという
(05年09月13日)。

OECD全体の平均値は、5・1%。日本は、大きく下回って、3・5%。

 これに対して、大学や短大などでの私費負担の割合は、OECDの平均値は、21・9%。日本
は、反対に大きく上回って、58・5%。韓国についで、2番目の高さだったという。

 国は教育費をしぶる。その穴埋めを、親たちがしている。それがこの日本の教育の実情とい
うことになる。

 ついでに公的支出の割合が高いのは、

 スェーデンやデンマーク……6%
 アメリカ、イギリス、フランス……5%台

 実は、これについては、私は、すでに5年前につぎのような原稿を書いている(中日新聞発表
ずみ)。それを紹介する。

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●大学生の親、貧乏ざかり

 少子化? 当然だ! 都会へ今、大学生を1人出すと、毎月の仕送りだけで、月平均11万7
000円(九九年東京地区私大教職員組合調べ)。もちろん学費は別。

が、それだけではすまない。

アパートを借りるだけでも、敷金だの礼金だの、あるいは保証金だので、初回に40〜50万円
はかかる。それに冷蔵庫、洗濯機などなど。パソコンは必需品だし、インターネットも常識。…
…となると、携帯電話のほかに電話も必要。

入学式のスーツ一式は、これまた常識。世間は子どもをもつ親から、一体、いくらふんだくった
ら気がすむのだ! 

 そんなわけで昔は、「子ども育ち盛り、親、貧乏盛り」と言ったが、今は、「子ども大学生、親、
貧乏盛り」と言う。大学生を2人かかえたら、たいていの家計はパンクする。

 一方、アメリカでもオーストラリアでも、親のスネをかじって大学へ通う子どもなど、さがさなけ
ればならないほど、少ない。たいていは奨学金を得て、大学へ通う。企業も税法上の控除制度
があり、「どうせ税金に取られるなら」と、奨学金をどんどん提供する。しかも、だ。日本の対G
NP比における、国の教育費は、世界と比較してもダントツに少ない。

欧米各国が、7〜9%(スウェーデン9・0、カナダ8・2、アメリカ6・8%)。(UNESCO調べ)

日本はこの10年間、毎年4・5%前後で推移している。大学進学率が高いにもかかわらず、対
GNP比で少ないということは、それだけ親の負担が大きいということ。

日本政府は、あのN銀行という一銀行の救済のためだけに、4兆円近い大金を使った。それだ
けのお金があれば、全国200万人の大学生に、一人当たり200万円ずつの奨学金を渡せ
る!

 が、日本人はこういう現実を見せつけられても、誰(だれ)も文句を言わない。教育というのは
そういうものだと、思い込まされている。いや、その前に日本人の「お上」への隷属意識は、世
界に名だたるもの。戦国時代の昔から、そういう意識を徹底的に叩(たた)き込まれている。

いまだに封建時代の圧制暴君たちが、美化され、大河ドラマとして放映されている! 日本人
のこの後進性は、一体どこからくるのか。親は親で、教育といいながら、その教育を、あくまで
も個人的利益の追求の場と位置づけている。

 世間は世間で、「あなたの子どもが得をするのだから、その負担はあなたがすべきだ」と考え
ている。だから隣人が子どもの学費で四苦八苦していても、誰も同情しない。こういう冷淡さが
積もりに積もって、その負担は結局は、子どもをもつ親のところに集中する。

 日本の教育制度は、欧米に比べて、30年はおくれている。その意識となると、50年はおくれ
ている。かつてジョン・レノンが来日したとき、彼はこう言った。

「こんなところで、子どもを育てたくない!」と。

「こんなところ」というのは、この日本のことをいう。彼には彼なりの思いがいろいろあって、そう
言ったのだろう。が、それからほぼ30年。この状態はいまだに変わっていない。もしジョン・レ
ノンが生きていたら、きっとこう叫ぶに違いない。「こんなところで、孫を育てたくない」と。

 私も3人の子どもをもっているが、そのまた子ども、つまりこれから生まれてくるであろう孫の
ことを思うと、気が重くなる。日本の少子化は、あくまでもその結果でしかない。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

 遠い、明治の昔。ときの政府は、身分のある子どもや、金持ちの子どもしか、高等教育を受
けられないような、そんなしくみを作ってしまった。新しい身分制度というか、江戸時代までの、
身分制度を、そういう形で、温存しようと考えた。

 それについて書いたのが、つぎの原稿である。(中日新聞発表済み)

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●日本の学歴制度

インドのカースト制度を笑う人も、日本の学歴制度は、笑わない。どこかの国のカルト信仰を笑
う人も、自分たちの学校神話は、笑わない。その中にどっぷりとつかっていると、自分の姿が
見えない。

 少しかたい話になるが、明治政府は、それまでの士農工商の身分制度にかえて、学歴制度
をおいた。

 最初からその意図があったかどうかは知らないが、結果としてそうなった。

 明治11年の東京帝国大学の学生の75%が、士族出身だったという事実からも、それがわ
かる。そして明治政府は、いわゆる「学校出」と、そうでない人を、徹底的に差別した。

 当時、代用教員の給料が、4円(明治39年)。学校出の教師の給料が、15〜30円、県令
(今の県知事)の給料が250円(明治10年)。

 1円50銭もあれば、1世帯が、まあまあの生活ができたという。そして今に見る、学歴制度が
できたわけだが、その中心にあったのが、官僚たちによる、官僚政治である。

 たとえて言うなら、文部省が総本山。各県にある教育委員会が、支部本山。そして学校が、
末寺ということになる。

 こうした一方的な見方が、決して正しいとは思わない。教育はだれの目にも必要だったし、学
校がそれを支えてきた。

 しかし妄信するのはいけない。どんな制度でも、行き過ぎたとき、そこで弊害を生む。日本の
学歴制度は、明らかに行き過ぎている。

 学歴のある人は、たっぷりとその恩恵にあずかることができる。そうでない人は、何かにつけ
て、損をする。

 この日本には、学歴がないと就けない仕事が、あまりにも多い。多すぎる。親たちは日常の
生活の中で、それをいやというほど、肌で感じている。だから子どもに勉強を強いる。

 もし文部省が、本気で、学歴社会の打破を考えているなら、まず文部省が、学歴に関係なく、
職員を採用してみることだ。

 過激なことを書いてしまったが、もう小手先の改革では、日本の教育は、にっちもさっちもい
かないところまで、きている。

 東京都では、公立高校廃止論、あるいは午前中だけで、授業を終了しようという、午後閉鎖
論まで、公然と議論されるようになっている。それだけ公教育の荒廃が進んでいるということに
なる。

 しかし問題は、このことでもない。

 学歴信仰にせよ、学校神話にせよ、犠牲者は、いつも子どもたちだということ。今の、この時
点においてすら、受験という、人間選別の(ふるい)の中で、どれほど多くの子どもたちが、苦し
み、そして傷ついていることか。そしてそのとき受けた傷を、どれだけ多くのおとなたちが、今
も、ひきずっていることか。それを忘れてはいけない。

 ある中学生は、こう言った。

 「学校なんか、爆弾か何かで、こっぱみじんに、壊れてしまえばいい」と。

 これがほとんどの子どもの、偽らざる本音ではないだろうか。ウソだと思うなら、あなたの、あ
るいはあなたの近所の子どもたちに、聞いてみることだ。

 子どもたちの心は、そこまで病んでいる。
(はやし浩司 華族 士族 東京帝国大学 自治省)

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

 こうした封建制度の亡霊が、いまだに、この日本では、大手を振って、のさばっている。その
結果が、日本の教育制度である。

 実際、その能力があっても、家庭の経済事情により、進学をあきらめている子どもは、多い。
全体の何割かの子どもがそうであると言っても過言ではないほど、多いのではないか。

 日本より私的負担の大きい韓国では、すでに金持ちの子どもしか、ソウル大学へ入れないと
いう現状が生まれつつある。これについては、少し前、『韓国の教育事情』というテーマで、原
稿を書いた。その一部を、抜粋(ばっすい)する。

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【韓国の教育事情(1)】

 5月16日(05年)付けの、韓国・東亜日報は、現在の韓国の教育事情を、つぎのように報告
している。ポイントだけを、大きくまとめると、つぎのようになる(アメリカ・シンクタンクのランド研
究所報告)。

(1)過熱する海外留学ブーム

 韓国では今、小中学生による、早期留学が、一つのブームになっている。1995年に、225
9人だった、これら早期留学生たちは、04年には、1万人を超えた。その費用は、約2兆500
0億ウォン(=2500億円)。

(2)ソウル江南(カンナム)に集中する教育インフラ

 私教育が、ソウルの江南に集中している。そのため、高級人材は、この地を離れたがらず、
離れて仕事をするばあいも、家族を江南に残し、家族と離れて生活するケースが目立つとい
う。

たとえば三星(サムスン)電子の忠南天安(チュンナム・チョナン)LCD団地には、ソウルから
通勤する役職員が少なくないという。

(3)失敗する教育政策

 ソウル大学の調査によると、高所得者1万人中、ソウル大学へ入学する学生は、85年に
は、8・2人にすぎなく、一般家庭の1・3倍だったが、最近(05)では、それが16・8倍にまで上
昇した。

(4)少子化

 日本と同じように、韓国でも、少子化が問題になっている。その理由の第一は、「子どもの教
育費の負担」(韓国女性開発院)で、28%の既婚女性が、それをあげている。

(5)大学教育の停滞

スイス国際経営開発院(IMD)が最近発表した国家競争力評価のうち、「大学教育の社会要求
に対する一致度」では、韓国は60ヵ国のうち52位にとどまったという。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

 こうした韓国の教育事情は、そのまま日本の近未来の教育事情と考えてよい。すでにこの日
本でも、少子化の理由のひとつに、「子どもの教育費の負担」をあげる人が多い。子どもといっ
ても、幼児や小中学生をいうのではない。高校生でもない。大学生である。

 そこでこの日本では、大学生のアルバイトが、半ば、当たり前のようになっている。またルバ
イトをしなければ、生活できない。

 35年前のことだが、私のばあいも、家からの仕送りは、下宿代の1万円だけ。(下宿代は、
当初、8000円。途中から1万円。卒業間近のときは、たしか1万2000円だった。)

 残りの生活費や、学費は、アルバイトで稼がねばならなかった。(学費は、半年で、6000円
と格安だったのが、幸いだった。)

 しかし今でも、大学や短大への私費負担が、60%弱もあるという。これは「大学教育には、
本来、1人当たり、年間、500万円かかる。本来なら、ほぼ全額を、国を負担しなければならな
いが、うち60%の300万円を、親に負担してもらっている」ということを意味する。

 アメリカなどでは、親のスネをかじって大学へ通う子どもなど、さがさなければならないほど、
少ない。そのかわり、彼らは、奨学金を得て、大学へ通っている。が、その奨学金を得られな
い学生は、銀行から、借金をしながら大学へ通っている。

 が、もし日本でこの制度を応用したら、どうなるか?

 借金の額そのものが大きくなりすぎてしまう。年間300万円を借りるとしたら、4年間で、120
0万円! 

 最後の頼みの綱(つな)は、奨学金ということになる。

 アメリカや欧米では、無数の企業が、奨学金を提供している。奨学金を出した分だけ、税控
除ができるしくみになっている。だから、どんどん奨学金を提供している。

 この方式は、企業側にとっても、メリットがある。優秀な学生に、最初から、ツバをつけておく
ことができる。……などなど。

 これから先、この日本はどうなるか? 少なくとも私が知るかぎり、日本の教育制度は、この
35年間だけでも、明らかに後退している。年々、つりあげられる学費。高騰する生活費。遊び
ほける大学生たち。

 かろうじて今は、日本には経済力がある。しかしこの経済力に陰(かげ)りが出てきたとき、こ
の日本は、どうなるか? OECDは、「大学教育の停滞」という言葉を使っているが、とても「停
滞」という程度では、すまないのではないか。

 これについては、韓国の現状を見ればわかる。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【韓国の教育事情(2)】

 現在、韓国では、富裕層を中心に、小中学生の海外留学が、さかんであるということ。またそ
の教育インフラが、ソウル江南に集中しているため、子どもの教育を考えて、その地を離れた
がらない親が多いということ。

 さらに韓国でも少子化が始まっているということ。理由の第一は、子どもの教育費。ソウル大
学入学者についても、富裕層ほど年々、有利になりつつあるということ。

 また大学教育も、日本以上に権威主義的であり、そのため硬直した教育体制の中で、想像
的な教育ができなくなっているということ……らしい。

 また、この調査とは別だが、現在、多くの若者たちが、韓国を離れ、海外へ移住を始めてい
るという事実もある。(出稼ぎではなく、定住を目的とした移住である点に注意。)

韓国では、ここ数年、毎年、1万4000人前後が、アメリカを中心として、海外へ移住している。
海外定住をめざした留学生も、02年末までに、34万人を越えた。そのため、外貨の流出も、
大きな問題になっている。

(仮に韓国で大学を卒業して学位を取得しても、アメリカでは通用しない。そのため、アメリカへ
移住しても、単純肉体労働につくケースがほとんどだろいう。)

 ご存知のように、今、韓国では、一部の大企業のみが、巨額の経常黒字をあげている。その
代表的なものとして、S電子工業や、H自動車工業がある。

 しかしこれらの企業は、いわゆる「国策企業」であり、国の保護を徹底的に受けている企業で
ある。(国営とまではいかないが、しかし民営とは言えないという点で、「国策企業」と呼ばれて
いる。)

 が、何よりも深刻なのは、「海外定住をめざした留学生も、02年末までに、34万人を越え
た」という事実。日本の人口に換算すると、約120万人ということになる。

 もし日本の若者たちが、120万人も、海外定住を目ざして日本を離れるようになったら、その
とき日本は、どうなるか? それだけでも、たいへんな社会問題になるだろう。しかも、そういう
若者たちは、当然のことながら、多額の外貨をもちだす。そのため韓国政府は、一時期、その
持ち出し額(送金額)を制限したほどである。

+++++++++++++++++++++

【提言】

 日本人よ、もっと、中身をつくろう。その中身をつくるために、もっと、お金をかけよう。

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(904)

●アメリカの子育て事情

 二男のHPから、無断転載する。アメリカの教育事情が、わかって、おもしろい。

「今月から誠司がアーカンソー中央大学付属の(プリスクール(保育園?))へ通い始めました。

火曜日と木曜日の午前中だけなんですが、他の10人ほどの子供と一緒に、先生とクラフトをし
たり歌を歌ったり、ネズミと遊んだりしています。初めのころは僕らから離れるのが嫌で、泣い
たりもしていましたが、今ではすっかり気に入ったみたいで、いつも「ガッコウ?」なんて言いな
がら毎日のように学校へ行きたがっています。

今日の晩は、「オープンスクール」といって、このプリスクールへ通う子供の親たちが集まって、
先生と学校の内外を歩き回ったりする日でした。僕の歯医者の子供が、ここのプリスクールへ
来ていて、なんか歯医者に歯科医院以外で会うのは、なんか変な感じでしたが、なんだか超大
きなパーティーみたいでなかなか楽しかったです。

ところで今日の晩御飯は餃子だったんですが、食べ過ぎていまお腹がいたいです・・。

アーカンソーの学校の区分け・・

 3歳 プリスクール
 4歳 プリスクール
 5歳 幼稚園

 6歳 
 |  小学校
11歳
(はやし浩司 アメリカの幼児教育事情)

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

ついでに、デニーズからも、こんなメールが
届いています。こちらも、無断ですが、その
まま転載させてもらいます。

++++++++++++++++

Hello, Mr. Hayashi! It's been a while since I have emailed you. I hope 
you had a nice summer. Did you enjoy the EXPO?

We are all doing well. Sage loves the warm weather and playing in his 
little pool outside. He also loves playing with his rocket toys (He 
thinks he is an astronaut!) and the fish machine that you gave him. 

We have decided to place Sage in a preschool program. He has changed so 
much since the spring. His class meets for four hours on Tuesdays and 
Thursdays. He cried for three minutes the first day, but since then he 
has loved it. He asks me every day if he can go to school and see Miss 
Ruth, his teacher.

How are your classes going? I am amazed at how much three and four year 
old children can learn! It must be fulfilling to know that you're 
teaching them.

How is your wife? We hope you are all doing well!

Denise

+++++++++++++++

こんにちは、林様
長い間、メールを送りませんでした。すばらしい夏を過ごしましたか。
EXPOを楽しみましたか。

私たちは、うまくやっています。誠司は、暖かい転校を好み、庭の小さなプールで
遊んでいます。
誠司は、小さなロケットのおもちゃで遊んでいます。彼は、自分では、宇宙飛行士
と思っています。それと、あなたが送ってくれた、「金魚すくい」のおもちゃで
遊んでいます。

私たちは、誠司を、プレスクールへ入れることを決めました。誠司は、春から、
大きく変わりました。誠司のクラスは、火曜日と木曜日の、4時間です。

最初の日は、3分間ほど、泣きました。が、そのあとは、気に入っています。
そして毎日、プレスクールへ、今日は行くことができるかどうか、ルース先生
に会うことができるかどうかを、聞きます。

あなたのクラスは、どうですか?

3歳や4歳の子どもたちが、そんなにも多くのことを学んでいくことに、私は
驚いています。あなたが教えていることの大切さが、理解できます。

あなたのワイフは、いかがですか。みなさん、お元気のことと希望します。

デニーズ


++++++++++++++++++++++

【浩司からデニーズへ】

……最後の部分の、「It must be fulfilling to know that you're teaching them.」
の意味がよくわかりません。わかりやすく説明してください。

++++++++++++++++++++++

【デニーズから、浩司へ】

Hello. Yes, of course you may publish my email--there's no secret CIA 
information in it! 

I'm sorry that I didn't word that one sentence very well. I meant to 
say that I suspect you feel your job makes you happy because you know 
you are positively affecting the lives of children, who are indeed the 
future.

Autumn is our favorite season, too! Well, it is for Soichi and me. I 
don't know what Sage likes best. So I am jealous of you and your wife, 
that you are able to feel the cool air. It is still hot here, but I 
think it will be cooler by October. Are you enjoying eating nashi?  
Your town had the best nashi I've ever had. 

We will find a pumpkin in a few weeks to decorate our house for Halloween.

We got your package today. Thank you for the outfit for Sage and the 
camera! Soichi loved the magazines, too.

Denise

+++++++++++++++++++

こんにちは!

転載は自由にしてください。CIA情報のような秘密は、まったく、ありません。

意味のよくわからない文を書いて、ごめんなさい。私はあなたの仕事が、あなたを
ハッピーにしていると思いました。なぜなら、あなたは前向きに、まさに未来の
子どもたちの生活に、影響を与えていると知っているからです。

秋は、私たちも好きな季節です。それは宗市と私についてですが。誠司はどの季節
が好きなのかわかりません。私はあなたやあなたの妻を、うらやましく思います。
涼しい風を感ずることができるからです。

こちらは、まだ暑いです。しかし10月までには、涼しくなるだろうと思います。
あなたは梨を食べていますか。あなたの町には、最高の梨があると、聞いています。

2、3週間にうちに、ハロウィーン用のカボチャを買い求めるつもりです。

今日、小包が届きました。誠司の服とカメラを、ありがとう。宗市は、その雑誌が、
とても好きです。

デニーズ

+++++++Sよ、Dよ、無断転載を許せ!++++++++はやし浩司

●軽水炉型原子力発電

 「重水」に対して、ふつうの水を、「軽水」という。つまりふつうの水を利用した、原子力による
発電方式を、「軽水炉型原子力発電」という。

 この軽水炉には、沸騰水型と、加圧水型がある。沸騰水型というのは、原子炉の水をそのま
ま使い、タービンを回して発電する。

 加圧水型というのは、水を一度高温、高圧にして、蒸気発生器にそれを送り、二次的に別の
水を、蒸気にして、その蒸気でタービンを回す。

 日本の原子力発電所の約80%が、この軽水炉型発電方式といわれている。

 今回の6か国協議では、K国は、この軽水炉型原子力発電所に、固執している(9・16現
在)。前回の協議には、なかった項目で、そのため、協議そのものが、暗礁(あんしょう)に乗り
あげてしまった。

 K国の主張は、おおむね、こんなものらしい。

(1)原子力の平和利用を認めろ。
(2)その象徴として、軽水炉を作れ。
(3)で、なければ、核兵器の増産をつづける。

 まともな人にすれば、とんでもない意見だが、もともとあの国は、まともではない。まともな論
理は通じないし、まともな議論をしても、意味はない。

 それに私が危惧(きぐ)していたとおり、議論が進み始めると、つぎからつぎへと要求の内容
を変えてくる。しかも要求の内容をつりあげてくる。そして少しでも、こちら側に落ち度があった
りすると、それをギャンギャンと攻め立ててくる。

 あとは、そのままいじけたり、黙りこんだり……。過去につくりあげた約束ごとなど、何だかん
だと、理由にもならない理由をこじつけて、平気で破ってしまう。

 そういうK国を相手に、いったい、どうやって交渉をつづければよいのか?

 さあ、ここは、韓国のN大統領の出番! N氏は、「K国の核開発問題は、ワレワレが解決し
てみせる」と、大見得を切って大統領になった。

 さあ、さあ、さあ、やってもらおうではないか。今こそ、世界公約を、守ってもらおうではない
か。今になって、「やはり、私たちでは、無理でした」では、スジが通らない。

 で、こうなると、先に席を蹴って立つのは、どちらかという問題になる。アメリカか、K国か。ど
ちらにせよ、今回の協議が決裂すれば、もうつぎは、ない。極東アジア情勢は、一気に緊迫化
する。ここ1、2日が、その山場ということになる。


●ならし運転

 少しずつ、子どもを、集団教育に慣れさせる。

 誠司のばあいも、プレスクールへ通い始めたが、最初は、週2回、4時間だけ。

 こうした方式は、30年前から、世界では、常識だった。(それ以前のことは、私は知らない。)
が、当時の日本では、いきなり、週6日。しかも一日、4時間。往復の通園時間も入れると、6
時間! それまでは、1年保育が主流だったが、2年保育が主流になりつつあるころでもあっ
た。

 集団に対して、恐怖心をいだく子どもが続出した。が、今でも、基本的には、それほど、変わ
っていない。

 幼児教育は、もっと、フレキシブルでもよいのではないか。

 オーストラリアには、週3日制の幼稚園だって、ある。月、水、金というように、1日おきに幼稚
園へ通ったりしている。週2日だって、よい。つまりこうして子どもたちを、少しずつ、集団教育
になじませていく。

 この時期、決して、無理をしない。これは幼児教育の大原則と考えてよい。無理をすれば、そ
のひずみは、かならず、どこかへ蓄積される。そしてそれが、5年とか、10年後に、心の問題
として、現れてくる。

 ……今、やっと、日本人も、それに気づき始めてきたようだが……。


●マガジン読者

 先日、ある読者の方から、マガジンへの感想が届いた。いわく、

 「ほとんど、読んでいない。たまに、ヒマなときに読む。量が多すぎて、読めない。がんばっ
て、読む。……(追伸)やっぱり、全部読む、時間がない。そんなヒマはない」(要約)。

 こうしたメールには、たいてい返事を書いているが、私は、ハタと返事を書くべきかどうか、わ
からなくなってしまった。書くとしても、何と、書けばよいのか?

 まさか、「ありがとうございます」とも書けないし、反対に、「そんなことを言わずに、もっと読ん
でください」とも書けない。

 しかし現実には、大半の読者の方が、そうではないのか。たしかに私のマガジンは、量が多
すぎる。自分でも、それがよくわかっている。つまりこれが読者の方の、偽りのない本音という
ことになる。

 それがよいことなのか、悪いことなのか、私にはよくわからないが、このところ、こうして本音
でものを言う人が、ふえてきた。最初は、そういう本音を知ると、ショックを受けるが、しかしそ
れは一時的なもの。

 私も、そのメールを読んだ直後は、「だったら、購読をやめればいいのに」とか、「無料なのに
……」とか、思ったりした。しかしそれも一巡すると、(そういうメールも多いので……)、「そうだ
ろうな」という気持ちにかわった。

 言いかえると、今まで、日本人は、本音でものを言うのを、あまりにも、遠慮しすぎていたので
はないのか。

 多少の衝突は覚悟で、まず、言いたいことを、ズバズバという。対立もするだろう。しかしそん
なことにへこたれていたら、前には進めない。つまりこうして日本人も、精神的にタフになってい
く。

 今回の選挙でも、僅差で落選したが、あのHもん候補者は、選挙運動中、こう言ったとか。
「天皇制などという、めんどくさいものは、もうなくせばいい」と。

 内容はともかくも、そういうことを堂々と口にする若者が、ふえてきた。すばらしいことだと思
う。

 私も、本音で言われることにより、相手の心がよくわかる。そしてそういうことの積み重ねが、
心の中を、スッキリさせる。その読者の方からのメールを思い出しながら、改めて本音で生き
ることの大切さを、知った。

 その方には、直接、返事は書かなかったが……。

【補記】

 マガジンは、1000号まで出すという目標をかかげています。しかし5ページでも、1号。10ペ
ージでも、1号ということになります。そこで私は、最低でも20ページをもって、1号とすることに
しました。

 でないと、1000号という、「号」に意味がなくなってしまいます。それで毎回、A4サイズ用紙
(1500字程度)で、20枚を、一つの目安にしています。

 量が多いのは、そのためです。

 私としては、できるだけ全部を読んでほしいとは思っていますが、しかしもとから、そんなこと
は期待していません。うち、5ページだけでも、あるいは1ページだけでも、読んでいただけれ
ば、うれしいです。

 これは、本音ではありませんが、今は、そう思うようにしています。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ワイフとチュー

 小2の子どもたちが、先日、こう言った。

 「先生は、奥さんと、チューするの?」と。

 そこで私が、「するよ」と答えると、みな、いっせいに、「ギャー!」「気持ち悪い!」「奥さんが
かわいそう!」と叫んだ。

 「私なら、死んじゃう!」「ゲボを吐く!」と言った子どももいた。

 が、たまたま、昨日(9・15)、その小2のクラスを終えて道路に出ると、迎えに来ていた母親
や子どもたちが、そこで、まだ立ち話をしていた。ワイフも、いた。毎週、この日は、街の中で、
いっしょに夕食をとることにしている。

 私は、その中の、Nさんや、Sさん(ともに小2女児)の名前を呼んだあと、つまり注意をこちら
にひきつけたあと、ワイフの頬にチューをして見せてやった。

 2人とも、目を大きく開いて、びっくりしていた。ついでにワイフの手にも、チューをしてやった。
またまた、驚いた顔をした。実際には、ポカーンとして、何も言わなかった。

 母親たちは、ニコニコと笑っていた。私は、子どもたちに向かって、「ザマーミロ」というような
ジェスチャをしてみせてやった。

 ハハハ。楽しい一瞬だった。しばらくは、私のチューで、話題がもりあがるだろう。きっと、そ
のあと、こう言っていたにちがいない。

 「本当に、あの林が、チューをした!」「気持ち悪い!」「いや〜だア!」と。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ヒステリー

++++++++++++++++

「うちの子は、突然、キレます。
 一度、キレた状態になると、
 手がつけられません。
 どうしたらいいでしょうか」
(N県、高校2年生男子をもつ
 母親からの相談。)

+++++++++++++++++

 突然、……というより、徐々に、盛りあがるように興奮状態になり、やがて手がつけられない
ほど、病的な興奮状態になることを、「ヒステリー」と、一般世界では、呼んでいる。

 (臨床心理学で言う、「ヒステリー」というのとは、少し、ちがった意味になる。)

 このヒステリーには、2種類ある。

(1)身体表現性障害と、(2)解離性障害の2つに分けて考える。

 身体表現性障害というのは、さまざまな身体的な病状をさす。感覚麻痺のほか、頭痛、動
悸、息切れ、呼吸過多、けいれん、発汗など。

 解離性障害というのは、いわゆる(自分が自分でなくなってしまう)病状をいう。よく知られた
病状に、多重人格障害や、離人性障害がある。

 このタイプの子どもは、(おとなも、そうだが……)、興奮して激怒状態になると、まるで別人の
ようになってしまうことが、よく知られている。行動そのものが、破滅的、破壊的、自暴的にな
る。「すべてを、めちゃめちゃにしてやる!」といった、そんな感じになる。

 原因の多くは、心の奥底に潜む、深いキズと考えてよい。乳幼児期の虐待、家庭内騒動、親
の育児拒否、冷淡、無視などなど。このタイプの子どもをもつ親と話をすると、たいてい、「うち
の子は、生まれつき、ああです」などと言う。

 責任逃れの言い方とも考えられるが、親に、その自覚そのものがない。「私は私なりに、懸命
に、子育てをしてきました」などと弁解することもある。

 で、このタイプの子ども(おとなも、そうだが……)の激怒のし方には、つぎのような特徴が見
られる。

(1)傍(はた)から見ていると、突発的にキレたように見えるが、よくよく観察してみると、最初
は、穏かな口調で始まることが多い。何かの不満を並べているうちに、それが妄想的にふくら
んでいく。そしてやがて興奮状態になり、言葉がきつくなる時間的には、数分前後が多い。

(2)執拗に同じことを繰りかえしながら、相手を責めたり、自分を責めたりする。本来なら、何
でもないようなささいなことに、異常なこだわりを見せ、それにいつまでも、固執したりする。話
の内容がくどくなる。

(3)そして一度興奮状態になると、ここにも書いたように、破滅的、破壊的、自暴的になる。と
きに、取りかえしのつかないようなことまで、興奮に任せて、してしまうこともある。ただし、そこ
には、いつも、ギリギリの一線がある。その一線を超えることは、まず、ない。

(4)興奮状態のときは、別人格になっているため、価値観、倫理観、道徳観など、すべてが、
元の人格のそれとは、ちがうと考えたほうがよい。顔つき、目つきはもちろんのこと、心理状態
そのものまで、変わってしまうこともある。ふだんは、さみしがり屋の子どもが、興奮状態になる
と、ひとりで何でもやると言い出したりする。

 ある子ども(中学男子)は、こうした興奮状態になると、目がギョロギョロし始めた。

(5)興奮状態から、冷却期間を経て、しばらくすると、またもとの人格にもどる。しかし急に冷め
るというよりは、徐々に、時間をかけて冷める。その期間には、個人差がある。が、1、2日で、
もとにもどることが多い。

(6)一般的に、「ヒステリー」というときは、以上のような症状をいうが、本人自身に、その自覚
と記憶が残るのが、ふつう。そのため、ふだんの自分にもどったとき、はげしい自己嫌悪にお
ちいることが多い。

 こうした一連の症状が、定期的に、かつ繰りかえし起きるようであれば、できるだけ、初期の
段階で、それを習慣化させないようにする。頭ごなしに叱ったり、おさえつけたりしてはいけな
い。子どもであれば、抱きこんで、暖かい口調で、何度も説得するのがよい。子どもの不安感
や緊張感を、ほぐすようにする。

 このタイプの子どもは、(おとなも、そうだが……)、いつも、別の(ふだんの子ども)が、心の
どこかにいると考えて、その(ふだんの子ども)にだけ向って話しかけるようにする。「今のあな
たは、本当のあなたではないのよ」と。

 楽しかった思い出や、その子どものよい面を指摘しながら、話すのも効果的。

 こうして少しずつ、本人に、セルフコントロールの技法を身につけさせていく。……といって
も、それには、10年単位の時間がかかる。心のキズというのは、そういうもの。またそういう視
点で考えること。しかし本人自身が、それに気づき、自分の病状を自覚すれば、自分で自分を
コントロールできるようになる。そういう(力)を育てる。

 ここに書いた以上のことは、専門医の分野ということになる。それでも解決しないようなら、一
度、心療内科などの専門医に相談してみるのがよい。
(はやし浩司 ヒステリー 身体表現性障害 解離性障害 突発的な興奮性)

【K君(高2)の例】

 K君(高2)は、ふだんは、ユーモアのセンスも豊かで、人を笑わせることもうまいという。神経
質だが、頭もよく、とくに美術的な感覚にすぐれている。

 しかし両親は、K君が5歳のときに離婚。父親のほうがK君を連れて、家を出た。その父親
は、K君が中学生になるころ、再婚。しかしK君は、新しい母親(継母)とは、ほとんど口をきくこ
とはなかった。ときどき新しい母親は、K君に暴力を振るったこともあるという。

 そのK君は、ふとしたことで、いじけやすく、一度、いじけると、そのままいつまでも、つっぱっ
てしまう。中学生のときも、突然、学校を飛び出して、4、5キロもある家までの道のりを、歩い
て帰ったりしたこともある。

 こんな事件もあった。教室の中でハーモニカを吹いていた友人がいた。が、K君は、「うるさ
い!」と言って、突然、キレ、そのハーモニカを、窓にたたきつけて、こわしてしまった。窓ガラ
スも割れた。みなが、K君をおさえにかかったが、4、5人でもおさえきれないほどの腕力だった
という。K君が、高校1年生のときのことだった。

 こうした事件を起こすたびに、K君は、3、4日は学校を休んだ。が、そのあとは、まるで何ご
ともなかったかのように、また学校へ出てきて、授業を受けていた。で、教師が、K君の起こし
た事件について聞くと、K君は、まるで他人ごとのように答え、話していたという。

 その教師は、K君の母親(継母)に、こう言ったという。「K君は、自分のことを話しているはず
なのに、だれか別人が起こした事件のような話し方をしました。主語がおかしいと思ったことも
何度かあります。たとえば、『ぼくが……』と言うべきところを、ふと『あいつは……』と言ったり
するなど。そして悪いことをしたという自覚が、まるでないのには、驚きました」と。

 K君は、心を開けない子どもだった。そのため、愛想はよく、人に取り入るのはうまかったが、
本当の友人は、いなかった。K君は、「ぼくは孤独だ」と、口ぐせのように、よく言っているとい
う。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(905)

●6か国協議

+++++++++++++++++

正念場の中の正念場。
今日、6か国協議は、
その最大の正念場を
迎える。

+++++++++++++++++

 9月17日、土曜日。北京で行われている、第4回6か国協議は、大詰めのどたん場を迎え
た。今日(9・17)の午後4時が、タイムリミット。中国は、「中国が示した、共同文書第5次修正
案について、各国は、その時刻までに、返事を出せ」と。

 今回の会議の主役は、アメリカとK国。恐らく……というより、まちがいなく、その内部では、想
像を絶する、たがいの、諜報活動がなされているはず。今回の会議では、先に席を蹴って立っ
たほうが、負け。

 もしアメリカが先に席を蹴って立てば、アメリカが、6か国協議を決裂させたことになる。つい
で、中国と韓国のメンツをつぶしたことになる。今後、国連の安保理に、この問題を付託したと
しても、中国は、拒否権を使って、K国制裁に反対するだろう。

 もしK国が先に席を蹴って立てば、K国が、6か国協議を決裂させたことになる。以下、同じプ
ロセスを経て、K国は、窮地に立たされることになる。

 だから、先に席を蹴って立ったほうが、負け。

 ところが、である。

 K国は、もとから、核兵器開発を放棄する意図など、みじんもない。そこで、ああでもない、こ
うでもないと、難グセをつけては、会議を引きのばす。一方、アメリカはアメリカで、それを百も
承知の上で、いわば中国に、ひとり芝居をさせる。「やれるものなら、やってみなさい」と。

 時、同じくして、訪米中の韓国のN大統領は、あろうことか、国連の演説の場で、名指しこそ
避けたが、アメリカと日本を、帝国主義国と批判した! 今どき、こんな単語を使って、アメリカ
を批判するのは、アフリカでも、ごく一部の、急進的な反米国家にかぎられている。

 いったい、N大統領は、何を考えているのか? だいたいにおいて、「帝国主義」という言葉
は、レーニン(ロシア革命の指導者)が、その著書『帝国主義論』の中で、資本主義社会を批判
して使ったもの。韓国も、その資本主義国家ではなかったのか(?)

 しかも、韓国には、少し前、「K国が核兵器を保有すれば、統一後の南北朝鮮にとっては、有
利」などという発言した大臣もいた。はっきり言えば、韓国にしてみれば、K国の核開発問題な
ど、どうでもよい。

 加えて、K国は、WFP(国連世界食糧計画)に対して、とうとう、P市事務所の閉鎖と、職員の
撤収を要求してきたという(朝鮮N報・05年9月10日)。「韓国が直接、食糧を援助してくれる
から、もうお前らには、用はない!」と。

 ここでも韓国の独断、単独行動が、国際社会の協調を、破壊していることになる。と、同時
に、K国を、ますます、わけのわからない国にしている。

 で、その共同文書第5次草案の内容が、午後になって、配信されてきた。それによると、北朝
鮮が求めていた軽水炉については、「将来論議する」との表現にとどめ、提供を確約していな
いことがわかった。

さらに、共同文書第5次草案は、草案には、北朝鮮の核全面放棄も明記されているため、北
朝鮮は、「核放棄だけを要求する内容」と反発しているという。共同文書が採択されることは、
ほぼ絶望的になりつつある。

 さて、はじめの話題にもどる。

 こうした表での駆け引きとは別に、水面下では、し烈な諜報戦争が、くり広げられている。

 考えられる可能性は、4つある。

(1)アメリカが先に、草案を蹴る。ついでK国も蹴る。
(2)アメリカが先に、草案を蹴る。K国は、採択に賛成する。
(3)K国が先に、草案を蹴る。ついで、アメリカも蹴る。
(4)K国が先に、草案を蹴る。アメリカは、採択に賛成する。

 (1)と(3)は、現実には、ありえない。相手が先に蹴った以上、改めて、こちら側が蹴りなお
す必要はない。

 日本にとっても、アメリカにとっても、最良のシナリオは、(4)である。K国を、国際社会の中
で、ますます孤立化させることができる。しかしそんなことは、K国自身も、百も承知。そこで、
相手の出方をさぐらねばならない。

 アメリカは、どう出るか? K国は、どう出るか?

 そのための諜報戦争が、今、水面下で、くり広げられている。恐らく、アメリカは、総力をあげ
て、北京のK国大使館とK国本国とのやりとりを、すべて、盗聴しているだろう。今では、宇宙か
ら、ビルの中の会話はもちろん、車の中の会話まで盗聴できるという。

 そこでつぎに使う手は、周辺国への、意図的な情報の漏洩(ろうえい)である。相手を自分の
つごうのよいように誘導するため、わざと、ニセ情報を流したり、本音を混ぜたりする。

 ときどき、それぞれの国が、記者会見を行ったりするが、ただぼんやりと見ていただけでは、
それがわからない。しかし注意深く見ていると、それがわかるときがある。

今朝(9・17)も、アメリカのH代表は、K国との2か国協議を前にして、「この24時間に、速いペ
ースで進展があった」「ご承知のように、彼ら(北朝鮮)が、問題を提起し続けているので様子を
みたい。昨日も忙しい1日だったが今日も多忙な1日となるだろう」(NEWS−i)と言った。

 ちょっと聞くと、協議がまとまりつつあるかのような印象を受けるが、実は、その反対。私は、
逆に感じた。H代表は、こう言いたかったのだ。「とうとうK国を追いつめたぞ」と。そして案の
定、午後になって、アメリカと日本は、さらに、修正案を、中国に提出した。ますますハードルを
あげにかかっている。

 これから数時間。今回の協議は、最大にして、最後の山場を迎える。

 で、私の予想では、こうだ。

 K国の代表たちは、会議を黙殺する形で、北京のK国大使館に、引きこもる。それを見て、中
国が、再び、休会を宣言。即刻、アメリカと日本の代表は、帰国。韓国に対しては、「アメリカと
日本を取るか、K国を取るか」と、選択を迫りつつ、この問題を、国連の安保理に付託する道
筋をつける。

 韓国が「NO!」と言えば、米韓関係と日韓関係は、そのまま終焉(しゅうえん)する。この段
階で一方的に困るのは、韓国側であって、日本ではない。日本は、韓国なしでも、じゅうぶん、
やっていかれるが、韓国は、日本なしでは、1日も、もたない。

 ここ1、2年、極東アジア情勢は緊迫するが、しかたのないこと。5年後、10年後に、K国の
核ミサイルが、東京に投下されることを考えるなら、毒矢はできるだけはやいうちに、抜いてお
いたほうがよい。

日本も、そろそろ覚悟すべきときにきている。

(補記)

 K国など、まともに相手にしてはいけない。拉致被害者のY氏夫妻の苦しみや悲しみも、よく
理解できる。しかし、ここは冷静に。日本は、あんなK国と心中する必要はないし、また、しては
ならない。あえて制裁などしなくても、K国は、自滅する。また日本だけが、単独で制裁しても、
意味はない。

 現在のK国の国力は、日本の山陰地方にある、S県もしくはT県、1県程度の国力しかない。
(だからといって、S県やT県を、バカにしているのではない。誤解のないように!)

 日本は、どこまでも冷静に。どこまでも事務的に。決して、感情的になってはいけない。国際
世論を味方につけつつ、正攻法で、K国の核兵器開発を、しめあげる。それにまさる解決方法
は、ない。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●HPに、音と映像が!

 HPにせよ、インターネットにせよ、また電子マガジンにせよ、私は、ひとつの限界を感じてい
た。

 文字情報が中心で、あとは、スチル写真。しかしこれでは、新聞やテレビを超えることはでき
ない。

 そこで私は、数年前から、いろいろな方法を試してきた。HPに音声を載せてみたこともある。
しかし一言、二言、あいさつを載せただけで、何MB(メガバイト)も、メモリーを消費してしまっ
た。当時、私のプロバイダーでは、10MBまでは無料だが、それを超えると、10MBごとに、
年間約1万円の費用がかかった。

 それで断念。

 もう一つの方法は、どこかのインターネット・ストーレッジに、動画や音声を保存しておき、そ
のつど、ハイパーリンクで呼び出す方法。インターネット・ストーレッジというのは、いわばネット
上のハードディスクをいう。

 が、しばらくすると、運営会社から、「ハイパーリンクは、遠慮してくれ。ストリーミング行為(直
接動画や音声を呼び出す行為)は、許可していない」という連絡が入った。だから、これも断
念。

 しかし時代は、進む。技術は、進む。

 アメリカのTUBE社が、無料で、動画と音声の登録をしてくれることになった。しかも、だ。1回
の登録で、100MBまで、OKだという。しかも何回、登録しても、OK。喜んだというより、驚い
た。

 いまだに、私の入っているプロバイダーは、HPにしても、30MBまでは、無料。それを超える
と、30MBごとに、年間約1万円の費用がかかる。

 ……で、考えた。

 これからもTUBE社のようなサービスは、この日本でも、どんどんと広がっていくだろう。イン
ターネット上で、動画や音声が、自由に使えるようになる。そうなると、少なくとも、新聞は、存
在価値そのものを、なくす。わかりやすく言えば、新聞を読む人は、インターネットをしない人だ
けということになる。

 つぎにテレビだが、どんな調査結果を見ても、一人当たりのテレビ視聴時間は、年々、短くな
っているのがわかる。私も、以前は、1日に数時間は、テレビを見ていた。が、今では、合計し
ても、1時間も見ないのでは……?

 私のワイフにしても、このところ、テレビを見る時間よりも、パソコン画面をのぞいている時間
のほうが、長くなってきているように思う。「まだまだテレビの時代……」ということになるが、し
かしこの先、さらにインターネットが進化すれば、それはわからない。

 それにもう一つ、私の中には、大きな変化が生まれつつある。

 今までは、R天の日記にせよ、BLOGにせよ、国内の会社が運営するサービスを使ってい
た。しかし最近は、YAHOOにせよ、その関連会社が運営する、Frickrにせよ、アメリカのサー
ビス会社である。

 そういうサービス会社を使っていると、当然のことながら、言語は英語になるし、情報は、世
界中に流れることになる。その可能性は、当初から感じていたが、しかしこうまで早く、その時
代がくるとは、思ってもみなかった。

 今では、「はやし浩司」と打ちこむのと同じくらい、「Hiroshi Hayashi」と打ちこむことが多く
なった。

 これからも、時代は、どんどんと変わっていく。

 そこで私のHPのことだが、

(1)「目で見る漢方診断」を、そっくりそのまま、コピーして、みなさんにお届けできるようになっ
た。これには、アメリカのFrickr社の無料配信サービスを利用した。Yahoo社の関連会社なの
で、安全性は、じゅうぶんだと思う。

(2)動画と音声を、ビデオ映画風(?)に編集して、みなさんにお届けできるようになった。これ
には、やはりアメリカのTUBE社の無料配信サービスを利用した。

 興味のある方は、どうか、私のHPを、訪問してみてほしい。また、どの会社も、簡単なサイ
ン・インで、利用できるようになっている。みなさんも、利用してみたら、どうだろうか? インタ
ーネットの世界が、ぐんと大きく広がることと思う。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●刻印づけ

++++++++++++++++

自分は、どこでどのようにして
作られていくのだろう?

そしてそういう自分は、変える
ことができるのだろうか?

++++++++++++++++

 子どもは、その成長過程において、最初に、脳の中に刻印されたものを、生涯にわたって、
保つようになる。つまりは、第一印象で、そのほとんどが、決まるということ。

 これを「刻印づけ」というが、「刷りこみ」とも、「インプリンティング」ともいう。あのコンラッド・ロ
ーレンツが、灰色ガンという鳥を飼育していたとき、発見した現象である。

 そして最近の研究によれば、人間にも、同じような現象が見られることがわかってきた。生後
直後から、数週間にかけての時期だという。この時期を「敏感期」という。が、それだけではな
い。

 人間のばあい、親子関係のみならず、あらゆる事象において、そのつど、自分の脳に刻印を
していく。飲食物、環境、しつけ。さらに恐怖心や、不安感、信頼関係などなど。

 その時期は、当然のことながら、幼少であればあるほど、刻印づけは、強力なものとなる。そ
してここが重要だが、一度、何らかの刻印づけがなされると、それを修正したり、補修したりす
ることは、たいへんむずかしいということ。

 たとえば性格というものを考えてみよう。

 どんな子どもにも、生まれながらにしてもっている「質」というものがある。それを「性質」とい
う。その性質を基盤に、子どもは、成長する過程の中で、さまざまな、心理的な特徴を身につ
けていく。これを「性格」という。

 この性格は、こうした刻印づけが、集合されてできあがると考えてよい。たとえば、あなた。も
しあなたが、いじけやすい、くじけやすい、ねたみやすい、ひがみやすい、わがままで、自分勝
手……ということであれば、それは生まれながらにしてそうであったというよりは、生後の成長
する過程の中で、作りあげられたものと考えてよい。

 だれにでも、そういう性格は、ある。幸福な家庭に育った子どもでも、また不幸にして不幸な
家庭に育った子どもであっても、だ。

 問題は、そういう性格があることではなく、そういう性格があることも知らず、その性格に振り
回されること。性質についても、そうだ。

 そこで重要なことは、まず、性格なり、性質なり、そういったものに、自分で気がつくこと。が、
しかしこれは簡単なことではない。哲学の一つのテーマにも、なっている。自分を知るということ
は、それくらい、むずかしいことでもある。

 が、あきらめてはいけない。

 方法がないわけではない。自分の生い立ちを知り、自分の周囲の人たちが、自分に対して、
どのように言い、どのように反応したかを知る。そういった記憶を頼りに、自分を知る。一枚ず
つ、ベールをはがすようにして、自分をさぐる。

 すると、やがて、その先に、自分の姿が見えてくる。

 で、それがよい性質や性格であれば、問題はない。しかしそうでなければ、しっかりとそれを
見つめる。見つめるだけでよい。あとは、時間が、解決してくれる。すぐにはどうにもならない
が、10年、20年とたつうちに、自分を変えることができる。

 実は、たった今、こんなテレビドラマを見てきた。ちょうど朝食時で、何となく、見た。その中
に、こんなシーンがあった。

 父と娘の葛藤を描いたものだが、その娘は、父から受けた心のキズが原因(?)で、新婚生
活に、どうしても、自信がもてなかった。娘は、こう言う。「私は子どものときから、父から、何を
しても、だめな人間と思われてきた。だから結婚しても、不安でならない」と。

 セリフどおりではないが、要約すると、そういうことになる。

 で、母親が、その娘を説得する。「お父さんは、不器用なだけよ。本当は、あなたを愛してい
るのよ」と。

 その言葉を聞いて、娘は安心し、再び、新婚生活へともどっていく。

 私はそのシーンを見ていて、思わず、こうつぶやいてしまった。「そんな単純なものでもないよ
うに思うけど……」と。ワイフも、横で見ていて、「そうね……」と。

 10年、20年もかけてできた心のキズ……。「わだかまり」といってもよい。そういうものが、た
った一晩の母親の説得で、癒(いや)されるはずはない。テレビドラマとしては、そういう結末に
したかったのだろう。しかし現実には、ありえない。

 私は、ここで「時間が解決してくれる」と書いた。しかし実際には、それなりの努力も、必要で
ある。勉強もしなければならない。自分と戦うことも、ときには、必要かもしれない。ともかくも、
放っておいて、それで、癒されるということはない。

 私などは、まさに心の中は、キズまるけ。いまだに、そのキズと戦っている。で、先日も、私
は、ワイフにこう言って、あやまった。

 「お前は、ぼくのような男と結婚したばかりに、苦労ばかりしている。もっと、ほかにいい男が
いただろうに、ごめんね」と。

 さらに、「今のお前にとって、一番、幸福になる道は、ぼくと離婚することだと思う。ぼくと離婚
すれば、ぼくから解放される。お前は、ぼくの束縛から解放されて、自由になることができる。し
かし、ぼくには、その勇気もない。もし、本当にそういうことになったら、ぼくは、生きていく勇気
すら、なくすかもしれない」とも。

 ときどき、本当の私はどこにいるのかとさえ、思う。だから、やはり、あのテレビドラマは、お
かしいと思う。心のキズが、たった一晩の母親の説得で、癒されるなどということはありえない。
もしそうなら、それはキズではなく、ただ単なる誤解か、いやな思い出の一つだったということに
なる。

 で、また私の話にもどるが、こういうキズをもっていて、一番、つらいのは、他人には、理解し
てもらえないということ。とくに私は、見た目には、ごくふつうの男に見える(多分?)。快活で、
ユーモアのセンスもある。行動的で、判断力も悪くない。

 しかしその底では、私は、いつも、必死で、別の自分と戦っている。そういう自分がいること
を、恐らく、私のワイフ以外は、知らない。母も知らないだろうし、姉も知らないだろう。また、そ
ういう自分のことを、他人に話したところで、理解もしてもらえるとは思わない。話しても、意味
はない。

 先日も少しだけそのことを姉に話したら、姉は、こう言った。「そんなの、気持ちのもちようよ」
と。

 結局、私は死ぬまで、仮に100歳まで生きたとしても、それを引きずっていくしかない。『三つ
子の魂、100まで』というのは、そういう意味では、まさに的を得た格言ということになる。
(はやし浩司 子供の心 子供の心理 心の問題 心の傷 刻印づけ)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●中傷・誹謗

++++++++++++++++++

カルトを批判する私。
その私は、たびたびカルト教団から、
攻撃される。

++++++++++++++++++

 ほぼ4年にわたって、私を攻撃しつづけている団体がある。どこかの仏教系宗教団体であ
る。急進的であるかないかは、そのHPを見れば、わかる。

 トップページの背景画は、裸の女の子が、十字架につりさげられているもの。この事実、一つ
見ても、その団体が、どういう団体であるかが、わかる。

 で、その4年前には、その団体が、たいへん、気になった。私の実名をあげて、つまり名指し
で、攻撃を繰りかえしてきた。が、私は、無視した。いや、本当は、反論したかったが、頭のお
かしな連中を相手にしても、意味はない。

 そんな連中とやりあう時間とエネルギーがあれば、もっと、別のことに使いたい。

 が、それから4年。で、インターネットを使って調べてみると、相変わらず、私を攻撃している
ことがわかった。ごくろうさんというか、しつこいというか……?

 しかしこの4年間に、私の心境は、大きく変化した。

 その第一。ますますその団体が、「?」に思われてきたこと。当初は、急進的と思ったが、今
は、狂信的。そういう連中に、中傷、誹謗されるということは、こちらの私が、「正常」ということ
になる。

 この団体もそうだが、しかしこのところ、またまた、おかしな宗教団体が、ふえてきたように感
ずる。しかしここで誤解してはいけないことは、そういう宗教団体があるから、信者がいるので
はないということ。そういう宗教団体を求める信者がいるから、そういう宗教団体が、はびこる。

 つまりそれだけ世相が、不安定になってきたということ。暗く、ジメジメしてきたということ。が、
これは、実は、私たち自身の問題でもある。あなたや私、それに私たちの子どもが、いつなん
どき、彼らの餌食(えじき)になるか、わからない。

 だから、今のうちから戦う必要がある。武器は、知性と、理性。道理と、合理。彼らを打ち負
かすだけの哲学と、倫理。そういうものを使って、戦う。そしてその武器は、放っておいたら、す
ぐサビつく。だから毎日、みがく。

 戦い方は、簡単。自分の常識に照らしてみて、おかしいものは、「おかしい!」と声をあげれ
ばよい。それでよい。それで彼らは、退散する。もともと、気の小さい連中である。他人の心を
もてあそびながら、みじんも恥に思わない連中である。ひとりでは何もできない。だから徒党集
めに奔走する。

 そういう4年前の私と比較しながら、私も変わった、と思う。4年前は、ジリジリとした怒りで、
眠れない夜もあった。しかし今は、ちがう。「バカめ」と笑ってすますことができる。

 そう言えば、悪魔は、善人を恐れるという。本当のところは、どちらが悪魔かは、私は知らな
い。しかし今のところ、私の世界には、さんさんと明るい太陽の光が、注ぎこんでいる。少なくと
も、裸の女の子を十字架にはりつけるような、陰湿な世界とは、無縁である。

 だから、笑ってすますことができる。「どうぞ、ご勝手に!」と。ついでに言えば、私を本気で怒
らせたら、ただではすまない。怒る価値もないと思うから、無視する。先にも書いたように、その
分の時間とエネルギーは、もっとほかのことに使いたい。今は、ともかくも、マガジン1000号
が、目標である!!
(はやし浩司 反カルト 狂信的宗教団体 常識論)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【BW教室から】

 突然、小6のG君(男児)が、私にこう聞いた。

 「先生、先生は、郵政民営化法案に、賛成? ……それとも反対?」と。

 私はすかさず、こう答えた。「ぼくね、教室では、そういう政治の話は、いっさい、しないことに
しているの。で、君は、どう思う?」

G「ぼくのパパは、反対だってエ」
私「どうして?」
G「だって、もし民営化されたら、切手代やハガキ代が、値あがりすることになるってエ」
私「なるほどね。フ〜ン」
G「民営化されると、お金もうけが大切になるから、郵便局も、損になるようなことはしなくなるっ
てエ〜」と。

 私は、マガジンやR天の日記では、政治の話をよく書く。しかし子どもたちの前では、政治の
話をしたことはない。ただの一度も、ない。

 「そういうふうに考える人もいるんだな」と思って、この話はおしまい。……と思っていたら、今
度は、Mさん(小5・女児)も、「私も反対!」と。

私「どうして?」
M「……ううん、よくわかんないけど、反対。先生は……?」
私「ぼくは、政治の話は、したくない。君のお父さんに聞いてみたら……」と。

 こうした仕事では、政治と宗教の話は、タブー中のタブー。それに、霊の話もタブー。子どもた
ちの心を、意図的に誘導するような話も、タブー。親たちは、私を信頼して、子どもを任せてく
れる。その期待に反するような行為は、許されない。

ただ、子どもたちが、カルトぽい話をしたときは、即、それを打ち消すようにしている。とくに、ま
じないとか、占いなど。「死」や、「あの世」の話も、そうだ。

 子どもたちが、幽霊の話をし始めたら、たとえば、こう言うようにしている。「ぼくは、見たこと
はないよ」「いれば、見たいね」「もし、死んだあと、幽霊になれるんだったら、早く、なってみた
い。空も飛べるし、仕事はしなくてもいいし……」と。

 私がすべきことは、当然のことだが、子どもたちが、前向きに生きていくように、指導するこ
と。ものの考え方を、明るい日向(ひなた)のほうに、向けてやること。

 そうこうしていたら、話題は、いつの間にか、今度は、宇宙人の話になった。

M「先生は、宇宙人を信じている?」
私「ぼくにはわからないけど、いても、おかしくないよね」
M「そうよね。ほかの惑星に住んでいる人たちから見れば、私たちが宇宙人ということになるよ
ね」
私「そうだね。それはおもしろい考え方だ。ぼくたちが、宇宙人だ。ハハハ」と。

 率直に書く。

 私の教室の子どもたちは、みな、明るい。表情も明るいが、ものの考え方も、明るい。好奇心
も旺盛だし、何か、テーマを与えたりすると、「やる!」「やりたい!」と言って、食いついてくる。
私は、私の指導の中では、そういう積極性を、何よりも、大切にしている。

 が、そのMさんが、こう言った。

M「先生、小説を書いたから、今度、プリントアウトして、先生に、見せてあげる」
私「いいよ、そんなこと、わざわざしなくても、メールか何かで、送ってくれれば……」
M「だって、私のママが、ダメってエ」
私「エッ、どうして?」
M「だって、インターネットには、自殺サイトとか、そういうものがあるでしょ。ママは、そういうも
のは、読んではダメって……」
私「そうだね。そういうヘンなのもあるからね。君のお母さんの言うとおりだよ」と。

 インターネットは、便利な通信手段だが、しかし、その一方で、危険な面も、少なくない。実
際、教育サイトにしても、どこかのカルト教団が、仮面をかぶって運営しているのが、多い。公
的なサイトは別にして、大半がそうではないか。Mさんの母親は、それを心配している。

 しかし念のため、あえて申し添えるなら、(当然のことだが……)、私は、かつて一度だって、
子どもたちの前で、宗教や政治の話をしたことはない。……と、同じことを2度も書いてしまった
ので、この話は、ここまで。

 BYE!


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●無知の無知

 自分の無知を、無知であることぐらい、恐ろしいことはない。そのことは、何か、新しいことを
知ったときに、思い知らされる。

 ときどき私は、「こんなことも知らなかったのか」と、自分で思うときがある。あるいは、「どうし
てこのことを、もっと早く知らなかったのか」と思うときもある。「私は、いったい、何をしていたの
か」と。

 一方、たいへん失礼なことだが、だれかと話していて、「どうして、この人は、こんなことも知ら
ないのか」と、思うときもある。が、そう思ったとたん、「では、自分はどうなのか」と。

 まず、自分の無知を知る。そして、そのためには、他人だけではなく、まわりのあらゆるもの
に対して、謙虚になる。まずいのは、傲慢(ごうまん)になること。人は、傲慢になったとたん、自
分を見失う。

 釈迦は、こうした「心の浄化」を、「精進(しょうじん)」と、呼んだ。「死ぬまで。精進せよ」と。仏
教の実践者は、よく「悟りを開く」などという言葉を使うが、そんなことは、そこらの人間には、あ
りえない。あるとするなら、その人が、そう思いこんでいるだけ。そのまわりの人が、そう思いこ
んでいるだけ。

 ついでに申し添えるなら、釈迦仏教、なかんずく大乗仏教が、なぜに、こうまで混乱したかと
いえば、「我こそが仏である」と、勝手なことを言う人が、あまりにも多かったからである。今で
も、少なくない。「悟りを開いたものは、すべて仏である」という考えに、もとづく。

 さらにこの日本では、死んだ人すべてを、「仏様」という。こういう安易な、「仏教観」が、さらに
釈迦仏教を、混乱させている。

 しかし道は、険(けわ)しい。少しぐらい精進したくらいで、先に進むことはできない。少し進め
ば、さらにその先には、道がある。行っても、行っても先がある。つまりそれを謙虚に認めるこ
とが、無知を知るということになる。

 このことは、子どもを教えていると、わかる。

 私は、幼稚園講師になったころ、最初に、アンケート調査したのは、「子どもの住環境と、
騒々しさの関係」である。

 私は「静かな団地に住む子どもは、もの静かで、町中の繁華街の中に住む子どもは、騒々し
い」という先入観をもって、調査を始めた。結果は、みごとに、ハズレ!

 静かな団地に住んでいる子どもでも、騒々しい子どもは、いくらでもいる。反対に、町中の繁
華街に住む子どもでも、静かな子どもは、いくらでもいる。そうした住環境は、子どもの性格と
は、まったく関係ないことがわかった。

 これが私の幼児教育の第一歩だった。が、もしあのとき、そうした視点をもたなかったら、今
でも、「町の繁華街に住む子どもは騒々しい」という先入観だけで、持論を組みたてていたかも
しれない。

 私は、無知だった。

 だからそれから一〇年間、当時の園長に頼んで、毎週のように、アンケート調査を繰りかえし
た。その回答用紙だけでも、ダンボール箱につめて、六畳間くらいの倉庫がいっぱいになった
ほどである。

 今でも、私は、毎日のように新しい発見をする。そしてそのたびに、冒頭に書いたように、「な
ぜ、今まで、こんなことに気づかなかったのか」と思う。そしてますます謙虚になる。

 と、同時に、無知な人を見ると、それがよくわかる。とくに幼児教育の世界では、そうだ。よく
その人(学者)の意見を聞いていると、「この人は、私が30歳のときのレベルだな」とか、「この
人は、私が40歳くらいのときに気づいたことを話している」と思うことがある。

 しかしそう思うのは、正直言って、楽しい。何とも言えない、優越感を覚える。が、もちろん、そ
の反対のこともある。「この人は、ものすごい人だ」と思うときである。そういうときは、本当に、
頭をハンマーで叩かれたような気分になる。

 自分の無知を知る。それは、一見、簡単なようなことで、本当にむずかしい。たいていの人
は、無知であることに気がつかないまま、自分のカラにこもってしまう。そしてその場で、釈迦が
説くところの、精進を止めてしまう。

 繰りかえすが、かく言う私だって、偉そうなことは言えない。ふと油断すると、無知であること
を忘れてしまう。そしてそれこそ偉そうなことを、口にしてしまう。しかし、これは、本当に、恐ろ
しいことだ。

 最近になって、その「恐ろしさ」が、ますますわかるようになった。つまり以前の私は、この点
についても、無知だった。

【忙しい人へ】

 ときどき、政治家の人たちは、どこで勉強するのだろうかと思う。毎日、分きざみの生活をし
ていて、どうして自分で考える時間をもつことができるのだろうか、と。

 「考える」ためには、「それだけの時間」が、必要である。静かに考える時間である。それはま
さに、「習慣」と言えるようなもので、習慣として、静かに考える。そういう時間である。

 あるいは、そんな習慣がなくても、政治家になれるのか? 私には、よくわからないが……。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩



●外に向かって、前だけを見て、育てる

 親は、ときとして、子どもの友になり、子どもの横を歩く。そのとき、親と子は、決して、向きあ
ってはいけない。外に向かって、前だけを見ながら、歩く。

スポーツでも、趣味でもよい。共通の目的や目標があればよいが、「前だけを見る」というの
は、それには限らない。つまりは、生きザマの問題ということ。

 この原稿のヒントになったのは、つぎの言葉である。

 かつて、はA・エクスペリーは、「シェークスピア文学論」の中で、こう言った。

★Love does not consist in gazing at each other, but in looking outward together in the 
same direction.

愛というのは、たがいに見つめあうことではない。愛というのは、外に向って、同じ方向を見る
ことである。

 親子の愛も、これに似ている。たがいに見つめあえば、溺愛になる。それを避けるために
は、たがいに、外を見る。しかし別々の方向を見ていたのでは、心はバラバラ。また子どもを溺
愛するのは、親の勝手だが、その影響は、子どもに現れる。が、それだけではない。

 親が子どものほうを見ればみるほど、子育てのし方が、どうしても、うしろ向きになる。子ども
に、自分の果たせなかった夢を、子どもに託したり、あるいは、子育てそのものを、生きがいに
するようになる。

 それでうまくいけばよいが、うまくいく子育ては、一〇に一つもない。「勉強しなさい!」「うるさ
い!」の大乱闘。その結果、親は、無数の悲哀を味わうことになる。子どもは、親の過剰期待
の中で、もがき苦しむことになる。

 そこで親は親で、前向きに生きる。「私は私で、私のすべきことをしますから、あなたはあなた
で、自分のすべきことをしないさい!」と。そういう姿勢を見ながら、子どももまた、前向きに、生
きるようになる。

 ある母親は、二人の娘が、小学校へ入学すると同時に、手芸の店を開いた。それが長い間
の夢だった。また別の母親は、娘がやはり高校に入学すると同時に、医療事務の資格をとり、
さらに勉強して、その講師になった。

 そういう親の前向きな姿勢を見て、子どもも、また自分の将来を、前向きにとらえることがで
きるようになる。
(031218)

※前向きに生きる……新しいことにチャレンジしていく、積極的な生きザマをいう。子どもでも、
何か新しいことを提案したとき、「やりたい!」「やる!」と食いついてくる子どもと、そうでない子
どもがいる。こうした積極性は、子どもは、親の生きザマを見ながら、身につけていく。

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(906)

●難聴

ワイフが、「ほら、うちの庭でも、コオロギが泣いている」と言った。
しかし私には、何も聞こえない。左耳の聴力を完全になくして、もう20年になる。
それに、耳鳴り。一年中、途切れることなく、耳の中で、セミが鳴いている。

「ぼくには、聞こえない……」と答えると、どこかあきれ顔。
「聞こえないの?」「ほら、チリチリと聞こえるでしょう?」と。

ひとり、庭に出てみる。しかし何も聞こえない。同じ音でも、耳鳴りの音と重なると、その音は、
耳鳴りの音の中に、消えてしまう。それに低い音も、聞こえない。

「外へ出たら、虫が鳴きやんでしまったよ」と言うと、「そんなことないわよ。ちゃんと、聞こえる
わよ」と。

こういうとき、どういうわけか、ワイフは、どこまでもがんばる。

しかたないので、聞こえるフリをして、その場をやりすごす。
が、また夜遅く、床につくときになって、こう言った。「鳴いているわ」と。

しかし私には聞こえない。耳に手をあて、網戸に耳をこすりつける。
それを見て、ワイフが、また、「チリチリと聞こえるでしょう。聞こえないの? ほら!」と。

とたん、胸の中に、悲しさが充満する。

私「いくら、お前が、そう言っても、聞こえないものは、聞こえない……」
ワ「そんなはずはないわ。こちらの窓のほうよ」

私は体を起こして、そちらの窓のほうに立つ。同じように網戸に耳をこすりつける。
しかし、聞こえない。何かしら音はしている感じはするが、虫の声なのか、それとも、耳鳴りなの
か?

が、ワイフは、許してくれない。

「リーン、リーンという音が、聞こえるでしょう。ほら、ね」と。

窓の外を見ながら、涙がこぼれる。しかしワイフには、それが見えない。
悲しい気持ちに、さらに追い討ちをかける。

「聞こえないはずは、ないでしょ。ほら!」と。

ワイフは、懸命に、虫の声を私に聞かせようとする。

私「聞こえないものは、聞こえない。耳鳴りの音と混ざってしまう」
ワ「あら、かわいそうな人ね。でも、あんな音が聞こえないの?」
私「……聞こえない……」
ワ「泣くこと、ないじゃない」
私「だったら、もう許してよ。ぼくが、聞こえないと言ったら、それですませてよ」
ワ「でも、あんな音が聞こえないなんて……」と。

私は、再び、起きあがって、部屋を出る。

ワ「わかった、わかった、わかったわ。聞こえないのね。だったら、もう寝ましょう」
私「……庭に出て、聞いてみる」「聞いてくる」と。

ワイフも、このところ、何かにつけて、がんこになってきた。年齢のせいもあるのかもしれない。
あるいは、ひょっとしたら、ボケが、少しずつ、始まっているのかもしれない。とくに、金銭感覚
が、薄れてきたように思う。私が「お前、少しボケてきたんじゃ、ない?」と聞くと、「私は、だいじ
ょうぶ」などと言う。そういう人ほど、あぶない(?)。

その庭に出てみると、悲しさが、ました。自分の健康への不安。これから先の老後への不安。
そういうものが、ザワザワと、胸の中で騒ぐ。

そこへワイフが出てきた。うしろから、懸命につくり笑いをしながら、近づいてきた。

ワ「ほら、こっちの木のそばよ。鳴いているでしょ?」
私「もう、いいよ。虫の声なんて、ぼくには、どうでもいい」
ワ「あなたが、そんなに耳が悪かったなんて……」
私「だから、もういいから、ひとりにしておいてよ」と。

こうして人は、一つずつ年をとって、一つずつ、体の一部を失っていく。ワイフはそれを感じて、
私を励ましてくれたのかもしれない。あるいは、ワイフも、同じように、さみしく思っていたのかも
しれない。

今夜は、いつもより、耳鳴りがひどい。きっと、風邪をひいたせいだろう。

私は戸棚から葛根湯を取り出すと、それを湯に溶かして、飲んだ。
床へもどると、ワイフが、心配そうに聞いた。「だいじょうぶ?」と。

「だいじょうぶだよ」と答えて、私は、そのまま、電気を消した。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【近況・あれこれ】

●審議会(諮問委員会)

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今や、どこの自治体でも、審議会
ばやり。行政改革の一環としてな
されているところが多い。

しかし審議会とは、いったい、何か?

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 官僚や役人が、世論を誘導する手段として、もっとも悪用(?)するのが、「審議会」という制
度。

 たいてい、座長には、それなりの知名度のある人物を置く。あとは、どういう人選で選んだか
もわからないような、イエスマンばかり。

 審議会といっても、審議をするわけではない。ほとんどのばあい、官僚や役人があらかじめ
用意した筋書きにそって、各委員が、自分の意見を添えるだけ。20人の委員がいれば、1人
ずつが5分間、発言をしても、100分。1人、1、2回の意見発表が、限度。

 一般的には、複雑な問題ほど、委員の数を多くする。そのほうが、委員の発言量を少なくす
ることができる。うるさい人間は、もとから、お呼びではない。

 で、こうした審議会を、数回。重要な審議会でも、10回前後、開く。一応、公開だから、傍聴
席も用意される。マスコミや利害関係者、それに反対運動などがあれば、その関係者が、そこ
に座る。

 が、審議会では、委員の意見は、意見としてまとめられるだけ。拘束力も、強制力もない。た
だの意見。

 で、それを一回ごとに、文書にまとめるのが、これまた官僚や役人。一応、「報告書」という形
で、一回ごとに、文書化され、関係者に配布される。

 そして最後は、答申という形で、行政団体の長、つまり知事や市長に、文書の形で渡される。
しかしその文書とて、たいていのケースでは、官僚や役人があらかじめ用意したもの。座長
は、それを手直しする程度。

 その答申は、あいまいなものであればあるほど、よい。そのほうが、あとあと、いかようにも、
料理できる。また、それが官僚や、役人のねらいでもある。

 で、こうして一応(?)、お墨付きをもらった、官僚や役人は、あとは、やりたい放題。だれか
が異義を唱えても、「控えおろう!」と、答申をちらつかせながら、一喝すればよい。

 みなさんの住んでいる地域でも、こうした審議会は、そのつど、なされている。が、しかし、こ
の審議会という制度は、悪用されると、どこまでも悪用される。官僚や役人の、伝家の宝刀の
ようにもなっている。

一度、そういう視点で、あなたの地域でなされる審議会を、ながめてみてはどうだろうか。


●6か国協議

++++++++++++++++++

無事終わったかのように見える、6か国
協議。

しかし、最後のババを引いたのは、どの
国か……?

++++++++++++++++++

 6か国協議が、共同声明を採択した。結論から先に言えば、アメリカの腰が、突然、くだけ
た。そしてアメリカと日本は、中国と韓国のしくんだワナに、まんまとハマってしまった。

 満額の解答を得て、ほくそ笑んでいるのは、K国だけ。日本は、「これで拉致問題解決の糸
口をつかんだ」と喜んでいるが、この先、400億ドル以上とも言われる、補償金問題は、いった
い、どうするのか?

 問題は、では、なぜ、アメリカの腰がくだけたか、である。

 今朝(9・20)の各新聞を読むと、ブッシュ大統領の支持率がさがっていることを理由にあげ
る意見が多い。「ここで会議を決裂させたら、ますます支持率がさがる。ブッシュは、それを恐
れた」と。

 しかし、本当に、そうか?

 会議の流れを見ると、ロシア、中国が、まずK国の軽水炉に理解を示した。ついで、韓国が、
示した。ところが、である。この時点で、最後まで踏ん張らなくてはいけなかった日本が、これら
の国に同調して、アメリカよりも先に、理解を示してしまった(9・18夜)。

 つまりアメリカだけが、取り残されてしまった。

 日本は、いい子でいたかったのだろう。が、それが裏目に出てしまった。あるいは、日本は、
「アメリカは、最後は会議を決裂させても、絶対にYESとは言わない」と思いこんでいたのかも
しれない。

 しかしそのアメリカが、「YES」と言ってしまった。なぜか?

 わかりやすく言えば、ブッシュは、韓国はもちろん、日本をも見放した。アメリカのワシントン
から、この問題を考えてみれば、わかる。

 どうしてアメリカが、アジアの、その極東の、平和問題について、責任を取らねばならないの
か。アメリカの大地に立ってみると、そこからは、日本の「ニ」の字も見えてこない。しかも韓国
にせよ、日本にせよ、アメリカに甘えるだけで、自分たちでは、何もしようとしない。

 アメリカにしてみれば、K国から核兵器がなくなり、アメリカの安全さえ保障されれば、あと
は、どうでもよい。韓国がK国とどういう関係になろうが、はたまた、日本が、ばく大な補償金を
K国から請求されようが、そんなことは、知ったことではない。

 こうした多国間会議の裏では、それぞれの国の間で、同時に、密約が交わされるのが、常
識。多分というより、ほぼまちがいなく、中国は、こう言って、K国を説得したはず。

 「なあ、ちゃんと、日本からは、補償金をぶん取ってやるから。だから、ここは、オレの言うこと
を、聞けよ」と。

 事実、すでに、過去において、中国は、(中国がだぞ!)、日本に対して、K国への補償金の
額を打診してきている。それが先に書いた、400億ドルという、とほうもない額である。

 こうして中国は、先にツバをつけておくことによって、その補償金で、自国の武器や製品を、K
国から買ってもらうことができる。ロシアも、しかり。軽水炉の知恵をつけたのは、ロシアとみて
よい。会議が始まるとすぐ、「軽水炉は、ロシアが提供する」と発言した。

 みんな、日本の補償金をアテにしている!

 しかし、あんな独裁者に、ばく大な補償金を渡したら、どうなる? 日本は、すぐとなりに、強
大な反日軍事国家をもつことになる。いくらアメリカの庇護下にあるといっても、南北朝鮮が力
を合わせて日本を攻撃してきたら、日本など、ひとたまりもない。核兵器どころの問題では、な
くなってしまう。

 私は、もうこの問題からは、おりる。どうでもなれ……というより、もう、なるようにしか、ならな
い。

 しかしここで400億ドルも取られたら、日本の経済は、沈没してしまう。そのことも、どうか、お
忘れなく!

【補記】

 この原稿を書き終わって、居間へおりていってみると、もう、こんなニュースが伝わってきた。

 何でもK国が、「軽水炉を先に作ってくれなければ、核兵器の放棄はしない」と言い出したとい
うのだ。

 もし、それが本当なら、K国は、6か国協議を、一晩で、ひっくりかえしてしまったことになる。
しかも、それを、友好の証(あかし)として、アメリカに作れ、と。

 で、それを支持するかのように、韓国が動き出した。「各国が、お金を出しあって、作ってやろ
うではないか」と。

 K国も、韓国も、どうかしているのでは?
(05年9月19日記、この原稿がマガジンに載るころには、国際情勢は大きく変化していると思
います。)
 
++++++++++++++++++++++++++はやし浩司 

最前線の子育て論byはやし浩司(907)

【集団に溶けこめない子ども】

++++++++++++++++++

集団に溶けこめない……。そのため、
集団の中にいると、気疲れを起こしや
すくなる。

さらにそれが慢性化すると、不登校の
原因になったりすることもある。

++++++++++++++++++

●集団の中では……

 小学校の低学年児で、集団に溶け込めない子どもというのは、10人のうち、1〜2人は、い
る。主な症状としては、つぎのような点が、あげられる。

(1)集団の中では、おとなしく、おだやか。遠慮深い。やさしい。静かで目立たない。
(2)自己主張が弱く、いつも、ほかの子どものうしろをついていくといった感じ。
(3)何か話しかけると、柔和な笑みで、答えたりするが、感情表現はいつも、控え目。
(4)学習態度は比較的よく、そのため、成績も、それほど、悪くない。
(5)外の世界(学校や塾)では、大声で笑ったり、声を出したりするということはない。

 これらの症状は、家の中での様子とは、正反対のことが多い。家の中では、別人のように活
発に行動する。かつ、親に対しては、言いたいことを言ったり、したりする。そのため、こうした
外での様子を指摘されたりすると、たいていの親は、それを否定する。「うちでは、ふつうです」
と。

 しかしこのタイプの子どもは、その分だけ、ストレスを内へ内へとためやすい。様子だけを見
ると、仮面をかぶった子どもに似ている。俗にいう「ぶりっ子」をいう。仮面をかぶった子ども
は、いつもどこかで他人の目を気にしている。どうすれば、自分が、いい子に見られるか、それ
だけを考えている。

 これに対して、集団に溶けこめない子どもは、集団そのものを恐れ、他人の目から、逃れよう
とする。そのため、ひとり静かに行動し、できるだけ目立たないようにしていることが多い。

 このタイプの子どもは、教える側としては、教えやすい。従順で、すなお。みなに迷惑をかけ
るということはない。しかしそれは子ども本来の姿ではない。このタイプの子どもは、心を自由
に、開けない。みなが大声で笑うようなときども、そのリズムにのれない。そのため、いじけや
すく、くじけやすい。心をゆがめやすい。

 そして長い時間をかけて、ストレスを蓄積し、そのストレスが、さまざまな問題を、引き起こ
す。

 たとえばこのタイプの子どもは、集団の中では、神経疲労を起こしやすい。そしてその結果と
して、神経症や、心身症による、さまざまな症状を起こす。そしてその症状は、多岐にわたる。
「何か、うちの子は、おかしい?」と感じたら、神経症、もしくは、心身症を疑ってみる。

●子どもの神経症について

心理的な要因が原因で、精神的、身体的な面で起こる機能的障害を、神経症という。子どもの
神経症は、精神面、身体面、行動面の三つの分野に分けて考える。

(1)精神面の神経症……精神面で起こる神経症には、恐怖症(ものごとを恐れる)、強迫症状
(周囲の者には理解できないものに対して、おののく、こわがる)、不安症状(理由もなく悩
む)、抑うつ感(ふさぎ込む)など。混乱してわけのわからないことを言ってグズグズしたり、反
対に大声をあげて、突発的に叫んだり、暴れたりすることもある。

(2)身体面の神経症……夜驚症(夜中に狂人的な声をはりあげて混乱状態になる)、夜尿症、
頻尿症(頻繁にトイレへ行く)、睡眠障害(寝ない、早朝覚醒、寝言)、嘔吐、下痢、便秘、発
熱、喘息、頭痛、腹痛、チック、遺尿(その意識がないまま漏らす)など。一般的には精神面で
の神経症に先立って、身体面での神経症が起こることが多く、身体面での神経症を黄信号とと
らえて警戒する。

(3)行動面の神経症……神経症が慢性化したりすると、さまざまな不適応症状となって行動面
に表れてくる。不登校もその一つということになるが、その前の段階として、無気力、怠学、無
関心、無感動、食欲不振、引きこもり、拒食などが断続的に起こるようになる。パンツ一枚で出
歩くなど、生活習慣がだらしなくなることもある。

 その中の一つが、学校恐怖症(後述、参照)ということになる。その学校恐怖症については、
すでにたびたび書いてきたので、ここでは省略する。

●対処のし方

 では、どうするか?

 このタイプの子どもは、心の開放を第一に考えて指導する。たとえば大声を出させる、大声で
笑わせる、など。しかしそれは簡単なことではない。友だちどうしの間では、結構、心を開くこと
ができても、集団の中へ入ったとたん、かん黙してしまう子どももいる。教師を前にしただけで、
緊張して、体をこわばらせてしまう子どももいる。

 こうした症状を不適応症状というが、その症状して、よく見られるものを列挙してみると、つぎ
のようなものがある。

(1)対人恐怖症、集団恐怖症、回避性障害(他人との接触ができない)など。
(2)緊張性の頭痛、腹痛、下痢、嘔吐など。

 本来なら、一対一、もしくは、きわめて小人数(3〜4人程度)のようなていねいな指導が望ま
しいが、しかしそれにも程度の問題があって、小人数にしたからといって、心を開くということは
ない。とくに小学校へ入学したあとでは、指導による改善は、ほとんど望めない。おとなになっ
てからも、そのままつづくというケースは、少なくない。

 もしどうしても……ということなら、まったく別の環境の中で、その子どもが心を開けるような、
ばしょをさがすしか、ない。スポーツやサークル活動など。一度、その世界で、何らかのこだわ
りを作ってしまうと、そのこだわりを、消すのは、むずかしい。

 J君(小5)の子どもがいた。彼は、集団の中では、ほとんど心を開くことはなかったが、サッカ
ーをしているときだけは、黙々と、それに励むことができた。

 一方、Cさん(小2)の子どもがいた。小1のはじめから、私の教室へ来たが、小2の途中でや
めるまで、一度とて、大声で歌を歌ったり、笑ったりすることはなかった。いりいろな方法で、手
を変え、品を変え、私なりに努力はしてみたが、結局は、Cさんの心を開くことはできなかった。

 このことからも、わかるように、集団に溶けこめない子どもの、「根」は、深い。時期を言え
ば、0歳から、1、2歳前後までに、そういった方向性ができあがると考えてよい。そのため、た
いていのばあい、まず母子関係の不全を疑ってみる。

 このタイプの子どもは、母子の間の基本的信頼関係ができあがっていないことが多い。何ら
かの理由で、絶対的な安心感を、母親に対していだくことができなかった。「絶対的」というの
は、「疑いすらもたない」という意味である。つまり、それから生まれる、不信感が、子どもの心
を閉じさせ、ついで、子どもの心を緊張させるようになると考える。

 しかもなお悪いことに、母親に、その自覚がないことが多い。そういう自分の子どもを見て、
むしろ、「できのいい子」と思ってしまうケースが目立つ。そしてそのままの母子関係をつづけて
しまう。

 で、問題が起きてはじめて、自分の子育てのどこにどういう問題があったかを知る。(が、そ
れでも気づかないケースも、少なくない。ここにあげたCさんのケースでは、Cさん自身は、私の
ところへは、彼女なりに楽しんできていた。しかし伸びやかさには、欠けた。母親はそういう姿
を見て、「うちの子は、この教室には合っていない」と判断したようだ。

 で、さらに、ここに書いた不適応症状がこじれて、学校恐怖症から、不登校へと進むこともあ
る。この段階でも、親は、自分を反省するということは、ない。子どもの言い分だけを聞いて、
「教師の指導が悪い」「いじめが原因だ」と。

●まとめ

 本来なら、集団に溶けこめない子どもについては、それを「悪」と決めてかかるのではなく、そ
の子どもにあった、環境を用意してやるのがよい。苦手なものは、苦手。だれにも、そういう面
の一つは二つは、ある。

 何でもかんでも、学校という集団教育の場で解決しようという発想そのものが、おかしい。そう
いう前提で考える。

 コツは、無理をしないこと。そしてこのタイプの子どもほど、家の中では、態度が横柄になった
り、乱暴になったりする。そういうときは、「ああ、うちの子は、外の世界でがんばっているから、
こうなのだ」というふうに考えて、理解してやる。

 家の中でも、静かで、おとなしく……ということになると、子どもは、やがて行き場をなくし、外
の世界で、さまざまな問題を引き起こすようになる。しかもたいてい、深刻な問題へと発展する
ことが多い。
(はやし浩司 子供の心理 集団 集団に入れない子供 集団に溶け込めない子供 集団が
苦手な子供 外で静かな子供 はやし浩司)

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以前、書いた、「内弁慶、外幽霊」の
原稿を添付します。

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●内弁慶、外幽霊

 家の中ではおお声を出していばっているものの、一歩家の外に出ると、借りてきたネコの子
のようにおとなしくなることを、「内弁慶、外幽霊」という。

といっても、それは二つに分けて考える。自意識によるものと、自意識によらないもの。緊張し
たり、恐怖感を感じて外幽霊になるのが、前者。情緒そのものに何かの問題があって、外幽霊
になるのが、後者ということになる。たとえばかん黙症などがあるが、それについてはまた別の
ところで考える。

 子どもというのは、緊張したり、恐怖感を覚えたりすると、外幽霊になるが、それはごく自然な
症状であって、問題はない。しかしその程度を超えて、子ども自身の意識では制御できなくなる
ことがある。対人恐怖症、集団恐怖症など。子どもはふとしたきっかけで、この恐怖症になりや
すい。その図式はつぎのように考えるとわかりやすい。

 もともと手厚い親の保護のもとで、ていねいにかつわがままに育てられる。→そのため社会
経験がじゅうぶん、身についていない。この時期、子どもは同年齢の子どもととっくみあいのけ
んかをしながら成長する。→同年齢の子どもたちの中に、いきなりほうりこまれる。→そういう
変化に対処できず、恐怖症になる。→おとなしくすることによって、自分を防御する。

 このタイプの子どもが問題なのは、外幽霊そのものではなく、外で幽霊のようにふるまうこと
によって、その分、ストレスを自分の内側にためやすいということ。そしてそのストレスが、子ど
もの心に大きな影響を与える。家の中で暴れたり、暴言をはくのをプラス型とするなら、ぐずっ
たり、引きこもったりするのはマイナス型ということになる。

こういう様子がみられたら、それをなおそうと考えるのではなく、家の中ではむしろ心をゆるめ
させるようにする。リラックスさせ、心を開放させる。多少の暴言などは、大目に見て許す。

とくに保育園や幼稚園、さらには小学校に入学したりすると、この緊張感は極度に高くなるので
注意する。仮に家でおさえつけるようなことがあると、子どもは行き場をなくし、さらに対処がむ
ずかしくなる。

 本来そうしないために、子どもは乳幼児期から、適度な刺激を与え、社会性を身につけさせ
る。親子だけのマンツーマンの子育ては、子どもにとっては、決して好ましい環境とはいえな
い。
(はやし浩司 子供の心理 内弁慶 外幽霊 集団になじめない子供)

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合わせて、学校恐怖症の原稿を
添付します。

原文(英文)は、私のHPのほうに
収録しておきました。

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子どもが学校恐怖症になるとき

●四つの段階論

 同じ不登校(school refusal)といっても、症状や様子はさまざま(※)。私の二男はひどい花粉
症で、睡眠不足からか、毎年春先になると不登校を繰り返した。

が、その中でも恐怖症の症状を見せるケースを、「学校恐怖症」、行為障害に近い不登校を
「怠学(truancy)」といって区別している。これらの不登校は、症状と経過から、三つの段階に
分けて考える(A・M・ジョンソン)。心気的時期、登校時パニック時期、それに自閉的時期。こ
れに回復期を加え、もう少しわかりやすくしたのが次である。

(1)前兆期……登校時刻の前になると、頭痛、腹痛、脚痛、朝寝坊、寝ぼけ、疲れ、倦怠感、
吐き気、気分の悪さなどの身体的不調を訴える。症状は午前中に重く、午後に軽快し、夜にな
ると、「明日は学校へ行くよ」などと、明るい声で答えたりする。これを症状の日内変動という。
学校へ行きたがらない理由を聞くと、「A君がいじめる」などと言ったりする。そこでA君を排除
すると、今度は「B君がいじめる」と言いだしたりする。理由となる原因(ターゲット)が、そのつ
ど移動するのが特徴。

(2)パニック期……攻撃的に登校を拒否する。親が無理に車に乗せようとしたりすると、狂っ
たように暴れ、それに抵抗する。が、親があきらめ、「もう今日は休んでもいい」などと言うと、
一転、症状が消滅する。ある母親は、こう言った。「学校から帰ってくる車の中では、鼻歌まで
歌っていました」と。たいていの親はそのあまりの変わりように驚いて、「これが同じ子どもか」
と思うことが多い。

(3)自閉期……自分のカラにこもる。特定の仲間とは遊んだりする。暴力、暴言などの攻撃的
態度は減り、見た目には穏やかな状態になり、落ちつく。ただ心の緊張感は残り、どこかピリピ
リした感じは続く。そのため親の不用意な言葉などで、突発的に激怒したり、暴れたりすること
はある(感情障害)。この段階で回避性障害(人と会うことを避ける)、不安障害(非現実的な不
安感をもつ。おののく)の症状を示すこともある。が、ふだんの生活を見る限り、ごくふつうの子
どもといった感じがするため、たいていの親は、自分の子どもをどうとらえたらよいのか、わか
らなくなってしまうことが多い。こうした状態が、数か月から数年続く。

(4)回復期……外の世界と接触をもつようになり、少しずつ友人との交際を始めたり、外へ遊
びに行くようになる。数日学校行っては休むというようなことを、断続的に繰り返したあと、やが
て登校できるようになる。日に一〜二時間、週に一日〜二日、月に一週〜二週登校できるよう
になり、序々にその期間が長くなる。

(注、この(4)の回復期は、ジョンソンの論文にはないものである。私が勝手に加筆した。)

●前兆をいかにとらえるか

 要はいかに(1)の前兆期をとらえ、この段階で適切な措置をとるかということ。たいていの親
はひととおり病院通いをしたあと、「気のせい」と片づけて、無理をする。この無理が症状を悪
化させ、(2)のパニック期を招く。

この段階でも、もし親が無理をせず、「そうね、誰だって学校へ行きたくないときもあるわよ」と
言えば、その後の症状は軽くすむ。一般にこの恐怖症も含めて、子どもの心の問題は、今の
状態をより悪くしないことだけを考える。なおそうと無理をすればするほど、症状はこじれる。悪
化する。 

※……不登校の態様は、一般に教育現場では、(1)学校生活起因型、(2)遊び非行型、(3)
無気力型、(4)不安など情緒混乱型、(5)意図的拒否型、(6)複合型に区分して考えられてい
る。
 またその原因については、(1)学校生活起因型(友人や教師との関係、学業不振、部活動な
ど不適応、学校の決まりなどの問題、進級・転入問題など)、(2)家庭生活起因型(生活環境
の変化、親子関係、家庭内不和)、(3)本人起因型(病気など)に区分して考えられている(「日
本教育新聞社」まとめ)。

しかしこれらの区分のし方は、あくまでも教育者の目を通して、子どもを外の世界から見た区
分のし方でしかない。

(参考)

●学校恐怖症は対人障害の一つ 

 こうした恐怖症は、はやい子どもで、満4〜5歳から表れる。乳幼児期は、主に泣き叫ぶ、睡
眠障害などの心身症状が主体だが、小学低学年にかけてこれに対人障害による症状が加わ
るようになる(西ドイツ、G・ニッセンほか)。集団や人ごみをこわがるなどの対人恐怖症もこの
時期に表れる。ここでいう学校恐怖症はあくまでもその一つと考える。

●ジョンソンの「学校恐怖症」

「登校拒否」(school refusal)という言葉は、イギリスのI・T・ブロードウィンが、1932年に最初
に使い、1941年にアメリカのA・M・ジョンソンが、「学校恐怖症」と命名したことに始まる。ジョ
ンソンは、「学校恐怖症」を、(1)心気的時期、(2)登校時のパニック時期(3)自閉期の三期に
分けて、学校恐怖症を考えた。
(はやし浩司 子どもの心理 学校恐怖症 対人障害 不登校 不登校児)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●中年と老年のはざまで……

「まだ、若い」と、自分に言って聞かせる。しかし、その元気も、このところ、日ましに薄れてき
た。

最近では、社会という現実が、どんどんと遠ざかっていくのを感ずる。自分だけが、社会から取
り残されていくというか、はじき飛ばされていくというか……。もっと端的に言えば、相手にされ
なくなったというか……。

年齢的には、初老の年代に入りつつある。しかしその実感が、どうしても、わいてこない。しか
しその一方で、体力や気力の衰えは、どうしようもない。「負けるものか!」と力んでみせたり、
「やっぱり、だめか……」と思いなおしてみたりする。

 強気と弱気が、そのつど、交互に交差する。

で、昨夜は、教室から自宅までの7キロを、1時間40分ほどをかけて、歩いてみた。自転車で
走れば、20〜30分の距離である。

急がなかった。足が動くのに任せて、ゆっくりと歩いた。トボトボという感じだったかもしれない。
その道を歩きながら、いろいろ考えた。

時おり、暴走族風の若い男が、バリバリとものすごい騒音をたてて、私の横を走りぬけた。若
い男女の一群が、キャッキャッと歓声をあげながら、通りすぎた。そんな彼らのうしろ姿をみや
りながら、「私の時代は終わった」と思った。

が、何よりもショックだったのは、S学院という、全国チェーンにまで成長した、進学塾の前を通
ったときのこと。どこか喫茶店風の進学塾の塾舎を、あちこちに建てている。

 そのS学院の塾長とは、一面識もない。ないが、ちょうど今から、35年ほど前、まったく今と
同じように、そのS学院の前を通り過ぎたことがある。

 そのとき私は、佐鳴湖のほとりにあるT幼稚園で教室を借りて、英語教室を開いていた。そ
のとき、S学院は、そのT幼稚園の裏手の、住宅団地の一角にあった。プレハブづくりの小さな
教室だった。

 そのとき、今のS学院は、佐鳴湖の「S」をとって、「S学習塾」という名前だった。私がT幼稚
園から帰るたびに、その塾の中をのぞいた。塾長は、道路に面して、いつもこちら側を向いて、
机にすわっていた。

 どこか薄暗い教室だった。塾長は、いつも、下を向いて座っていた。

 その姿が印象的だった。私は、「がんばってくださいよ」と、心の中で、その前を通り過ぎるた
びに、声をかけた。

 が、それから35年。S学院は、今のS学院になった。(最近、「S予備校」という名前に変更し
たが……。)一方、その35年を経て、私は、その塾舎の前を、トボトボと歩いている。

「私は、何をしてきたのだろう」と思った。「私は、やはり、負け組みか」とも、思った。何かをして
きたようで、結局は、何もできなかった。世の中の流れを、いつも指をくわえてみていただけ。

 が、その一方で、「老後」という感覚が、まったく、わいてこない。私の家の周囲には、元公務
員という人たちが、たくさん住んでいる。それぞれに優雅な、一見優雅な、年金生活を楽しんで
いる。しかしそういう生活に、私は、魅力を感じない。それがあるべき老後の姿だとも思わな
い。

 では、私は、いいたい、どうすればよいのか?

 華やかな壮年期は、もう終わった。で、そこにあるのは、老年期。あと数年もすれば、老人ホ
ームへも、入れるようになるという。しかしだれが、そんなところへ、自ら望んで入るだろうか?

 あきらめてしまえば、気も楽になるのだろう。しかしこの生への執着心は、どうすれば、断ち
切ることができるのか。それを断ち切らないまま、老後に突入したら、……今が、その状態か
もしれない。が、それこそ、わけのわからない老人になってしまう。

 そう言えば、少し前、60歳をすぎたのに、真っ白けな顔をして、小娘が着るような服装で、一
世を風靡(ふうび)した女性がいた。何でもダイエットをしすぎて、それが原因で、死んでしまっ
たという。

 彼女自身が、自分を、人より若く見せる目的でそうしたのか、あるいは、自分が開発した美顔
用具を販売する目的でそうしたのか、それは、私には、わからない。しかしもともと黄色人種の
私たちが、顔を白くしたり、60歳を過ぎた老人が、小娘のマネをしたところで、それにどういう
意味があるというのか。

 そういう女性を頭の中で否定しながら、しかしその一方で、その女性と同じことをしようとして
いる自分を知る。名誉や地位、名声や富という魔力にがんじがらめになっている、自分を知
る。

 何か、そこにあるはずなのに、どうしても、それがつかめない。何をすべきかということが、
薄々は、わかっているはずなのに、どうしても、ふんぎりがつかない。

 とにかく今日は、今日で、やるべきこと、できることをやるしかない。これ以上、あせってみた
ところで、あるいはがんばってみたところで、状況は、何も変わらない。そのうち、頭もボケて、
結局は、この問題は、どうでもよくなってしまうかもしれない。そうなれば、一応、この問題は、
解決することになる。

 つまり私も、最終的には、そうなるのだろう。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●パソコン

 「パソコンの画面の向こうには、もうひとつの別の宇宙がある」と、そのとき、私は、感じた。今
から35年ほど前のこと。アメリカのコモドール社のPETという、パソコンを買ったときのことであ
る。

 当時の金額で、値段は、32〜3万円だった。メモリーといっても、たったの2KB。つまり200
0バイト。最近のパソコンでは、512MB(メガバイト)が標準だから、お金にたとえると、2000
円と、5億1200万円のちがいということになる。

 私はこのパソコンを使って、二次曲線を描いたり、簡単なゲームを作ったりして、遊んでい
た。

 そのパソコンで遊んでいたときのこと。私はふと、「パソコンの画面の向こうには、もうひとつ
の別の宇宙がある」と感じた。つまりその奥に、無限の広さを感じた。

 同じころ、高校生だったあのビル・ゲーツは、同じパソコンを使って、別のことを考えていたの
かもしれない。そして今に見る、あのマイクロソフト社を立ちあげた。

 で、今、同じパソコンを使って、こうして自分の思ったことや考えたことを、たたきつけている。
そして同時に、また、同じようなことを感じている。「パソコンの画面の向こうには、もうひとつの
別の宇宙がある」と。

 こうした思いを、実にうまく表現してくれたのが、あの映画『マトリックス』である。私はあの映
画を見ながら、いつかああいう世界が、現実になるかもしれないと思った。と、同時に、私たち
の身のまわりには、すでにそういう世界ができつつあることを知った。

 ゲームの世界の話ではない。

 私はこうして小さな家の、せまい部屋の中で、キーボードをたたいている。しかしそのたたい
たことが、そのまま、日本中のみならず、世界中へと、伝わっていく。そしてそれぞれの人たち
と関係をもちながら、ひとつのネットワークを作りあげていく。

 つまり今、私がこうして見ている画面は、画面を通して、ちょうど、カガミの表と裏のように、そ
れを読んでくれる人とつながる。わかりやすく言えば、この画面の裏が、もうひとつの世界とい
うことになる。

 そういえば、昔、二男も同じようなことを言った。「パパ、パソコンの世界では、何でもできる
よ。不可能というものは、ないよ」と。

 私は、そのとき、すなおに二男の言ったことに納得した。

 たとえば私は、最近、こんな経験をしている。

 今から17年前に、私は、「目で見る漢方診断」(飛鳥新社)という本を書いた。その本は、や
がて絶版になってしまった。しかし、である。それをよいことに、つまり絶版になったことをよいこ
とに、いろいろな人が、私の書いた本からの図を、無断で流用したり、盗用したりしている。

 とくに健康雑誌が、ひどい! 孫コピーの、そのまた孫コピーを、平気で載せている。

 私は、ごく最近まで、あきらめていたというか、無視してきた。しかし今度、その本を、丸々、
自分のHPに載せることができるようになった。重要なのは、その本の出版年月日を、明確に
すること。

 つまりそれ以後書かれた本の中にある、類似した絵や文章は、私の本からの盗作ということ
になる。(世の、もの書きのみなさん、気をつけてくださいよ!)

 そんなことまでできるようになった。

 音声や動画を載せられるようになったことについては、少し前に書いた。つまり、この世界で
は、つい先日まで、不可能というより、あきらめていたことが、つぎつぎと可能になっていく。

 これから先、どんなことができるようになるだろうか?

 電子マガジンにしても、今は、文字情報だけだが、やがて、音声や動画で送れるようになる
かもしれない。そうなれば、またまた電子マガジンの世界が、ぐんと広がる。想像するだけで
も、実に楽しい。

 ただひとつ残念なことは、35年前には、自分でプログラムを組んで、それを自分で使ってい
た。今は、ちがう。市販のソフトを買ってきて、それを利用している。今、使っているワードにし
ても、そうだ。

 当時は、マシン語からBASIC言語への移行期で、私は、そのBASIC言語を使って、プログ
ラムを組んでいた。画面に(・)を一つ表示するだけでも、座標の位置を決めながら、それをし
た。今は、便利になったが、しかしあの当時覚えた感動は、もう、ない。何となく、だれかに、操
られているような感じすらする。

 そのパソコンだが、そのあとは、新製品が出るたびに、まさにとっかえ、ひっかえ……というよ
うな時代がつづいた。今でも、私の周囲は、パソコンだらけ。だから、どこかの家へ行って、そ
こにパソコンが一台もないことを知ると、かえって違和感を覚えてしまう。「いったい、この家
は、どうなっているのだろう?」と。

 実に身勝手な印象だが、そう感じてしまう。

 ……さらに無限に広がっていく、パソコンの世界。そうそう言い忘れたが、どうか「目で見る漢
方診断」の原稿を、一度、見てほしい。最近の漢方(東洋医学)の本などを見ると、あちこち
に、私が書いた(=描いた)図柄と同じようなものが、そこにあることを、あなたは知る。つまり、
それらの図柄は、私が書いた本が、オリジナルになっているということ。

 あとは、みなさん、勝手に、無断で、借用、流用、盗用しているだけ。ハハハ。そういうことま
で、パソコンで証明できるようになった。

 なお、「目で見る漢方診断」は、私のHPのトップページから。これからは、私の無断流用、盗
用は、許しません!
(はやし浩司 漢方 東洋医学 図説 目で見る漢方診断 黄帝内経 素問 はやし浩司)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


●やはり、日本だった!

先の6か国協議で、突然、K国は、軽水炉建設を条件にもち出してきた。これについて、アメリ
カは、猛反発。韓国の、ソン首席代表は、「いいじゃないですか。認めてあげましょう」と、アメリ
カのヒル代表を、説得した。

 しかしヒル代表は、これに激怒。一時、米韓関係は、険悪なムードに包まれたという(朝鮮N
報)。

 が、採択か決裂かという、その最終段階で、日本が、アメリカをこう言って説得した。以下、朝
鮮N報の原文から、引用する。

 「(日本は)、各種の規制装置と条件がついた状況で、その程度の平和的権利の可能性を付
与することを、論理的に排除することは難しい(と、アメリカを説得した)」と。

 わかりやすく言えば、「いいじゃないですか。それくらい認めてあげましょう」と。

 アメリカは、「アメリカだけが孤立する、逆5対1になるのを恐れて」、同意したという(以上、朝
鮮N報、05年9月21日)。

 アメリカの腰がくだけたのは、日本のその軟弱外交が、原因だった! 日本は、自分もいい
子になろうとして、結局は、アメリカを追いつめてしまった。

 何というお粗末! そのせいで、その翌日(9月20日)には、K国は、「軽水炉建設が先。核
放棄はそのあと」と言い出した。それを受けて、日本の各紙は、「一転、暗雲」と報じ、韓国に亡
命中の、ファン・ジャンヨブ氏は、「これで6か国協議で採択された共同声明は、白紙の可能
性」(朝鮮N報)と。

 あのね、みなさん、K国の核開発は、日本向けのものなのですよ。アメリカよりも、一番、強硬
でなければならないはずの日本が、先に、アメリカを逆説得。こんなバカげた外交って、あるで
しょうか。

 改めて、昨日、私が書いた原稿の一部を、ここに掲載しておきます。

+++++++++++++

 会議の流れを見ると、ロシア、中国が、まずK国の軽水炉に理解を示した。ついで、韓国が、
示した。ところが、である。この時点で、最後まで踏ん張らなくてはいけなかった日本が、これら
の国に同調して、アメリカよりも先に、理解を示してしまった(9・18夜)。

 つまりアメリカだけが、取り残されてしまった。

 日本は、いい子でいたかったのだろう。が、それが裏目に出てしまった。あるいは、日本は、
「アメリカは、最後は会議を決裂させても、絶対にYESとは言わない」と思いこんでいたのかも
しれない。

 しかしそのアメリカが、「YES」と言ってしまった。

++++++++++++++++

 韓国は、今、ひとりで、「みんなで、軽水炉を作ってやろう」と、はしゃいでいる。しかしここは、
無視。ただひたすら、無視。これから先、K国の核問題は、韓国抜きで考えたほうがよい。

 で、私の印象では、米韓関係の崩壊、つまり米韓軍事同盟の崩壊は、時間の問題だと思う。
早ければ、今年中に結論が出るだろう。アメリカの政府高官も、こう言い出した。「韓国がも
つ、戦略上の意味は、もうなくなった」と。
(05年9月21日記)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●トイレの中の交換日記

 うちのトイレは、その中で食事ができるほど、明るく、美しい。毎日、ピカピカにみがいてい
る。清潔にしている。いつも消毒し、香水の匂いを漂わせている。もちろん、強制換気装置つ
き。オール電化で、シャワーはもちろん、温水、暖房便座など、最新装置は、すべてついてい
る。ハハハ。

 おまけに、ウンチの量と色を自動的に判別して、その日の健康状態まで、液晶画面にグラフ
化されて表示されるようになっている……というのは、ウソ。しかし、それに近い。

 田舎にあるような、ボットン便所を想像しないでほしい。……という前提で、つぎの話を書く。

 最近、私は、そのトイレの中に、家族どうしの交換日誌のようなものを置いた。で、当初は、
みな、書いてくれるかなと思っていたが、意外と意外、それがなかなか、好評。

 用を足しているときというのは、つまり同時に、頭の中のモヤモヤも、同時に吐き出したいと
いう意欲が働くものなのか。結構、みなさん、ズバリ、思ったことを書いている。

 ただ、どう書いているかは、プライバシーの問題もあるから、ここには、書けない。(もともと臭
い話なので……。)ワイフの書いた文章をここに書いたら、それこそ、我が家は、大騒動。アブ
ナイ!

 しかしこれは、たいへんおもしろい現象だと思う。フロイトが説いた、肛門期の排泄願望論
が、こんなところで、証明されたことになる。

つまり人間というのは、心や体の中にたまった、ゴミやカスを、自分の中にしまっておくことがで
きない。そこでそうしたゴミやカスを、無意識のうちにも、外に排泄しようとする。それが思った
ことをズバリと書くという行動となって、表れる。ナルホド!
(はやし浩司 子供の心理 フロイト 肛門期 排泄願望)


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(908)

●子どもを伸ばす言葉ゲーム

 子どもが学校から帰ってきた。そのとき、子どもが、こう言った。「今日のスポーツ大会で、ヘ
マしちゃった。私のおかげで、クラスのチームが負けちゃったア」と。

 どこか元気がない。かなり落ちこんでいるようだ。そういうとき、あなたは、何と言うだろうか。

(A)バカねえ。あなたはいつも、そういうだいじなときに、ヘマをするからねエ。
(B)まあ、だれでも、よくあることよ。気にしない、気にしない。もう忘れなさい。
(C)それは、マズかったわね。でも、スポーツの世界では、よくあることよ。
(D)お母さんも、子どものとき、そういうヘマをしたわよ。つらかったわ。

 子どもを励ます方法としては、いろいろある。

(1)叱咤(しった)、激励型……叱って、励ます。
(2)同情型……子どもの立場になって、同情する。
(3)体験型……自分の体験を話して、解決方法をさがす。
(4)黙視型……ひとりにして、そっとしておいてやる。
(5)回避型……関心を別のことにそらしながら、忘れさせる。

 悪い言い方の例としては、「こんなことで、どうするの!」と叱る方法。「今度、こんな成績だっ
たら、サッカーをやめなさい!」と脅す方法。あるいは、「あなたはやっぱり、ダメな子ね」と、人
格そのものを否定する方法などがある。

 しかしあなたの一言が、子どもを伸ばすことにもなるし、反対に、子どもの伸びる芽をつんで
しまうことにもなる。

 言葉というのは、そういうもの。そこで英語国では、「言葉ゲーム」という名前で、こうした分野
の研究が進んでいる。親子の会話にかぎらない。夫婦、近隣の人たちとの間の会話など。どう
いう言い方をすれば、より良好な人間関係を築くことができるか。相手を、慰め、前向きに引っ
張っていくことができるか。そういったことを、心理学にからめて、研究している。

 で、反対に、あなたが、どういう言い方をするかによって、あなたとその人の人間関係を知る
こともできる。親子関係とて、例外ではない。上下意識が強ければ強いほど、命令口調が多く
なる。愛情が不足していれば、子どもの人格そのものを否定したような言い方が、多くなる、な
ど。

 もちろんそのときの、あなたの心理状態によっても、大きく、変わってくる。

 では、どうするか?

 こういうときは、こう言うのがよい……というような、つまり、各論的なことは、いくら論じても意
味がない。(そういう指導をしている団体も、あるようだが……。)大切なことは、基本的な部分
で、自分の子どもを、どうとらえるか、である。

 そこでこう考えてみる。

 あなたが高校生のときのことを思い出してみる。そのとき、あなたの親友が、何かのスポーツ
大会で、ヘマをした。その親友は、かなり落ちこんでいる。そのとき、あなたは、その親友に、
何と言うだろうか。そのとき、思い浮かんできた言葉が、つまりは、正解ということになる。

 あなたは、たとえば、その親友に、こう言うだろう。

 「残念だったけど、あなたは、精一杯、よくやったわよ。みんなも、それをちゃんと認めてくれ
ているわよ。もう、そんなこと忘れて、何か、おいしいものを食べに行かない?」と。

 子どもの横に、友として、立つ。その立場に自分を置いて、あとはあなたの口から出てくる言
葉に、自然に従えばよい。そしてあとの判断は、子ども自身に任す。
(はやし浩司 言葉ゲーム 言語ゲーム ランゲージ・ゲーム 子供を伸ばす会話 会話術)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【観念的親子論】

+++++++++++++++

今、親子であるという関係の中で、
もがき苦しんでいる人は多い。

日本人が本来的にもつ親子意識が、
今ここで、大きく変わろうとしている。

こうして苦しみは、その変革期の
一現象とも考えられる。

旧態的な親子観。新しい世界での
親子観。

この二つの親子観が、世代間の問題として、
水面下で、はげしく対立している。

++++++++++++++++

●親子の縁

 「親子の縁」「夫婦の縁」というように、日本では、濃厚な人間関係を意味する言葉として、
「縁」という言葉を使う。しかしそこには、物理的な糸や、ヒモがあるわけではない。しかし実際
には、そこに、切っても切れない、糸や、ヒモのようなものを、感ずる。それが「縁」である。

 私たちの織りなす人間関係は、それぞれが、複雑多岐に、からみあっている。英語の表現を
借りるなら、「クモの巣(ウェブ)のように」、ということになる。それぞれの人間関係において、人
は、それぞれの「縁」を感ずる。

 しかし縁には、実態があるわけではない。縁というのは、どこまでも、観念的なものにすぎな
い。

 それはそれとして、もちろん、その糸や、ヒモの太さは、一様ではない。太いほうから、順に並
べてみると、つぎのようになる。(もちろん、これはあくまでも、一般論にすぎないが……。)

(1)母子の間の糸
(2)父子の間の糸
(3)兄弟の間の糸
(4)夫婦の間の糸
(5)親類の間の糸
(6)友人の間の糸など。

 ここで注意しなければならないのは、たとえば母子の間でも、母親側が感ずる、糸やヒモの
(太さ)と、子どもの側が感ずる、(太さ)には、差があるということ。私はこのことを、ある虐待児
を見て、知った。

●悲しき子どもの心

 その母親は、中学生になった子ども(男子)に、階段などの掃除をさせるのだが、少しでもゴ
ミが残っていると、すかさず、やりなおしを命じていた。母親の趣味は、植木栽培。植木鉢で花
を育てることだったが、その水のかけ方が悪いときも、そうだ。

 虐待といっても、言葉の虐待だったようだ。「お前なんか、生まれてこなければよかった」「だ
れのおかげで、ここまで大きくなれたか、わかっているのか?」「お前を産んで、育ててやった
のは、この私だからね」と。

 そして子どもが大きなヘマをしたとすると、(実際には、煮物を焦がしたとか、そういうことだが
……)、母親は、息子に向って、こう叫んでいた。「お前なんか、工場でもどこでもいいから、自
分で働き口を見つけて、働きに行け!」と。ときには、「もう、お前なんか、生きている価値など
ない。どこかへ行って、死んでしまえ!」とも。

 しかしそれでも、その子どもは、母親に従順に従った。で、こんなことがあったという。

 その子どもが、小学4年生のときのこと。見るに見かねた、クラスの担任が、校長に相談し
た。そのときは、顔に、スリッパ大のアザが残っていた。それで校長は、近くの児童相談所に通
報。それを聞いて、相談員が、家庭訪問をした。

 そのときのこと。子どもは、母親の前で、泣きながら、こう訴えていたという。「ぼく、ちゃんと、
いい子になるから、施設へ入れないで」「お願いだから、ぼくを捨てないで」「お母さんの言うこと
を、ちゃんと、聞くから」と。

 子どもにしてみれば、いくら虐待されても、母親は、母親。悲しき子どもの心、である。

で、その母親は、子どもの横で、口をつぐみ、どこか柔和な笑みまで浮かべて、仏様のような
顔をしていたという。相談員の人は、こう言った。

 「あんなやさしそうな顔をした女性が、家の中では、子どもを虐待しているなんて、とても信じ
られませんでした」「自分の子どものことなのに、まるで他人ごとのような口ぶりでした」と。

●観念的な人間関係

 このケースでもわかるように、子どもが母親に感ずる糸(縁)と、母親が子どもに感ずる糸
(縁)は、必ずしも、同一のものではない。太さそのものが、ちがうということも、珍しくない。

 夫婦についても、そうだ。私の年代には、「熟年離婚」「定年離婚」というのがある。こうした離
婚劇についても、離婚を一方的に申し出るのは、妻のほうである。しかも、その直前まで、夫の
ほうは、それに気づかないことが多いという。

 実は、私の知人というか、少し離れた友人に、最近、離婚した人がいる。58歳のときのこと
である。会社を退職し、退職金を手にしたとたん、妻のほうから、離婚の申し出があったとい
う。青天の霹靂(へきれき)というのは、まさにそのこと。その瞬間まで、その知人は、妻が離婚
を考えていたことなど、まったく思いもつかなかったという。

 このケースでも、妻が夫に感じている糸(縁)と、夫が妻に感じている糸(縁)とは、かなりちが
っていたということになる。

 そういう意味でも、人間関係を結ぶ、糸にせよ、ヒモにせよ、それはあくまでも、観念的なもの
にすぎないということになる。わかりやすく言えば、心の中で、そう思うだけ。

●刷りこみよってなされる親への思い

 で、問題は、親子の縁の中でも、子どもの側に作られるヒモ(縁)である。子どもは、とくに母
親に対して、強烈なヒモを心の中に、つくる。それもそのはずで、子どもは、母親から生まれた
あと、乳を受けるという形で、命をはぐくむ。この時点で、母親なくして、子どもは一日とて、生き
ていくことはできない。

 (こうした母子の間のヒモを調整するのが、父親の役目の一つということになる。したがって、
父親不在の家庭ほど、つまり父親の存在感に薄い家庭ほど、この母子間のヒモが太くなりや
すいということになる。)

 そこで子どもは、懸命に、母親に好かれるように表情や動作で、母親の愛情を、自分に向け
させようとする。これを「アタッチメント」と言う。そして自分の中に、母親の姿を、刻みこんでい
く。

 一連のこうした心理は、本能に近い部分にまで、脳ミソの奥深くに、刷りこまれていく。したが
って、一度、こうした刷りこみがなされると、それから子どもが解放されるということは、まず、な
い。仮に解放されたとしても、そのあと、その人は、自らの精神的基盤を失い、情緒的に、きわ
めて不安定になることが多い。

 そこで重要なことは、母親にせよ、父親にせよ、それをよいことに、子どもを、いつまでも、こ
うした呪縛(じゅばく)で、子どもをしばってはいけないということ。その時期がきたら、(それは
子どもが、小学3、4年生のころとみるが)、子どもがじょうずに、親離れできるように、親のほう
が、子どもをしむけなければならない。

 その手順がまずいと、今度は、子どもは、こうした観念的な縁がもつ呪縛、それを心理学の
世界では、「家族自我群」というが、その自我群のもつ重圧感(=幻惑)の中で、子どものほう
が苦しむことになる。

●日本人の子育て観

 とくに日本人は、そういう意味での、子どもの自立を認めない。逆に、ベタベタの親子関係で
あればあるほど、よい親子と判断する。さらに家族自我群を悪用して(?)、逆に、子どもをしば
りつけることもある。

 「お前はだれのおかげで、ここまで大きくなれたか、それがわかっているのか」とか、「今まで
育ててやった恩を忘れるのは、人間のクズ」とか。そう言って、高校生になった自分の息子に
叫んでいた、父親がいた。さらに父親に反発した子ども(25歳くらい)に向って、「お前が、言葉
を話せるようになったのも、親のおかげだ。親の恩を忘れるな」と、説教していた男性(50歳く
らい。その父親の兄)もいた。

 親子といい、夫婦といい、兄弟、親戚といい、それはあくまでも観念的な人間関係に過ぎな
い。(だから、つまらないものと言っているのではない。誤解のないように!)

 大切なことは、もともとそこには、何もないということ。何も、ない。まったく、何もない。「ある」
と感ずるのは、それは観念の世界で、そう感ずるからにすぎない。もっとわかりやすく言えば、
ただの思いすごし。想像。空想。

●人間としての親子関係

 そこで私たちは、こうした観念的な人間関係から、実存的な人間関係へと、心のどこかで、人
とのかかわり方を、変革していかねばならない。もちろん、親子関係とて、例外ではない。親子
といえども、つきつめて考えれば、一対一の人間関係にすぎない。

が、親子の縁など、くだらないから、切ってしまえと言っているのではない。むしろ、その反対で
ある。つまり子どもを、1人の人間として認める。そのレベルまで、子どもの人格を、もちあげ
る。言いかえると、親になるということは、それほどまでに、きびしいことであるということ。決し
て、親子であるという関係に、親のほうが、子どもに甘えてはいけない。

 そうでない親子には、信じられないような話だが、この世界には、自分の息子をだまして、金
をまきあげ、自分の実家(母親の生まれ育った実家)に、金を注いでいた母親がいた。さらに、
嫁いで家を出た娘に向って、「私が死んでからも、お前が地獄へ落ちるのを楽しみに見ていて
やる」と言った母親もいた。

 そういう母親であっても、息子や娘は、その呪縛の中で苦しむ。こうした自我群から生まれる
特殊な苦しみを、「幻惑」という。そう、まさに、幻惑である。その苦しみの深さは、それを経験し
たものでないとわからない。「悶々として、一日とて、気が晴れることがありません」と訴えた、
女性がいた。「思わず、自分の車を、反対車線のほうへ車をつっこんで、死にたくなったことも
あります」と訴えた、女性もいた。

 そういう親をもつと、おかしなことに、本当におかしなことに、一方的に苦しむのは、子どもの
側ということになる。親が悪ければ悪いほど、子どものほうが、それに苦しむ。子どもの側に、
何も責任がなくても、苦しむ。つまりそれほどまでに、この糸や、ヒモは、太い。簡単には、切れ
ない。

 が、それだけではない。

 さらに一言つけ加えるなら、こうなる。本文の中で少し触れたが、この糸や、ヒモを切れば切
ったで、子どもの方は、その時点で、精神的基盤を失うことになる。はげしい情緒不安症状を
訴える人も少なくない。それはちょうど、熱心な信仰者が、信仰の基盤を失ったときの心理状
態に似ている。

 その子どもは、精神的に、とことん追いつめられる。自らダメ人間のレッテルを張り、自己否
定の世界におちいることもある。「それでも、親は、親だ。私は、人間として、失格者だ」と。

●時間という解決方法

 しかし救いの道がないわけではない。

 こうした幻惑による苦しみは、重くてつらいものだが、時間が解決してくれる。ある男性は、ほ
ぼ10か月にわたって、毎晩、床につくと同時に、はげしい動悸とともに、熱病に似た症状で苦
しんだという。

 その男性の母親は、その男性が所有していた土地などを、その男性が、6か月間、外国へ
行っている間に、他人に売ってしまったという。その男性は、土地の権利書や預金通帳など
を、留守の間、母親に預けておいた。そこでその男性が、母親に抗議すると、その母親は、こ
う言ったという。「親が、先祖を守るために、息子の財産を使って、何が悪い! このバチ当た
りめ!」と。

 しかしその10か月をすぎてみると、母親への情が消えているのを知った。その男性はこう言
った。「今ならもう、いつ母親が死んでも、平然と、葬式ができるでしょうね。涙は、ぜったいに
出ませんよ」と。
 
 こうした心の問題には、時間という解決方法がある。そうした問題に気がついたら、あとは、
その時間に、心をゆだねればよい。その時間が、あなたの心を溶かし、やがて問題を解決して
くれる。
(はやし浩司 観念的親子論 家族自我群 幻惑 自我群からの脱却 開放 呪縛からの解放
 親子の縁 はやし浩司)

++++++++++++++++++++

【付記】

 この原稿について、R天日記BLOGのほうに、こういうコメントが寄せられました。参考まで
に、ここに掲載しておきます。

++++++++++++++++++++

参考になる考え方ですが、若干の疑義があります。親子で縁のイトの太さ勝ちがうのはよく感
じることですが、私自身も含め身辺では親の側が糸を太くまた短く感じていてしっかとつかんで
離さない例の方を多く見ます。子供に裏切られたと感じている(実は子供が親離れした)親の
方が多い時代では? 例示は存在することは知っていても身近には実感として持てない、犯罪
的事例と思います。

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ヒトと人間

 もしあなたが、ごくふつうの人で、ごくふつうの生活をし、ごくふつうの人生を送っていたとす
る。たいはんの人がそうかもしれない。しかしそのとき、もし、あなたが、何も考えないで、その
日、その日を、流れるまま暮らしていたとするなら……。

 今日は、今日。明日は、明日。明日のことは、明日考える。未来に夢も希望もない。目的もな
い。ただ生きているだけ。

 あなたがいなくても、社会は、何もかわらない。あなたのかわりになる人は、いくらでもいる。
それが悪いというのではない。悪いとは、だれにも断言はできない。できないが、そういうヒトの
ことを、あのハイデッガーというドイツの学者は、「ヒト」と呼んだ。

 ただのヒト、という意味で、である。(ハイデッカーは、「軽蔑すべきヒト」という意味で、そう言っ
た。)

 そこであなたは、自分とは何かをさがし始める。「私は何か」「私はどこへ行けばいいのか」
と。「私は私」というときの「私」は、固有性をもった「私」をいう。その固有性をさがし始める。

 しかし固有性を感じたとたん、あなたは、不安になる。あなたを支えるのは、あなただけ。ほ
かにだれもいない。あなたは薄い氷の上を、恐る恐る、歩いている。あなたは、そういう自分を
知る。しかも明日は、決して、楽しいものでも、愉快なものでもない。その明日の、そのまた明
日の、さらにその明日の、ずっと先では、あなたを、死が待っている。

 あなたは「私」が、かぎられた世界の人間であることを知る。

 そこであなたは、そのかぎられた時間の中で、精一杯、自分らしい人生を送ろうとする。しか
しそれはまさに、時間との戦い。私が私であろうとすればするほど、あなたは時間という限界を
知る。壁に、追いつめられる。

 こうしてあなたは、ますます不安になる。

 しかしそういう人は、もうヒトではない。つまりそれが人間である。もっと端的に言えば、私らし
い固有性をもつことによって、ヒトは、人間になることができる。固有性がなければ、ヒトは、ヒ
ト。ヒトのまま。

 極端な言い方をすれば、あなたが飼っているペットのようなものかもしれない。死ねば、それ
なりにまわりの人たちは悲しむが、しかし代用となるペットは、いくらでもいる。ヒトもそれと同
じ。

 それでよいのか? それとも、そうであってはいけないのか?

 私たちは、毎日のように、この問いを自分に投げかける。投げかけながら、生きている。しか
しそこには、いつも限界がある。夜、床について、ふと目を閉じたようなとき、こう思う。

 「ああ、結局は、今日も、何もできなかった」と。
(はやし浩司 人間の固有性 固有性 ハイデッカー)
 

【補記】

 いつだったか、春の行楽シーズンに、車で、富士山をめざしたことがある。その途中でのこ
と。大きな寺に行き当たった。どこかの宗派の総本山にもなっている、寺である。

 私は、そこで、おびただしいほどの数の信者に、出あった。驚いた。大通りを横切っている信
者だけで、数千人はいたのではなかったか。そういう人たちが、ゾロゾロと、山門に向って、並
んで歩いていた。

 が、どの人も、うれしそうに笑っていた。にこやかな顔をしていた。私はそれを見て、「あの人
たちは、あれで幸福なんだなあ」と、しみじみと、そう思った。ハイデッカーが見たら、まさにヒト
にすぎない、群集である。固有性のない群集である。しかし、そういう人たちを批判することは、
許されない。その人たちは、その人たち。それにハイデッカーが正しいとは、かぎらない。

 事実、ハイデッカーは、フライブルク大学総長時代、ナチスドイツをかつぎあげた、熱心な党
員としても、知られている。

 何も考えないで、ただのヒトとして生きるのも、それなりに気楽なのかもしれない。「あの世が
ある」と信じることができれば、死ぬことだって、こわくない。限界状況の中で、不安に思うことも
ない。

 私は私と、人間らしく生きるか。あるいは、ヒトとして、のんびりと、安楽な人生を生きるか。そ
の最終的な判断は、結局は、その人が決める問題ということになる。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●思想の混乱期

 中国の春秋戦国時代には、多くの国家が乱立し、それぞれの国家が、戦争につづく戦争を、
繰りかえしていた。そういう混乱した時代を背景に、いわゆる諸子百家と呼ばれる、無数の思
想家たちが生まれた。

 その春秋戦国時代を、現在にたとえるなら、今は、諸子千家の時代とも言える。さらに無数
の思想家たちが生まれ、これまたさらに無数の思想を、展開している。

 しかし無数の思想家がいるということは、そのまま「混乱」を意味する。今は、まさにその混乱
の時代ということになる。

 そこでその春秋戦国時代の話に戻るが、この時代に、あの孔子(551〜479BC)が生ま
れ、活躍している。その孔子は、「仁」を説いた。仁をもって、国や人々の心を、を立てなおそう
とした。

 で、その「仁」とは何か。わかりやすく言えば、人間が到達しうる、最高の精神状態ということ
になる。

 その仁から、礼節(人が人らしく生きるための規範)、忠恕(相手に対する配慮、思いやり)、
孝悌(年長者に対する畏敬の念)、徳治(人徳のある政治)などが、派生して生まれる。こうして
孔子は、儒学の祖となった。

 そののち儒学は、古代中国を代表する哲学となり、現在にいたっても、多くの人たちの大き
な影響を与えている。

 しかし孔子も認めているように、「仁」というのは、あくまでも精神の理想形であって、孔子自
信が、それを実践したということではない。仏教で言えば、「悟りの境地」ということか。が、重要
なのは、その「仁」そのものではなく、そこに至るまでのプロセスである。

 最高の人間になることではなく、その最高の人間をめざして、どう生きるか、である。それは、
健康論に似ている。究極の健康法というのはない。それと同じように、究極の精神状態などと
いったものはない。

 健康にせよ、精神にせよ、立ち止まったその瞬間から、後退が始まる。そのためいつも、私
たちは、前向きに、生きていかねばならない。健康にしても、毎日、体を絶え間なく鍛錬してい
かねばならない。だから孔子が説いた「仁」は、いわば、道しるべのようなもの。空に輝く、太陽
のようなもの。そこにあるのだが、だれも、それに到達することはできない。

 さて、今、諸子千家の時代。

 私も含めて、それぞれの人が、それぞれ、勝手なことを言い、説いている。そして混乱に、混
乱を重ねている。何が正しくて、何がまちがっているかさえ、よくわからない。そこで改めて「仁」
ということになるが、そういう理想形を、未来の向こうにかかげることが正しいのかどうかという
ことになると、実は、それもよくわからない。

 今どきの人たちに、(とくに私のように理屈ぽい男)に、観念的な「仁」を説いても、あまり説得
力はないのでは? また日本では、「仁」というと、「仁義」、つまり、どこかヤクザぽい臭いがか
らんでくる。

 やはり、私たちは、私たちで、生きていくしかない。そのつど、迷いながら、苦しみながら、生
きていくしかない。

 が、私は、それが人間ではないかと、最近、強く、思うようになった。決して居なおっているわ
けではない。そうして生きていく過程の中から、無数のドラマが生まれる。そのドラマにこそ、人
間が生きている価値がある、と。

 みながみな、一方向を向いて、同じようなドラマしかつくらなくなってしまったら、それこそ、こ
の世は、何とつまらないものになってしまうことか。そこに暴走族がいて、(決して、暴走族を擁
護しているのではない。誤解のないように)、そこにそれにマユをひそめる人たちがいる。

 私は、そこに生きる人間のすばらしさがあるように思う。

 現代は、まさに、思想の混乱期といってもよい。いつか未来の人がこの時代をふりかえって、
こう言うにちがいない。「21世紀は、諸子千家の時代だった」と。

 そうそう、その未来に、この時代のだれの思想が、生き残っているだろうか。もしタイムマシン
か何かあれば、それを知ってみたい。ひょっとしたら、意外や意外、はやし浩司の思想が、しぶ
とく生き残っているかもしれない。ハハハ。

 ……というのは、冗談。そんなことはありえない。今ですら、影響力ゼロの私の思想が、後世
に残るはずはない。自分でも、それがよくわかっている。
(はやし浩司 春秋戦国時代 論語 孔子 仁 忠 徳 礼節)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(909)

●母性本能

+++++++++++++++++

母性本能って、何か?
本当に、それは本能と言ってよい、本能なのか?
また、どんな女性にも、母性本能があると
簡単に、言い切って、よいのか。

男性には、母性本能はないのか。

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 女性には、母性本能があると、よく言われる。しかし、本当にそうか? 本当に、そう言い切っ
てよいのか?

 私の調査でも、こんなことがわかっている。たとえば、幼稚園児から小学校の低学年児につ
いて、暖かい素材でできたぬいぐるみを見せたとき、たいていの子どもは、「かわいい」と言っ
て、それを抱きしめたり、頬ずりをしてみせたりする。しかし、反応をほとんど示さない女児もい
る。約20%弱はいる。その割合は、男児と、同じである。

 そこで、これはあくまでも私の仮説だが、私は、こう考える。

 子犬やペットなど、かわいいものを子どもに見せると、子どもは、「かわいい」という。こうした
愛着意識は、その子ども自身が乳幼児期に、子育てをとおして、親から、心の中に植えつけら
れるものと考えてよい。親、とくに母親の豊かな愛情に包まれて育てられた子どもほど、いわゆ
る親としての、親像を、自然な形で、身につけていく。

 しかしこの時期に、親の無視、冷淡、虐待、育児放棄などを経験した子どもは、親像を作れ
ないまま、少年少女期を迎えてしまう。「子育ては、本能ではなく、学習である」という定説は、
そういうところから生まれた。子どもは、親によって育てられたという経験があってはじめて、自
分が親になったとき、今度は、自分で子育てができるようになる。

 で、この親像が基盤となり、その上に、母性本能が形成されていく。が、それが形成されるの
は、子どもが生まれてからのこと。早くても、子どもを妊娠してからのこと。しかし本格的に形成
されるのは、やはり、子どもが生まれてから。

母親は、オギャーオギャーと泣く子どもを見て、心の中に、特殊な意識を作っていく。それまで
は、他人の子どもを見て、「かわいい」と表現することはあっても、母性本能と言えるほどの、強
力な愛着意識にまでは、発展しない。

 つまり、私たちが「母性本能」と呼んでいるところの特殊な意識は、新生児が生まれた直後か
ら、母親の脳の中に、意識として、作られるものと考えてよい。それは母親が新生児を見た瞬
間に始まり、その瞬間に、そのほとんどが完成される。

 だからこんな話がある。

 アメリカには、代理出産制度というのがある。父親の精子を使って、別の女性に、自分の子
どもを代理出産させるという制度である。

 こうして子どものいない夫婦は、別の女性に自分の子どもを産んでもらう。で、そのときのこと
だが、生まれた子どもは、出産と同時に、その出産した女性から、離すそうである。乳を与えさ
せないことはもちろんのこと、たがいに顔さえ合わせないまま、離す。

 そうでないと、その子どもを産んだ女性に、ある特殊な感情、つまり私たちが言うところの、母
性本能と言われるものが生まれてしまう。そして一度、その特殊な意識が生まれてしまうと、代
理で産んだはずなのに、その女性は、その子どもと別れられなくなってしまう。

 ふつうは、性別も、その子どもの行き先も、教えないという。これはあとあとのトラブルを避け
るためだそうだ。(それでも、ときどきトラブルが起こると聞いている。産んだとたん、その子ど
もを手放せなくなってしまうことも、あるそうだ。)

 以上のことから、冒頭に書いたように、私は、「女性には、母性本能がある」と言い切るの
は、危険なことだと思う。また、そう決めてかかってはいけない。約7〜10%の母親は、自分の
子どもを愛せないと、人知れず、悩んでいる。その悩みの原因になっているのが、「母親なら、
母性本能があるはず」という、『ハズ論』である。

 で、その反対に、父親を、子どもの出産に立ち会わせることによって、父親にも、母親と同
じ、ある特殊な感情をもたせることもできるそうだ。そんなことも、最近の研究でわかってきた。
つまりこのばあい、父親が感ずる特殊な感情と、母親が感ずる特殊な感情との間には、ちが
いはない、ということになる。

 わかりやすく言えば、父親も、その方法によって、私たちが「母性本能」と呼んでいるところ
の、意識(本能ではない!)をもつようになる。

 だから、「母親だから……」「父親だから……」という、『ダカラ論』ほど、あてにならないものは
ない。現に、自分の子どもを虐待する母親となると、この日本だけでも、ゴマンという。全体の
約30〜35%の母親が、虐待もしくは、虐待に近い行為をしているということも、わかってい
る。

 つまり私たちが「母性本能」と呼んでいるところの特殊な意識は、本能ではなく、子どもが生ま
れる前後から、母親の脳の中に、つくられる意識ということになる。

 このことは、さらに、つぎのような事実によっても、証明される。

 よく子どもの受験勉強に狂奔する親というのが、いる。すさまじいほどの時間とエネルギー
を、子どもの受験競争に注ぎこむ。そういう親でも、なぜそうするかと聞くと、「子供のため」「子
どもを愛しているから」と答える。「少しくらい子どもに嫌われても、かまわない。子どものために
さえなれば」と言う人もいる。

 しかし実際には、子どもを愛しているから、そうしているのではない。自分の中に潜む不安や
心配を解消するために、そうしている。子どもを利用している。学歴に対する大きなわだかまり
が、引き金になることもある。ともかくも、真の愛情に根ざしたものではない。

 そういうタイプの母親をよく観察してみると、子どものためとは言いながら、その実、子どもを
虐待しているのが、わかる。まさに、虐待である。

 泣き叫んで抵抗する子どもを、ベッドから引きずりだして、ワークブックをさせるなど。成績が
少しでもさがったりすると、小遣いを減らしたり、ゲーム機器を取りあげたりする。「勉強しろ!」
「いやだ!」の大喧嘩をするほうは、まだよいほう。

 中には、神経戦をとおして、子どもを追いつめる親だっている。体罰を加える親だって、い
る。

 つまりもし、こうした親たちに、「本能」と言えるような強力な意識があるなら、親は、本来的
に、そんなことはしないはず。言うまでもなく、もしそれが本能なら、意識の向こうにあり、意識
ではコントロールできない。逆に、意識そのものをコントロールする。

 たとえばそれが本能なら、子どもが「いやだ」と泣き叫んだだけで、親は、手を引いてしまうだ
ろう。

 そこでここで、このエッセーの結論。野生児の例を出すまでもなく、私たちがもつ意識は、そ
のほとんどが、生後直後から、脳の中に、意識として作られていく。そう考えることによって、子
育てにまつわる矛盾を解くことができる。子育てにまつわる問題を解くことができる。
(はやし浩司 母性 母性本能 父性本能 子供の心理 母親の心理 親像 はやし浩司)


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●クモ

 クモ、つまり蜘蛛(くも)を嫌う人は、多い。私も、そうだ。とくにカラフルな色をしたクモは、嫌
い。見ただけでぞっとする。

 しかし、だ。私は家の中に住んでいるクモは、嫌いではない。好きとは言わないが、嫌いでは
ない。いても、どうということはない。あの灰茶色の、クモである。土地によっては、「家(や)グ
モ」と呼ぶ。本当の名前は、知らない。

 大きさは、大きくなると、おとなの手を広げたくらいにはなる。かなり大きい。クモの巣のような
ものは、つくらない。壁から壁へと、スイスイと走りまわりながら、いつも何かをしている。床の
上を走りまわることもある。

 そのクモが、どこから入ってくるのか、あるいは家の中で成長するのかは知らないが、山荘
の中に、住んでいる。ときどき顔を出しては、またどこかへ消えていく。とくに悪さをするふうでも
ないので、私は気にしない。

 しかし客人は、そうでない。クモを見ただけで、キャーッと大声をあげて、逃げまわる。しかた
ないので、客人がくる前になると、私は、そのクモを家の外に追い出すようにしている。が、殺さ
ない。絶対に、殺さない。

 一度、ワイフが「なぜ、殺さないのか?」と私に聞いたことがある。そのときは、理由がわから
なかったが、しばらくしてから、気がついた。なぜ、私が、クモを殺さないか?

 昔、子どものころ読んだ、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のせいではないかと思う。あの本を読ん
でからというもの、私は、クモを見るたびに、「いつか、クモに助けてもらわねば」と思うようにな
った。それで、クモを殺さなくなった。

 で、数日前も、大きなクモを見つけた。で、私は、ハエたたきをもってきて、そのクモをそのハ
エたたきの上に乗せようとした。乗ったら、そのまま、窓の外に、放りだすつもりでいた。が、ク
モというのは、意外と頭がよい。

 ちゃんと逃げる方向と、場所を心得ている。きっと頭の中には、山荘中の地図が入っている
のだろう。おいかけていると、小さなすき間から、押し入れの中に逃げこんでしまった。

 そこで追いかけっこは、おしまい。私はあきらめて、ふすまの戸をしっかりとしめた。水なしで
は、一週間も生きられないはず、と思った。

 で、話を少しもどすが、虫といっても、虫の中には、頭のよい虫がいる。ハチや、トンボがそう
だ。クモとなると、ひょっとしたら、虫の中では、一番、頭がよいのでは……? クモの巣の作り
方を見ていると、そう思うときがあるが、それだけではない。向こうは向こうで、いろいろ考えて
行動している。そんな感じがする。

 で、今夜、再び、山荘に来てみた。前回から、ちょうど1週間目である。私は何かの作業のつ
いでに、押し入れの戸をあけた。とたん、中から、あのクモが飛び出してきた。と、同時に、私
は、そのクモを押し入れの中に閉じ込めたことを思い出した。

 「生きていたのか」と思った。が、それにしても、ものすごい生命力。まっくらな部屋の中で、水
もない。多分、エサとなるような小さな虫もいなかったはず。
 
 私は今度こそ、と思って、まず逃げ道をふさいだ。そしてあのハエたたきをもってきて、クモを
その上に乗せようとした。何度か逃げられたが、5、6回目には、そのクモを、ハエたたきの上
に乗せることができた。で、そのまま、窓の外に、ポイ。

 これで私とクモの話は、おしまい。何も意味のない話で、ごめん。クモについて、思いつくま
ま、書いてみた。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●週刊新C(9・29日号)を読む

 小さな記事だが、興味をひいたのは、「脳神経細胞をふやす、シータ波の謎」(P43)。

 東京大学大学院のH助教授の研究によれば、「老脳でも、ムチを打てば、中高年であろうと
も、記憶力は増進する」という。

 そのカギをにぎるのが、シータ波。このシータ波が多く発生すると、新しいニューロンが生み
出され、海馬の神経回路が活発になり、記憶力がアップするという。

 では、どうすればそのシータ波を、多く発生させることができるか?

 H助教授は、つぎのように説明する。

 「初対面の人と出会ったり、新しい譜面をピアノでひいたり、旅行などをしてはじめての景色を
みるだけでも、シータ波がでます」と。

 同じことを、毎日繰りかえしているような生活では、ダメだそうだ。またシータ波の刺激で出て
くる、神経伝達物質を多く含んだ食物を食べても、効果はないそうだ。やはり頭をよくするに
は、頭を使わねばならないということか。


●揺れる日本K党

 日本K党の内部が、揺れているようだ。元参議院議員のF氏が、内部告発的な「弔辞」(記事
のまま)を書いている。

 どこか信仰集団的な(?)、日本K党。内部では、いろいろあるようだ。今回の衆議院議員選
挙では、9議席を獲得した。日本K党は、「善戦」と自己評価しているそうだが、F氏は、「どうし
て善戦なのか」と疑問をなげかける。

 今の時期、日本K党というと、反日運動を繰りひろげる中国や、あのK国とイメージがダブっ
てしまう。日本K党の人たちは、「私たちは関係ない」と言うかもしれないが、つまり、イメージが
あまりよくない。

 F氏の記事を読んで、ますます、そんな感をもった。


●K会

 日本最大の宗教団体である、S会と、いわば同根の宗教団体に、K会がある。そのK会につ
いての記事を、宗教学者のS氏が書いている。

 K会というと、原理主義的な考え方をする宗教団体として、よく知られている。過激な信者獲
得方法が、つい先ごろ、事件を引き起こし、問題になった。(彼らの世界では、それを「折伏(し
ゃくぶく)」という。

 昔は一つの宗派が、寺ごと信者を乗っ取るという方法が、よくなされた。それを折伏といっ
た。個人としての信者には、そういう意味では、価値がなかった(?)。ひとつの寺を乗っ取れ
ば、信者は、自然と、その宗派の信者になった。

 それが今では、信者という個人の獲得を、折伏という。折伏というのは、読んで字のごとく、
「折り伏せる」こと。つまり、もともと、強引な、信者獲得方法を意味する。

 で、宗教学者のS氏は、そのK会について書いている。勇気のある人だと思う。かなりの覚悟
がないと、こういう記事は、書けない。なおタイトルは、『S学会も恐れる、過激な原理集団、K
会研究』。


●ゴタゴタつづきの朝H新聞

 朝H新聞の記者が、ロクな取材もせず、記事をでっちあげたと、またまた問題になっている。
NHKの番組改編記事をめぐる騒動も、まだ片づいていない。さらに内部資料の流出などなど。

 どうしてこうまで、ゴタゴタがつづくのだろう。私が学生のころには、朝H新聞といえば、日本を
代表する、良識派の新聞社として、天下に君臨していた。

 しかし今は、見る影もない。お決まりの権威主義。とくにあのK国による拉致事件のときは、
先頭に立って、K国を擁護していた。

 結局は、行き過ぎた、左派新聞になってしまったということか。そういえば、私はこの数年間、
一度も、朝H新聞を読んでいない。行きつけの食堂やレストランなどでも、朝H新聞を置いてあ
るところは、一軒もない。

 これでますます、朝H新聞離れは進むことだろう。


●自公圧勝の困った後遺症

 今週号の特集は、「自公圧勝の困った後遺症」。8P組の大特集である。

 が、読んでいるうちに、不快感がムラムラ。今度の選挙から出てきた、何というか、クソのよう
な話ばかり。「早く料亭に行きたいといった、大バカ(議員の)語録」「不倫メール女は、パンティ
丸見え」「男にしか見えない、女性校長」などなど。

 覚せい剤逮捕の落選議員は、アメリカ帰りのドラ息子」というのもあった。

 そういう事実もあるかもしれないが、どうも、陰湿なネタばかり。選挙がどうであったかというこ
とよりも、私は、こうした記事を書いたライターの、品性を疑った。どこかゆがんでいる(?)。そ
んな感じがした。

 今まで、アメリカに住む息子のために、毎週のように週刊新Cを買っていたが、今回で、しば
らく、買うのをやめることにした。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(906)

【日本の国家経済】

がんばろう、団塊の世代よ!

●795兆円!

 05年、つまり今年6月末現在、国の借金が、とうとう795兆円になったそうだ。

 すごいですねえ、795兆円ですよ! ハハハ。ピンとこない? そうですよねえ。何といって
も、天文学的な数字ですから……。

 財務省の発表のよるとですね、国の借金は、正確には、795兆8338億円。今年の3月から
だけでも、14兆2821億円もふえたそうです。

 たった3か月で、14兆円ですよ!

 これを国民の数で割るとですね、赤ちゃんから、老人まで、国民1人あたり、623万円になる
そうです。

 4人家族なら、2500万円。5人家族なら、3100万円。

 その内訳を調べてみるとですね、普通国債によるもの、つまり表の世界の借金が、510兆
円。これに財投機関向けの財投債などの借金が、加わります。いわば、裏の世界の借金とい
うことでしょうか。それで、640兆円。

 でもね、国がかかえる借金は、こんなものではありません。

 たとえば特殊法人などがかかえる、いわゆる政府保証債務の残高は、57兆8582億円もあ
りますよ。ほとんどの特殊法人に、返済能力はありませんから、つまり、これも、結局は、国の
借金ということになりますね。

 旧国鉄がかかえる債務だけでも、20兆円以上ありますから!

 ゾーッ!

 何といっても、みなさんの給料にあたる、税収入は、1年で、たったの42〜3兆円しかないの
ですから……。

●広がる官民格差

 現在、夫婦2人のばあい、老齢年金は、サラリーマンのばあい、23万3000円。この額で
は、かなりきびしいですね。

 で、国家公務員は、27万8000円。地方公務員が、29万4000円。

 ナルホド!

 でね、政府の発表によるとですね、2005年度予算の人件費は、国家公務員が5兆4410
億円、地方公務員が22兆7240億円だそうです。

 合計で、約28兆円。

 しかし、ですね。これは、ウソ! まっかな、ウソ! 日本には、このほか、いわゆる「準公務
員」とも言われている、「みなし公務員」と呼ばれる人たちがいます。

 特殊法人や独立行政法人で働く人たちです。電気ガスなどの独占的企業で働く人を含める
と、もっとになりますが、そういう人たちの人件費まで含めると、約38兆円にもなるのですよ。

 国の稼ぎのほとんどが、その人件費で消えることになります。が、ですよ。政府は、のんきな
もの。「本当のところは、いくらかわからない」と言っているのです。そこで、一部の議員さんた
ちが、今になって、やっと、政府に対して、人件費総額を明らかにすることを、求め始めていま
す。

 ヘ〜エ? 今ごろねエ?

 でね、このまま官民格差が進むとですね、45年後にはですね、サラリーマンの年金が、月
額、49万1000円。公務員が、58万6000円になるそうです。

 45年も先の話ですから、私には関係ないかもしれません。そのころには、日本は、どうなっ
ていることやら。だいたいにおいて、このまま進むとですね、国民の数よりも、公務員の数のほ
うが多くなるわけですから……。

 そこで政府は、つまり小泉内閣は、「公務員の削減」を、口にしましたね。郵政三事業の民営
化法案も、その一つです。

 これで一応、27〜8万人の国家公務員を削減できることになります。が、しかし今までの既
得権は、そのまま。よい例が、旧国鉄の人たちです。

 あの国鉄は、中曽根内閣の時代に、民営化され、今は、「JR」と呼んでいますよね。しかしそ
のあと、当時国鉄マンだった人は、国鉄時代の恩恵を、そのまま受けていますよ。

 その一つが、「転給制度」。

 公務員の人は、死んでもですね、それで年金がストップするわけではない。死んでもですね、
遺族には、遺族年金がはいるしくみになっています。受給対象は、(1)妻(もしくは夫)、(2)父
母、(3)孫、(4)祖父母の順で、です。

 こうして公務員だけは、手厚く、末永く、年金が入るしくみになっています。孫や、祖父母にま
で、入るところが、ニクイですね。ホント!

●ムダなものばかりつくる、箱物行政

 しかしそれでも、こりず、日本は、ムダなものばかり、作っている。そうは思いませんか? 無
駄な橋、高速道路、空港などなど。

 あなたの町や、村でも、公共施設だけは、やたらと立派。大理石を敷きつめたような廊下に、
豪華な……。もう、何でもござれ!

 しかもですよ、借金に借金を重ねて、作っている。

 そこで日本政府は、国債の利払いすら、できなくなってしまったというわけ。つまり今までは、
何とか、利息だけを返して、自転車操業をつづけてきたわけですが、その利息すら払えなくなっ
たというわけ。

 そこでとうとう、その利息を払うための国債、これを「借款債」というらしいですが、それを発行
することにしました。その額、ナ、何と、100兆円!

 これでは、いくら民間企業が、働いてお金を稼いでも、焼け石に水。稼いだ先から、ジュージ
ューと、水が湯気になって消えていくといった感じです。

 この先、日本の国家経済は、どうなるのでしょうか?

 私のような一庶民が心配したところで、どうにもなりませんが、私は、心配でなりません。もと
もと心配性なものですから……。

 ドルも暴落。円も暴落。ガソリンや、金価格(現在、1グラム1800円)の値段があがったとい
うことは、ドルや円が、同時に暴落したということなんですね。

 今、猛烈な勢いで、円を、外債に換えたり、金を買ったりしている人が、ふえているそうです。
しかしそれは、お金のある人の話。

 私たちには、そんなお金もない。指をくわえて、見ているだけ。まあ、どうにでも、なれという心
境かな。ホント!

 行政改革は、始まったばかり。市町村の統廃合、郵政三事業の民営化。しかしつぎに待って
いるのが、農政の民営化。これはすごい争いになると思いますよ。相手が農家の人たちです
から……。郵便局員のような、おだやかな人たちではありませんから……。みなさん、今から
覚悟しておきましょう。そのうち、政府のほうから、少しずつ、そういう話が漏れてくることでしょ
う。小出しに。少しずつ、小出しに……。

 しかしやるしかない。やるしかないのです。

 借金のツケを、つぎの世代の子どもたちに残さないために、ね。残してはいけないのです。

 で、一言。解決法がないわけではないのです。つまりね、私たち団塊の世代が、75歳まで、
働けば、何とか、ここに書いた問題は、すべて回避できそうなのですよ。

 そこであえて、シュプレヒコール!

 団塊の世代たちよ、60歳で仕事をやめるな! オレたちは、75歳まで働くのだ! 日本の
将来のために。つぎの世代の若者たちのために! それは、オレたちの責任なのだ!

 こんな愚劣な政治を黙認してきた、オレたちの責任なのだ!

 もし今の段階の世代たちが、75歳まで働いたら、少子化の問題は、それだけで解決する。
年金をアテにして、悠々自適の老後生活を考えているとしたら、それはまちがい。そんなこと
は、考えてはいけない!

 みんな、がんばろう! がんばりましょう! がんばるしかないのだア!
(050923)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●誹謗(ひぼう)、中傷

 少し前、誹謗と中傷について、書いた。こうした誹謗や中傷は、私の世界では、当たり前。そ
れに耐えられないようなら、ものを書くことはできない。

 かく言う私も、若いころは、そういう誹謗や中傷に、苦しんだ。もともと私は、自己愛的な傾向
の強い男だった。だからこうした誹謗や中傷には、敏感に反応した。ジリジリとした怒りを感じ
て、眠れない夜がつづいたこともあった。

 しかしその私が強くなったのは、あるカルト教団を相手に、5冊の本を書いてからのことだっ
た。もちろんあちこちの月刊誌や週刊誌にも、原稿を投稿した。ある時期は、「もう、これで殺さ
れる」と思ったこともある。何度か、ある。

 ペンネームを使っていたが、どこでどう調べたのか、私の家に直接電話をかけてきたり、多
いときは、7〜20人の信者たちが、自宅に押しかけてきたこともある。

 が、それでも書きつづけた。で、その結果だが、こういうことを発見した。

 あの人たちは、もともとは善良な人たちである。気も小さい。ただ上層部の連中に、操られて
いるだけ。そこでこちら側が、堂々としていれば、何もできない、と。

で、そのうち、彼らの間で、「あの林に近づくだけで、バチがあたる」と言い出した。

 それ以後は、ウソのように静かになった。と、同時に、気がついてみると、私から、こわいもの
が、消えていた。

 今では、どんな誹謗や中傷にも、耐えられるようになった。気にしないというよりは、気になら
ない。そういうのを見たり、読んだりしても、「どうぞ、ご勝手に」と、そんなふうに考えられるよう
になった。

 要するに、強くなるということは、経験をつむということか。ただ、気をつけなければいけない
点は、いくつかある。

 絶対に、その個人とわかるような話で、その個人を、誹謗や中傷を、してはならないというこ
と。私のように、顔と名前を、公(おおやけ)の場に出してものを書いている人は別だが、そうで
ない人については、絶対にしてはならない。

 つぎにたとえメールでも、引用、転載をするときは、必ず、その人の了解を求めてからにする
こと。

 そしてここが重要だが、具体例を書くにしても、実際にあった例を、そのまま書いてはいけな
い。いくつかの話をまぜたり、視点をかえたりして、書く。あるいは直接私と関係のある人の話
は、書かない。

 ウソを書くということではない。しかし私の文章を読んで、その人が不愉快に思ったり、あるい
は怒りを感じたとしたら、それは私の責任ということになる。そういうトラブルは、極力、避けた
い。

 またインターネットの特徴のひとつとして、実名を書くと、検索で、ひかかってしまう。だからた
とえば、(はやし浩司)という実名を使うときでも、(はやしH司)と、書き改める。その人がよほ
どの有名人か、あるいは過去の人であれば、話は別である。

 しかしこれはインターネットで意見を書くものにとっては、エチケットのようなもの。相手をほめ
るときでも、そうする。中には、ほめられても、不愉快に思う人だっている。

 それにもうひとつ。

 私の人生も、どう生きても、あと20年(?)。あなたの人生も、どう生きても、あとx0年(?)。
だったら、ありのままをさらけ出して生きるのも、ひとつの生き方ではないか。「恥ずかしい」と
か、そんなふうに考えること自体、おかしい。

 私がしていることは、私というより、私を超えた、人間の1人がしていること。「私」ではなく、そ
の人間の1人が、書いていると思えばよい。

 そういうふうに考えていくと、誹謗や中傷が気にならなくなる。そう言えば、つい先日も、こう言
ってきた人がいた。

 「林さんは、よくもまあ、自分の顔と名前を、堂々と、インターネットに載せていますねえ……」
と。ほめられたのか、バカにされたのかはわからない。が、ともかくも、そう言われた。

 まあ、そのうち、いやでも、私はこの世から消える。同時に、インターネットの世界からも、消
える。私の顔を見て、私の文章を読んで笑った人も、消える。20年というが、この宇宙からみ
れば、瞬間。ほんの瞬間。

 だったら、生きたいように生きればよい。誹謗や中傷など、気にするほうが、おかしい。そん
なことで悩んでいるヒマは、ない。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●The Notebook (きみに読む物語)

息子は、もう1年近くも前に、見たという。アメリカから帰ってくる、飛行機の中で、見たという。
そしてこう言った。「パパ、すばらしい映画だったよ」と。

 名前を聞くと、「ノートブックという映画だったよ」と。

 以来、昨日(9・26)まで、「今か、今か」と待っていた。で、昨日、近くのビデオショップに行く
と、そのビデオがあった。『きみに読む物語』というタイトルになっていた。昨日、レンタルショッ
プにリリースされたという。

 その店には3本しか入っていなかったが、1本が残っていた。迷わず、私は手をのばした。借
りた。

 まだそのビデオは見ていない。今日、午前中に仕事があるから、それを終えたら、ワイフと二
人でみるつもり。楽しみだ。

 英語の題名は、「The Notebook」。すでにあちこちで、話題になりかけている。実話という話も
聞いている。私たちの評価は、今日、そのビデオを見てからにする。息子が「すばらしかった」
と言うのだから、まちがいないだろう。


●愛用のパソコン

 今、一番、愛用しているパソコンが、F社のDESKPOWER。17インチのワイド画面。購入し
てから、5年になる。早いものだ。

 当時は、最新型で、ワイド画面のパソコンとしては、これが第一号ではなかったか。たまたま
オーストラリアの友人が、ホームステイしていたときのことで、これを見て、「エンビアス(ねたま
しい)」と言ったのを覚えている。

 しかし5年も使っていると、あちこちにガタがくる。画面の左端のほうが、チラつくようになっ
た。F社に相談すると、「寿命かもしれません」「パソコン本体のほうから信号が出ているのが原
因なら、パソコン本体の寿命かもしれません」と。

 おまけに、半年くらい前から、CDへの書き込みができなくなった。そして今日、いくらスイッチ
を押しても、トレイが開かなくなってしまった。マイコンピュータを開いても、デバイスそのものが
消えている!

 どうしたらいいのだ!

 とりあえず、復元機能を使って、数日前の状態に復元してみる。しかし反応、なし。いよいよ
寿命か?

 しかしパソコンという電気製品は、不思議な道具だ。そういう道具だからこそ、愛着がわいて
くる。故障したからといって、捨てるとか、取り替えるとか、そういう発想がわいてこない。で、今
日まで、だましだまし使ってきたが、ふと気がつくと、それは自分自身の体へのいたわり方に、
似ているのを知った。

 私の体も、あちこちにガタがきている。上から、視力、聴力、それに最近、気になるのは、足
腰の痛み。とくに朝起きたとき、足の先や裏が痛かったりする。自分の体だから、「痛いから、
捨てる」というわけにはいかない。

 同じように、パソコンにしても、「故障したから、捨てる」というわけにはいかない。修理すれ
ば、なおすこともできる。が、保証期間を過ぎると、その修理代が、恐ろしいほど、高額になる。

 先日もCDトレイの不調を相談すると、電話口の向こうの男性は、こう言った。「修理費は、2
万4000円です。しかし修理に出すくらいなら、外づけのハードディスクを購入されたほうが、お
得ですよ」と。

 それで外づけのハードディスクを購入した。

 そういうこともあって、私は、古いパソコンを、どうしても、捨てることができない。店に行くと、
下取りをしますと言ってくれるところもある。しかし20万円以上だったパソコンも、下取りに出す
と、1〜2万円がよいところ。値段を聞くと、かわいそうになってしまう。

 だから、今まで、下取りをしてもらったことは、一度も、ない。ということは、古いパソコンは、
たまる一方。……というわけで、私の書斎には、古いパソコンが、ゴロゴロしている。

 それを、見るに見かねて、ワイフも、「捨てたら?」と言う。しかし私は、こう言う。「それができ
ないのが、パソコンでね」と。

 それぞれのパソコンには、愛着がある。思い出もある。何といっても、買ったときの感動が忘
れられない。ノートパソコンだったりすると、買ってから数日は、いつも枕もとに置いて、それを
ながめたりしていた。デスクトップのパソコンだったりすると、そのつど、ピカピカにみがいたりし
ていた。

 そういう(思い)が、しみこんでいる。

 しかしCDトレイが開かないというのは、困る。操作不能。一枚、OfficeのCDが入ったまま。
どうしようか? 無理にこじあけるわけにもいかないし……。そのうち気分も変わったら、開くだ
ろう。

 どこかがんこなところは、ワイフに似ている。だから、このパソコンには、よけいに親しみを覚
える。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(907)

●大乗仏教

+++++++++++++++++

どうして、日本へ伝わってきた仏教を
大乗仏教(だいじょうぶっきょう)と
言うか、知っていますか。

一方、釈迦の生誕地から、南、つまり
今の東南アジア方面に伝わった仏教を
小乗仏教といいますね。

どうして小乗仏教というか、知ってい
ますか。

+++++++++++++++++

 「大乗」というのは、「みんなが乗る」という意味です。つまりですね、とくに出家しなくても、信
仰すれば、だれでも、大きな船に乗って、悟りの彼岸へ行けるという意味なんですよ。

 一方、「小乗」というのは、出家して、特別の修行をした人たちだけが、悟りの彼岸へ行ける
船に乗ることができるという意味です。つまりは、小さな船ということかな。

 ただし小乗仏教では、いくら修行しても、ブッダには、なれません。最高でも、阿羅漢(あらか
ん)という位までです。(位なんて、どうでもよいことですが……。)

 大乗仏教の人たちは、自分たちこそ正当であるという意味で、「大乗」と言い、どこかさげす
んだ意味をこめて、いわゆる南伝仏教を、「小乗」と言います。かたや、小乗仏教の人たちは、
自分たちこそ正当であるという意味をこめて、「上座部」と言い、大乗仏教を、やはりさげすん
だ意味をこめて、「大衆部」と言います。

 これも、どうでもよいことですが……。

 こうした分派は、釈迦滅後、約100年くらいしてから、始まったそうです。この分派以前の釈
迦仏教を、原始仏教と呼ぶ人もいます。「原始」というと、何か、劣っているような印象を受けま
すが、仏教の研究をしようと考えたら、原始仏教から始めなければなりませんね。

 だいぶ前に亡くなりましたが、東大の中村元(はじめ)名誉教授は、「大乗非仏説」を唱えてい
ましたよ。つまり、ガンダーラから、中国を経て日本へ入ってきた釈迦仏教は、本来の釈迦の
教えとは、似ても似つかぬ、異質のものである、と。中村元氏は、その原始仏教の分野では、
超一級の研究者でした。

 これも、私たち、凡人には、どうでもよいことですが……。

 大切なことは、私たち一人ひとりが、それぞれの方法で、満ち足りた幸福を追求するというこ
とですね。どの宗派が正しいとか、まちがっているとか、正当であるとか、ないとか、そんなこと
を論じても、意味がないということ。

 いわんやこの日本という小さな島国の中で、「オレたちは、絶対正しい」「あとは、みんなまち
がっている」と、つまらない言い争いをしても、意味はありませんね。わかりやすく言うとです
ね、宗教論争ほど、無意味で、空虚なものは、ないということ。

 私もかつて一度、そういう宗教論争に巻きこまれ、不愉快な思いをしたことがあります。それ
こそ、重箱のスミを、爪楊枝(つまようじ)で、ほじくりかえすような論争ばかり。ささいな字句の
解釈のちがいをとらえて、ああでもない、こうでもないと論争するのですから……。

 でもね、一度は、仏教の勉強も軽くしておくとよいですね。何といっても、日本は、一応、仏教
国。生活のあらゆる場面に、仏教のにおいが、しみこんでいますから。何も考えないまま、ある
いは疑わないまま、風習だけに振りまわされていると、ときとして、自分を見失うことにも、なり
かねません。

 そのレッスン・ワン。大乗仏教と、小乗仏教について、ここで考えてみました。
(はやし浩司 大乗仏教 小乗仏教 上座部 大衆部 阿羅漢 原始仏教)


●四法印

 私の先祖がまつってある墓地の入り口に、正方形の石碑が建っている。そしてその四面に
は、(1)諸行無常(しょぎょうむじょう)、(2)一切行苦(いっさいぎょうく)、(3)諸法無我(しょほ
うむが)、(4)涅槃寂静(ねはんじゃくせい)の、文字が刻んである。

 これを仏教の世界では、「四法印」と呼んでいる。つまり、この四法印こそが、仏教の教義の
根幹と思えばよい。

 つまり、この世の中のすべてのものは、流転して定まることはない(=諸行無常)。そして生き
ることには、困苦はつきもの。困苦のない人生など、ありえない(=一切行苦)。またあらゆるも
のは、いわば幻想のようなもの。もっと言えば、「空」。つまり実体のあるものは、何ひとつない
(=諸法無我)。で、最後に、すべての欲望から解放されたとき、人は、はじめて心の静寂を自
分のものにすることができる(=涅槃寂静)と。

 釈迦のこうした教えの基盤にあるのは、「救済」と考えてよいのでは……? つまり今、苦しん
でいる人を、どう救うかということ。そのため、釈迦仏教というと、どこか、暗い。この四法印に
ついても、そうだ。

 かつて、これについて書いた原稿があるので、ここに転載する。今から、3、4年前に書いた
原稿である。

++++++++++++++++++

●30年、一世代

 「世」という漢字は、もともと「十十十」、つまり「三十」を意味するという。ちょうど30年で、一世
代を繰りかえすことから、そういう字を使うようになったという。

 たとえば30年後、あなたの子どもは、あなたの年齢になり、あなたの子どもと同じ年齢の子
どもをもつようになる。反対に30年前には、あなたの両親が、今のあなたの年齢で、あなたは
今のあなたの子どもの年齢だった……。

 しかし私は、この30年という数字を、別の意味で、とらえている。

 私もこの浜松市に住むようになって、今年で、33年になる。ちょうど一世代分、この町で生き
たことになる。先日もそのことについて、ワイフと、こんな話をした。

 「この30年間で、ぼくたちのまわりは、すっかり変ったね」と。

 そう、この30年間で、大きく変わった。小さな店を経営していた商店主が、全国規模の大会
社の社長になったというようなケースがある一方で、浜松市でも一、二を争っていた資産家が、
落ちぶれて、見る影もなくなってしまったというようなケースもある。

 まさに栄枯盛衰。仏教的無常観を借りるなら、『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
※』(平家物語)ということになる。

 で、そういう世間を見ながら、かろうじてふんばっている我が身を知り、「こんな自分も、いつ
までつづくのか?」と、ふと、思う。

 ただ、だからといって、生きていることが、虚(むな)しいとか、そういうことを言っているのでは
ない。成功した人がどうとか、失敗した人がどうとか言っているのではない。人は、人それぞれ
だし、私は私だ。

 が、30年も生きてみると、世の移り変わりというものが、実感として、自分の心の中でわかる
ようになる。そしてふと立ち止まったようなとき、「あのときの、あの人は何だったのかなあ」と、
思う。

 しかしそれは、そのまま私自身の未来の姿でもある。いつかだれかが、ふと、私のことを思い
出しながら、「はやし浩司って、何だったのかなあ」と思うかもしれない。何もかもあいまいな世
界だが、はっきりしていることもある。

それは、つぎの30年後には、私はこの世から消えていなくなっているということ。ワイフの父親
も、もう死んでいるし、私の父親も死んでいる。それと同じになる。

 「世」という漢字は、もともと「十十十」、つまり「三十」を意味するという。

 今、つくづくと、「なるほどなア」と思う。


【補記】

祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声
諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色
盛者必衰(しょうじゃひっすい)の理(ことわり)をあらわす
おごれる人も久しからず
ただ春の世の夢のごとし
たけき者も遂(つい)には滅びぬ
偏に風の前の塵(ちり)に同じ

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【追記】

 仏教的無常観……つまり、何をしてもムダ、何をしても意味がない、という無常観は、正しくな
い。当時は、そういう世相であったかもしれないが、それをそのまま受け入れると、たいへんな
ことになる。まさに(生きること)を、否定してしまうことになりかねない。

 私はこのことを、中学生のときに、感じたことがある。

 私は、中学生のころ、自分で空を飛んでみたかった。それ以前からそうだったが、毎日、どう
すれば、自分で空を飛べるか、そればかりを考えていた。

 小学4年生くらいのときには、板を切って、翼(はね)を作ったこともある。で、あれこれいろい
ろ実験を繰りかえしていた。一度は、それを背中につけて、一階の屋根の上から、飛び降りた
こともある。

……というより、そんなわけで、中学生になるころには、飛行機が飛ぶ原理を、ほぼ完ぺきに
近いほど、知りつくしていた。

 そんな中、一人、たいへん冷めた男がいた。いつも私がすることを、遠巻きにして、ニヤニヤ
と笑って見ているような男だった。今、ここで具体的にどんなことがあったかを、書くことはでき
ない。よく覚えていない。しかしその冷めた目つきだけは、今でも忘れない。

 軽蔑の眼(まなこ)というか、いつもそういう眼で、私を見ていた。

 つまり自分では、何もしないで、他人のすることを、あれこれ、批判、批評ばかりしていた。
「そんなことしても、ムダだ」とか、「意味がない」とか。

 仏教的無常観というのは、それに似ている。仏教的無常観を信ずる人は、その人の勝手だ
が、しかしだからといって、この世の中で、懸命に生きている人を否定するための道具に、そ
れを使ってはいけない。

 先日も、こんなことを言った人(男性、60歳くらい)がいた。

 「林君、どうせ有名になっても、意味はないよね。死んで10年もすれば、たいてい忘れられ
る。総理大臣だって、そうだ。今の若い人は、30年前の総理大臣の名前すら、覚えていないだ
ろ」と。

 たしかにそうだが、しかしだからといって、懸命に生きること、それを否定しては、いけない。
ちなみにその人は、どこからどう見ても、ただの平凡な男だった。

 仏教的無常観をもつ人は、どこか、独特の優越感を覚えることが多い。「冷めた考え方」とい
うのは、そういう考え方をいう。

 失敗してもようではないか。つまずいてもよいではないか。有名になれなくてもよいではない
か。大切なことは、その人が、いかに充実した人生を、満足に送ることができるか、だ。

 仏教にも、いろいろな側面がある。しかし私は、仏教がもつ、(あるいは宗教全般がそうかも
しれないが)、現世逃避的なものの考え方には、どうしても、ついていけない。ここでいう仏教的
無常観も、その一つである。

 私なら、平家物語を、こう書く。

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祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声
夢と希望の、明るい音色。
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色
我らが目的は、失敗にめげず、前に進むこと
懸命に生きる、人の美しさ
未来に向かって、ひたすら生きる
その命、人から人へと、永遠につづく
そこに、人が生きる意味がある。価値がある。

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 しかし仏教というと、どうしてこうまで考え方が、うしろ向きなのだろうか。これはあくまでも私
の印象で、こういう私の意見に猛反発する人もいるかもしれない。しかしさんさんと明るく輝く、
太陽のようなぬくもりはない。

 どこか、線香臭く、どこか、湿っぽい。本当は、そうではないのかもしれない。たとえば、「あの
世」についても、原始仏教の中では、つぎのように説いている。

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●あの世論

 あの世はあるのだろうか。それともないのだろうか。釈迦は『ダンマパダ』(原始経典のひと
つ、漢訳では「法句経」)の中で、つぎのように述べている。

 「あの世はあると思えばあるし、ないと思えばない」と。

わかりやく言えば、「ない」と。「あの世があるのは、仏教の常識ではないか」と思う人がいるか
もしれないが、そうした常識は、釈迦が死んだあと、数百年あるいはそれ以上の年月を経てか
らつくられた常識と考えてよい。もっとはっきり言えば、ヒンズー教の教えとブレンドされてしまっ
た。そうした例は、無数にある。

 たとえば皆さんも、日本の真言密教の僧侶たちが、祭壇を前に、大きな木を燃やし、護摩(ご
ま)をたいているのを見たことがあると思う。あれなどはまさにヒンズー教の儀式であって、それ
以外の何ものでもない。

むしろ釈迦自身は、「そういうことをするな」と教えている。(「バラモンよ、木片をたいて、清浄
になれると思ってはならない。なぜならこれは外面的なことであるから」(パーリ原典教会本「サ
ニュッタ・ニカーヤ」)と。

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●なぜ生きるかについて

 ではなぜ、私たちは生きるか、また生きる目的は何かということになる。釈迦はつぎのように
述べている。

 「つとめ励むのは、不死の境地である。怠りなまけるのは、死の足跡である。つとめ励む人は
死ぬことがない。怠りなまける人は、つねに死んでいる」(四・一)と述べた上、「素行が悪く、心
が乱れて一〇〇年生きるよりは、つねに清らかで徳行のある人が一日生きるほうがすぐれて
いる。愚かに迷い、心の乱れている人が、一〇〇年生きるよりは、つねに明らかな智慧あり思
い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。怠りなまけて、気力もなく一〇〇年生きるより
は、しっかりとつとめ励む人が一日生きるほうがすぐれている」(二四・三〜五)(中村元訳)と。

 要するに真理を求めて、懸命に生きろということになる。言いかえると、懸命に生きることは
美しい。しかしそうでない人は、そうでない。こうした生き方の差は、一〇年、二〇年ではわから
ないが、しかし人生も晩年になると、はっきりとしてくる。

 先日も、ある知人と、三〇年ぶりに会った。が、なつかしいはずなのに、そのなつかしさが、
どこにもない。会話をしてもかみ合わないばかりか、砂をかむような味気なさすら覚えた。話を
聞くと、その知人はこう言った。「土日は、たいていパチンコか釣り。読む新聞はスポーツ新聞
だけ」と。こういう人生からは何も生まれない。


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 少しきびしいことを書いてしまったが、仏教も、ほんの少しだけ視点を変えると、明るさがまし
てくるのではないか。またそれが本来の仏教ではないか。「どう、心安らかに死ぬか」というの
ではなく、「どう、明るく、前向きに生きるか」。それを教えているのが、私は仏教だと思っている
が……。

 この先は、またゆっくりと考えてみたい。少し、疲れた。
(05年9月24日)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●『きみに話す物語』(The Notebook)★★★★

 先ほど、ワイフと2人で、『きみに話す物語』を見た。よかった。後半部は、涙がポロポロ、ま
たポロポロ。

 私たちの年代の人間には、切実な映画である。

 三男は、この映画を、飛行機の中で、3度も見たそうだ。「すばらしい映画だった」と三男は言
っていた。

 星は、文句なしに、★が4つ。ワイフは、ビデオを見終わったあと、「久しぶりにいい映画を見
たわね」と、ポツリ。

 何というか、生きることにまつわる切なさというか、年をとることの切なさを、しみじみと考えさ
せられた。三男も同じような印象をもったらしいので、若い人たちにも、多分、理解できる映画
ではないかと思う。

 よかった。まだその余韻が、ジンと私の心の中に残っている。


●少し気になる話

 H君という、中学2年生の男子がいる。週1回、自宅へ、数学の勉強にきてくれている。その
H君だが、いつも、目をまっかに腫らしている。聞くと、「結膜炎だ」という。「放課後、運動場で
部活をしていると、結膜炎になる」という。

 日光性アレルギーというのは聞いたことがあるが、日光性結膜炎というのは、聞いたことがな
い。しかし日光性アレルギーというのがあるのだから、日光性結膜炎というのがあってもおかし
くない。紫外線は、いわば、放射線。そんな紫外線を大量に受ければ、目だって、どうなるか?

私「どうして、サングラスをかけないんだ?」
H「だれも、かけていないよ」
私「しかし強い日光に当たると、結膜炎になるんだろ?」
H「そう、みたい」
私「だったら、サングラスを、かけろよ。目がやられてしまうよ」と。

 私は、そのH君を見ながら、こんなふうに、考えた。

 もしその子どもが自分の子どもだったら、先生の指導も、ちがったものになるだろうな、と。他
人の子どもだから、どこか、いいかげん。そんな感じがした。

 しかしこれは、どんな教師でも、一度は、越えなければならない壁でもある。(自分の子ども)
と、(他人の子ども)を、隔(へだ)てる、壁。「自分の子どもは、自分の子ども」「他人の子ども
は、他人の子ども」と分けて考えていると、やがて、疲れてしまう。自己矛盾で、頭の中が、バラ
バラになってしまう。まじめに教育を考えれば考えるほど、そうなる。

 実は、私も、この問題で、悩んだ。他人の子どもに接するときの(私)と、自分の息子たちに
接する(私)が、別人のようになってしまったことがある。1年や2年ならよいが、それが5年、1
0年とつづくと、頭の中が、混乱してくる。ものを書いても、内容は、矛盾だらけ。

 そこである日を境に、務めて、(他人の子ども)(自分の息子)という考え方を、捨てるようにし
た。

 が、そのときは、それがうまくできなかった。しかし私の息子たちに、つぎからつぎへと問題が
起き、そうした苦労の中でもみくちゃになっているうちに、やがて、(他人の子ども)(私の息子)
という考え方が、少しずつ、消えていった。

私「あのなあ、だれもしていなくても、君には、サングラスが、必要だよ。わかっているの?」
H「サングラスってさあ、どこか悪人ぽくない?」
私「悪人だろうが、何だろうが、目は大切だよ。何なら、ぼくのうから、先生に電話してみてやろ
うか」
H「いいよ、パパに話すから……」と。

 このところ、これは私の年代の人間の話だが、原因不明の、目の難病がふえているという。
角膜そのものが病変を起こし、失明していく人も、多いと聞く。それらがすべて紫外線の影響と
は言えないが、しかし疑ってみる価値は、じゅうぶん、ある。

 ヒフが日焼けするように、目の粘膜も日焼けする。

 それにしても、無頓着すぎる。先生も、親も、そして社会も!

 紫外線警報が出たら、運動場での運動は、停止する。運動するにしても、日焼け防止はもち
ろんのこと、長いツバのある帽子をかぶり、サングラスをかける。今どき、こんなことは、常識
ではないのか。

 ちなみに、今どき野外活動か何かで、まっ赤に日焼けするなどということは、自殺的行為と言
ってもよい。私の周辺でも、何らかの対策を講じている学校は、一校もない。

オゾン層のオゾンが1%減少すると、有害な紫外線が2%増加し、皮膚がんの発生率が、4〜
6%も増加するという(岐阜県保健環境研究所)。

実際、オーストラリアでは、92年までの7年間だけをみても、皮膚がんによる死亡件数が、毎
年10%ずつふえている。日光性角皮症や白内障も急増している。そこでオーストラリアでは、
その季節になると、紫外線情報を流し、子どもたちに紫外線防止用の帽子とサングラスの着
用を義務づけている。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●オーストラリアの教育

 ワイフと長島ダム(静岡県大井川鉄道上流にあるダム)まで行き、帰りにまたトロッコ列車に
乗って、千頭(せんず)駅に戻った。そのトロッコ列車に乗ったとき、オーストラリアから来た鉄
道マニアの一行と一緒になった。

私が「マニア」という言葉を使うと、苦笑いをして、「エンシュージアシスト(熱心なファン)だよ」と
言って笑った。一行は二〇人ほどだったが、その中に、ブリスベーンの州立小学校(State S
chool)で校長代理(デピュティ・プリンシパル)をしている人がいた。名前をホプキンズと言っ
た。話は当然、教育の話になった。
 
 私が「日本には教科書の検定制度がある」と話すと、「何かの本で読んだことがある」と言っ
たあと、「アンビリーバブル(信じられない)」と言った。

「日本のような国が、教科書の検定制度をすることは考えられない」と。そこで私が「日本を旅
行していて、驚いたことは何」と聞くと、逆にいくつかの質問をしてきた。「どうして日本の子ども
たち(小学生)は、夜九時ごろになっても、制服を着て、町の中を歩いているのか」と。

私が「それは多分、塾へ行くところを見たのではないか」と言うと、「塾とは何か」「学校が終わ
ってから行くのか」「何を教えるのか」と、つぎつぎと質問をしてきた。

 私もいろいろ聞いた。「南オーストラリア州では、テキストすら使っていないと聞くが、クイーン
ズランド州ではどうか」「学校の教師は親に、住所や電話番号を教えるか」「虐待を見たらどう
するか」と。

 その答はこうだった。「テキストはあるが、ほとんどの教師は、ほとんど使っていない。自分で
くふうして、自分で用意している」「教師の電話番号は電話帳には載せないことになっている」
「精神的虐待や肉体的虐待を見たら、州政府に通報する義務はあるが、それ以上の責任は教
師にはない」と。

 おもしろいと思ったのは、オーストラリアほど自由な国はないと思っていたが、ホプキンズ氏
はこう言った。「私は教育の自由化のための運動をしている」と。

「今、教育は連邦政府と州政府と地方政府の三つの監督下に置かれている。これはおかし
い。教育は学校独自のベース(基礎)で、すべきだ」と。具体的には、教師の任命権、カリキュ
ラムの設定など、すべて学校独自がすべきだと。

私が「日本では、北海道から沖縄まで、すべて同じ教育をしている」と話すと、再び、「アンビリ
ーバブル」と言った。たまたま横で私たちの話を聞いていたオーストラリア人まで、「アンビリー
バブル」と言って、たがいに顔を見合わせた。国が違うと、教育に対する意識も、天と地ほど違
うようだ。

 ただオーストラリアでも、学力の低下が問題になっているとのこと。「お互いに情報を交換しよ
う」と約束して別れた。彼らの屈託のない陽気な様子を見ていると、ふと「ああ、私もオーストラ
リアに移住すればよかった」という思いが、胸を横切った。「どうして私は、この日本にいるの
か」と。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(908)

●すべて「空」

 大乗仏教といえば、「空(くう)」。この空の思想が、大乗仏教の根幹をなしているといっても過
言ではない。つまり、この世のすべてのものは、幻想にすぎなく、実体のあるものは、何もな
い、と。

 この話は、どこか、映画、『マトリックス』の世界と似ている。あるいは、コンピュータの中の世
界かもしれない。

 たとえば今、目の前に、コンピュータの画面がある。しかしそれを見ているのは、私の目。そ
のキーボードに触れているのは、私の手の指、ということになる。そしてその画面には、ただの
光の信号が集合されているだけ。

 私たちはそれを見て、感動し、ときに怒りを覚えたりする。

 しかし目から入ってくる視覚的刺激も、指で触れる触覚的刺激も、すべて神経を介在して、脳
に伝えられた信号にすぎない。「ある」と思うから、そこにあるだけ(?)。

 こうした「空」の思想を完成したのは、実は、釈迦ではない。釈迦滅後、数百年後を経て、紀
元後200年ごろ、竜樹(りゅうじゅ)という人によって、完成されたと言われている。釈迦の生誕
年については、諸説があるが、日本では、紀元前463年ごろとされている。

 ということは、私たちが現在、「大乗仏教」と呼んでいるところのものは、釈迦滅後、600年以
上もたってから、その形ができたということになる。そのころ、般若経や法華経などの、大乗経
典も、できあがっている。

 しかし竜樹の知恵を借りるまでもなく、私もこのところ、すべてのものは、空ではないかと思い
始めている。私という存在にしても、実体があると思っているだけで、実は、ひょっとしたら、何
もないのではないか、と。

 たとえば、ゆっくりと呼吸に合わせて上下するこの体にしても、ときどき、どうしてこれが私な
のかと思ってしまう。

 同じように、意識にしても、いつも、私というより、私でないものによって、動かされている。仏
教でも、そういった意識を、末那識(まなしき)、さらにその奥深くにあるものを、阿頼那識(あら
やしき)と呼んでいる。心理学でいう、無意識、もしくは深層心理と、同じに考えてよいのでは
(?)。

 こう考えていくと、肉体にせよ、精神にせよ、「私」である部分というのは、ほんの限られた部
分でしかないことがわかる。いくら「私は私だ」と声高に叫んでみても、だれかに、「本当にそう
か?」と聞かれたら、「私」そのものが、しぼんでしまう。

 さらに、生前の自分、死後の自分を思いやるとよい。生前の自分は、どこにいたのか。億年
の億倍の過去の間、私は、どこにいたのか。そしてもし私が死ねば、私は灰となって、この大
地に消える。と、同時に、この宇宙もろとも、すべてのものが、私とともに消える。

 そんなわけで、「すべてが空」と言われても、今の私は、すなおに、「そうだろうな」と思ってしま
う。ただ、誤解しないでほしいのは、だからといって、すべてのものが無意味であるとか、虚(む
な)しいとか言っているのではない。私が言いたいのは、その逆。

 私たちの(命)は、あまりにも、無意味で、虚しいものに毒されているのではないかということ。
私であって、私でないものに、振りまわされているのではないかということ。そういうものに振り
まわされれば振りまわされるほど、私たちは、自分の時間を、無駄にすることになる。

●自分をみがく

 そこで仏教では、修行を重んじる。その方法として、たとえば、八正道(はっしょうどう)があ
る。これについては、すでに何度も書いてきたので、ここでは省略する。正見、正思惟、正語、
正業、正命、正精進、正念、正定の8つをもって、八正道という。

 が、それでは足りないとして生まれたのが、六波羅密ということになる。六波羅密では、布
施、持戒、忍辱、精進、善定、知恵を、6つの徳目と位置づける。

 八正道が、どちらかというと、自己鍛錬のための修行法であるのに対して、六波羅密は、「布
施」という項目があることからもわかるように、より利他的である。

 しかし私は、こうしてものごとを、教条的に分類して考えるのは、あまり好きではない。こうした
教条で、すべてが語りつくされるとは思わないし、逆に、それ以外の、ものの考え方が否定され
てしまうという危険性もある。「まあ、そういう考え方もあるのだな」という程度で、よいのではな
いか。

 で、仏教では、「修行」という言葉をよく使う。で、その修行には、いろいろあるらしい。中に
は、わざと体や心を痛めつけてするものもあるという。怠(なま)けた体には、そういう修行も必
要かもしれない。しかし、私は、ごめん。

 大切なことは、ごくふつうの人間として、ごくふつうの生活をし、その生活を通して、その中で、
自分をみがいていくことではないか。悩んだり、苦しんだりしながらして、自分をみがいていくこ
とではないか。奇をてらった修行をしたからといって、その人の人格が高邁(こうまい)になると
か、そういうことはありえない。

 その一例というわけでもないが、よい例が、カルト教団の信者たちである。信者になったとた
ん、どこか世離れしたような笑みを浮かべて、さも自分は、すぐれた人物ですというような雰囲
気を漂わせる。「お前たち、凡人とは、ちがうのだ」と。

 だから私たちは、もっと自由に考えればよい。八正道や、六波羅密も参考にしながら、私たち
は、私たちで、それ以上のものを、考えればよい。こうした言葉の遊び(失礼!)に、こだわる
必要はない。少なくとも、今は、そういう時代ではない。

 私たちは、懸命に考えながら生きる。それが正しいとか、まちがっているとか、そんなことを
考える必要はない。その結果として、失敗もするだろう。ヘマもするだろう。まちがったこともす
るかもしれない。

 しかしそれが人間ではないか。不完全で未熟かもしれないが、自分の足で立つところに、
「私」がいる。無数のドラマもそこから生まれるし、そのドラマにこそ、人間が人間として、生きる
意味がある。

 今は、この程度のことしかわからない。このつづきは、もう少し頭を冷やしてから、考えてみた
い。
(050925記)
(はやし浩司 八正道 六波羅密 竜樹 大乗仏教 末那識 阿頼那識)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(909)

●非論理の世界

 非論理の世界というものが、どんな世界であるかは、今のK国を見れば、わかる。

 一時休会した6か国協議。再開してみると、K国は、突然、「軽水炉を建設しろ」と言い出し
た。「核の平和利用は、すべての国がもつ、固有の権利だ」とか何とか。一見、もっともらしい
正論(?)を、前にぶらさげた。

 で、すったもんだのあげく、他の5か国は、「核開発が完全に放棄されたあと、考えましょう」と
いうことになった。共同声明の文言も、そういう趣旨に沿ったものである。

 ところが、である。会議が終わったとたん、その翌日には、K国は、こう言い出した。「軽水炉
建設が先だ。核開発の放棄は、そのつぎだ」と。

 これには、韓国以外の国々が、あきれた。怒った。韓国だけは、「じゃあ、みんなで力を合わ
せて、作ってあげましょう」と言った。

 しかし、こんなバカげた解釈はない。ないことは、少しでも論理的に考えられる人なら、わかる
はず。

 そこで数日もすると、K国は、「軽水炉建設と、核廃棄は、同時進行」と言い出した。しかも、
今、K国は、ことあるごとに、ワーワーと大声をあげて、そう叫んでいる。その見苦しさは、ささ
いなことに因縁をつけ、自分を正当化しようとする暴力団のそれそのもの。

 YMさんの遺骨問題にしても、ニセ遺骨を日本側に渡しながら、つまりそのことについては、
一片も恥じることなく、「日本は、だれにも、見せないという約束を破ったではないか」と、理由
にもならない理由をあげて、騒いでいる。

 この異常までの、常軌を逸したおこがましさは、いったい、どこから生まれてくるのか?

 軽水炉にしても、そんなにほしければ、自分たちで作ればよいではないか。しかも平和目的
であるというのなら、電線くらい、自分たちで、ひいたらよいではないか! 戦車や飛行機を、
中国から買うお金があったら、食料くらい、自分たちで、買ったらよいではないか! 他国に甘
ったれるのも、もう、いいかげんにしろ!

 自分たちは、したい放題のことをし、言いたい放題のことを言っておきながら、他国が、ほん
の少しでも気に入らないことをしたり、言ったりすると、ギャーギャーと騒ぎまくる。この幼稚性
は、まさに、暴力団がもつ幼稚性、そのもの。

 あのK国を、まともに考えていると、こちらの頭まで、おかしくなってくる。頭の中の論理回路
が、バチバチと音をたてて、ショートする。

 つまりは、それくらい貧しい国ということか? 財政的には、もちろん、心の中身も、だ。

 が、それにしても理解できないのが、韓国。K国が、まだ何も、核開発を放棄するための行動
をとっていないのに、すでに1兆円規模の包括的援助計画を立てている。実行に移そうとして
いる。この韓国のはしゃぎぶりの中に、何かしらの、胡散(うさん)臭さを感ずるのは、果たして
私だけだろうか。

 表はともかくも、裏では、毎夜毎夜、韓国のN大統領と、K国の金xxは、内緒で、電話で話し
あっているのかもしれない。決して、ありえない話ではない。そう疑われてもしかたないような動
きは、いくつか、ある。

 たとえば6か国協議でアメリカ側の首席代表を務めたH代表について、H代表は、次回の会
議の前に、K国を訪問すると、韓国側が、突然、発表した。それを受けて、すぐK国側は、「歓
迎する」と。

 ブッシュ大統領の訪朝問題にしても、そうだ。どこか、おかしなところで、息が、合いすぎてい
る?

 今のところ、アメリカの国務省は、「そういった計画はない」と、さかんに否定しているが、韓国
とK国は、「訪問する」と、ワーワーと騒いでいる。つまりそう騒ぐことによって、既成事実化しよ
うとしている。

 この先、アメリカが、さらに強くそれを否定すれば、あたかも、アメリカが、話しあいをぶちこわ
したかのような印象を、国際社会に与えることができる。やり方が、小ズルイというか、姑息(こ
そく)。

 しかしそれにしても、先の6か国協議で、そのアメリカを逆説得してしまった日本の外交姿勢
には、あきれるばかり。かえってアメリカを、逆5対1の関係で、追いこんでしまった。それまで
は、アメリカは、軽水炉建設については、がんとして拒否していた。が、先に日本が、それを認
め、ついでアメリカの説得に、とりかかった。

 最後の最後まで、仮にアメリカが賛成しても、反対に回るべきだった日本。体を張ってでも反
対すべきだった日本。その日本が、先に折れてしまった。その結果、アメリカの腰がくだけてし
まった。

 その結果が、今である。

 「日本は、軽水炉を核開発放棄が同時だと言った覚えはない」と、今さらそれを言ったところ
で、あとの祭り。そういうささいな言葉じりをつかまえて、ワーワーと騒ぎ、そしてそれをやがて
既成事実化していく。それがあのK国なのだ。

 もともと論理の通ずる国ではない。しかしそんなことは、日本の外務省は、百も承知のはずで
はなかったのか。お粗末! 本当にお粗末!

 で、この10月に、またまた日朝会談が、P市で行われるという。K国側は、「拉致問題につい
ては、いっさい、話しあわない」と、先にクギを刺してきている。ならば、なぜ、今、おめおめと、
P市にでかけていくのか。相手(様)は、「会ってやってもいいだろう。しかし会談の目的は、戦
争中の補償問題だ」と言っている。

 だったら、日本も、こう言うべきではないのか。

 「核開発放棄をしないかぎり、戦後補償問題の議論にも、応じられない」と。なぜなら、彼らは
かねてから、「核兵器の開発は、日本向け」と、何度も公言しているからである。
(この記事は、05年9月24日に書いたものです。発表時には、国際情勢は、大きく変化してい
ると思われます。)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●もうすぐ58歳

 もうすぐ、満58歳になる。「もうすぐ」というのは、このマガジンが、読者のみなさんに届くころ
に、である。

 その58歳。58歳かあ?、と思ってみたり、58歳ねえ?、と思ってみたりする。50代と言え
ば、まだ若い感じがする。が、あと2年で、60歳かと思うと、ジジ臭い感じもする。

 ところで今日、あの愛知万博が、閉会式を迎えた。たまたま外出先で、この原稿を書いてい
るので、その様子はわからない。何でも、大成功だったようだ。よかったと思っている。心配し
ていたテロ活動も、なかった。

 で、改めて、58歳について、考えてみる。……というより、走馬灯のように、過去の思い出
が、今、つぎからつぎへと、頭の中を横切っていく。が、おかしなもので、走馬灯は、走馬灯。そ
れらは、まるで、陽炎(かげろう)のようでさえある。

 つかみどころがなく、実感がない。こうした現象は、記憶というものが、多分に、脳みその表
面を、うわすべりしているために起こるのではないか。加えて、考えてみれば、私の人生は、平
凡だった。平凡過ぎるほど、平凡だった。だから、どれも、これも、陽炎のようになってしまう。

 つらいことや、心苦しいことは、現在も進行中。とくに楽しかったことも、なかったように、思
う。「平凡の価値は、なくしてはじめてわかる」と説く人もいる。ハハハ。そう説くのは、実は、こ
の私だが、ある哲学者は、「平凡こそ美徳である」と書いている。

 平凡であることは、悪いことではない。しかしあまりよいことでもない。

この8年間、つまり満50歳になったとき、あれほど、「がんばるぞ!」と、力んで宣言はしたもの
の、結局は、何もできなかった。8年前の私も、今の私も、同じ。かえって体力や知力は、衰え
てしまった。集中力も弱くなった。が、何よりも気になるのは、ものの考え方が、どこか投げやり
になってきたこと。

 深刻な問題が目の前にぶらさがっていても、「まあ、いいや」と思うことが、多くなった。こうい
うのを、ニヒリズムというらしい。虚無主義とも訳す。こうした傾向は、これから先、ますます強く
なるかもしれない。

 で、つい今しがたまで、文G春秋・10月号を読んでいた。「日本の選択」が、特集されていた。
で、読めば読むほど、暗い気分になってしまった。途中で、読むのをやめた。私がこういうばし
ょで、いくら声高に叫んでも、また、文G春秋のような雑誌の中で、日本を代表するような弁士
たちが、いくら叫んでも、この日本は、変わらない。

 みなさん、異口同音に、日本の官僚主義を批評している。が、日本の官僚主義は、今に始ま
ったことではない。奈良時代の昔から、ずっとつづいている。何と言っても、歴史が長い。根が
深い。だいたいにおいて、役人(国家公務員)の数そのものが、いまだによくわからないという。
計算のし方によって、ちがうという。しかしこんなおかしなことが、あってよいものか。

 たとえば、国家公務員の数にしても、61万5200人(財務省)とか、95万8000人(総務省と
人事省)とか、など。たしか国家公務員法の総定員法によれば、国家公務員の定員は、33万
1984人だったはずだが……。

 あとは、パラパラとあちこちの記事を拾い読み。どこか読み方が浅くなったのは、やはり集中
力が弱くなったせいかもしれない。が、その中でも、館野I氏の手記だけは、私の心をしっかりと
とらえた。

 館野氏は、ピアニスト。その館野氏は、65歳のとき、フィンランドで演奏中に、脳溢血(のうい
っけつ)で倒れている。そしてそのあと、右半身が麻痺。以後、リハビリにリハビリを重ねて、今
回の、「奇跡の音、左手だけのピアニスト」(題名)という、手記を書いた。よかった。感動した。

 こういう話は、ジンと胸に響く。心のどこかで、「明日は、我が身」と思うためかもしれない。自
分では、「ぼくは、まだ健康だ」と言って聞かせるが、このところ、その声にも、元気がなくなって
きた。

 で、問題は、満58歳から、60歳まで、どう生きるか、だ。

 そうそう今朝、こんな愉快なニュースが、飛びこんできた。今度、HPの方で、動画ビデオを見
てもらえるようにした。すでに見た方も、多いと思う。その中で、浜松のK神社の、秋の彼岸会
の様子を紹介した。それについて、カナダにある、Gというテレビ局から、DVDに録画したよう
なものがあれば、すべて送ってほしいという依頼が、届いた。

 もちろん、返事は、NO! 返事の書きようがない。私がとったのは、デジカメ。DVDに残すよ
うな、高画質の映像ではない。20代、30代のころだったら、喜んで応じたのだろうが……。あ
るいは特派員を、買って出たかもしれない。今は、そういうことをするのが、めんどうに感ずる
ようになった。

 しかしこれから先、こういう形で、インターネットは、ますます国際化していくことだろう。……と
いうことは、日本語ではだめで、英語をもっと使わなければならない。そうだ、そうしよう!

 で、数日前に読んだ新聞記事によると、何でも新しいことには、挑戦したほうがよいそうだ。
そうすることによって、シータ波という波、(実際には、どんな波か知らないが……)、それが大
量に脳みその中で発生して、脳細胞を活性化させるそうだ。

 が、こんなことは、幼児教育の世界では、常識。何でも「やる!」「やりたい!」と食いついてく
る子どもは、伸びる。そうでない子どもは、伸びない。それを科学的に証明したところが、すご
い。

 とりあえず、今、やりたいこと。

(1)今、使っている愛用のパソコンに、外づけのDVD、R/W装置をつける。
(2)ビデオカメラを購入して、本格的にビデオ編集をしてみる。
(3)10月から、新しい生徒がたくさん入ってくるので、仕事面でがんばる。
(4)1000号まで、マガジンをつづける。

 ……と、書いてみたが、何でもないことばかり。こんなことをして、何になるのだろう。このまま
では、満60歳になったときも、ひょっとしたら、同じことを書いているかもしれない。

 「結局は、何も、できなかった……」と。

 まあ、何とか、それまで今の健康が維持できれば、御の字。もう欲は出さない。無理はしな
い。

【補記】

 マガジンを1000号まで出すというのが、こんなにもたいへんなことだとは思ってもみなかっ
た。しかし、今、確実に、それが私の生きがいになりつつある。

 今日も、こんなことがあった。

 理由は、ともかくも、昨夜から、いやなことが重なった。気分的にかなり落ちこんでいた。が、
マガジンの編集画面をのぞいてみると、読者が、4人もふえていた。私はその数字をじっと見
たまま、数分をすごした。うれしかった。目頭がジンと熱くなった。

 こういうときというのは、本当に、励まされる。この数年間、いろいろあったが、「マガジンを出
していてよかった」と、心底、そう思った。

 書くだけが、生きがいではない。私の文章を読んでくれる人がいることが、生きがいである。
今朝、改めて、それがよくわかった。

 読者のみなさん、ありがとうございます。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●不適切な対処

+++++++++++++++++

S県に住む、母親から、引きこもりに
ついての、相談があった。その相談を
読んでいるとき、10年前に経験した
A君(高校生)を思い出した。

そのA君について、書く。

+++++++++++++++++

 子どもに、何か、心の問題があったとしよう。よくあることである。しかしそのとき、親の不適
切な対処のし方が、かえって、子どもの心の問題を、こじらせてしまうということも、これまたよく
あることである。

 10年近くも前のこと。高校3年生になったばかりの、ある男子(A君)が、ある日を境に、自分
の部屋の中に引きこもるようになってしまった。人との接触を避け、昼と夜を、逆転したような
生活を始めるようになった。

 家族とも、口をきくことはなかった。

 母親は、息子を説得して、精神科へ連れていった。何種類かの薬を処方してもらった。が、
母親は、薬をのめば、数日で、長くても、1、2週間のうちに、「治る」と考えていた。

 しかしそんな簡単な病気ではない。ないことは、1例でも、引きこもりの子どもの指導をしたこ
とがある人なら、わかる。とくに青年期の引きこもりは、数年から10年近くつづくことが多い。

 が、その母親には、それがわからない。

 子どもの目を盗んでは、子どもの部屋を掃除したり、窓のカーテンを開けたりした。私が、「何
もしないで、放っておくのがいい。勝手に、子どもの部屋に入ってはいけない」とアドバイスした
が、何を言っても、反論、また反論。

私「掃除をしてはだめですよ」
母「でも、部屋がきたなくなります」
私「ゴミは、そのままにしておけばいい」
母「コンビニで買ってきた、袋が、散乱しています」
私「それでも、放っておくのです」と。

 電話で、こんな問答が、毎日のようにつづいた。

 私には、その子どもが、なぜ引きこもるようになったか、その理由がわかっていた。母親は、
毎日、毎晩、子どもと顔を合わせるたびに、「進学はどうするの?」「どこの大学にするの?」
「成績はどうなっているの?」と、そんな話ばかりしていた。

 家庭の中に、子どもの居場所がなかった。

 で、そんなとき、事件は、起きた。その子どもは、釣りが趣味だった。で、ときどき、母親のサ
イフから、お金を盗んで、ルア(疑似餌)を買い集めていた。それを母親に見つかってしまった。

 激怒した母親は、子どもが学校へ行っている間に、釣り道具はもちろん、ルアを、すべて箱
へつめて、小屋の中へしまってしまった。カギもかけた。「大学へ入るまでは、釣りはさせな
い!」と。

 もともと自閉傾向の見られた子どもである。そのルアについても、6歳、年下の弟がいたのだ
が、その弟が、ルアにさわっただけでも、その子どもは、パニック状態になってしまった。その
子どもの様子は、その日を境に変わってしまった。

 で、何とか、風呂には入ったが、母親は、目ざとくそれを見つけ、「髪が洗っていない」「まだ
臭い」「ヒゲを剃りなさい」と。ことこまかく、子どもを注意した。夜中に、少しでも外出しようとす
ると、母親は、飛び起きて、子どものあとを、追いかけたりした。

 こう書くと、その母親の神経質ぶりが、うまく理解してもらえないかもしれないが、あるとき、こ
んなことがあった。

 たまたま、母親と、子どもが、私の自宅に相談にやってきたので、その子どもを間にはさん
で、母親、子ども、そして私が一列に並んで、話をした。

 そのときのこと。母親の視線が、その子どもの体を貫いて、私のところにまでやってくるので
ある。私の心を射抜くような鋭い、視線である。ピリピリというよりは、ヤリで刺すような視線で
ある。

 で、体を前に出して、母親の顔を見ると、口を閉じたまま、柔和な顔をしている。しかし目は、
死んだ魚のそれのよう。どこか宙を見つめて、動かない。そして子どもが何かを言おうと、モジ
モジするたびに、それをさえぎって、口をはさんだ。子どもは、萎縮したままだった。

 異常な過関心。過干渉。それに代償的過保護。ふつう過保護というと、その根底に、温もり
のある愛がある。しかし代償的過保護には、それがない。子どもを自分の支配下において、自
分の思いどおりにしたいというのが、代償的過保護。子どもに勉強を強いるのも、結局は、自
分の不安や心配を解消するため。

 私は母親の心の冷たさに、ゾッとした。

 さらに、母親には、心の問題を理解するだけの、知力もなかった。私に向って、「心なんて、も
ちようですよねえ、先生。だったら、息子にそう言ってくださいよ」「こんなのは、わがままです
よ。受験も近いし、勉強がいやだから、逃げているだけですよ」と。

 で、私がルアの問題に触れ、「ルアを、片づけてしまったのは、まずかったと思います」と言う
と、「どうせ、釣りには行けないのですよ」「引き出しの中には、まだ5、6個も残っているのです
よ」と。

 つぎつぎと、反論してくる。しかもペラペラと間断なく、である。

 こういうケースでは、最悪のコースをたどる。理由は、簡単。母親の愛情そのものに、問題が
あった。あったというより、子どもを愛するという、「愛」そのものが、欠落していた。

 その母親は、子どもを、明らかに嫌っていた。が、母親自身は、「子どもが心配です」「私は、
人一倍、子どもを愛しています」と言った。そして子どもに向っては、「あなたのことを心配して
いるのよ」「どうして、あなたには、それが理解できないの!」と。

 こんなことを毎日繰りかえしていたら、症状は、ますますこじれる。仮に数年でなおるはずだ
った引きこもりにしても、10年単位でつづく。あるいは、それではすまないかもしれない。

 子どもの問題では、無知は、罪悪と考えてよい。さらにその母親のばあい、考えるという習慣
そのものが、なかった。ここにも書いたように、うるさいほど、よくしゃべる。自分の正当性を訴
え、自分の苦労話を訴える。しかしどれも表面的な話ばかり。その上、話している内容も、その
つど、クルクル変わる。とらえどころがない。一つのことを説明し終わらないうちに、別の問題を
もちだしてくる。

 私が何かをアドバイスしても、ああでもない、こういでもないと、それをはね返してしまう。そし
て、「精神科の先生は、こう言いました」「学校の先生は、こう言いました」「友だちと話している
ときは、ふつうです」と。

 こういうケースでは、私にできることにも、限界がある。一度は、夜中に電話がかかってきた
こともある。そのときも、その母親は、30分ほど、一方的に、あれこれ話すだけ。しかも内容が
こまかい。「汚れたシャツを、洗濯機の上に置いておいたら、それをまた着てしまった」「脱ぐよ
うに注意したら、それを破ってしまった」と。

 で、途中で、「今夜は、疲れていますから、またのときに電話をしてください」と言うと、突然、
電話口で泣き崩れてしまい、「話くらい、聞いてください!」と。

 今回、相談のあった人と、この話は、関係ない。ただ、その相談の人のメールを読んでいると
き、あのときのA君を思い出したので、ここに書きとめた。

 なお、この数年前から、こうした電話相談は、すべて断っている。そのための時間をとるの
が、たいへんむずかしい。体力的にも、限界を感ずるようになった。それで断っている。
(はやし浩司 引きこもり 親の無知 無理解)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ウソの連鎖性

+++++++++++++++++++

タヌキとキツネの化かしあい。
キツネとタヌキの化かしあい。

どちらが先で、どちらがあとでも
かわまわない。

しかし、そういう世界は、現実にある。
そしてそういう世界にいると、何がなんだか、
さっぱり、わけがわからなくなる。

これをウソの呼応性という。

++++++++++++++++++++

 Aさん(女性50歳くらい)は、私にこう言った。「私、今度、クラブの人たちと、九州へ行くことに
なった。でも、あのMさんが旅行に行くなら、行きたくない。だから、当日は、法事があるから行
けないと言って、断っちゃった」と。

 つまりAさんは、ウソを言ったことになる。行きたくなければ、「行きたくない」と言えばよい。M
さんと行きたくなかったら、「Mさんとは、行きたくない」と言えばよい。しかしそれを言うと、当
然、その理由を聞かれる。わずらわしい。

 理由を聞かれれば、Aさんは、「Mさんが、嫌いだから」と答えなければならない。しかしそん
なことを言えば、人間関係に、ヒビが入る。

 そこでAさんは、「法事があるから」と、ウソの理由を言った。

 こういうウソは、多い。とくに、この日本では、多い。日本人は、本音と建て前を、うまく使いわ
ける。日本民族がもつ、独特の風習の一つととらえる人もいる。「ウソも方便」と、ウソそのもの
を肯定する人も、少なくない。

 で、それはさておき、そういう話を聞いた、私は、どう判断すればよいのかという問題が起き
てくる。つぎの二つのケースが、考えられる。

(1)Aさんは、私に、秘密の暴露をしてくれた。つまり私を信用して、私にそう話してくれた。だ
からAさんは、正直な人だ。私にだけは、ウソをつかないだろう。

(2)Aさんは、日常的に、そういったウソを平気でつく人だ。これからAさんと話すときは、気を
つけよう。

 ところが人間の脳ミソは、それほど、器用にはできていない。一人の人間が、Xさんに対して
は、正直で、Yさんに対しては、ウソを平気でつく……というようなことはできない。自分の頭を、
そのつど、切りかえることは、できない。そんなことを繰りかえしていると、脳ミソのほうが、疲れ
てしまう。

 こういうケースでは、(2)のほうが、正解ということになる。Aさんは、あなたに対しても、平気
でウソをつく。たとえば、Aさんが、本当に旅行に行きたくなかった理由は、その費用を用意で
きなかったからだ。だから、「法事がある」とウソを言った。さらに「Mさんが行くから行かない」
とウソを言った。それを知ったら、あなたは、どう思うだろうか。

 つまりこうしたウソには、二重性、三重性がある。これを(1)ウソの多重性という。一つのウソ
をつく人は、その上に、二つも、三つも、ウソを重ねて、ウソをつく。

 ……というようなことは、常識だが、さらに問題がつづく。

 こうしたウソを平気でつく人と交際していると、こちらまでウソをつかなければならなくなる。建
て前には、建て前で、答えるしかない。へたに、ひとり、正直を貫けば、こちらのほうが、その社
会から、はじき飛ばされてしまう。

 こうしたウソにウソが連なることを、(2)ウソの連鎖性という。で、このウソの連鎖を繰りかえ
していると、それこそ、まさにキツネとタヌキの化かしあいといった状態が生まれる。そして一
度、こういう世界に巻きこまれると、何がなんだか、訳が、さっぱり、わからなくなってしまう。

 具体的な例で考えてみよう。もちろん、これから書く話は、フィクションである。

 Zさんが、「今度の連休に、ウチに遊びにこない?」と言ったとする。ところが、Zさんは、私を
嫌っているはず。そこでその下心を、あれこれ考える。しかもつい先日は、私に、こう言った。

 「あのBさんね、この前の日曜日に、うちへ来たのよ。あの大雨の日よ。おかげで、家の中が
ベタベタになってしまったわ」と。

 しかしZさんは、Bさんとは仲が悪かったはず。少なくとも、Bさんは、Zさんの悪口ばかり言っ
ている。「遊びに行ったけど、Zさんは、何も接待してくれなかった」「Zさんは、口はうまいが、怠
け者だ。近所の人にも、嫌われているそうよ」と。

 もうそれだけで、頭の中が、混乱してしまう。何が本当で、何がウソか、わからなくなってしま
う。だれも、本当のことを言わない。Bさんが言った、「何も接待してくれなかった」「近所の人に
も嫌われている」という話にしても、疑わしい。それが本当かどうかさえも、わからない。

 だから、今度は、私自身も、自分の本音を隠すようになってしまう。「ああ、そうですか。それ
はたいへんでしたね」と。

 こうして一つのウソが、つぎのウソを呼び、そしてやがてそれがウソの洪水となって、自分に
襲いかかってくる。ウソには、ウソで答えるしかない。で、概して言えば、農村へ行けば行くほ
ど、ウソが多くなる。(もちろん、みながみながそうというのではない。しかし全体として比較して
みると、その傾向は強い。)

 もちろんそういう農村で生まれ育った人には、それでよい。それはある意味で、居心地のよい
社会でもある。そういう社会では、波風をたてるよりも、万事、まるく、穏便にすますことのほう
が、優先される。

 しかし世の中には、ウソが嫌いな人間もいる。そういう人間にしてみれば、そういう人間関係
は、苦痛でしかない。そういう社会では、あらゆる方面に、神経を張りめぐらさなければ、ならな
い。

 が、これも疲れる。本当に、疲れる。

 そんなわけで、ウソが当たり前の社会には、ウソをつく人たちが集まり、正直が当たり前の社
会には、正直な人たちが集まる。こうして長い時間をかけて、社会というより、その人たちが住
む世界は、二極化される。

【補記】

 正直に生きている人には、ウソの世界が、理解できない。ウソをウソと見抜けないことも多
い。が、その分だけ、他人のウソでキズつきやすい。

 一方、ウソになれている人は、ウソをつくことに、良心の呵責(かしゃく)を覚えない。ウソをつ
いているという自覚すらないことも多い。あるいはウソでごまかしても、それでその場をうまくや
りすごしたりすると、ウソも方便などと言って、自分を正当化してしまう。

 そのウソについて、ウソには、ここに書いた、(1)ウソの多重性、(2)ウソの連鎖性のほか、
(3)ウソの中毒性(ウソをつくことに、快感を覚えるようになる)、(4)ウソの鈍麻性(ウソをつい
ている自覚すらなくなる)、(5)ウソの呼応性(ウソには、ウソで答える)などがある。
(はやし浩司 嘘の多重性 嘘の特徴 ウソの呼応性 ウソの中毒性 子供の嘘)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ターゲットの移動

 よく、不登校児がみせる症状の一つに、「ターゲットの移動」がある。この「ターゲットの移動」
という名前は、私がつけた。

 たとえばある時期、友だちなら、その友だちの悪口ばかりを並べる。「A君がいじめる」「A君
が無視する」「A君が意地悪をする」と。

 そこで親は学校にでかけ、自分の子どもから、A君を遠ざけてもらおうとする。「うちの子が、
学校へ行きたがらないのは、A君のせい」と。

 そこで、先生は、その子どもからA君を遠ざける。が、しばらくすると、今度は、その子ども
は、「先生が嫌いだ」「先生が、ぼくだけを目のカタキにする」とか言いだす。親は、A君の問題
で、先生が気分を悪くしたと考え、また学校へ行く。

 先生は、親に、頭をさげてあやまる。身に覚えがなくても、どこかで誤解を招くようなことをして
しまったかもしれない。そういう思いがあるから、頭をさげる。

 しかしまたしばらくすると、その子どもは、今度は、「B君が、いじめるから、学校へ行くのはい
やだ」と言い出す。

 こうしてそのつど、子どもの言うことが、クルクルと変わる。親は親で、子どもが口にする理由
に、振りまわされる。このように、子どもが口にするターゲットが、そのつどクルクル変わること
を、「ターゲットの移動」という。

 ターゲットの移動は、いろいろな場面で、見られる。本当の理由を隠しながら、あれこれ別の
理由を並べるときに、それが起きる。先のA君のケースでも、A君は、要するに、学校へ行きた
くないのだ。それをごまかしながら、(あるいは本人自身も、その理由がわかっていないことも
あるが)、あれこれと理由をつくるから、そうなる。

 それが顕著に現れるのが、たとえば、塾。子どもは塾などをやめたくなったようなときでも、決
して、(「決して」と断言してもよい)、「塾へ行きたくない」とは言わない。成績がさがれば、なお
さらである。

 「先生が、まじめに教えてくれない」「ぼくが質問をしても、先生は、無視した」などと言う。親を
して、「そんな塾なら、やめなさい」と言うように、しむける。(中には、「もっとむずかしい勉強を
してみたい。今の塾はレベルが低すぎる」「みなが、騒いでいて、静かに勉強できない」などと
訴えることもある。)

 逆の例も、ある。

 たとえば私が、子どもに向かって、「A中学校は無理だから、C中学校にしたらどう?」と言っ
たとする。しかしそういう話は、子どもは、親には、絶対に伝えない。子どもは、「うちの子は、
やればできるはず」と、親に思わせておくことによって、自分の立場を守ろうとする。親を失望さ
せるようなことを言えば、子どもは、自分の立場を、失うことになる。

 その子どもができそうにもないような、難解なワークブックをもっているときも、そうだ。「この
ワークブックは無理だから、お母さんに言って、とりかえてもらいなさい」と、私が言っても、正直
に、それを母親に伝える子どもは、まず、いない。答を丸写しにしてでも、できたフリをして、ご
まかそうとする。

 こうした一連の現象は、子ども独特の心理のなせるわざ、と考えてよい。

 子どもを疑えというわけではないが、そんなわけで、子どもが口にする不平と不満は、じゅう
ぶん、疑ってかかってみたほうがよい。「その奥に何があるか?」という見方で、考える。でない
と、子どもが口にする理由で、あれこれ振りまわされることになる。

 さらにこんな例を、最近、耳にした。

 ある妻が、ワイフに会うたびに、その夫の悪口を言うという。「あれが悪い」「ここが悪い」と。
しかも、その理由というのが、理由にならないような理由だそうだ。「顔を拭くタオルと、食器を
拭くタオルを、使いわけてくれない」「トイレの便器の周囲をよごす」「日曜日は、家の中で、ゴロ
ゴロしている」などなど。よくその妻が、車で夫の送り迎えをすることもあるというが、それにつ
いても、「車の後部座席で、横になって寝ているだけ。いやになっちゃう。まるで私を運転手の
ようにしか思っていないのよ」と。

 ワイフは、「そんなことで……?」と思いながらも、「いろんなふうに考える人がいるものだ」と、
自分を納得させたという。

 しかしつまりは、その妻は、夫のことを嫌っているのだ。しかし「嫌い」とは言えない。自分で
も、嫌いだとは、思っていない。しかし心の奥底では、夫を嫌っている。その心の奥底の思い
が、姿を変えて、不平、不満となって口から出てくる。

 もしあなたの子どもが、(あなた自身でもよいが……)、こまかい理由を並べて、あれこれと不
平、不満を並べるようになったら、なぜそういうことを言うのか、その心の奥をさぐってみるとよ
い。その心の奥に潜む問題をさぐらないかぎり、こうした問題は、解決しない。
(はやし浩司 ターゲットの移動)


++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ある離婚

 知人の息子(長男)が、離婚した。今年、32歳。小学生の子どもが、2人いた。2人の子ども
は、妻のほうが、引き取った。家裁での調停の結果、月に2度だけ、知人の息子は、自分の子
どもたちに会えるという。もちろん養育費は、その息子が払うことになった。

 (これには、「養育費をきちんと払わなければ、子どもに会わせないぞ」という、妻側の戦略的
意味がこめられているのかもしれない。)

 知人は、いろいろと息子をかばっていたが、理由の第一は、どうやら、息子の不倫らしい。そ
の息子は、結婚前から、別の女性とつきあっていた。今回離婚した妻とは、いわゆる「できちゃ
った婚」。だから、一応、それまでつきあっていた女性とは別れた。が、しばらくして、その関係
が、復活。それで不倫、離婚ということになった。

 ……というケースは、多い。そう言えば、イギリスの王室でも、似たようなことがあった。その
王室でさえ、王子の恋心を、封じこめることができなかった。いわんや、私たち、庶民をや!

 で、今、本当に相思相愛で、財産も立場も忘れて結婚するカップルなどというのは、いった
い、どれくらいいるのだろうか。それに、相思相愛といっても、レベルがある。「まあまあ好き」と
いう段階から、「命がけ」というのまで、ある。

 しかしどの段階であるにせよ、そのあとの夫婦という一つの形を作りあげていくのは、あくま
でもその2人である。結婚は、あくまでも、そのスタートにすぎない。大恋愛の末、結婚したから
といって、すばらしい夫婦になるとは、かぎらない。

しかし妻や夫以外に、ほかに好きな異性ができたばあいは、話は別。心というのは、それほど
器用にできていない。2人の人を同時に愛するなどということは、できない。家の中では妻を愛
し、家の外では愛人を愛するなどということとなると、さらにむずかしい。これには、男も、女も
ない。

 知人の息子のばあいは、相手の女性から、毎日のように携帯電話にメールが、入っていたと
いう。それで「息子は、相手の女に、そそのかされてしまった」(知人の言葉)ということらしい。

 まあ、離婚するのは、そのカップルの勝手だが、知人が、親として受けた心の痛手は、相当
なものだったらしい。それまで「孫」とかわいがっていた子どもが、半分以上、他人となるわけだ
から、当然といえば、当然。実の子どもと別れるのと同じくらい、つらいことだったにちがいな
い。

 さらにその2人の子どもについても、同じことが言える。それまで「お父さん」と呼んでいた人
に、自由に会えなくなる。「何とかならなかったものか?」と、私は考えるが、男と女の問題は、
どうこまでいっても、当人たちの問題。他人の私たちがとやかく言っても、はじまらない。

 で、こういう問題は、さっさと見切りをつけて、先に進むのがよい。どうも、それが正解のよう
である。が、それにも、問題がある。

 で、かりに、知人の息子が、結婚前からつきあっていた女性と、再婚したとする。多分、そう
いうことになるのだろう。が、それで、その息子は、幸福になれるのかという問題も、残る。私の
知るかぎり、こういう状況で再婚しても、たいてい、うまくいかない。

 別の人の不幸の上に成りたった幸福というのは、まさに砂上の楼閣。崩れるときは、簡単に
崩れる。それだけではない。

 逆境であればあるほど、恋心は、燃えあがる。しかしその逆境が消えたとたん、恋心も、消え
る。(心理学の世界でも、それは証明されている。)それで、「めでたし、めでたし」というわけに
は、いかない。

 しかし今は、結婚するのも、離婚するのも、簡単。昔とは、結婚に対する考え方も、とらえか
たも、ちがう。少なくとも、今の若い人たちは、私たちの世代とは、ちがった意識をもっている。
だから私の個人的な常識をもとに、知人の息子の離婚について、あれこれ論ずるのは、正しく
ない。意外と今ごろは、別れた元妻も、2人の子どもたちも、そしてその知人夫婦も、サバサバ
とした気分でいるかもしれない。

 ただ一つ気になるのは、その息子だが、離婚と同時に、職を去り、今は、実家である知人の
家で、ブラブラしているという。これから先、どやって養育費を払っていくのだろう。他人のことと
はいえ、それだけは、少し気になる。

【補記】

 私たち夫婦のばあいも、何度も離婚の危機を迎えたことがある。いきさつはともかくも、離婚
しなかった理由は、いくつかある。が、その中でも最大の理由は、仕事をいっしょにしていたこ
と。「私は私で、ワイフはワイフで、どちらか一方がいなくなったら、その日から、どちらも路頭に
迷うことになる」と。そんなことを考えたら、離婚できなくなってしまった。

 それに私にも、ワイフにも、愛人問題がからんでくるような事件は、なかった。ただ、ワイフに
は、ずっと好きな男がいた。しかしその男というのは、俳優の中村M男。しょせん、手の届かな
い相手だった。

が、ことあるごとに、「中村M男、中村M男」と、うるさいほどだった。テレビに、中村M男の顔が
出てくると、ワイフの目つきが変わったのを、よく覚えている。

で、ある日、私は、その中村M男が、実は、ツルツルのヘアレス頭で、いつもカツラをかぶって
いることを知った。どこかのカツラ会社のコマーシャルに出たのが、運のツキ。私は、それをワ
イフに話してやった。おもしろおかしく、話してやった。で、ワイフは、最初は、そのことを信じよ
うとしなかった。が、自分でそのコマーシャルを見た。かなりのショックを受けた。それからは、
ワイフは、中村M男の話はしなくなった。ハハハ。

そのせいかどうかは知らないが、ワイフは、よく私の頭の毛を見ながら、よくこう言う。「あなた
の髪の毛は、どうして今でも黒々としているのかしら。ぜんぜん、ハゲないのもおかしいわ」と。

 もし私の頭がハゲたら、即、ワイフは、私と離婚すると言い出すかもしれない。その可能性
は、たいへん高い。何といっても、ワイフは、髪の毛に、大きなこだわりをもっているから……。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(910)

【ゲーム脳】

++++++++++++++++++++++

ゲームばかりしていると、脳ミソがおかしくなるぞ!

+++++++++++++++++++++++

最近、急に脚光を浴びてきた話題に、「ゲーム脳」がある。ゲームづけになった脳ミソを「ゲー
ム脳」いう。このタイプの脳ミソには、特異的な特徴がみられるという。しかし、「ゲーム脳」と
は、何か。NEWS WEB JAPANは、つぎのように報道している(05年8月11日)。

『脳の中で、約35%をしめる前頭葉の中に、前頭前野(人間の拳程の大きさで、記憶、感情、
集団でのコミュニケーション、創造性、学習、そして感情の制御や、犯罪の抑制をも司る部分)
という、さまざまな命令を身体全体に出す司令塔がある。

この司令塔が、ゲームや携帯メール、過激な映画やビデオ、テレビなどに熱中しすぎると働か
なくなり、いわゆる「ゲーム脳」と呼ばれる状態になるという。それを科学的に証明したのが、日
大大学院の森教授である』(以上、NEWS WEB JAPAN※)。

 つまりゲーム脳になると、管理能力全般にわたって、影響が出てくるというわけである。この
ゲーム脳については、すでに、さまざまな分野で話題になっているから、ここでは、省略する。
要するに、子どもは、ゲームづけにしてはいけないということ。

 が、私がここで書きたいのは、そのことではない。

 この日本では、(世界でもそうかもしれないが)、ゲームを批判したり、批評したりすると、もの
すごい抗議が殺到するということ。上記のK教授のもとにも、「多くのいやがらせが、殺到してい
る」(同)という。

 考えてみれば、これは、おかしなことではないか。たかがゲームではないか(失礼!)。どうし
てそのゲームのもつ問題性を指摘しただけで、抗議の嵐が、わき起こるのか?

 K教授らは、「ゲームばかりしていると、脳に悪い影響を与えますよ」と、むしろ親切心から、
そう警告している。それに対して、(いやがらせ)とは!

 実は、同じことを私も経験している。5、6年前に、私は「ポケモンカルト」(三一書房)という本
を書いた。そのときも、私のところのみならず、出版社にも、抗議の嵐が殺到した。名古屋市
にあるCラジオ局では、1週間にわたって、私の書いた本をネタに、賛否両論の討論会をつづ
けたという。が、私が驚いたのは、抗議そのものではない。そうした抗議をしてきた人のほとん
どが、子どもや親ではなく、20代前後の若者、それも男性たちであったということ。

 どうして、20代前後の若者たちが、子どものゲームを批評しただけで、抗議をしてくるのか?
 出版社の編集部に届いた抗議文の中には、日本を代表する、パソコン雑誌の編集部の男性
からのもあった。

 「子どもたちの夢を奪うのか!」
 「幼児教育をしながら、子どもの夢が理解できないのか!」
 「ゲームを楽しむのは、子どもの権利だ!」とか何とか。

 私の本の中の、ささいな誤字や脱字、どうでもよいような誤記を指摘してきたのも多かった。
「貴様は、こんな文字も書けないのに、偉そうなことを言うな」とか、「もっと、ポケモンを勉強し
てからものを書け」とか、など。

 (誤字、脱字については、いくら推敲しても、残るもの。100%、誤字、脱字のない本などな
い。その本の原稿も、一度、プロの推敲家の目を経ていたのだが……。)

 反論しようにも、どう反論したらよいかわからない。そんな低レベルの抗議である。で、そのと
きは、「そういうふうに考える人もいるんだなあ」という程度で、私はすませた。

 で、今回も、森教授らのもとに、「いやがらせが、殺到している」(同)という。

 これはいったい、どういう現象なのか? どう考えたらよいのか?

 一つ考えられることは、ゲームに夢中になっている、ゲーマーたちが、横のつながりをもちつ
つ、カルト化しているのではないかということ。ゲームを批判されるということは、ゲームに夢中
になっている自分たちが批判されるのと同じ……と、彼らは、とらえるらしい(?)。おかしな論
理だが、そう考えると、彼らの心理状態が理解できる。

 実は、カルト教団の信者たちも、同じような症状を示す。自分たちが属する教団が批判され
たりすると、あたかも自分という個人が批判されたかのように、それに猛烈に反発したりする。
教団イコール、自分という一体感が、きわめて強い。

 あのポケモン全盛期のときも、こんなことがあった。私が、子どもたちの前で、ふと一言、「ピ
カチューのどこがかわいいの?」ともらしたときのこと。子どもたちは、その一言で、ヒステリー
状態になってしまった。ギャーと、悲鳴とも怒号ともわからないような声をあげる子どもさえい
た。

 そういう意味でも、ゲーム脳となった脳ミソをもった人たちと、カルト教団の信者たちとの間に
は、共通点が多い。たとえばゲームにハマっている子どもを見ていると、どこか狂信的。現実と
空想の世界の区別すら、できなくなる子どもさえいる。たまごっちの中の生き物(?)が死んだ
だけで、ワーワーと大泣きした子ども(小1女児)もいた。

これから先、ゲーム脳の問題は、さらに大きく、マスコミなどでも、とりあげられるようになるだ
ろう。これからも注意深く、監視していきたい。

 ところで、今日の(韓国)の新聞によれば、テレビゲームを50時間もしていて、死んでしまっ
た若者がいるそうだ。たかがゲームと、軽くみることはできない。

注※……K教授は、ポジトロンCT(陽電子放射断層撮影)と、ファンクショナルMRI(機能的磁
気共鳴映像)いう脳の活性度を映像化する装置で、実際にゲームを使い、数十人を測定した。
そして、2001年に世界に先駆けて、「テレビゲームは前頭前野をまったく発達させることはな
く、長時間のテレビゲームをすることによって、脳に悪影響を及ぼす」という実験結果をイギリ
スで発表した。

この実験結果が発表された後に、ある海外のゲーム・ソフトウェア団体は「非常に狭い見識に
基づいたもの」というコメントを発表し、教授の元には多くの嫌がらせも殺到したという(NEWS
 WEB JAPANの記事より)。
(はやし浩司 ゲーム ゲームの功罪 ゲーム脳 ゲームの危険性)

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ゲーム脳(2)

【M君、小3のケース】

 M君の姉(小5)が、ある日、こう言った。「うちの弟、夜中でも、起きて、ゲームをしている!」
と。

 M君の姉とM君(小3)は、同じ部屋で寝ている。二段ベッドになっていて、上が、姉。下が、
M君。そのM君が、「真夜中に、ガバッと起きて、ゲームを始める。そのまま朝まで、しているこ
ともある」(姉の言葉)と。

 M君には、特異な症状が見られた。

 祖父が、その少し前、なくなった。その通夜の席でのこと。M君は、たくさん集まった親類の人
たちの間で、ギャーギャーと笑い声で、はしゃいでいたという。「まるで、パーティでもしているか
のようだった」(姉の言葉)と。

 祖父は、人一倍、M君をかわいがっていた。その祖父がなくなったのだから、M君は、さみし
がっても、よいはず。しかし、「はしゃいでいた」と。

 私はその話を聞いて、M君はM君なりに、悲しさをごまかしていたのだろうと思った。しかし別
の事件が、そのすぐあとに起きた。

 M君が、近くの家の庭に勝手に入り込み、その家で飼っていた犬に、腕をかまれて、大けが
をしたというのだ。その家の人の話では、「庭には人が入れないように、柵がしてあったのです
が、M君は、その柵の下から、庭へもぐりこんだようです」とのこと。

 こうした一連の行為の原因が、すべてゲームにあるとは思わないが、しかしないとも、言い切
れない。こんなことがあった。

 M君の姉から、真夜中にゲームをしているという話を聞いた母親が、M君から、ゲームを取り
あげてしまった。その直後のこと。M君は狂ったように、家の中で暴れ、最後は、自分の頭をガ
ラス戸にぶつけ、そのガラス戸を割ってしまったという。

 もちろんM君も、額と頬を切り、病院で、10針前後も、縫ってもらうほどのけがをしたという。
そのあまりの異常さに気づいて、しばらくしてから、M君の母親が、私のところに相談にやって
きた。

 私は、日曜日にときどき、M君を教えるという形で、M君を観察させてもらうことにした。その
ときもまだ、腕や顔に、生々しい、傷のあとが、のこっていた。

 そのM君には、いくつかの特徴が見られた。

(1)まるで脳の中の情報が、乱舞しているかのように、話している話題が、めまぐるしく変化し
た。時計の話をしていたかと思うと、突然、カレンダーの話になるなど。

(2)感情の起伏がはげしく、突然、落ちこんだかと思うと、パッと元気になって、ギャーと騒ぐ。
イスをゴトゴト動かしたり、机を意味もなく、バタンとたたいて見せたりする。

(3)頭の回転ははやい。しばらくぼんやりとしていたかと思うと、あっという間に、計算問題(割
り算)をすませてしまう。そして「終わったから、帰る」などと言って、あと片づけを始める。

(4)もちろんゲームの話になると、目の色が変わる。彼がそのとき夢中になっていたのは、N
社のGボーイというゲームである。そのゲーム機器を手にしたとたん、顔つきが能面のように無
表情になる。ゲームをしている間は、目がトロンとし、死んだ、魚の目のようになる。

 M君の姉の話では、ひとたびゲームを始めると、そのままの状態で、2〜3時間はつづける
そうである。長いときは、5時間とか、6時間もしているという。(同じころ、12時間もゲームをし
ていたという中学生の話を聞いたことがある。)

 以前、「脳が乱舞する子ども」という原稿を書いた(中日新聞発表済み)。それをここに紹介す
る。もう4、5年前に書いた原稿だが、状況は改善されるどころか、悪化している。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

子どもの脳が乱舞するとき

●収拾がつかなくなる子ども

 「先生は、サダコかな? それともサカナ! サカナは臭い。それにコワイ、コワイ……、あ
あ、水だ、水。冷たいぞ。おいしい焼肉だ。鉛筆で刺して、焼いて食べる……」と、話がポンポ
ンと飛ぶ。頭の回転だけは、やたらと速い。まるで頭の中で、イメージが乱舞しているかのよ
う。動作も一貫性がない。騒々しい。

ひょうきん。鉛筆を口にくわえて歩き回ったかと思うと、突然神妙な顔をして、直立! そしてそ
のままの姿勢で、バタリと倒れる。ゲラゲラと大声で笑う。その間に感情も激しく変化する。目
が回るなんていうものではない。まともに接していると、こちらの頭のほうがヘンになる。

 多動性はあるものの、強く制止すれば、一応の「抑え」はきく。小学2、3年になると、症状が
急速に収まってくる。集中力もないわけではない。気が向くと、黙々と作業をする。30年前には
このタイプの子どもは、まだ少なかった。が、ここ10年、急速にふえた。小1児で、10人に2人
はいる。今、学級崩壊が問題になっているが、実際このタイプの子どもが、一クラスに数人もい
ると、それだけで学級運営は難しくなる。あちらを抑えればこちらが騒ぐ。こちらを抑えればあ
ちらが騒ぐ。そんな感じになる。

●崩壊する学級

 「学級指導の困難に直面した経験があるか」との質問に対して、「よくあった」「あった」と答え
た先生が、66%もいる(98年、大阪教育大学秋葉英則氏調査)。

「指導の疲れから、病欠、休職している同僚がいるか」という質問については、15%が、「1名
以上いる」と回答している。そして「授業が始まっても、すぐにノートや教科書を出さない」子ども
については、90%以上の先生が、経験している。ほかに「弱いものをいじめる」(75%)、「友
だちをたたく」(66%)などの友だちへの攻撃、「授業中、立ち歩く」(66%)、「配布物を破った
り捨てたりする」(52%)などの授業そのものに対する反発もみられるという(同、調査)。

●「荒れ」から「新しい荒れ」へ

 昔は「荒れ」というと、中学生や高校生の不良生徒たちの攻撃的な行動をいったが、それが
最近では、低年齢化すると同時に、様子が変わってきた。

「新しい荒れ」とい言葉を使う人もいる。ごくふつうの、それまで何ともなかった子どもが、突然、
キレ、攻撃行為に出るなど。多くの教師はこうした子どもたちの変化にとまどい、「子どもがわ
からなくなった」とこぼす。

日教組が98年に調査したところによると、「子どもたちが理解しにくい。常識や価値観の差を
感ずる」というのが、20%近くもあり、以下、「家庭環境や社会の変化により指導が難しい」(1
4%)、「子どもたちが自己中心的、耐性がない、自制できない」(10%)と続く。そしてその結果
として、「教職でのストレスを非常に感ずる先生が、8%、「かなり感ずる」「やや感ずる」という
先生が、60%(同調査)もいるそうだ。

●原因の一つはイメージ文化?

 こうした学級が崩壊する原因の一つとして、(あくまでも、一つだが……)、私はテレビやゲー
ムをあげる。「荒れる」というだけでは、どうも説明がつかない。家庭にしても、昔のような崩壊
家庭は少なくなった。

むしろここにあげたように、ごくふつうの、そこそこに恵まれた家庭の子どもが、意味もなく突発
的に騒いだり暴れたりする。そして同じような現象が、日本だけではなく、アメリカでも起きてい
る。実際、このタイプの子どもを調べてみると、ほぼ例外なく、乳幼児期に、ごく日常的にテレビ
やゲームづけになっていたのがわかる。ある母親はこう言った。

「テレビを見ているときだけ、静かでした」と。「ゲームをしているときは、話しかけても返事もし
ませんでした」と言った母親もいた。たとえば最近のアニメは、幼児向けにせよ、動きが速い。
速すぎる。しかもその間に、ひっきりなしにコマーシャルが入る。ゲームもそうだ。動きが速い。
速すぎる。

●ゲームは右脳ばかり刺激する

 こうした刺激を日常的に与えて、子どもの脳が影響を受けないはずがない。もう少しわかりや
すく言えば、子どもはイメージの世界ばかりが刺激され、静かにものを考えられなくなる。その
証拠(?)に、このタイプの子どもは、ゆっくりとした調子の紙芝居などを、静かに聞くことができ
ない。

浦島太郎の紙芝居をしてみせても、「カメの顔に花が咲いている!」とか、「竜宮城に魚が、お
しっこをしている」などと、そのつど勝手なことをしゃべる。一見、発想はおもしろいが、直感的
で論理性がない。ちなみにイメージや創造力をつかさどるのは、右脳。分析や論理をつかさど
るのは、左脳である(R・W・スペリー)。

テレビやゲームは、その右脳ばかりを刺激する。こうした今まで人間が経験したことがない新し
い刺激が、子どもの脳に大きな影響を与えていることはじゅうぶん考えられる。その一つが、こ
こにあげた「脳が乱舞する子ども」ということになる。

 学級崩壊についていろいろ言われているが、一つの仮説として、私はイメージ文化の悪弊を
あげる。

(付記)
●ふえる学級崩壊

 学級崩壊については減るどころか、近年、ふえる傾向にある。99年1月になされた日教組と
全日本教職員組合の教育研究全国大会では、学級崩壊の深刻な実情が数多く報告されてい
る。「変ぼうする子どもたちを前に、神経をすり減らす教師たちの生々しい告白は、北海道や
東北など各地から寄せられ、学級崩壊が大都市だけの問題ではないことが浮き彫りにされた」
(中日新聞)と。「もはや教師が一人で抱え込めないほどすそ野は広がっている」とも。

 北海道のある地方都市で、小学一年生70名について調査したところ、
 授業中おしゃべりをして教師の話が聞けない……19人
 教師の指示を行動に移せない       ……17人
 何も言わず教室の外に出て行く       ……9人、など(同大会)。

●心を病む教師たち

 こうした現状の中で、心を病む教師も少なくない。東京都の調べによると、東京都に在籍する
約6万人の教職員のうち、新規に病気休職した人は、93年度から4年間は毎年210人から2
20人程度で推移していたが、97年度は、261人。さらに98年度は355人にふえていること
がわかった(東京都教育委員会調べ・99年)。

この病気休職者のうち、精神系疾患者は。93年度から増加傾向にあることがわかり、96年
度に一時減ったものの、97年度は急増し、135人になったという。

この数字は全休職者の約五二%にあたる。(全国データでは、97年度は休職者が4171人
で、精神系疾患者は、1619人。)さらにその精神系疾患者の内訳を調べてみると、うつ病、う
つ状態が約半数をしめていたという。原因としては、「同僚や生徒、その保護者などの対人関
係のストレスによるものが大きい」(東京都教育委員会)ということである。

●その対策

 現在全国の21自治体では、学級崩壊が問題化している小学1年クラスについて、クラスを1
クラス30人程度まで少人数化したり、担任以外にも補助教員を置くなどの対策をとっている
(共同通信社まとめ)。

また小学6年で、教科担任制を試行する自治体もある。具体的には、小学1、2年について、
新潟県と秋田県がいずれも1クラスを30人に、香川県では40人いるクラスを、2人担任制に
し、今後5年間でこの上限を36人まで引きさげる予定だという。

福島、群馬、静岡、島根の各県などでは、小1でクラスが30〜36人のばあいでも、もう1人教
員を配置している。さらに山口県は、「中学への円滑な接続を図る」として、一部の小学校で
は、6年に、国語、算数、理科、社会の四教科に、教科担任制を試験的に導入している。大分
県では、中学1年と3年の英語の授業を、1クラス20人程度で実施している(01年度調べ)。
(はやし浩司 キレる子供 子ども 新しい荒れ 学級崩壊 心を病む教師)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●失行

 近年、「失行」という言葉が、よく聞かれるようになった。96年に、ドイツのシュルツという医師
が使い始めた言葉だという。

 失行というのは、本人が、わかっているのに、できない状態をいう。たとえば風呂から出たと
き、パジャマに着がえなさいと、だれかが言ったとする。本人も、「風呂から出たら、パジャマに
着がえなければならない」と、理解している。しかし風呂から出ると、手当たり次第に、そこらに
ある衣服を身につけてしまう。

 原因は、脳のどこかに何らかのダメージがあるためとされる。

 それはさておき、人間が何かの行動をするとき、脳から、同時に別々の信号が発せられると
いう。行動命令と抑制命令である。

 たとえば腕を上下させるときも、腕を上下させろという命令と、その動きを抑制する命令の二
つが、同時に発せられる。

 だから人間は、(あらゆる動物も)、スムーズな行動(=運動行為)ができる。行動命令だけだ
と、まるでカミソリでスパスパとものを切るような動きになる。抑制命令が強すぎると、行動その
ものが、鈍くなり、動作も緩慢になる。

 精神状態も、同じように考えられないだろうか。

 たとえば何かのことで、カッと頭に血がのぼるようなときがある。激怒した状態を思い浮かべ
ればよい。

 そのとき、同時に、「怒るな」という命令も、働く。激怒するのを、精神の行動命令とするなら、
「怒るな」と命令するのは、精神の抑制命令ということになる。

 この「失行」についても、精神の行動命令と、抑制命令という考え方を当てはめると、それなり
に、よく理解できる。

 たとえば母親が、子どもに向かって、「テーブルの上のお菓子は、食べてはだめ」「それは、こ
れから来る、お客さんのためのもの」と話したとする。

 そのとき子どもは、「わかった」と言って、その場を去る。が、母親の姿が見えなくなったとた
ん、子どもは、テーブルのところへもどってきて、その菓子を食べてしまう。

 それを知って、母親は、子どもを、こう叱る。「どうして、食べたの! 食べてはだめと言った
でしょ!」と。

 このとき、子どもは、頭の中では「食べてはだめ」ということを理解していた。しかし精神の抑
制命令が弱く、精神の行動命令を、抑制することができなかった。だから子どもは、菓子を食
べてしまった。

 ……実は、こうした精神のコントロールをしているのが、前頭連合野と言われている。そして
この前頭連合野の働きが、何らかの損傷を受けると、その人は、自分で自分を管理できなくな
ってしまう。いわゆるここでいう「失行」という現象が、起きる。

 前述のWEB NEWSの記事によれば、「(前頭連合野は)記憶、感情、集団でのコミュニケ
ーション、創造性、学習、そして感情の制御や、犯罪の抑制をも司る部分」とある。

 どれ一つをとっても、良好な人間関係を維持するためには、不可欠な働きばかりである。一
説によれば、ゲーム脳の子どもの脳は、この前頭連合野が、「スカスカの状態」になっているそ
うである。

 言うまでもなく、脳には、そのときどきの発達の段階で、「適齢期」というものがある。その適
齢期に、それ相当の、それにふさわしい発達をしておかないと、あとで補充したり、修正したり
するということができなくなる。

 ここにあげた、感情のコントロール、集団におけるコミュニケーション、創造性な学習能力と
いったものも、ある時期、適切な指導があってはじめて、子どもは、身につけることができる。
その時期に、ゲーム脳に示されるように、脳の中でもある特異な部分だけが、異常に刺激され
ることによって、脳のほかの部分の発達が阻害されるであろうことは、門外漢の私にさえ、容
易に推察できる。

 それが「スカスカの脳」ということになる。

 これから先も、この「ゲーム脳」については、注目していきたい。

(補記)大脳生理学の研究に先行して、教育の世界では、現象として、子どもの問題を、先にと
らえることは、よくある。

 たとえば現在よく話題になる、AD・HD児についても、そういった症状をもつ子どもは、すでに
40〜50年前から、指摘されていた。私も、幼児に接するようになって36年になるが、36年前
の私でさえ、そういった症状をもった子どもを、ほかの子どもたちと区別することができた。

 当時は、もちろん、AD・HD児という言葉はなかった。診断基準もなかった。だから、「活発型
の遅進児」とか、「多動性のある子ども」とか、そう呼んでいた。「多動児」という言葉が、雑誌な
どに現れるようになったのは、私が30歳前後のことだから、今から、約30年前ということにな
る。

 ゲーム脳についても、最近は、ポジトロンCT(陽電子放射断層撮影)や、ファンクショナルM
RI(機能的磁気共鳴映像)いう脳の活性度を映像化する装置などの進歩により、脳の活動そ
のものを知ることによって、その正体が、明らかにされつつある。

 しかし現象としては、今に始まったことではない。私が書いた、「脳が乱舞する子ども」という
のは、そういう特異な現象をとりあげた記事である。
(はやし浩司 脳が乱舞する子ども 子供 ゲーム脳 前頭連合野 管理能力 脳に損傷のあ
る子ども 子供 失行 ドイツ シュルツ 医師 行動命令 抑制命令 はやし浩司)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●シシリー宣言

1995年11月、イタリアのシシリー島のエリゼに集まった18名の学者が、緊急宣言を行った。
これがシシリー宣言である。その内容は「衝撃的なもの」(グリーンピース・JAPAN)なものであ
った。

いわく、「これら(環境の中に日常的に存在する)化学物質による影響は、生殖系だけではな
く、行動的、および身体的異常、さらには精神にも及ぶ。これは、知的能力および社会的適応
性の低下、環境の要求に対する反応性の障害となってあらわれる可能性がある」と。

つまり環境ホルモンが、人間の行動にまで影響を与えるというのだ。が、これで驚いていては
いけない。

シシリー宣言は、さらにこう続ける。「環境ホルモンは、脳の発達を阻害する。神経行動に異常
を起こす。衝動的な暴力・自殺を引き起こす。奇妙な行動を引き起こす。多動症を引き起こ
す。IQが低下する。人類は50年間の間に5ポイントIQが低下した。人類の生殖能力と脳が侵
されたら滅ぶしかない」と。ここでいう「社会性適応性の低下」というのは、具体的には、「不登
校やいじめ、校内暴力、非行、犯罪のことをさす」(「シシリー宣言」・グリーンピース・JAPAN)
のだそうだ。

 この事実を裏づけるかのように、マウスによる実験だが、ビスワエノールAのように、環境ホ
ルモンの中には、母親の胎盤、さらに胎児の脳関門という二重の防御を突破して、胎児の脳
に侵入するものもあるという。つまりこれらの環境ホルモンが、「脳そのものの発達を損傷す
る」(船瀬俊介氏「環境ドラッグ」より)という。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(911)

【近ごろ・あれこれ】

●HP・N社様へ

 現在、HP・N2003を使用しています。
 〒432−xxx浜松市xxxxxx
 Tel&Fax 053−xxx−xxxxです。

 正規の会員登録はしています。

 で、つぎの4点について、どうか、お教えください。

(1)編集が終わり、FTP送信をするとき、「変更されたファイルのみを転送する」をクリックして
も、それを無視して、「すべてのファイルを転送」してしまいます。そのため、不必要な時間がか
かってしまいます。どこかの調整がおかしいと思うのですが、どうすればよいのか、お教えくだ
さい。

(2)現在、47MBという大きなHPを編集しています。そのため、ファイルの読みこみに20〜3
0分ほどかかります。で、FTP送信をしたあと、保存をかけると、今度は、4時間近くもかかって
しまいます。

 パソコンのOSは、XP、PEN4の3・0GHz、メモリーは、1024MBで、最新のものを使って
います。

 多分、ハードディスクと、勝手にスワップしているため、無駄な時間がかかるのではないかと
思っています。これだけの性能のパソコンなのですから、もっとはやく保存する方法があると思
うのですが、その方法は、ありませんか。

(3)先日、編集画面で、あるページに、リンク先を、20〜30個、張りつけていたら、突然、プロ
グラムごと画面が消えてしまいました。もちろんそれまで、編集していた部分も、すべてです。

 で、パソコンを再起動し、プログラムをたちあげ、再度、作業をしなおしました。

 念のため、そのあと、HP・Nを、再インストールして使っています。

 こうしたトラブルは、なぜ起きるのでしょうか? パソコンをかえてから初めてのことなので、た
いへん不安です。(今のパソコンは、2か月前に購入。)

(4)仮想メモリーは、最大でいくらほどに、また最小で、いくらほどに調整しておけばよいのでし
ょうか。メモリーが、1024MBもあるのだから、仮想メモリーをゼロにしてもよいのではないか
と、自分では思っていますが、ゼロにして、よろしいでしょうか?

 どうか、お教えください。よろしくお願いします。

はやし浩司です。

+++++++++++++++++++++++

どなたか、HP・NINJAに詳しい方は
いらっしゃいませんか?

+++++++++++++++++++++++

【N社からの返事】

 1時間ほどすると、N社から返事が届いた。

(1)の設定については、具体的な方法が書いてあった。
(2)の「時間がかかる」という質問については、「47MBというのは、大きすぎる。だからどうし
ようもない」とのこと。
(3)の突然、プログラムが消えてしまったのは、メモリー不足になったのが、原因だろうというこ
と。
(4)の仮想メモリーをゼロにするのは、「おすすめしません」とのこと(以上、要約)。

 こういう親切なところが、IF社のよいところ。

 IF社様へ、これからもずっと、HP・NINJAを愛用します。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●アフターサービス

 パソコンソフトにせよ、パソコン本体にせよ、あるいは周辺機器にせよ、アフターサービスの
よしあしで、その会社の評価が決まる。(少なくとも、私は、それで決めている。)

 たとえばパソコンも、いろいろ使ってみたが、親切なところと、そうでないところがある。ここで
は、どこがどうとは書けない。「たまたま私のばあいは……」というような意見なら書けるが、そ
んな意見には、意味がない。

 しかし概して言えば、中堅の周辺機器メーカーは、親切。電話でも、あれこれとていねいに教
えてくれる。で、そういう会社に出会うと、ショップに行っても、その会社の製品しか見なくなる。

 で、私が使っている、HP・NINJAというホームページ用のソフトは、東京にあるIF社という会
社の製品だが、この会社は、FAXなどで相談すると、数日のうちに、必ず、返事をくれる。その
親切さが気にいって、もう6年も、NINJAを愛用している。ほかにも、IF社の製品を、いくつか
使っている。

 不親切だったのは、ウィルス対策ソフトを出している、X社。マニュアルには、電話番号すら、
載せてない。つぎに、住所録ソフトを出している、Y社。電話がやっとつながったと思っても、ぞ
んざいな態度。専門用語をペラペラと言うだけ言って、それでおしまい。

 パソコンという電気製品が、ほかの電気製品とちがうところは、ここにある。しばらく使ってい
ると、そのつど問題が起きる。しかも問題が起きるたびに、内容が複雑になる。どうしてもHEL
Pが、必要になる。

 で、今も、こんな問題が起きている。

 5年前から愛用しているパソコンの、CD・DVドライブが、おかしくなってしまった。ときどきウ
ンとも、スンとも動かなくなる。しかたないので、外づけのDVDドライブを買ってきて、つけた。

 しかしせっかく取りつけてはみたものの、パソコン本体のほうは、相変わらず、自分のCD・D
Vドライブで仕事をしようとする。だから、外づけのドライブでできるのは、データの保存だけ。

 デバイスマネージャーのどこかをいじれば、問題は解決するだろうということまでは、私でもわ
かる。しかしその先が、こわくて、できない。

 つまり私のパソコンの知識は、この程度。しかし、のぞいてみるだけ、のぞいてみるか……。
と、考えながらも、一方で、「あとで、外づけDVDを出しているB社に、電話をかけてみよう」と
思っている。

 B社は、いつも親切。以前も、ルーターをうまく設置できなかったときも、1時間あまりも、私の
相手になってくれた。私の応対だけで、その製品でもうけた利益など、消えてしまったはず。そ
のときは、何かしら申しわけない気持ちになった。

 だから、それからは、周辺機器は、B社のものと決めている。B社さん、ありがとう!

(付記)

 今、この文章を読みかえしてみたが、内容は、浅く、タダの駄文。私という人間は、結構、単
純な人間らしい。よろしく!


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●阪神タイガースの優勝

 「時間」というのは、おもしろいものだ。一方で、毎日、「時間がない」とこぼしながら、寸陰を
惜しんで、ものごとに熱中している人がいる。が、その一方で、その「時間」をもてあまし、食い
散らしている人もいる。

 「時間」は、どの人にも、平等に与えられる。その与えられた時間は、その人のもの。だから、
その人が、自分の時間を、どう使おうが、それはその人の勝手。他人の私が、とやかく言うべ
き問題ではない。それこそ、内政干渉。いらぬ節介というもの。

 しかし……、というようなことを、今夜、考えさせられた。阪神タイガースファンの人は、どう
か、怒らないで、聞いてほしい。(怒るだろうが……。)

 今夜(9・29)、プロ野球、セントラルリーグで、阪神タイガースが、2年ぶり、5度目の優勝を
果たした。甲子園球場で、巨人を、5−1で破り、優勝が決まった。

 で、阪神タイガースファンの熱狂ぶりは、たいへんなもの。前回優勝のときは、道頓堀の橋の
上から川の中に飛びこんで、死者まで出たという。

 私とワイフは、その模様というか、実は、その試合がちょうど始まるころ、町中のレストラン
で、食事をしながら、その模様を見ていた。甲子園球場のまわりでは、興奮したファンたちが、
口々に、阪神タイガースの優勝を叫んでいた。中には、踊り狂っている若者たちもいた。

 「……?」というのが、私の第一印象。「どうしてああまで、うれしいのか?」と。

 底抜けに明るいファンたち。もう少し辛らつな言い方をすれば、頭の底が抜けてしまったかの
ようなファンたち。テレビのレポーターまでが、そうでなければいけないというような口調で、興
奮した様子で、ファンたちの様子を伝えていた。

 「本当に、そんな重大事なのか?」とも思った。「スポーツはスポーツ、試合は試合ではない
か」と。しかしつぎの瞬間、こうも思った。「あの人は、幸せな人たちだなあ」「ああまで夢中にな
れるものを、もっている」と。

 残念ながら、私は、ああまで夢中になれるものをもっていない。あるとすれば、サッカーの国
際試合だが、それとて、せいぜい家の中で、大声を出して応援する程度。試合が終わり、テレ
ビのスイッチを切ったとたん、試合のことは、ほとんど、忘れる。

 まあ、野球の試合といっても、いわば大阪では、祭りのようなものだから、どうこう書いても、
あまり意味はない。大阪の人たちは、ああして大騒ぎをしながら、日ごろたまった、大きなうっ
ぷんを晴らしているのかもしれない。ワーワーと騒ぐだけでも、ストレスの解消にはなる。

 が、しかしまたふと、私の心は、もとにもどってしまう。「たかが、野球の試合ではないか」と。
ファンの様子を見ていると、何かしら、そこに人生のすべてをかけているかのような雰囲気すら
感じる。「どうして、ああまで熱狂するのか?」「できるのか?」と。

 私の知人の中には、趣味といえば、プロ野球の実況中継を見るだけ。たまの休みには、パチ
ンコか釣り。あとは家の中で、スポーツ新聞を読んでいるだけ、という男がいる。若いときに
は、それでもよかったのかもしれないが、50歳をすぎてからも、そうであるというのも、どうかと
思う?

 私はその知人に会うたびに、いつも、こう思う。「こういう人たちは、自分の時間をムダにした
とは、思わないのだろうか」と。実際、その知人には、何もない。頭の中は、カラッポ。いろいろ
な話題をもちかけるのだが、「ハハハ、ヘヘヘ……」と、笑うだけ。本など、この20年近く、読ん
だこともないらしい。

 そうそう、その知人は、熱狂的な中日ドラゴンズのファン。試合のチケットが手に入ったりする
と、仕事を早めに終えて、名古屋球場にかけつける。家に帰ってくるのは、そのため、夜中の2
時、3時になるという。

 その知人にしてみれば、野球なしの人生は、考えられないのだろう。

 そういうのを心理学では、どう判断するのだろう。依存症の一つと考えてよいのだろうか。パ
チンコ依存症、マラソン依存症、薬物依存症、そしてプロ野球依存症。

 もちろんみなが、みな、そうというわけではないだろう。大半のファンは、騒ぐとしても、その瞬
間だけ。興奮するのも、その瞬間だけ。が、中には、私の知人のような人もいるかもしれない
し、プロ野球依存症と呼んでさしつかえのない人たちである。そういう人が、100人に1人いる
としても、大阪市全体では、2・6万人の人ということになる。500人に1人としても、5000人い
るということになる。(大阪市の人口は、約260万人。)

 しかし私には、どう考えても、ただのバカ騒ぎにしか見えない。(ああ、これで本当に、大阪市
の人たちを怒らせてしまった……!)どう考えても、だ。そうして騒ぐことに、どういう意味がある
のだろうか。また意味など、なくてもいいのだろうか。

 プロ野球といっても、その中身は、興行。金もうけ。ファンの人たちは、自分の意思で、球団
を応援していると思っているかもしれないが、その意思のうちの何割かは、ひょっとしたら、巧
みな商魂によって、操られてできたものではないのか。つまり、そういうふうに、ものを考えるこ
とはないのだろうか。

 本当に勝ち負けを決めるだけの試合なら、高校野球のようなやり方だってある。しかし金もう
けだから、試合に試合を重ね、「マジック」だの、「ナンバー」だのと、言って、ファンを球場へ、う
まく誘導する。

 で、最初の話にもどる。

 かぎりある「時間」を感じたとき、一方で、毎日、その刻々とすぎていく時間と戦っている人が
いる。が、その一方で、その「時間」を忘れ、その「時間」を楽しんでいる人もいる。

 50歳前後では、まだわからないかもしれないが、60歳近くになると、「いよいよ……」という
感じが強くなる。時間に、限界を感ずるようになる。

 私が正しいとか、あなたがまちがっているとか、そんなことを言っているのではない。多分、相
手の人たちから見れば、私のほうこそ、ただのバカに見えるだろう。朝早く起きて、意味のない
文章ばかり書いている。夜遅くまで、これまた意味のない文章ばかり書いている。ときどき、自
分でも、自分がバカに見えるときさえある。

 ただ、私には、ああいうことをしているヒマはない。つまりは、それだけのことかもしれない。テ
レビの報道を見ながら、そう感じた。大阪の人たち、ゴメン!

【付記】

 少し前、あなたが市長になったつもりで、市の行政を運営するというパソコンゲームが、あっ
た。(今でも、バージョンアップして、販売されていると思うが……。)

 あなたは最初、かぎられた予算で、市の建設を始める。道路をつくり、工場を誘致し、住宅を
建設する。やがて町は少しずつ大きくなる。人口もふえる。

 が、その一方で、住民の不満指数のようなものの表示される。それがある一定以上になる
と、市長の人気が、下降する。下降すれば、つぎの選挙で落選するかもしれない。

 そこであなたという市長は、市民の不満をさげるために、公園を造成したり、娯楽施設を拡
充したりする。

 ゲームといえば、ゲームだが、ゲームをしているうちに、行政側の立場で、市の行政のあり方
を考えられるようになる。私はそのゲームをしながら、「こういうゲームを、教育の世界に取り入
れたら、それなりにおもしろい教育ができるのではないか」と思った。

 で、その娯楽施設だが、遊園地であったり、競技場であったりする。野球球場も、その一つ。
ただ働かせるだけでは、市民は、ついてこない。働かない。そこで行政側の視点で考えると、
市民を野球の試合に熱狂させるのも、行政の一つということになるのかもしれない。

「娯楽は娯楽なんだから、もっと気軽に楽しめばいい」という意見もある。私のワイフも、そう言
っている。しかし私は、どうしても考えてしまう。「あれでいいのだろうか?」と。「ああいうバカ騒
ぎをしている間に、もっと大切なものを、見落としてしまうのではないのだろうか」と。でないとい
うのなら、なぜ、そんなにうれしいのか? なぜ、そんなに騒がなければならないのか? ファ
ンの人には、ファンの人の理由があるのだろうが、私には、どうしても、それが理解できない。
大阪の人たち、再び、ゴメン!


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【思いついたまま、子育てワンポイント】

●できないことを嘆くより、できることを喜ぶ

 AさんとBさんは、まったく同じ生活をしている。家の大きさも、夫の給料も、同じ。子どもの年
齢も、できも同じ。年齢も、学歴も同じ。

しかしAさんは、いつも、「うちの子はあれができない」「これができない」と、不平や不満ばかり
を並べている。一方Bさんは、いつも、「うちの子は、あれもできる」「これもできる」と、自分の
子どもに満足しながら生きている。

その結果、一つだけ、ちがう点が、出てきた。Aさんの子どもは、いつも暗く沈んでいる。Bさん
の子どもは、いつも、はつらつとして、表情も明るい。


●いつも自分の子どもだけを見る

 Aさんの息子は、その町でも、ナンバーワンと言われる、S中学校に入学した。ウキウキとし
た気分だった。が、そこへBさんが、やってきた。そしてBさんが、Aさんにこう言った。

「うちの子、今度、T大学に合格しました」と。日本で第一の大学である。それを聞いて、Aさん
は、「上には上がいるものだ」と、がく然としてしまった。喜びも、半減してしまった。いつも世間
の目を気にしている人は、いつもその世間に振りまわされる。喜びも、悲しみも、相対的なもの
でしかない。

 だから……というわけでもないが、子育てをするときは、いつも自分の子どもだけをみてす
る。とくに世間の目を気にするようになったら、お・し・ま・い。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●世間体

 世間体というのは、結局は、その人の心の裏を写す、カガミのようなもの。世間体を気にする
人は、よく「世間が笑う」「世間が許さない」「世間体が悪い」とか言う。しかしそれとて、本当に
世間が、そう思っているから、そう言うのではない。

 自分が、他人に対して、そう思っているから、そう言う。

 だからもう少し正確に言えば、その人が口にする「世間体」というのは、その人の心の奥に潜
む邪悪性を、裏がえしたものと考えてよい。

 たとえば、A氏(60歳)は、たいへん世間体を気にする人である。何かにつけて、「世間」「世
間体」という言葉を使う。で、あるとき、私にこう言った。

 「法事だけは、きちんとしなければ、いかんよなあ。世間の笑いものになるだけだよ」と。

 そのときは、そういうものかなあと思っていたが、また別の日、A氏は、私にこう言った。

 「あんなケチな法事など、見たことがない。あれじゃあ、死んだオヤジさんも、浮かばれないだ
ろ」と。

 死んだ父親の息子が、内々で父親の法事をしたらしい。その法事の中身が、質素だったらし
い。それでA氏は、そう批判した。

 なぜ、A氏は、こういうとき、「世間」という言葉を使うのか。理由は、簡単である。A氏はそう
言いながら、間接的に、自分の息子や娘たちに、「オレの法事はきちんとやれよ」と言っている
のである。事実、A氏の息子は、こう言う。

 「うちのオヤジは、ことあるごとに、先祖様、先祖様とうるさくてしかたない」「よく先祖を大切に
しろと、私に言うが、私には、『オレを大事にしろ』と言っているようにしか聞こえない」と。

 まさか「オレを大事にしろ」とは、言えない。だから「先祖」という言葉をもちだして、そう言う。

 A氏の気持ちも、理解できないわけではない。しかしだったら、すなおに、「私を大事にしてほ
しい」と言えばよい。何も、「世間」とか、「先祖」とかいう言葉を、もちだすことはない。

 そして本当に大事にしてもらいたかったら、それにふさわしい人物になればよい。その努力も
しないで、親風ばかり吹かしているから、息子や娘に、そっぽを向かれる。そこで「世間」とか、
「先祖」とかいう言葉をもちだして、息子や娘たちをしばろうとする。

 つまりは、世間体を口にする人ほど、それだけ、自分のない人とみてよい。自分がないから、
世間という尺度の中で、自分のあり方を決める。

 その証拠に、世間体を気にする人には、こう聞いてみるとよい。

 「では、あなた自身は、いったい、どう考えているのか。あなた自身の意見を聞きたい」と。

 答は、何も、かえってこないはずである。

 で、最初の話にもどる。

 たとえば、「そんなことをすれば、世間が笑う」とだれかが言ったとする。しかし世間は笑って
いない。笑っているのは、その人自身ということになる。たとえば「貧乏になれば、世間に笑わ
れる」と言う。しかし貧しい人を笑っているのは、その人自身ということになる。

【補記】

 ユングが説く「シャドウ論」と、日本人がよく使う「世間体論」の中に、私は、一つの符号性を発
見した!

 表面(おもてづら)をよくして、仮面ばかりかぶっている人がいる。こういう人は、その裏で、別
の人格(シャドウ)をつくりやすい。牧師や僧侶、それに教職者のような人たちである。つまり
は、そういうシャドウの中に、自分の中の邪悪な部分を押しこめてしまう。押しこめることによっ
て、自分は、人前では、さも私は、悪とは関係ありませんというような顔をして、善人ぶることが
できる。

 同じように、世間体を口にする人は、「世間」という観念的世界に、自分の邪悪な部分を押し
こめることによって、自分では、善人ぶろうとする。「私はいいのですが、世間が何と言います
かねえ」という言い方に、その典型を見る。あるいは「渡る世間は、鬼ばかり」という言い方は、
そういうところから生まれたのかもしれない。

 わかりやすく言えば、ありもしない「世間」、あるいは「世間の目」の中に、自分の心の奥底に
潜む邪悪性を押しこめて、自分では、善人ぶる。それがユングの説く「シャドウ論」と似ている。
それがここでいう「符号性」ということになる。
(はやし浩司 世間体 シャドウ 仮面 世間体論)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(912)

●拉致(らち)問題と、K国制裁問題

 拉致問題にからんで、K国制裁問題が、あちこちで論じられている。何度も繰りかえすが、拉
致被害者の方の気持ちも、よくわかる。わかるが、今、K国を制裁したところで、拉致問題の解
決には結びつかない。

 今、K国を何らかの形で制裁すれば、かえって、拉致問題を、複雑にしてしまうのみならず、
6か国協議のゆくえをさらにわかりにくくしてしまう。そればかりか、日本が、この極東アジアで
孤立してしまうことも考えられる。最悪のばあいには、戦争ということにもなりかねない。

その理由を、今村弘子著「北朝鮮・虚構の経済」(集英社新書)の中から、興味ある事実をいく
つか引用しながら、考えてみたい。

(1)日本との経済関係

 03年度の日本からK国への輸出は、9114万ドル。前年度比で、30・8%も減っている。一
方、K国から日本への輸出は、水産品や衣料品、委託加工品を中心に、1億7348万ドル。こ
れも前年度比で、25・9%も減っている。

 K国との貿易には、大きな危険がともなう。仮に債務不履行になっても、その責任を追及する
窓口すらない。貿易保険すら、かけられない。したがって、現在、日朝間の貿易を日本側で行
っているのは、在日朝鮮人を中心とした、いわばこうしたリスクを覚悟した人たちである。

 さらに04年度に入ってからは、外為法の改正や、特定船舶入港禁止法などが成立してい
る。さらに船舶油濁損害賠償法が改正され、05年3月から、船主責任保険が義務づけられる
ようになった。K国籍船舶の保険加入率は、03年の時点で、たったの2・5%!

 つまり03年度、04年度とつづき、05年度もさらに、日朝間の経済関係は、さらに冷えこむも
のと予想される。

 これに対して、現在、中国が、K国の対外貿易の約50%を占めている。内容については、原
油、穀物、製品など、それぞれに、無償、有償、減額、援助などの措置がとられているので、正
確な数字は、わからない。

 たとえばかつては、K国は、中国から原油を、国際相場の、3分の1から、7分の1とかいう値
段で輸入していたこともある。

 その中国について、貿易高が多いのが韓国で、日本は、そのつぎということになる。しかし今
や、日本との貿易高は、K国全体でみると、11%程度にすぎない(03年)。

 (K国の輸出高……7・8億ドル、輸入高……16・1億ドル、03年度、ラジオプレス「RPK国
政策動向」)

 日本が仮に経済制裁したところで、K国に大きな打撃を与えることはできない。

(2)想像を絶する、貧しさ

 今村氏は、こんな事実も指摘している。それによって、K国の貧しさの一端を、知ることがで
きる。

 K国では、原油不足にともなう、電力不足が深刻な問題になっている。それについて、K国で
は、送電を……、

「細い電線で発電所から工場や企業に送電しており、しかも電線の老朽化が進んでいるため
に、この送電の段階で、すでに70%のロスが生じているという。その後、利用者の手元にくる
までに、さらにロスがふえていく。

 また電柱やトランスがないことから、地域全体が、いわばタコ足配線のようになっている。そ
の上電線の多くが、地中に埋設されているために、老朽化は地上に配線されるよりも、さらに
早い」(同書P166)と。

 今度の6か国協議で、K国は、突然、軽水炉問題を取りあげた。が、軽水炉どころの問題で
はないのである。肝心の電線そのものが、こういう状態で、どうやって、その電気を送電するつ
もりなのだろうか。

 そのほか、食糧、農漁業、工業、どの一つをとっても、問題だらけ。悪循環がさらなる悪循環
を呼び、K国の経済状態そのものが、現在、マヒ状態にあるとみてよい。一部で話題になって
いる、外資導入政策についても、羅先・自由経済貿易地帯、新義州特別行政区などは、すで
に有名無実化している。

 韓国が共同開発した、金剛山観光地区や、開城工業地区にしても、K国の経済を立ちなおら
せるだけの力は、ない。そもそも、韓国に、それだけの経済力はない。

 たとえば開城工業団地については、「07年までに、330万平方メートルの敷地に工業団地
を造成し、繊維、製靴、皮革、服飾関係など、約300社に分譲する計画であるが、韓国政府
が、高度技術を使用する業種の進出を制限していることから、許可を得られる業種が少ない
ため、04年6月末の時点で、15社にとどまっている」(同書)という。

 以上のようなことから、今村氏は、同書をつぎのような言葉で、しめくくっている。

 「冷戦の残滓(ざんし)ともいえる北東アジアの情勢は、いまだ不安定な要素をかかえてい
る。K国への対応を誤れば、北東アジアそのものが、ハード・ランディングしてしまうかもしれな
い。根拠のない期待論で動いては、韓国、中国、日本、さらにはアジア全体の経済に悪影響を
及ぼすことになる。ソフト・ランディングの道を見失ってはなるまい」と。

 まさに、同感である。わかりやすく言えば、日本は、K国など、本気で相手にしてはいけない。
またその価値もない。今ここで、日本が単独で経済制裁をしても、効果がないばかりか、K国
に、日本攻撃の口実を与えてしまうことにもなりかねない。

 さらに言えば、制裁かどうかということになると、K国は、すでに制裁以上の制裁状態にある。
そのことは、今村氏の本を読めばわかる。そんな国をこれ以上、制裁して、いったい、何が、ど
う変わるというのか。それで拉致問題が、本当に解決するというのか。

 ちなみに、日本の貿易高は、03年度は、98兆9000億円(輸出、54兆5000億円、輸入、
44兆4000億円)、04年度は、輸出入あわせて、110兆4000億円。1ドルを110円で計算
すると、03年度は、日本の貿易高(輸出入額)は、8991億ドルとなる(総務省統計局・日本統
計月報より)。K国の2億6000万ドルと比較すると、約3458倍! 約3500倍と考えてよい。

 3500倍も力のある日本が、3500分の1しか力のないK国に対して、制裁など考えてはい
けない! 
(05年9月30日記、この原稿がマガジンに載るころには、世界の情勢は大きく変わっている
かもしれません。)

(補記)K国に制裁を加えるなら、目的を、金xx政権打倒にしぼるべき。そのためには、国際的
な協力が不可欠。とくに、そのカギをにぎるのが、中国ということになる。制裁をするなら、まず
K国の核開発問題を、国連の安保理に付託する。そこでの決議を待ってから、する。

 私の印象では、健康問題もあり、(加えて、精神問題もあるようなので)、金xx政権の寿命
は、それほど、長くはないのではないか。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(913)

【R天・掲示板での相談について……】

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UNKNOWN様から、中学1年生の息子さんに
ついての相談がありました。

「子どもの忘れ物がひどくて困る」という内容の
ものです。それについて、ここで考えてみます。

+++++++++++++++++++++++

中1の息子が忘れ物があまりに多いので悩んでいます。

中堅の私立校で、課題が結構あるのですが、息子は、私があれこれ、言わないと全くしませ
ん。時々チェックし、やらせると、次の日学校にもっていくのを忘れたり、持っていっても出すの
を忘れたりを何度も繰り返しています。さらには出していないのに「出した」、とうそをつきます。

今朝、いまだに夏休みの宿題を出していないものを見つけ、さすがにこれは病気かしらと考え
るようになりました。もう10回以上、「出した」「出してない」の不毛なやり取りを繰り返し、退学
まで考え話しあった後で、こうです。

また、隠れてゲームをやりたがります。取り上げても次々中古のを買ってきたり、友だちにもら
ったり、拾ったりします。道に落ちている、おもちゃやキーホルダー、カードなども何度言っても
拾ってきます。拾い物のために帰宅が遅くなり、帰ってからのすべてが遅くなり、の悪循環が小
学校からずっと続いています。なだめたり励ましたり色々やってみても変わりません。

夫は、私以上に感情的になって怒り狂うので、夫に相談しても、何の解決にもなりません。

子どもは一貫校の小学校の持ち上がりですが、6年のとき宿題忘れと遅刻の多さで担任の先
生から何度も注意され、不登校気味になったことがあります。一転、中学校生活は楽しいよう
ですが、忘れ物のないようにメモをとったりする習慣が全く身につきません。それを指摘すると
怒って暴れ出すので、どうしたらいいのかわからない状態です。

ご指導、宜しくお願いいたします。

++++++++++++++++++++++

【U様へ】

 まず第一に考えられるのは、親子のリズムがあっていないことです。Uさんのばあい、親子関
係は、断絶からすでに、崩壊状態に入っているかもしれません。これ以上、親子関係をこじら
せると、本当に、崩壊してしまうかもしれません。

 U様自身について、いくつか気になる点がありますので、それをあげてみます。

(1)私があれこれ、言わないと全くしません。
(2)時々チェックし、やらせると……
(3)今朝、いまだに夏休みの宿題を出していないものを見つけ……
(4)退学まで考え話しあった後で……
(5)夫は、私以上に感情的になって怒り狂うので……

 お子さんは、中学1年生ということですから、その年齢の子どもに対して、U様が、少し過干渉
ぎみではないかと思います。中学1年生というと、親から見ると、まだ頼りない年齢かもしれま
せんが、心も体も、ほとんど、おとなと考えてよいです。

 「時々チェックしてやらせる」ということですが、何をどうチェックしておられるのかも、たいへん
気になります。お子さんの人権や人格は、どうなっているのかな?、という心配を覚えてしまい
ます。

 「いまだに夏休みの宿題を……見つけ」というのも、そうです。どうしてそういうものを、U様
が、見つけてしまうのでしょうか。「子どものことが気になってしかたない」というのであれば、過
関心、さらには、育児ノイローゼなども、疑わねばなりません。

 で、「退学まで考え話しあった後で……」という部分です。

 忘れ物が多くて、退学というのも、おおげさな感じがします。あるいはU様は、退学をにおわ
せて、(本当はその気はまったくないのですが、おどしのつもりで)、退学という言葉を口にして
おられるのでは、ないでしょうか。

 「生活態度を改めなければ、退学しなさい!」と。

 もしそうなら、これはたいへんなまちがいです。U様は、お子さんのウソを問題になさっておら
れますが、U様自身が、これまたたいへんなウソを言っていることになります。(お気づきです
か?)

 学校のほうから、退学の話があれば、それは親子で考えなければなりませんが、今の段階で
は、退学うんぬんの話はないと思います。仮にほかの中学校に転校しても、問題は何も解決し
ないでしょう。

 さらに、「私以上に感情的になって……」という部分です。U様自身が、感情的になるというふ
うに解釈できますが……? 私には、かなりはげしい母子のやりとりが、想像できます。

 こうして考えてみると、この問題は、お子さんの問題というよりは、U様ご自身の問題のよう
に、思います。

(1)なぜ、こうまで、親子のリズムが狂ってしまったか?
(2)なぜ、こうまで、U様は、お子さんを、子ども扱いしてしまうのか?
(3)なぜ、こうまで、U様は、お子さんを責めたててしまうのか?

 忘れ物をする。そのことで、一番、不愉快な思いをしているのは、実は、お子さん自身なので
すね。それを家に帰ってまで、母親であるU様にガミガミと叱られたのでは、たまりません。た
ぶん、私でも、耐えられないでしょう。お子さん自身が、すでに心の空回りを始めているとみま
す。つまり、何をしても、手につかないのです。

 私はひょっとしたら、そういう状態にお子さんを追いこんでいるのは、実は、U様自身ではない
かと思います。ガミガミと感情的に、あれこれ指示しすぎてしまう。決して、お子さんのことを心
配していないわけではなく、心配しすぎるあまり、そうしてしまう。

 それが裏目、裏目と出て、悪循環におちいっているというわけです。

 一つ心配されるのは、お子さん自身の心の問題です。どこか病的な感じがする忘れ物グセに
ついても、気うつが蓄積したことによる、心身症(神経症)的な症状の一つとも考えられます。
「不登校気味になったこともある」ということですから、一度、そういう視点でも、お子さんを見ら
れてはいかがでしょうか。

 子どもというのは、不思議なもので、親のほうが先にあきらめてしまえば、その時点から、子
ども自身が自分の進むべき道を見つけていきます。年齢的には、すでに思春期に入っていま
すので、ここは、U様自身が一歩、退いて、「暖かい無視」と、「求めてきたときが与えどき」と考
えてはどうでしょうか。

 U様自身が、お子さんの忘れ物に、多分、異常なまでに関心をもつのは、親子のリズムが、
すでにその段階まで、乱れているということです。しかし年齢的にみて、この修復作業は、たい
へんむずかしいです。

 今は、今の状態をこれ以上悪くしないことだけを考えて、(なおそうとあせればあせるほど、逆
効果になりますから、ご注意ください)、「暖かい無視」を繰りかえします。こうした問題には、二
番底、三番底があります。

 「まだ、以前のほうがよかった……」という状態を繰りかえしながら、その二番底、三番底へと
落ちていきます。お子さんの立場からしても、今のU様のご家庭には、お子さんの居場所すら
ないように、思います。お子さんは、ゲームをしながら、あるいはそこへ自分を閉じ込めなが
ら、懸命に、自分の心を支えようとしています。

 今、そのゲームを取りあげたら、どうなるか? その先は、見えていますよ。落ちているおも
ちゃや、カードを拾うというのは、そうせざるをえない、心の問題が、お子さんの背景にあると考
えてみては、どうでしょうか。あるいは、帰宅が遅くなるというのは、ものを拾って帰るからでは
なく、帰宅拒否の症状とも考えられます。

 もしそうなら、もう少し年齢が大きくなると、外泊、さらには家出とつながっていくかもしれませ
ん。ご注意ください。

 以上のことから、つぎの点を注意してみてください。

(1)今の状態をこれ以上悪くしないことだけを考えて対処する。
(2)忘れ物については、あきらめる。(なおるはずのものだったら、とっくの昔になおっているは
ずです。)
(3)暖かい無視、ほどよい親、求めてきたときが与え時を守る。
(4)子どもをチェックしない。プライバシーを守る。子どもの人格、人権を認める。
(5)学校でつらい思いをしているはずですから、家の中で、それを責めない。
(6)「宿題をやれ」ではなく、「いっしょに手伝おうか?」と声をかける。
(7)そのあとのことは、子どもに任す。先取りして、心配しない。
(8)忘れ物について、一度、担任の先生と相談する。このタイプの子どもは、珍しくないので、
先生も、わかってくれます。(15〜20人に1人くらいの割合でいます。)
(9)感情的になったり、被害妄想をもつようなら、U様自身の心の問題を疑ってみる。
(10)お子さんは、もうおとなですよ。子ども扱いをしてはいけません。
(11)心の休まる家庭づくりに、こころがけてください。親の姿、気配を感ずると、どこかへ逃げ
ていくようなら、親子関係は、かなり危険な状態にあるとみます。
(12)子どもの前に立つのではなく、横に立って、「友」として、お子さんを、受けいれてあげてく
ださい。とくに今のU様には、そういう姿勢が求められています。

 以上、思いつくまま書いてみましたが、何かの参考になれば、うれしいです。なおここに書い
たことは、あくまでも、参考に! 私自身、お子さんを見ていませんので、いろいろと誤解、早と
ちりがあるかもしれません。

 最後に一言。

 こうしたリズムの乱れは、実は、お子さんを妊娠、出産したときから始まっているはずです。U
様自身に、何かわだかまりがあれば、そのわだかまりを、しっかりと見つめてください。不本意
な結婚であったとか、不本意な妊娠であったとか、など。

 あるいはあなたと、あなたの両親の関係は、どうであったかも見つめなおしてみてください。
何か、大きなわだかまりがあるはずです。いらぬお節介かもしれませんが……。
 
 では、今回は、これで失礼します。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

************************************
【相談をお寄せくださる方へ……】

●できるだけ掲示板に、相談内容をお書き込みください。

●私信メールで相談してくださる方は、簡単なご住所、お名前を必ず
 お書きください。ご住所、お名前のないメールには、いかなるばあいも
 返事を書くということはありません。

●相談内容は、そのまま原稿の一部として、転載させていただくことがあります。
 そのため、相談内容は、掲示板にお書き込みくださると、転載許可、承諾などの
 手間もはぶけます。よろしくご協力ください。

●また最近、スケベメール(スパムメール)が、たいへん多くなっています。
 件名を読んで「?」と感じたメールは、そのまま削除しています。
 たとえば最近でも、つぎのような件名のメールが届いています。
毎日20〜30通以上も、勝手に入ってきます。

  件名:連絡が入りましたので、転送します。
  件名:先日は、ありがとうございました。
  件名:ご相談したいことがありましたので……
  件名:鈴木です。連絡ありがとうございました、など。
 
これらは、(多分?)、すべてスパムメールです。本文は開かないまま、
 削除させていただいています。

●また「内密に」とか「転載、引用はお断り」という断りのある相談には、
 原則として、返事を書くということはありません。これはあとあとのトラブルを
 避けるための措置です。どうか、ご理解の上、お許しください。詳しくは、
 つづく、原稿の中に書いておきます。

************************************

●転載トラブル

 いただいた相談内容を、そのまま、私の原稿の中に、うっかりと転載してしまった……という
ようなことは、当初は、よくありました。

 そのたびに、お叱りのメール。転載までしなくても、似たような話に変えて原稿を書いただけ
で、ときどき、抗議のメールをいただきます。「私の問題を、ネタにしないでほしい」とです。

 そんなわけで、転載、部分引用については、どうしても、慎重にならざるをえません。実際に
は、転載の許可をいただいてから、転載するようにしています。しかしこれが結構、めんどうな
ことなのです。

 一度、返事を書いて、許可を求め、こちらで再び書きなおして、また許可を求める……。中に
は、ときどき、「引用、転載は、お断りします」「内密にお願いします」と、わざわざ書いてくる方も
いらっしゃいます。

 そういう方には、こわくて、(ホント!)、返事を書くことができません。内容を読むのも、こわい
です。というのも、内容の一部が、脳のどこかに記憶として残ってしまうからです。で、何か別の
原稿を書いているときに、それが、ふと、出てきてしまうことがあります。

 私が書く原稿は、すべて、記録として、パソコンのどこかに残ります。そうした原稿がいつ、ど
こで、表に出てくるかわかりません。ですから、ますます慎重にならざるをえません。

 ですから、相談ごとは、みなさんのほうで、みなさんと特定できないように、家族構成や、職
業、年齢などを、適当に変更してくださった上で、掲示板に書き込んでいただくと、ありがたいで
す。

 掲示板の記事は、公開記事ということになりますので、私のほうで、自由に転載、引用ができ
ます。つまりその分だけ、いらぬ神経をつかわなくてすむというわけです。

 なお掲示板でいただいた相談については、できるだけ掲示板のほうに、回答を書くようにして
います。それ以外は、電子マガジン(無料版)のほうに、書くようにしています。

 以上、よろしくご理解の上、ご協力くださいますよう、お願い申しあげます。

                              はやし浩司


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●人間は哀れな動物 

 「(人間は)、自分は自我を支配し、統制していると、うぬぼれているが、実は、潜在意識にひ
きずり回されている、哀れな動物にすぎない」と、説いたのは、あのジーグムント・フロイト(18
56〜1939)である(志村武「釈迦の遺言」)。

 わかりやすく言えば、「私は私」と思っている部分など、「私」の中の、ほんの一部にすぎな
い。言いかえると、その私が、「私」を知るのは、本当にむずかしい。最初にそのヒントをつかん
だのが、あのソクラテス(紀元前470年ごろ誕生)である。

 ソクラテスは、自分が無知であることを出発点にしてはじめて、真理が追求できると考えた。
しかしソクラテスが会った、いわゆる賢者と呼ばれる人たちは、それを知らなかった。つまり
「我こそは、すべてを知っている」(PHP版「哲学」)と。

 そこでソクラテスは、『無知の知』という、有名な言葉を残した。「自分が無知であることを、ま
ず知る。それが真理の探究の第一歩である」と。

 自分のことでさえわからない。わかるはずもない。いわんや、若い父親や母親においては、
そうである。そんな父親や母親が、子どものことなど、わかるはずもない。

 しかしごう慢な(失礼!)父親や母親は、「うちの子どものことは、私が一番よく知っている」と
豪語する。しかしこれは、うぬぼれ。とんでもないうぬぼれ。

 たとえば簡単な例で説明しよう。

 私は市内に小さな教室をもっている。最高でも12人しかはいれない、小さな教室である。(私
には、分相応だが……。)

 その教室へある日、若い母親が、小さな子どもの手を引いて、見学にやってくる。するとその
とき、子どもは、さまざまな様子を見せる。子どもによって、その様子はみな、ちがうが、しか
し、大きく分ければ、いくつかのパターンに分類できる。

 すぐ溶けこんでワイワイと騒ぎだす子どももいれば、親の背中に隠れて、なかなか顔を出さな
い子どももいる。しかし4〜5歳の子どもの様子としては、後者のほうが、望ましい。

 はじめての場所である。警戒心をもって、当然。つまり子どもは、そうしてまわりの様子を観
察しながら、自分の頭の中で、今、自分がどういう状況に置かれているかを学習し、判断する。

 が、短気な母親には、そういった子どもの心理が理解できない。子どもの様子を見て、子ども
を叱ったりする。あるいは私に向って、「この教室は、うちの子には、向いていません」などと言
ったりする。

 私は「そういうものではないのだなあ……」と思うが、初対面の人には、そこまで説明する必
要はない。

 さらに子ども自身が、何らかの心の問題をもっているときがある。私はドクターではないか
ら、診断権はない。診断名を口にすることも許されない。親のほうから質問や相談があったと
き、それとなく、診断名を伝えるようにはしている。

 が、親には、それがわからない。極端な例だが、かん黙症状の出ている子どもに向かって、
「どうしてハキハキしないの!」と、怒鳴り散らしていた祖母がいた。あるいは自閉傾向のある
子どもが、自分のすわる席にこだわっていたとき、「あなたは、前に座りなさい!」と、叱ってい
た母親もいた。

 さらに親の過干渉や過関心で、精神そのものが萎縮してしまった子どもに向かって、キリキリ
と、こまかい指示を与えている母親となると、いくらでもいる。

 幼児教室とはいうが、実際には、母親教室。母親の指導のほうに、そんなわけで、私は重点
を置いている。それとなく、そして何となく、レッスンを通して、参観している母親たちに、信号を
送っていく。そうして母親たち自身に、自分がもつ問題に、(子どもがもつ問題ではなく、母親た
ち自身がもつ問題に)、気づいてもらう。

 実は、子育ても、しかり。ほとんどの親は、自分の意思で、自分で考えて子育てをしていると
思いこんでいる。しかしフロイトの言葉を借りるなら、「実は、潜在意識にひきずり回されながら
子育てをしている、哀れな動物にすぎない」ということになる。

 だからほとんどの母親たちは、こう言う。きっとこの文を読んでいるあなた自身も、そうだろ
う。

 「頭の中ではわかっているのですが、いざ、その場になると、ついカッとして……」と。

 子育てというのは、そういうもの。頭の中で、いちいち考えてするものではない。いや、子育て
にかぎらず、私たちが自分の頭で考えて行動している部分などというのは、ほんの一部にすぎ
ない。もっと言えば、あなたは、自分が受けた子育てを、無意識のまま、繰りかえしているにす
ぎない。それに無数の潜在意識がからんで、あなたという「私」を決めている。

 それに早く気づいた親を、賢明な親という。それにいつまでも気づかない親を、愚かな親(失
礼!)という。

 愚かな親は、自分のもつ独断と偏見だけを頼りに、子育てをする。そして仮に子育てで失敗
しても、その失敗に気づかない。ハキがなく、ナヨナヨした子どもをみながら、「うちの子は、す
ばらしい子だ」と思いこんでいた母親がいた。さらに子どもの自閉症を、こじらせるだけこじらせ
ておきながら、「うちの子は、生まれつきああです」と居なおっていた母親もいた。

 志村武氏の「釈迦の言葉」の一節には、こうある。

 「自分の見解を、絶対、完全と思いこんでしまっている者は、見解を異にする人々を、"くだら
ん、話にならん"と蔑視する。そんな人は自分の見解に、あくまでも固執し、相手がどう言おうと
も、一歩もゆずろうとはしない。偏見におごりたかぶり、その偏見の中に、ドップリとひたってし
まっているからである」(同書P114)と。

 つまり、『偏見にひたるなかれ』と。

子育てをするときは、いつもこの言葉を、頭の中で念じてみるとよい。
(はやし浩司 無知の知 ソクラテス 偏見 潜在意識)

++++++++++++++++++

少し前に書いた原稿を、手なおしして、
お届けします。

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●三つの自己中心性

 自己中心性は、それ自体が、精神の未発達を意味する。(精神の完成度は、他人への同調
性、他人との協調性、他人との調和性で知ることができる。自己中心性は、その反対側に位
置する。)

 つまり自己中心的であればあるほど、その人の精神の完成度は、低いとみる。

 これについては、もう何度も書いてきたので、ここでは、その先を書く。

 この自己中心性は、(1)個人としての自己中心性、(2)民族としての自己中心性、(3)人間
としての自己中心性の三つに、分かれる。

 たとえば、「私が一番、すぐれている。他人は、みな、劣っている」と思うのは、(1)の個人とし
ての自己中心性をいう。つぎに「大和民族は、一番、すぐれている。他の民族は、みな、劣って
いる」と思うのは、(2)の民族としての自己中心性をいう。そして「人間が宇宙の中心にいる、
唯一の知的生物である」と思うのは、(3)の人間としての、自己中心性をいう。

 この中でも、一番、わかりやすいのは、(3)の人間としての、自己中心性である。

 しかし人間は、宇宙の中の、ゴミのような星に、かろうじてへばりついて生きている、つまり
は、(カビ)のような生物にすぎない。だれだったか、少し前、(地球に張りつく、がん細胞のよう
なもの)と表現した人もいる。

 (だからといって、人間がつまらない生物だと言っているのではない。誤解のないように!)

 たとえば、今、私たちの視点を、宇宙へ置いてみよう。すると、ものの見方が、一変する。

 この広大な宇宙には、無数の銀河系がある。そしてそれぞれの銀河系には、これまた無数
の星がある。その数は、浜松市の南にある、中田島砂丘にある、砂粒の数より多いといわれ
ている。(実際には、その数は、わからない?)

 太陽という星は、その中の砂粒の一つにすぎない。

 で、私たちが住む、この地球は、その太陽という星の、これまたチリのような惑星に過ぎな
い。

 これが現実である。疑いようもない、現実である。

 こういう現実を前にして、「人間が宇宙の中心にいる、唯一の知的生物である」と言うのは、
実にバカげている。

 で、こういう視点で、こんどは、民族としての自己中心性を考えてみる。……と、考えるまでも
なく、民族としての自己中心性は、実にバカげているのが、わかる。こんな小さな地球上で、大
和民族だの、韓民族だの、さらには、白人だの黒人だのと言っているほうが、おかしい。

 さらに、個人の自己中心性となると、さらにバカげていて、話にならない。

 そこで話をもとにもどす。

 宇宙的視点から見ると、細菌とアメーバの知的レベルが、私たち人間には、同じに見えるよ
うに、人間とサルの間には、知的レベルの差は、まったくない。人間は、「自分たちはサルとは
違う」と思っているかもしれないが、まさにそれこそ、人間が、人間としてもっている自己中心性
にすぎない。

 人間としての完成度は、人間が、他の動物たちと、どの程度までの同調性、協調性、調和性
をもっているかで決まる。

たとえば森に一本の道を通すときでも、どの程度まで、そこに住む、ほかの動物たちの立場で
ものを考えることができるかで、その完成度が決まる。「ほかの動物たちのことは、知ったこと
か!」では、人間としての完成度は、きわめて低いということになる。

 さらに話を一歩進めると、こうなる。

 私たち人間は、バカである。アホである。どうしようもないほど、未熟で、未完成である。「万
物の霊長類」などというのは、とんでもない、うぬぼれ。その実体は、まさに畜生。ケダモノ。

 そういう視点で、私たちが自らを、謙虚な目で、見なおしてみる。たとえば人間としての、欠
陥、欠点、弱点、盲点、そして問題点を、洗いなおしてみる。少なくとも、私たち人間は、(完成
された動物)ではない。そういう視点で、自分を見つめてみる。

 つまりは、それこそが、人間としての自己中心性を打破するための、第一歩ということにな
る。

【追記】

 『無知の知』という言葉がある。ソクラテス自身が述べた言葉という説もあるし、ソクラテスに
まつわる話という説もある。どちらにせよ、「私は何も知らないということを知ること」を、無知の
知という。

 ソクラテスは、「まず自分が何も知らない」ということを自覚することが、知ることの出発点だと
言った。

 実際、そのとおりで、ものごとというのは、知れば知るほど、その先に、さらに大きな未知の
分野があることを知る。あるいは新しいことを知ったりすると、「どうして今まで、こんなことも知
らなかったのだろう」と、自分がいやになることもある。

 少し前だが、こんなことがあった。

 子ども(年長児)たちの前で、カレンダーを見せながら、「これは、カーレンジャーといいます」
と教えたら、子どもたちが、こう言って、騒いだ。「先生、それはカーレンジャーではなく、カレン
ダーだよ」と。

 で、私は、「君たちは、子どものクセに、カーレンダーも知らないのか。テレビを見ているんだ
ろ?」と言うと、一人の子どもが、さらにこう言った。「先生は、先生のくせに、カレンダーも知ら
ないのオ?」と。

 私はま顔だったが、冗談のつもりだった。しかし子どもたちは、真剣だった。その真剣さの中
に、私はソクラテスが言ったところの、「無知」を感じた。

 しかしこうした「無知」は、何も、子どもの世界だけの話ではない。私たちおとなだって、無数
の「無知」に囲まれている。ただ、それに気づかないでいるだけである。そしてその状態は、庭
に遊ぶ犬と変らない。

 そう、私たち人間は、「人間である」という幻想に、あまりにも、溺れすぎているのではない
か。利口で賢く、すぐれた生物である、と。

 しかし実際には、人間は、日光の山々に群れる、あのサルたちと、それほど、ちがわない?
 「ちがう」と思っているのは、実は、人間たちだけで、多分、サルたちは、ちがわないと思って
いる。

 同じように人間も、仮に自分たちより、さらにすぐれた人間なり、知的生物に会ったとしても、
自分とは、それほど、ちがわないと思うだろう。自分が無知であることにすら、気づいていない
からである。

 何とも話がこみいってきたが、要するに、「私は愚かだ」という視点から、ものを見ればよいと
いうこと。いつも自分は、「バカだ」「アホだ」と思えばよいということ。それが、結局は、自分を知
ることの第一歩ということになる。
(はやし浩司 ソクラテス 無知の知)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ものすごい情報量

 一説によると、古代人が一生かかって得た情報量は、アメリカのニューヨークタイムズ紙の、
1ページ分もなかったのではないか、ということだそうだ。

 つまりもし私たちが、10ページ分を読んだとすると、古代人の人生の10世代分の情報量を
手にしたことになる。「本当かな?」という疑問もないわけではないが、しかし、ここ10年だけを
みても、私たちが得る情報量は、大きく変わった。

 たとえば30年前、一冊の本を出そうと思ったら、まず原稿用紙に、鉛筆かペンで文字を書か
ねばならなかった。今から思うと、これが結構、たいへんな作業であった。書いては消し、書い
ては消しの連続。

 四六版の単行本で、400字づめの原稿用紙、100枚から150枚が、ひとつの目安になる。
それを出版社へ送り、一度、活字になおしてもらう。今でも、ゲラ刷りというのがあるが、当時
は、そのゲラ刷りでも、3〜4回するのが、ふつうだった。言い忘れたが、ゲラ刷りというのは、
ためし刷りのことをいう。そのゲラ刷りに赤ペンで、「なおし」を入れる。これを3〜4回、繰りか
えす。

 だから1冊の本が、できあがるのに、原稿を出版社へ送ってから、出版されるまでに、早くて
半年前後、かかった。

 が、今は、ちがう。

 現在、私は、1日、約10〜15枚の速さで、原稿を書いている。2日で、約20〜30枚。1か
月で、約300〜500枚ということになる。単行本にすれば、約3〜4冊分の分量である。

 もっとも、私の書いている原稿などは、原稿と言えるような代物(しろもの)ではない。本にす
るだけの価値もない、ただの駄文。

 しかしそれだけの量の原稿が、私という1人の人間から、世界に向けて発信される。考えて
みれば、これは恐ろしいことではないか。私という個人だけでみても、この30年間で、発信す
る情報量は、20〜30倍にふえたとみてよい。社会全体でみると、ぼう大な量になる!

 ほかにも、たとえばたった10年前ですら、何かわからないことがあると、図書館へ通った。し
かし今は、ちがう。インターネットで検索すれば、たいていのことが、瞬時にわかってしまう。そ
ういう意味でも、時間が、どんどんと短縮されている。

 こういう社会の変化にあわせて、当然のことながら、社会のしくみも、それに応じて変わりつ
つある。全体として、テンポが速くなった。そんな感じがする。

 もちろん、子どもたちの世界にも、変化が起きはじめている。遊びの内容そのものが変ってし
まった。私たちが子どものころは、コマ回しにしても、タコあげにしても、それなりに技術をみが
かねばできなかった。一時、木製の潜水艦が流行したことがある。それにしても、作り始めて
から、近くの池に浮かべるまでに、少なくとも、1〜2週間はかかった。学校から帰ってくると、
毎日、コツコツとそれを作った。

 そうした遊びが、半年とか、1年単位で、つづいた。が、今は、1か月単位とか、もっと、短い
(?)。よくわからないが、目まぐるしく変化しているのは、事実。だからこういうことも言えるので
はないか。

 古代人が一生かかって得た情報量は、最近の子どもが1週間で得る量よりも少なかった、
と。

 もっともだからといって、現代人が、その分、より賢くなり、より幸福になったということにはな
らない。その人のもつ情報量と、その人の賢さとは、必ずしも一致しない。幸福感についていえ
ば、さらに一致しない。子どもについて言えば、もの知りだからといって、賢い子どもということ
にはならない。たとえば1人の幼稚園児が、掛け算の九九をペラペラと言ったからといって、そ
の子どもが賢いとは言わない。

 その点だけは、誤解がないようにしたい。


●正精進

 釈迦の教えを、もっともわかりやすくまとめたのが、「八正道(はっしょうどう)」ということにな
る。仏の道に至る、修行の基本と考えると、わかりやすい。

 が、ここでいう「正」は、「正しい」という意味ではない。釈迦が説いた「正」は、「中正」の「正」
である。つまり八正道というのは、「八つの中正なる修行の道」という意味である。

 怠惰な修行もいけないが、さりとて、メチャメチャにきびしい修行も、いけない。「ほどほど」
が、何ごとにおいても、好ましいということになる。が、しかし、いいかげんという意味でもない。

 で、その八正道とは、(1)正見、(2)正思惟、(3)正語、(4)正業、(5)正命、(6)正念、(7)
正精進(8)正定、をいう。広辞苑には、「すなわち、正しい見解、決意、言葉、行為、生活、努
力、思念、瞑想」とある。

 このうち、私は、とくに(8)の正精進を、第一に考える。釈迦が説いた精進というのは、日々
の絶えまない努力と、真理への探究心をいう。そこには、いつも、追いつめられたような緊迫感
がともなう。その緊迫感を大切にする。

 ゴールは、ない。死ぬまで、努力に努力を重ねる。それが精進である。で、その精進について
も、やはり、「ほどほどの精進」が、好ましいということになる。少なくとも、釈迦は、そう説いてい
る。

 方法としては、いつも新しいことに興味をもち、探究心を忘れない。努力する。がんばる。が、
そのつど、音楽を聞いたり、絵画を見たり、本を読んだりする。が、何よりも重要なのは、自分
の頭で、自分で考えること。「考える」という行為をしないと、せっかく得た情報も、穴のあいた
バケツから水がこぼれるように、どこかへこぼれてしまう。

 しかし何度も書いてきたが、考えるという行為には、ある種の苦痛がともなう。寒い朝に、ジョ
ギングに行く前に感ずるような苦痛である。だからたいていの人は、無意識のうちにも、考える
という行為を避けようとする。

 このことは、子どもたちを見るとわかる。何かの数学パズルを出してやったとき、「やる!」
「やりたい!」と食いついてくる子どももいれば、逃げ腰になる子どももいる。中には、となりの
子どもの答をこっそりと、盗み見する子どももいる。

 子どもだから、考えるのが好きと決めてかかるのは、誤解である。そしてやがて、その考える
という行為は、その人の習慣となって、定着する。

 考えることが好きな人は、それだけで、それを意識しなくても、釈迦が説く精進を、生活の中
でしていることになる。そうでない人は、そうでない。そしてそういう習慣のちがいが、10年、20
年、さらには30年と、積もりに積もって、大きな差となって現れる。

 ただ、ここで大きな問題にぶつかる。利口な人からは、バカな人がわかる。賢い人からは、愚
かな人がわかる。考える人からは、考えない人がわかる。しかしバカな人からは、利口な人が
わからない。愚かな人からは、賢い人がわからない。考えない人からは、考える人がわからな
い。

 日光に住む野猿にしても、野猿たちは、自分たちは、人間より、劣っているとは思っていない
だろう。ひょっとしたら、人間のほうを、バカだと思っているかもしれない。エサをよこせと、キー
キーと人間を威嚇している姿を見ると、そう感ずる。

 つまりここでいう「差」というのは、あくまでも、利口な人、賢い人、考える人が、心の中で感ず
る差のことをいう。

 さて、そこで釈迦は、「中正」という言葉を使った。何はともあれ、私は、この言葉を、カルト教
団で、信者の獲得に狂奔している信者の方に、わかってもらいたい。彼らは、「自分たちは絶
対正しい」という信念のもと、その返す刀で、「あなたはまちがっている」と、相手を切って捨て
る。

 こうした急進性、ごう慢性、狂信性は、そもそも釈迦が説く「中正」とは、異質のものである。と
くに原理主義にこだわり、コチコチの頭になっている人ほど、注意したらよい。
(はやし浩司 八正道 精進 正精進)

【補足】

 子どもの教育について言えば、いかにすれば、考えることが好きな子どもにするかが、一つ
の重要なポイントということになる。要するに「考えることを楽しむ子ども」にすればよい。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(914)

●明治の偉勲たち

 明治時代に、森有礼(もり・ありのり)という人がいた。1847〜1889年の人である。教育家
でもあり、のちに文部大臣としても、活躍した。

 その森有礼は、西洋的な自由主義者としても知られ、伊藤博文に、「日本産西洋人」と評され
たこともあるという(PHP「哲学」)。それはともかくも、その森有礼が結成したのが、「明六社」。
その明六社には、当時の若い学者たちが、たくさん集まった。

 そうした学者たちの中で、とくに活躍したのが、あの福沢諭吉である。

 明六社の若い学者たちは、「封建的な身分制度と、それを理論的に支えた儒教思想を否定
し、不合理な権威、因習などから人々を解放しよう」(同書)と、啓蒙運動を始めた。こうした運
動が、日本の民主化の基礎となったことは、言うまでもない。

 で、もう一度、明六社の、啓蒙運動の中身を見てみよう。明六社は、

(1)封建的な身分制度の否定
(2)その身分制度を理論的に支えた儒教思想の否定
(3)不合理な権威、因習などからの人々の解放、を訴えた。 

 しかしそれからちょうど100年。私の生まれた年は、1947年。森有礼が生まれた年から、ち
ょうど、100年目にあたる。(こんなことは、どうでもよいが……。)この日本は、本当に変わっ
たのかという問題が残る。反対に、江戸時代の封建制度を、美化する人たちまで現われた。
中には、「武士道こそ、日本が誇るべき、精神的基盤」と唱える学者までいる。

 こうした人たちは、自分たちの祖先が、その武士たちに虐(しいた)げられた農民であったこ
とを忘れ、あたかも自分たちが、武士であったかのような理論を展開するから、おかしい。

 武士たちが、刀を振りまわし、為政者として君臨した時代が、どういう時代であったか。そん
なことは、ほんの少しだけ、想像力を働かせば、だれにも、わかること。それを、反省すること
もなく、一方的に、武士道を礼さんするのも、どうかと思う。少なくとも、あの江戸時代という時
代は、世界の歴史の中でも、類をみないほどの暗黒かつ恐怖政治の時代であったことを忘れ
てはならない。

 その封建時代の(負の遺産)を、福沢諭吉たちは、清算しようとした。それがその明六社の啓
蒙運動の中に、集約されている。

 で、現実には、武士道はともかくも、いまだにこの日本は、封建時代の負の遺産を、ひきずっ
ている。その亡霊は、私の生活の中のあちこちに、残っている。巣をつくって、潜んでいる。た
とえば、いまだに家父長制度、家制度、長子相続制度、身分意識にこだわっている人となる
と、ゴマンといる。

 はたから見れば、実におかしな制度であり、意識なのだが、本人たちには、それが精神的バ
ックボーンになっていることすら、ある。

 しかしなぜ、こうした制度なり意識が、いまだに残っているのか?

 理由は簡単である。

 そのつど、世代から世代へと、制度や意識を受け渡す人たちが、それなりに、努力をしなか
ったからである。何も考えることなく、過去の世代の遺物を、そのままつぎの世代へと、手渡し
てしまった。つまりは、こうした意識は、あくまでも個人的なもの。その個人が変わらないかぎ
り、こうした制度なり意識は、そのままつぎの世代へと、受け渡されてしまう。

 いくら一部の人たちが、声だかに、啓蒙運動をしても、それに耳を傾けなければ、その個人
にとっては、意味がない。加えて、過去を踏襲するということは、そもそも考える習慣のない人
には、居心地のよい世界でもある。そういう安易な生きザマが、こうした亡霊を、生き残らせて
しまった。

 100年たった今、私たちは、一庶民でありながら、森有礼らの啓蒙運動をこうして、間近で知
ることができる。まさに情報革命のおかげである。であるなら、なおさら、ここで、こうした封建
時代の負の遺産の清算を進めなければならない。

 日本全体の問題として、というよりは、私たち個人個人の問題として、である。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【近況・あれこれ】

●母親の役割

 子どもにとって、最後の心の砦(とりで)。それが母親である。子どもは、母親だけは、最後の
最後まで信じたいと思うし、また母親だけには、裏切られないと思いたい。

 それが子どもにとっての、母親である。

 が、その母親が、信じられないとしたら……。

 N県に住んでいる、K氏(男性)のケースは、かなり深刻なものである。K氏は、小さな工場を
経営していたが、母親の借金の連帯保証人になっていたため、1億円近い負債をかかえてし
まった。

 「母は、毎月のように、何だかんだと言っては、お金を、私にせびりました。で、そのつど、10
万円とか20万円とか渡していました。お金には苦労していなかったはずですが、それでも、借
金をつくり、こういうことになってしまいました。

 話を聞くと、母の実家の実兄に、お金を渡していたようです。それが数百万円になり、1千万
円を超えました。あとは、雪だるま式に借金がふえて、あっという間に、1億円になりました。

 そこで私の家内が、泣きながら私の母に抗議すると、母は、私の家内にこう言いました。『あ
んたは、ただの嫁でしょ! あんたが口をはさむような問題では、ないのよ!』『嫁のくせに、生
意気言うな!』と。

 昔から、封建的な考え方の強い土地柄です。叔父に相談しましたが、『親の借金を、子ども
が背負うのは、当たり前』とか、『どんなことをしても、親を悪く言ってはいけない』とか言って、
取りあってくれませんでした。

 今は、会社も閉鎖、自宅も、競売にかけられてしまいました。母が住んでいた実家も、抵当に
取られてしまいました。当初、母は、母の実家、つまり伯父の家に住むつもりでしたが、伯父
は、こう言いました。『母のめんどうをみるのは、息子である、お前の義務だ』と。

 それで今は、母は、私たちといっしょに、小さなアパートに住んでいます。しかし家内との折り
あいも悪く、家内のほうが、ノイローゼ気味です。母は、まだ50代で、働けなくはないのです
が、『恥ずかしいから、仕事はしたくない』と言って、一日中、アパートの中でブラブラしていま
す。

 しかし本当の悲劇は、このことではありません。

 私は、今まで、どんなことがあっても、母だけは……と思って、母を信じてきました。その信じ
られる人を失った、悲しみというか、つらさは、そういう経験のない人には、多分、理解できない
ものでしょう。

 残るは妻だけということになりますが、その妻も、このところ、よく「離婚」という言葉を口にし
ます。

 現在の私は、だれも信じられず、まただれにも愛されないといった状態です。絶壁に立たされ
たような孤独感を覚えています」と。

 (いただいたメールについて、「そのままの転載は困る」ということだったので、私のほうで、全
文、書き改めさせてもらった。)

 で、この話をワイフにすると、ワイフは、こう言った。

 「母親の第一の役目は、どんなことがあっても、子どもの心を守る、最後の砦となることね」
と。

 期待に応(こた)えるとか、応えないとか、そういうレベルの話ではない。母親たるもの、自分
の子どもに対しては、絶対的に誠実でなければならない。「絶対的」というのは、「疑いすら、も
たせない」という意味である。子どもの立場でいうなら、「疑いすら、もたない」ということになる。

 金銭について言うなら、たとえ1円でも、ごまかしてはいけない。どんな小さな約束でも、子ど
もに対しては、守る。もちろんウソなど、言語道断。こうした誠実さがあって、はじめて、親子
は、親子の関係をつづけることができる。

 もちろん損得の計算は、しない。考えてもいけない。親、とくに母親は、『無私の愛』を貫く。そ
ういう姿勢が、子どもの心を守る。


●中年から老年へ

 座っていて、ふと立ちあがろうとする。そのとき気持ちだけは、立ちあがったつもりでいる。し
かし体のほうが、それについてこない。「ヨイショ」といった感じになる。

 そういう自分の姿が、どこか老人臭くなってきたのを、自分でもわかる。決して老人のまねを
しているわけではない。しかし、体の方が、自然とそうなってしまう。

 「いやだね」と思う。だから、思い切って、立ちあがる。しかしそうすると、今度は、足元がふら
つく。こうして人は、老齢期を向かえ、少しずつ、老人臭くなっていく。

 ……と考えていたら、今日(10・2)、奥山高原で、元気な老人に出会った。年齢は教えてくれ
なかったが、70歳くらいか。スタスタと、山を、まるで走るような速さで登ってきた。

 見ると、両手、両足に、鉄製のアレイをはめている! 「こうしてわざと重くして、体をきたえて
いるんですよ」と、笑った。その老人が、こんなことを話してくれた。

(1)老人になっても、老人と思うな。年齢を数えるな。
(2)健康が、第一。その健康は、自分で守るもの。つくるもの。鍛えるもの。
(3)老齢期に入ったら、趣味をもて。健康につながる趣味をもて。
(4)汗をかけ。汗をかけば、頭の働きも、よくなる。ボケない。

 話すたびに、ダジャレの連発。「頭が軽いから、身も軽いね」「汗をたらしても、よだれをたらし
てはいかん」などなど。そのつど、ワイフは、大笑い。私も、笑った。

 中年期から、老年期への、移行がむずかしい。この時期、人は、肉体的にはもちろん、精神
的にも大きな転換期を迎える。この時期の過ごし方で、それ以後の過ごし方も、決まる。

 よい人に出会った。私はその人を見て、「ようし、ぼくも、がんばるぞ!」と思った。最後に、私
が、「現役時代の職業は何ですか?」と聞いたら、「民間企業のサラリーマンだよ」と教えてくれ
た。

 そうそうその人は、こうも言った。

 「ワシは、若いころ、パチンコで何百万円も、すった。バカだったね。あんなものに、時間と金
を使って……。それでね、あんたより、2、3歳若いころ、スキー用具を一式買って、スキーに挑
戦したよ。で、ちゃんとすべれるようになったよ。

 スキー用具なんて、パチンコとくらべると、安いものさ。いいかね、あんなものを趣味にしては
いかんよ。人間は、健康が第一。健康こそがすべて」と。

 私が写真をとると、「写真は、嫌いでね」と笑った。その人の写真は、R天の日記のほうに、載
せておくことにする。無断で、写真を載せて、すみません。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【封建時代の亡霊たち】

●江戸時代

 今の日本が、今の日本になったのは、明治以後のことである。明治のはじめ、日本は、当時
のインドネシア程度の、GNPしかなかったものと推察される。あるいはインドネシアのほうが、
ずっと豊かだったかもしれない。

 ともかくも、江戸時代という時代は、残っている城などを見ると、それなりに国力のある時代
に思う人が多いかと思うが、それはまちがい。その生活スケールは、今とは比較にならないほ
ど、小さかった。

 この浜松近辺にも、たとえば新居の関所がある。当時のまま、今に現存する、唯一の関所で
ある。その関所を見ても、当時の日本が、いかに小さな国であったかがわかる。ほかに浜松市
の中心部に、浜松城がある。徳川家康の居城となった城だが、驚くほど、小さい。今では町の
ビルに隠れて、どこにあるかさえも、わからない。

 富や権力が、こうした為政者に集中する一方、一般の庶民たちは、生きていくだけが精一
杯。最低限の生活しか保障されなかった。先に書いた新居の関所の周辺には、当時の旅籠
(はたご)が、そのまま残っている。武士たちが泊まった本陣(宿)でさえ、驚くほど小さく、狭
い。

 さらに旅籠に泊まった客たちが食べた料理も再現されているが、その内容は、実に質素。白
いご飯に、煮干、味噌汁、それに漬け物が並んだ程度。今の旅館の料理とは、くらべようもな
い。

 私はときどき、「日本の江戸時代は、世界の歴史の中でも、類を見ないほど、暗黒活恐怖政
治の時代であった」と書く。それは事実で、とくに江戸時代の前期においては、「切り捨て御免」
が、日常的になされていたという。侍なら、庶民を切り捨てても、罪は問われないというのが、
切り捨て御免である。

 明治に入ってからでさえも、遠くで、カチャカチャと、鞘(さや)が当たる音が聞こえたりすると、
農民たちは、道端(みちばた)に寄り、地面に顔をこすりつけて、その元武士(士族)が通りすぎ
るのを待ったという。

 これは数年前、90歳近くでなくなった、山荘の隣に住む、女性から私が、直接聞いた話であ
る。

 「明治になっても、士族は、刀をさして歩いていましたよ。その刀が、歩くたびに、カチャカチャ
と音をたてるのです。その音で、みな、道端に寄って、正座をして、顔を地面にこすりつけまし
た」「顔を見ることも、許されませんでした」と。

 時代が変わっても、それまでの風習は、しばらくはつづいたという。

 新居の席所の話については、以前、こんな原稿を書いたことがある。

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●新居の関所

 浜名湖の南西にある新居町には、新居関所がある。関所の中でも唯一現存する関所という
ことだが、それほど大きさを感じさせない関所である。

江戸時代という時代のスケールがそのまま反映されていると考えてよいが、驚くのは、その「き
びしさ」。関所破りがいかに重罪であったかは、かかげられた史料を読めばわかる。つかまれ
ば死罪だが、その関所破りを助けたものも同程度の罪が科せられた。

新居の関所破りをして、伊豆でつかまった男は、死体を塩漬けにして新居までもどされ、そこで
さらにはりつけに処せられたという記録も残っている。移動の自由がいかにきびしく制限されて
いたかが、この事実ひとつをとっても、よくわかる。が、さらに驚いたことがある。

 あちこちに史料と並んで、その史料館のだれかによるコメントが書き添えてある。その中の
随所で、「江戸時代は自由であった」「意外と自由であった」「庶民は自由を楽しんでいた」とい
うような記述があったことである。当然といえば当然だが、こうした関所に対する批判的な記事
はいっさいなかった。私と女房は、読んでいて、あまりのチグハグさに思わず笑いだしてしまっ
た。「江戸時代が自由な時代だったア?」と。

 もともと自由など知らない人たちだから、こうしたきゅうくつな時代にいても、それをきゅうくつ
とは思わなかっただろうということは、私にもわかる。

あのK国の人たちだって、「私たちは自由だ」(報道)と言っている。あの人たちはあの人たち
で、「自分たちの国は民主主義国家だ」と主張している。(K国の正式国名は、朝鮮人民民主
主義国家。)現在の私たちが、「江戸時代は庶民文化が花を開いた自由な時代であった」(パ
ネルのコメント)と言うことは、「北朝鮮が自由な国だ」というのと同じくらい、おかしなことであ
る。私たちが知りたいのは、江戸時代がいかに暗黒かつ恐怖政治の時代であったかというこ
と。新居の関所はその象徴ということになる。

たまたま館員の人に説明を受けたが、「番頭は、岡崎藩の家老級の人だった」とか、「新居町
だけが舟渡しを許された」とか、どこか誇らしげであったのが気になる。関所がそれくらい身分
の高い人によって守られ、新居町が特権にあずかっていたということだが、批判の対象にこそ
なれ、何ら自慢すべきことではない。

 たいへん否定的なことを書いたが、皆さんも一度はあの関所を訪れてみるとよい。(そういう
意味では、たいへん存在価値のある遺跡である。それはまちがいない。)そしてその関所をと
おして、江戸時代がどういう時代であったかを、ほんの少しでもよいから肌で感じてみるとよ
い。

何度もいうが、歴史は歴史だからそれなりの評価はしなければならない。しかし決して美化して
はいけない。美化すればするほど、時代は過去へと逆行する。

そういえば関所の中には、これまた美しい人形が八体ほど並べられていたが、まるで歌舞伎
役者のように美しかった。私がここでいう、それこそまさに美化の象徴と考えてよい。

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 だからといって、私は日本の過去が、つまらないものだったと書いているのではない。ただ、
今、あの江戸時代を、必要以上に美化する人が、あまりにも、多いということ。その一例が、N
HKの大河ドラマである。

 ああいうのを見ていると、現代人よりはるかに理知的な人たちが、当時の政治をとりおこなっ
ていたかのような錯覚を覚えてしまう。しかし現代ですら、そういう政治家は少ない。いわんや
当時をや、ということになる。

 権力闘争一つとっても、今より、はるかに毒々しいものであったにちがいない。私はときど
き、生徒たちにこう教えることがある。

 「江戸時代という時代を本当に知りたかったら、アフリカの貧しい国々を見てきたらいい」と。

 残念ながら、私は、アフリカへは行ったことがない。ないが、想像はできる。(江戸時代にして
も、どういう時代であったかについては、想像するしかない。)

 つぎの原稿は、由比正雪について書いたもの(中日新聞投稿済み)。少し話がそれるが、江
戸時代を知る、ひとつの手がかりにはなると思う。

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●子どもには「尊敬される人になれ」と教えよう
日本語で「偉い人」と言うようなとき、英語では、「尊敬される人(respected man)」と言う。よく似
たような言葉だが、この二つの言葉の間には。越えがたいほど大きな谷間がある。

日本で「偉い人」と言うときは。地位や肩書きのある人をいう。そうでない人は、あまり偉い人と
は言わない。一方英語では、地位や肩書きというのは、ほとんど問題にしない。

 そこである日私は中学生たちに聞いてみた。「信長や秀吉は偉い人か」と。すると皆が、こう
言った。「信長は偉い人だが、秀吉はイメージが悪い」と。で、さらに「どうして?」と聞くと、「信
長は天下を統一したから」と。

中学校で使う教科書にもこうある。「信長は古い体制や社会を打ちこわし、……関所を廃止し
て、楽市、楽座を出して、自由な商業ができるようにしました」(帝国書院版)と。これだけ読む
と、信長があたかも自由社会の創始者であったかのような錯覚すら覚える。しかし……?   
 

実際のところ、それから始まる江戸時代は、世界の歴史の中でも類を見ないほどの暗黒かつ
恐怖政治の時代であった。一部の権力者に富と権力が集中する一方、一般庶民は極貧の生
活を強いられた。もちろん反対勢力は容赦なく弾圧された。

由比正雪らが起こしたとされる「慶安の変」でも、事件の所在があいまいなまま、その刑は関係
者はもちろんのこと、親類縁者すべてに及んだ。坂本ひさ江氏は、「(そのため)安部川近くの
小川は血で染まり、ききょう川と呼ばれた」(中日新聞コラム)と書いている。

家康にしても、その後三〇〇年をかけて徹底的に美化される一方、彼に都合の悪い事実は、
これまた徹底的に消された。私たちがもっている「家康像」は、あくまでもその結果でしかない。

 ……と書くと、「封建時代は昔の話だ」と言う人がいる。しかし本当にそうか? そこであなた
自身に問いかけてみてほしい。あなたはどういう人を偉い人と思っているか、と。もしあなたが
地位や肩書きのある人を偉い人と思っているなら、あなたは封建時代の亡霊を、いまだに心
のどこかで引きずっていることになる。そこで提言。

「偉い」という語を、廃語にしよう。この言葉が残っている限り、偉い人をめざす出世主義がは
びこり、それを支える庶民の隷属意識は消えない。民間でならまだしも、政治にそれが利用さ
れると、とんでもないことになる。

少し前、幼稚園児を前にして、「私、日本で一番偉い人」と言った首相すらいた。そういう意識
がある間は、日本の民主主義は完成しない。

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 悲しいかな、私たちは、あの江戸時代という封建時代を清算しないまま、現代に至っている。
そのため、江戸時代の亡霊は、いまだに、いたるところに残っている。

 いろいろな賛否両論があることは私も知っている。しかし今になって、どうして武士道なのか、
私には、どうしても、理解できない。もし武士道というのが、どういうものであるかを知りたかっ
たら、ヤクザの世界をのぞいてみることだ。

 皮肉なことに、ヤクザの世界には、その武士道とやらが、少し形はちがうが、今でも、色濃く
残っている。徹底した上意下達社会。身分制度。命令と服従。任侠の世界。もっと正確に言え
ば、相撲の世界や、歌舞伎、各宗派の総本山、そういった世界が集合されたその先に、武士
の世界がある。そういう世界が、本当に日本にとって、理想の世界かと言えば、私は、そうは
思わない。

 明六社に集まった福沢諭吉たちは、そういう世界を、まだまのあたりに見ていた。そしてその
否定こそが、近代日本の基礎になると考えた。「否定」である。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●武士道とは

 武士道を信奉する人たちのバイブルとなっているのが、新渡戸稲造が書いた、『武士道』(明
治32年)である。新渡戸稲造といえば、5000円札の肖像画にもなっているから、知らない人
はいない。明治時代の終わりごろ活躍した人物で、ほかにも『随想録』(明治40年)に書いたり
している。

 もともとは、幕末の南部藩(岩手県)の武士の子弟として生まれ、札幌農学校を卒業したあ
と、アメリカにも留学している。

 その武士道でもっとも重んじるのが、「名誉」ということになる。新渡戸稲造も、『武士道』の中
で、こう書いている。

 「武士は、命よりも高価であると考えられることが起きれば、極度の平静と迅速をもって、命
をすてる」と。

 要するに、名誉のためには、死をも覚悟せよ、と。

 新渡戸稲造が、いつの時代の武士を念頭に置いたのかはしらないが、幕末の武士たちは、
堕落し放題。権威と権力の座に安住し、その中身と言えば、完全にサラリーマン化していた。
サラリーマン化が悪いと言っているのではない。「名誉のために、死をも覚悟した」というのは、
あまりにも大げさ。

 もっともこの心は、やがて日本の軍国主義の精神的根幹にもなっていった。「死して虜囚(り
ょしゅう)の辱(はずかし)めを受けず」とういう、あれである。しかしその言葉の裏で、いかに多
くの日本人が、犠牲になったことか。あるいはいかに多くの外国人が、犠牲になったことか。

 もっとも愛国主義が最初にあり、それから生まれた名誉のために死ぬというのであれば、ま
だ納得できる。正義、あるいは、自由や平等のために死ぬというのであれば、まだ納得でき
る。しかし武士道でいう『名誉』とは、まさに主君もしくは、「家」に対する、忠誠心をいった。

 ほかにも、武士道には、「義」「勇」「仁」という三つの柱があり、さらに「礼節」「誠実」「名誉」
「忠義」「孝行」「克己」の、人が守るべき、徳目として、並べられている。「名誉」それに、それか
ら生まれる「恥」の概念も、こうした徳目から、生まれた。

 もちろんある側面においては、武士道は魅力的であり、それなりに納得できる部分もある。し
かし武士道が、封建時代というあの時代の「負の遺産」を支えたもの事実。「影の部分」と言っ
てもよい。もっとわかりやすく言えば、武士道がもつ「負の側面」に目を閉じたまま、武士道を、
一方的に礼さんするのは、たいへん危険なことでもある。

 たとえばここでいう「仁・義」にしても、つきつめれば、「仁義の世界」。つまり、現代風に言え
ば、ヤクザの世界ということになる。

 また、名誉についても、『武士は食わねど、高楊枝(ようじ)』(武士というのは、食べるものが
なくて空腹でも、満腹のフリをして、名誉を守った)という、諺(ことわざ)も、ある。

 果たしてそういうメンツや見栄にこだわることも、武士道なのだろうか。武士道を礼さんする
人は、武士道を知らなければ、「人の正義」はないようなことを言う。しかしこの私などは、武士
道とはまったく無縁。しかしそんな私でも、礼節もあれば、名誉もある。誠実、忠義、孝行、克
己についても、自分なりに考えている。

 たしかに、今の世相は、混乱している。それはわかる。しかしそれは当然のことではないか。

 日本は、江戸時代という封建主義時代。明治、大正、昭和という軍国主義時代。そして戦後
の官僚主義時代。こういった時代を、それぞれ経験しながら、そのつど、過去の清算をしてこ
なかった。反省もしなかった。

 だから、今の若い人たちを中心に、「わけのわからない世界」になってきた。

 それはわかるが、で、こうした世相に対する考え方は、二つある。

 一つは、過去にもどるという考え方。よくても悪くても、そこには、一つの「主義」がある。最近
もてはやされている武士道も、その一つかもしれない。

 もう一つは、新しい主義を、創造していくという考え方。当然のことながら、私は、この後者の
考え方を、支持する。またそのために、こうしてモノを書いている。それについては、これからも
追々書いていくが、ともかくも、今の段階では、そういうことになる。

 最後に、忘れてならないのは、私の先祖も、あなたの先祖も、その武士階級にしいたげられ
た、町民や農民であったこと。もし仮に今でもあの封建時代がつづいていたとしたら、私やあな
たも、今でも、ほぼまちがいなく、町民や農民であるということ。

 そういう私やあなたが、武士のまねごとをして、どうなるというのか? 武士でもない私やあな
たが、武士道を説いて、どうなるのか。そのあたりを、じっくりと考えなおしてみてほしい。

今でこそ、偉人としてたたえるが、新渡戸稲造にしても、武士という特権階級に生まれ育った人
物である。アメリカから帰ってきたあとも、京都帝国大学教授、第一高等学校校長、東京女子
大の初代学長、国際連盟事務局次長などを歴任している。まさにエリート中のエリート。時の
権力や権威をほしいままに手に入れた人物である。その事実を、忘れてはならない。
(はやし浩司 武士道 新渡戸 義 勇 仁 仁義の世界 仁義)

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●明治維新の謎

 明治維新のことを、「明治維新」という。そんなことはだれでも知っている。

詳しくは、慶応3年10月、徳川慶喜(将軍)の大政奉還から、同年12月明治天皇の王政復古
宣言、慶応4年、江戸幕府の倒壊を経て、明治新政府成立の一連の統一国家形成への政治
改革を総称して、「明治維新」という。

 「維新」とは、「すべてが改まって、新しくなること」(広辞苑)をいう。

 しかしこの「明治維新」には、大きな謎がある。実は、日本の明治維新は、英語では、「Mieiji 
Restoration」と訳されている。

 ここでいう「メイジ・レストレーション」の「レストレーション」とは、政治学の世界では、ズバリ、
「王政復古」を意味する。よく知られた例に、チャールズU(CharlesU)が、1660年に復位して
行った、王政復古がある。英語では、(the Resoration)という。

 しかし「維新」というと、「革命」もしくは、「刷新」という印象をもつ。事実、私は学生時代、「維
新」というのは、「革命」ほどではないが、革命に近い革命のことだと、理解していた。

 しかし明治維新の流れを見るまでもなく、明治維新は、日本にとっては、まさに「王政復古」を
意味するものであった。

 (King=王)と(Emperor=天皇)のちがいは、呼び方のちがいだけであって、中身はまったく
同じである。ともかくも、英語の方では、正直に、「明治王政復古」と訳している。しかし日本語
のほうでは、「明治維新」と、何かをごまかしている。

 なぜ、日本では、「王政復古」と言わなかったのか。また学校でも、なぜ、そのように教えない
のか。「王政復古」と教えることに、何か、まずい点でもあるのか。

 私がここで「謎」という言葉を使った理由は、そこにある。つまり日本は、明治維新によって、
民主主義国家になったのではない。学校の教科書などでは、あたかも民主主義国家になった
かのように教えられているが、それはウソ。

 江戸時代という時代が、あまりにも窮屈で、自由のない時代だったから、その反動として、明
治時代が、明るく華やいで見えたことは、事実だろう。しかし日本は、明治維新によって、民主
主義国家になったのではない。欧米でいう、並みの王政国家になったのである。

 だから35年前のことだが、オーストラリアで使われている大学のテキストには、こうあった。
「日本は、官僚主義国家」と。「君主(ロイヤル=天皇)官僚主義国家」となっているのもあっ
た。

 私は、この記述に、1人の日本人として、猛反発した覚えがある。しかし日本は、官僚主義国
家だった。少なくとも、当時、日本がいう民主主義と、私がオーストラリアで感じた民主主義は、
似ても似つかない、まったく異質のものであった。

 なぜ、時の政府は、「維新」という言葉を使ったのか。

 理由は簡単。大政奉還によって、それまでの幕藩体制を、王政に変えただけ。わかりやすく
言えば、徳川家と天皇家を入れかえただけ。そういう事実を、国民の目から覆い隠すために、
「維新」という言葉を使った。

 本来なら、英語のように、「明治王政復古」と言えばよかった。しかしそれでは、国民の反発
を買うかもしれない。そこで「明治維新」とした。ときの官僚たちが、知恵をしぼりにしぼって考
えた、その結果とも言える。(官僚たちは、こういう言葉のダマシのテクニックに、たけている!
 「軍隊」を「自衛隊」と言ってみたり、「官僚主義体制の是正」を、「行政改革」と言ってみたり、
などなど。)

 つまり、これがここで私がいう、「謎」ということになる。(その答も、すでに書いてしまったが…
…。)

 で、明治維新は、一般大衆や庶民には、まったく無縁の世界で起きた、政変劇ということにな
る。だから江戸時代の社会システムは、ほぼそのまま明治時代へと引きつがれた。藩主は県
令(今の県知事)となり、武士は警官となり役人となった。それから140年近くたった今でも、こ
うした官僚主義は、厳然と生きている。「官僚による、官僚のための、官僚の国家」ということ
か。

 日本は、たしかに、自由な国である。選挙もある。しかし自由といっても、アホなことを、ギャ
ーギャーと騒ぐことを自由というのではない。またそういう自由があるから、自由な国というので
はない。

また選挙にしても、県知事にしても、市長にしても、はたまた国会議員にしても、選ばれるの
は、元官僚。天下り官僚。こういう現実を前にして、それでも日本は、民主主義国家と言い切る
ことができるのだろうか。

 「明治維新」について、私が知っていることを、ここに書きとめた。
(はやし浩司 明治維新 Meiji Restoration 王政復古)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●上下定分の理

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どうして、日本の身分制度は、
生まれたのか?

どうして男が上で、女が下と
考えるようになったのか?

どうして夫が上で、妻が下と
考えるようになったのか?

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 「自然界にある上下関係は、人間関係にもおよび、それがあらゆるものの秩序を保つ原理に
なっている」というのが、「上下定分の理」である。

 男が上で、女が下、
 親が上で、子が下、
 夫が上で、妻が下、と。
 
 そしてこれが江戸時代の身分制度の基本原理となったことは、言うまでもない。で、それを理
論づけたのが、林羅山(はやし・らざん・1583〜1657)。江戸時代初期、徳川家康のブレー
ンとして働いた儒学者として知られている。

 この思想は、当時の封建領主たちにとっては、まことにつごうのよいものであった。とくに一
部の仏教徒や、その仏教徒に指導された農民たちの反乱(一揆)に手を焼いていた、為政者
には、そうであった。為政者たちは、林羅山の上下定分の理に、とびついた。つまりこうして、
士農工商の身分制度は確立され、江戸時代が終わるまで、それはつづいた。

 この林羅山、つまり私と同姓であるが、もちろん私の祖先とは、関係ない。で、一説によると、
58歳のときですら、1年間に700冊も本を読んだという(PHP「哲学」)。

 58歳といえば、今月、私も、その58歳になる。で、1年間に700冊というと、1日、2冊。当時
の本というのは、今でいう本とは、かなり趣(おもむ)きが、ちがう。文字も大きく、ページ数も少
ない。全体としても、新聞1ページ分もなかったのではないか。「700冊」と聞くと、すごいと思う
が……。

 10年ほど前のことだが、私はあるカルト教団の信者と、こんな会話をしたことがある。その信
者は、彼らが属する教団の、X指導者について、こう言った。

 「X先生は、絶対、正しい」と。そこで「どうして、そんなことが言えるのですか?」と私が聞くと、
「X先生は、すでに万巻の書を読んでいる」と。

 「たくさんの本を読んでいるから、その人は正しい」という論法は、日本独特のものと考えてよ
い。隷属性の強い人が、自分の薄学をごまかす言葉として、よく使われる。それに、日本人
は、どういうわけか、「本」に対して、一種独特の幻想を、強く、もっている。たとえばこの日本で
は、「教科書に書いてある」と言えば、泣く子も、だまる。

 ……という、どこかひがんだ話は別として、この林羅山のおかげで、日本の民主化は、その
根底から、芽を摘まれたことになる。(残念!)以後、世界に類をみない、身分制度が、この日
本を支配することになる。

 が、これは、江戸時代だけの話ではない。江戸時代が終わって、140年もたつというのに、
いまだに、「男が上で、女が下。親が上で、子が下。夫が上で、妻が下」などと考えている人
は、多いのには、驚かされる。この静岡県においてですら、そうである。

 これから書く話は、100%、事実である。

 浜松市の郊外に、A町という、昔からミカン栽培で栄えた町がある。町というか、村に近い。そ
の町の教育委員会の依頼で講演したときのこと。そのあと若い課員(35歳くらい、当時)が、
控え室で、私にこう言った。

 「先生の講演は、この地域では、まずいです。そうでなくても、嫁姑(よめ・しゅうとめ)の戦争
が絶えないところです。こういうところで、女性の地位うんぬん(=ジェンダー)の話をされると、
委員会としても、困ります。

 こういう講演会では、みなが、ハハハと笑えるような話のほうがいいです。ほら、大阪の漫才
師がするような話です。このあたりの女性たちは、こういうところへ、息抜きにくるのです。こう
いう講演会があることを理由に、家から外へ出られるのです。

 先生の話は、嫁姑の戦争に火をつけるようなものです。覚えていますか? 一番、最後列に
すわっていた女性。先生から見て、左側の、一番窓際に座っていた女性です。先生の話を聞き
ながら、深刻な顔をしていたでしょう。このあたりには、ああいう女性が多いのです」と。

 私は、その課員の言葉を聞いて、あ然とした。「だったら、漫才師を呼べばいい」と思った。
「ただし私に払うような講演料では、ぜったいにこんなところには、来ないだろう」とも。

 何とも不愉快な男だった。インギンブレイというのは、ああいう男の態度をいう。で、私は、背
筋を伸ばして、こう言ってやった。

 「ああ、その女性ですか。窓際の、ね。……あれは、私のワイフです」と。そのとき、ワイフは、
私の運転手として、その会場へ来ていた。

 ハッと驚いた様子はわかったが、私は、その課員と目を合わせることは、もうなかった。

 21世紀に入った、現代ですら、こうである。いわんや、明治時代はどうであったか。江戸時代
はどうであったか。いつの世も、体制に迎合して、その体制につごうのよい研究をする学者が
いる。林羅山という人も、そんな人ではなかったか。

 で、その林羅山は、多くの弟子、門下生を生み出している。そしてその流れは、やがて、貝原
益軒(かいばらえきけん)や新井白石らへと受けつがれていく(参考、PHP「哲学」)。
(はやし浩司 身分制度 林羅山 上下定分 上下定分の理)

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その貝原益軒で思い出したのが、つぎの
原稿です。

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●子育ては主義の問題

 ある母親から、こんなメールが届いた。私の講演を聞いたあと、今度は、S氏という評論家の
講演を聞いたというのだ。その結果、「頭の中が混乱してしまいました」と。

 S氏というのは、このあたりでも、貝原益軒(かいばらえきけん)の『和俗童子訓』風の子育て
論を説くことで、よく知られた人である。貝原益軒というのは、江戸時代の儒学者である。S氏
も、「親の威厳こそが、家族をまとめるカギである」というようなことを、あちこちで話している。

 私の考え方とは、一八〇度違う。だからといって、私はS氏の思想を否定しているのではな
い。人それぞれ。私は私。人は人。

 そこで大切なことは、いろいろな人の意見には、耳を傾けつつも、「私は私」という部分を、自
分の中につくること。でないと、この母親のように、混乱してしまう。

 子育てというのは、一見、ただの子育てに見えるかもしれないが、実は、そこに、その人の
「主義」がからんでくる。その人の生きザマや人生観が、子育てに、集約される。学歴信仰とは
よく言ったもので、まさに「信仰」に近い部分もある。

 だから子育てをするとき、大切なことは、どんな小さなものでもよいから、そこに「主義」をもつ
こと。これを心理学の世界では、「一貫性」という。一貫性が大切とか大切でないとかいうことで
はなく、その一貫性がない子育てほど、こわいものはない。

 たとえば貝原益軒なら貝原益軒でもよい。親が、一本、スジの通った主義をもてば、子どもは
それに適応する。適応しながら、ときには、親を反面教師としながら、自分の生きザマを勝ち取
っていく。まずいのは、「混乱」である。

 そこで私のばあいは、「教師は、子ども※」と決め、めったに、ほかの人の教育論は読まない
ようにしている。話も聞かないようにしている。議論はよくするが、それは対等の立場の議論。
もし本を読む機会があれば、できるだけ教育とは無縁の本を読むようにしている。

 それは私自身が、自分の主義を確立するためでもある。またそういう主義を、自分の育児論
の中に、織りこむためでもある。とくに私は、どこか迎合しやすい性質をもっている。すぐ相手
に合わせて、自分の意見をねじまげてしまう。

 私の講演を聞いて、つづいてあのS氏の講演を聞けば、だれだって、わけがわからなくなる。
私は、「親子といえども、一対一の人間関係」と説く。一方S氏は、「親の尊厳論を説き、よい子
どもを育てるためには、先祖の墓参りが重要」と説く。

 どちらをとるかは、それはみなさん、一人ずつの問題。私の意見がよいと思う人は、私の意
見を参考に、自分の主義をもったらよい。そうでない人は、そうでない主義をもったらよい。そ
れは私の問題ではない。冷たいことを言うようだが、仮に、あなたが私の意見に同調してくれた
としても、私が得るものは、何もない。得をすることも、何もない。

 ただ私自身は、この宇宙に生まれた一つの証(あかし)として、ほんの数センチでも、あるい
はほんの数ミリでも、人間の社会を、一歩、前進させたい。そういう願いをもって、ものを書き、
自分の意見を述べている。

 だからその母親の意見には、こう答えるしかなかった。

 「あっちのカベ、こっちのカベにぶつかっていると、やがて子育ての輪郭が見えてきますよ。そ
れがあなたの子育てです。混乱するということは、一歩、その手前にいるということ。恐れない
で、もう一歩、前に、足を踏み出し、進んでみてください」と。

……これは私の重要な主義。子育て論を組み立てていて、わからないときがあると、本を調べ
るよりも先に、子どもを観察し、子ども自身に問うことにしている。この世界へ入ってからという
もの、私はただひたすら、くる日も、くる日も、アンケート調査を繰りかえした。「教師は子ども」
というのは、そういう意味。

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ところで貝原益軒という人物は、どんなことを書いているのか。
彼が書き残した『和俗童子訓』をあげて、彼についての
おさらいを、ここでしておきたい。

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【貝原益軒】

 貝原益軒が、よく批判の的となるのは、彼が残した『和俗童子訓・巻之五』による。いくら江戸
時代とはいえ、よくもまあ、ここまで男尊女卑思想を、徹底させたものだと思う。ホント!

 冒頭の「女子に教ゆる法」から、順に、内容をかいつまんで、拾ってみる。読みやすくするた
め、できるだけ、口語になおした。

(1)(男子は、外の世界に出て仕事をする一方)、女子は、いつも内(家の中)にいて、先生や
友から、道を学び、世の中の礼儀を見習うこと。ただひたすら親の教えにより、身を立てるもの
だから、父母の教えをしっかりと、守ること。

(2)女子は、はじめは男子とは、異なるところはない、しかし、女子は他家に嫁いで、他人に仕
える立場のものだから、不徳な女子では、舅(しゅうと)、夫の心にかなうことはむずかしい。

 その年がきたら、女子には、「女徳」を教えなければならない。女徳というのは、女としての心
の正しくて、善なることをいう。女というのは、容姿より、心がすぐれているほうが、よい。

 (夫にかしずいた、中国の斉の宣王の夫人の無塩を、すばらしい女性とほめたたえる。一
方、唐の玄宗の楊貴妃は、容姿はすばらしかったが、女徳がなかったので、何をしても、天下
のわざわいになってしまった。以下、つづく……。)

 だから婦人というのは、容姿は見にくくても、(舅や夫に)かしずき、ただひたすら、つつしみ深
くあること。

(2)女の徳は、(「女」と呼び捨てにするのには、抵抗があるが、原文ではそうなっているので
……)、和と順の2つを守ることである。和というのは、心を大切にして、身のこなしや言葉が、
うららかであることをいう。

 順(したがう)とは、人に従って、そむかないことをいう。和順がなければ、他人を怒りののしっ
たり、表情もきつく、他人を流し目に見て、けんかばかりする。人をうらんだり、自分の身を誇っ
たり、他人をののしったりする。他人よりすぐれているといった表情は、おぞましく、憎たらし
い。

 だから女は、和順で、かつ貞信で、なさけ深く、静かな心であるのがよい。

(3)そしてこのあとに、いよいよ貝原益軒の、あの有名な言葉がつづく。この部分は、原文のま
ま、紹介する。

 『女は、人につかふるものなれば、父の家、富貴なりとても、夫の家にゆきては、其親の家に
ありし時より(も)、身をひき(低)くして、舅姑にへりくだり、慎みつかへて、朝夕のつとめおこたる
べからず。舅姑のために衣をぬひ、食をととのへ、わが家にては、夫につかへてたかぶらず。
みづからきぬ(衣)をたたみ、席をはは(掃)き、食をととのへ、うみ・つむぎ、ぬい物し、子をそだ
てて、けがれをあらひ、婢多くとも、万の事に、みづから辛労をこらへてつとむる、是婦人の職
分なれば、わが位と身におうぜぬほど、引さがりつとむべし。かくの如くすれば、舅、夫の心に
かなひ、家人の心を得て、よく家をたもつ。又わが身にたかぶりて、人をさしつかひ、つとむべ
き事におこたりて、身を安楽におくは、舅ににくまれ、下人にそしられて、人の心をうしひ、其家
をよくおさむる事なし。かかる人は、婦人の職分を失ひ、後のさいわひなし。慎むべし』と。

 つまり「女性というのは、夫の家に嫁いだら、親の家にいたときよりも、身を低くして、舅姑に
へりくだり、朝夕の仕事を怠ってはいけない」などなど。

(4)以下、女子の心得として、「女の四行」「婦人の三従の道」「婦人の七法」とつづく。

 そして結論として、『凡そ女子は、家にありては、父母につかへ、夫に嫁しては、舅・夫に、し
たしくなれちかづきて、つかふるものなれば、其身をきよくして、けがらはしくすべからず。是
又、女子のつとむべきわざたり』と。

 わかりやすく言えば、およそ女子というのは、「家にあっては、父母に仕え、舅・夫に対して
は、親しく、なれ近づいて、仕えるべきものである。その身を清らかにして、けがらわしくしては
いけない」と。

 そして何よりも、貞節が大切だと説く。

(5)そのあと、女性の心得をことこまかく、説明。たとえば、「昔の人は、兄弟といっても、男女
は、幼いときから、席(むしろ)を同じにしない。夫が衣服をかけるところには、女は衣服をかけ
ない。沐浴するところも、別々。男女の区別、内外の区別をすることは、これは古道である」と。

 さらに指導は、こまかくなる。

 「自分の娘が嫁ぐときは、母たるもの、中門まで見送り、娘には、『夫にそむいてはいけない』
と教えること」などなど。それをまとめて、貝原益軒は、13条として、まとめている。

 このあたりが『和俗童子訓・巻之五』の折り返し点で、さらに倍程度の文章がつづく。あまり意
味のない文の羅列なので(失礼!)、ここでは省略する。

 私は、この貝原益軒の文章を読んでいて、貝原益軒が、ただ単なる男尊女卑の思想の持ち
主というよりは、女性に対して、かぎりないあこがれと、幻想をもっているのに気がついた。

 それはちょうど、マザコンタイプの男性が、女性に対して、常に「聖母的な偶像」を求めるのに
似ている。貝原益軒がこの『和俗童子訓』を著したとき、彼の母親はすでに他界していた。貝原
益軒がこの文を書いた日付は、宝永7年、つまり1710年である。貝原益軒は、寛永7年(16
30年)生まれというから、80歳のときの書ということになる。貝原益軒は、その4年後の1714
年に、九州福岡の荒津というところで他界している。

 その年齢なら、なおさら貝原益軒は、よけいに女性に対して、「聖母的な偶像」と求めていた
とも言える。そこはまさに、森進一が歌う、『♪おふくろさん』の世界と言ってもよい。

 今でも貝原益軒の教育論をたたえる人は、多い。それはそれでかまわないが、ただ必要以
上に、貝原益軒を美化するのも、どうかと思う。

 私のワイフに、「妻たるもの、貞淑をまもり、夫にかしずき従うもの」と言うと、ワイフは私にこ
う言った。

 「何、言ってるの、あなた。頭がおかしくなったんじゃな〜い?」と。

 どうやら、その一言が、このエッセーの結論ということになる。みなさんは、どう考えるだろう
か?


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司
++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【勉強しない子ども】

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兵庫県にお住まいの、Fさん(母親)から、
「うちの子が勉強から逃げる」「どうしたら
いいか」という相談をもらいました。

それについて考えてみます。

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【Fより、はやし浩司へ】

小学1年生の娘のことです。勉強に拒否反応を持ってしまいました。わからないことがあると、
考えようともせず、「わからない」と、その前に言います。パニックを起こすことも、しばしばあり
ます。

宿題をするときでも、まるで好きな数字を書いて、やってしまうような時があります。あれこれ教
えてみるのですが、自分では、考えるようともしません。

娘は年齢よりも幼く見え、感情にむらがあり、失敗をすることを恐れているようにみえます。

娘のこともさることながら、それよりも私自身のことを悩んでいます。娘が、教えてとは言うけ
ど、<わからない>とバリアを自分で張ってしまいます。最後には怒りながら教えています。自
己嫌悪におちいることもあります。そのことが、娘を、余計に勉強嫌いにさせているのかもしれ
ません。

私には過去にうつ病の経験があり、不整脈で、脈がまだ乱れる事があります。原因は別とし
て、私のせいで娘がこうなっている・・? 私自身が、プラス思考が出てきません。どうか助言を
よろしくお願いします。

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まず、以前(03年)に書いた、原稿を
ここに添付します。

参考にしてください。

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●マイナスのストローク

 記録には、こうある。

 「A君。年中児。何を指示しても、『いや』『できない』と逃げてしまう。今日も、絵を描かせよう
としたが、もぞもぞと、何やらわけのわからない模様のようなものを描くだけ。積み木遊びをし
たが、A君だけ、作ろうともしない。一事が万事。先日は、歌を歌わせようとしたが、『歌いたくな
い』と言って、やはり歌わなかった」(19XX年9月)と。

 このA君が印象に残っているのは、母親の視線が、ふつうではなかったこと。母親は、一見お
だやかな表情をしていたが、視線だけは、まるで心を射抜くように強かった。ときにビリビリとそ
れを感じて、授業がやりにくかったこともある。

 こうしたケースで困るのは、まず母親にその自覚がないということ。「その自覚」というのは、A
君をそういう子どもにしたのは、母親自身であるという自覚のこと。つぎに、私はそれを母親に
説明しなければならないのだが、どこからどう説明してよいのか、その糸口すらわからないとい
うこと。A君のケースでも、私と母親の間に、私は、あまりにも大きな距離を覚えた。

 が、母親は、こちらのそういう気持など、まったくわからない。「どうしてうちの子は……?」と
相談しつつ、私の説明をロクに聞こうともせず、返す刀で、子どもを叱る。「もっと、しっかりしな
さい!」「あんな問題、どうしてできないの!」「お母さん、恥ずかしいわ!」と。

 あのユング(精神科医)は、人間の自覚について、それを、意識と、無意識に区別した。そし
てその無意識を、さらに個人的無意識と、集合的無意識に区別した。個人的無意識というの
は、その個人の個人的な体験が、無意識下に入ったものをいう。フロイトが無意識と言ったの
は、この個人的無意識のことをいう。

 集合的無意識というのは、人間が、その原点としてもっている無意識のことをいう。それにつ
いて論ずるは、ここでの目的ではないので、ここでは省略する。問題は、先の、個人的無意識
である。

 この個人的無意識は、ここにも書いたように、その個人の個人的な体験が、無意識の世界
に蓄積されてできる。思い出そうとすれば、思い出せる記憶、あるいは意図的に封印された記
憶なども、それに含まれる。問題は、人間の行動の大半は、意識として意識される意思による
ものではなく、無意識からの命令によって左右されるということ。わかりやすく言えば、この個人
的無意識が、その個人を、裏から操る。これがこわい。

 A君(年中児)の例で考えてみよう。

 A君の母親は、強い学歴意識をもっていた。「幼児期から、しっかり教育すれば、子どもは、
東大だって入れるはず」という、迷信とも言えるべき信念さえもっていた。そのため、いつも「子
どもはこうあるべき」「子育てはこうあるべき」という、設計図をもっていた。ある程度の設計図
をもつことは、親として、しかたのないことかもしれない。しかしそれを子どもに、押しつけては
いけない。無理をすればするほど、その弊害は、そのまま子どもに現れる。

 一方、子どもの立場でみると、そうした母親の姿勢は、子どもの自我の発達を、阻害する。自
我というのは、「私は私という輪郭(りんかく)」のこと。一般論として、乳幼児期に、自我の発達
が阻害されると、どこかナヨナヨとした、ハキのない子どもになる。何をしても自信がもてず、逃
げ腰になる。失敗を恐れ、いつも一歩、その手前で止めてしまう。ここでいうA君が、まさに、そ
ういう子どもだった。

 これについて、B・F・スキナーという学者は、「オペラント(自発的行動)」という言葉を使って、
つぎのような説明している。

 「条件づけには、(1)強化(きょうか)の原理と、(2)弱化(じゃくか)の原理がある」と。

 強化の原理というのは、ある行動を人がしたとき、その行動に、プラスのストローク(働きか
け)が加わると、その人は、その行動を、さらに力強く繰りかえすようになるという原理をいう。

 たとえば子どもが歌を歌ったとする。そのとき、まわりの人が、それを「じょうずだ」と言ってほ
めたり、自慢したりすると、それがプラスのストロークとなって、子どもはますます歌を歌いたが
るようになる。

 これに対して弱化の原理というのは、ある行動を人がしたとき、その行動にマイナスのストロ
ークがかかると、その人は、その行動を繰りかえすのをやめてしまうようになるという原理をい
う。あるいは繰りかえすのをためらうようになる。

 たとえば子どもが歌を歌ったとする。そのとき、まわりの人が、「こう歌いなさい」と言って、け
なしたり、笑ったりすると、それがマイナスのストロークになって、子どもは歌を歌わなくなってし
まう。

 A君のケースでは、母親の神経質な態度が、あらゆる面で、マイナスのストロークとなって作
用していた。そしてこうしたマイナスのストロークが、ここでいう個人的無意識の世界に蓄積さ
れ、その無意識が、A君を裏から操っていた。親の愛情だけは、それなりにたっぷりと受けてい
るから、見た目には、おだやかな子どもだったが、A君が何かにつけて、逃げ腰になってしまっ
たのは、そのためと考えられる。

 が、ここで最初の、問題にもどる。そのときのA君がA君のようであったのは、明らかに母親
が原因だった。それはわかる。が、私の立場で、どの程度まで、その責任を負わねばならない
のかということ。与えられた時間と、委託された範囲の中で、精一杯の努力をすることは当然と
しても、しかしこうした問題では、母親の協力が不可欠である。その前に、母親の理解がなけ
れば、どうしようもない。

 そこで私はある日、意を決して、母親にこう話しかけた。

私「ご家庭では、もう少し、手綱(たすな)を、緩(ゆる)めたほうがいいですよ」
母「ゆるめるって……?」
私「簡単に言えば、もっとA君を前向きにほめるということです」
母「ちゃんと、ほめています」
私「そこなんですね。お母さんは、その一方で、A君に、ああしなさいとか、こうしなさいとか言っ
ていませんか?」
母「言っていません。やりたいようにさせています」
私「はあ、そうですか……」と。

 実際のところ、問題意識のない母親に、問題を提起しても、ほとんど意味がない。たいてい
は、「うちでは、ふつうです」「幼稚園では、問題ありません」などと言って、私の言葉を払いのけ
てしまう。さらに、何度かそういうことを言われたことがあるが、こう言う母親さえいる。「あんた
は、黙って、うちの子の勉強だけをみてくれればいいです」と。つまり「余計なことは言うな」と。
 
 ……と、書いて、私も気づいた。私にも、弱化の原理が働いている、と。問題のある子どもの
母親を前にすると、「母親に伝えなければ」という意思はあるのだが、別の心がそれにブレーキ
をかけてしまう。この仕事というのは、報われることより、裏切られることのほうが、はるかに多
い。いやな思い出も多い。さんざん、不愉快な思いもした。そうした記憶が、私を裏から操って
いる? 「質問があるまで、黙っていろ」「あえて問題を大きくすることもない」「言われたことだ
けをしていればいい」「余計なことをするな」と。

 「なるほど……」と、自分で感心したところで、この話は、ここまで。要するに、子どもは、常に
プラスのストロークをかける。かけながら、つまりは強化の原理を利用して、伸ばす。とくに乳幼
児期はそうで、これは子育ての大原則ということになる。
(はやし浩司 ユング 集合的無意識 個人的無意識 弱化の原理 強化の原理 スキナー 
オペラント 自発的行動 マイナスのストローク プラスのストローク はやし浩司)

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もちろんFさんが、ここに書いた母親のようで
あるというわけではありません。

しかしやる気というのも、言葉で、説教したり、
叱ったりするから、でてくるというようなもの
でもないようです。

最近の大脳生理学では、つぎのように説明して
います。内容が一部、ダブりますが、お許しく
ださい。

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●プラスの強化

 「勉強したら、ほめられる」……これをプラスの強化という。一方、「勉強しなければ、叱られ
る」……これをマイナスの強化という。どちらも、子どもに勉強させるという意味では、効果的。
しかし長い目で見ると、マイナスの強化を受けた子どもは、確実に、勉強を嫌いになる。つまり
学力は、さがる。

 子どもは、本来的に、自発的に行動する力をもっている。これをスキナーという学者は、「オ
ペラント」と名づけた。しかしその自発的行動の原動力になるものには、二種類ある。それがこ
こでいうプラスの強化と、マイナスの強化である。どちらがよいかは、もう改めて説明するまでも
ない。

 プラスの強化をするための、一つの方法として、達成感を利用するというのがある。最近の
大脳生理学では、脳の中枢部の辺縁系にある、帯状回(たいじょうかい)という組織が、どうや
ら、その「やる気」をコントロールするということまでわかってきた(伊藤正男氏の「思考システ
ム」)。

 達成感が満足されると、脳の中に、エンケファリン系やエンドロフィン系の麻薬様物質が放出
され、それがここちよい感覚を生みだすという。心理学では、こうした現象を、「好子」という名
前を使って説明している。

 そこで子どもの学力を伸ばすためには、いかにして、その達成感を覚えさせるかを、いつも
考えながらする。

 たとえばワークブックでも、子どもが懸命にやる様子を見せたら、多少、まちがっていても、そ
れには目を閉じて、大きな丸をつけてやる。こうした大らかさが、子どもを伸ばす。しかし中に
は、そうでない親もいる。

 「答が違っているのに、どうして丸をつけるのですか?」
 「ハネやハライが、メチャメチャです。しっかりみてください」
 「しっかりと、ワークブックを採点してください」と。

 毎年のように、そういう苦情を言ってくる親がいる。しかし私は、答に丸をつけるのではなく、
一生懸命したことに対して、丸をつける。だいたい、あのワークブックほど、いいかげんなもの
はない。(無数の学習教材を作ってきた私がそう言うのだから、まちがいない。)「半分は、お絵
かきになってもよい」と思うこと。こまごまとしたことを言って、子どもを勉強嫌いにしたら、それ
こそ、元も子もない。

 もちろん正解であればほめる。しかしそれ以上に大切なのは、子どもにプラスの強化が働い
ているかどうかということ。もしマイナスの強化を使わなければ、子どもが勉強しないというので
あれば、あなたの家庭教育は、すでに失敗している。じたばたすればするほど、逆効果。へた
をすれば、底なしの悪循環の世界に入ってしまうかもしれない。じゅうぶん、注意されたし。
(はやし浩司 子供のやる気 子どものやる気 帯状回 達成感 自発的行動 子供の心理 
はやし浩司)

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子どもの(やる気)について、だいたい、
おおまかなことは、これでわかっていただ
けたと思います。

もう1作、原稿を添付します。2年ほど前に
書いた原稿です。

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●親の意欲、子の意欲

 親の過剰期待は、子どもの意欲をつぶす。わかりやすく言えば、親の期待が大きければ大き
いほど、子どもは、やる気をなくす。

 一方、親自身が、意欲がないケースがある。生活自体がマンネリ化していて、毎日が、惰性
で流れていく。そういう家庭環境では、やる気のある子どもは、生まれない。

 言いかえると、この二つをうまくコントロールすれば、子どもはやる気のある子どもになるし、
そうでなければ、そうでないということになる。いろいろな失敗例をあげてみる。

【「やればできはず」と、A君(中一)を責めた、母親】

 そのときA君は、50番中、30〜40番の成績をとっていた。しかしそれがA君には、精一杯
の成績だった。が、たまに、A君は、よい点を取った。たぶん、何かズルイ手をつかったのだろ
う。しかし母親には、それがわからなかった。だから、その点を基準に、「あなたは、ちゃんとや
ればできる。だから勉強しなさい」と、A君を叱った。

【サッカーを、やめさせた母親】

 B君(小五)の楽しみは、何といっても、サッカーだった。体は小柄だったが、その分、小回り
がきき、すばしっこい動きができた。が、小学五年になるころから、成績がさがり始めた。母親
は、B君を、近くの進学塾へ入れることにした。が、ここで問題が起きた。塾の時間と、サッカー
クラブの練習日が重なってしまった。母親は、サッカーをやめさせることにした。

【難解なワークブックを与えられたC子(小六)さん】

 母親はC子さんを、夏休み前に、X進学塾へ体験入塾させた。そしていきなり、テストと順位。
成績は30人中、25番。この結果に、母親は驚いた。そしてC子さんを叱り、その足で、近くの
書店に。母親は、難解なワークブックを、どっさりと買った。最初のころは、C子さんも、一日2
ページと決め、それなりにがんばったが、すぐオーバーヒート。

【こまかいミスを注意した母親】

 その母親は、こまかいことを気にした。漢字にしても、トメ、ハネ、ハライを、神経質なまでに、
子どもに守らせた。学校のテストでも、まちがったところは、すべてノートに書き写させ、それを
子どもにやらせた。計算問題でも、まちがえると、「どうして、こんな簡単なのができないの
か!」と、子どもを責めた。
 
 子どもとて、人間。こんな簡単なことさえわからない親は、多い。ではどうするか。

 ドイツのマクレランドという学者は、おもしろい実験をしている(「発達心理学」ナツメ社)。

 母親の意欲の強さを、(1)最高意欲、(2)高意欲、(3)意欲普通、(4)低意欲の四つに分
け、その子どもたちの意欲の強さを調べたところ、(3)の普通意欲の母親の子どもの意欲が、
一番強かったというのだ。順に並べてみると、

(3)普通意欲→(4)低意欲→(2)高意欲→(1)最高意欲

 つまり親の意欲が強すぎると、子どもはやる気をかえってなくすということ。子どもに向かっ
て、「勉強しなさい」と、あれこれこまかい指示を出せば出すほど、逆効果だということ。むしろ
ここでいう低意欲(子どものことは子どもに任すタイプ)の親のほうが、子どものやる気を引き
出すということもわかっている。

 しかし一方で、子どもにかまわず、外の世界に向かって伸びつづける親の子どもは、伸びる
ということもわかっている。家庭の中に、緊張感が生まれ、その緊張感が、子どもの意欲によ
い方に作用するからである。

 そんなわけで私は、昔、こんな格言を考えた。『親は外に向かって伸びる』と。子どもに、自分
の夢や希望を託すことは悪いことではない。しかし自分のできなかったこと、できないことを、
子どもに求めてはいけない。親は親。子どもは子どもである。ある母親は、こう言った。「どうし
て、うちの子は、本を読まないのでしょうか?」と。

 そこで私が、「一番、よい方法は、あなたが毎週、図書館へ行って、本を読むことです。子ど
もがついてくるというなら、連れていけばいい」と。それに答えて、その母親は、こう言った。「私
は、もう終わりましたから」と。

 こういう身勝手さは、どんな親にもある。しかしその身勝手さが、子どものやる気をつぶす。

 子どもに勉強させようと考えたら、命令や、おどしを使うのは、最後の最後。子どものやる気
を、じょうずに育てることこそ、何よりも大切。わかりきったことなのだが……。
(はやし浩司 マクレランド 意欲 意欲論 子どものやる気 子供のやる気)

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そこで、どうするか?
方法は、いくつかあります。
コツは、オールマイティな
人間を求めないこと。

得意なことをさせて、少し
できたら、それをほめる。
達成感を大切にするのも、
その一つです。

以前、同じような相談をもらった
ことがあります。
参考になると思いますので、
ここに添付します。

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【E氏よりの相談】

甥っ子についてなんですが、小学二年生でサッカークラブに入っています。ところがこのとこ
ろ、することがないと、ゴロゴロしているというのです。

とくに友だちと遊ぶでもなく、何か自分で遊ぶのでもなく……。サッカーもヤル気がないくせに、
やめるでもない。こういう時は、どこに目を向ければいいのでしょうか。

やる気がないのは、今、彼の家庭が関心を持っている範疇にないというだけで、親自身が持っ
ている壁を越えさせることがポイントかな、と思ったりしたのですが……。 

【はやし浩司より】

●消去法で

 こういう相談では、最悪のケースから、考えていきます。

 バーントアウト(燃え尽き、俗にいう「あしたのジョー症候群」)、無気力症候群(やる気が起き
ない、ハキがない)、自我の崩壊(抵抗する力すらなくし、従順、服従的になる)など。さらに回
避性障害(人との接触を避ける)、引きこもり、行為障害(買い物グセ、集団非行、非行)など。
自閉症はないか、自閉傾向はないか。さらには、何らかの精神障害の前兆や、学校恐怖症の
初期症状、怠学、不登校の前兆症状はないか、など。

 軽いケースでは、親の過干渉、溺愛、過関心、過保護などによって、似たような症状を見せ
ることがあります。また学習の過負担、過剰期待による、オーバーヒートなどなど。この時期だ
と、暑さにまけた、クーラー病もあるかもしれません(青白い顔をして、ハーハーあえぐ、など)。

 「無気力」といっても、症状や程度は、さまざまです。日常生活全体にわたってそうなのか。あ
るいは勉強面なら勉強面だけにそうなのか。あるいは日よって違うのか。また一日の中でも、
変動はあるのかないのか。

こうした症状にあわせて、何か随伴症状があるかないかも、ポイントになります。ふつう心配な
ケースでは、神経症による緒症状(身体面、行動面、精神面の症状)が伴うはずです。たとえ
ばチック、夜驚、爪かみ、夜尿など。腹痛や、慢性的な疲労感、頭痛もあります。行動面では、
たとえば収集癖や万引きなど。

さらに情緒障害が進むと、心が緊張状態になり、突発的に怒ったり、キレたりしやすくなりま
す。この年齢だと、ぐずったりすることもあるかもしれません。

こうした症状をみながら、順に、一つずつ、消去していきます。「これではない」「では、これでは
ないか?」とです。

●教育と医療

 つまりいただいた症状だけでは、私には、何とも判断しかねるということです。したがって、ア
ドバイスは不可能です。仮に、そのお子さんを前に置いても、私のようなものが診断名をくだす
のは、タブーです。資格のあるドクターもしくは、家の人が、ここに書いたことを参考に、自分で
判断するしかありません。

 治療を目的とする医療と、教育を目的とする教育とは、基本的な部分で、見方、考え方が違
うということです。

 たとえばこの時期、子どもは、中間反抗期に入ります。おとなになりたいという自分と、幼児
期への復帰と、その間で、フラフラとゆれ戻しを繰りかえしながら、心の状態が、たいへん不安
定になります。

 「おとなに扱わねば怒る」、しかし「幼児のように、母親のおっぱいを求める」というようにで
す。

 そういう心の変化も、加味して、子どもを判断しなければなりません。医療のように、検査だ
けをして……というわけにはいかないのですね。私たちの立場でいうなら、わかっていても、知
らないフリをして指導します。

 しかしそれでは、回答になりませんので、一応の答を書いておきます。

 相談があるということから、かなり目立った症状があるという前提で、話をします。

 もっとも多いケースは、親の過剰期待、それによるか負担、過関心によって、脳のある部分
(辺縁系の帯状回)が、変調しているということ。多くの無気力症状は、こうして生まれます。

 特徴としては、やる気なさのほか、無気力、無関心、無感動、脱力感、無反応など。緩慢動
作や、反応の遅延などもあります。こうした症状が慢性化すると、昼と夜の逆転現象や回避性
障害(だれにも会いたがらない)などの症状がつづき、やがて依存うつ病へと進行していきま
す。(こわいですね! Eさんのお子さんのことではなく、甥のことということで、私も、少し気楽
に書いています。)

 ですから安易に考えないこと。

●二番底、三番底へ……

 この種の問題は、扱い方をまちがえると、二番底、三番底へと落ちていきます。さらに最悪の
状態になってしまうということです。たとえば今は、何とか、まだサッカーはしているようですが、
そのサッカーもしなくなるということです。(親は、これ以上悪くならないと思いがちですが……。
決して、そうではないということです。)

 小学二年生という年齢は、好奇心も旺盛で、生活力、行動力があって、ふつうなのです。そ
れが中年の仕事疲れの男のように、家でゴロゴロしているほうが、おかしいのです。どこかに
心の病気があるとみてよいでしょう。

 では、なおすために、どうしたらよいか?

 まず、家庭が家庭として、機能しているかどうかを、診断します。

●家庭にあり方を疑う……

 子どもにとって、やすらぎのある、つまり外の世界で疲れた心と体を休める場所として機能し
ているかどうかということです。簡単な見分け方としては、親のいる前で、どうどうと、ふてぶてし
く、体を休めているかどうかということです。

 親の姿を見たら、コソコソと隠れたり、好んで親のいないところで、体や心を休めるようであ
れば、機能していないとみます。ほかに深刻なケースとしては、帰宅拒否があります。反省す
べきは、親のほうです。

 つぎに、達成感を大切にします。「自身が持っている壁を越えさせることがポイント」というの
は、とんでもない話で、そういうやり方をすると、かえってここでいう二番底、三番底へと、子ど
もを追いやってしまうから注意してください。

 この種の問題は、(無理をする)→(ますます無気力になる)→(ますます無理をする)の悪循
環に陥りやすいので、注意します。一度、悪循環に陥ると、あとは底なしの悪循環を繰りかえ
し、やがて行き着くところまで、行き着いてしまいます。

 
「壁を越えさせる」のは、風邪を引いて、熱を出している子どもに、水をかけるような行為と言っ
てもよいでしょう。仮に心の病にかかっているということであれば、症状は、この年齢でも、半年
単位で推移します。今日、改めたから、明日から改善するなどということは、ありえません。

 私なら、学校恐怖症による不登校の初期症状を疑いますが、それについても、私はその子ど
もを見ていませんので、何とも判断しかねます。

 ただコツは、いつも最悪のケースを考えながら、「暖かい無視」を繰りかえすということです。
子どものやりたいようにさせます。過関心であれば、親は、子育てそのものから離れます。

 多少生活態度がだらしなくなっても、「うちの子は、外でがんばっているから……」と思いなお
し、大目にみます。

 ほかに退行(幼児がえり)などの症状があれば、スキンシップを濃厚にし、CA、MGの多い食
生活にこころがけます。(下にお子さんがいらっしゃれば、嫉妬が原因で、かなり情緒が不安定
になっていることも、考えられます。)

 子どもの無気力の問題は、安易に考えてはいけません。今は、それ以上のことは言えませ
ん。どうか慎重に対処してください。親やまわりのものが、あれこれお膳立てしても、意味がな
いばかりか、たいていは、症状を悪化させてしまいます。そういう例は、本当に多いです。

 またもう少し症状がわかれば、話してください。症状に応じて、対処方法も変わります。あまり
深刻でなければ、そのまま様子を見てください。では、今日は、これで失礼します。

                             はやし浩司
(はやし浩司 子供の達成感 達成感 子供の心理)

+++++++++++++++++++++++

【はやし浩司からFさんへ】

 メールをよむかぎり、娘さん(J子さんとします)には、かなり強力な弱化の原理が働いている
ように思います。どこかで、自信をつぶされてしまったわけです。それにややオーバーヒート気
味かもしれません。

 で、(やらない)→(できない)→(叱られる)→(ますますやらない)の悪循環に陥っているもの
と、考えられます。

 小学1年という年齢を考えると、この部分についての、修復は、かなりむずかしいものと思わ
れます。勉強を好きにさせるための、特効薬のようなものは、ないということです。それこそ、1
年単位の根気と、努力が必要ということになります。

 もし浜松市に住んでおられるなら、「私のBW教室へおいでなさい」と言うこともできるのですが
……。まず、勉強は楽しいもの、ということをわからせてあげます。

 この時期は、あまり「勉強」と構えないで、子どもといっしょに楽しむという姿勢を大切にしま
す。「半分できればよし」「30分、いっしょにすわって、5分、勉強らしきことができれば、それで
よし」とします。そういうおおらかさが、子どもの心に風穴をあけます。

 Fさん自身が、やや神経質ではないのかな? 完ぺき主義ではないのかな? ……というとこ
ろまで、少し、考えてみてください。

 それともう一つ気になるのは、Fさん自身が、かなり古風な(勉強観)をもっておられるのでは
ないかということ。今は、時代も変わりました。恐らく、今、Fさんがもっている勉強観というの
は、あなたの両親から受け継いだものです。

 学歴信仰、学校神話、勉強は絶対……などなど。そういった古風な意識が、あなたをがんじ
がらめにしています。これから先、そういったものと、一つずつ戦っていくしかありませんね。

 で、どうすればよいか?

 学校の勉強も、3、4年前とくらべると、かなり楽になっています。10月に入って、やっとくりあ
がりのある足し算を学習することになっています(小1・算数)。だからあまり気負わないで、ここ
は少し肩の力を抜いて考えてみられては、どうでしょうか。

 J子さんに、何か、得意分野は、ありませんか。こういうケースでは、「不得意分野には目をつ
ぶり、得意分野を伸ばせ」が原則です。私が唱える、『一芸論』も、そういうところから生まれま
した。

+++++++++++++++++++++

一芸論についての原稿を
添付します。

+++++++++++++++++++++

●「これだけは絶対に人に負けない」・子どもの一芸論

 Sさん(中一)もT君(小三)も、勉強はまったくダメだったが、Sさんは、手芸で、T君は、スケ
ートで、それぞれ、自分を光らせていた。

中に「勉強、一本!」という子どももいるが、このタイプの子どもは、一度勉強でつまずくと、あと
は坂をころげ落ちるように、成績がさがる。そういうときのため、……というだけではないが、子
どもには一芸をもたせる。この一芸が、子どもを側面から支える。あるいはその一芸が、その
子どもの身を立てることもある。

 M君は高校へ入るころから、不登校を繰り返し、やがて学校へはほとんど行かなくなってしま
った。そしてその間、時間をつぶすため、近くの公園でゴルフばかりしていた。が、一〇年後。
ひょっこり私の家にやってきて、こう言って私を驚かせた。「先生、ぼくのほうが先生より、お金
を稼いでいるよね」と。彼はゴルフのプロコーチになっていた。

 この一芸は作るものではなく、見つけるもの。親が無理に作ろうとしても、たいてい失敗する。
Eさん(二歳児)は、風呂に入っても、平気でお湯の中にもぐって遊んでいた。そこで母親が、
「水泳の才能があるのでは」と思い、水泳教室へ入れてみた。案の定、Eさんは水泳ですぐれ
た才能を見せ、中学二年のときには、全国大会に出場するまでに成長した。S君(年長児)も
そうだ。

父親が新車を買ったときのこと。S君は車のスイッチに興味をもち、「これは何だ、これは何だ」
と。そこで母親から私に相談があったので、私はS君にパソコンを買ってあげることを勧めた。
パソコンはスイッチのかたまりのようなものだ。その後S君は、小学三年生のころには、ベーシ
ック言語を、中学一年生のころには、C言語をマスターするまでになった。

 この一芸。親は聖域と考えること。よく「成績がさがったから、(好きな)サッカーをやめさせ
る」と言う親がいる。しかし実際には、サッカーをやめさせればやめさせたで、成績は、もっとさ
がる。一芸というのは、そういうもの。ただし、テレビゲームがうまいとか、カードをたくさん集め
ているというのは、一芸ではない。

ここでいう一芸というのは、集団の中で光り、かつ未来に向かって創造的なものをいう。「創造
的なもの」というのは、努力によって、技や内容が磨かれるものという意味である。

そしてここが大切だが、子どもの中に一芸を見つけたら、時間とお金をたっぷりとかける。そう
いう思いっきりのよさが、子どもの一芸を伸ばす。「誰が見ても、この分野に関しては、あいつし
かいない」という状態にする。子どもの立場で言うなら、「これだけは絶対に人に負けない」とい
う状態にする。

 一芸、つまり才能と言いかえてもいいが、その一芸を見つけるのは、乳幼児期から四、五歳
ごろまでが勝負。この時期、子どもがどんなことに興味をもち、どんなことをするかを静かに観
察する。一見、くだらないことのように見えることでも、その中に、すばらしい才能が隠されてい
ることもある。それを判断するのも、家庭教育の大切な役目の一つである。  
(はやし浩司 兄弟の確執 ライバル意識 一芸論)

【付録】

●長子は神経質?

 なお神経質な子どもに関して、こんな興味深いデータがある。東海大学医学部の逢坂文夫氏
らの調査によると、「一番上の子は、下の子よりも神経質」というのだ。

 東京都内の保育園に通う1000人の園児の母親について調べたところ、次のようなことがわ
かったという。

 母親がわが子を神経質と認めた割合は、弟や妹をもつ長子についてがもっとも多く、42・
7%。

これに比べて、一人っ子は、35・1%、第二子は23・7%、第三子以降は、15・8%(母親の
平均年齢は、32・6歳。園児の平均年齢は3・8歳)。「兄弟姉妹の下のほうになるほど、のん
びり屋さんになるようだ」(中日新聞コメント)と。

 また「緊張しやすい」とされた長子の割合も、第二子の約1・5倍だったという。長子ほど、心
理的に不安定な傾向がうかがえる。これらの調査結果からわかることは、子どもが神経質にな
るかどうかということは、生まれつきの性質による部分も無視できないが、生まれてからの環
境にもよる部分も大きいということである。
 

+++++++++++++++++++++

ついでに、「自己嫌悪」について。
Fさんが、自己嫌悪という言葉を
使っておられましたので……。

どうか、参考にしてください。

なおあなたの住んでおられる、
O町は、よく知っています。
メールをいただいて、
なつかしく思いました。
こういう形で、O町の方に
返事を書けることを、たいへん
うれしく思っています。

++++++++++++++++++++

●自己嫌悪

 ある母親から、こんなメールが届いた。「中学二年生になる娘が、いつも自分をいやだとか、
嫌いだとか言います。母親として、どう接したらよいでしょうか」と。神奈川県に住む、Dさんから
のものだった。

 自我意識の否定を、自己嫌悪という。自己矛盾、劣等感、自己否定、自信喪失、挫折感、絶
望感、不安心理など。そういうものが、複雑にからみ、総合されて、自己嫌悪につながる。青春
期には、よく見られる現象である。

 しかしこういった現象が、一過性のものであり、また現れては消えるというような、反復性があ
るものであれば、(それはだれにでもある現象という意味で)、それほど、心配しなくてもよい。
が、その程度を超えて、心身症もしくは気うつ症としての症状を見せるときは、かなり警戒した
ほうがよい。はげしい自己嫌悪が自己否定につながるケースも、ないとは言えない。さらにそ
の状態に、虚脱感、空疎感、無力感が加わると、自殺ということにもなりかねない。とくに、それ
が原因で、子どもがうつ状態になったら、「うつ症」に応じた対処をする。

 一般には、自己嫌悪におちいると、人は、その状態から抜けでようと、さまざまなな心理的葛
藤を繰りかえすようになる。ふつうは(「ふつう」という言い方は適切ではないかもしれないが…
…)、自己鍛錬や努力によって、そういう自分を克服しようとする。これを心理学では、「昇華」
という。つまりは自分を高め、その結果として、不愉快な状態を克服しようとする。

 が、それもままならないことがある。そういうとき子どもは、ものごとから逃避的になったら、あ
るいは回避したり、さらには、自分自身を別の世界に隔離したりするようになる。そして結果と
して、自分にとって居心地のよい世界を、自らつくろうとする。よくあるのは、暴力的、攻撃的に
なること。自分の周囲に、物理的に優位な立場をつくるケース。たとえば暴走族の集団非行な
どがある。

 だからたとえば暴走行為を繰りかえす子どもに向かって、「みんなの迷惑になる」「嫌われる」
などと説得しても、意味がない。彼らにしてみれば、「嫌われること」が、自分自身を守るため
の、ステータスになっている。また嫌われることから生まれる不快感など、自己嫌悪(否定)か
ら受ける苦痛とくらべれば、何でもない。

 問題は、自己嫌悪におちいった子どもに、どう対処するかだが、それは程度による。「私は自
分がいや」と、軽口程度に言うケースもあれば、落ちこみがひどく、うつ病的になるケースもあ
る。印象に残っている中学生に、Bさん(中三女子)がいた。

 Bさんは、もともとがんばり屋の子どもだった。それで夏休みに入るころから、一日、五、六時
間の勉強をするようになった。が、ここで家庭問題。父親に愛人がいたのがわかり、別居、離
婚の騒動になってしまった。Bさんは、進学塾の夏期講習に通ったが、これも裏目に出てしまっ
た。それまで自分がつくってきた学習リズムが、大きく乱れてしまった。が、何とか、Bさんは、
それなりに勉強したが、結果は、よくなかった。夏休み明けの模擬テストでは、それまでのテス
トの中でも、最悪の結果となってしまった。

 Bさんに無気力症状が現れたのは、その直後からだった。話しかければそのときは、柔和な
表情をしてみせたが、まったくの上の空。教室にきても、ただぼんやりと空をみつめているだ
け。あとはため息ばかり。このタイプの子どもには、「がんばれ」式の励ましや、「こんなことで
は○○高校に入れない」式の、脅しは禁物。それは常識だが、Bさんの母親には、その常識が
なかった。くる日もくる日も、Bさんを、あれこれ責めた。そしてそれがますますBさんを、絶壁へ
と追いこんだ。

 やがて冬がくるころになると、Bさんは、何も言わなくなってしまった。それまでは、「私は、ダ
メだ」とか、「勉強がおもしろくない」とか言っていたが、それも口にしなくなってしまった。「高校
へ入って、何かしたいことがないのか。高校では、自分のしたいことをしればいい」と、私が言
っても、「何もない」「何もしたくない」と。そしてそのころ、両親は、離婚した。

 このBさんのケースでは、自己嫌悪は、気うつ症による症状の一つということになる。言いか
えると、自己嫌悪にはじまる、自己矛盾、劣等感、自己否定、自信喪失、挫折感、絶望感、不
安心理などの一連の心理状態は、気うつ症の初期症状、もしくは気うつ症による症状そのもの
ということになる。あるいは、気うつ症に準じて考える。

 軽いばあいなら、休息と息抜き。家庭の中で、だれにも干渉されない時間と場所を用意す
る。しかし重いばあいなら、それなりの覚悟をする。「覚悟」というのは、安易になおそうと考え
ないことをいう。

心の問題は、外から見えないだけに、親は安易に考える傾向がある。が、そんな簡単な問題
ではない。症状も、一進一退を繰りかえしながら、一年単位の時間的スパンで、推移する。ふ
つうは(これも適切ではないかもしれないが……)、こうした心の問題については、(1)今の状
態を、今より悪くしないことだけを考えて対処する。(2)今の状態が最悪ではなく、さらに二番
底、三番底があることを警戒する。そしてここにも書いたように、(3)一年単位で様子をみる。
「去年の今ごろと比べて……」というような考え方をするとよい。つまりそのときどきの症状に応
じて、親は一喜一憂してはいけない。

 また自己嫌悪のはげしい子どもは、自我の発達が未熟な分だけ、依存性が強いとみる。満
たされない自己意識が、自分を嫌悪するという方向に向けられる。たとえば鉄棒にせよ、みな
はスイスイとできるのに、自分は、いくら練習してもできないというようなときである。本来なら、
さらに練習を重ねて、失敗を克服するが、そこへ身体的限界、精神的限界が加わり、それも思
うようにできない。さらにみなに、笑われた。バカにされたという「嫌子(けんし)」(自分をマイナ
ス方向にひっぱる要素)が、その子どもをして、自己嫌悪に陥れる。

 以上のように自己嫌悪の中身は、複雑で、またその程度によっても、対処法は決して一様で
はない。原因をさぐりながら、その原因に応じた対処法をする。一般論からすれば、「子どもを
前向きにほめる(プラスのストロークをかける)」という方法が好ましいが、中学二年生という年
齢は、第二反抗期に入っていて、かつ自己意識が完成する時期でもある。見えすいた励ましな
どは、かえって逆効果となりやすい。たとえば学習面でつまずいている子どもに向かって、「勉
強なんて大切ではないよ。好きなことをすればいいのよ」と言っても、本人はそれに納得しな
い。

 こうしたケースで、親がせいぜいできることと言えば、子どもに、絶対的な安心を得られる家
庭環境を用意することでしかない。そして何があっても、あとは、「許して忘れる」。その度量の
深さの追求でしかない。こういうタイプの子どもには、一芸論(何か得意な一芸をもたせる)、環
境の変化(思い切って転校を考える)などが有効である。で、これは最悪のケースで、めったに
ないことだが、はげしい自己嫌悪から、自暴自棄的な行動を繰りかえすようになり、「死」を口
にするようになったら、かなり警戒したほうがよい。とくに身辺や近辺で、自殺者が出たようなと
きには、警戒する。

 しかし本当の原因は、母親自身の育児姿勢にあったとみる。母親が、子どもが乳幼児のこ
ろ、どこかで心配先行型、不安先行型の子育てをし、子どもに対して押しつけがましく接したこ
となど。否定的な態度、拒否的な態度もあったかもしれない。子どもの成長を喜ぶというより
は、「こんなことでは!」式のおどしも、日常化していたのかもしれない。神奈川県のDさんがそ
うであるとは断言できないが、一方で、そういうことをも考える。えてしてほとんどの親は、子ど
もに何か問題があると、自分の問題は棚にあげて、「子どもをなおそう」とする。しかしこういう
姿勢がつづく限り、子どもは、心を開かない。親がいくらプラスのストロークをかけても、それが
ムダになってしまう。

 ずいぶんときびしいことを書いたが、一つの参考意見として、考えてみてほしい。なお、繰り
かえすが、全体としては、自己嫌悪は、多かれ少なかれ、思春期のこの時期の子どもに、広く
見られる症状であって、決して珍しいものではない。ひょっとしたらあなた自身も、どこかで経験
しているはずである。もしどうしても子どもの心がつかめなかったら、子どもには、こう言ってみ
るとよい。「実はね、お母さんも、あなたの年齢のときにね……」と。こうしたやさしい語りかけ
(自己開示)が、子どもの心を開く。

++++++++++++++++

【再び、Fさんへ……】

 もっと子育てを楽しみなさい。今、あなたは、すべてのものをもっている。そのことにまず、気
がつきなさい。

 あなたの子どもを、友として、迎え入れなさい。あなたがもっている、古典的な親意識など、捨
ててしまえばよいのです。

 そして子どもといっしょに、人生を楽しむつもりで、子どもと接する。私も今、多くの生徒を教え
ながら、いっしょに、楽しむようにしています。自分の人生を、です。

 カリカリと叱りながら教えていても、つまらないでしょう。だから楽しむのです。最後の私の好
きな原稿を、いくつか添付しておきます。今でも、これらの原稿を読むと、目頭がジンと熱くなり
ます。

 あなたも気が楽になるはずです。

+++++++++++++++++

●子どもが巣立つとき

 階段でふとよろけたとき、三男がうしろから私を抱き支えてくれた。いつの間にか、私はそん
な年齢になった。腕相撲では、もうとっくの昔に、かなわない。自分の腕より太くなった息子の
腕を見ながら、うれしさとさみしさの入り交じった気持ちになる。

 男親というのは、息子たちがいつ、自分を超えるか、いつもそれを気にしているものだ。息子
が自分より大きな魚を釣ったとき。息子が自分の身長を超えたとき。息子に頼まれて、ネクタイ
をしめてやったとき。

そうそう二男のときは、こんなことがあった。二男が高校に入ったときのことだ。二男が毎晩、
ランニングに行くようになった。しばらくしてから女房に話を聞くと、こう教えてくれた。「友だちの
ために伴走しているのよ。同じ山岳部に入る予定の友だちが、体力がないため、落とされそう
だから」と。

その話を聞いたとき、二男が、私を超えたのを知った。いや、それ以後は二男を、子どもという
よりは、対等の人間として見るようになった。

 その時々は、遅々として進まない子育て。イライラすることも多い。しかしその子育ても終わっ
てみると、あっという間のできごと。「そんなこともあったのか」と思うほど、遠い昔に追いやられ
る。「もっと息子たちのそばにいてやればよかった」とか、「もっと息子たちの話に耳を傾けてや
ればよかった」と、悔やむこともある。

そう、時の流れは風のようなものだ。どこからともなく吹いてきて、またどこかへと去っていく。そ
していつの間にか子どもたちは去っていき、私の人生も終わりに近づく。

 その二男がアメリカへ旅立ってから数日後。私と女房が二男の部屋を掃除していたときのこ
と。一枚の古ぼけた、赤ん坊の写真が出てきた。私は最初、それが誰の写真かわからなかっ
た。が、しばらく見ていると、目がうるんで、その写真が見えなくなった。

うしろから女房が、「Sよ……」と声をかけたとき、同時に、大粒の涙がほおを伝って落ちた。

 何でもない子育て。朝起きると、子どもたちがそこにいて、私がそこにいる。それぞれが勝手
なことをしている。三男はいつもコタツの中で、ウンチをしていた。私はコタツのふとんを、「臭
い、臭い」と言っては、部屋の真ん中ではたく。女房は三男のオシリをふく。長男や二男は、そ
ういう三男を、横からからかう。そんな思い出が、脳裏の中を次々とかけめぐる。

そのときはわからなかった。その「何でもない」ことの中に、これほどまでの価値があろうとは!
 子育てというのは、そういうものかもしれない。街で親子連れとすれ違うと、思わず、「いいな
あ」と思ってしまう。そしてそう思った次の瞬間、「がんばってくださいよ」と声をかけたくなる。レ
ストランや新幹線の中で騒ぐ子どもを見ても、最近は、気にならなくなった。「うちの息子たち
も、ああだったなあ」と。
 問題のない子どもというのは、いない。だから楽な子育てというのも、ない。それぞれが皆、
何らかの問題を背負いながら、子育てをしている。しかしそれも終わってみると、その時代が
人生の中で、光り輝いているのを知る。もし、今、皆さんが、子育てで苦労しているなら、やが
てくる未来に視点を置いてみたらよい。心がずっと軽くなるはずだ。 

++++++++++++++++++

●生きる源流に視点を
      
 ふつうであることには、すばらしい価値がある。その価値に、賢明な人は、なくす前に気づ
き、そうでない人は、なくしてから気づく。青春時代しかり、健康しかり、そして子どものよさも、
またしかり。

 私は不注意で、あやうく二人の息子を、浜名湖でなくしかけたことがある。その二人の息子が
助かったのは、まさに奇跡中の奇跡。たまたま近くで国体の元水泳選手という人が、魚釣りを
していて、息子の一人を助けてくれた。

以来、私は、できの悪い息子を見せつけられるたびに、「生きていてくれるだけでいい」と思い
なおすようにしている。が、そう思うと、すべての問題が解決するから不思議である。

とくに二男は、ひどい花粉症で、春先になると決まって毎年、不登校を繰り返した。あるいは中
学三年のときには、受験勉強そのものを放棄してしまった。私も女房も少なからずあわてた
が、そのときも、「生きていてくれるだけでいい」と考えることで、乗り切ることができた。

 私の母は、いつも、『上見てきりなし、下見てきりなし』と言っている。人というのは、上を見れ
ば、いつまでたっても満足することなく、苦労や心配の種はつきないものだという意味だが、子
育てで行きづまったら、子どもは下から見る。「下を見ろ」というのではない。下から見る。「子ど
もが生きている」という原点から、子どもを見つめなおすようにする。

朝起きると、子どもがそこにいて、自分もそこにいる。子どもは子どもで勝手なことをし、自分
は自分で勝手なことをしている……。一見、何でもない生活かもしれないが、その何でもない生
活の中に、すばらしい価値が隠されている。つまりものごとは下から見る。それができたとき、
すべての問題が解決する。

 子育てというのは、つまるところ、「許して忘れる」の連続。この本のどこかに書いたように、フ
ォ・ギブ(許す)というのは、「与える・ため」とも訳せる。またフォ・ゲット(忘れる)は、「得る・た
め」とも訳せる。

つまり「許して忘れる」というのは、「子どもに愛を与えるために許し、子どもから愛を得るため
に忘れる」ということになる。仏教にも「慈悲」という言葉がある。この言葉を、「as you like」と英
語に訳したアメリカ人がいた。「あなたのよいように」という意味だが、すばらしい訳だと思う。こ
の言葉は、どこか、「許して忘れる」に通ずる。

 人は子どもを生むことで、親になるが、しかし子どもを信じ、子どもを愛することは難しい。さ
らに真の親になるのは、もっと難しい。大半の親は、長くて曲がりくねった道を歩みながら、そ
の真の親にたどりつく。楽な子育てというのはない。

ほとんどの親は、苦労に苦労を重ね、山を越え、谷を越える。そして一つ山を越えるごとに、そ
れまでの自分が小さかったことに気づく。が、若い親にはそれがわからない。ささいなことに悩
んでは、身を焦がす。先日もこんな相談をしてきた母親がいた。

東京在住の読者だが、「一歳半の息子を、リトミックに入れたのだが、授業についていけない。
この先、将来が心配でならない。どうしたらよいか」と。こういう相談を受けるたびに、私は頭を
かかえてしまう。

+++++++++++++++++++

●家族の真の喜び
   
 親子とは名ばかり。会話もなければ、交流もない。廊下ですれ違っても、互いに顔をそむけ
る。怒りたくても、相手は我が子。できが悪ければ悪いほど、親は深い挫折感を覚える。「私は
ダメな親だ」と思っているうちに、「私はダメな人間だ」と思ってしまうようになる。

が、近所の人には、「おかげでよい大学へ入りました」と喜んでみせる。今、そんな親子がふえ
ている。いや、そういう親はまだ幸せなほうだ。夢も希望もことごとくつぶされると、親は、「生き
ていてくれるだけでいい」とか、あるいは「人様に迷惑さえかけなければいい」とか願うようにな
る。

 「子どものころ、手をつないでピアノ教室へ通ったのが夢みたいです」と言った父親がいた。
「あのころはディズニーランドへ行くと言っただけで、私の体に抱きついてきたものです」と言っ
た父親もいた。が、どこかでその歯車が狂う。狂って、最初は小さな亀裂だが、やがてそれが
大きくなり、そして互いの間を断絶する。そうなったとき、大半の親は、「どうして?」と言ったま
ま、口をつぐんでしまう。

 法句経にこんな話がのっている。ある日釈迦のところへ一人の男がやってきて、こうたずね
る。「釈迦よ、私はもうすぐ死ぬ。死ぬのがこわい。どうすればこの死の恐怖から逃れることが
できるか」と。それに答えて釈迦は、こう言う。

「明日のないことを嘆くな。今日まで生きてきたことを喜べ、感謝せよ」と。私も一度、脳腫瘍を
疑われて死を覚悟したことがある。そのとき私は、この釈迦の言葉で救われた。そういう言葉
を子育てにあてはめるのもどうかと思うが、そういうふうに苦しんでいる親をみると、私はこう言
うことにしている。「今まで子育てをしながら、じゅうぶん人生を楽しんだではないですか。それ
以上、何を望むのですか」と。

 子育てもいつか、子どもの巣立ちで終わる。しかしその巣立ちは必ずしも、美しいものばかり
ではない。憎しみあい、ののしりあいながら別れていく親子は、いくらでもいる。しかしそれでも
巣立ちは巣立ち。親は子どもの踏み台になりながらも、じっとそれに耐えるしかない。

親がせいぜいできることといえば、いつか帰ってくるかもしれない子どものために、いつもドア
をあけ、部屋を掃除しておくことでしかない。私の恩師の故松下哲子先生*は手記の中にこう
書いている。「子どもはいつか古里に帰ってくる。そのときは、親はもうこの世にいないかもしれ
ない。が、それでも子どもは古里に帰ってくる。決して帰り道を閉ざしてはいけない」と。

 今、本当に子育てそのものが混迷している。イギリスの哲学者でもあり、ノーベル文学賞受
賞者でもあるバートランド・ラッセル(一八七二〜一九七〇)は、こう書き残している。

「子どもたちに尊敬されると同時に、子どもたちを尊敬し、必要なだけの訓練は施すけれど、決
して程度をこえないことを知っている、そんな両親たちのみが、家族の真の喜びを与えられる」
と。

こういう家庭づくりに成功している親子は、この日本に、今、いったいどれほどいるだろうか。
(*浜松A幼稚園理事長)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(911)

【今、学校では……】

●習熟度別クラス

 習熟度というほど、おおげさではないが、子どもの能力と、やる気に合わせて、クラスを分け
て授業を進めるという方法が、この浜松市でも、あちこちの小学校で採用されている。

 現在は、まだ、試行錯誤の段階で、そうした授業を、親たちに参観させながら、そのあとアン
ケート調査をするところも多い。

 で、一応、親たちは、それを、「習熟度別授業」と、理解している。

 従来(2〜3年前から)は、小学3〜4年生クラスにおいて、実験的に、特定の教科について、
こうしたクラス分けがなされていた。たとえば理科の実験などでは、人数を減らして、マンツーマ
ンで教えるなど。

 ほかに小学1年生については、国語の学習で、とくに遅れが目立つ子どもについてなどは、
個人レッスンの形で、やはりクラス分けがなされていた。これを「個別指導」というが、時間的
は、それほど、長いものではない。平均して、20〜30分程度である。

 しかしこれは習熟度別というのではなく、ここにも書いたように、個人レッスン的な色彩が濃い
ものであった。こうした授業形態を、「小(こ)人数クラス」と呼び、「少人数クラス」とは、区別し
ていた。

 こうした授業に対して、浜松市内の大規模校を中心に、(1)テストの結果などを参考に、(2)
日ごろの観察、(3)子どもの自主性、(4)親の希望を取り入れて、習熟度別授業をもつところ
が、ふえてきた。

 「まだ、(本格的に)、しているところと、していないところがある」(某小学校教頭談)とのこと。

 こうした習熟度別授業は、(1)固定化しているわけではなく、そのつど、流動的に生徒が、そ
れぞれのクラスを移動する。(2)クラス分けは、均等分けするときもあるし、そうでないときもあ
る。たとえば2クラスを、3クラスに分けて授業をするときは、均等分けにしたりする。

 実験的な措置として、特定の学校のみに、1人、余分な教師が派遣されることもある。(大規
模校には、2人)。そういう教師を利用して、2クラスを3クラスに分けるときもある。

科目によっては、とくに算数などの差のつきやすい科目については、Aクラス(レベル高)を、1
0〜20%前後、Cクラス(レベル低)を、10〜20%前後にし、中位のBクラス(レベル中)のそ
のほかの生徒を置くということがなされている。

クラス名は、「上下意識」を感じさせないように、「木の実クラス」「さくらクラス」「かもめクラス」と
いうようなネーミングをつけるところが多い。が、こうした授業が、教師に与える負担も、相当な
ものである。

 これについて、以前、つぎのような原稿を書いたので、再掲載する。

++++++++++++++++++++

●忙しくなる、教師の世界

 私たちが中学生や高校生のころには、先生には、「空き時間」というものがあった。たいて
い、1時間教えると、つぎの1時間は、その空き時間だった。

 その空き時間の間に、先生たちは、休息したり、本を読んだり、生徒の作品を評価したり、教
材を用意したりしていた。

 しかし今は、それが、すっかり、様(さま)変わりした。

 このあたりの小学校でも、その「空き時間」が、平均して、1週間に、1〜2時間になってしまっ
たという(某、小学校校長談)。(学校によっては、1週間に、平均して3時間程度というところも
ある。文科省の指導に従えば、週1時間程度になるが、学校ごとに、やりくりをして、3時間程
度を確保している。なお、中学校では、平均して7〜8時間程度の、空き時間がある。浜松市
内)

 だから今では、平日、学校の職員室を訪れても、ガランとしている。先生の姿を見ることは、
めったにない、

 「いわゆる企業や工場の経営論理が、学校現場にも及んでいるのですね。少人数による、習
熟度別指導をする。2クラスを3人の先生で教える(2C3T方式)、さらには1クラスを、2人の
先生で教える(TT方式)が、一般化し、先生が、それだけ足りなくなったためです」と。

 この結果、再び、詰めこみ教育が復活してきた。先生たちは、プロセスよりも、結果だけを追
い求めるようになってきた。が、問題は、それだけではない。

 余裕がなくなった職場からは、先生どうしの交流も消え、そのため、「精神を病む教師が続出
している」(同)という。とくに忙しいのは、教頭で、朝7時前からの出勤はあたりまえ。さらにこ
のところの市町村合併のあおりを受けて、制度や、組織、組織の定款改革などで、自宅へ帰る
のは、毎晩、7時、8時だという。

 何でもかんでも、学校で……という、親の安易な姿勢が、今、学校の先生たちを、ここまで追
いこんでいるとみてよい。教育はもちろん、しつけから、家庭指導まで……。たった1〜2人の
自分の子どもでさえ、もてあましている親が、20〜30人も、1人の先生に押しつけて、「何とか
しろ!」はない。

 さらに一言。

 1995年前後を底に、学習塾数、塾講師数ともに減少しつづけてきたが、それがここ2000
年を境に、再び、上昇する傾向を見せ始めている(通産省・農林通産省調べ)。進学競争が、
激化する様相さえ見せ始めている。

 私の周辺でも、子どもの進学問題が、数年前より、騒がしくなってきたように感ずる。さて、み
なさんの周辺では、どうであろうか?
(はやし浩司 空き時間 2C3T 習熟度別指導 TT 指導システム 激化する進学熱 進学
指導 詰め込み教育)

++++++++++++++++++++

 今後は、こうした習熟度別教室は、一部の抵抗もあるだろうが、学校内で定着していくものと
思われる。実際には、当初は、どこか遠慮がちに始まった習熟度別授業だったが、市内の小
学校を中心に、新たな単元が始まるたびに、簡単なテストをして、そのあと、クラス分けをする
ところがふえてきた。

 もちろん、問題点がないわけではない。

 教師の負担もさることながら、こうした習熟度別授業は、親たちに、少なからず、ショックを与
えている。たとえば習熟度別授業を参観してきた、ある母親は、こう言っている。学校の帰り
道、親たちはみな、進学塾はどうしようと、そんな話ばかりしていました、と。

こうした習熟度別授業は、平等主義を貫いてきた学校教育に、大きな変化をもたらすことはも
ちろんのこと、子どもたちの間で、差別化を生む可能性もある。それをどう克服していくか、こ
れからの大きな課題になるものと思われる。


●過酷な職場

+++++++++++++++++

学校の先生たちが、悲鳴をあげている。
あなたには、その悲鳴が聞こえるだろうか?

+++++++++++++++++

 教育は、重労働である。とくに、小学校教育は、そうである。

 たとえば水泳指導したあと、生徒たちといっしょに着替え、つぎの時間には、クラスで算数を
教えなければならない。

 そのためかなりの体力と気力を、必要とする。

 で、現実問題として、この浜松市でも、55歳をすぎて教師をしている、女性教師は、ほとんど
いない。女性教師のばあい、たいていの教師は、50歳前後に退職していく。「水泳指導ができ
なくなったら、教師はやめる」というのが、一つの目安になっているという。

 学校の教師のばあい、50歳少し前に、管理職に向うかどうかが、決まる。管理職になれば、
学級担任からはずされるが、それは校長と教頭、教務主任のほか、あと1名程度。そこでもっ
と、女性教師を管理職に回せばよいということになるが、これもむずかしい。

 浜松北部の、旧HK市のばあい、小学校は18校あるが、去年まで、女性校長は3人いた。し
かし2人、退職したので、現在(05年度)は、1人のみ。

 そうでない教師は、学級担任をつづける。が、50歳過ぎてからの、学級担任は、きつい。男
性教師にとっても、事情は、同じ。

 ますます拡大する教師の仕事。今では、家庭問題にまで教師が駆り出される時代である。
「子どもが警察につかまった。いっしょに行ってくれ」「子どもが家出をした。いっしょにさがしてく
れ」と。

 本来なら、教師は教育に専念すべきである。またそれをもって「教師」という。しかし雑務、雑
務の連続。これでは、本来の教育がおろそかになって当然。「これでいいのか」と疑問をもつの
は、私だけではないと思う。


●家庭問題が、そのまま学校に!

++++++++++++++++++++

 以前、荒れた学校が、問題になった。
しかし今は、問題になっていない?

実は問題になっていないのではなく、
荒れた学校が、当たり前になってしまった。

++++++++++++++++++++

 今どき、荒れた学校を問題にする人はいない。教師も、父母も、そして評論家も。それが当
たり前の現象になってしまったからである。

 しかし「荒れ」は「荒れ」でも、以前とは、少し質が変わってきた。H市で小学校の校長をしてい
るN氏は、こう話してくれた。

 「以前は、荒れというと、暴力事件を言いました。しかし今は、少し質が変わってきたように感
じます。つまり今は、家庭問題が、そのまま学校へ持ちこまれるようになりました。

 家庭騒動、親の離婚、貧困などなど。親の心の問題が、そのまま持ちこまれることもありま
す。引きこもり傾向を示す生徒がいたので、家庭訪問をしたら、親が出てこない。つまり親自身
も、引きこもってしまっているのですね。

 そういう子どもが、学校の内部で、いろいろな問題を引き起こします。最近の荒れは、そうし
て起こるものが多いです」と。

 ついでに言うと、その校長も、あの「金P先生」を、鋭く、批判していた。「ああいうありもしない
教師像を、マスコミが勝手につくり出すから、かえって、現場は混乱してしまうのです。

たとえばあの番組の中で、非行グループが、自転車のチェーンを振り回したとしますね。すると
つぎの日には、本当にそのチェーンをもって、学校へ来る生徒が出てきたりします」と。

 金P先生については、私も、たびたび批判してきた。ああいう教師を見て、「教師とは、こうあ
るべきだ」と考えるとしたら、それはまちがい。よくテレビドラマの中で、警官と悪党が、ピストル
でバンバンと撃ちあうシーンがある。

 それと同じくらい、金P先生の世界は、ありえない。たとえば金P先生は、非行少年の家の中
にあがりこみ、その少年の父親といっしょに、酒を飲んで、人生論を語りあったりする。

 しかしそれが教師のあるべき姿なのか。そこまでしてよいのか。あるいは、それこそまさに、
教師の(おごり)ではないのか。いや、その前に、体力そのものが、つづかない。20〜30人も
の子どもを相手にすることだけでも、重労働である。その上での、教育である。

 その金P先生について書いた原稿が、つぎのものである(中日新聞掲載済み)。

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教師が10%のニヒリズムをもつとき 

●10%のニヒリズム

 教師の世界には10%のニヒリズムという言葉がある。つまりどんなに教育に没頭しても、最
後の10%は、自分のためにとっておくという意味である。でないと、身も心もズタズタにされて
しまう。

たとえばテレビドラマに『三年B組、金P先生』というのがある。武田T也氏が演ずる金P先生
は、すばらしい先生だが、現実にはああいう先生はありえない。それはちょうど刑事ドラマの中
で、刑事と暴力団がピストルでバンバンと撃ちあうようなもの。ドラマとしてはおもしろいが、現
実にはありえない。

●その底流ではドロドロの欲望

 教育といいながら、その底ではまさに、人間と人間が激しくぶつかりあっている。こんなことが
あった。私はそのとき、何か別の作業をしていて、その子ども(年中女児)が、私にあいさつを
したのに気づかなかった。30歳くらいのとき、過労で、左耳の聴力を完全になくしている。

が、その夜、その子どもの父親から、猛烈な抗議の電話がかかってきた。「お前は、うちの娘
の心にキズをつけた。何とかしろ!」と。

私がその子どものあいさつを無視したというのだ。そこでどうすればよいのかと聞くと、「明日、
娘をお前の前に連れていくから、娘の前で頭をさげてあやまれ」と。こんなこともあった。

●「お前を詐欺で訴えてやる!」

 たまたま5月の連休が重なって、その子ども(年中女児)の授業が、一時間ぬけたことがあ
る。それについて「補講せよ」と。私が「できません」と言うと、「では、お前を詐欺で訴えてやる。
ワシは、こう見えても、顔が広い。お前の仕事なんかつぶすのは、朝飯前だ!」と。

浜松市内で歯科医をしている父親からの電話だった。信じられないような話だが、さらにこんな
こともあった。

 私はある時期、童話の本を読んでそれをカセットテープに録音し、幼稚園児たちに渡してい
たことがある。結構、骨の折れる作業だった。カラオケセットをうまく使って、擬音や効果音を自
分の声の中に混ぜた。音楽も入れた。もちろん無料である。そのときのこと。たまたまその子
ども(年長男児)が病気で休んでいたので、私はそのテープを封筒に入れ郵送した。

で、その数日後、その子どもの父親から電話がかかってきた。私はてっきり礼の電話だろうと
思って受話器を取ると、その父親はいきなりこう言った。「あなたに渡したテープには、ケース
がついていたはずだ。それもちゃんと返してほしい」と。

ケースをはずしたのは、少しでも郵送料を安くするためだったが、中にはそういう親もいる。だ
からこの一〇%のニヒリズムは、捨てることができない。

 これらはいわば自分を守るための、自分に向かうニヒリズムだが、このニヒリズムには、もう
一つの意味がある。他人に向かうニヒリズム、だ。

●痛々しい子ども

 一人の男の子(年中児)が、両親に連れられて、ある日私のところにやってきた。会うと、か
弱い声で、「ぼくの名前は○○です。どうぞよろしくお願いします」と。親はそれで喜んでいるよう
だったが、私には痛々しく見えた。4歳の子どもが、そんなあいさつをするものではない。また
親は子どもに、そんなあいさつをさせてはならない。

しばらく子どもの様子を観察してみると、明らかに親の過干渉と過関心が、子どもの精神を萎
縮させているのがわかった。オドオドした感じで、子どもらしいハキがない。動作も不自然で、ぎ
こちない。それに緩慢だった。

 こういうケースでは、私が指導できることはほとんど、ない。むしろ何も指導しないことのほう
が、その子どものためかもしれない。が、父親はこう言った。「この子は、やればできるはずで
す。ビシビシしぼってほしい」と。母親は母親で、「ひらがなはほとんど読めます。数も100まで
自由に書けます」と。

このタイプの親は、幼児教育が何であるか、それすらわかっていない。小学校でする勉強を、
先取りして教えるのが幼児教育だと思い込んでいる。「私のところでは、とてもご期待にそえる
ような指導はできそうにありません」とていねいに断わると、両親は子どもの手を引っ張って、
そのまま部屋から出ていった。

●黙って見送るしかなかった……

 こういうケースでも、私は無力でしかない。呼びとめて、説教したい衝動にかられたが、それ
は私のすべきことではない。いや、こういう仕事を30年もしていると、予言者のように子どもの
将来が、よくわかるときがある。そのときもそうだった。やがてその親子は断絶。子どもは情緒
不安から神経症を発症し、さらには何らかの精神障害をかかえるようになる……。

 このタイプの親は独善と過信の中で、「子どものことは、私が一番よく知っている」と思い込ん
でいる。その上、過干渉と過関心。親は「子どもを愛している」とは言うが、その実、愛というも
のが何であるかさえもわかっていない。自分の欲望を満たすため、つまり自分が望む自分の
未来像をつくるため、子どもを利用しているだけ。……つまりそこまでわかっていても、私は黙
って見送るしかない。

それもまさしくニヒリズムということになる。

++++++++++++++++++++++

 熱血教師が悪いというのではない。しかし一つまちがえば、熱血教師は、子どもの問題にせ
よ、家庭の問題にせよ、さらにその問題をこじらせてしまう。その教師の独断と偏見、思いこみ
と早とちりが、かえって騒動を大きくしてしまうこともある。

 反対の立場で考えてみればわかる。

 ある日、突然、子どもの問題にかこつけて、あなたの子どもが通う学校の教師が、ズカズカと
あなたの家にあがりこんできたら、あなたは、どのような反応を示すだろうか。いくらあなたの
家庭に問題があったとしても、あなたはこう言うだろう。「失敬だ」と。

 話が脱線したが、こうした「荒れ」もあって、学校の教師は、ますます疲れる。ある女性教師
(小学校)は、はからずも、私にこう話してくれた。

 「授業中だけが、心と体を休める場所です」と。

 こうした現実を、どれだけの親たちが、知っているだろうか?

(付記)

 参観日に参観授業を見てきた親の中には、よく、こう言う親がいる。「すばらしい授業でした。
先生も、あそこまで教材を用意して、授業をしてくれるとは、思ってもみませんでした」と。

 しかしそれは、参観日だから、である。「参観日のあと、数日は、何もやる気が起きません」
と、その(疲れ)を訴える教師が多いことも、忘れてはいけない。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●作られる意識

 最近の大脳生理学の進歩には、著しいものがある。たとえばポジトロンCT(陽電子放射断層
撮影)とか、ファンクショナルMRI(機能的磁気共鳴映像)などという装置を使って、脳ミソの動
きを、リアルタイムで、把握することができる。

 で、それとは直接関係ないが、たとえば私たちが、「自分の意思」と思っていることでも、実
は、それは自分の意思というよりは、すでにその前に、脳の別の部分で作られた意思であると
いうことまで、最近の研究では、常識になりつつある。

 たとえば昼食時になったとき、ある人が、「何を食べようか」と考えたとする。そのとき、その
人は、あれこれ、頭の中にメニューを思い浮かべながら、「そうだ、カレーライスにしよう」と決
めたとする。

 その人は、自分の意思で、「カレーライスにする」と決めたことになる。少なくとも、表面的に
は、そう見える。

 しかし実際には、そういった意思すらも、その人がまだ「意識」として意識しない段階で、脳の
別の部分で、すでに作られているというのだ。その人が、「カレーライスにする」と決める、10分
前かもしれないし、あるいは1時間前かもしれない。

あとはそのあらかじめ作られた意識によって、その人は、「カレーライスにする」と決める。あの
フロイトは、私たち人間は、「実は、潜在意識にひきずり回されながら生きている、哀れな動物
にすぎない」と言ったが、まさに、そのとおり、……ということになる。最近の研究は、それを科
学的に、最新技術を使って証明しつつある。

 ……となると、ますます、「私とは何か」が、わからなくなる。

 そこで思い出すのが、ウソ発見器である。

 最近のウソ発見器は、その脳ミソの奥底までのぞくことができる。だから意識の世界で、いく
らうまくウソをついたとしても、脳みその奥底までは、だませない。脳ミソの奥底は、別の反応を
示す。それをとらえて、ウソ発見器は、ウソか本当かを、言い当ててしまう。

 そこで再び、「私とは、何か」という問題。

 昨日(10・5)も、電車であるところへ行ってきたが、その電車の中にも、化粧をしている女性
がいた。今では、珍しくも何ともない、風景である。

 私はその女性を見ながら、「あの女性は、自分の意思で、化粧をしているのだろうか。それと
も、潜在意識に引きずり回されながら化粧しているのだろうか」と考えた。

 だいたいにおいて、化粧するという行為は、男性を意識した行為である。もっと言えば、その
根底には、性的エネルギー(リピドー)がある。そのエネルギーが、あれこれ姿を変えて、表面
に出てくる。人間を操る(フロイト)。その女性とて、例外ではない。

 化粧をしている女性は、「自分の意思で化粧をしている」と思っているにちがいない。しかし、
実際には、無意識の世界にある、潜在意識に操られているだけ?

 さてさて、この私は、これから30分ほど、自転車であちこちを走ってみようと思っている。そう
思うのは、私の意思ということになるが、ひょっとしたら、この意思は、朝起きるときに、すで
に、脳ミソの別のところで作られていたのかもしれない。

 昨日は、運動をしなかった。そのためか、今朝起きたとき、体がどこか重かった。私はそのと
き、「重い」と感じたが、感じたのは、それだけ。しかし脳みその別の部分は、「運動をする」と、
すでに決めていたかもしれない。

 わかりやすく言えば、脳ミソの中には、見える部分(=意識)と、見えない部分(=潜在意識)
があるということ。そして見える部分の意識というのは、実は、脳ミソの活動の中でも、ほんの
一部にすぎない。一説によると、数10万分の1程度ということらしい。ほとんどの活動は、その
意識のおよび知らないところで、なされている。

 「私」とは何か、それを知りたければ、その無意識の世界にまで、足を踏みこまねばならな
い。自分の意思を決める前の、無意識の世界における意識。そこまで知らなければならない。

 しかしそんなことは、はたして可能なのか。

 ……頭が混乱してきたので、この話は、ここまで。しかし「私」って、本当におもしろい。考えれ
ば、考えるほど、おもしろい。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●親の身勝手

 先日、三男と食事をとりながら、こんな話をした。

 息子たちの2人が、ある水難事故にあった。息子たちが助かったのは、まさに奇跡に近いも
のだった。で、そのあと、私は、3人の息子たちを、その翌週には、水泳教室に入れた。話題
がそのことになった。

 三男がこう言った。

 「いやだった。毎週、水泳教室の日になるたびに、ゆううつだった」と。

 そのとき、三男は、まだ3歳になったばかりではなかったか。しかし「いやだった」と。

 それを聞いて、私は、申し訳ない気持ちにかられた。「悪いことをした」とも思った。三男がま
さか、心の中で、そんなふうに感じていたとは、夢にも思っていなかった。

 三男は、こう言った。「兄貴たちも、いやがっていたみたい」と。

 私は、ますます気が重くなった。私は、よかれと思って、息子たちを、水泳教室に入れた。し
かしそれから20年。それを思い出して、三男は、「いやだった」と。私は、息子たちの気持ち
を、何も確かめていなかった。何も気づいていなかった。

 水泳教室へ入れることは、必要なことだった。あの水難事故のあと、それを強く感じた。だか
ら息子たちを水泳教室へ入れた。そのことについては、後悔していない。しかし息子たちの心
に耳を傾けなかった。私という親だけの判断で、息子たちを水泳教室へ、入れた。押しこんでし
まった。それが後悔の念として、今、私の心を重くする。

 「フ〜ン、そうだったのか」と、三男の顔を見たまま、つぎの言葉が出てこなかった。しかし当
時のことをいくら思い起こしても、いやがっていた息子たちの顔は、浮かんでこない。ときどき、
参観ルームから、窓越しに、息子たちが泳いでいるのは覚えている。指導員の指示に従って、
足をバタバタさせたりしていた。楽しそうな様子でもなかったが、とくにいやがっていたという様
子でもなかった。が、息子たちは、その心の中では、別のことを考えていた……!

 「もう少し子どもの意思を確かめるべきだった」「息子たちを説得してから、行かせるべきだっ
た」とは思ったが、それは三男には、言わなかった。

 おかしなもので、子育ても終わりに近づくと、そういう言葉ほど、胸を刺す言葉はない。ズシン
と胸に響く。で、その食事が終わって、三男がいなくなったあと、ワイフにそのことを話すと、ワ
イフは、こう言った。

 「いやだったことは、何でも、よく覚えているものよ。だから、あまり気にしなくていいのよ。息
子たちは、みな、結構楽しそうに、泳いでいたわよ。それに三男にしても、今、泳ぐのが健康法
の一つになっているのよ」と。

 三男は、大学から帰省するたびに、毎晩、近くのプールで、5000メートル前後泳いでいる。
その基礎は、あのころできた。

 が、それでも、何かしら、悪いことをしたなと、私は思った。その思いだけは、この文章を書い
ている今も、消えていない。

【補記】

 子育ての、真っ最中という人も多いと思う。その子育てについて、そのときはわからない。し
かしあとあと、それを思い出したとき、美しく光る思い出もあれば、反対に、暗く、沈んでいく思
い出もある。

 しかしこれだけは、よく覚えておくとよい。私も3人の息子を育てたが、たとえば子どもを、受
験勉強などで追いまくった思い出などというのは、今では、ぞっとするほど、いやな思い出でし
かない。世間体を気にしたり、子どもを競走馬のようにした思い出などというのは、胸からかき
むしりたいほど、いやな思い出でしかない。

 反対に、こんなこともある。

 その三男だが、私は、あの三男ほど、小学校を卒業するまで、遊びに遊びまくった子どもを、
ほかに知らない。本当に、よく遊んだ。日曜日でも、朝早くから、夜遅くまで、遊んだ。

 三男は実におもしろい子どもで、つぎからつぎへと、新しい遊びを作って遊んでいた。友だち
の数も多かった。「遊びの天才」と思ったこともある。

 その三男が小学校を卒業するとき、私はこう感じた。「私は、親として、三男に、すばらしい子
ども時代を過ごさせることができた」と。そのとき、私は、何とも言えない満足感に包まれたの
を、よく覚えている。

 その食事のときも、「お前は、よく遊んだなあ」と三男に言うと、三男は得意そうな顔をしてみ
せた。そして、こう言った。「ホント、よく遊んだね」と。

 だから……というわけでもないが、子育てをするときは、ときどき、10年後、あるいは20年
後のどこかに、視点を置いてみるとよい。子育てのし方が、少し変わるかもしれない。いらぬお
節介かもしれないが……。

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その三男について、こんなエッセーを
書いたことがあります。
(中日新聞掲載済み)

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子育てのトゲが心に刺さるとき

●三男からのハガキ 

 富士山頂からハガキが届いた。見ると三男からのものだった。登頂した日付と時刻に続い
て、こう書いてあった。「13年ぶりに雪辱を果たしました。今、どうしてあのとき泣き続けたか、
その理由がわかりました」と。

 13年前、私たち家族は富士登山を試みた。私と女房、13歳の長男、10歳の二男、それに
7歳の三男だった。が、9合目を過ぎ、9・5合目まで来たところで、そこから見あげると、山頂
が絶壁の向こうに見えた。

そこで私は、多分そのとき三男にこう言ったと思う。「お前には無理だから、ここに残っていろ」
と。女房と三男を山小屋に残して、私たちは頂上をめざした。つまりその間中、三男はよほど
悔しかったのだろう、山小屋で泣き続けていたという。

●三男はずっと泣いていた!

 三男はそのあと、高校時代には山岳部に入り、部長を務め、全国大会にまで出場している。
今の彼にしてみれば富士山など、そこらの山を登るくらい簡単なことらしい。

その日も、大学の教授たちとグループを作って登山しているということだった。女房が朝、新聞
を見ながら、「きっとE君はご来光をおがめたわ」と喜んでいた。が、私はその三男のハガキを
見て、胸がしめつけられた。あのとき私は、三男の気持ちを確かめなかった。私たちが登山し
ていく姿を見ながら、三男はどんな思いでいたのか。そう、振り返ったとき、三男が女房のズボ
ンに顔をうずめて泣いていたのは覚えている。しかしそのまま泣き続けていたとは!

●後悔は心のトゲ

 「後悔」という言葉がある。それは心に刺さったトゲのようなものだ。しかしそのトゲにも、刺さ
っていることに気づかないトゲもある。私はこの13年間、三男がそんな気持ちでいたことを知
る由もなかった。何という不覚! 私はどうして三男にもっと耳を傾けてやらなかったのか。何
でもないようなトゲだが、子育ても終わってみると、そんなトゲが心を突き刺す。

私はやはりあのとき、時間はかかっても、そして背負ってでも、三男を連れて登頂すべきだっ
た。重苦しい気持ちで女房にそれを伝えると、女房はこう言って笑った。

「だって、あれは、E君が足が痛いと言ったからでしょ」と。
「Eが、痛いと言ったのか?」
「そう、E君が痛いから歩けないと泣いたのよ。それで私も残ったのよ」
「じゃあ、ぼくが登頂をやめろと言ったわけではないのか?」
「そうよ」と。

とたん、心の中をスーッと風が通り抜けるのを感じた。軽い風だった。さっそくそのあと、三男に
メールを出した。「登頂、おめでとう。よかったね」と。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【「私」を知ると……】

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「私」を知って、よいことはあるのか?
知らなければ、知らないで、すむのではないか?
そんな疑問を、ワイフは、口にした。

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●散歩の途中で

 いっしょに散歩をしているとき、ふと、ワイフが、こう聞いた。「私を知るって、あなたは言うけ
ど、その私を知って、何かいいことがあるの?」と。

 いつも、私は、「私を知ることはむずかしい」とワイフに話している。私たちが思っている「私」
というのは、実は、「私」ではない。大部分の「私」は、別の「私」に操られている。それを「私」と
思いこんでいるだけ。散歩に出かける少し前も、私は、ワイフに、そんな話をしていた。

 それについて、ワイフが、「何かいいことがあるの?」と。

 で、とっさの思いつきで、私は、こんなことを話した。

●パソコン・パニック

 ときどき、今でも、パソコンの動きが、おかしくなるときがある。少し前も、ホームページの更
新をしていたら、突然、プログラムごと、画面から飛んでしまった。今でこそ、そういうことが起
きても、冷静に対処できるが、5年前とか、6年前には、そうではなかった。

 ふつう電気製品というと、テレビにせよ、洗濯機にせよ、外部から、その働きが、おおむね想
像できる。故障しても、故障は故障として、処理できる。自分でなおすことはできないが、パニッ
クになることはない。「保証期間はどうだったかな?」「もう寿命かな?」と、考えて、おしまい。

 しかしパソコンは、そうではない。中身が見えない分だけ、その瞬間から、頭の中がまっ白に
なる。とくに、数時間もかけて書いた文章が消えたときなどは、そうだ。外から見えるのは、画
面とキーボードだけ。その下の中身というか、構造となると、まったくわからない。

 パソコンメーカーはもちろん、あちこちに電話をかけ、冷や汗をタラタラと流す……。

 ……というようなことは、実は、私たちの日常生活でもよく経験する。といっても、自分のこと
で、それを知るのはむずかしい。

●他人を見て、自分を知る

 たとえば、ある女性が、両親との問題で、パニックになっていたとする。ワーワーと泣き叫び
ながら、親類という親類に電話をかけまくっていたとする。そういう女性についても、もしその女
性が、もう少し自分のことを知っていれば、そんなことはしないはずと思うことがある。たとえ
ば、こんなことがあった。もう少しわかりやすい例で説明しよう。

 ある母親は、自分の息子が、横浜の女性と結婚したことについて、「悔しい」「悔しい」と言っ
て、あちこちに電話をした。「息子を、横浜の嫁に取られてしまいました」とも言った。

 しばらくすると、つまりそれから5年とか、10年もすると、今度は、会う人ごとに、こう言い出し
た。

 「子どもなんて、育てるもんじゃ、ないですね」
 「親なんて、さみしいもんですわ」
 「どうせ、いつか、親は、子どもに捨てられるのですよ」
 「林さんも、それだけは、覚悟しておいたほうがいいですよ」と。

 その母親は、たしかにその息子を、(かわいがった)。しかしそれは多分に、自己愛的な愛。
もっと言えば、自分勝手な、でき愛に近いものだった。自分の子どもを育てながら、子どもを1
人の人間としてというよりは、(財産)、あるいは(モノ)として考えていた。

 だからその女性は、それ以前は、いつも、その息子にこう言っていたという。

 「産んでやった」
 「育ててやった」
 「お前を大学へ出すのに、うちの財産のほとんどを使ってしまった」と。

 もし、その女性が、自分の中に潜む、ゆがんだ子育て観に気づいていたら、それほどパニッ
クになることはなかったのではないか。もう少し、冷静に、自分を見つめることができたかもし
れない。

 しかしその女性には、自分を冷静に見つめる能力すらなかった。もちろん自分、つまり「私」
が何であるかさえ、わかっていなかった。そのためその女性は、感情に振りまわされるまま、
パニック状態になってしまった。息子が結婚したとき、あちこちへ電話をかけ、「悔しい」「悔し
い」と言ったのが、それである。

 こうした例は、多い。

 ほかにも、こんな例がある。

●子どもを虐待する母親

 その女性は、自分の息子(小学生)を、どうしても、好きになれなかった。ときに虐待に近い暴
力をふるっていた。理由を聞いても、「どうしても、自分の子どもを好きになれない」と答えるの
み。

 そして息子がすることに、いちいち腹をたて、強く叱っていた。「掃除のし方が悪い」「食器の
洗い方がへた」と。とくに子どもが勉強で、つまずいたり、悪い点数を取ってきたときは、そうだ
った。「こんな計算問題も、できないの。あなたは、バカよ!」と。あたり構わず、どなり散らして
いた。

 が、やがて理由がわかった。

 その女性には、1人、知恵遅れの兄がいた。4歳年上の兄だった。その女性は、その兄のこ
とを、子どものときから嫌っていた。「そういう兄をもって、恥ずかしかった」とも言った。「結婚式
には、あれこれ理由をつけて、兄を出席させませんでした」と、その女性は言ったが、その事実
一つが、その女性の兄への思いの、すべてを語っている。つまり、その女性が、兄にもってい
たわだかまりには、相当なものがあった。

 で、自分の息子が生まれて、数か月目のこと。伯父がその女性のところにやってきて、こう言
ったという。

 「この子の横顔は、○男(その女性の知恵遅れの兄)にそっくりだねえ」と。その叔父は、深く
考えてそう言ったのではない。ふと思いついたことを、口にした。が、その女性に与えたショック
には、ものすごいものがあった。

 とたん、その女性は、自分の息子への愛情を失ってしまった。

 で、それが尾を引き、虐待に近い暴力(実際には、虐待だったかもしれない)へと、つながっ
ていった。

●しかし「私」を知れば……

 ……というような例は、多い。自分のことがわからないため、何かあると、パニック状態になっ
てしまう。私であって、「私」でない私に、操られてしまう。

 しかしそのとき、もし、これらの母親にせよ、女性にせよ、自分のことをもっと、よく知っていた
らどうであっただろうか。あとに書いた、「子どもを好きになれない」と訴えてきた女性は、実
は、私のマガジンの読者でもあった。そのため、自分の過去を冷静に見つめ、そして自分の子
どもに虐待する原因が、実は、自分の兄にあることを知った。

私「私を知ったところで、問題が解決するということはないと思うよ」
ワ「そうよね。心の問題が、そんなに簡単に解決するとは、思わないわ」
私「しかし、自分を知れば知るほど、心の中身というか、構造がわかってくる。そうするとね、自
分を冷静にコントロールできるようになる」と。

 パソコンにしても、そうだ。外からは、何も見えない。内部を見たところで、その構造がわかる
わけでもない。だからちょっとしたトラブルが起きるたびに、頭の中は、まっ白になる。

 しかし雑誌を読んだり、本を読んだりしているうちに、やがて、その構造や働きがわかってく
る。そうなると、何かトラブルが起きても、冷静に対処できるようになる。あるいは、あらかじ
め、そういうことが起きることもあるという前提で、防衛的な措置をほどこすことができる。デー
タをいつも、バックアップしておくというのも、重要な方法の一つということになる。

 だれしも、心に、何らかのキズをもっている。キズのない人はいない。問題は、キズがあると
いうことではなく、そのキズがあることを知らないまま、そのキズに振りまわされること。同じ失
敗を繰りかえすこと。

 そのためにも、「私」を知る。

私「私を知ることは、勇気のいることだよ。だれしも、自分のいやな過去には、触れたくないか
らね」
ワ「でも、その私を知らなければ、本当の私はわからないというわけ……」
私「そうだよ。……でもね、本当の私を知っている人など、そうはいないよ。『私を知る』というの
は、哲学の一つの大きな柱にもなっているくらいだからね」と。

【補記】

 こんな例もある。

 ある女性は、ことあるごとに、その女性の母親の批判ばかりしていた。その女性の母親は、
そのとき、60歳くらいだった。

 しかしその女性が、その60歳になった。その女性の母親は、ちょうど1年前に、他界。

 で、その女性だが、自分が批判していた母親そっくりの女性になっていた。小ズルく、狡猾(こ
うかつ)で、気が小さい。話し方まで、そっくり!

 ……というような例は、多い。本当に、多い。

 なぜそうなったかについては、別のところで考えるとして、その女性自身は、そうは思ってい
ない。「私は母とはちがう」と思っている。「母より、すぐれた人間」と思っている。

 しかし他人の私から見ると、そっくり。どこもちがわない。つまりその女性は、その女性の中
の「私」に気づいていない。

 そこで重要なことは、(1)批判をしたら、(2)その批判を、自分の中で、昇華させなければな
らない。その(2)の作業を怠ると、その批判した相手、そっくりの人間になってしまう。まさにミ
イラ取りがミイラになる状態といってもよい。

 では、その「昇華」をするためには、どうしたらよいのか? もっと言えば、賢い人間になるに
は、どうしたらよいのか。

 答は、一つ。

 考える。自分で考える。考える人間になる。それをしないと、相手を批判しながらも、やがてそ
の相手そっくりの自分になってしまう。その相手を手本としてしまうからである。その女性が、そ
のよい例である。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(912)

●意識と無意識

 私は、今、パソコンの画面を見ている。キーボードも見ている。そしてたった今、道路を走りす
ぎた、車の音を聞いた。

 これは、意識の世界での、できごとである。

 しかしその意識の下には、無意識の世界がある。無意識といっても、意識がないわけではな
い。意識はあるのだろうが、それを意識の世界から、知ることができないというだけである。だ
から正確には、「無意識」ではなく、「無自覚意識」ということになる

 たとえば、朝起きたとき、体が重かったとする。いつもなら、パッと身を起こすことができる。
が、今朝はできない。

 そのとき、意識の世界で、私は、あれこれ、考える。そしてこう思う。「きっと、昨日は雨で、運
動ができなかったせいだ」と。

 しかしそのとき、無意識の世界でも、同時に、あれこれ、考える。「今日は、運動をしよう」「昨
日、できなかったから、今日は、2倍の運動を、しよう」「ビタミン不足かもしれない」「睡眠不足
かもしれない。昨夜、遅くまで、ビデオを見ていた。あれが悪かった」「ひょっとしたら、風邪をひ
いたのかもしれない」と。

 しかし無意識の世界で、私がそう考えていることなど、私は、知る由もない。

 が、無意識の世界の私は、その時点から、私のその日の行動のあり方を決めようとする。
「ビタミン剤を朝食のあとに、のもう」「昼になったら、近くの本屋まで、自転車で走ってみよう」な
どなど。

 つまり、すでにそのとき、私の意思は、決まっていたことになる。しかし私は、まだそれに気が
ついていない。いつものように、起きて、書斎に入る。パソコンに電源を入れて、その日のニュ
ースに目を通す。メールを読む。頭がぼんやりしているときは、将棋がよい。パソコンを相手
に、将棋を始める。しかし形勢が悪くなると、その場で、やめる。

 そしてまたメールをのぞく。

 原稿を書くのは、そのあと。パチパチと、原稿を書き始めるころになると、やがてワイフがお
きてきて、朝食の用意を始める。その音が、階下の台所のほうから聞こえてくる。

 こうして1時間ほどが過ぎたところで、階下から、ワイフが、こう言う。「あなた、用意できたわ
よ。食べる?」と。いつものルーティーン(日常茶飯事)である。

 で、私は、居間へおりていって、朝食をとり始める。

私「今朝は、どうも体が重い」
ワ「風邪でもひいたの?」
私「ううん、風邪じゃ、ないと思う。食事が終わったら、ビタミン剤をのんでみるよ」
ワ「そうね」と。

 そして私は、また書斎にもどる。今度の講演のレジュメを作る。プリントアウトする。そしてま
た1、2時間がすぎる。

 私は、ふとこう思う。「そうだ、本屋へ行ってこよう。今日、発売の雑誌がある。自転車で行け
ば、いい運動になる」と。

 私は、私の無意識の世界の私に操られていることも知らず、自転車にまたがり、本屋へと向
う。

 つまりこうして意識の世界のウラで、無意識の世界が、勝手にいつも活動している。そしてそ
の無意識の世界は、いつも、意識の世界を、そのウラから操る。私たちが、「意思」と呼んでい
るものは、実は、その前に、無意識の世界でつくられた意識ということになる。

 ……こう書くと、「では、自分の意思はないのか」「自分の意思で決めたり、行動することはな
いのか」ということになる。

 実は、私のワイフが、そう聞いた。

 で、私は、そばにあった扇風機を指さしながら、こう言った。「これから、その扇風機を、足で
蹴とばして、こわせば、それはひょっとしたら、自分の意思かもしれない。いくら何でも、無意識
の世界でも、そこまでは考えていなかっただろうから」と。

 もちろん、すべてが、無意識の世界に操られているというわけではない。自分の意思も、あ
る。その時点で、自分で考えて、自分で判断するということはある。

 しかし無意識の世界は、私たちが意識している世界より、はるかに広い。脳みそのキャパシ
ティ(容量)で考えても、意識している部分などは、脳ミソの中でも、ほんの一部。一説による
と、数10万分の1程度ともいう。実際のところは、わからない。

 だから意識している部分が、いくらがんばっても、無意識の世界のことをすべて意識するの
は、不可能に近い。そう断言してもよい。

 私が、「ううん、食事が終わったら、ビタミン剤をのんでみるよ」「そうだ、本屋へ行ってこよう。
今日、発売の雑誌がある。自転車で行けば、いい運動になる」と言ったとしても、それはそのと
きの自分の意思で、そう言ったのではない。

 そのように言うことは、その前に、すでに、無意識の世界で、決められていたことである。

(……と、断言するのも危険なことかもしれないが、その可能性はきわめて、高い。というのも、
そのように決められていたということを知ることさえ、私は、できないからである。)

 さて、今、私はこの原稿を書きながら、ふと、今、こう思った。無意識の世界では、今ごろ、私
は、何を考えているのだろう、と。
(はやし浩司 意識 無意識 意識の世界 無意識の世界)

【追記】

 一方、こんなこともある。

 たとえば先日も、こんなことがあった。夜、仕事が終わって、教室を片づけ、外に出たときの
こと。しばらく自転車に乗ったあと、ふと、「クーラーの電源を切ったかな?」と。

 どう思い出してみても、クーラーの電源を切ったという実感が、ない。そこで不安になって、教
室へもどってみる。

 クーラーの電源は、切ってあった。

 つまり私は、そのとき、いつものことなので、無意識のうちに、つまり何も意識しないまま、ク
ーラーの電源を切ったことになる。「忘れた」とか、「覚えていない」という次元の話ではない。無
意識の世界の命令に従って、私は、クーラーの電源を切った。

 これなどは、無意識の世界の私が、勝手に、私を操って動かした、その一例ということにな
る。もっと言えば、無意識の世界の私が、意識の世界の私を飛び越えて、私を操ったということ
になる。

 無意識の世界が、そういうふうに、私を動かすこともある。

 おもしろい現象なので、ここに書きとめておくことにする。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●詮索(せんさく)

 世の中には、損にも得にもならないのに、よく、他人の生活を詮索したがる人がいる。

 「他人の不幸話ほど、おもしろいものはない」と言った、バカさえいた。

 で、私自身がその不幸な状態になったときのこと。そのとき、あれこれ電話をかけてきたり、
メールをくれた人がいた。一応、心配して、それらしい言い方や、書き方をしてくる。しかし本当
のところは、私の不幸話が、おもしろくて、しかたないのだ。

 で、そういう人の決まり文句がある。

 「今朝、林君の夢を見たから、少し、気になってね……」と。下心、見え見え。

 こちらは、相手が思っているほど、バカではない。それにそんな人に、心配してもらうような立
場でもないし、何かをしてもらおうなどと思ったこともない。だいたいにおいて、そういうときばか
りをねらって、電話をかけてきたり、メールをくれたりする。

 ところが、私の姉などは、気がやさしいというか、楽天的というか、そういう相手の意図が見
抜けない。見抜けないばかりか、相手に、ペラペラと、内輪の話を漏らしてしまう。そこで私が、
「相手を選びなよ」「そういうことを話すと、一週間のうちに、近所の話題になってしまうよ」と注
意する。

 私の住んでいる世界と、姉の住んでいる世界とでは、きびしさが、かなりちがう。……らしい。
 
 私は、このことに、かなり若いころ、気づいた。いつだったかは忘れたが、そういう相手を見
抜くことができるようになった。そこでつぎに考えたのは、「どうして、そういう人たちは、そうまで
他人の不幸話に、クビをつっこみたがるのか」ということ。

 結局は、「私」がない人ほど、他人の不幸を詮索したがるということか。他人の生活が、自分
の生活を知る尺度になる。そういう尺度でしか、ものを考えることができない。

 以来、つまりそのことに気づいてから、私は、こう心に決めた。「他人の生活を詮索しない」
と。とくに、相手が不幸な状態にあると思われるようなときは、そうである。相手が、相談してき
たのなら、話は別。しかしそうでないのなら、こちら側から、電話をかけたり、メールを出したり
するものではない。

 そういう行為は相手に対して、ものすごく失敬なことであると同時に、相手の心の中のキズ口
を、手でえぐるようなことにもなりかねない。そっと静かにしておいてやることこそ、エチケットと
いうもの。

 詮索……本当に、不愉快な言葉である。

【付記】

 世の中には、無神経な人は多い。子どもの受験に関しても、顔をあわせたとたん、「お宅の
子は、どこを受験しますか」「受験の結果はどうでしたか」などと、話しかけてくる人がいる。

 こうした質問は、なんでもない人には、なんでもない。しかしそうでない人には、そうでない。だ
から、こう覚えておくとよい。『受験生をかかえた、受験家族は、病人家族』と。

 「あなたの病名は、何?」「余命は、あと何年?」と、相手に聞くのと同じくらい失敬なこと。そ
れを忘れてはいけない。

 そっと、しておいてあげることこそ、大切。もちろん相手のほうから話題にしてきたときは、
別。そのときは、親身になって、相談にのってあげればよい。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●年賀状の季節

 パソコンショップへ行ったら、年賀状作成ソフトが、並んでいた。CDによる素材つきの本も、
並び始めた。またまた年賀状の季節になった。ワイフがそれを見て、「年々、早くなっているみ
たい」と言った。

 私は、来年度(06年度)から、年賀状を出すのも、もらうのも、やめようと思う。一度にすべて
をやめるわけにはいかないが、しかしこうした虚礼に、(まさに虚礼!)、どれほどの意味があ
るというのか。

 P社(筆記用具製造会社)が実施したアンケート調査によれば、02年度に「年賀状を出す」と
答えた人は、前回(前年?)調査より8.0ポイントも減り、88・9%になったという。若者、とくに
学生の中には、年賀状とは無縁という人も多い。今では、新年のあいさつは、携帯電話ですま
すという。

 この傾向は、ますます加速することはあっても、逆行することはない。

 住所も文面も、今では、パソコンで作成する。干支(えと)というのがあるが、「え・えと、来年
は、何歳(なにどし)だったかな?」というのは、シャレにもならない。ヒツジだろうが、ウサギだ
ろうが、そうした動物を、その年に当てはめたところで、それがどういう意味をもつというのだろ
う。

 こういう私の意見に対して、「伝統は守るべき」「元旦に、知りあいの消息を知ることは楽し
み」などと反論する人も多い。

 しかし伝統は伝統でも、作られた伝統。私が小学生のころは、国をあげて、年賀状交換促進
運動がなされた。学校でも、年末になると、まさに年賀状づくり一色。私たちは何かに踊らされ
るまま、受け取った年賀状の枚数を、競った。

 で、一時は、1000枚を超えた年賀状だが、私は、毎年、数百枚単位で減らしている。今年
は、もっと減らすつもり。あるいは、「年賀状、廃止宣言」をするかもしれない。つまり年賀状な
どというものは、それを出したい人が、出したい人に出せばよい。虚礼を感じたら、さっさとや
めればよい。

 資源のムダ。お金のムダ。

 そのかわり、今年からは、パソコンを使った年賀状は、やめよう。(自信はないが……。)文
面も絵柄も、手で書く。この方法だと、20〜50枚の年賀状を書くのが限度かもしれない。が、
それでよい。そのほうが、よい。

 便利になった世界だが、もう一度、原点にかえって、年賀状を考えなおしてみたい。

【補記】

 年賀状をくれた人には、返事を書く。そういう習慣が積もり積もって、一時は、1000枚を超え
た。しかし年賀状をくれた人に、返事を書かないというのも、どうか? 

 私は一つの目安として、正月3日までに年賀状をくれた人には、返事を書くことにしている。4
日以後に届いた年賀状については、返事を書くのを遠慮させてもらっている。ここ数年は、そう
している。

【毎年、私に年賀状をくれるみなさんへ、】

 こうした私の勝手を、どうかお許しください。そのかわり、HPのほうで、楽しい年賀状を、用意
しておきます。どうか、ご覧になってください。


【追記】

 先日、恩師のT先生に会ったら、T先生は、こう言った。「私は、死ぬときも、だれにも連絡し
ないで、死のうと思っていますよ」と。

 そこで私が、「先生のことを、放っておく人はいませんよ」と言うと、先生は、どこか、はにかん
だ様子を見せながら笑った。日本の科学を、戦後、ずっと背負ってきた先生である。先生は、
「いやだ」と言っても、先生の弟子たちは、全国の大学で活躍している。東大だけでも、教授に
なった人は、2桁もいるという。

 しかし先生の気持ちも、わからないわけではない。もともと表立った騒動が嫌いな先生であ
る。で、そのT先生の影響を受けたというわけでもないが、私も、死ぬときは、静かに死にた
い。だれにも知られず、ごく身内の人たちだけと、別れをしたい。

 昨夜も、そのことをワイフに話した。

 「ぼくが死んだら、遺灰は、きれいな壷(つぼ)か何かに入れて、どこかにしまっておいてほし
い。あとのことは、お前に任せるよ。それと葬式は、しなくてもいい。墓はいらない。お前が死ん
だら、お前が望むならの話だが、お前の遺灰とまぜてほしい。あとのことは、息子たちに任せ
る。どこかへ捨てたければ、捨てればいい。気にしない」と。

 T先生のように、これから先、何百年も日本の歴史に残る人もいる。しかしこの私となると、ど
うせ、社会のゴミの、そのまたゴミ。死んだと同時に、世界から消え、人々の記憶からも消え
る。そんな私が、一時の葬式をして、何になる?

 考えてみれば、毎日が、私にとっては、その葬式のようなもの。一日生きて、その日の夜に
は、死ぬ。それを毎日、繰りかえしている。

 大切なのは、遺灰ではなく、その人が、どう生きたかということ。私について言えば、いつか、
だれかが、はやし浩司に気がついて、私の書いた文章を読んでくれれば、それでよい。それ以
上、何を望むのか。望むことができるのか。

 どうせ派手な葬式など、望むべくもない。……ただ、だからといって、誤解しないでほしい。私
は、派手な葬式をしてほしいなどと思ったことは、一度もない。したい人や、それができる人は
それをすればよい。しかし私は、そういうことには、まったく、関心がない。それだけのこと。


●ゆがめられる意識

++++++++++++++++++

あのM号の内部が、報道機関によって、
紹介された。それを見て、私の頭の中の
神経細胞は、ショートした。

バチバチと……。

++++++++++++++++++

 新潟県の新潟港と、K国のG港を結ぶ、貨客船がある。M号という、あの船である。そのM号
の内部が、テレビで先日、公開された。

 新潟港からG港へ向う、船の中。場面は、夕食の後の団欒(だんらん)の時間になった。ま
ず、K国の女性接客員たちが、歌と踊りを披露する。チョゴリ、チマをきて、例によって例のごと
く、どこか不自然な笑みを浮かべながら……。

 が、そこまでは私にも理解できる。しかしそのつぎの場面になったとき、私の頭の中の神経
細胞が、ショートした。

 返礼に、というわけでもないのだろうが、在日朝鮮人大学校の女子学生たちが、歌を歌い始
めた。にこやかに笑いながら……。が、その歌詞に、私は驚いた。

 「♪敵が……崩壊する。敵が……崩壊する」と。

 彼女たちの言う「敵」というのは、言うまでもなく、この日本やアメリカをさす。

 もっとも彼女たちは、戦時中に朝鮮半島から強制連行されてきた、韓国人やK国人の、3世
とか4世である。「君たちは、日本人だ」と言えば、「そうではない」と答える。しかし「君たちは日
本人ではない」と言うと、血相を変えて怒りだす。

 どこかよく理解できない人たちである。

 だから、そういう女学生たちが、「♪敵が……崩壊する」と歌ったところで、何も、おかしくな
い。それに、彼女たちが、何をどう歌おうが、それは彼女たちの自由。(しかしそういう場で、そ
ういう歌を歌うのもどうか?)

 しかし私が理解できないのは、このことではない。

 彼女たちは、日本に住んで、日本で教育を受けている。日常的に、K国の日常も、伝え知っ
ているはず。一方、今どき、韓国やK国に敵意をもっている日本人は、いない。「嫌い」という人
は多いかもしれないが、「敵」ではない。

 それに今の日本に、そしてアメリカに、K国を侵略する意図など、毛頭ない。頼まれても、断
るだろう。そういう日本の姿勢や、日本人の心情を、彼女たちが、知らぬはずがない。

 さらにここにも書いたように、K国の実情も、そのつど、日本に伝えられている。K国にはない
かもしれないが、この日本には、報道の自由もあれば、言論の自由もある。ほんの少しだけ常
識を働かせれば、(それは日本の常識かもしれないが)、日本が今、どういう国であるか、わか
るはず。K国が今、どういう国か、わかるはず。

 にもかかわらず、「♪敵が……崩壊する」と。

 もし本気で、彼女たちが、日本やアメリカの崩壊を望んでいるのなら、どうしてこの日本に住
むことができるのか。「住んではいけない」と言っているのではない。私なら自己矛盾を起こし
て、とても、日本には、住めないだろうということ。

 こうしたK国の人たちの独特の心情について、(韓国の人たちの心情にも共通しているが…
…)、「それは教育によるものだ」と説明する人がいる(「文藝春秋」・11月号、某外務審議
官)。

 しかし教育だけで、そういう心情になるものなのだろうか。私は、彼女たちをして、そうさせ
る、もう一つ別のファクターがあると思う。

 そのファクターというのは、(貧しさ)というファクターである。

 彼女たちは、日常的に、K国、つまり自分たちの母国の貧しさを、見ている。報道番組でも、
よく紹介されている。そういう(貧しさ)を見ながら、その落差を、彼女たちは、日本やアメリカの
ような豊かな国に対して、「矛盾」と感じているのではないか。

 それはちょうど、借金に追われ、その日の生活をするだけで精一杯という人が、金持ちに札
束を見せつけられるようなものである。「うらやましい」と思う前に、そして自分たちの貧しさを嘆
く前に、その金持ちに対して、反感を覚える。

 つまり彼女たちは、日常的に、日本やアメリカの豊かさを見せつけられながら、それを(反
感)に、転化しているのではないか。

 そのあたりまで、踏みこまないと、彼女たちの心情を理解することができない。

 テレビのレポーターは、あえて何もコメントをつけなかった。つけたくても、できなかったのだろ
う。監視の目も、ある。日本の報道機関が、M号に乗船できるということだけでも、たいへんな
ことなのだ。

 しかし言いたいことはわかった。その場面を見ていた、私たちに、それが伝わった。だから、
私の頭の神経細胞は、ショートした。バチバチと。恐らく、それを見ていた、多くの日本人も、そ
うではなかったか。

 ……それにしても、私は改めて、意識とは何か、考えさせられた。私たちがもっている意識と
いうのは、絶対的なものではないということ。同時に、彼女たちがもっている意識が、まちがっ
ているということでもないということ。

 意識というのは、そのつど、つくられる。変化する。そしてこうした意識が、そのときどきに応じ
て、その人をウラから操る。

 その女学生たちが、あまりにも明るい笑顔で、かつ楽しそうにその歌を歌っていたので、よけ
いに、強く、私は、そう思った。
(はやし浩司 作られる意識 ゆがめられる意識)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(913)

●ウィルスで遊ぶ

 一台、古いノートパソコンがある。もう10年ほど前に買ったパソコンである。(しかし当時の値
段で、24万円ほどしたぞ!)

 しかし今は、キーの一つがこわれ、画面にも、白い線が現れるようになった。寿命が尽きるの
も近い。

 しかしパソコンというのは、不思議な機械だ。だからといって、捨てる気にはならない。……な
れない。買ったときの感動が、忘れられない。それに使い古したパソコンほど、愛着が残る。す
り減ったキーボードには、それなりの味がある。

 が、寿命は、寿命。今は、ワードで文書作り程度の仕事しか、させていない。またADSLには
対応していないので、(やろうと思えばできるが、メモリーが、64MBしかない)、インターネット
はできない。が、ときどき、電話回線で、ネットにつなぐことはある。あのピーゴロゴロ、ブォーッ
……という音が、なつかしい。

 で、そんなある日。その電話回線につないでみた。ピーゴロゴロ……、と。

 すぐ、おかしなメールが届いた。

 いつものスパムメールである。こうしたスパムメールは、件名を読むこともなく、そのまま削除
している。が、そのときは、ちがった。古いパソコンである。好奇心も、あった。軽い気持ちだっ
た。件名には、「緊急のお知らせです。承諾しました」とある。そのメールを開いてみた。

 そして文面を開くと、そこには、こうあった。

(こんにちは、ごくろうさま・・・・・・・・・・・・・・・エヘヘ)と。

 「しまった!」と思ったが、時すでに、遅し。何かのウィルスが侵入してしまった。……とそのと
きは、そう思った。

 で、それから数日は、何ごともなく過ぎた。が、パソコンの変調は、少しずつ、始まった。

 ワードで文字を打っても、別の文字が出る。行を勝手に飛ばす。その行に文字を打ちこんで
も、数行上にとか、下に、その打ちこんだ文字が現れる。「KA」と「か」にするつもりで打ちこん
でも、「あk」と反対に表示されてしまう、などなど。

 今のところワードしか、使っていないので、ワードでの変調しかわからない。しかしウィルスの
いたずらを、具体的に見たのは、私にとっても、はじめてのことだった。「なるほど、こんなこと
をするのか」と、変に感心しながら、あれこれ試してみた。おもしろかった。そこでこうしてウィル
スと遊びながら、その変調を、記しておくことにした。

 ……とまあ、のんきなことを書いたが、みなさんも、どうかお気をつけください。大切なことは、
こうしたスパムメールは、どんなことがあっても、ぜったいに、開かないこと。心を鬼にして、開
かないこと。いわんや、その中のファイルを開いたり、文面の中のHPに、アクセスしたりしない
こと。ちょっとした油断、スキ、好奇心が、そのまま命取りになります。

 ワルの世界は、ますます巧妙になってきている。そう言えば、数日前、ウィルス駆除ソフトメー
カーの、M社から、「パスワード確認」のメールが届いた。

 文面を開くと、すべて英文。よく読むと、「パスワードの再確認をしたいから、M社のHPにアク
セスして、再登録してほしい」という内容。

 しかし今まで、そんなことは一度もなかった。それに英文というところが、おかしい。私はM社
のソフトは使っているが、日本語版。私は、今はやりの、フィッシング詐欺と判断した。で、即、
削除。

 この世界、本当に、油断もスキもあったものではない。ホント!

++++++++++++++

たった今も、こんな件名の、スパムメールが、3通も届いた。

(件名)SOS……SOS……
(件名)おめでとうございます。3000円分の商品券が当たりました。
(件名)緊急、どうか連絡してください

 だいたい、「3000円分」と、「分」をつけるところがおかしい。多分、本文には、「紹介料は1
万円だが、3000円分の商品券が当たったので、7000円になります」とか、なんとか、書いて
あるのだろう。こういうスパムメールを出している連中は、電子的な知識は豊富だが、論理的
な思考力に欠ける。文を読めば、それがわかる。

 バカめ!

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●台湾問題は、日本の問題

++++++++++++++++++++++

どうして、中国は、日本が主張する経済水域の中で、
ガス油田の開発および採掘を始めたのか。

どうして日本の抗議に対して、中国は耳を貸そうと
しないのか。

実は、この問題に裏には、台湾、さらには沖縄(琉球)
の領有権問題がからんでいる。

雑誌「諸君」(11月号)の中の記事を参考に、この
問題を考えてみたい。

+++++++++++++++++++++++

 中国と台湾。その中国は、台湾は、中国の領土と主張し、もし台湾が独立宣言をするような
ことがあれば、中国は武力介入も辞さないと、ことあるごとに宣言している。

 つまり台湾の独立は、許さない、というわけである。

 しかし、この問題は、そのまま日本の問題と考えてよい。中国に視点を置いてみれば、それ
がわかる。中国の東には、台湾がある。しかしその台湾の向こうには、沖縄(琉球)がある。も
し台湾が独立してしまえば、沖縄(琉球)は、ますます、中国から遠ざかってしまう。

 仮に台湾が、中国の領土の一部になれば、つぎに中国が領有権を主張してくるのは、実は、
沖縄(琉球)なのである。これは私の被害妄想でも、憶測でも、何でもない。

 連合国は、ポツダム宣言(1945)によって、日本の敗戦を明確に位置づけた。しかしそのポ
ツダム宣言の前に、ヤルタ協定(同、1945)、さらにその前に、エジプトのカイロでなされたカ
イロ宣言(1943)がある。

 そのカイロ宣言の中には、「日本は、中国から奪取したすべての領土を、中国に返還すべ
き」という一文があるが、中国は、その中には、台湾はもちろんのこと、沖縄(琉球)も含まれる
と主張した。毛沢東が、その人である。毛沢東は、その著書、『中国革命と中国共産党』の中
で、「沖縄(琉球)は、日本が中国から奪った領土である」と書いている(中西輝政氏、指摘・
「諸君」11月号)。

 ……こう書くと、「沖縄が、中国の領土だって?」と思う人がいるかもしれない。しかしここは、
明確に述べておかねばならない。

琉球王朝、つまり沖縄は、江戸時代においては、薩摩の「附庸国」であると同時に、明と清との
朝貢関係をもっていた。つまり沖縄(琉球)は、幕藩体制の中では、一応、日本の「領分」としな
がらも、日本では異国として扱われていたのである。

 が、1871年、宮古・八重山島民が台湾に漂着し、54人が、台湾島民に殺害されるという事
件が起きた。これに対して時の明治政府は、「日本国民を殺害した」として清国に抗議、台湾
へ出兵。そしてそのあと、日本は、北京条約で、清に沖縄(琉球)の日本への帰属を認めさせ
る(参考、中島成久氏ゼミ資料)。

 こういう流れからみると、つまりどこか力ずくで、沖縄(琉球)を日本の領土としてきたという流
れからみると、「沖縄(琉球)は、中国の領土である」と、中国が主張しても、どこもおかしくな
い。少なくとも、「沖縄は、日本の領土である」という主張には、歴史的根拠があまりない。つま
りここが、日本の最大のアキレス腱ということになる。

 しかしその中国が、沖縄をあきらめたわけではない。かろうじて、本当にかろうじて、今、中国
がそれを主張しないのは、台湾問題があるからにほかならない。台湾が、中国のコブなら、沖
縄(琉球)は、そのコブの上のコブにすぎない。「沖縄(琉球)が、中国の領土である」ということ
を主張するためには、まず台湾を、自分の領土に組みこまねばならない。

 わかりやすく言えば、台湾が、大きな壁となって、中国と日本の間に、またがっている。中国
にしてみれば、まず、台湾問題なのである。

 つまりもうおわかりかと思うが、台湾問題が片づけば、つぎにやってくるのが、沖縄(琉球)問
題である。「台湾問題は、日本に関係ない」などと思っていたら、たいへんなまちがいである。
現に今、「沖縄は中国の領土である」と主張する知識人が、中国国内で、ふえ始めている。

 一方、ここ1、2年、米中関係は、急速に悪化の一途をたどっている。新たな冷戦時代の始ま
りと説明する人も多い。最近になってアメリカのライス国務次官も、中国を、「明らかな脅威」と
位置づけ始めている(05年8月)。台湾や日本にとって、脅威という意味ではない。アメリカ本
土にとって、脅威という意味である。

 事実、それに呼応するかのように、中国の軍の近代化と拡充には、ものすごいものがある。
軍事費にしても、公表されている数字の3倍近くはあると言われている。あるいは、それ以上
かもしれない。

 そこで、その中国がなぜ、こうまで、軍事力の拡充に熱を入れるかといえば、すでに中国は、
台湾や日本を飛び越して、アメリカとの戦争を、念頭に置いているからに、ほかならない。その
中国は、これまたことあるごとに、「もし中台戦争にアメリカが介入してくるようなことがあれば、
アメリカとの対決も辞さない」と主張している。

 中西輝政氏は、つぎのような事実も指摘している。

 「この(05年)7月、中国国防大学のエリート、朱成虎少将が多くの欧米記者を前に、『アメリ
カが中台の武力紛争に介入したときには、中国は、アメリカ本土に、戦略核ミサイルによる先
制攻撃を加える』という警告を発した」(同、「諸君」11月号)と。

 そうなれば、沖縄はもちろん、日本の本土すらも、中国の核攻撃の対象となる。

 ……とまあ、こうした物騒な話はさておき、中国は、日本の主張する経済水域を、そもそも認
めていない。だから平気で、その中で、ガス油田の開発、採掘をすることができる。だからいく
ら日本が抗議の、のろしをあげても、どこ吹く風。中国は、これから先も、ますます堂々と、日
本の経済水域内に入ってきて、ガス油田の開発、採掘をするだろう。

ワイフ「そう言えば、沖縄って、日本とは、ちがうという感じがしていたわ」
私「あまり、そういうことは言わないほうがいい。もしそんなことを、日本人のお前が言っている
ことを知ったら、中国人は、『そら、みろ!』と喜んで、飛びついてくるかもよ」
ワ「でも、事実は事実だから……」
私「日本としては、何としても、米中関係の悪化を、阻止しなければならない。これ以上、悪化
すれば、日本の平和どころの問題では、なくなってしまう」
ワ「K国の核開発問題も、どこかへ吹っ飛んでしまうわね」
私「そういうこと」と。

 こうした中国の野望を封じこめるための方法は、2つある。一つは、中国の民主化運動を、
側面から支援して、中国を民主化すること。ブッシュ大統領も、「世界を民主化することが、世
界に平和をもたらす方法」というようなことを言っている。

 もう一つは、日本、東南アジアからインドにかけて、中国包囲網を構築すること。とくに重要な
カギを握るのが、すでに核保有国となったインドである。すでに、アメリカも日本も、その方向で
進んでいる。中国が、軍拡をつづけているかぎり、日本は、中国とはどこかで一線を画す。でな
いと、それこそ敵に、塩を送るようなことになりかねない。

 ……とまあ、いっぱしの外交評論家のようなことを書いてしまったが、しかしこれらの問題は
そのまま、私たち自身の問題である。日本の平和と安全に、直接かかわってくる問題である。
これからも、これらの問題を追求していきたい。
(参考、「国家の覚悟が問われる秋」by中西輝政、「諸君」11月号)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●死への先駆的決意

 だれしも、いつかは、死ぬ。死んで、この世から、消える。いくら、「私は自由だ」と叫んだとこ
ろで、その自由には限界がある。最終的には、だれしも、その「死」から、逃れることはできな
い。死は、その人から、あらゆる自由を奪う。

 ここまでは、みなわかる。みな同意する。しかしそのあと、2つの考え方に分かれる。

 だから生きている間、人は、懸命に生きなければならないという考え方。もう一つは、どうせ
死ぬのだから、楽しく生きなければならないという考え方。ほかにもう一つ、あの世があると信
じて、あの世での生活(?)に望みを託す生き方もある。が、ここでは、考えない。

 どちらにせよ、こうした、せっぱつまった意識のことを、「死への先駆的決意」という。

 もちろんあの世があれば、もうけもの。しかしそれは死んでからのお楽しみ。あるかないか、
わからないものに、自分を託して生きることはできない。一応、あの世はないと考える。が、そ
のとたん、人は、絶壁に立たされる。

 ……と書いたところで、私は、頭の中で、砂漠を思い浮かべた。灼熱の太陽が、さんさんと輝
く、かわいた砂漠である。

 私はそこを歩いている。しかし手にもつのは、小さな水筒だけ。その水筒には、かぎられた量
の水しかない。その水を飲みほしてしまえば、そのあとしばらくして、私は死ぬ。

 あまりよいたとえだとは思わないが、命というのは、その水のようなものではないか。たいへ
ん貴重な水である。一滴とて、ムダにはできない。飲むときも、心して飲む。

 同じように、「時」も、一瞬たりとも、ムダにはできない。刻一刻と、私の人生は短くなる。やが
て、虚無の世界へと、私は、消えていく。

 しかしこうした、せっぱつまった感じがあるからこそ、私は、今の人生を懸命に生きようと思
う。さらに言えば、死への恐怖があるからこそ、生きることを大切にしたいと思う。が、それだけ
ではない。

 死への恐怖があるからこそ、そこから生きている喜びが、わいてくる。

 そこでまたふと、考える。もしあの世があると、本気で信ずることができれば、死への恐怖
は、なくなる。なくなるとは思わないが、半減する。気が楽になる。しかし死への恐怖がなくなれ
ば、ひょっとしたら、懸命に生きようという気力も、半減してしまうかもしれない。

 どちらがよいのか。

 「どうせ死ぬのだから、楽しく生きよう」という生き方については、私は考えたことがない。ない
ので、これ以上のことは、ここでは、書けない。

 そこでもう一つ、たとえをあげて考えてみよう。

 あなたが、今、もし、医師に、死の宣告をされたら、あなたは、どうするだろうか。余命は、あ
と1年としたら……。

 その1年間、あなたは嘆き悲しみながら、過ごすだろうか。それとも、その1年を、懸命に生き
ようとするだろうか。私の知人にこんな人がいる。

 2年前に、がんの手術を受けた。それで治ったとその人は思っていたが、やがてがんが、体
のあちこちに転移していることがわかった。言い忘れたが、その知人は、今年、ちょうど80歳
になる。

 で、今は、在宅ホスピスというサービスを受けている。ときどき、(今は、週に1度程度だが)、
訪問介護の看護婦がやってくる。あとは、ふつうの人と、どこもちがわない生活をしている。ち
がわないばかりか、町内の会合に顔を出したり、意見を述べたりしている。

 ときどき酒を飲んで、フラフラと通りを歩いていることもある。「酔っぱらってますね」と声をか
けると、「会合で、酒を出されまして……。断れませんでした」と笑う。そういう人もいる。

 そこで私たち。健康な人もいるが、そうでない人もいる。余命が、10年でも、20年でもよい。
30年でも、よい。大切なことは、余命がいくらあるかということではなく、どうその余命を生きる
かということ。

 そこで改めて、「死への先駆的決意」。

 もしあなたが、今日の夕方、交通事故か何かで、死ぬかもしれないとわかったら、あなたはど
うするだろうか。あなたは断崖絶壁の崖っぷちに立たされたような緊張感を覚えるに、ちがい
ない。

 刻一刻と、時計が時をきざむ音を聞きながら、何かをしなければいけないと、あなたは思う。
あるいはひょっとしたら、何も手につかなくなってしまうかもしれない。ともかくも言いようのない
緊張感を覚える。

 その緊張感を生み出すのが、「死への先駆的決意」ということになる。その「死」を、健康なと
きから意識し、自ら、緊張感をふるい立たせて生きる。それが結果的に、「懸命に生きる」、そ
の力の原動力になる。

 もちろん、そうでない人もいる。退職してからは、趣味と道楽、それだけで人生を過ごしている
人もいる。しかしそういう生きザマが、理想的な生きザマかというと、私は、そうは思わない。ま
たそうであっては、いけないと思う。

 が、自分がもつ自意識だけの力で、その生きザマを変えることは、たいへんむずかしい。そ
こで私たちは、ここでいう「死への先駆的決意」をもつことによって、それまでの生きザマを変え
ることができる。

 そこで今日という一日を考えてみる。そのとき、もしあなたが、(私なら私でもよいが……)、た
だぼんやりと起きて、ただぼんやりと、気が向くまま、一日を過ごすとしたら、それこそ、時間の
無駄ということになる。

 が、そのとき、心のどこかで、「今日というこの日は、一日しかない」と思えば、一日の過ごし
方も変わってくる。

 ……と、話が繰りかえしになってきたので、この話は、ここまで。

 最後に一言。この「死への先駆的決意」という言葉は、実存主義の世界では、常識的な言葉
になっている。実存主義の世界では、いつも、「死」が、大きなテーマになる。「生」は、その
「死」の裏がえしの世界にあると、とらえる。この「死への先駆的決意」という概念も、その一つ
だが、私たちが学生時代のころには、「死への恐怖」とか、「不条理」とかいう言葉で、それを学
んだように記憶している。哲学のT教授が、「死は不条理なり!」と、私たち学生に向って叫ん
だのが、私の印象に残っている。

 むずかしい話はさておき、要は、毎日を、日々の健康を大切にしながら、懸命に生きることこ
そ、大切ということ。

 みなさん、今日も、がんばりましょう!
(はやし浩司 死への先駆的決意 先駆的決意)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(914)

【近ごろ・あれこれ】

●老人問題

 ワイフの姉、つまり私の義姉は、心の暖かい人だ。ワイフの母親は、ワイフたちが子どものこ
ろなくなっている。それでその義姉が、いわば母親がわりになって、弟や妹のめんどうをみた。

 だからワイフにとっては、義姉は、母親のような存在でもある。

 しかしその義姉にとっても、老人介護は、たいへん。現在、義母の介護をしているが、その義
母は、認知症の上、軽い脳梗塞を併発しているという。少し前までは、「まだらボケで……」と言
って笑っていたが、今は、さらに症状が進行しているらしい。

 良好な親子関係にあれば、話は別だが、そうでなければ、親といっても、介護は、それを始
めたとたんから、重荷になる。認知症によって、良好な親子関係そのものが、破壊されることも
ある。

 ある老人は、ことあるごとに、「うちの嫁は、ドロボー」と、人に話していた。「うちの嫁は、サイ
フからお金を盗んだ」「うちの嫁は、通帳から、勝手にお金を引き出した」など。そういうことが、
1年、2年とつづくと、介護するほうも、疲れる。バカらしくなる。

 が、一度、こういう状態になると、介護は、先の見えない袋小路に入る。いろいろな介護施設
はあるが、そういう施設へ通ったところで、認知症が治るわけではない。介護する側の苦労
が、1年、2年と、先にのびるだけ。

 ……と書きながら、実は、これは私たち自身の問題でもある。やがてすぐ、私たち自身が、そ
の介護される側に回る。そのとき、私たちは、どうあるべきなのか。……と考えていくと、またま
た気が重くなる。

 日本は豊かな国とはいうが、立派になったのは、道路とか公共施設だけ。中身は、ますます
おそまつになってきている。とくに、人間の「命」に対する考え方が、色あせてきたように思う。
「軽くなった」というのではない。「生きる」ということが、どういうことかわからないまま、ただ生き
ている。そんな生き方人が、ふえてきたように思う。

 別の老人は、自分の世話をしてくれる娘と、顔をあわせるたびに、けんかばかりしているとい
う。が、そのくせ、数日も、娘がたずねてこなかったりすると、電話をかけてきて、こうイヤミを言
うという。

 「心配しなくていいからね。ちゃんと、私は、ひとりでやっているからね。あんたは、ダンナとう
まくやればいいのよ」と。

 あるいは、「あの嫁には一円も、遺産を渡したくない」と、実の娘と、ヒソヒソと、遺産相続の相
談ばかりしている老人もいる。その嫁に、そのつど、世話になりながら、陰では、そんな相談ば
かりしている。少し前には、ボランティアの人が届けてくれる弁当を、「取った」「取られた」と、け
んかばかりしている老夫婦の話も聞いた。

 ……とまあ、私のところに伝わってくる老人の話は、どれも、低劣なものばかり。つまり、そう
いう老人が、あまりにも、多すぎる!

 なぜそうなるかということよりも、どうすれば、自分たちはそうならないですむかということを考
えたほうがよい。老後は、年齢も、50歳をすぎると、急ぎ足でやってくる。じっくりと考えながら
……というヒマは、もうない。あるいは50歳を過ぎてから考えたのでは、遅い。そのころには、
すでに、その人が、どういう老人になるか、決まっている。

 義姉は、こう言った。「老人になればなるほど、その人の『地』が、表に出てくるものなのよ。そ
れまでの自分をさらけ出すことになるのよ」と。

 同感!


●本物のワル

 ある男性が、コンビニに入った。そのとき、「ほんの少しの時間だからいいだろう」と思って、
別のカバンを、自転車のかごに入れたままにしておいた。

 が、そのカバンが盗まれた。小さなモバイルパソコンが、そのカバンの中に入っていた。

 「ほんの瞬間でした。ちょうど店からは、死角になっていて、ちょっと目を離したスキにやられ
ました」と。

 私はその話を聞いて、こう言った。「盗んだヤツは、本物のワルですね。その瞬間に、ワルを
働くのですから……」と。

 ワルにも、いろいろある。しかし一番、タチの悪いワルは、その直前までは、平然としていて、
つまりふつうの顔をしていて、スキさえあれば……と考えて行動するワルである。たとえばその
カバンを盗んだワルは、恐らく、自分もコンビニで何かを買おうとしていたにちがいない。

 が、コンビニの入る前に、そこに自転車を見つけた。カバンを見つけた。とたん、カバンを盗
んで、Uターン。どこかへ急いで消えた。あるいは、どこかへカバンを隠した。犯罪の種類として
は、どこか通り魔的。発作的。

 お金に困ったから、窃盗を働くとか、生活費がないから、ドロボーに入るとか、そういうことな
ら、まだ理解もできる。(だから正当化しているわけではない。誤解がないように!)

 しかしその男性のカバンを盗んだワルには、それがない。ないばかりか、ふつうの生活をしな
がら、(多分?)、心の別の部分は、いつもドロボー・モード。邪悪な心が、同時進行の形で、い
つも、自分の中に同居している。

私「かなりのワルでないと、その瞬間、瞬間に、そういったワルは、できないでしょうね」
男性「そう、ワルをするにも、そこには、タイム・ラグ(遅れ)が必要ですからね。その迷いがな
いまま、ワルをする。やはりそういうのを、本物のワルというのでしょうね」と。

 簡単に「ワル」と言うが、すでに、その心は、破壊されているとみてよい。それが20代、30代
の人間であっても、(あるいは10代でも)、修復は、不可能。そのままみじめで、小ズルイ人生
を歩むにちがいない。わずかな(得)とひきかえに、自分の人生を、台なしにする!

 つまり本物のワルは、同時に、本物のバカということ。

 それにしても、このところ、この日本。何かにつけて、油断できなくなってきた。その男性の話
を聞きながら、私は別の心で、そう思った。

 みなさんも、くれぐれも、お気をつけください。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●我が家のトホホ物語

 現在、卓上では、2台のパソコンを使っている。

 1台は、4年前に買った、F社のパソコン。当時は、最新鋭のパソコンだった。17インチのワ
イド画面つき。

 もう1台は、ごく最近買った、M社のパソコン。ものすごい性能のパソコンである。

 で、それぞれのパソコンに、外づけのハードディスクをつけた。同時に、数年前から、IT社の
インターディスクにも加入している。年間6000円で、1GBまで、データを保管してくれる。

 で。F社のパソコンでは、もっぱら文書づくりをしている。M社のパソコンでは、もっぱらHP作
成、更新などをしている。

 ところが、である。F社のパソコンでは、文書管理が、ままならなくなってきた。たとえば新しい
文書を、500ページ書いたとする。それを既存の文書に、つなげて保存しようとする。既存の
文書といっても、すでに1万4000ページ近くもある。

 その1万4000ページの文書に、新たに500ページの文書をつけ足そうとする。が、ここで能
力オーバー。時間さえかければ、できなくなはないが、それでも1時間あまりもかかってしまう。
メモリー不足により、そのつどハードディス間で、スワップするためである。

 しかたないので、一度、文書を、インターディスクにアップロードし、それを横にあるM社のパ
ソコンにダウンロードする。M社のパソコンに仕事をさせると、あっという間にやってしまう。

 そこで、つまりM社のパソコン上で、1万4000ページの既存の文書に、500ページを追加す
る。

 ところが、問題は、そのあと起きる。

 その1万4500ページになった文書を、どこへ保存しておくかという問題である。

 最初は、インターディスクに最重要の文書を保管しておくことにしたが、1万4500ページとも
なると、更新のアップロードをするにも、ダウンロードをするにも、時間が30〜40分もかかって
しまう。

 しかたないので、そのつど、F社製のパソコンと、M社製のパソコンのそれぞれにつけてあ
る、外づけハードディスクに文書を保管しておくことにした。

 最初は、何とか、うまくいった。しかしそれを繰りかえしていたら、やがてどこに最新の原稿が
保管されているか、わからなくなってしまった。文書は、(F社製のパソコン)→(インターディス
ク)→(M社製のパソコン)の間を、行ったりきたりしている。おまけにファイル名は、みな、同
じ。

 今では、どこに最新の原稿が保管されているか、わからなくなってしまった。それだけではな
い。ときどき、その最新の原稿に、古い原稿を上書きしてしまうこともある。気がつくと、追加し
たはずの原稿が、ない! もとの1万4000ページにもどってしまっている。

 あわてて、別のところに保管してあった500ページの文書を読み出して、また追加する。こん
な混乱を、このところ、毎月のように繰りかえしている。

 ……こう書くと、「どうして1台のパソコンで仕事をしないか」「ものすごい性能のM社製のぱそ
こんで仕事をすればいい」ということになる。そういう疑問をもつ人も多いかと思う。

 それには、ちゃんと理由がある。

 私のHPは、50〜60MBものサイズがある。このサイズになると、ファイルの読み出しだけ
で、30分以上。ファイルの保存にも、4時間近くもかかる。その間、パソコンは、使えなくなる。
M社のパソコンでしても、それくらいの時間はかかる。

 HPのファイルの保存をしながら、同時にほかの仕事もできなくないが、ネットサーフィンを5
〜10回もすると、メモリー不足で、プログラムごと保存中のHPが、飛んでしまうこともある。(1
024MBも、メモリーを積んでいても、だ!)

 だからやはり、文書作成用のパソコンと、HP更新用のパソコンは、分けるほうがよい……と
いうことになる。

 ……ということで、「どうしたらいいか」、今、真剣に悩んでいる。感覚的には、ジグソーのパズ
ルを解いているような気分。「あっちに保管しようか」「いや、こっちに保管しようか」と。

 文書管理が、こんなにもめんどうになるとは、思ってもみなかった。

 そこでベストな解決方法は、もう一台、最新鋭のパソコンを購入すること。それで文書づくりを
すれば、文書管理は、ずっと、楽になる。

 さあ、またまた株で、もうけるか。(ハハハ、実は先月から、それも考えて、株の売買を再開し
たところ。パソコンや周辺機器は、株でもうけたお金で買うことにしている。それ以外のお金
は、使わないことにしている。)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(915)

●多様化の時代(マンダラ文化)

+++++++++++++++++

価値観が多様化して、この世界は、
本当にバラバラになってしまったのか?

いや、私は、そうは思わない。

+++++++++++++++++

 一つの価値観、一つの宗教観、一つの哲学観は、すでに終わったとみる人たちがふえてい
る。まさに多様化の時代、ということになる。

 それを最初に提唱したのが、フランスの哲学者のジャン・フランソワ・リオタール(1924〜19
98)。彼が生み出した『ポスト・モダン』という言葉は、またたく間に、世界中に広がった。

 この多様化の時代には、いくつかの特徴がある。

(1)価値観の混乱
(2)宗教観の混乱
(3)哲学観の混乱

 その逆の世界がどういう世界であるかを知れば、現代という世界が、どういう世界であるかが
わかる。

 その逆の世界として代表的な世界が、今に見る、あのK国の現状である。たまたま今月(10
月)の9日に行われた、K国、労働党創建60周年を記念した、慶祝報告大会である。

 不気味なほどの統一性と、全体主義。「今どきああいう世界があるのか?」というのが、おお
かたの人たちの共通した印象ではないか。

 しかしこうした不気味さは、部分的ではあるが、この日本の中でも、ときどき見られる。たとえ
ばK国のあのマスゲームにしても、もとはといえば、日本のある宗教団体から生まれたものだ
そうだ。

 だからといって、その統一性や統合性をなくしたら、どうなるか。それが今の日本の現状とい
うことになる。

 それぞれがそれぞれの価値観や、宗教観や、哲学観を主張する。つまりは、バラバラ。が、
しかし本当にバラバラかというと、そうでもない。どこかで、不思議な統一性を保っている。

こうした日本の現状を見て、少し前、東京で会ったインドの友人は、こう言った。「まるで、マン
ダラ(曼荼羅)の世界みたいだ」と。彼は、東京の街並みを見て、そう言った。「すべてのもの
が、統一性もなく、ゴチャゴチャに建っている。しかしそれらが、全体としてみれば、不思議な統
一性をもっている」と。

 そこで私は彼の言葉を借りて、こうした世界を『マンダラ文化』と呼ぶことにした。よいネーミン
グだと思う。(あるいは、もう少し美的感覚を添えて、『万華鏡文化』と呼んでもよい。)つまり、
私たちの世界は、決してバラバラではない。つまり統一性のない世界ではなく、ゴチャゴチャで
ありながらも、そこに一つの統一性をもっている。

 リオタールは、「大きな物語」は終焉(しゅうえん)し、「世界が統一的な像をもつのは、不可
能」と断言したが、それがどっこい。この日本では、新しい文化が生まれつつある。それが、こ
こでいう『マンダラ文化』である。

 その特徴としては、これまたつぎのようなことが言える。

(1)部分的なネットワークの構築
(2)ナーナー主義的な妥協性
(3)対立と調和の混在

 (1)〜(3)のどれも同じようなことだが、つまり一人の人間が、無数の多様性をもって、それ
ぞれの部分が、それぞれ他人の一部と、かかわりをもっているということ。

 たとえば宗教観にしても、一人の人間の中に、仏教的な要素もあれば、キリスト教的な要素
もある。そしてそれぞれが、そのつど、TPO(時と場所と機会)に応じて、変化しながら対応して
いるということ。たとえば今では、キリスト教の「キ」の字も知らない若い人でも、結婚式では、
(ニセモノではあるにせよ)、式場に付設されたチャペルで、結婚の誓いを立てたりする。

 言うなれば、まさに、何でもござれ。そしてそれぞれの部分が、社会のそれぞれの部分と、こ
まかな対立と調和を繰りかえしながらも、一つのワクの中に入っている。それが大きな衝突や
対立になることはない。

 一方、リオタールが生きていた時代には、個人が、それぞれ原理主義的な生き方をしてい
た。「私は、ヒューマニトだ」「私は、反戦主義者だ」「私は、実存主義者だ」とか、など。

 しかし今は、それが多様化した。社会が多様化したのではない。個人が、その内部で、多様
化した。ときには、合理主義者になり、ときには、非合理主義者になったりするなど。ときに応じ
て、「戦争は、反対!」と唱えてみたり、またべつのときには、「戦争も、必要!」と唱えてみるこ
ともある。

 一見、無責任な生きザマに見えるかもしれないが、その分、許容範囲も広くなる。たとえばこ
の私にしても、封建主義的な復古主義的なものの考え方は嫌いである。「武士道」と聞いただ
けで、反発を覚える。

 しかし武士道を信奉する人が、そこにいたとしても、その人を嫌うわけではない。それ以外の
部分で接点があれば、それなりに楽しく談話できる。ただ、たがいに、その話題には、触れな
いようにはするが……。

 このことを、もう少しわかりやすく説明すると、こうなる。

 昔は、その人のカラー(色)は決まっていた。(赤)(青)(緑)……と。しかし今は、一人の人
が、その中に、(赤)もあれば(青)もある。はたまた(緑)もあるという時代になったということ。さ
らにたとえて言うなら、カラフルで、いろいろな模様のあるシャツを着ているようなもの。

 反戦を唱えながら、戦闘機のプラモデルを作って、どうしていけないのか。
 自然保護運動をしながら、たまの休みに、家族と山の中をドライブして、どうしていけないの
か。
 仏教徒であって、どうしてクリスマスの飾りつけをしてはいけないのか。

 個人ばかりではない。社会そのもの、そうなってきている。一方で、ダムや道路を作りなが
ら、別のところでは、自然保護のための施策をほどこす。

 そうした社会が、あたかもマンダラの絵のように見えるから、『マンダラ文化』ということにな
る。

 こういう社会では、かえって単一色のシャツを着て、原理主義的な価値観にとらわれること
は、かえって危険なことでもある。社会に同化できなくなるばかりか、その社会からさえも、はじ
き飛ばされてしまう。

 いくら「私は菜食主義者だ」と言っても、それはあくまでも、一つの目安にすぎない。どこかの
家庭に招待されて、夕食に肉料理を出されたら、それなりにおいしそうに食べてみせる。それ
がマンダラ文化ということになる。「私は、野菜しか食べない」とがんばれば、かえって、その人
との調和を崩してしまうことになりかねない。

 要は、守るべきところは守りながら、あとは適当に生きるということ。それがここでいる「許容
範囲」ということになるし、それを広げるのが、融通性、妥協性ということにもなる。
 
 そこで、では私たちは、どうあるべきかという問題に、ぶつかる。

(1)原理主義の排除……頭がカチカチでは、このマンダラ世界では、生きていかれない。
(2)許容の美徳、妥協の美徳を認める……大前提として、だれも正しくない、だれも真理を知
らないという前提で、ものを考える。もちろん私自身も、(あなた自身も)、正しくないし、真理を
知らない。
(3)絶対的なものを求めない……神にせよ、仏にせよ、絶対的なものを認めない。キリストに
せよ、釈迦にせよ、野原で立小便をした。(絶対にしたと思うよ。)宗教観をもつにしても、そう
いう視点を見失わない。

 私やあなたという個人で考えるなら、自分の中に、積極的にマンダラ文化を取りいれていく。
融通性があって、臨機応変に人や社会と、妥協すべき点は妥協しながら、同化していく。「これ
でなければ、絶対ダメ」とか、「これは、絶対正しい」という言い方そのものが、おかしい。その
おかしさに、まず気づく。

 政治的に言えば、浮動票、おおいに結構。ノンポリ、おおいに結構。そういう許容性が、この
世界をますます楽しく、おもしろいものにする。大切なことは、そのときどきに自分で、よく考え
て、そして行動すること。
 (そういう意味でも、あのK国は、参考になる。本当に参考になる。)
(はやし浩司 多様化の時代 ジャン・フランソワ・リオタール(1924〜1998)、ポスト・モダン
 ポストモダン マンダラ(曼荼羅)文化 曼荼羅の世界 はやし浩司)


【マンダラ文化2】

●多種類の主義

 多様化する社会の中で、個人の生き方も多様化している。そして一人の「人」という個人とい
うレベルでみても、主義、主張は、多様化している。

 たとえば実存主義という大きな哲学思想をかかえながらも、一方で、自然愛好家であったり、
菜食主義者であったりする。実存主義者だからといって、反戦主義者でなければならないとい
うこともない。ばあいによっては、復古主義者であることも、また人道主義者であることも可能
である。

 この反対の位置にあるのが、カルト教団。極端な原理主義を唱え、信者を、あらゆる面で、
画一化しようとする。外部の人たちとの接触を禁止したり、中には、同窓会にすら出席をさせな
い教団もある。一度、電話でその教団に問いあわせてみたところ、電話に出た幹部信者らしい
男は、こう言った。

「私たちは、禁止などしていません。ただ熱心な信者なら、自分の意思で、出ないでしょう」と。う
まいことを言う! さんざんマインドコントロールしておきながら、「自分の意思」とは! で、信
者は信者で、「純粋(?)でなければ、信仰はできない」「真理に到達できない」と、思いこんでい
る。

 そのため、極端な排他主義や、孤立主義に走ることが多い。昔、修学旅行で、伊勢神宮へ
行ったときのこと。あの巨大な鳥居の前で、ゲーゲーとものを吐いた子どもがいたという。その
子どもの父親は、仏教系のあるカルト教団の熱心な信者だった。

 「自分たち以外の信仰の場に足を踏みいれると、バチが当たる」と、その子どもは、常日ごろ
から、父親からそう教えられていた。子どもは、それを信じていた。(この話は、信仰上の美談
として、その教団内部の機関紙で紹介されていた。)

 ほかにも、親がおかしな宗教を信じたため、治るはずの病気の子どもを、死なせてしまうとい
う例もある。ふつうなら、(「ふつうなら」という常識の通らないのが、カルトの世界だが……)、そ
の時点で親は、自分たちの信仰に疑問をもってもよさそうなものだが、実際には、そうではな
い。そうなればなったで、親は、ますますその信仰にのめりこむ。

信仰を疑うということは、同時に、自分たちが、子どもを殺したことに、気づかされることにな
る。「私はバカだった」という程度では、とうていすまされない。だから死ぬまで、その宗教にし
がみついて生きていく。それしかない。

 で、原理主義的な思考性の恐ろしさは、今さら、改めて書くまでもない。危険ですらある。「自
分たちは絶対正しい」と思う、その返す刀で、「あなたはまちがっている」と言いきる。そのさえ
たるものが、イラクで毎日のように起きている、あの自爆テロと考えてよい。自分の命を犠牲に
してまで、相手を許さないという思想は、すでに思想の範囲を超えている。狂信である。

 思想というのは、自分で考えるから、思想なのである。注入された他人の思想は、注入され
た段階で、それは思想としての使命を終える。そういうのを、私たちの世界では、「マインドコン
トロール」という。

 私たちは、心豊かな常識人として、生きる。そのつど、すばらしいものに感動し、そのつど、
不愉快なものに、マユをしかめる。主義をもつことはあっても、それはフレキシブルなものであ
っても、決して、硬直したものであってはならない。

 一人の人間の中に、無数の主義があって、そういった主義が、他人の主義と複雑にからみ
あいながら、それでいて、円満な人間関係を築いていく。主義を一つにしぼらねばならない理
由など、どこにもない。

 そういう私たちが、無数に集まって、調和のとれた文化をつくる。それを私は、『マンダラ文
化』という。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【マンダラ文化……わかりやすく】

それぞれの人が、それぞれの考え方をもっている。
まず、それを認めてやろう。
私が正しいとか、あなたがまちがっているとか、
そんな失敬なことは、言ってはいけない。

同じように、私やあなたの中にも、いろいろな部分がある。
いくら菜食主義者だと言っていても、どこかへ夕食に招待され、
そこで肉料理が出されれば、少しくらいなら、食べることもあるだろう。

いくら平和主義者だといっても、戦闘機のプラモデルを作って
遊ぶこともあるだろう。いくら自然保護団体で活動していても、
ときには家族といっしょに、山の中をドライブすることもあるだろう。
いくら仏教徒だといっても、クリスマスには、ツリーを飾って、
プレゼントの交換をすることもあるだろう。

ガチガチにものを考えて、ガチガチな人間になることはない。
もっと肩の力を抜いて、気楽に生きればよい。
美しいものを見たら、すなおに美しいと喜べばいい。
おかしなものを見たら、すなおにおかしいと思えばいい。

「日本の文化は崩壊した」と説く人は、多い。
しかし日本の文化は、崩壊など、していない。
今、日本は、世界に先がけて、新しい文化を作りつつある。

たしかに何もかもゴチャゴチャだが、そのゴチャゴチャが、
まとまりをもって、一つの統一性をつくり始めている。

私は、これを『マンダラ文化』と呼んでいる。
マンダラに描かれた絵は、ゴチャゴチャだが、それでいて、
不思議な統一性を保っている。そのマンダラの世界に似ているから
私は、『マンダラ文化』という。

あなたにも、いろいろな主義があるだろう。私にもある。
しかし、いくら主義がちがうからといって、あえて対立する必要はない。
相手の人が古風な、男尊女卑思想をもっていたとしても、
「あなたはまちがっている」などと、言う必要はない。
また言ってはいけない。

私は私。その人はその人。ほかの部分で一致するところがあれば、
その一致するところで、話をすればいい。仲よくすればいい。

「今度、いっしょに、マスを釣りにいきませんか。これからがシーズンですよ」と。

さらに少しわかりやすく言えば、こういうことになる。

生きザマには、制服など、ないということ。私は、○○主義だから、
赤い服しか着ないとか、○○教を信じているから、青い服しか着ないとか、
そんなことにこだわる必要はない。またこだわってはいけない。

私たちが着る服には、複雑な模様がいっぱい描いてある。カラフルで、
美しい。それに服など、毎日、色違いのものを着たところで、
どうということはない。

だからといって、いいかげんな生き方がいいと言っているのではない。
その日、その日を、ただ享楽的に生きればいいと言っているのではない。

大切なことは、自分で考え、自分で生きること。懸命に考えながら生きること。
すべては、考えることから始まり、すべては、考えることで終わる。

その考えることだけは、怠ってはいけない。マンダラ文化のマンダラにしても、
最初から、その模様が決まっているわけではない。目標があるわけでもない。
マンダラの模様が、どのような模様になるかは、あくまでも、懸命に
生きる私たちが、決める。その結果として決まる。

懸命に考えて生きる人間が、無数に集まって、それぞれの糸を織りなす。
その結果として、マンダラの模様が決まる。

それが私のいう、『マンダラ文化』ということになる。

【注】

 リオタールは、かつて、「大きな物語は、終焉した。世界が統一的な像をもつのは、不可能」と
断言した。

 それまでのヨーロッパは、常に、大きな物語に沿って、歴史を動かしてきた。その柱の一つ
が、キリスト教ということになる。

 が、戦後のヨーロッパは大きく変わった。そういう現状を見て、リオタールは、「統一的な像を
もつのは、不可能」と。

 しかし逆に、統一的な像をもつことの危険性を考えるなら、私はそれを退化と考えるのではな
く、進化ととらえる。ヨーロッパも、ナチスドイツという、あの全体主義がもつ恐ろしさを経験して
いる。

 ただその後の、社会観というか、世界観が、混沌(こんとん)としてきたのは、事実。ゴチャゴ
チャになってしまった感じさえする。そのため、何がなんだか、わけがわからなくなってしまっ
た。

 こうした世相を反映してか、現在社会を憂う人もふえてきた。そして一方で、別の「統一的な
像」を模索する人もふえてきた。

 しかし不可能なものは、不可能。今は、そういう時代ではないし、私たち一人ひとりも、それを
許さないだろう。つまり社会が多様化したのではなく、私たち個人が多様化した。と、同時に、
私たち個人も、その内部で、さまざまに色のちがう部分をもつようになってしまった。

 クリスマスを祝って、その余韻がまださめやらぬころ、今度は、正月に、近くの神社や寺を初
詣(はつもうで)する。田舎のほうでは、神社と寺を、同じ日に、初詣する人も多い。

 そして2月になれば、バレンタインデー。が、それだけではない。たった30年前には、名前す
ら知らなかった、ハロウィーンの祭をする人も、このところ、急速にふえてきた。

 考えてみれば、メチャメチャな世界だが、そのメチャメチャな世界が、全体として一つの調和
を保っている。それが今の日本ということになる。

 このつづきは、一度頭を冷やしたあと、また別の機会に考えてみたい。ここで『マンダラ』とい
う言葉を使ったが、適切でないような気もする。ワイフは、「やはり、マンダラ文化ではなく、万
華鏡文化のほうが、いいんじゃない?」と言っている。

 そういう問題も、ある。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(916)

【近況・あれこれ】

●「ほかの女と結婚する」

 年中児たちを教えていたときのこと。何かのついでに、私は、ふと、「君たちは、どんな人と結
婚するの?」と聞いた。

 すると、みなが、てんでバラバラなことを言いだした。そこで私が、「好きな人はいるの?」と聞
いたら、一人、「いるけど、結婚できない」と。

私「どうして?」
A男「もう、結婚している」
私「だれ?」
A男「ママ」

私「ママと結婚したいの?」
A男「うん。でも、もうパパと結婚している。だからぼくは、ほかの女(お・ん・な)と結婚する」
私「お・ん・な? ……それは少しきつい言葉だな」

A男「うん」
私「じゃあさあ、ママに頼んで、離婚してもらいなよ。パパと別れて、ぼくと結婚してとか、何とか
言ってさ」
A男「……うん」と。

 この「お・ん・な」という言葉に、参観していた母親たちが反応して、みな大きく笑った。私も笑
った。私にしても、30年ぶりに聞いた言葉である。

 その30年前のこと。幼稚園の教師や父母を集めて、公開授業をしていたときのこと。私が、
「君たちの、一番好きなものは、何ですか?」と聞いたことがある。そのときも、一人の年中児
(男児)が、勢いよく手をあげて、こう言った。

 「お・ん・な!」と。

 私は一瞬、聞きまちがえたと思って、もう一度、聞きなおした。「何だって?」と。

 するとその子どもは、再び、「お・ん・な!」と。

 この言葉に、みな笑った。私も、笑った。そのときの思い出が、今日、どっと、よみがえってき
た。

 で、私は、最後にもう一度、その子どもに向かって、こう言った。

 「きつい言葉だねえ……」と。


●中教審の答申素案

 中教審の答申素案が発表された(10・13)。

 それによれば、これから先、文科省は、ある程度は、お金で、地方の教育をしばりながらも、
地方における自由裁量権を、できるだけゆるやかに、認めていく、というもの。

 お金というのは、「義務教育費国庫負担金制度」をいう。「国がお金を出す以上、あまり勝手
なことはさせない」というのが、その趣旨である。

 理由がいくつか並べられている。

 「義務教育については、機会均等、水準確保、無償制という根幹は、国がその責務として保
障する必要がある」と。

 北海道で受ける教育と、九州で受ける教育が、ちがっていては、だめというわけである。しか
し、どうしてだめなのだろうか? ……という疑問は、さておき、日本人は、何かにつけて、画一
性を好む。よい例が、新幹線の駅である。あの駅のおかげで、地方は、個性をなくしてしまっ
た。

 まあ、これはしかたないか。

 中には、つまり地方の中には、好き勝手な指導している教育委員会もあるということらしい。
答申素案は、「そういうのは困るから、ある程度の国のコントロールを確保するためには、お金
でしばるしかない」と。

 ただ、教育の地方分権については、「市区町村、学校が義務教育の実施主体として、より大
きな権限と責任を担うシステムに改革する必要がある」と、答申をまとめたのは、すばらしい。

 具体的な方法として、(1)学校現場の自由裁量権を、さらに拡大する。(2)現在は都道府県
にある教職員人事権を、市区町村への移譲する、など。これによって、たとえば、「現在は教育
委員会が所管する文化、スポーツの事務などを、首長が担当できるようになる」という。

 賛成!

 教育の自由化は、世界の流れ。私たち民衆も、もう、昔のようにバカではない。今回の答申
素案は、一方で、教育の自由化を唱えながら、そのウラで、教育の自己責任を、私たちに求め
ている。(このばあいの「私たち」というのは、子どもをもつ親ではなく、あくまでも、地方自治体
という意味だが……。)

 しかし私の実感としては、今回の答申素案は、現状を追認しただけという感じがしないでもな
い。すでに教育の自由化は、子どもをもつ親たちが先行する形で、かなり進んでいる。親たち
の意識も、変わってきている。

 たとえばこの浜松市では、どの小学校でも、何らかの形で、習熟度別授業を取り入れてい
る。ほんの20年前には、考えられなかった授業である。習熟度別のアイデアはあったが、もし
今から20年前に、そんな授業をするとだれかが言いだしたら、親たちは、パニックになってし
まっただろう。

 が、今では、親たちが、「それでもいい」と考え始めている。つまり、親たちの意識が、明らか
に変わりつつある。それについて、以前書いた原稿を、添付する(中日新聞、発表済み)。
(はやし浩司 中教審 答申 素案 教育の自由化 義務教育 国庫 負担金制度)

++++++++++++++++++++

家族の心が犠牲になるとき 

●子どもの心を忘れる親

 アメリカでは、学校の先生が、親に「お宅の子どもを一年、落第させましょう」と言うと、親はそ
れに喜んで従う。「喜んで」だ。ウソでも誇張でもない。あるいは自分の子どもの学力が落ちて
いるとわかると、親のほうから学校へ落第を頼みに行くというケースも多い。

アメリカの親たちは、「そのほうが子どものためになる」と考える。が、この日本ではそうはいか
ない。子どもが軽い不登校を起こしただけで、たいていの親は半狂乱になる。

先日もある母親から電話でこんな相談があった。何でも学校の先生から、その母親の娘(小
二)が、養護学級をすすめられているというのだ。その母親は電話口の向こうで、オイオイと泣
き崩れていたが、なぜか? なぜ日本ではそうなのか? 

●明治以来の出世主義

 日本では「立派な社会人」「社会で役立つ人」が、教育の柱になっている。一方、アメリカで
は、「よき家庭人」あるいは「よき市民」が、教育の柱になっている。オーストラリアでもそうだ。
カナダやフランスでもそうだ。

が、日本では明治以来、出世主義がもてはやされ、その一方で、家族がないがしろにされてき
た。今でも男たちは「仕事がある」と言えば、すべてが免除される。子どもでも「勉強する」「宿
題がある」と言えば、すべてが免除される。

●家事をしない夫たち

 二〇〇〇年に内閣府が調査したところによると、炊事、洗濯、掃除などの家事は、九割近く
を妻が担当していることがわかった。家族全体で担当しているのは一〇%程度。夫が担当して
いるケースは、わずか一%でしかなかったという。

子どものしつけや親の世話でも、六割が妻の仕事で、夫が担当しているケースは、三%(たっ
たの三%!)前後にとどまった。その一方で七割以上の人が、「男性の家庭、地域参加をもっ
と求める必要がある」と考えていることもわかったという。

内閣総理府の担当官は、次のようにコメントを述べている。「今の二〇代の男性は比較的家事
に参加しているようだが、四〇代、五〇代には、リンゴの皮すらむいたことがない人がいる。男
性の意識改革をしないと、社会は変わらない。男性が老後に困らないためにも、積極的に(意
識改革の)運動を進めていきたい」(毎日新聞)と(※1)。

 仕事第一主義が悪いわけではないが、その背景には、日本独特の出世主義社会があり、そ
れを支える身分意識がある。そのため日本人はコースからはずれることを、何よりも恐れる。
それが冒頭にあげた、アメリカと日本の違いというわけである。言いかえると、この日本では、
家族を中心にものを考えるという姿勢が、ほとんど育っていない。たいていの日本人は家族を
平気で犠牲にしながら、それにすら気づかないでいる……。

●家族主義

 かたい話になってしまったが、ボームという人が書いた童話に、『オズの魔法使い』というの
がある。

カンザスの田舎に住むドロシーという女の子が、犬のトトとともに、虹の向こうにあるという「幸
福」を求めて冒険するという物話である。あの物語を通して、ドロシーは、幸福というのは、結
局は自分の家庭の中にあることを知る。アメリカを代表する物語だが、しかしそれがそのまま
欧米人の幸福観の基本になっている。

たとえば少し前、メル・ギブソンが主演する『パトリオット』という映画があった。あの映画では家
族のために戦う一人の父親がテーマになっていた。

(日本では「パトリオット」を「愛国者」と訳すが、もともと「パトリオット」というのは、ラテン語の
「パトリオータ」つまり、「父なる大地を愛する」という意味の単語に由来する。)「家族のためな
ら、命がけで戦う」というのが、欧米人の共通の理念にもなっている。

家族を大切にするということには、そういう意味も含まれる。そしてそれが回りまわって、彼らの
いう愛国心(※2)になっている。

●変わる日本人の価値観

 それはさておき、そろそろ私たち日本人も、旧態の価値観を変えるべき時期にきているので
はないのか。今のままだと、いつまでたっても「日本異質論」は消えない。が、悲観すべきこと
ばかりではない。九九年の春、文部省がした調査では、「もっとも大切にすべきもの」として、四
〇%の日本人が、「家族」をあげた。同じ年の終わり、中日新聞社がした調査では、それが四
五%になった。たった一年足らずの間に、五ポイントもふえたことになる。これはまさに、日本
人にとっては革命とも言えるべき大変化である。

そこであなたもどうだろう、今日から子どもにはこう言ってみたら。「家族を大切にしよう」「家族
は助けあい、理解しあい、励ましあい、教えあい、守りあおう」と。この一言が、あなたの子育て
を変え、日本を変え、日本の教育を変える。

※1……これを受けて、文部科学省が中心になって、全国六か所程度で、都道府県県教育委
員会を通して、男性の意識改革のモデル事業を委託。成果を全国的に普及させる予定だとい
う(二〇〇一年一一月)。

※2……英語で愛国心は、「patriotism」という。しかしこの単語は、もともと「愛郷心」という意味
である。しかし日本では、「国(体制)」を愛することを愛国心という。つまり日本人が考える愛国
心と、欧米人が考える愛国心は、その基本において、まったく異質なものであることに注意して
ほしい。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(917)

【造話でわかる、子どもの心】

【注、このテストは、去る10月14日号、17日号のマガジンで、紹介
したものです。再掲載を、どうかお許しください。今回は、全文をそのま
ま紹介します。】

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●影絵

 子どもに、一枚の影絵を見せる。
 絵は、家の中に2人の人、家の外に、子どもらしき1人の人。一軒家。風が吹いているかのよ
うに、左上から、右下に、何本かの線が、走っている。
(原画は、HPのほうに収録。マガジンでは、HTML版のほうに、収録)

●方法

 絵を見せながら、子どもたちに話をさせる。(教室形式では、話を文字で書かせる。わからな
い文字については、書き方を教える。が、それ以上の指示は、いっさいしない。)

●判断

 外に立っている子どもらしき人を、どう見るかが、このテストのポイントになっている。(1)家
の方を見ている。(2)家の外の方をみている。その判断のし方で、そのあとの話の展開が、決
まるようである。

●作品例(☆明るいイメージの話)、★暗いイメージの話。なお、適当に、文章を訂正。一部、
読みやすくするために、ひらがなを漢字に置きかえた。テスト日、10月12日(水)、および13
日(木)の各クラス。鈴木君は、SZ君とした。)

++++++++++++++++++++++++++++++

【年長女児、OTさん】☆

 いっしょに、顔を見ているところ。

【年長女児、OIさん】☆

 かくれんぼをしていると、思います。

【年長女児、SBさん】☆

 レストランで並んでいます。今、2人入って、1人、待っています。

【年長女児、TNさん】☆

 3人で、レストランに行きました。

【年長女児、MTさん】☆

 みんな、お話ししている。

【年長男児、ON君】★

 お友だちといっしょに遊んでいるところ。でも、1人が遊べなくなった。

【年中男児、NG君】(飛び級児)☆

 外を見て、遊んでいる。

【年長男児、MO君】☆

 外を見ていたら、風が吹いてきた。

【小1男児、HG君】★

 大きな門をあけようとしている。あけようとしていない人は、かぎをさがしている。

【小1男児、AH君】★

 子どもが あそんでいます。へやの中であそんでいました。1人、家出しました。それから2人
になってしまいました。

【小1女児、MMさん】☆

 みんなで話している。そとにいる人と、中にいる人で話をしています。左にいる人は、女の
人。右にいる人は、男の人です。外にいる人は、ながめています。

【小1女児、ITさん】☆

 男の子が、おはなしを言いました。男の子が、外にいる子が気になっているので、とちゅうで
おはなしを、やめてしまいました。

【小1男児、MD君】☆

 あそんでいる。家の中にいる。2人は家の中で、おいかけっこしている。外にいる子は、ひとり
で、ぼーっとしています。

【小1女児、YMさん】★

 山で、いえがありました。男の子と女の子が、いえに入りました。1人、残りました。

【小2女児、KMさん】☆

 あるところにカナという女の子がいました。カナは、外遊びが好きで、風の強い今日も、外で
遊んでいました。家を一周走ったので、休けいしようとしたら、家からドタバタと足音がしまし
た。お父さんとお母さんは、鬼ごっこをしています。カナは、前転や後転をして遊びました。で
も、本当は、鬼ごっこをしているわけを知りたかったのです。

【小2女児、YDさん】☆

 おうちに女の子と男の子がいます。外に、女の子が楽しそうだなあと見ていました。

【小2女児、SKさん】☆

 ある日、家族がいました。女の子と、お母さんとお父さんの3人の家族です。今日は風が強く
て、雨が降っています。女の子は外にいます。女の子が早く入ると、いいですね。

【小2女児、SKさん】☆

 ある日、おうちに2人の女の子と男の子がいました。その男の子と女の子は、おうちの中でじ
ゃんけんをしていました。そして外から女のこが、仲間に入れて〜と言いました。2人はいいよ
〜と言いました。それで仲よく、3人で遊びました。

【小2女児、TMさん】☆

 ある日、1けんのおうちに、2人の子どもがきました。ある日、お友だちが、ドアの前に立って
いました。今日は、遊ぶ日です。

【小2男児、FB君】★

 2人、おうちの中で遊んでいました。1人だけ、外で遊んでいました。

【小1女児、SKさん】(飛び級児)

 子どもが2人いました。1人きました。ぜんぶで、何人でしょう。

【小2女児、GTさん】

 子どもが2人、家の中にいます。外にいる子どもは、1人です。あわせて何人でしょう。

【小2女児、NKさん】★

 女の子と男の子が遊んでいます。外に女の子が、うらやましそうに、見ています。3人兄弟
で、けんかをしたのかもしれません。

【小2女児、STさん】★

 おうちの中で、2人の子どもが遊んでいます。でも、1人だけ、外にいます。

【小2女児、NGさん】

 家に3人の子どもがいました。1人だけ、外にいました。家には、何人いるでしょう。

【小3女児、OKさん】(飛び級児)☆

 ある日、3人兄弟がいました。名は、ワタル、アカリ、タクミがいました。ある日、タクミが言い
ました。「もうすぐ台風がきそうだ」と言って、部屋の中に入っていきました。それを聞いた、ワタ
ルとアカリは、急いで戸をしめました。その日の夜、台風14号が、着陸しました。戸がバンバン
となって、みんなが起きてしまいました。でも、ワタルは、「ウルセ〜ナ」と言って、また寝てしま
いました。

【小3男児、WK君】(飛び級児)★

 あるところに3人の家族がいました。風がとても強くて、家がこわれてしまいました。2人はけ
がをして、入院しました。

【小4男児、TN君】☆

 ある寒い寒い、冬の日の朝、Aくんと、Bくんと、Cくんは、公園に遊びに行きました。公園に
は、なにもありませんでした。でも、葉っぱや木が、たくさんありました。なので3人は、口笛をす
ることにしました。ピービービー。3人のふいた口笛は、へんな音がしました。でも、3人は、とて
も楽しそうでした。3人は、口笛の話をしながら、寒い寒い道を歩きながら、帰りました。

【小4女児、INさん】☆

 これはある家で、3人で遊んでいたときのことです。みんなで、外で遊んでいました。おにごっ
こをしていました。とちゅうで、風が強くなってきました。2人は寒かったので、家の中に入りまし
た。もう1人は、外にいました。2人は外にいる1人を呼びました。そしたら家の中に入ってきま
した。それでみんなでおやつを食べました。そしてみんなで、考えました。

【小4女児、KMさん】☆

 ある夜、風の強い日に、私は庭にいた。お母さんは、窓をあけて、「風が強いわねえ」と言っ
た。お父さんは、「わあ、あれ見て!」とさけんだ。お父さんとお母さんの、視線の先を見た。
「わあ、あれはなんだ!」と、私はさけんだ。その視線の先には、たくさんの星があった。ただの
星ではなかった。赤、白、黄色、赤の星が流れていた。私たちは、ぽっかりと口をあけて、立っ
ていた。

【小4男児、KD君】★

 ある朝のことです。雪がふっていたので、お父さんとお母さんと子どもが、外に出て、雪がっ
せんを始めました。2時間くらいやっていたら、近くで、すごい音が聞こえたので、見にいってみ
ると、そこには、ユーフォーがいて、宇宙人が人々を怪物に変えていました。お母さんと子ども
とお父さんは、急いで家に隠れたら、ユーフォーは、どこかへ行ってしまいました。

【小4女児、GTさん】★

 今日は、風の強い日です。男の子は、家出をしてきたので、家がないかと、さがしています。
もう森の近くまで来ています。1けん家がありました。家の中で話し声が聞こえます。「子どもが
ほしいわ」「本当だね」。これを聞いた男の子は、戸をたたき、「ぼく、家出をしてきた。ぼくがほ
しいなら、この家の子にしてください」と言いました。

【小4男児、HG君】★

 あるところに、3人の家族がいました。お母さんと、お父さんと、子どもです。ある日、お父さん
とお母さんが、けんかをしました。うるさいから、子どもは、家を出て行きました。

++++++++++++++++++++

【はやし浩司の印象記】

 私自身は、この絵を見ていると、家の中でけんかをしている両親。それを悲しそうに見ている
子どもを連想します。幼いころの思い出が、そこにダブるせいだと思います。子どもたちの作品
の中では、最後の小4のHG君の書いたストーリーに近いということになります。

 子どもたちが、「家庭」に対して、どのようなイメージをもっているか、このテストで、よくわかり
ます。たいへん興味深く、子どもたちの作品を読ませてもらいました(10月13日)。
(はやし浩司 子どもの心理 子供の心理 心理テスト 造絵でわかる子供の心理)

 
++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【国際情報誌・雑誌「S」】

 毎月2回発売の、情報誌「S」(10月26日号)を買う。どこか右翼的、かつ過激なところが、
おもしろい。ときどき、買う。値段は、420円。

 今月号は、題して、「アメリカの凋落(ちょうらく)」。表紙に、デカデカと、そう書いてある。副題
は、「化けの皮がはがれた」と。

 順にみてみよう。

(1)「世界初! 男性器移植手術に成功」

 中国の人気番組の報道に、雑誌「S」は、「?」をつける。「怪しい」と。中国で、世界初の、男
性器移植手術が成功したという。それについて、「日本のヤラセ番組はひどいが、中国のは、
もっとひどい」と。

(2)アメリカの凋落

 「治安も防災も経済も! 小泉ニッポンが頼る唯一の超大国のもう一つの真実を暴く」と、そ
こにはある。ハーバード大学のJ・フランケルの論文が、冒頭を飾る。

 要は、「ブッシュの失政が、ドルの大暴落につながる可能性がある」という内容のもの。これ
はまあまあ、読める、まともなコラム。

 が、つづく、日本人ジャーナリスト、YB氏のエッセーには、驚いた。そこには、こうある。

(3)アホでマヌケなアメリカ白人

 「巨根、巨乳に憧れる、アホでマヌケな、これが平均的アメリカ白人の実像だ」と。

 わざわざ、「アメリカ白人」と断っているところが、憎い。アメリカ在住の、日本人やアジア人
は、そうでないと言いたいらしい。しかしそれにしても、「アホでマヌケな……」とは!

 あとは、これでもか、これでもか……と、アメリカの悪口がつづく。これを書いた、YB氏は、自
分のことを、こう書いている。「初めての渡米以来、私は30年以上アメリカとつき合ってきたが
……」(冒頭)と。

 YB氏は、アメリカとどうつき合ってきたのだろうか。「アメリカ人とつき合ってきた」というのな
ら、話はわかる。それにもし、つき合ってきたアメリカ人たちが、このYB氏のエッセーを読んだ
ら、どう思うだろうか。(きっと、怒るぞ!)

 ところで、アメリカでは、肥満について、公の場所で、意見を述べるのは、タブー視されてい
る。(アメリカと30年以上もつきあってきたのなら、こんなことを、知らないはずはないのだが…
…。)「肥満」を口にしただけで、彼らは、それを「差別」ととらえる。それを、YB氏は、堂々と、
太ったアメリカ人を酷評したのち、「ここまでくると、悲劇であると同時に喜劇であり、思考も行
動も破綻していると言わざるをえない」と書いている。

 もしこんなことをアメリカで、英文で書けば、その人は、ピストルで射殺されるかもしれない。
書いたのが、日本人とわかれば、日本人排斥運動につながるかもしれない。

 ……ということを感じたのが、雑誌「S」は、つぎにアメリカ人自身が書いた本を、紹介してい
る。

(4)『デブの帝国』

 書いたのは、G・C氏。アメリカ人。タイトルは、『デブの帝国』。

 そこで私は、「デブ」の英語は何になっているか、原題を本誌の中でさがしてみたが、欄外
に、さがさなければ見えないほど小さな文字で、それはあった。原題は、「Fat Land」である。

「デブ」という言葉は、少なくとも教育の世界では、使用禁止用語になっている。つまり「デブ」と
いうのは、それを日本語に訳した、日本人がつけた言葉である。

 そこで原書を検索して、調べてみた。

 案の定、訳者は、かなり偏見をもって、「デブの帝国」と訳していることがわかった。原題は、
『Fat Land』(ISBN: 0618380604)。しかも1冊3ドル16セントの、ペーパーバック本。この本
は、「米国糖尿病協会から、絶賛された」と紹介してあるが、ホントかな?

 どうして「Fat Land」が、日本では、「デブの帝国」なのか? しかもちゃんとした本ではなく、
1冊、400円弱のペーパーバック。「Fat Land」は、「太った国」程度の意味しか、ない。そん
な本をネタに、インタビュー・構成とかで、雑誌「S」は、3ページもさいている。どこかに、編集長
の悪意を感ずる……。

(5)学校崩壊

 さらにアメリカたたきの記事はつづく。19ページからは、「生徒にお金を払って学校に来ても
らう、ハイスクール・メルトダウンの、とてもヤバイ話」と。

 ●年間31件の校内殺人事件が発生、●高校男子32%女子25%が麻薬入手の経験あり、
●貧富の差が生み出す教育格差、●落ちこぼれ救済法でも進まない教育改革……と。

 アメリカの教育を批判する人が、必ずとりあげるテーマが、これらの問題である。しかしアメリ
カへ行ってみるとわかるが、アメリカには、アメリカ人というアメリカ人は、いない。

 もともと移民国家。白人もいれば、黒人もいる。ヒスパニックもいれば、アジア人もいる。そう
いう意味では、アメリカは、世界の縮図。どこか単一民族国家の日本とは、基本的な部分で、
大きくちがう。その(ちがい)を忘れて、アメリカの教育を論ずることはできない。

 大都会の、公立高校だけを見て、それがアメリカの高校と考えるのは、それは少し危険すぎ
るのではないのか。アメリカといっても、アジア全土を含めるほどの広さがある。私は幸か不幸
か、田舎の州の、田舎の学校しか知らない。が、私が見たところ、みな、よい教育を実践してい
る。

(6)中東民主化ドミノ構想の幻想

 「アラブの現実を知れば、ブッシュ政権の民主化構想の粗末さがわかる」と、そこにはある。

 この記事については、いろいろ書きたいことがあるので、また別の機会に考えることにして、
ここまで「アメリカたたき」がつづくと、読んでいるほうも、ウンザリする。まるでK国の雑誌社が
発行している雑誌のようでもある。(K国には、こうした雑誌を発行するだけの言論の自由さえ
ないが……。)

 結局は、この雑誌「S」は、何が言いたいのだろう……とまで、私は考えてしまった。もとから
反米色の濃い雑誌であることは知っていた。つづく(7)には、「ついにニューヨーク・タイムズま
で書き出した、ドル暴落Xデー。これだけの真実味」とある。

 「アメリカは、あれこれも、悪い。内部はメチャメチャだ」と、まるで、そうなることをおもしろお
かしく、楽しみにしているような雰囲気さえある。もしドルが大暴落したら、そのまま日本の円も
大暴落する。アメリカは風邪程度ですむかもしれないが、日本は、そのまま肺炎になってしま
う。

 そこで(8)(9)と、「そうしたアメリカに追従する日本の愚かさ」を指摘している。「海外から、
下流をまねする(日本の)若者たち」というのも、その一つ。

 ホントにそうだろうか? たしかにそういう誤解を招きやすい若者がいるかもしれないが、そ
れは見た目だけの話。私も、いくつかのBLOGを使って、そういう若者と意見をかわしている
が、みな、それぞれ、真剣に自分のことを考えている。

(9)では、あのK・S氏までが、「9・11と、ハリケーン直撃で、アメリカが直面する自我崩壊の
危機」というコラムを書いている。「いよいよアメリカは正義の国であるという自己欺瞞によって
維持されてきた自我が崩壊する危険性がある」と。

 アメリカがどういう国であれ、戦後の日本の平和と安定を守ったのは、アメリカ軍である。日
本は、カイロ宣言、ヤルタ協定、そしてポツダム宣言を経て、敗戦へと導かれた。が、その間、
日本周辺の国々は、静かにその日を待っていたわけではない。

 中国は、「沖縄(琉球)は、カイロ宣言をもとに、中国に返還されるべきである」と説き、そのあ
と、毛沢東(中国)、金日成(K国)、ホーチミン(ベトナム)の、いわゆる三大共産主義指導者た
ちは、一室に集まり、日本攻略の策を、着々と練りつつあった。ソ連のスターリンにしても、そう
である。

 もし戦後、アメリカ軍が日本に進駐していなかったら、日本は、これらの国々の攻撃を、繰り
かえし受けていたであろう。つまり日本は、戦前から敗戦にかけて、そういうことをされてもしか
たないようなことを、日本の外でしてしまった。

 これに対して、日本をボロボロにしてしまったのは、アメリカ自身ではないかと主張する人た
ちがいる。

 「日本がアメリカによって、ボロボロにされなければ、中国、K国、ベトナムなど、ものの数で
はない」と。

 しかしアメリカはあれだけの物量作戦を展開しながらも、ベトナムには負けた。K国でも、3万
6000人近い、アメリカ兵を失った。日本が中国と戦争をあのまましつづけていたら、それこ
そ、今ごろ、日本は、どうなっていたことやら。考えるだけで、ぞっとする。

 「負けてよかった」と言っているのではない。あの戦争は、もともと無理な戦争であった。無理
というより、メチャな戦争であった。ほんの一部の、軍事独裁者たちのおかげで、300万人も
の、日本人が犠牲になってしまった。同時に、300万人もの、外国人も犠牲にしてしまった。

 いまだに、反日感情が、日本の周辺で燃えさかっているのは、そのせいではないのか。

 そういう日本を相手にして、今まさに、K国は、着々と、核兵器を生産している。何度も繰りか
えすが、K国は、「核兵器は、日本向けのもの」と、公言してはばからない。

 そういう脅威を目の前にして、今ここで、同盟国アメリカをこきおろして、それにどういう意味
があるというのか。もっとも雑誌「S」の論調は、もっとすさまじい。

 「アメリカは、経済的利益を獲得するために、日本人の精神を侵略してくる」(K・Y氏・同誌)
と。

 あのね、アメリカは、日本など、相手にしていませんよ。

私はこういう意見を読むたびに、こういうことを言う人たちは、アメリカのどこを見てそう言うの
か、それを知りたい。それはちょうど、K国のあの独裁者が、「日本は、K国侵略を、虎視眈々
(こしたんたん)とねらっている」と言うのを思い出す。

 日本は、K国など、相手にしていない。相手にしたくもない。

 被害妄想もよいところ。そんなことは、ほんの少しだけ、アメリカに視点を置いてみればわか
るはず。少し前、……といっても、20年ほど前だが、台湾や香港のジャーナリストたちは、さか
んに、「日本文化の侵略論」を説いていた。しかし当時、そして今でも、そんなことを考えながら
行動していた日本人は、どこにいたのか?

 あえて言うなら、現在の、「韓流ブーム」「台流ブーム」こそ、逆侵略ではないのか……という
ことになる。

 さらに「アメリカは、日本を、第51番目の州にしようとしている」と説く人も多い。私がアメリカ
人なら、日本に求められても、断るだろう。いわんや、「アホでマヌケなアメリカ人」(「S誌」)に、
そんな高尚な政治的戦略など、あるはずもないのでは(?)。

 以上、雑誌「S」の「アメリカの凋落」を読んで、思いついたまま、書いてみた。

 最後に一言。

 今、日本のそこにある脅威は、K国の核兵器である。まともな国ではないだけに、ああいう国
が、核兵器をちらつかせるようになったら、どうなるか? 勇ましい民族主義的国家論も結構だ
が、拉致問題ひとつ解決できない日本が、どうしてK国の核兵器問題を解決できるというの
か。

 真正面から戦争でもするつもりなら、話はわかるが、日本は、あんな国など相手にしてはい
けない。その価値もない。

 悲しいかな、経済的には大国でも、日本は、政治的には、小国。発展途上国である。その事
実を忘れて、いくら偉そうなことを言っても、はじまらない。が、それでもわからなければ、あな
た自身の子どもが、戦争に行く姿を、今、ここで思い浮かべてみることだ。

 そこを原点にものを考えてみれば、今の日本がどうあるべきか、それがわかるはず。

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アメリカをこきおろすばかりではいけない。
学ぶべき点も多いはず。
それについて書いたのが、つぎの原稿です。

ハリウッド映画だけを見て、アメリカを判断
しないでほしいと言ったのは、私の友人の
B君です。

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ついでに、アメリカの大学についても、レポートしてみた。世界の教育がどういう方向に向かっ
ているかがわかれば、少しは考え方も変わるかもしれない。

 なおこの記事そのものは、数年前に書いたものです。ここに書いた「ところ天方式人事」は、
外部から教授を招くという方式で、改善されつつある。が、「じゅうぶんではない」(田丸先生)と
のこと。

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●アメリカの大学生

 たいていの日本人は、日本の大学生も、アメリカの大学生も、それほど違わないと思ってい
る。また教育のレベルも、それほど違わないと思っている。しかしそれはウソ。恩師の田丸先
生(東大元教授)も、つぎのように書いている。

「アメリカで教授の部屋の前に質問、討論する為に並んで待っている学生達を見ると、質問が
ほとんどないわが国の大学生と比較して、これは単に風土の違いで済む話ではないと、愕然
(がくぜん)とする」と。

 こうした違いをふまえて、さらに「ノーベル化学賞を受けられた野依良治教授が言われてい
る。『日米の学位取得者のレベルの違いは相撲で言えば、三役と十両の違いである』と」とも
(〇二年八月)。もちろん日本の学生が十両、アメリカの学生が三役ということになる。

 私の二男も〇一年の五月に、アメリカの州立大学で学位を取って卒業したが、その二男がそ
の少し前、日本に帰国してこう言った。

「日本の大学生はアルバイトばかりしているが、アメリカでは考えられない」と。アメリカの州立
大学では、どこでも、毎週週末に、その週に学んだことの試験がある。そしてそれが集合され
てそのままその学生の成績となる。そういうしくみが確立されている。そのため教える側の教官
も必死なら、学ぶ側の学生も必死。学科どころか、学部のスクラップアンドビュルド(廃止と創
設)は、日常茶飯事。教官にしても、へたな教え方をしていれば、即、クビということになる。

 ここまで日本の大学教育がだらしなくなった原因については、田丸先生は、「教授の怠慢」を
第一にあげる。それについては私は門外漢なので、コメントできないが、結果としてみると、驚
きを超えて、あきれてしまう。

私の三男にしても、国立大学の工学部に進学したが、こう言っている。「勉強しているのは、理
科系の学部の学生だけ。文科系の学部の連中は、勉強のベの字もしていない。とくにひどい
のが、教育学部と経済学部」と。理由を聞くと、こう言った。「理科系の学部は、多くても三〇〜
四〇人が一クラスになっているが、文科系の学部では、三〇〇〜四〇〇人が一クラスがふつ
う。ていねいな教育など、もとから期待するほうがおかしい」と。

 日本の教育は、文部省(現在の文部科学省)による中央管制のもと、権利の王国の中で、安
閑としすぎた。競争原理はともかくも、まったく危機感のない状態で、言葉は悪いが、のんべん
だらりと生きのびてきた。とくに大学教育では、教官たちは、「そこに人がいるから人事」(田丸
先生)の中で、まさにトコロ天方式で、人事を順送りにしてきた。何年かすれば、助手は講師に
なり、講師は助教授になり、そして教授へ、と。それはちょうど、水槽の中にかわれた熱帯魚の
ような世界と言ってもよい。温度は調整され、酸素もエサも自動的に与えられてきた。田丸先
生は、さらにこう書いている。

 「私の友人のノーベル賞候補者は、活発な研究の傍(かたわ)ら、講義前には三回はくり返し
練習をするそうである」と。

 日本に、そういう教授はいるだろうか。

 グチばかり言っていてはいけないが、いまだに文部科学省が、自分の権限と管轄にしがみつ
き、その範囲で教育改革をしようといている。もうそろそろ日本人も、そのおかしさに気づくべき
ときにきているのではないのか。明治の昔から、日本人は、そういうのが教育と思い込んでい
る。あるいは思い込まされている。その結果、日本は、日本の教育はどうなった? いまだに
大本営発表しか聞かされていないから、欧米の現状をほとんど知らないでいる。中には、いま
だに日本の教育は、世界でも最高水準にあると思い込んでいる人も多い。

 日本の教育は、今からでも遅くないから、自由化すべきである。具体的に、アメリカの常識を
ここに書いておく。

アメリカの大学には、入学金だの、施設費だの、寄付金はいっさいない。
アメリカの大学生は、入学後、学科、学部の変更は自由である。
アメリカの大学生は、より高度な教育を求めて、大学間の移動を自由にしている。つまり大学
の転籍は自由である。
奨学金制度、借金制度が確立していて、アメリカの大学生は、自分で稼いで、自分で勉強する
という意識が徹底している。
毎週週末に試験があり、それが集合されて、その学生の成績となる。
魅力のない学科、学部はどんどん廃止され、そのためクビになる教官も多い。教える教官も必
死である。教官の身分や地位は、保証されていない。
成績が悪ければ、学生はどんどん落第させられる。

 日本もそういう大学を、三〇年前にはめざすべきだった。私もオーストラリアの大学でそれを
知ったとき、(まだ当時は日本は高度成長期のまっただ中にいたから、だれも関心を払わなか
ったが)、たいへんなショックを受けた。ここに「今からでも遅くない」と一応、書いたが、正直に
言えば、「遅すぎた」。今から改革しても、その成果が出るのは、二〇年後? あるいは三〇年
後? そのころ日本はアジアの中でも、マイナーな国の一つとして、完全に埋もれてしまってい
ることだろう。

田丸先生は、ロンドン大学の名誉教授の森嶋通夫氏のつぎのような言葉を引用している。

「人生で一番大切な人間のキャラクターと思想を形成するハイテイーンエイジを入試のための
勉強に使い果たす教育は人間を創る教育ではない。今の日本の教育に一番欠けているのは
議論から学ぶ教育である。日本の教育は世界で一番教え過ぎの教育である。自分で考え自分
で判断するという訓練がもっとも欠如している。自分で考え、横並びでない自己判断のできる
人間を育てる教育をしなければ、二〇五〇年の日本は本当にだめになる」と。 

問題は、そのあと日本は再生するかどうかだが、私はそれも無理だと思う。悲観的なことばか
り書いたが、日本人は、そういう現状認識すらしていない。とても残念なことだが……。

田丸先生……TK先生のこと。東大元総長特別補佐、日本学士院賞受賞者、国際触媒学会前
会長ほか。

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【H幼稚園のみなさんからの、質問に答えて】

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H幼稚園での講演に先立ち、父母のみなさんから、
質問をいただきました。

それについて、考えてみます。

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【1】講演会の中で説明があると思いますが、なぜ法学科を卒業し、その道に進まず
 幼児教育評論家になったのか。肩書きが非常に多いのですが、それぞれへの道を
 たどっていったきっかけをお聞きしたいです。

【2】男の子3人兄弟の三男ですが、気に入らないことがあるとたたいてきます。
 たたくことは良くない事だよと言い聞かせても、私(母)が大げさに「痛いよ〜。」 
と泣きまねをしても、たたくことをやめません。どのように対応したらよいですか? 

【3】兄弟の子育てについて。

【4】習い事(ピアノや水泳など)は本人の意思で始めた方が良いでしょうか?

【5】主人が育児に協力してくれません。食事も共にすることがほとんどありません。
 父親が子育てに関心を持つのは、どんな時ですか?

【6】子育てで、一番大事だと思われることをずばり一言で教えて下さい。

+++++++++++++++++++++++

【1】講演会の中で説明があると思いますが、なぜ法学科を卒業し、その道に進まず
 幼児教育評論家になったのか。肩書きが非常に多いのですが、それぞれへの道を
 たどっていったきっかけをお聞きしたいです。

++++++++++++++++++

【はやし浩司より】

 これについては、今回の講演の中で、じっくりと話させていただきます。

【2】男の子3人兄弟の三男ですが、気に入らないことがあるとたたいてきます。
 たたくことは良くない事だよと言い聞かせても、私(母)が大げさに「痛いよ〜。」 
と泣きまねをしても、たたくことをやめません。どのように対応したらよいですか? 

++++++++++++++++++

●子どもの欲求不満

 欲求不満に対する、子どもの反応は、一般的には次の三つに分けて考える。

 (1)攻撃、暴力タイプ……欲求不満やストレスが日常的にたまると、子どもは攻撃的になる。
突発的にカッとなることが多く、弟を逆さづりにして、頭から落とした子ども(年長男児)がいた。
そしてその攻撃性は、表に出るタイプ(喧嘩する。乱暴になる)と、裏に隠れるタイプ(いじめ、
動物への虐待)に分けて考える。

 (2)退行、依存タイプ……理由もなく、ぐずったり、赤ちゃんぽくなる(退行)。あるいはネチネ
チと甘える(依存性)。優柔不断になることもある。このタイプの子どもは、いわゆる「ぐずな子
ども」という印象を与える。

 (3)固着、執着タイプ……いつまでも同じことにこだわったり、あるいは特定のもの(毛布の
切れ端、ボタン、古い雑誌、おもちゃ)に執着する。情緒的な不安定さを解消するための、代償
的行為(心を償うためにする代わりの行為)と理解するとわかりやすい。オナニー、髪いじり、
指しゃぶり、爪かみも同じように考える。

 子どもがこうした症状を見せたら、まず愛情問題を疑ってみる。親や家族への絶対的な安心
感がゆらいでいないか。親の愛に疑問を抱いていないか。あるいは下の子どもが生まれたこと
などで、その子どもへの愛が減っていないか、など。ここで「絶対的」というのは、「疑いを抱か
ない」という意味。はげしい家庭内騒動、夫婦不仲、日常的な不安感、無理な学習、きびしいし
つけなどが原因となることもある。

よく誤解されるが、子どもにとって愛情というのは、落差の問題。たとえば下の子どもが生まれ
ると、上の子どもが赤ちゃんがえりを起こすことがある。そういうとき親は、「上の子も下の子
も、平等にかわいがっています」と言うが、上の子にしてみれば、今まで一〇〇の愛情を受け
ていたのが、五〇に減ったことが、不満なのだ。特に嫉妬に関する問題は、慎重に扱うこと。こ
れは幼児指導の大原則。

 こうした欲求不満が原因で、情緒が不安定になったら、スキンシップをふやし、子どもの心を
安心させることに心がける。叱ったり説教しても意味がない。脳の機能そのものが、変調して
いるとみる。また似たような症状に、「かんしゃく発作」がある。乳幼児の抵抗的な行動(突発的
なはげしい怒り)をいう。

たいていはささいな刺激が引き金となって、爆発的に起きる。デパートなどで、ギャーギャーと
泣き叫ぶのが一例。原因の第一は、家庭教育の失敗とみる。ただし年齢によって、症状が違
う。一歳前後は、ダダをこねる、ぐずる、手足をバタバタさせるなど。一歳半を過ぎると、大声で
泣き叫び、その時間が長くなる。満二歳前後では、言葉による抵抗、拒絶が目立つようにな
る。自分の体をわざと傷つけることもある。こうしたかんしゃく発作が見られたら、家庭教育の
あり方そのものを反省する。権威主義的(押しつけ)な子育てや、強圧的(ガミガミ)な子育てに
なっていないかなど。「わがまま」と決めつけて、叱っても意味がない。あるいは叱れば叱るほ
ど、逆効果。あとは欲求不満に準じて、対処する。
 
【はやし浩司より】

 根底に欲求不満があるのでは? そのあたりから疑って考えてみてはどうでしょうか。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【3】兄弟の子育てについて。

++++++++++++++++++

【はやし浩司より】

 テーマが、ばくぜんとしすぎていて、お答えできません。ごめんなさい。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【4】習い事(ピアノや水泳など)は本人の意思で始めた方が良いでしょうか?

++++++++++++++++++

●子どもの一芸論

 Sさん(中一)もT君(小三)も、勉強はまったくダメだったが、Sさんは、手芸で、T君は、スケ
ートで、それぞれ、自分を光らせていた。中に「勉強、一本!」という子どももいるが、このタイ
プの子どもは、一度勉強でつまずくと、あとは坂をころげ落ちるように、成績がさがる。そういう
ときのため、……というだけではないが、子どもには一芸をもたせる。この一芸が、子どもを側
面から支える。あるいはその一芸が、その子どもの身を立てることもある。

 M君は高校へ入るころから、不登校を繰り返し、やがて学校へはほとんど行かなくなってしま
った。そしてその間、時間をつぶすため、近くの公園でゴルフばかりしていた。が、一〇年後。
ひょっこり私の家にやってきて、こう言って私を驚かせた。「先生、ぼくのほうが先生より、お金
を稼いでいるよね」と。彼はゴルフのプロコーチになっていた。

 この一芸は作るものではなく、見つけるもの。親が無理に作ろうとしても、たいてい失敗する。
Eさん(二歳児)は、風呂に入っても、平気でお湯の中にもぐって遊んでいた。そこで母親が、
「水泳の才能があるのでは」と思い、水泳教室へ入れてみた。案の定、Eさんは水泳ですぐれ
た才能を見せ、中学二年のときには、全国大会に出場するまでに成長した。S君(年長児)も
そうだ。

父親が新車を買ったときのこと。S君は車のスイッチに興味をもち、「これは何だ、これは何だ」
と。そこで母親から私に相談があったので、私はS君にパソコンを買ってあげることを勧めた。
パソコンはスイッチのかたまりのようなものだ。その後S君は、小学三年生のころには、ベーシ
ック言語を、中学一年生のころには、C言語をマスターするまでになった。

 この一芸。親は聖域と考えること。よく「成績がさがったから、(好きな)サッカーをやめさせ
る」と言う親がいる。しかし実際には、サッカーをやめさせればやめさせたで、成績は、もっとさ
がる。一芸というのは、そういうもの。

ただし、テレビゲームがうまいとか、カードをたくさん集めているというのは、一芸ではない。ここ
でいう一芸というのは、集団の中で光り、かつ未来に向かって創造的なものをいう。「創造的な
もの」というのは、努力によって、技や内容が磨かれるものという意味である。そしてここが大
切だが、子どもの中に一芸を見つけたら、時間とお金をたっぷりとかける。そういう思いっきり
のよさが、子どもの一芸を伸ばす。「誰が見ても、この分野に関しては、あいつしかいない」とい
う状態にする。子どもの立場で言うなら、「これだけは絶対に人に負けない」という状態にする。

 一芸、つまり才能と言いかえてもいいが、その一芸を見つけるのは、乳幼児期から四、五歳
ごろまでが勝負。この時期、子どもがどんなことに興味をもち、どんなことをするかを静かに観
察する。一見、くだらないことのように見えることでも、その中に、すばらしい才能が隠されてい
ることもある。それを判断するのも、家庭教育の大切な役目の一つである。  


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【はやし浩司より】

 これからはプロが生き残る時代です。そういうことを考えて、オールマイティな人間ではなく、
一芸に秀でた子どもをめざすとよいですよ。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【5】主人が育児に協力してくれません。食事も共にすることがほとんどありません。
 父親が子育てに関心を持つのは、どんな時ですか?

++++++++++++++++++

【父親論】

 父親の役割は、二つ、ある。(1)母子関係の是正と、(2)行動の限界設定である。これは私
の意見というより、子育ての常識。

●母子関係の是正

 母親と子どもの関係は、絶対的なものである。それについては、何度も書いてきた。

 しかし父親と子どもの関係は、「精液一しずくの関係」にすぎない。もともと母子関係と、父子
関係は平等ではない。

 その子ども(人間)のもつ、「基本的信頼関係」は、母子の間で、はぐくまれる。父子の間では
ない。そういう意味で、子育ての初期の段階では、子どもにとっては、母親の存在は絶対的な
ものである。この時期、母親が何らかの理由で不在状態になると、子どもには、決定的とも言
えるほど、重大な影響を与える。情緒、精神面のみならず、子どもの生命にも影響を与えるこ
とさえある。

 内乱や戦争などで、乳児院に預けられた赤ちゃんの死亡率が、きわめて高いということは、
以前から指摘されている。

 では、父親の役割は、何か。

 父親の役割は、実は、こうした母子関係を調整することにある。母子関係は、ここにも書いた
ように、絶対的なものである。しかしその「絶対性」に溺れてしまうと、今度は、逆に、子どもにさ
まざまな弊害が生まれてくる。マザーコンプレックスが、その一つである。

 一般論から言うと、父親不在の家庭で育った子どもほど、母親を絶対視するあまり、マザー
コンプレックス、俗にいう、マザコンになりやすい。40歳を過ぎても、50歳をすぎても、「ママ」
「ママ」と言う。

 ある男性は、会社などで昇進や昇給があると、妻に話す前に、母親に電話をして、それを報
告していたという。また別の男性(50歳)は、せとものの卸し業を営んでいたが、収入は一度、
妻ではなく、すべて母親(80歳)に手渡していたという。

 また、ある男性(53歳)は、「母の手一つで育てられました」と、いつも人に話している。一度
講演会で、涙声で、母に対する恩を語っているのを聞いたことがある。

 その男性は、その母と、自分の妻が家庭内で対立したとき、離婚という形で、妻を追いだした
と聞いている。しかし自分の中の、マザコン性には、気づいていないようだ。

 常識で考えれば、おかしな関係だが、マザコンタイプの人には、それがわからない。そうする
ことが、子どもの務めと考えている。

 そしてマザコンタイプの子どもの特徴は、自分のマザコン性を正当化するために、母親をこと
さら、美化すること。「私の母は偉大でした」と。そしてあげくの果てには、「産んでいただきまし
た」「育てていただきました」「女手一つで、育てていただきました」と言いだす。

 マザコンタイプの男性は、(圧倒的に男性が多いが、女性でも、少なくない)、親の悪口や、批
判を許さない。少し批判しただけで、猛烈に反発する。依存性が強い分だけ、どこかのカルト
教団の信者のような反応を示す。(もともとカルト教団の信者の心理状態は、マザコンタイプの
子どもの心理と、共通している。徹底した隷属性と、徹底した偶像化。妄信的に、その価値を
信じこむ。)

 そこで父親の登場!

 こうした母子関係を、父親は、調整する。もっとわかりやすく言えば、母子関係の絶対性に、
クサビを入れていく。

 ここに母子関係と、父子関係の基本的なちがいが、ある。つまり母子関係は、子どもの成長
とともに、解消されねばならない。一方、父子関係は、子どもの成長とともに、つくりあげていか
ねばならない。つまり、それが父親の役割ということになる。

 ……という話は、子育ての世界では、常識なのだが、しかし問題は、父親自身が、マザコンタ
イプであるとき。

 こういうケースでは、父親自身が、父親の役割を、見失ってしまう。いつまでも母親にベタベタ
と甘える自分の子どもをみながら、それをよしとしてしまう。そしてなお悪いことに、それを代々
と繰りかえしてしまう。

 問題は、そうした異常性に、母親や父親が、いつ、どのような形で、気づくかということ。

 しかしこの問題は、脳のCPU(中央演算装置)の問題であるだけに、特別な事情がないかぎ
り、それに気づく母親や父親は、まずいない。(この原稿を読んだ方は、気づくと思うが……。)

 そこで一つの方法として、私がここに書いたことを念頭に入れて、あなたの周囲の人たちを、
見回してみてほしい。よく知っている親類の人とか、友人がよい。このタイプの人が、何人か
は、必ずいるはずである。(あるいは、ひょっとしたら、あなたや、あなたの夫がそうであるかも
しれない。)

 そういう人たちを比較しながら、自分の姿をさぐってみる。たとえば父親不在の家庭で育った
子どもほど、マザコン性をもちやすい。そういうことを手がかりに、自分の姿をさぐってみる。
 
●行動の限界設定

 もう一つ、父親の大きな役割は、子どもの行動に、限界を設定すること。わかりやすく言え
ば、行動規範を示し、いかに生きるべきか、その道徳的、倫理的規範を示すこと。さらにわか
りやすく言えば、「しつけ」をすること。

 しかし、これはむずかしいことではない。

 こうした基本的なしつけは、ごく日常的な、ごく基本的なことから始まる。そして、ここが重要だ
が、すべてはそれで始まり、それで終わる。

 ウソをつかない。
 人と誠実に接する。
 約束やルールは守る。
 自分に正直に生きる。

 さらに一歩進んで……

 家族は大切にする。
 家族は守りあう。
 家族は教えあう。
 家族はいたわり、励ましあう。

 さらに一歩進んで……

 自分の生きザマをつらぬく。
 
 こうした生きザマを、ごくふつうの家庭人として、ごくふつうの生活の中で、見せていく。見せる
だけでは足りない。しみこませておく。そしてそれに子どもが反したような行動をしたとき、父親
は、それに制限を加えていく。

 こうした日々の生きザマが、週となり、月となり、そして年となったとき、その子どもの人格とな
る。

 その基礎をつくっていくのが、父親の役目ということになる。

 一見簡単そうに見えるが、簡単でないことは、父親ならだれしも知っている。こうした父親像と
いうのは、代々、受けつがれるもの。その父親が作るものではないからである。

 そういう意味で父親から受ける影響は、無視できない。たとえばこんなことがある。

 私には、三人の息子がいる。年齢は、それぞれ、ちょうど三年ずつ、離れている。

 そういう三人の息子を比較すると、それぞれが、私のある時期の「私」を、忠実に受けついで
いるのがわかる。(もちろん息子たち自身は、そうは思っていないが……。)

 一番特徴的なのは、それぞれの息子たちが、年長児から小学二、三年生にかけて私が熱中
した趣味を、受け継いでいるということ。

 長男がそのころには、私は、模型飛行機やエアーガン、その種のものばかりで遊んでいた。
だから、長男は、こまかいものを、コツコツと作るのが趣味になってしまった。

 二男のときは、パソコン。三男のときは、山荘作り。今、それぞれが、その流れをくむ趣味を
もっている。父親が子どもに与える影響というのは、そういうものと考えてよい。みながみな、そ
うということでもないだろうが、大きな影響を与えるのは、事実のようだ。

 まあ、もしあなたがあなたの子どもを、よい人間に育てたいと思っているなら、(当然だが…
…)、まず、自分の身のまわりの、ごく簡単なことから、身を律したらよい。「あとで……」とか、
「明日から……」というのではない。今、この瞬間から、すぐに、である。

 この瞬間からすぐに、

 ウソをつかない。
 人と誠実に接する。
 約束やルールは守る。
 自分に正直に生きる。

 たったこれだけのことだが、何年かたって、あるいは何十年かたって、今のこの時を振りかえ
ってみると、この時が、子育ての大きな転機になっていたことを知るはず。

 ただし……。私は生まれが生まれだから、こういうことは、あえて努力しないと、できない。ふ
と油断すると、ウソをついたり、自分を偽ったりする。へつらったり、相手の機嫌をとったりす
る。そういう自分から早く決別したいと思うが、それが、なかなかむずかしい。

 がんばろう! がんばりましょう! 父親の役割というのは、そういうもの。

【はやし浩司より】

 ここにあげた文章を読んでいただければ、(お父さんに、です)、少しは考え方を改めてもらえ
るのではないかと思います。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【6】子育てで、一番大事だと思われることをずばり一言で教えて下さい。

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子どもをよい子にしたいとき 

●どうすれば、うちの子は、いい子になるの?

 「どうすれば、うちの子どもを、いい子にすることができるのか。それを一口で言ってくれ。私
は、そのとおりにするから」と言ってきた、強引な(?)父親がいた。「あんたの本を、何冊も読
む時間など、ない」と。私はしばらく間をおいて、こう言った。「使うことです。使って使って、使い
まくることです」と。

 そのとおり。子どもは使えば使うほど、よくなる。使うことで、子どもは生活力を身につける。
自立心を養う。それだけではない。忍耐力や、さらに根性も、そこから生まれる。この忍耐力や
根性が、やがて子どもを伸ばす原動力になる。

●一〇〇%スポイルされている日本の子ども?

 ところでこんなことを言ったアメリカ人の友人がいた。「日本の子どもたちは、一〇〇%、スポ
イルされている」と。わかりやすく言えば、「ドラ息子、ドラ娘だ」と言うのだ。

そこで私が、「君は、日本の子どものどんなところを見て、そう言うのか」と聞くと、彼は、こう教
えてくれた。「ときどきホームステイをさせてやるのだが、食事のあと、食器を洗わない。片づけ
ない。シャワーを浴びても、あわを洗い流さない。朝、起きても、ベッドをなおさない」などなど。
つまり、「日本の子どもは何もしない」と。反対に夏休みの間、アメリカでホームステイをしてき
た高校生が、こう言って驚いていた。「向こうでは、明らかにできそこないと思われるような高校
生ですら、家事だけはしっかりと手伝っている」と。ちなみにドラ息子の症状としては、次のよう
なものがある。

●ドラ息子症候群

(1)ものの考え方が自己中心的。自分のことはするが他人のことはしない。他人は自分を喜
ばせるためにいると考える。ゲームなどで負けたりすると、泣いたり怒ったりする。自分の思い
どおりにならないと、不機嫌になる。あるいは自分より先に行くものを許さない。いつも自分が
皆の中心にいないと、気がすまない。

(2)ものの考え方が退行的。約束やルールが守れない。目標を定めることができず、目標を
定めても、それを達成することができない。あれこれ理由をつけては、目標を放棄してしまう。
ほしいものにブレーキをかけることができない。生活習慣そのものがだらしなくなる。その場を
楽しめばそれでよいという考え方が強くなり、享楽的かつ消費的な行動が多くなる。

(3)ものの考え方が無責任。他人に対して無礼、無作法になる。依存心が強い割には、自分
勝手。わがままな割には、幼児性が残るなどのアンバランスさが目立つ。

(4)バランス感覚が消える。ものごとを静かに考えて、正しく判断し、その判断に従って行動す
ることができない、など。

●原因は家庭教育に

 こうした症状は、早い子どもで、年中児の中ごろ(四・五歳)前後で表れてくる。しかし一度こ
の時期にこういう症状が出てくると、それ以後、それをなおすのは容易ではない。ドラ息子、ド
ラ娘というのは、その子どもに問題があるというよりは、家庭のあり方そのものに原因がある
からである。また私のようなものがそれを指摘したりすると、家庭のあり方を反省する前に、叱
って子どもをなおそうとする。あるいは私に向かって、「内政干渉しないでほしい」とか言って、
それをはねのけてしまう。あるいは言い方をまちがえると、家庭騒動の原因をつくってしまう。

●子どもは使えば使うほどよい子に

 日本の親は、子どもを使わない。本当に使わない。「子どもに楽な思いをさせるのが、親の愛
だ」と誤解しているようなところがある。だから子どもにも生活感がない。「水はどこからくるか」
と聞くと、年長児たちは「水道の蛇口」と答える。「ゴミはどうなるか」と聞くと、「どこかのおじさん
が捨ててくれる」と。

あるいは「お母さんが病気になると、どんなことで困りますか」と聞くと、「お父さんがいるから、
いい」と答えたりする。生活への耐性そのものがなくなることもある。友だちの家からタクシー
で、あわてて帰ってきた子ども(小六女児)がいた。話を聞くと、「トイレが汚れていて、そこで用
をたすことができなかったからだ」と。そういう子どもにしないためにも、子どもにはどんどん家
事を分担させる。子どもが二〜四歳のときが勝負で、それ以後になると、このしつけはできなく
なる。

●いやなことをする力、それが忍耐力

 で、その忍耐力。よく「うちの子はサッカーだと、一日中しています。そういう力を勉強に向け
てくれたらいいのですが……」と言う親がいる。しかしそういうのは忍耐力とは言わない。好き
なことをしているだけ。幼児にとって、忍耐力というのは、「いやなことをする力」のことをいう。
たとえば台所の生ゴミを始末できる。寒い日に隣の家へ、回覧板を届けることができる。風呂
場の排水口にたまった毛玉を始末できる。そういうことができる力のことを、忍耐力という。

こんな子ども(年中女児)がいた。その子どもの家には、病気がちのおばあさんがいた。そのお
ばあさんのめんどうをみるのが、その女の子の役目だというのだ。その子どものお母さんは、
こう話してくれた。「おばあさんが口から食べ物を吐き出すと、娘がタオルで、口をぬぐってくれ
るのです」と。こういう子どもは、学習面でも伸びる。なぜか。

●学習面でも伸びる

 もともと勉強にはある種の苦痛がともなう。漢字を覚えるにしても、計算ドリルをするにして
も、大半の子どもにとっては、じっと座っていること自体が苦痛なのだ。その苦痛を乗り越える
力が、ここでいう忍耐力だからである。反対に、その力がないと、(いやだ)→(しない)→(でき
ない)→……の悪循環の中で、子どもは伸び悩む。

 ……こう書くと、決まって、こういう親が出てくる。「何をやらせればいいのですか」と。話を聞く
と、「掃除は、掃除機でものの一〇分もあればすんでしまう。買物といっても、食材は、食材屋
さんが毎日、届けてくれる。洗濯も今では全自動。料理のときも、キッチンの周囲でうろうろさ
れると、かえってじゃま。テレビでも見ていてくれたほうがいい」と。

●家庭の緊張感に巻き込む

 子どもを使うということは、家庭の緊張感に巻き込むことをいう。親が寝そべってテレビを見
ながら、「玄関の掃除をしなさい」は、ない。子どもを使うということは、親がキビキビと動き回
り、子どももそれに合わせて、すべきことをすることをいう。たとえば……。
 あなた(親)が重い買い物袋をさげて、家の近くまでやってきた。そしてそれをあなたの子ども
が見つけたとする。そのときさっと子どもが走ってきて、あなたを助ければ、それでよし。しかし
知らぬ顔で、自分のしたいことをしているようであれば、家庭教育のあり方をかなり反省したほ
うがよい。

やらせることがないのではない。その気になればいくらでもある。食事が終わったら、食器を台
所のシンクのところまで持ってこさせる。そこで洗わせる。フキンで拭かせる。さらに食器を食
器棚へしまわせる、など。

 子どもを使うということは、ここに書いたように、家庭の緊張感に巻き込むことをいう。たとえ
ば親が、何かのことで電話に出られないようなとき、子どものほうからサッと電話に出る。庭の
草むしりをしていたら、やはり子どものほうからサッと手伝いにくる。そういう雰囲気で包むこと
をいう。何をどれだけさせればよいという問題ではない。要はそういう子どもにすること。それ
が、「いい子にする条件」ということになる。

●バランスのある生活を大切に

 ついでに……。子どもをドラ息子、ドラ娘にしないためには、次の点に注意する。(1)生活感
のある生活に心がける。ふつうの寝起きをするだけでも、それにはある程度の苦労がともなう
ことをわからせる。あるいは子どもに「あなたが家事を手伝わなければ、家族のみんなが困る
のだ」という意識をもたせる。(2)質素な生活を旨とし、子ども中心の生活を改める。(3)忍耐
力をつけさせるため、家事の分担をさせる。(4)生活のルールを守らせる。(5)不自由である
ことが、生活の基本であることをわからせる。そしてここが重要だが、(6)バランスのある生活
に心がける。

 ここでいう「バランスのある生活」というのは、きびしさと甘さが、ほどよく調和した生活をいう。
ガミガミと子どもにきびしい反面、結局は子どもの言いなりになってしまうような甘い生活。ある
いは極端にきびしい父親と、極端に甘い母親が、それぞれ子どもの接し方でチグハグになって
いる生活は、子どもにとっては、決して好ましい環境とは言えない。チグハグになればなるほ
ど、子どもはバランス感覚をなくす。ものの考え方がかたよったり、極端になったりする。

子どもがドラ息子やドラ娘になればなったで、将来苦労するのは、結局は子ども自身。それを
忘れてはならない。

+++++++++++++++++++++

【はやし浩司より】

 以前、同じような質問をもらったときに書いた原稿です。参考にしていただければ、うれしいで
す。

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(918)

●頭のよい子ども

 現在、BW教室に、NG君という子どもがいる。まだ小学1年生である。

 私は今までに、数多くの、いわゆる「頭のよい子ども」を見てきた。小学4、5年生時に、中学
3年生の勉強を終えてしまった子どもなど。しかしNG君は、その中でも、とくに秀でている。

 現在は、小学3年生のクラスで教えているが、実際には、小学4、5年生のクラスに入れても
よいと考えている。ただ、まだ小学1年生である。高学年のクラスは、夜になるので、体力に無
理。……ということで、小学3年生のクラスで教えている。

 たとえばあなたなら、つぎの問題を、何分くらいで解けるだろうか。ちょっと、あなた自身の
(算数力)を試してみてほしい。

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【問題】

 ABCAB x 9 = DDDDDD

 A、B、C、Dはすべて異なる数字である。A、B、C、Dは、それぞれ、いくつか?

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 問題の出典は、「頭がよくなる数学パズル」(逢沢明著、PHP文庫)。(類題、KY学院中等
部)とある。つまりKY学院中等部の入試問題として、出された問題である。

 この程度の問題なら、NG君は、10分程度(あるいはそれ以下)で解いてしまう。彼が解い
た、その解答用紙を、コピーして、ここに添付しておく。

 念のため申し添えるなら、私は、いっさいのヒントを与えていない。「やってみたら?」と声をか
けたら、「やってみる」と言って、解き始めた。「まさか?」と思っていたが、「できたよ」と言っても
ってきたので、見た。驚いた。

 現実にこういう子どもがいる。しかし今の日本の教育制度では、こういう子どもをさらに伸ば
すシステムそのものがない。それを、「日本の損失」と言わずして、何という。

 YG君の解いた解答用紙は、
 http://bwhayashi.fc2web.com/page043.html#頭のよい子ども
 に収録しておいた。
(05年10月14日記)
(はやし浩司 頭のよい子ども 頭のよい子供 天才 天才児 英才 英才教育)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●負け戦(いくさ)

 あなたは、負け戦を知っているか? やってもやっても、どんどんと、暗い穴の中に落ちてい
く。何をやっても、うまくいかない。すべてが裏目、裏目と出る。いいことは何もない。そういうの
を、負け戦という。

 私は、子どものころ、その負け戦を、いやというほど、体験している。私の実家は、昔からの
自転車屋とはいえ、私が中学生になるころには、斜陽の一途。祖父は、病気をするたびに、体
を弱くし、家の中をフラフラと歩いていた。父は、そんなこともあって、ただ毎日、酒に溺れるだ
けだった。

 家計など、あってないようなもの。気丈な母だけは、世間体をとりつくろって、それなりに明るく
振る舞ってはいたが、当然、家の中は火の車。祖父が脳梗塞で倒れたときも、父が心筋梗塞
で倒れたときも、私の家には、入院させるだけのお金がなかった。実際には、母があれこれ理
由を並べて、2人とも、病院から出してしまった。

 私は子どもながらに、「明日はどうなるのだろう?」と不安でならなかった。学校から帰ってき
たとき、家の中に客がいると、ほっとした。しかしそんな日は、めったになかった。父は来るは
ずもない客を待ちながら、ときには、机に向かって、何かを黙々と書いていた。あるいは、冬場
になると、丸い陶器でできた火鉢に体をかがめて、暖をとっていた。

 やがて私は大学生になったが、学費といっても、下宿代の1万円だけ。残りのお金は、アル
バイトで稼がねばならなかった。ときには、20日間、下宿の朝食と夕食だけで生きのびたこと
もある。

 風呂はどうしたかって? ハハハ。

 大学のプールで体を洗ったこともあるし、パチンコで稼いだお金で、風呂屋へ行ったこともあ
る。当時のパチンコ屋は、通路を歩いてまわると、たいてい10〜20個くらいの玉が落ちてい
た。それを元手に、パチンコをした。それで儲けた。

 ……とまあ、暗い話がつづくが、当時の仲間たちは、みな、私と同じような生活をしていた。
金持ちの仲間など、10人に1人もいなかったのでは……?

 その負け戦。ときどき、レストランの前を通るとき、それを思い出す。ガランとして、客のいな
い食堂。その客を待って、何もしないでもなし、かといって、何かをしているふうでもなし。料理
人が、下を向いて、コツコツと包丁を動かしている。

 ツンとした、さみしさが、こみあげてくる。痛いほど、その料理人の気持ちが、よくわかる。下
に顔を向けていても、心は通りを見ている。そして客の気配を、静かに待っている。

 が、客が来たところで、心は晴れない。表面的には、「いらっしゃい!」と明るい声をはりあげ
るが、しかしそのとたん、心の中を、かわいた風がつきぬける。黒字とか赤字とか、そんなこと
を口にすることができるような店なら、まだよいほう。「仕事があるだけでも、ありがたい」「食べ
ていけるだけでも、ありがたい」と。

 しかし明日は、今日より悪くなる。来年は、今年より、悪くなる。よくなる見込みは、何もない。
ただ、今日できることを、今、するだけ。明日は明日。来年は来年。そんなことを考えているう
ちに、1年、また1年と過ぎていく。

 負け戦。心を支えるだけでも、精一杯。暗くて、ゆううつな毎日。それがジワジワと、真綿で首
をしめるように、いつ終わるともなくつづく。

 そういう人を、人は負け犬と呼ぶ。しかし「負け」を見せたら、おしまい。それこそ、本当に負
けてしまう。だから虚勢を張る。見栄を張る。しかしそれをつづけるのも疲れる。

 他人は簡単に言う。「それなら店をたたんで、商売がえをしたらいい」と。

 しかしそんなことができるなら、とっくの、昔にしている。その資金や能力があるなら、とっくの
昔にしている。それができないから、ただ毎日、同じことを繰りかえすしかない。

 で、人は、そういう私のことを、貧乏性だという。ワイフですら、そう言う。1日でも、1時間で
も、ヒマなときがあると、じっとしておられない。その時間を、何かに結びつけていく。しかもおか
しなことに、1000円のものを買いにいくのに、1000円だけもっていくのが、不安でならない。
2000円とか、3000円とか、もっていく。

 生活すべてが、そういうリズムで動く。しかしそのリズムは、決して、今に始まったものではな
い。私が子どものころに、すでに始まっていた。そしてそれが今も、つづき、これから先、死ぬ
までつづく。

 あなたは、その負け戦を経験したことがあるか。もし、「ない」と答えるなら、それだけでも、あ
なたはラッキーな人だと思ってよい。

 実は、私のワイフなどは、その負け戦を経験していない。私と結婚してからは、なおさらそう
で、私は、夫として、そして父親として、ぜったいにそういう不様(ぶざま)だけは、家族に見せた
くなかった。

 だからワイフは、客のいない、静まりかえったレストランの前を通ったようなとき、こんなことを
言うときがある。「こんなレストランでは、お客さんは、入らないわよ」と。

 しかし私には、そういう発想がない。そのレストランの主人の気持ちがよくわかるだけに、こう
言う。「そんなことを言ってはダメだよ」と。言いようのない怒りを覚えることもある。そういう言葉
を聞くと、私がそう言われているように感ずる。子どものころの私が、だ。

 あのやりようのないさみしさや、不安、そして悲しさ。それは負け戦を経験したものでないと、
わからないだろう。いや、本当のところ、その負け戦を、このところ、再び、感じ始めている。

 年齢のせいもある。今の私にしてみれば、来年が今年よりよくなるということは、もう考えられ
ない。ただただ現状維持が精一杯。それができるだけでも、御(おん)の字。しかし本音を言え
ば、負け戦は、もうこりごり。たくさん。あの負け戦だけは、もういやだ。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●自衛隊を派遣せよ(?)

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日本の排他的経済水域ギリギリのところで
中国は、ガス田の開発をし、すでにガスの
採掘を始めているという。

これに対して日本では、集団的自衛権を盾に
「自衛隊を派遣せよ」という声が、日増しに
強くなってきている。

しかし、自衛隊など派遣してはいけない!

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 中国が、日本の排他的経済水域(EEZ)ギリギリのところで、ガス田の採掘を始めた。このま
までは、中国は、日本側の資源を、どんどんと吸いあげてしまうという。

 そこでにわかに、この水域での日中双方の動きが、あわただしくなってきた。騒々しくなって
きたと、言うべきか。

 これに対して、日本側の一部に、「自衛隊を海域に派遣せよ」という意見まで現れた。基本的
には、「これ以上、中国になめられて、たまるか」ということだろう。

 あの女流評論家の櫻井Y氏まで、憲法改正を発議すると題して、つぎのように書いている。
「日本はまぎれもなくアジアの大国である」と述べた上で、「大国に相応の役割が求められるの
は、時代、地域を問わず、普遍的な原理原則である。そうした意味で、アジア諸国が、日本に
送り続ける熱い視線に日本人は気がついているだろうか」と。

 そして「憲法9条は、憲法前文が求める名誉ある地位への障害になっている」と断言している
(雑誌「S」05年10月26日号)。

 櫻井氏は、排他的経済水域での中国の漁船団に驚いている。そして、ドイツやイタリアの憲
法と、日本の憲法が異なるのは、おかしいという趣旨で、持論を展開している。

 しかし、待ってほしい。もしここで自衛隊を派遣すれば、たいへんなことになる。ただ単なる、
示威行動ではすまなくなる。相手の立場、つまり中国側の立場で考えてみれば、それがわか
る。中国が、自衛隊の派遣を見て、おとなしく引きさがるようなことは、ありえない。中国は、「待
ってました」とばかり、それ以上の大軍を、この地域に派遣してくるはず。

 中には、「今回の事件は、日米安保条約の試金石になる」と説明する評論家もいる。もしそ
れでアメリカが日本のために何もしてくれないようなら、日米安保条約は、死文化したも同然
だ、と。

 しかしアメリカにしても、極東の島国の平和と安全など、もうどうでもよいはず。中国のパワー
は、朝鮮半島や日本、台湾をとび越えて、アメリカにまで及び始めている。アメリカと中国が、
直接対決する時代は、すでにすぐそこまできている。

 そんなアメリカが、体を張ってまで、どうして日本や台湾を守らねばならないのか。へたをす
れば、米中戦争になってしまう。

 ものごとは、常識で考えようではないか。アメリカ、アメリカというが、アメリカの大地の真ん中
に立ってみると、そこには、日本の「ニ」の字もない。あるとすれば、中国。アメリカ人にとって、
アジアといえば、昔も、今も、中国をいう。

 そこで櫻井氏の意見に、少しばかり反論しておきたい。

 日本の港に入ってくる漁船の多くというより、ほとんどは、外国船である。今では、日本はそう
いった外国の漁船から、魚を買って、そしてそれを市場におろしている。日本の漁船そのもの
が、魚をとっていない。だから日本近海に、外国の漁船(もちろん中国も含む)が、うようよして
いたところで、日本は、文句を言えない。

 つぎにドイツにせよ、イタリアにせよ、戦後、バラバラに解体されている。あとかたも、なく、
だ。そしてドイツは、ばく大な戦争賠償金を各国に、支払っている。しかし日本は、解体されるこ
ともなく、天皇制はもちろんのこと、国家機能は、そのまま戦後へと引きつがれた。

 戦前から戦後にかけて、クビになった官僚は、ほとんど、いない。少なくとも文部官僚にいた
っては、1人もいない。

 また「日本には戦争責任はない」という前提で、日本は、一貫して、「賠償金」なるものを、一
円も支払っていない。ほかの名目で、たとえば、「経済援助」あるいは「ODA」という形で、その
場その場をごまかしながら、現在にいたっている。戦争責任ということになれば、天皇までいっ
てしまう。憲法に象徴天皇をいだく日本としては、これはまことに、まずい。

 こうした事実を無視して、「ドイツやイタリアがそうだから……」という論理を、安易に、日本の
憲法にぶつけるのは、どうか?

 では、どうしたらよいのか。

 日本人が本当に平和を愛する国民なら、ただひたすら事務的に、かつ冷静に、この問題に、
対処するのがよい。ガスがほしいなら、もっていかせればよい。そして燃やすだけ燃やさせれ
ばよい。どうせ地球は、ますます温暖化して、やがて、にっちもさっちもいかなくなる。そういう状
況になれば、一番困るのは、実は、中国である。

 で、日本は、そうした中国の実像を、世界に向けて知らせていけばよい。「中国というのは、こ
ういう国だ」と。つまりそうすることで、日本は、中国を取り囲む国々と、連携をつくることができ
る。

 自衛隊の派遣は、最後の最後。日本の領海や領土が侵犯されたとき、はじめて派遣すれば
よい。そのときは、戦争を覚悟して、派遣する。しかし今は、その時期ではない。またこんなこと
で、中国の挑発に乗ってはいけない。

 今、日本は、K国問題をかかえ、たいへん微妙な時期にさしかかっている。ここで中国の挑
発に乗れば、それを一番喜ぶのは、あの金xxであることを忘れてはいけない。そしてさらに、
日中戦争ともなれば、もう日本には、勝ち目はない。何といっても中国は、核ミサイルを、すで
に何十発(?)ももっている。つい先日は、原子力潜水艦からの水中発射実験にも、成功して
いる。

 勇ましい好戦論も結構だが、たかがガスの取りあいで、戦争などしてはいけない。仮に、いっ
たん戦争が始まってしまえば、それこそ、取りかえしのつかないことになってしまう。忘れてはい
けないのは、日本に嫌われて困るのは、中国であるということ。反対に、中国に嫌われて困る
ことは、日本には、何もない。

 すでに日本企業の多くが、中国からの撤退を始めている。そしてその拠点を、インドやブラジ
ルなどに移し始めている。日本には日本のやり方がある。しかし戦争だけは、絶対にしてはい
けない。日本のことを、「臆病」だとか、「弱虫」だとか、言う人がいたら、勝手に言わせておけ
ばよい。

 そのうち、だれも中国の言うことなど、信用しなくなる。相手にしなくなる。忘れていけないの
は、中国は、日本以上に、アジアの中で孤立している。(この点は、櫻井氏の意見に同感であ
る。)唯一の同盟国(?)は、あのK国だけと考えてよい。中国は、まさに墓穴を自分で掘ってい
る。私たち日本人がすべきことがあるとするなら、その墓穴を掘りやすいように、中国以外の
国々と、連携プレーをすることである。

 で、最後に一言。櫻井さん、くだらない大国意識など、捨てなさい! 「大国」って、いったい、
何?
 

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【山荘にて】

●山荘にて……

 今日は、近くのT山に登るつもりだった。しかし昨夜の天気予報では、午後から、雨。しかた
ないので、今日1日は、山荘で過ごすことにした。

 が、このところのダイエットのせいか、私は、ガス欠状態。朝夕の冷えこみが、いやに体にし
みる。1昨夜も、夜中に、寒くて、目がさめてしまった。風邪をひくような気温ではなかったと思う
が、その風邪をひいてしまった。だから昨日は、一日中、鼻水を、ハンカチで、ふいていた。

 で、今朝も、寒かった。朝、起きてからみると、窓が、少しあいていた。「道理で……」と思った
が、そのとたん、頭痛。はげしくはないが、体も、どこか熱っぽい。

 偏頭痛かもしれないと思った。しかし偏頭痛の痛みとは、少しちがう。私はそのまま目を閉じ
て、頭痛の様子をうかがった。

 とたん、ドドンと、花火があがった。近くの村祭りの合図だ。このあたりでは、村祭りの日に
は、こうして花火をあげる。時刻は午前6時、ちょうど。「どこの祭りだろう?」と思ったが、意識
がまだはっきりとしなかった。

 山荘の朝は、静かだ。花火は別として、ふだんは、静かだ。そのとき、ワイフが、横のふとん
の中で、寝がえりをうった。「どこの祭りだろう?」と声をかけると、「H村じゃ、な〜い?」と。

私「頭が痛いよ」
ワ「……薬、のむ?」
私「それがね、何の頭痛かわからない」
ワ「偏頭痛?」
私「風邪かもしれない。ゆうべは、寒かった……」と。

 軽い頭痛なら、起きてしまえば、なおる。なおらないが、そのまま忘れてしまう。その見きわめ
が、むずかしい。薬の世話には、できるだけ、なりたくない。

 しかしほてった体をどうすることもできない。私がふとんをはぐと、横から、ワイフが、ふとんを
かけてくれた。

私「今朝は、寒いか? どうも気温がわからない……」
ワ「そうねえ、今朝は、暖かいわよ」と。

 昨夜の天気予報では、秋雨(あきさめ)前線が日本列島に平行して走っているのがわかっ
た。その前線に向かって、南から暖かく、湿った風が吹きこんでいる。それで「昼からは雨だ」
と。

 私は、起きた。つづいてワイフも起きた。

 障子戸をあけると、薄い雲の向こうに、水色の空が見えた。「ああ、いい天気だよ」と、私。時
計を見ると、7時少し前を示していた。あれからしばらく眠ったようだ。が、相変わらず、頭が痛
い。

●頭痛

 私と頭痛のつきあいは、長い。偏頭痛には、ずいぶんと苦しめられた。ほかに二日酔いの頭
痛、風邪による頭痛などなど。

 偏頭痛については、最近はよい薬ができた。それをのめば、偏頭痛による頭痛は、収まる。
その安心感が、相乗効果となって、この5、6年、あの体を四転八転させて苦しむような偏頭痛
は、消えた。

 しかしふとしたときに、偏頭痛ぽいものは、起きる。そこでさらに最近になって、精神安定剤を
のむようになった。最初は、薬局で買ってきた、ハーブ系のもの。つづいて、姉から教えてもら
った安定剤。「女性専用薬」とドクターは、言ったが、私にもよくきく。それを4分の1から2分の
1に割って、のむ。

 偏頭痛は、偏頭痛薬だけでおさえようとしても、うまくいかない。安定剤を併用すると、ぐんと、
ききがよくなる。もともと偏頭痛は、神経からくる。

 私がコタツへはいると、ワイフが、朝の食べ物をいくつか、もってきた。昨夜、この山荘に来る
前に、道路沿いのコンビニで買ってきた。巻き寿司のパックに、それに菓子パン。

 私はその寿司を食べならが、偏頭痛薬を、1錠だけのんだ。(ふつうは、2錠。)そして少し大
きめのグラスで、薄めたウーロン茶を、2杯、たてつづけに飲んだ。薬をのんだあとは、いつ
も、こうして多めの水分をとることにしている。

 「せっかくの休みなのに、ごめんな」と私が言うと、ワイフは、「いいのよ。また寝る?」と。私は
「寝ない」と答えながら、パソコンに電源を入れた。

 3、4年前に買ったN社の、ノートパソコンである。少し前まで、HPの更新用に使っていたが、
今は、かばんに入ったままになっている。OSは、XP。ワードも、XPが、組みこんである。文書
づくりには、困らない。

 私は、そのパソコン相手に、将棋を始めた。

私「こいつは、いつも、ぼくより、2、3手、先を読んでいる。なかなか勝てないよ」
ワ「だったら、弱くすればいいのに」
私「そうだな」と。

 もうそのときには、私は守勢に回っていた。どんどん駒は取られる。下へ下へと、退却がつづ
く。そこで、(x)をクリック。負け戦になったら、さっさとやめる。

 しばらくすると、頭の後頭部がかゆくなってきた。偏頭痛の薬をのむと、きき始めには、いつ
もそうなる。私は、そのまま、パソコンの掃除を始める。

 不要ファイルを削除し、デバッグ(最適化)する。

 外を見ると、灰色の雲が、すぐそこまでさがってきているのがわかった。「早めに焚き火でもし
ようか」と声をかけようとして、ワイフのほうを見ると、ワイフは、コタツの中で、背中を丸くして、
眠っていた。

●焚き火

 このあたりでは、焚き火は、厳禁である。しかしそれは最初に、そう言われただけ。今は、村
の人たちも、(多分?)、私を信用してくれるようになった。だから今は、焚き火をしても、とやか
く言ってくる人はいない。

 言い忘れたが、このあたりでは、雨が降る前に、みな、焚き火をする。秋の枯れ草を燃や
す。それが不文律のようになっていて、こういう日には、青い煙が、あちこちの山々の間から、
まっすぐ上にたなびく。

 私は、はんてんを着たまま、外に出た。

 気がつかなかったが、いつの間にか、小雨がパラついていた。地面は、しっとりと濡れてい
た。絶好の焚き火日よりである。私は、熊手で枯れ葉を集めると、ライターで火をつけた。

 こうした焚き火は、燃えすぎるのも、よくない。山では、よくない。こわい。一度、あやうく近くの
ヤブに火をつけてしまったことがある。大惨事になるところだった。(この話は、村の人たちに
は、内緒だが……。)

 人は、失敗を繰りかえしながら、利口になっていく。

 ということで、焚き火を始めた。白い煙が、モクモクとあがった。香ばしい枯れ木のにおいが、
あたりにただよう。枯れ葉の中に隠れていたコオロギが、四方八方へと、逃げる。

 「子どものころなら、夢中でつかまえたのに……」と思いながら、焚き火をつづける。

 で、こうした山の生活には、いくつかのコツがある。

 一つは、「思い立ったときが、切りどき」。周囲に生える木々は、「思い立ったら、切りどき」と
考えて、容赦なく、バサバサと切る。遠慮してはいけない。「また別の機会に……」と考えてもい
けない。

 山の木は、すぐ大きくなる。5、6年もほうっておくと、手がつけられなくなる。だから切る。早
めに切る。

 もう一つは、クモの巣だ。山荘のまわりには、いくつかのクモの巣があった。以前は、ほうき
で、クモを追い払ったあと、巣を取っていた。が、クモというのは、頭がよいのか、しつこいの
か、つぎの週に来てみると、まったく同じ巣を作って、待っている。

 だからかわいそうだが、殺虫剤で殺すのがよい。

 ……ということで、焚き火が終わるころには、11時を過ぎていた。梨の木の枝を2本、それ
と、いくつかのクモの巣を処理した。あとは、垣根の植木を、刈りそろえた。

 そのあたりが、私の限界。偏頭痛薬をのむと、しばらくすると、胃の中が荒れてくる。気持ち
が悪くなる。そのときもそうだった。だから家の中に入った。

 のどかな土曜日の朝。雨はやんで、青い空が、白い雲の向こうに、明るく輝いていた。

 そうそう大切なことを言い忘れた。

 焚き火をしたあとは、かならず、水をかけて消すこと。そのとき、火はもちろんのこと、白い湯
気が消えるまで、完全に消すこと。さらに、念のため、水をかけること。「もうだいじょうぶ」と思
ったら、もう一度、水をかけること。さらにもう一度、水をかけること。

 ぜったいに、焚き火の火を、軽く見てはいけない。焚き火は、こわいぞ〜!
(05年10月記)


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●同窓会と友の死

++++++++++++++++++++

近く、大学の同窓会がある。夫婦同伴でもよい
ということなので、私はワイフを連れていく。

ワイフも、うれしそう。(多分?)

が、送られてきた名簿を見て、驚いた。
学友110人のうち、すでに4人以上が、
亡くなっていた。(行方不明の者もいる
ということなので……。)

ショックだった。しかしこのショックは、いったい、
何か? 今までに、いろいろなことがあったが、
このショックは、今まで受けたショックとは、
明らかに異質のものだ。

+++++++++++++++++++++

 この浜松に住むようになって、もう36年近くになる。その間に、多くの知りあいの人たちが死
んでいった。

 それはそれなりに、そのつど、ショックだったが、しかし今回、同窓会名簿を見たときに受け
たショックとは、明らかに異質のものだった。

 今まで受けたショックは、それなりに自分なりに納得できるショックだった。知人の死にせよ、
親類の死にせよ、心のどこかで割り切ることができる死だった。しかし同窓会名簿を見たとき
受けたショックは、それとはちがう。明らかにちがう。

 最初に思ったことは、学友の死は、自分の死そのものであるということ。亡くなった学友の名
前を見ながら、こう思った。「こいつのかわりに、ぼくが死んでいても、何もおかしくない」と。

 つまり紙一重というか、「死」というものが、たまたまそいつの命を奪っていったように感じた。
それはくじ引きのようなもの。まず「死」が、こう宣言する。「今年は、お前たちの中から、2人、
殺す。さあ、くじを引け」と。

 亡くなった学友たちは、その「死」のくじをひいてしまった。たまたま私が、今、生きているの
は、そのくじを引かなかったからだけ。しかし来年は、わからない。再来年はわからない。今度
は、私が、そのくじを引くことになるかもしれない。

 学友の死というのは、そういうもの。そんなわけで、どうにもこうにも、納得できない。納得し
て、心の中でふん切ることができない。

 夜、床についてから、同窓会のアルバムを持ちだしてきた。亡くなった学友の顔を見る。「こ
いつも死んだのかあ」とか、「あいつも死んだのかあ」とか、考える。とたん、今、生きている自
分がどんどんと小さくなっていく。正確には、自分の未来が、どんどんとしぼんでいく。

 若いころは、前向きに生きるといっても、ただ前向きに生きればよかった。しかしこれからは
ちがう。前向きに生きるためには、その先をふさぐ、黒いモヤを同時にかき分けながら、前に
進まねばならない。

 そんなこと、私にできるだろうか。どうも、このところ、自分に自信がもてない。

 さあ、XX日は、ワイフと、登山をするぞ! 体をきたえるぞ! ……と今、叫んでみたが、そ
の声も、どこか元気がない。
2005年11月24日(木)

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(919)

●金xxが、「核放棄」をする(?)

+++++++++++++++++++++++

関西大学教授の、李E氏は、K国は、核放棄を
すると断言している。

題して、「金xxが、核放棄の次に直面する先軍
政治との決別」(「雑誌「S」、10月26日号」)と。

+++++++++++++++++++++++

 李教授といえば、この問題では、第一人者。「李」という名前からもわかるように、K国には、
精通している。

 その李氏いわく、

 「大胆に予測すれば、よほどのこと(K国内部での軍事強硬派の巻き返し)がないかぎり、次
回協議(6か国協議)で波乱は起きないだろう。争点の『新軽水炉』も大した問題にはならな
い。値段さえつりあえば、他の形式の経済援助であっさりと、要求をひっこめる可能性が高い。
こんな猿芝居を、『丁々発止の息詰まる交渉劇』に仕立て、マスメディアを騒がせるのだから、
米、中、朝、3か国の『演技力』は見事である」と。

 つまり「6か国協議は、猿芝居でしかない」と。

 追いつめられても、追いつめられても、しぶとく虚勢を張りつづける、K国。国家財政など、あ
ってないようなもの。陸軍はともかくも、海軍や空軍にいたっては、もはや戦闘能力は、ゼロに
等しい。
 
 そのK国が、ゆいいつ頼れる兵器が、核兵器であり、生物、化学兵器である。私は、金xx
が、そう簡単に、核を放棄するとは思っていない。韓国に亡命した、F氏(元K国最高幹部)も、
かねてからそう言っている。

 一見、クモの巣がからんだかのように見える6か国協議だが、「マネー(お金)」という観点か
ら考えると、すっきりする。つまりK国は、日本からの戦後賠償金を、第一の目標に置いてい
る。

 中国やロシアは、そのマネーが、やがて自分のところに回ってくるのを、待っている。しかしア
メリカや韓国は、(日本もそうだが)、そのマネーで、K国が、武器を近代化するのを、何よりも
恐れている。金xxは、いまだ、韓国の赤化統一を、あきらめたわけではない。

(1)もしK国が、核放棄に応ずれば、アメリカ軍は、米韓軍事同盟を破棄したあと、韓国から撤
退する。アメリカにしてみれば、もう韓国に、用はない。

(2)日本は、400億ドル、(あるいはそれ以上の)、経済援助名目の賠償金を、K国に支払うこ
とになる。日朝交渉は、そのための舞台となる。

(3)K国が、経済力をませばますほど、韓国は孤立化する。外資は逃避し、再び韓国経済が
行き詰る可能性が大きくなる。へたをすれば、二度目のデフォルト(国家破綻)を、経験するこ
とになる。

(4)核問題さえ解決すれば、アメリカにしても、日本には、もう用はない。日朝問題は、あくまで
も日本とK国の問題。そういう立場でアメリカは、傍観を決める。

 しかしこの時点で、K国は、大ジレンマに陥ることになる。「核兵器あっての、K国」である。核
兵器があるからこそ、それで威嚇しながら、日本から、ばく大な戦後賠償金を手にすることがで
きる。

 しかしその核兵器を放棄してしまったあとでは、日本を脅すこともできない。いわばK国は、
ハリを抜いたスズメバチのような状態になる。もしそうなれば、日本も、スンナリとは、400億ド
ルも支払わないであろう。

 つまり6か国協議は、決して、李氏が言うような、「茶番劇」ではない。その底流では、各国の
思惑と利権が、ここにも書いたように、クモの巣のように、複雑にからみあっている。複雑怪奇
といってもよい。

 もし茶番劇という部分があるなら、それはつぎのような点にあると考えてよい。

 アメリカや日本が、6か国協議をつづける理由は、ただ一つ。

 K国に中国のメンツをつぶさせ、中国とK国を離反させること。そして6か国協議をK国の責
任で、失敗させ、この問題を、国連の安保理に付託する。

 韓国は、それを知っているから、「そうはさせない」と、猛烈に水面下で動き回っている。K国
にしても、今、中国から見離されたら、もう行くところは、ない。今度の6か国協議は、「6か国」
という言葉こそ使っているが、実質的には、米朝協議である。しかも「先に席を蹴って立ったほ
うが負け」という、世界の外交史の中でも、特筆すべき国際協議である。

 この原稿が、マガジンに載るころ(予定では、11月16日号)には、その結果がある程度はっ
きりしてくるだろう。果たして李氏が言うような茶番劇で終わるのか。それとも終わらないのか。

 朝鮮半島問題に、精通しているはずの李氏にしては、たいへん意外な意見だったので、ここ
に私の意見を書いておくことにした。

 なお李氏は、原稿の終わりで、「金xxは、先軍政治に見切りをつけるはず」とした上で、「その
動向を占う鍵が、10月10日の党創建60周年記念日である」と位置づけている。(注、雑誌
「S」の発売日までには、原稿がまにあわなかったらしい。だから李氏は、そう書いた。)

 しかし李氏の予想は、完全にハズレ! その記念日で、金xxは、先軍政治による、さらなる
国家統制を宣言している。常識で考えても、あの金xxが、先軍政治に、見切りをつけるはずな
ど、ないではないか。先軍政治あっての、金xxである。金xx独裁体制である。
2005/11/24

++++++++++++++++++++++

 もう5、6年前になるだろうか、私の事務所に、こう言って、怒鳴りこんできた女性(35歳くら
い、当時)がいた。

 「アメリカは、日本を第51番目の州にしようとしているのですよ。どうして、あなたには、それ
がわからないのですか!」と。

 そこで私は、おもむろにこう言ってやった。

 「あのね、アメリカは、日本など、相手にしていませんよ。そんなことは、アメリカへ行ってみれ
ばわかること」と。

 こういうのを被害妄想という。誇大妄想といってもよい。

 今回、雑誌「S」の中でも、あの小林Y氏までが、そう書いている。いわく、

「日本人民は、己の首を締める道を選んだのだ。
 面白ければ何でもいいと、
 明らかに憲法違反の、
 でたらめ解散を支持し、
 参議院を無意味させ、
 間接民主主義を否定してまで、
 アメリカに日本の精神を捧げた」と。

 その少し前には、こうある。

「中国や韓国やK国は、
 領土や教科書や靖国など、
 目に見えるものを
 わかりやすい形で侵略してくるが、
 アメリカは経済的利益を
 獲得するために、
 日本の精神を侵略してくる」と。

 そして「構造改革による、日本人の精神の破綻に気づけ!」と。

 小林Y氏のコミックのほうでは、どこか狂信的風の若者が、顔をひきつらせて、そう叫んでい
る。

 この話を読むと、20年前、30年前の、香港や台湾を思いだす。当時の韓国もそうだったし、
世界も、そうだった。その世界のほうは、「イエロー・ペリル(Yellow Peril)」という言葉を使って
いた。「黄色い危険」という意味か。「日本人異質論」という言葉も、さかんに使われていた。

 「日本は、われわれの国を文化的に侵略し、われわれの文化の破壊をもくろんでいる」と。

 その話を私は現地で聞いたとき、「そんな日本人はいたっけ?」と思った。「どの日本人のこ
とを言っているのか?」とも。

 最近では、あのK国が、さかんにこう言っている。「アメリカと日本は、われわれの国を再侵略
しようとしている」と。さらに韓国までもが、「K国が貧しいのは、アメリカのせいだ」とまで言いだ
した。

 あのね、小林さん、構造改革によって、日本人の精神など、破綻しませんよ! 小泉さんの
衆議院解散についても、だれも、「でたらめ」とは思っていませんよ! その証拠に、選挙の結
果、自民党は圧勝したではありませんか。

 K国のみなさんにも、一言。日本人で今、あなたの国を再侵略しようなどと考えている日本人
は、1人もいませんよ。頼まれても、断るでしょう。現に今、お隣の同胞の韓国ですら、断るでし
ょう。あなたの国は、重荷にこそなれ、侵略したところで、何もよいことはないからです。もし、そ
んな日本人がいれば、どこにいるか、私が聞きたいほどです。

 小林Y氏の意見を聞いたら、アメリカ人も、きっと同じように思うでしょうね。「そんなアメリカ
人、いたっけ?」と。

 
++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ウソ

 ウソを日常的に、つく人がいる。何かにつけて、ウソをつく。しかしおかしなことだが、そういう
人には、ウソをついているという自覚がない。ウソをつくということが、その人の習慣になってし
まっている。

 例として、いくつか、架空の話で考えてみる。

 立ち話をしていると、Aさん(女性)がこう言った。

A「今度、義父を、養護老人ホームへ入れたの。でも見舞いに行くたびに、『帰りたい』と言うの
ね。で、私、こう言ってやったのよ。『おじいちゃんが、ちゃんと自分でトイレへ行けるようになっ
たら、先生に頼んで出してもらってやるから』と」と。

 もちろんAさんには、その気はない。ないばかりか、以前から、義父のことで、不平不満ばか
りを並べていた。義父が老人ホームへ入ったときも、「これで楽になった」と喜んでいた。

 今度は、Bさん(女性)。Bさんが、こう言った。

B「私は、息子(中3)には、SS高校へ入ってほしいと願っていますが、息子は、AA高校へ行き
たいと言っています。私から息子を説得することはできませんので、先生(=私)のほうから、う
まく言っていただけないでしょうか。先生が、反対していることを知れば、息子も納得すると思い
ます」と。

 さらにCさん(女性)も、こう言った。

C「うちの親戚の中にね、突然、やってきて、『今晩、泊めてくれ』と言ってくる人がいるのです
よ。私、いやになっちゃう。先日も、雨がザーザー降る日にやってきて、おかげで家の中は、ビ
ショビショ。でも、この話は、内緒よ。ここだけの話にしておいてね」と。

 日本人は、本当に、ウソが好き。うまい。本音と建て前を、うまく使いわける。「ウソも方便」
と、堂々と教えている宗教団体すら、ある。その代表的な手法を、いくつか紹介しよう。

(1)とぼける
(2)根回しをする
(3)ごまかす
(4)口裏をあわせる
(5)口止めをする

 先日、1人のオーストラリア人ドクターと、こんな議論をした。私が「オーストラリア人はウソを
嫌うが、ときとばあいによっては、ウソをつかなければならないときもあるだろう」と。

 するとそのドクターは、こう言った。「ウソはいけない。ウソにも、白いウソと黒いウソがある。
その人のためになるウソのことを、白いウソという。しかしそんなウソでも、ウソはいけない」と。

 あるいは、こんなことも言った。「オーストラリア人は、聞かれるまで、本当のことを言わない。
自分につごうの悪いことについては、だまっている」と。

 そこでたまたま、その人がドクターだったので、私は、こう聞いた。「では、診察の結果、その
人がガンだったら、どうする? 正直に言うのか?」と。

 するとその人は、こう言った。「ヒロシ、そういうときは、すべてを正直に話さなければならな
い。少しでもウソを言うと、あとで責任を追及される。がんだったら、がんだと、はっきり言う。そ
れがハウス・ドクターの義務でもある」と。彼は、そのハウス・ドクターをしていた。

 ウソをつくのは、その人の勝手だが、そういう人とわかると、信用をなくす。だから相手にウソ
を言うのも悪いことだが、それと同じくらい、ウソをついていることを、他人に話すのも、よくな
い。そういう話を他人の立場で聞くと、何がなんだか、さっぱりわけがわからなくなってしまう。
つまり、その人を、どう判断したらよいのか、わからなくなってしまう。

 「私にも、ウソを言っているかもしれない」と思ってしまう。

 だから、やはり、正直に生きるのがよい。ウソをつくくらいなら、だまっていればよい。Aさんに
ついても、義父が、「帰りたい」と言ったら、だまってやり過ごせばよい。Bさんについても、息子
に何も言えないなら、だまっていればよい。Cさんについては、「突然だと困るから、これからは
前もって連絡をしてください」と、正直に言えばよい。

 それでこわれる人間関係なら、もとからその程度の人間関係。気にすることはない。

 実も、私も、子どものころは、そのウソつきだった。ウソをウソと自覚しないまま、平気でウソ
をついていた。しかしその悪癖は、オーストラリアへ留学中に、ことごとく粉砕(ふんさい)され
た。あの国では、どんなささいなウソでも、それを口にしたら、おしまい。そういう苦い体験を、
いやというほどした。

 こんなことがあった。

 あるとき大学の構内を歩いていると、いつもの友人が、私に声をかけた。「食事をしない
か?」と。

 私はごく日本的に、ふと、「今、食べてきた」と言ってしまった。生まれ故郷のG県の田舎で
は、そういう会話をよくする。誘う相手も、本気で誘っているわけではない。だから誘われたほう
も、軽く、「食べてきましたから」と受け流す。

 が、その少しあと、私がほかの仲間たちとカフェで食事をしているところを、その友人に見つ
かってしまった。その友人が、激怒したことは、言うまでもない。

 で、今でも、その悪癖から完全に脱したわけではない。が、ウソはつかないように、注意して
いる。務めて、注意している。だから反対に、ウソをつく人がよくわかる。そういう人が、好きで
はない。好きではないというより、嫌い。

ウソをつく人を見ると、自分の邪悪な部分を見せつけられているように感じて、ぞっとする。だ
からウソや、ウソをつく人を、ことさら嫌うこともある。こういうのを、心理学でも「反動形成」とい
う。それはわかっているが、しかし嫌いなものは、嫌い。大嫌い。
(はやし浩司 ウソ 嘘 嘘も方便 嘘論 反動形成)

【付記】

 日本人のもつどくとくの(あいまいさ)を、最初に(?)指摘したのは、アメリカの文化人類学者
の、ルース・ベネディクトと言われている。彼女の著書の『菊と刀』は、アメリカ人にとっては、日
本を知るためのテキストになったほどである。

 つまり欧米人は、「善」と「悪」、「白」と「黒」という、相反する2つの対立概念をもとに、ものを
考える傾向が強い。これに対して、日本人は、そうした対立概念を求めるより、その中間あた
りで、ものごとをあいまいにしたまま過ごそうとする。

 よい例が、「和を以(も)って貴(とうと)しと為(な)す」と説いた、聖徳太子である(17条憲
法)。「ものごとは争わず、人と和するのが、何よりも大切」という意味である。

 わかりやすく言えば、ものごとは、ナーナーですますほうがよいということ。つまりそれがその
まま、日本人の生きザマの根幹になっている。だから正々堂々とものを言うよりは、適当なとこ
ろで、妥協しながら生きる。それが美徳とされる。

 しかしこんな生きザマを繰りかえしていたのでは、正義など、生まれない。よく「日本では正義
が育たない」と言われるが、その理由は、こんなところにもある。

++++++++++++++++++++++

ついでに3年ほど前に書いた原稿を添付します。

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●とぼける、ほとぼりを冷ます

 日本人独特の「ごまかし法」に、(1)とぼける、(2)ほとぼりを冷ます、がある。

とぼけたり、ほとぼりを冷ますほうは、その人の勝手だが、とぼけられるほうや、ほとぼりを冷
まされるほうは、たまらない。ふつう、それで人間関係は終わる。ただ、自分自身も、日常的に
とぼけたり、ほとぼりを冷ましたりすることが多い人は、自分が他人にそうされても、それほど
気にならないらしい。そういうことはある。

 私の友人に、B氏という人がいる。昔からの仕事仲間である。これは、そのB氏から、私が直
接聞いた話である。

●クズのような山を、甥に売りつけた、叔父

 A氏(55歳)は、甥(おい)のB氏(30歳)に、100万円にもならない山林を、600万円で売り
つけた。それから25年たった今でも、山林価格の低下もあるが、その価値は、180万円程度
だという。B氏はこう言う。「25年前には、600万円で、家が建ちました。今、180万円では、
駐車場くらいしかできません」と。

 そこでB氏は、A氏に手紙を書いた。が、それについては、ナシのつぶて。手紙を無視する形
で、A氏はほとぼりを冷まそうとした。「時間がたてば、問題も解決するだろう」と。しかしA氏は
ともかくも、B氏のほうは、半年、1年とたつうちに、心を整理した。と、同時に、縁を切った。
が、こういう状態になったとき、つぎにA氏がとった方法は、とぼけるだった。A氏はこう言って
いるという。「山林なんてものは、値段があってないようなもの。あと100年もすれば、価値が
出てくる」と。(100年!)

 他人ならともかくも、親子や兄弟では、とぼける、ほとぼりを冷ますは、タブー。こんな例もあ
る。

●子どもが犠牲になって当然

 Cさん(60歳・女性)は、息子(27歳)から、そのつど、「かわりに貯金しておいてやる」と言っ
ては、お金を取りあげていた。2万円とか3万円とかいうような、少額ではない。盆や暮れに
は、20万円単位。ふだんでも、毎月のように、10万円単位で取りあげていた。

で、ある日、息子が、Cさんに、「貯金はいくらになった?」と聞くと、Cさんは、「そんなものはな
い」と。さらに「貯金通帳はあるのか?」と聞くと、「それもない」と。そこでさらに、「お金を渡した
はずだ」と息子が詰め寄ると、「私も年をとったからね」「そんなもの、もらった覚えはないなあ」
と。Cさんは、今、78歳。ボケたふりをながら、息子の追及をうまくかわしている。

 とぼける、ほとぼりを冷ますは、日本人独特の、つまりはものごとを、何でもあいまいにしてす
ますという、日本人独特の、問題解決の技法のひとつと言ってもよい。もちろん外国では通用
しない。「あいまい」というと、まだ聞こえはよい。しかしその中身は、「ごまかし」「だまし」「あざ
むき」。

とぼける、ほとぼりを冷ますを、日本人の美徳と考える人もいる。つまり、「これこそ、和をもっ
て貴(とうと)しとなすの真髄」と説く人もいる。が、これは美徳でも何でもない。

それでも……と、反論する人もいるかもしれないが、しかしここにも書いたように、親子の間で
は、タブー。ごまかさないから親子という。だまさないから親子という。あざむかないから親子と
いう。だから、親子の間では、とぼけたり、ほとぼりを冷ますようなことはしてはならない。

 親子は、たがいに、どこまでも正直に! それはよい親子関係を築くための、大鉄則と考え
てよい。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(920)

●パソコンの魅力

++++++++++++++++++

ますます高性能になる、パソコン。
いったい、どこまで、進むのか?

その魅力にとりつかれた私は、
どうすればよいのか?

++++++++++++++++++

 最近では、CPUに、デュアル・プロセッサというのを使うようになってきた。これは通常のプロ
セッサを、2枚重ねて使うことをいう。わかりやすく言えば、脳みそを2つくっつけるようなもの。

 だから同じ、3MHzの処理能力をもつCPUでも、2枚プロセッサを重ねることにより、その倍
近い、処理能力を発揮することができるという。

 私も、そのデュアル・プロセッサの1台を使っているが、たしかに速い。ワードで文章を書いて
いるとき、必要なページを、コピーしようとするが、速過ぎて、目的のところでページを止めるこ
とができないほど速い。あっという間に、10ページ単位で、前後に進んでしまう。

 しかしそれが気持ちよい。画面の表示も、速い。少なくとも、モタモタと動くパソコンよりは、は
るかに気持ちよい。

 さらにこのパソコンには、メモリーが、1024MBも搭載してある。利点は多い。たとえば私
は、今まで書いてきた原稿を、1つのファイルにして保存している。全体で1万5000ページほ
どになった。

 この1万5000ページに、新たに、500ページの原稿をつけ足そうとする。今までのパソコン
だと、20〜30分程度の時間がかかる。しかし1024MBのメモリーのおかげで、それが瞬時
にすんでしまう。

 こうなると、もう止まらない。もっと性能のよいパソコンがほしくなる。が、それ以上のパソコン
となると、大きなメーカーには、ない。あるにはあるが、S社のもので、30万円以上もする。

 しかし中堅のM社では、それを15、6万円程度で売っている。大きなメーカーが出しているパ
ソコンのような派手さはない。付属ソフトもほとんどない。しかし性能は、十分。

 PENTIUM・D、3・2GHz、メモリーは2048MB! カタログを見ているだけで、ゾクゾクして
くる。「どんなパソコンだろう?」と。

 ……ところで最近、改造エアガンが、世間では問題になっている。マニアたちは、より高性能
のエアガンを求めて、改造に改造を重ねているという。その結果、あのエアガンが、殺傷能力
まで、もってしまったという。

 考えてみれば、こうしてより高性能のパソコンを求める私と、より強力なパワーを求めるエア
ガンのマニアは、どこもちがわない。たまたま方向性がちがったにすぎない。つまりこうした(上
級志向性)は、だれにでもある。

 カメラの世界にもあるだろうし、車の世界にもあるだろう。飛行機や、さらには、軍備の世界
においては、なおさらである。今度、アメリカでは、新型の核兵器を製造することになったとい
う。どう新型なのかはわからないが、通常の爆弾を作るように、核実験なしでも、製造できると
いう。これもここでいう上級志向性の一つかもしれない。

 もっとも、今のパソコンでも、こと私の仕事に関しては、じゅうぶんすぎるほどの性能をもって
いる。反対に、(PENTIUM・D、3・2GHz、2048MB)のようなパソコンは、いったいどんな人
たちが使うのだろうと、聞きたいくらい。

 しかし、である。おかしなものだ。現在、私は、(PENTIUM・D、3・0GHz、1024MB)のパ
ソコンで、この原稿を書いているが、たしかに反応が速い。気持ちがよいほど、速い。

 時間にすれば、ほんの瞬間的なちがいなのだろうが、それが気持ちよい。スカスカ、パッパッ
と動く。一度、この気持ちよさを味わってしまうと、もうあとには、戻れない。パソコンというの
は、そういうマシーンである。

 今度、株でもうけたら、その(PENTIUM・D、3・2GHz、2048MB)に、乗りかえようと思う。
がんばるぞ!


●認知症老人

+++++++++++++++++

老人問題は、そのまま私たちの問題。
あなたも私も、やがてその老人になる。
例外は、ない。

+++++++++++++++++

 1年ほど前から、認知症(ボケ)についての原稿を書くようになった。そのせいか、一時は、私
が発行しているマガジンが、子育てマガジンではなく、認知症専門のマガジンになってしまっ
た。読者の方からの反響も大きかった。

 で、ここ半年くらいは、それをひかえた。私のマガジンは、あくまでも子育てマガジン。認知症
マガジンではない。しかし(子育て)と、(介護)は、どこか似ている。近くの老人ホームでは、幼
児用に作られた教材を使って、老人のボケ防止のためのレッスンをしている。が、やはり、よく
よく考えてみると、その両者は、基本的な部分で、大きくちがう。

 子育ては、いつも明るい未来に向かっている。一方、介護は、その先は、いつも暗い。同じ世
話でも、子どもの世話と、認知症の老人の世話とでは、それをする側の気持ちには、大きなち
がいがある。つまりは、愛情のあるなしの、ちがいということか。実の両親ならともかくも、義理
の両親ともなると、介護をしながら、その愛情を維持するだけも、たいへん。

 おまけに親が認知症になると、親子関係そのものまで、おかしくなることが多い。認知症の中
には、人格障害まで現れるケースもある。いくら認知症によるものだとわかっていても、毎日、
ガミガミ、キリキリとしかられてばかりいると、世話をするほうも、疲れる。それが1年、2年とつ
づくと、なおさら、である。

 そこで周囲の人たちが、見るに見かねて、その老人を何とか、施設に入れようとする。しか
し、肝心の老人は、みんなにめんどうをかけているという認識がない。「私はだいじょうぶだか
ら、ほうっておいてほしい」「ひとりで何でもできる」とか言って、がんばる。

 が、こうした老人が、がんばればがんばるほど、周囲の人たちは、困る。疲れる。育児ノイロ
ーゼならぬ、介護ノイローゼになる人も多い。しかもその症状は、深刻。うつ病になって、拒食
症になったり、不眠症になったりする人も多い。その深刻さは、それを経験したものでないと、
わからない。

 ……と書きながら、いつもこの話は、ここへ戻ってしまう。実は、この問題は、私たち自身の
問題でもある。介護する側から、やがて介護される側に回る。例外は、ない。

 そこで私たちは、今は、介護する側にいても、やがて介護される側になったときのことを考え
なければならない。どうすれば、周囲の人たちに迷惑をかけないですむか、と。「息子や娘なの
だから、私という親のめんどうをみるのは当たり前」と、もし今、あなたがそう考えているなら、
それは、とんでもないまちがい!

 介護という重労働は、そうした(めんどう)の範囲をはるかに超えている。あなたは、迷惑をか
けないと思っているかもしれないが、認知症になると、その認識すらできなくなる。

 では、どういう死に方が理想的かというと、2つある。

(1)死ぬ間際まで、元気に仕事をしていて、ある朝、ポックリと死ぬ。
(2)老人ホームで、だれにも知られず、静かに死ぬ。

 私としては、(1)の道を選択したい。しかしそのためには、いくつかのことをしなければならな
い。言うまでもなく、体と脳みその健康管理である。ともに、日々の鍛錬こそが、重要。立ち止
まって休んだとたんから、体にせよ、脳みそにせよ、退化し始める。

 あとは(2)の方法も、選択肢に入れておく。こちらが望まなくても、認知症は、向こうからやっ
てくる。こればかりは、自分でも、いかんともしがたい。どうしようか? 考えれば考えるほど、
気が重くなる。

 まあ、そのときになったら、考えよう。


●もてる老人

+++++++++++++++++

英会話ができて、パソコンに詳しい
人は、老人でも、若い女性にもてる
そうだ。

ホントかな?

+++++++++++++++++

 「もてる老人」という話を聞いた。ワイフが、どこかで拾ってきた、ネタだ。いわく、「老人でも、
英語が話せて、パソコンができる人は、若い女性にもてるそうよ」と。

 その話を聞きながら、私は、フ〜ン、と。

 今でこそ多少鈍ったが、英会話はそこそこに、できる。パソコンにも、詳しい。しかし私は、肝
心の「若い女性」とは、縁のない世界に住んでいる。それにもてたところで、どうしようもない。
切ない思いをさせられるだけ。

 ……考えてみれば、幼児教育というのは、その切ない思いとの戦いの連続。幼児を教室に
連れてくる母親たちは、みな、若くて、美しい。例外なく、美しい。そういう母親たちを横にして、
幼児にものを教える。

 それは言うなれば、(かなり不謹慎な話かもしれないが)、おいしいごちそうだけ見せつけられ
るようなもの。手でさわることも、口にすることもできない。ただ見ているだけ。あらぬことを想
像することもあるが、しかしそれをすれば、かえって自分がみじめになるだけ。

 だから私は、母親たちとは、淡々とつきあっている。母親を、女性と意識しないようにしてい
る。しかし……。

 どこかで、つまり教室とは離れた世界で、その若い女性たちと、接する機会はないものか? 
ワイフの説によると、私は、もてるはず。しかし若い女性を前にして、どうやって、自分の能力を
示すのか。まさか、「私は、英会話とパソコンができます」などと、売りこむわけには、いかな
い。考えてみると、いろいろ問題はある。

 昔、ある証券会社の窓口で、その会社の若い女性に、手を握られたことがある。(ホントだ
ぞ!)「ねえ、林さ〜ん、今度、この外債買ってみてくださらな〜い?」と。

 あのときは驚いたが、うれしかった。で、そのことをワイフに話すと、「それが証券会社の手
よ。あなたにはわからないの!」と、しかられてしまった。

 もう一度は、美容院で、髪を切ってもらっているとき、やたらとあの胸を頭にこすりつけてきた
女性がいた。豊満な胸をした女性だった。そのときも、うれしかった。この話は、ワイフにはしな
かったが、あれも「手」だったのかなあ、と今にして思えば、そう思う。

 しかし男が逆のことをすれば、痴漢行為になるのでは……? 男と女は平等と言いながら、
平等ではないぞ。これは大発見!

 ますます縁遠くなる女性たち。ワイフの話は、そんな私に、一抹の希望をいだかせてくれた。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(921)

++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●掲示板への相談から

++++++++++++++++++++++++

掲示板のほうへ、こんな相談がありました。
みなさんにも共通する問題ではないかと思いますので、
ここで考えてみたいと思います。

相談の方は、最初、入園に際して、園のほうから、
「1クラスを2人の教員で指導する」という説明を
受けていたようです。

しかし実際、園へ入園してみると、2クラスを
3人で教えていたというのです。

それで「幼稚園に不信感をもってしまいました」
「どうしたらよいか」と。

(東京都、MHより)

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【MHさんへ】

 長男、長女のときは、だれしも、子育てに不安になるものです。それはよく理解できます。

 で、こうした問題が起きたときの鉄則は、ただ一つ。『問題が起きたら、直接ぶつかる』です。
この相談の方のばあいは、直接、園に出向き、「話がちがうようだが……」と相談してみること
です。

 私のほうに相談をもらいましたが、私のような者に相談しても、問題は、何も解決しません。
ただし、最初からけんか腰ではいけません。園には園の方針や、経営状況もあります。「幼稚
園」というと、公的な機関と思われがちですが、実際には、個人経営による個人企業と考えた
ほうがよいです。

 しかも最近は少子化で、どこも園は、きびしい経営状況に置かれています。実際には、園児
が200人を切ると、幼稚園経営は、たいへんむずかしくなります。

 この相談の方のお子さんが通っている幼稚園については、事情はよくわかりませんが、ひょ
っとしたら、そうした内部事情があるかもしれません。さらに最近では、若い先生のばあい、職
業意識がないというか、何かあると、すぐやめてしまう先生が多いのも事実です。どこの幼稚園
でも、こうした先生の指導で、四苦八苦しています。

 で、話をもどしますが、教育は、教師と親の、相互の信頼関係で成りたちます。それがない
と、教育そのものが、崩壊します。決して、大げさなことを言っているのではありません。

 ですから、ここは、勇気を出して、幼稚園へ出向き、ご自身で、直接、園長と話をして、解決し
たらよいでしょう。率直に、「1クラス2人制で教えてもらえるという話でしたが、そうではないよう
です。何か、事情があるのでしょうか?」と。

 多少の衝突はあるかもしれませんが、こうした衝突を繰りかえしながら、互いの信頼関係が
築かれています。決して、恐れてはいけません。

 まずいのは、母親のほうが、内にこもってしまい、あれこれ気をもむことです。それが結局
は、不信感になり、さらには、子どもの教育に影響をもたらすようになります。一度、不信感が
芽生えると、園のすることに、ことごとく疑問をもつようになってしまうからです。

 親自身も幼稚園児、つまり子育てについては、「はじめの一歩」と心得て、すなおに、園に相
談してみればよいのです。以前、「心を開きなさい」と書いたのは、そういう意味です。

 で、まず、園や先生を信頼する。率直に言えば、この問題は、「裏切る」とか、「裏切られる」と
かいうような、大げさな問題ではありません。最初の子どもだと、どうしても親のほうが、神経質
になり、大げさに考える傾向が強くなります。

 しかしもしそれでも気になるようでしたら、同じ幼稚園に通っている、1,2歳、年上の子どもを
もつ親に相談してみることです。たいていその場で、問題は解決するはずです。

 これから先、この種の問題は、つぎからつぎへと起きてきます。ですから自分で、自分の鉄則
を決めておきます。

 その鉄則の一つが、『問題が起きたら、直接ぶつかる』ですよ。このばあいは、今日でもよい
ですから、園に電話をかけ、園長に直接会って、「こういう疑問をもっていますが……」と相談し
てみることです。きっと納得がいく回答をしてもらえると思います。

がんばってください。

(追伸)

私の印象では、今、あなたが感じている不安は、
恐らく、もっと根が深いと思われます。妊娠したとき、
あるいは結婚前後からつづいているのではありませんか?

さらにあるいは、あなた自身が、幼児期に何らかの
トラウマを負った可能性もあります。

子育てにまつわる問題は、そのあたりまで自分を
知らないと、解決できません。

一度、自分をしっかりと見つめなおしてみてはどうでしょうか。

HPから、「子育て相談フォーム」を経てメールをくだされば
直接返事を書きましょう。

不安なのは、あなただけではない。みんな、そうですよ。
だから元気を出して、まあ幼稚園に任せるところは任せて
あなたが主導権をもって、育児をすればよいのです。

あまり幼稚園を絶対視しないこと。

はやし浩司 

【MHより、はやし浩司へ】

そうなのです。結婚前、妊娠前、不安で不安でしょうが無かったです。
先生は人の心がよく分かるのですね。
先生を知ったのは、「こそだてのきくくけこ」の本を園長にすすめられて読んだのがきっかけで
す。 お子さんが海でおぼれそうになった話は、10年くらい前に読みましたが
時々、思い出しては生きてきました。
先生、お忙しいのに大変申し訳ありません。

++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【MHより、はやし浩司へ】

林先生、掲示板で、ていねいに回答くださり、ありがとうございました。

私はどうしてこんなに、結婚、出産、子供の幼稚園など、怖いのかよく分かりません。なぜそう
なのか、自分で知りたいです。

先生、私は親には大切に育てられませんでした。現在は親と離れて暮らしています。だいぶ親
には、嫌なことは嫌!、と言えるようになり、あまり私の心の中では、ウエイトを占めなくなりまし
た。兄は精神病ですが、埼玉県のU市のほうで働いています。私は、兄にもかなり暴力をうけ
ました。

私の学力が低いです。理解力もありません。今でも簡単な足し算、お金の計算ができません。
また、道を説明してもらっても理解できません。集団でじゃんけんすると、順番が分からなくなる
こともあります。自分でも、軽度の遅れがあることがわかっています。

小学校一年の時、担任も、「養護学校へ行ったほうがいい・・」と話していたそうです。それなの
に、近所のスパルタ塾に入れられ、先生に叩かれたりして、怖かったです。母親の怪奇な行動
に怯えて、我慢の連続の人生だったと思います。

成績が悪く、いつも「馬鹿だ! ぐず!」とののしられ、育ちました。私の親は、いじめを受けて
いるのを知っていても、無関心な親でした。結婚してからも、「長男はだめだ! 次男と結婚し
て近くに住むように」と、若い時から言われてきました。

なかなか子供が授からなくて、母親が夫婦関係に口をはさんだのがきっかけで、距離をとるよ
うにしました。妊娠、出産、育児は夫婦二人だけで乗り越えてきました。手伝いは全くなしで、こ
こまでやってきました。 

引越しして最近やっと実父母と話せるようになりました。そんな感じです。仲のよい友達は、高
校の時の友人達です。一番心から話せます。大切な人たちです。

先生、 もしよかったらアドバイスして下さいよろしくお願いします。生意気にしゃりしゃりと生い
立ちを書いてすいません。H市から引越しして、もう3年になります。現在は高級住宅街が並ぶ
町で、アパート暮らしです。若い人が多く、おしゃれで金持ちが多く、適応できなくて、びびって
います。

こちらでは、なかのいいお母さん友達はいません
私はもっと田舎で、のんびり暮らしたかったです。

++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【MHさんへ】

 発達心理学の世界では、あなたが感じているような不安感を、「基底不安」といいます。精神
医学のほうでは、「不安神経症」というかもしれません。乳幼児期に受けた、不適切な育児が、
あなたの心の中に、一つの大きな巣、つまり不安という巣をつくってしまったわけです。

 そのため、あなたは、いつも得体の知れない不安感を、覚えている。何をしても、どこにいて
も、です。おそらく、夜、見る夢も、悪夢の連続かもしれません。列車に乗り遅れる夢、迷子に
なる夢、危険なめにあう夢などなど。

 休みになっても、翌週からの仕事が心配になったり、夫といっしょにいても、「いつか捨てられ
るのではないか」と不安に思うこともあるかもしれません。とてもかわいそうな人だと思います。

 つまりあなたは、だれも信じられず、仮にあなたを信ずる人がいても、それを疑ってみてしま
う。孤独で、さみしがりやさんかもしれませんね。が、そのくせ、他人とのかかわりが苦手で、つ
きあっても、すぐ疲れを覚えてしまう……。

 しかし、あなたは、すでにそれに気がついている。実は、ここが重要です。あなたの過去に問
題があるのではなく、そういう過去があることに気がつかず、その過去に引きずりまわされるの
が問題です。自分に気がつかない人は、その過去に引きずりまわされてしまいます。が、あな
たは、それに気がついている!

 はっきり言いましょう。あなたは、「馬鹿」でも、「ぐず」でもありません。むしろ自分をしっかりと
見つめることができる賢明な女性です。馬鹿というのは、馬鹿なことをする人をいいます。あな
たのように、ここまで冷静に自分を見つめることができる人は、決して「馬鹿」ではありません。

 ですから、この際、こうした言葉(トラウマ)とは、はっきり決別しなさい。

 ただとても残念なことですが、こうした不安感は、薄められることはあっても、生涯にわたっ
て、つづくかもしれないということです。私がアドバイスしたくらいでは、なおらないということで
す。また精神安定剤などを服用したからといって、それでなおるというものでもないようです。

 そこで大切なことは、自分の中の、そういう自分と、じょうずにつきあうことです。逃げてもいけ
ないし、嫌ってもいけない。「私は、こういう人間なのだ」と居なおることです。というのも、あなた
がもっているような心のキズ(トラウマ)は、多かれ少なかれ、みな、もっているからです。

 いろいろ言われていますが、こと(子育て)に関しては、日本は、まだ発展途上国です。あな
たが経験した、「近所のスパルタ塾」も、その一例です。あらゆる段階で、メチャメチャな子育て
をしながら、それにすら、気がついていない。あなたも、その犠牲者の一人ということになるでし
ょうか。

 幸いなことに、あなたには、いくつかの救いの道があります。(1)すばらしい友人がいること。
(2)家族がいること。夫や子どもが、いること。とくに友人の方には、心を開くことができるとい
うことなので、場所と機会をもうけて、心の内を、ありったけ、語りあってみることです。

 つぎに夫や子どもということになります。「心を開く」ということは、ありのままの自分を、すなお
にさらけ出すということです。言いたいことを言い、したいことをする。そういう生き様をいいま
す。とくに重要なのは、あなたの両親への反発です。あなたは、「いやなことは、いやと言えるよ
うになった」と書いておられますが、それでいいと思います。親がもつ、家族としての重圧感に
よる苦しみ(これを「幻惑」といいますが)、これから、一日も早く、解放されることを望んでいま
す。

 無理をして、無理な親子関係をつづける必要はないということです。「クソッタレの、バカヤロ
ー」と、叫んでやることです。いい子ぶることはないですよ!

 で、私の30年来の友人も、あなたに似たような症状をもっています。その友人は男性です
が、一応、人前では、陽気です。しかしそれは、仮面のようなもの。自分の心を隠すために、そ
ういうふうに振舞っているのですね。

 で、その彼のばあい、心療内科で処方される精神安定剤は欠かせないと言って、笑っていま
す。知りあって30年もたった今でも、そうです。つまり彼は、そういう自分と、彼なりにうまくつき
あっているということです。

 心のキズとはいいますが、それは顔についたキズのようなもの。簡単には消えません。(そう
でない人は、「心など、もちよう」と、安易に考える傾向がありますが……。そんな簡単な問題で
はありません。それについては、もうおわかりかと思います。)

 では、どうするか?

 この問題は、真正面からぶつかっていきます。あなたの過去の暗い部分を、「悪魔」にみたて
て、それと戦っていきます。

 しかし悪魔というのは、たいへん気が小さい。あなたがその姿を見ただけで、悪魔のほうか
ら、あなたから退散していきます。だから何が悪魔なのかを、知ります。その正体を知ります…
…といっても、あなたは、すでにそのほとんどに気がつき始めている。

 実は、この点が、あなたのすばらしいところです。あなたの若さで、ここまで自分を冷静に見
ている人は、少ないですよ。先にも書いたように、ほとんどの人は、それが何であるかわからな
いまま、それに引きずりまわされているだけ。欲望の虜(とりこ)になっている人も、少なくありま
せん。

 言いかえると、あなたのような人ほど、他人には見えない真実が、そこに見えるということで
す。何が大切で、何が大切でないか、その真実が見えるということです。でね、その真実を見て
しまうと、反対に、あなたのまわりの人が、「馬鹿」に見えてきますから、これは楽しみにしてお
いてください。ついでに、まわりの人たちの生活も、気にならなくなりますよ。

 もう少しすると、たとえばお子さんが小学1、2年生くらいになると、あなたにも大きな自由が
やってきます。そのとき、もしできるなら、あなたが今までしたかったことを、思う存分、してみた
らどうでしょうか。あなたをとりまいているクサリを、とりはずして、思いっきり、はばたいてみる
のです。

 みんな、一つや二つは、十字架を背負って生きている。十字架を背負っていない人など、い
ない。あなたが背負っている十字架は、少し重いかもしれませんが、しかし、決して背負えない
十字架でもないですよ。すでに、あなたは堂々と、そうして生きているわけですから……。夫が
いて、子どもがいて、家庭がある。それに健康! すばらしいことです。ないものを嘆くより、あ
るものに喜びを感じましょう。そうそう、もうすぐクリスマスですから、「クリスマス・キャロル」とい
うビデオを見てみたら、どうでしょうか。

 子ども向けのビデオですが、私も、あれを見て、かなり考えさせられました。(もともと脳ミソの
構造が、単純なものですから……。おとなよりも、幼児とのほうが、波長が合うという、おかしな
人間です。)あなたも、きっと、何か得るものがあると思いますよ。

 これから秋です。すばらしい季節です。郊外へ出ると、美しい紅葉を目にします。でね、私も
そうですが、そういうのを見ると、心底、「生きていてよかった」と思います。

 あなたもそういう美しさに感動して、生きる喜びを、じゅうぶん、味わってみてください。どうせ
一度しかない人生でしょう。不安で、クヨクヨしているヒマがあったら、楽しまなければ損でしょ
う。だから楽しむのです。前向きに、ね。

 あとは、できれば、どうかマガジンを読んでみてください。折につけ、あなたの問題についても
書いていきたいと思っています。

 それから、あなたのメールの転載を許可してくださったことに感謝しています。たくさんの方か
ら相談をいただきますが、同時に、マガジン用の原稿も書かねばなりません。ですからあなた
のメールを、そのままマガジン用の原稿として、利用させていただくことになります。

 どうか、ご了解の上、お許しください。あなたが言われるように、あなたと絶対わからないよう
に、部分的に改変しておきました。何か、不都合な点があれば、お知らせください。改めます。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(922)

【好き論、嫌い論】

++++++++++++++++++

好き嫌いは、どうして決まるのでしょうか。
その好き嫌いについて、考えてみます。

が、それだけではありません。

しかしこの問題には、もう一つ、別の問題
が隠されています。それについても!

++++++++++++++++++

●自分の心を代弁してくれる本が好き

だれかの本を読んだとする。そのとき、自分のフィーリングに合った内容であれば、その本が
好きになる。ついで、その作家を好きになる。そうでなければ、そうでない。

 では、そのフィーリングとは何かといえば、自分の中に潜む、もう一人の自分、つまり影(シャ
ドウ)をいう。つまり意識的であるにせよ、無意識的であるにせよ、(無意識のばあいのほうが、
多いが)、自分が、思っていることを代弁してくれる内容の本であれば、好きになる。そうでなけ
れば、そうでない。

 それを決めるのが、影(シャドウ)ということになる。

●まず相手を、気持ちよくさせろ

 若いころ、G社の編集長をしていた、ST氏という人が、こんなことを私に教えてくれたことがあ
る。

 「ものを書くときは、まず、相手を気持ちよくする内容を書く。それが8割。自分の意見は、残
りの2割の半分、つまり1割。1割だけでも自分の意見が書ければ、喜べ」と。

 そこで私が、「残った1割には、何を書くのですか」と聞くと、こう教えてくれた。「こういう反対
意見もあると、逃げ道をつくっておけ」と。

 本を書くときも、そうだ。「お前は、バカだ、アホだ」というような内容の本は、売れない。読者
の立場でそれを考えてみればわかる。が、「あなたはすばらしい人だ。しかしこうすれば、もっと
すばらしい人になれる」という本なら、売れる。自分の意見を書くとしても、ほんの一部。10%
から20%。「まあ、私は、こう思いますが……」と。それでも、感謝しなければならない。何とい
っても、読んでくれる人がいるからこそ、「文章」は「文章」として生きる。

●自分の中のイヤな部分を嫌う

話がそれたが、これは文章の世界だけの話ではない。

 たとえば、あなたがだれかに会ったとする。そのとき、その人が好きになるかどうかは、あな
た自身の意識によるものというよりは、あなた自身がもっている、影(シャドウ)によって、決ま
る。

 たとえばあなたがAさんなら、Aさんに会ったとする。そのとき、あなたがAさんに、不快な印象
をもったとする。それはAさんに対して不快というより、あなた自身の中に潜む、不快な部分と
そのAさんが共鳴するからにほかならない。

 もっとわかりやすく言えば、自分の中にある、(いやな面)を、そのAさんを通して、見せつけら
る。だからAさんに対して、不快な印象をもつ。そしてそれが、往々にして、「嫌い」という感情に
発展する。

●表面からは想像もつかない絵を描いていたB君

 ほかにたとえば、こんな例もある。

 B君という子どもがいた。そのとき、小学3年生くらいではなかったか。B君は、おとなしく、従
順な子どもだった。しかし子どもらしいハツラツさがなかった。いつもその表情は、暗く、沈んで
いた。

 が、ある日、私は、そのB君のノートを見て、びっくりした。B君のノートには、血をタラタラと流
してもがき苦しむ人間の姿が、超リアルに描いてあったからである。ほかに首のない死体は、
がい骨など。

 こうした絵は、表面的なB君からは、想像もつかない絵だった。が、B君のシャドウが、そうし
た絵を描かせていると解釈すると、納得できる。抑圧された行き場のない、欲求不満が、その
シャドウに蓄積されていた。B君にとっては、そういう絵が、楽しいのだ。だからB君は、好んで
そういう絵ばかりを描いていた。

●ここからが、こわい

 こうして人間がもつ、「好き」「嫌い」のメカニズムは説明できるが、しかしここで話が終わるわ
けではない。

 自分の好きな人とつきあっていると、たがいに、(よい面)が相乗効果的に、伸びていく。たが
いに(よい面)を評価しあったり、励ましあったりするからである。

 しかし反対に、自分の嫌いな人とつきあっていると、その人を批判しながらも、やがてその人
の(邪悪な部分)と、自分の中の(邪悪な部分)が、これまた同じように相乗効果的に増幅され
てしまうことがある。これが、こわい。

 で、人は、意識的であるにせよ、無意識的であるにせよ、(無意識のばあいのほうが、多い
が)、その嫌いな人を、避けようとする。が、それが避けられないときがある。自分の肉親とか、
兄弟、親戚など。あるいは職場の人であることも多い。

 その相手に同調してしまえば、話は簡単なのだが、それができないとき、その人は、はげしく
葛藤することになる。が、この種の葛藤は、その人を、とことん、疲れさせる。そこでその人は、
やがてつぎの二つの道のうちのどれかを選択することになる。

 決別するか、受け入れるか。

●義母そっくりになった、嫁のある女性

 こんな例がある。

 ある女性(50歳くらい、当時)は、やや認知症になりかけた義母の世話をしていた。その義母
は、なくなった夫から、かなりの財産を相続していた。が、ここでいう邪悪な人だった。ウソを平
気でつく。その上、ケチで、自分勝手。その女性は、こう言っていた。

 「あの義母と暮らしていると、何がなんだか、さっぱりわけがわからなくなります。私の友人が
遊びにくると、『今日は忙しそうだから、私は、店屋物(てんやもの)を自分で注文して食べます
から、気にしないでね』と言う。そこでそのとおりにしていると、友人が帰って、夕食時になった
ころ、私にこう言って、イヤミを言うのです。『あ〜あ、今日は、まずい昼飯を食わされたわ』とで
す。義母とつきあっていると、もう、何を信じていいのか、わからなくなります」と。

 で、その女性は、そういう義母の世話をしながら、一方で他人にグチばかりこぼしていた。そ
してそういう生活を、義母がなくなるまで、10年近くもつづけた。

 で、今、その女性は、70歳を超え、介護までは必要ないが、立場が、その義母と同じになっ
た。しかし、である。近所の人たちは、その女性について、みな、こう言っている。

 「あの人は、ウソつきで、その上、ケチ。自分勝手な人だ」と。

 こういう例は多い。邪悪な人とつきあっているうちに、その邪悪な人の邪悪な部分を、そっくり
そのまま受けついでしまう。まるで乗り移ったかのように、である。こうした現象を、あのユング
は、シャドウ論を使って説明したが、そのシャドウが、こわい。

 実は、このシャドウが、親から子へと、世代伝播(でんぱ)することがある。「私は、あんな親と
はちがう」と思っている人ほど、あぶない。その親と同じ立場になったとき、同じようなことをす
るようになる。同じような親になる。

●では、どうするか?

 そこで一番よいのは、その人を邪悪と感じたら、その人と距離をおくこと。そしてその人をでき
るだけ客観的に見るようにする。中へ入りこんでしまうと、まずい。親子について言えば、でき
るだけ別居する。

 さらにその人を批判するだけでは、足りない。つまり批判しながらも、その批判を、自分の中
で、消化していかねばならない。

 たとえばその人が、ウソつきだと思ったら、自分は、ウソをつかないように心がける。

 たとえばその人が、ケチだと思ったら、自分は、他人に対して、寛大であるようにする。

 たとえばその人が、自分勝手だと思ったら、自分はいつも相手の立場でものを考えるように
する。

 こうして相手の邪悪な部分を、自分の中で消化していく。それをしないで、ただ批判するだけ
で終わってしまうと、やがてその人の邪悪な部分を、引きついでしまうことになる。
(はやし浩司 好き嫌いのメカニズム シャドウ シャドウ論 シャドウの伝播)


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(923)

●小泉首相の靖国神社参拝

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小雨振る中、日本の総理大臣、小泉首相は、
靖国神社を参拝した。

歓声と怒号の入り混じる中での、あわただ
しい参拝だったという。

10月17日、午前10時ごろのことだっ
た。

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●外地で、敵と戦った、亡き英霊たち

この無力感。そして虚脱感。「どうしてこうまで、小泉首相は、靖国神社にこだわるのだろう」…
…というのが、私の実感。

 疑問の第一。「亡き英霊たち」は、本当に自分の意思で、外地へ戦争に、出かけていったの
だろうか。それとも、断るに断れず、反対することもできず、泣く泣く、外地へ戦争に、出かけて
いったのだろうか。

 疑問の第二。「敵」とはだれのことを言うのだろうか。たとえば外国人が、日本へ軍隊で押し
入ってきたら、その外国人は、私たちの敵である。しかし日本軍が、外国へ軍隊で押し入って
いったら、相手の国の人が、その日本軍と戦うのは、当たり前のこと。どうしてそういう人たち
が、日本の「敵」なのか。

 疑問の第三。あの戦争には、正義があったのか。もしあったのなら、どうして、ゲリラ戦でも何
でもよい、進駐してきたアメリカ軍と、そのあとも戦わなかったのか。8月15日に日本は終戦日
を迎える。しかしその8月の終わりには、アメリカ軍の調査団が、原爆が投下された広島に入
っている。その調査団たちは、行く先々で、日本側の大接待を受けている。どうしてか。

 疑問の第四。約300万人の日本人が、先の戦争で死んでいる。しかしその日本人が、同じく
ほぼ同数の、300万人の外国人を殺している。日本人は、加害者なのか、それとも被害者な
のか。被害者であるとするなら、どうして日本人が、被害者なのか。日本軍が殺した300万人
の外国人に対して、なぜ、日本は、反省や謝罪をしないのか。

疑問の第五。あれだけの戦争をしておきながら、日本人で、自ら責任をとった官僚や役人がい
ないのは、なぜか。もともと無理な戦争だった。それがわかっていたのに、玉砕(ぎょくさい)だ
の何といって、最後の最後まで、がんばった。その結果、日本中が焦土と化した。

 いろいろ言いたいことはあるが、もしあの戦争が、正しかったというのなら、いつか日本が、
外国に同じことをされても、日本は、それに対して文句を言えないということになる。日本よ、日
本人よ、それがわかっているのか?

 今はよい。国力もある。バックにアメリカ軍もいる。しかし10年とか20年とか先ではないかも
しれないが、50年とか100年先になったとき、それだけの力が、日本やアメリカにあればよ
い。もし、その「力」がなくなったら、日本は、どうなるのか。

 「亡き英霊論」や、「一億総懺悔(ざんげ)論」で、あの戦争を美化し、ごまかすのは、もうやめ
よう。今の今でさえ、官僚と政治家、それに土建業界がグルになって、日本の国家経済を、メ
チャメチャにしている。いつかすぐ、日本の国家経済は破綻する。そのときも、やはり、その責
任は、私たち庶民に押しつけられるのか。

 「私たちは、まちがっていました」「悪いことをしました」と頭をさげることは、恥ずかしいことで
も、何でもない。むしろ勇気がいることだ。そういう勇気をもったとき、日本は、はじめて世界
で、一人前の国として、認められる。が、もしそれでも、「ワレワレは正しかった」と言うなら、日
本中を焦土と化したアメリカ軍と、今でも戦うべきではないのか。それこそ、「亡き英霊」のため
に!

 中国や韓国が、どう反応しようが、この際、もう問題ではない。ただどうして、この時期に、彼
らの神経を逆なでするようなことを、日本の首相がしなければならないのか。今回の首相の靖
国参拝で、いちばん喜んでいるのは、あのK国の金xxである。どうしてこんな簡単なことが、首
相ともあろう人物に、わからないのか。

 私の姉の義父は、戦後、A級戦犯で、処刑された。そして一応、靖国神社に祭られていると
いう。しかし肝心の姉夫婦は、一度も靖国神社を参拝していない。理由を聞くと、姉は、笑って
こう言った。「だって、浩ちゃん、お墓は、ちゃんと、こっちにあるもの」と。

 小泉首相が、どう弁解しようとも、あの靖国神社は、日本の軍国主義のシンボルになってい
る。少なくとも、中国や韓国の人たちは、そう見ている。

 さあ、どうなることやら。私は、もう知らない。考えたくもない。ただただ無力感。そして虚脱
感。このつづきは、またいつか!

++++++++++++++++++

この原稿について、R天の日記に
書いたところ、何人かの人たちから
意見をもらった。

それを紹介する。

++++++++++++++++++

海外留学、生活がある人とは思えないコメントで少し驚いています。
誰も喜んで戦争にいかんだろう。
日本が負けて良かったと私は思っている。アメリカと戦争した事も、他の国として負けた事を思
えば。
戦争をするにも大義はいる。無ければ誰もついてこん。
勝てば官軍負ければ賊軍、その通り。
勝った負けたでここまで人類歴史が来た。その結果が今、感情だけでここまで来たわけではな
い。
中韓のヒステリーは続かん。
世界は中韓だけではない。

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これを本当の実力と言うのだろう。
これは、誰にも分かるでしょう。

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↑拙作です↑

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++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ますます巧妙化するスパムメール

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スパムメールの対策法が、
国会でも問題になっている。

しかしそのスパムメール。
減るどころか、ますます
ふえている。

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 スパムメールが、問題になっている。しかし、その数は衰えるどころか、ますます、巧妙になっ
てきている。

 まずこうしたスパムメールは、インターネット・エクスプローラ(IE)のばあい、つぎの二つの方
法で、シャットアウトする。

(1)(ツール)→(メッセージルール)→(メール)と進んで、そこで、送信者や件名にある文字を
登録する。ここで登録すると、そのあと、それらの文字のあるメールは、自動的に、削除され
る。

(2)フィルタリングといって、送信者そのものを禁止する。方法はいたって簡単で、届いたメー
ルをワンクリックしたあと、(メッセージ)→(送信者を禁止する)をクリックするだけでよい。

 が、ワルは、どこまでもワル。

 ここ数日だけでも、こんなメールが届いている。

件名:マガジン購読登録、ありがとうございました。(申し込んだ覚えはないぞ!)
件名:駕涛e晋卦(メッセージルールをすり抜けるため?)
件名:(なし)(同じく、すり抜けるため?)
件名:緊急、重要な連絡事項です。(思わせぶりなメール?)

 とくに不愉快だったのは、最初の「マガジン購読登録、ありがとうございました」というもの。私
もマガジンを発行しているので、よけいに気になった。こうしたワルが、マガジンの評判を落とし
てしまう。

 そこでこうしたメールには、いっさい、応じないこと。無視、また無視。理由は簡単。こういうワ
ル知恵が働く連中である。もともとまともな連中ではない。だから返事を書いたら最後、どこま
でも、食いついてくる。

 つまり人間の脳みそは、そこまで器用にできていない。一方で善人、他方で悪人ということは
できない。ワルはワル。どこまでもワル。だから、最初から無視するのがよい。それにしても、
ますます巧妙化するスパムメール。みなさんも、どうか、お気をつけください。

【補記】

 私やあなたのように、ある程度、パソコンの知識のある人間ならよいが、それがまだない、子
どもや、パソコンを始めたばかりの人は、どうなるのだろう? ふと今、そんなことを考える。

 子どもや、そういう人たちは、こうしたスパムメールにひかかってしまう可能性が高い。あるい
は子どもなら、何も考えずに、開いてしまうかもしれない。中には、スパイウエアをしこんだメー
ルだってある。気がつかないうちに、重要なパスワードが盗まれてしまうこともありえる。

 文明の利器も、こうしたワルがいるかぎり、そこで進歩が停滞してしまう。頭だけは利口な連
中だけに、やっかい。どうしてそういう知恵を、もっと別のことに使わないのか。自分で自分の
人生をムダにしていることに気づいていない、かわいそうな連中である。


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●子育ての3本柱

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子育てで、ふと行きづまりを
感じたら、この3本柱を思い
だしてみてほしい。

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 子育てには、3本の柱がある。(1)暖かい無視、(2)ほどよい親、(3)求めてきたときが、与
えどき。

(1)暖かい無視……暖かい無視の反対側にあるのが、過保護、過干渉、でき愛、過関心。こ
れらも一定の範囲内であれば、それほど大きな影響は、子どもに与えない。(しかし今度は、
受け取り側の問題もあるので、どの程度が、過保護であり、過干渉であるかを判断するのは、
むずかしい。)子どもの自立心を育てるためには、暖かい愛情で包みながら、無視すべきとこ
ろは、無視する。

(2)ほどよい親……要するに「やりすぎない」ということ。子育てをしていて避けなければならな
い主義に、3つある。スパルタ主義、放任主義、それに極端主義。「極端主義」というのは、い
わゆる偏(かたよ)った子育てをいう。朝から夜遅くまで、バットの素振り練習をさせるなど。「将
来、野球の選手にしたい」という気持ちはわからないでもないが、こうした極端主義は、子ども
の心のどこかに、ひずみを作る原因となりやすい。

(3)求めてきたときが、与えどき……愛情にせよ、助けにせよ、「求めてきたときが、与えどき」
と覚えておく。とくに愛情については、そのつど、ていねいに応じてやる。ぐいと抱くのが一般的
だが、抱っこ、手つなぎなども、これに含まれる。しばらく抱いてやると、子どものほうから離れ
ていく。大切なことは、子どもに、「いつも愛されている」という安心感を与えること。

 子どもに何か問題が起きると、たいていの親は、そのときを、最悪の状態と考えて対処しよう
とする。そして「そんなはずはない……」「まだ何とかなる……」「うちの子にかぎって……」と無
理をする。この無理が、子どもを、2番底から、さらには3番底へと、落してしまう。不登校にし
ても、引きこもりにしても、あるいは子どもの非行にしても、そうである。

 問題が起きたときこそ、「ここが子育て」と、腹に力を入れる。ジタバタすればするほど、「まだ
以前のほうが症状が軽かった」ということを繰りかえしながら、さらに症状は悪化し、そのまま
悪循環によって、底なしのドロ沼状態に陥る。

 「どうしたらいいの?」とパニック状態になったら、この3本柱を思い出してみてほしい。この3
本柱は、そういうときこそ、役にたつ。

+++++++++++++++++++


●暖かい無視

 子どもの心が病んだら、
 そっとしておいてやろう。
 なおそうと、思わないこと。
 何とかしようと、思わないこと。
 ひとり、静かにしておいてあげよう。
 ぼんやりとできる時間をふやしてやろう。

 そして、ここが大切だが、
 許して、忘れ、子どもの心を、
 やさしく包んであげよう。
 鉄則は、ただ一つ。
 今の状態を、
 より悪くしないことだけを考えながら、
 あとは、時間を待つ。
 一年でも、二年でも、三年でも……。
 励ましては、いけない。
 脅しても、いけない。
 ただただ、ひたすら待つ。
 暖かい無視をつづけながら……。

 あなたの子どもは、それで
 必ず、立ちなおる。
 今の状況は、
 必ず、笑い話になる。
 それを信じて、前だけを見て、
 あなたは、今、すべきことを、
 しっかりとする。

※「暖かい無視」……野生動物の保護団体の人たちが使い始めた言葉。JWCSワイルドライ
フ・カレッジ、〇二年度セミナーの中で、小原という人が、「野生動物と接するときは、暖かい無
視こそ、大切」「野生動物に対しては正しい知識と心構えを持った、暖かい気持ちでアプローチ
をしつつも無視して接することが大切」(HP)と説いている。
(はやし浩司 暖かい無視 子どもの心が病んだとき 子供の心が病んだ時)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【子どもの引きこもり】

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青年期に達した子どもの引きこもりに
ついて、相談があった。

それについて、考えてみたい。

+++++++++++++++++++

●引きこもりの平均年齢が、26・7歳

 「壮年化進み、35歳以上14%」と題して、中日新聞に、こんなショッキングな記事が載った。

 「自宅に長期間閉じこもり、社会参加しない(引きこもり)状態の人の平均年齢は26.7歳
で、約14%が35歳以上と、"壮年化"が進んでいることが28日、厚生労働省の実態調査で分
かった。4分の3が男性で、全体の5人に1人が家族に暴力を振るっていた。

 行政が援助を始めても中断したり音信不通になったりする人が目立つなど、立ち直りの困難
さを示しており、厚労省は対応に苦慮する相談機関向けに、本人と家族への具体的な支援の
在り方をまとめた指針をつくった。

 調査は3月、全国の精神保健福祉センターと保健所を対象に実施。全センターとほとんどの
保健所から回答があった。

 昨年1年間の電話相談の延べ件数と来所相談件数は合計約1万4000件で、集計方法は
違うものの、2000年11月に直前1年間を対象に実施した1回目の調査時の計約6100件よ
り大幅に増加した。

 来所相談のうち3293件を分析した結果、本人の性別は男性が76・4%と圧倒的に多かっ
た。年齢が上がるほど就労・就学が困難になるとされるが、相談時の平均年齢は26.7歳で3
5歳以上が14・2%。前回調査は「36歳以上8・6%」だった」(中日新聞・03年7月28日)と。

●心の緊張感

 心の緊張状態がうまく処理できないため、人とのかかわりを避ける子どもがふえている。この
タイプの子どもは、人前で、自分を安心して、さらけ出すことができない。そのためどこかで無
理をする。どこかで自分をつくる。だから人前に出たりすると、それだけで、神経疲労を起こし
やすい。

 親は、「なれていないだけです」と言うが、そんな簡単な問題ではない。また無理をすればす
るほど、症状はこじれる。それをチャート化したのが、つぎである。

(人に対して、心を開けない。心を許せない)

(人前で自分をさらけ出すことができない。人前に出ると、不安)

(いい子ぶる。仮面をかぶる。無理をする)

(神経疲労を起こしやすい。疲れやすい)

(人とのかかわりを避けようとする。あるいはその分だけ、心が荒れる)

(引きこもる)

 しかし本当の問題は、子どもが引きこもることではなく、この段階で、親のほうが狂乱し、症状
を悪化させてしまうこと。その前に、子どもをそういう状態に追いこんだのは親を中心とする家
庭環境なのだが、親には、そういう自覚すら、ない。そこに本当の問題がある。

●青年期の引きこもり

 精神科医のドクターにかかると、ほとんど、「うつ病」と診断される。たいていは、抗うつ薬が
処方される。症状に応じて、キメこまかい薬が処方されるが、しばらく服用していると、副作用
が現れることが多い。吐き気や異常な精神的感覚など。

 親は「早くなおそう」と考えるが、この病気は、数年単位の時間的経過を経て、症状が推移す
る。(半年や一年で、症状が軽減するなどということは、ありえない。)

 私が経験した何例(数年おきに一例前後)かの、青年期の引きこもりについて、共通した症
状には、つぎのようなものがある。(サンプルが少ないので、不正確。)

(1)害……人との接触を、避ける。人と接すると、極度の緊張状態になる。そのため引きこも
るが、きわめて特定の数人とは、交際できる。ふつう、親とは会話をしない。してもあいさつ程
度。

(2)の再現(退行)……引きこもりながら、子どものころ読んだマンガ本を読んだり、おもちゃで
遊んだりする。(これはやや回復期によく見られる。)回復期に向うと、幼児期に遊んだおもち
ゃから、少年期に遊んだおもちゃへと、少しずつ変化することがある。


(3)夜昼の逆転現象……夜中の間は、ずっと起きていて、明け方になると寝る。そして日中は
ひたすら、寝る。これは初期の段階によく見られる。睡眠サイクルが、毎日、三〇分〜一時間
程度、ずれていくのがわかる。

(4)行為障害……たいていは何らかの行為障害をともなう。異常な蒐集(しゅうしゅう)癖とか、
ものにこだわる、など。(これは前兆現象として現れること多く、そのまま引きこもり時期にもつ
づくことが多い。)万引き、盗みグセなど。非行に似た症状を示すこともある。


(5)キーワード……何かのキーワードにとくにするどく反応する。あるいは家族の中にキーパー
ソンがいて、その人との会話を嫌う。(これが原因で、はげしい暴力につながることが多い。)子
ども自身も自分の将来を悲観していることが多いので、「これからどうするの?」式の質問は、
しないほうがよい。

(6)生活習慣が乱れ、だらしなくなる……何日もフロに入らなかったりする。ときどき外出したと
きなど、あわてて掃除をする親がいるが、そういうことも避ける。徹底して「あ暖かい無視」を、
励行する。


(7)はげしい家庭内暴力をともなうことがある……これは家族が、説教したり、あるいは説得し
ようとしたときに起こることが多い。(ふつうの暴力ではない。それまで無気力でぼんやりしてい
た子どもが、豹変して、錯乱状態になって暴れたりする。)

こうした症状が、ここにも書いたように、数年単位で推移する。その間に、家族が無理をしたり
すれば、さらに症状は長引く。実のところ、本来なら、数年ですむ引きこもりが、五年、一〇年
とつづくのは、家族、とくに両親の不適切な対処の仕方が原因であることが多い。

●対処方法
 
 何よりも、「心の病気」という理解が重要。「気はもちよう」などと、安易に考えてはいけない。
そしてつぎの鉄則を守る。

(1)視……とにかく、徹底して、無視する。子どものやりたいように、させる。フロに入らなくて
も、部屋中がゴミだらけになっても、無視する。

(2)しない……回復期に向い始めると、その前に症状が一進一退を繰りかえすようになる。し
かしそのとき、決して、そういう表面的な症状にまどわされてはいけない。「去年はどうだった
か?」「二年前はどうだったか?」という視点で、症状をみる。比較する。


(3)説得、説教はまったくムダ……自己意識でどうにかなる問題ではない。だから子どもを説
教したり、説得してもムダ。かえって子どもを追いこむことになる。

(4)今の状態を守る……今の状態をより悪くしないことだけを考える。この病気には、二番底、
三番底がある。こじらせると、長引くだけではなく、さらにその下の底に落ちていく。

(5)この病気は、必ず、なおる。五年とか、ばあいによっては、一〇年とか、かかるが、必ずな
おる。それを信じて、子どもの自己回復力に任せる。ただし親が無理をして、症状をこじらせた
ときは、別。この病気は、子どもの病気といいながら、実は、なおすべきは、親のほうである。
そうした心構えをもって対処する。

以上が、私の経験からのアドバイスということになる。私は精神科ドクターとちがい、扱った症
例こそ少ないが、反対に濃密な、きわめて濃密な指導をしてきた。そういう経験からつぎのよう
なことが言える。

 全員、五〜一〇年後には、仕事を始めるようになったが、その子どもたちは、こう言ってい
る。「一番、よかったのは、家族が、自分を無視してくれることだった」と。親があれこれ気をつ
かのは、逆効果であるばかりでなく、こうした子どもたちには、心の負担となる。だから無視す
る。無視しながら、子どもの病気と同居するつもりで、それに早く、なれる。

●前兆症状
 
 しかしそれよりも大切なのは、前兆が現れた段階で、親がそれに気づき、手を引くべきところ
は、引くということ。

 が、ほとんどの親は、その前兆が現れても、それに気づかないばかりか、「わがまま」「子ども
の勝手」「まさか……」と、それを見逃してしまう。

 最近、経験したY君(二一歳)のケースでは、最初に、親の貯金から勝手にお金を引き出し、
意味のないガラクタを買い集めるという行為障害が現れた。Y君が、高校一年生のときのこと
だった。そのとき、親は、Y君をはげしく叱ったり、説教したりした。

 つまり何らかの行為障害、あるいは情緒不安症状が積み重なって、ここでいう引きこもりを起
こすと考えるとわかりやすい。もちろんそのまま症状が消えていくケースもあるが、たいていは
あっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロと、ころがっているうちに、症状は悪化する。

 さらに小学生や、中学生のころ、神経症による症状、情緒不安症状(心の緊張感がとれない
状態)があれば、あきらめるべきことは、さっとあきらめて、手を引く。進学問題で、子どもを追
いこむなどということは、してはならない。はっきり言えば、進学は、あきらめる。

 しかし現実には、これがむずかしい。だいたいにおいて、私のアドバイスなど、親は聞かな
い。結局は、行き着くところまで行く。そしてあとはお決まりの悪循環。この病気だけは、「まだ
以前のほうが、症状が軽かった」ということを繰りかえしながら、さらに症状が悪化する。

 とても残念なことだが、子どもの引きこもりの原因と責任は、すべて親と家庭環境にある。(そ
う言いきるのは危険なことだが、それくらい強く言ってもかまわないと思う。)それに気づくか気
づかないかは、親の問題意識の深さの問題ということになる。(だからといって、親を責めてい
るのではない。親とて、懸命に子育てをしてきた。それはわかる。)だから謙虚に反省すべきこ
とは反省する。またそういう姿勢があってはじめて、ここでいう「暖かい無視」が生まれる。

 さて、今、あなたの子どもは、あなたの前で、いい子ぶってはいないか? あなたの前で、言
いたいことを言い、したいことをしていれば、よし。態度もふてぶてしく、横柄ならよし。あなたの
いる前で、平気で心と体を休めているなら、よし。そうでないなら、家庭のあり方を、もう一度、
よく反省してみるとよい。
(はやし浩司 子供の引きこもり 青年期 引きこもり 引きこもる子供)


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●老人観察

++++++++++++++++

老後を迎えて、このところ、老人
観察をすることが多くなった。

街を歩く老人は、そのまま、私の近未来の
姿でもある。

++++++++++++++++

 このところ、老人を見かけるたびに、老人観察を始める。街でも、道路でも、電車の中でも。

 概して健康そうなのは、やや細身で、スタスタと歩いている老人。概して不健康そうなのは、
重ぼったい体をもてあましながら、ボテボテと歩いている老人。このことは、もう5、6年前に気
がついた。

 つぎに大切なのは、その老人自身がもつ品性というか、知性。これは50歳をすぎると、大き
な(差)となって現れてくる。60歳になると、もっとはっきりしてくる。どこがどうちがうかというよ
りも、その分かれ道は、どこにあるのか。

 概して品性や知性が高い老人というのは、生き様が前向き。概してノーブレインなのは、生き
様がどこかうしろ向き。もっと言えば、老人になればなるほど、それまでの(化けの皮)がはが
れて、(地)が表に出てくる。自分をごますにも、気力がいる。その気力が衰えてくる。そのため
(地)が表に出てくる。

 あとは、ずっと先の話になるが、いわゆる死に様。どう死んでいくか。どう死んでいったか。そ
れが気になる。

 願わくは、長い闘病生活の末、苦しんで死ぬような死に方だけはしたくない。ワイフも同意見
で、ポックリとある朝、死ぬ。その前日まで、みなとワイワイと騒いでいて、その翌朝に、ポック
リと死ぬ。そういう死に方をしたい。

 で、さらに最近は、死んだあとのことも考える。

 私のまわりでも、ポツポツと死んでいく老人がいる。が、みな、死んだあとは、ウソのように静
かになってしまう。半年もすると、話題にもならなくなる。私もそうなるのだろうが、ふと、「それで
いいのか?」と考えてしまう。

 そういえば、いつも近くの荒地で、畑を耕している女性がいたが、最近、見かけなくなった。先
日、年齢を聞いたら、96歳だと言っていた。あの女性は、どうしたのだろう? 私は、その女性
を尊敬している。近くに公立中学校があるが、その中学校の坂道の下の通りを、いつもひとり
で清掃していた。

 あとで、ワイフにどうなったか、それを聞いてみるつもり。つまり、そういう女性の生き様の中
に、死んだあと、どうあるべきかの、ヒントがあるように思う。私も、できたら、そういう女性のよ
うな人間になりたい。(まだ、死んだと決まったわけではないので、その女性がこの文を読んだ
ら、怒るだろうな……。)

 何かを残すとか、残さないとかいう問題ではない。仏教でいう、「善根」を、「業」の中に植えつ
けるようなことをいう。その女性は、決して笑ってはいけないのだろうが、雑草を、ハサミで刈っ
ていた。布を切るような、あのハサミで、である。そのハサミで、チョキチョキと、何時間も何時
間もかけて、雑草を刈っていた。

 エンジン付の草払い機なら、ものの10〜20分程度ですんでしまうだろう。

 今も、こうして私の老人観察はつづいている。で、最近、とくに興味をもつようになったのが、
いわゆる、ボケ方。同年齢の人たちはもちろん、少し私より年齢の高い人たちが、どうボケて
いくかを観察している。

 これは私にとっては、切実な問題でもある。私のばあい、ボケたら、何もかもおしまい。考え
ることはもちろん、ものを書くこともできなくなる。(それでも、私のことだから、ボケた文章を書
きつづけるだろうが……。そのときは、どうぞ、笑ってほしい。)

 老人問題を考えるといっても、そういう機会も場所もない。現実の、そして身のまわりにいる
老人たちを観察しながら、自分なりに、老人問題を考えるしかない。自分では、「今が、そのと
き」と、心得ている。

 
++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●論理的思考性

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占いの流行は、いまだ、衰えるこ
とを知らず。

もっか、大流行中!

しかし占いほど、非論理なものは、
ない……と私は思うのだが……?

+++++++++++++++

 中学2年で、三角形の合同を学ぶ。「三辺がそれぞれ等しいので……」という、あれである。

 三角形の合同は、子どもの論理性を養うためと考えてよいが、同時に、子どもの論理性をみ
るのには、たいへんよい。

 しかし誤解していけないのは、こうした問題が解けるようになったからといって、論理性が育っ
たということはならない。ある程度の訓練で、だれでも、できるようになる。が、中には、できな
いというより、苦手な子どもがいる。論理的に、ものを考えることそのものが、できない。

 A=B、B=CだからA=C……というように、いくつかの事実を組みあわせながら、結論へと
導いていく。その間に、すき間があっては、いけない。が、このタイプの子どもは、すき間だら
け。

「どうして、この辺ABと、辺DEが、等しいの?」と聞いても、「見た感じ、そうだから」と平然と言
ってのける。

私「でも、ちゃんと、理由がなくてはいけないよ」
子「……」
私「何か、理由があるの?」
子「だって、∠Bと∠Cが等しいから……」
私「あのね、それを証明するのが、この問題だよ。その証明することを、先に使ってしまった
ら、証明にならないじゃん」と。

 しかしこうした経験は、おとなの世界でも、よく経験する。

 たとえば、占い。その占いが、大流行している。が、占いほど、論理性に欠けるものは、な
い。「あなたの背中にはヘビが、とりついている。毎日風呂で、20回、こすって洗いなさい。で
ないと、またあなたは離婚することになるわよ」と。

 どこかのオバチャンが、ヌケヌケと、そう言う。言われたほうは、本気になって驚いたり、感激
したりしている。テレビで垣間見た、1シーンだが、どうしてああいうものを、テレビで堂々とやる
のか、私には、その理由さえわからない。

 中に、「まさか?」というような表情をしている人がいたりすると、あのオバチャンは、突然、怒
りだす。「あんた、何よ、その態度。あんたみたいな人は、40歳前にタレント生命が切れて、ボ
ロ布のようになって、この業界から追い出されることになるわさ。それでもいいの?」と。そして
「私は、不愉快だから、帰る!」とか、叫んだりする。

 そのオバチャンに三角形の合同の証明問題を出したら、きっと、こう言って解くにちがいな
い。

 「辺ABと、辺DE、この二つには、ミミズの精が宿っているわさ。だから宇宙のパワーで、その
底辺、つまり土の中にある、辺BCと、辺EFは、同じってこと。だから、∠Bと∠Cは、同じ」と。

 しかし10年周期、(あるいは5年周期)で、こうした「?」な女性が、マスコミの世界に君臨する
というのも、おもしろい現象だと思う。少し前は、Gという霊能者がいた。その前も、何とかという
女性がいた。

 そこで重要なことは、こうした女性がいるから、それを信ずる人がいるというのではないという
こと。そういう女性を求める視聴者がいるから、そういう女性が、マスコミの世界に現れるという
こと。

 その点、こうした現象は、カルトに似ている。だからそういう女性を批判したり、たたいたりし
ても、意味がない。その女性が消えれば、今度はまた別のだれかが出てきて、同じように、マ
スコミの世界に君臨するようになる。

 つまり、そういう女性が、マスコミの世界に君臨するということは、それだけ日本人が、論理性
を失っているということを意味する。もっとはっきり言えば、ノーブレインの状態。しかし言うほう
は、楽だろう。適当に思いついたことだけをしゃべっていればよい。

私「赤ちゃんがえり? そんなのは、水子のタタリよ。わかっているの?」
母「水子のタタリですか?」
私「あんた、流産したことある?」
母「……若いころ、中絶したことが……」
私「それよ。だから、あんたの子どもの赤ちゃんがえりをなおしたかったら、背中にお灸をしなさ
い。今でも、漢方薬屋へ行けば、売っているからさ。朝9時と、夜9時の2回、するのよ。わかっ
た」と。

 もしこんな非論理の世界が、日本の主流になったら、私など、必要ない。さっさと引退して、ど
こかの穴にこもる。バカくさくて、つきあっておられない。


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●知人の事故

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もう20年来の友人が、3年ぶりに電話
をくれた。

その友人が、九死に一生の事故を起こし
ていた!

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 大阪に住む、Y氏(52歳)が、電話をくれた。3年ぶりの電話である。なつかしそうに話しかけ
ると、こう言った。「ああ、林さ〜ん? Yですわ。お元気ですか?」と。

 そしてそれにつづく話を聞いて、驚いた。

 Y氏は、2年ほど前、事務所のある3階のベランダから、足をすべらせて、そのまま地面に落
ちてしまったという。下はコンクリートだったという。

 それで病院に3か月入院。そのあと別の病院に移されて、結局7か月も、入院生活をしたと
いう。

 たいへんな事故だったらしい。ただ声の調子は、以前と同じだったので、脳のほうは、ダメー
ジを受けなかったようだ。安心した。

 そんな話の中で、Y氏もこう言った。

 「記憶がないのですわ。落ちていくときから、もう記憶がないのですわ。気がついたときは、病
院の中で……。痛みもまったく、感じませんでした」と。

 同じような話は、交通事故にあった人からも聞く。「どうやって交通事故を起こしたか、覚えて
いません。気がついたときには、病院のベッドの上にいました」と。

 これは記憶が記憶として、脳のどこかに情報が格納(記銘)される前に、脳みそそのものが、
ショックで、機能を停止してしまうためと考えられる。だからY氏のばあいも、どうして落ちたの
かさえ、覚えていない。(正確には、海馬を経て、脳のどこかに記憶が格納される前に、脳の機
能が停止した。そのため、記憶がないという状態になると考えられる。)

 それにしても7か月の入院!

 私が、「じゃあ、自殺するとき、飛び降り自殺というのは、一番、楽な死に方かもしれません
ね」と言うと、Y氏は、「そうかもしれませんね。途中で気を失いますから」と。

 しかしみなさん、飛び降り自殺だけは、やめなさいよ。あとの人たちが、迷惑します。本当に
迷惑します。それにあれほど、無様(ぶざま)な死に方はない。


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●親に遠慮する子ども

+++++++++++++++++

親に遠慮する子どもがふえている。
親からみれば、できのよい子どもに
見えるかもしれないが、
しかしそれは、子ども本来の姿では
ない。

+++++++++++++++++

 ある女性(四〇歳)が、こう言った。「盆などに、実家へ帰っても、心を許して、親に甘えること
ができません。子どもに何かを買ってもらったりすると、つい親に、『悪いから、いいです』などと
言ってしまう。親は、『いいんだよ』と言いますが、どこか他人行儀の私たちです。これでいいの
でしょうか」と。

 このケースで、まずわかることは、子どもが親に遠慮しているということ。義理の父母なら、そ
ういうこともあるが、実の親である。本来、こういう感覚をもつこと自体、おかしい。

 そこであなたのチェックテスト。

 あなたは実の両親に対して、つぎのうちのどれに近いだろうか。

(1)実家で料理を出されても、親に対して、「申し訳ない」という気持になり、それなりの金銭
を、親に渡すようにしている。そんなわけで実家で食事をするより、近所のレストランで食事を
したいと思うことが多いし、そのほうが気が楽。実家へ帰るのが苦痛に思うことがある。

(2)実家では、私が「いらない」と言っても、親が勝手に料理を用意することが多い。親に恩返
ししたいという気持はあるが、実際には、甘えることが多い。たいていは、「ありがとう」ですんで
しまう。実家に帰ることは、それほど苦痛ではない。

(3)自分の家で食事をしたりするように、実家でも食事をする。出された料理でも、平気で食べ
るし、何も用意してないこともあるが、そういうときは、冷蔵庫に残っているものを食べる。親に
「ありがとう」と言ったこともないし、そういう意識をもったこともない。実家へ帰ると、気が休ま
る。心も体もリフレッシュできる。

 この中で、理想的な親子関係は、(3)である。こうであるからこそ、親子という。またそうでなく
てはいけない。一見、乱暴な親子関係に見えるが、その実、より深い親子の絆(きずな)で結ば
れている。

 日本型の子育てでは、無意識のうちにも、親は子どもに対して、「産んでやった」「育ててやっ
た」と教える。(そういう意識を植えつける。)一方、子どもは、「産んでいただきました」「育てて
いただきました」と教えられる。(そういう意識をもつ。)実際、自分の娘(三四歳)に向って、「親
に向かって、何という態度だ。お前が言葉を話せるようになったのも、親のおかげではない
か!」と怒鳴った父親(六〇歳)がいた。

 冒頭の女性は、実家へ帰っても、どこか他人行儀だという。恐らく親側から見れば、親思い
のよい娘に見えることだろう。しかしその実、心は離れている。

 今、子どもを愛せなくて、人知れず、悩んでいる母親は多い。しかしそれ以上に、親との折り
あいが悪く悩んでいる母親も多い。「親だから子どもを愛しているはず」と考えるのは、まちがっ
ているが、しかしそれと同じくらい、「子だから、親を思っているはず」と考えるのは、まちがって
いる。(たいていは、「自分の子どもを愛せない」と悩んでいる母親は、同時に、「自分の親とは
相性が合わない」と悩んでいる。)

 親子関係といえども、基本的には、一対一の人間関係。親子であるという、「関係」に甘えて
はいけない。とくに、親のほうが、甘えてはいけない。

 私たちは、親として、子どもを育てる。しかしそのとき、親は、無条件で子どもを育てる。また
無条件でなければならない。子どもに恩を着せてはいけない。いくら子どもに裏切られることが
あっても、最後の最後まで、無条件をつらぬく。見返りを期待するのも、要求するのも、まちが
っている。

 親子関係も、信頼関係で、成りたつ。全幅のさらけ出し。受け入れという基盤があって、その
上で成りたつ。それを忘れてはいけない。そこで今度は、あなたとあなたの子どもの関係を振
りかえってみよう。

 あなたの子どもは、あなたに対して、全幅に信頼しているだろうか。あなたのそばにいて、外
の世界でキズついた翼を、ゆっくりと休めているだろうか。もしそうなら、それでよし。どうも「?」
と感じたら、今からでも遅くないから、あなたの家のあり方を、もう一度見なおしてみてほしい。
これはあなたの子どものためというよりは、実は、あなた自身のためなのである。

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●子どもの心の内側に入る

 親が子どもを見るとき、外側から子どもを見るか、それとも内側から子どもを見るか。このち
がいは、大きい。少なくとも、子どもを外側から見るかぎり、子どもの心をとらえることはできな
い。たとえば……。

 子どもが家で、勉強をしないで、ゴロゴロしている。そのとき、「何、やっているの! さっさと
勉強しなさい!」と。これは子どもを、外側から見たときに使う言葉。しかしそのとき、「今日は
暑いわね。こういうとき、勉強するのも、たいへんね」と話しかける。これは子どもを、内側から
見たときに使う言葉。

 当然のことながら、相手の心をとらえようと考えたら、その内側に入る。説得力がますばかり
ではなく、相手の心をとらえることができる。

 で、子どもがいつものように勉強を始めたとする。そのときも、「さっさと、終わりなさい」と。こ
れはこどもを、外側から見たときに使う言葉。しかしそのとき、「むずかしくて、わからないのが
あったら、もってきてね」と話しかける。これは内側から見たときに使う言葉。

 子どもを動かすには、コツがある。そしてそのコツというのは、子どもの心の中に入り、子ども
を内側から指導する。ほかにもいろいろと応用できる。

(静かにしなさい)→(口を閉じようね)
(まじめにやりなさい)→(この前より、まじめにできるようになったね)
(ここがまちがっている)→(前より、まちがいが少なくなったね)(おしいね)(こんなミスをするな
んて、あなたらしくないわね)
(元気を出しなさい)→(よくがんばったね)(もう疲れたよね)(少し休もうか)
(勉強しなさい)→(勉強って、いやなものね。好きな人なんて、いないと思うわ)
(何よ、この成績は!)→(成果が出るのは、これからよ)
(がんばれ)→(気楽にやりなよ)(無理をしなくて、いいのよ)
(こんな成績では、どうするの!)→(やれるだけやってみようよ。それでだめなら、しかたない
もんね)

 これを心理学では、「外世界」「内世界」という言葉を使って、説明する。その人が内世界へ入
ってくると、親近感が、どんとますことが知られている。わかりやすく言えば、気を許した人か
ら、あれこれ説得されると、説得されやすいが、そうでない人では、そうでないということ。その
内世界へ入るためには、心の内側に入る。それがここでいう「心をとらえる方法」ということにな
る。

 要するに、子どもの立場に立った言い方ということになる。これは子どもを指導するときの、
イロハ。覚えておいて、損はない。
(はやし浩司 親に遠慮する子供 遠慮する子ども 子供を伸ばす会話術)

【追記】
 不登校を起こした子どもなどに、「学校へ行きなさい」「勉強に遅れてしまう」などと言っても、
効果がないばかりか、かえって子どもを、より苦しい世界に追いこんでしまう。私はそういうと
き、こう言うことにしている。「いろいろ、つらいことがあったんだね? 君もよくがんばったよ。
つらかったけど、君は今まで、がんばって学校へ行っていたんだね。みんなはそれに気づかな
かったんだね。先生も、悪かった」と。

 ただし子どもといっても、心はおとな。心底、子どもの立場になること。口先のごまかしだけで
は、すぐ見破られてしまう。ご注意!

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(924)

【近況、あれこれ】

●誠司が、アンパンマンの歌を歌う

 二男から、電話。最初に受話器をとったのは、ワイフだが、ワイフがこう言った。「誠司が、歌
を歌ってくれるってエ!」と。

 二人で、受話器に耳を傾ける。二男の合図で、誠司が歌を歌う。聞いたことがない歌だ。「♪
……PxxxPxxxKxxxPxxx……」と。終わったところで、拍手。

ワイフ「何の歌?」
二男「アンパンマンの歌だよ」
ワイフアンパンマン〜? 英語の歌かと思った」
二男「英語じゃなくて、日本語だよ」
ワイフ、私、ハハハ。「日本語だったの?」「日本語だったのかあ?」と。

 いつも幼児向けの雑誌を送っているが、その付録の中に、アンパンマンのビデオがあった。
それを見て、覚えてしまったらしい。

 その誠司だが、電話で歌を歌ってくれたのは、はじめて。ときどき電話で、話すこともあるが、
会話は、いつも簡単なもの。「Hi」「Bye」でおしまい。ものの10秒足らずで、終わってしまう。

 しかし楽しい、一瞬だった。

 もうすぐ、弟か妹が生まれる。先日、「8週目だ」と言っていたので、今ごろは、10〜12週目
に入ったはず。

 その二男夫婦の育児法をみていて、感心したことがある。二男もデニーズ(嫁)も、日本語的
に言えば、「辛抱強い」。誠司にも、結構、好き嫌いがあるらしい。その誠司に、その嫌いなも
のを食べさせるとき、ときには、1〜2時間も、根くらべをすることがあるという。絶対に声を荒
げて、しかったり、怒ったりしない。誠司が食べだすまで、ただひたすら、横にすわって、待って
いるという。で、そのうち、誠司のほうが、根負けして、食べだすという。

 その話をワイフから聞いて、「ぼくとはちがうなあ」と思った。私なら、2時間も待たない。10分
が限度かもしれない。

 子育ては、万事、根くらべ。その根くらべができれば、子どもは、根性のある、芯の強い子ど
もになる。そうでなければ、そうでない。大切なのは、子どもに対する愛情。その愛情で子ども
を包んで、親のほうが、じっとがまんをする。

 好き嫌いの問題にしても、それはその子どもを超えた、その向こうにある。もともと、しかった
り、怒ったりするような問題ではない。


●三男のBLOGより

 三男が、日記を書いている。

 その一節を読んで、感動する。少し編集長ぽく、文体を整えてみる。
(Eへ、無断転載を、許してほしい!)

++++++++++++++++++++++++++++

●僕たちは、もう一つの空を知っている。

フライトはとても疲れる。
気圧が低いところにいるせいなのか、
神経をすり減らしてくるせいなのか、
とにかく降りたあとは本当に疲れている。

顔色も悪くなり、目はうつろになるので、
飛んで来た人は一目でわかる。

ここのベッドは病院のパイプベッド。
病院からもらったものなのか、
もともと病院だったのかは知らないが、
フライト後の夕飯までのひと時、
寮内はまさに病院と化す。
みんなぐったり。

フライトは楽しい。
楽しいが、やはり訓練なので、準備は大変。
辛いこと苦しいことも多い。
こんなことを言ったら失礼なのかもしれないが、
飛ぶことが嫌になるときもある。
まだ始まって1週間しか経ってないのに、
こんなことを言っていて大丈夫なのだろうか。

それでも僕たちが飛ぶことには、理由がある。
朝起きて、抜けるような青空がハンガーに広がっていて、
そのもとへ勝手口を開けて颯爽と駆けて行き、
前段で一番にshipへ乗り込んで準備をして、
離陸許可を待っている時間が好きだから。
遠くの目標へ一直線に飛ぶのが気持ちいいから。
近くを通過する先輩や同期のshipが、
ラジコンのように、すごい速さで飛んでいくのを見るのが楽しいから。

風を切る音、
エンジンの音、
プロペラの音が、いろんなことを物語っていて、
それを読むのが楽しいから。
道がわかって、自分の力で目標を見つけられると、
すごく嬉しいから。
地上で見あげてる人のことを想像すると、
何となく楽しいから。
ATCをばっちり決めている自分がかっこいいから。

この大変さの向こうに、大きな感動が待っているから。
自分が自分に出した挑戦に勝てるから。
誰かが楽しみにしていてくれているから。

僕たちは、もう一つの空を知っている。

+++++++++++++++++++++++++++++++

 「お前は、この広い空を、思いっきり羽ばたいてみろ」と、いつも私は口ぐせのように言ってい
た。そしたら、本当に、三男は、空を飛ぶようになってしまった。私は、そういう意味で、言った
のではなかったのだが……。

 横浜のY大を中退。1年、オーストラリアへ留学。そして今は、パイロットになるため、航空大
学に。大学といっても、職業訓練校のようなもの。三男は、自分でもそう言っている。よかった
のか、悪かったのか……。恩師のT先生も、「Y大学にとどまって、アカデミックな道を選びなさ
い」と、三男を説得してくれたが、ムダだった。三男は、パイロットになると言って、がんばった。
今は、その三男を支えるしかない。

 いつか、三男の初フライトのときは、ワイフと二人で、その飛行機に同乗するつもり。そうそ
う、先日、三男が、その大学の制帽を送ってきてくれた。パイロットがかぶる、あの制帽であ
る。

 黒地に、ド派手な金色の刺繍(ししょう)が、ほどこしてある。横には、「Hiroshi Hayashi」
と、ネーム入り。自衛隊、海上保安庁を問わず、パイロットは、似たような帽子をかぶるらし
い。

 で、その帽子を、一日だけかぶってみた。そして自衛隊の基地のすぐ隣にある、パソコンショ
ップへ行ってみた。パソコンショップへ行ったのは、毎度のことで、とくに帽子を意識したからで
はない。

 しかし気がついてみると、店員はもちろん、女子店員まで、私を驚いたような目つきで見てい
るではないか! ジロジロと、遠巻きにして、かつ、真剣に!

 私をパイロットと誤解したらしい。帽子の威力に気がついたのは、そのあとだ。

 私は、何となく、自分が本物のパイロットになったかのように感じた。気持ちがよかった。ハハ
ハ。ホント!

 家に帰って、MS社の、フライトシムレーターで、北海道の帯広上空を飛んでみた。久しぶり
に……。それも楽しかった。
(注、三男のBLOGへは、私のHPのトップページ、右下からどうぞ!)


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●会話

 最近耳にした、気になる会話を、まず2つ。

 一皿100円という回転寿司屋に、ワイフと2人で入ろうとしたときのこと。すぐそのあと、若い
女性が2人、追いかけるようにして入ってきた。私がドアを、半分手で開いてやっていると、すり
抜けるようにして、中へ入った。そのとき、こう言った。

 女性A「私、めったにこんなところに来ないのよ」
 女性B「めったに?」
 女性A「100円の寿司なんて……」と。

 もう1つは、テレビで見た、1シーン。ある難病で、1人の男性が死んだ。年齢は忘れたが、7
5歳くらいではなかったか。労災認定を受けての死だった。それについて、彼の妻が、テレビ画
面に向かって、こう言った。

 「主人は、この1年、本当に苦しみました。でも、よくがんばってくれました。おかげで、娘夫婦
の家を、(夫の年金と補償金で)、建てることができました」と。

 「そういうものかなあ?」「そういうものだろうなあ?」と思いながら、これらの会話を聞いた。

 が、こういう会話もある。本人は、無意識なのだろうが、相手の言うことを、逐一(ちくいち)、
否定する。たとえば、こういう会話。

私「すばらしい秋になりましたね」
A「でも、朝夕は寒いですわ」
私「今度の休みは、どこかへでかけられますか」
A「いいえ、うちには老人がいますから」
私「介護ですか?」

A「いえ、介護はまだ必要ではありませんが……」
私「老人がいると、気になりますからね」
A「気にはなりませんが、何かと……」
私「それはたいへんですね……」
A「たいへんというより、私の行動が監視されているようで、自由がないです」

私「そうでしょうね。老人がいる家庭は、どこもそうですよ」
A「いえ、うちだけですよ。近所の奥さんたちはみな、平気で出かけていきますよ」
私「そういう奥さんたちと出かければ……」
A「でも、レベルが低すぎて……。農家のオバチャンといった風の人ばかりですから」と。

 こういう無意味な会話が、いつまでもつづく。それにこうまでこちら側の言うことが、こうまでつ
ぎつぎと否定されると、気がヘンにすらなる。実際には、会話など、したくない。

 こういうときは、たとえば相手がもちだした会話については、「ああ、そうですね」「そうです
か?」と相づちを打つのが、エチケット。が、何かにつけて否定する人は、自分を中心にものを
考える。相手が言ったことを、自分のテーマとして、取りあげてしまう。

 では、どう答えたらよいか?

私「すばらしい秋になりましたね」
A「そうですね、すばらしいですね」
私「今度の休みは、どこかへでかけられますか」
A「そうですね、どこかへ行きたいですね」
私「どこへ?」
A「○○川などは、いいでしょうね。紅葉も見ごろですし」と。

 こういう会話になると、話題もはずむ。楽しくなる。

 「会話」と簡単に言うが、奥は深い。その人の性格、性質、すべてがそこに凝縮される。ここ
に書いた、Aさんの例でいうなら、Aさんの心は、かなり、ゆがんでいる。こういうのを俗世間で
は、ヒネクレ症状という。なぜそうなったかということよりも、Aさんにとっては、そういう反応のし
方が、ごく自然、ということになる。乳幼児期から、少年、少女期にかけて、身についたと考えら
れる。

 Aさん自身がそれに気づけばよいが、しかしそれでなおるということは、まず、ない。自分で気
をつけている間は、それなりに、相手に合わせた会話ができる。が、その気力が薄れたとき、
また同じような会話を始める。恐らく、Aさんは、死にまでそのままだろう。


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(925)

●どのDVD−Rにしようか?

+++++++++++++++++

みなさんは、パソコンショップの店頭で
どのDVD−Rにしようか迷ったことは
ありませんか?

私もよく迷います。値段が安い外国製。
しかし「品質はだいじょうぶかな」とい
う迷い。

それに結論をく出してくれたのが、AS
AHIパソコンの記事でした。

++++++++++++++++++

 広告が主流のパソコン雑誌の中にあって、いつも良質の情報を提供してくれるのが、「ASA
HIパソコン」。値段も、390円と、手ごろ。

 その中に、(DVD−Rメディアの選び方)(P90)というのがあった。

 私もよく迷う。パソコンショップへ行くと、割高な日本製と、激安の外国製が並んでいる。そこ
でASAHIパソコンは、これらのDVD−Rについて、詳細な実験と、それに基づく調査結果を報
告している。もちろん、実名入りで、である。

 ASAHIパソコンは、日本製として、マクセルとTHAT'Sの2社の製品、外国製として、BenQ、
ZERO、FIT ONの3社、計5社の製品について、(1)メディアの反(そ)り、(2)記録前の物理
アドレスのエラーチェック、(3)記録後の品質テスト、(4)メディアのマウント時間と再生品質、
(5)メディアとドライブの組み合わせで記録速度は、そう変わる、(6)ドライブとメディアの相性
と記録品質、(7)太陽光テストについて、それぞれ実験テストしている。

 (詳細なテスト結果は、本誌のほうで、どうぞ!)

 で、その結果、やはり値段が高い、日本製には、それなりの理由と品質の高さがあることが
わかった。外国製の、B社、Z社のものは、ともに、「中周で規格値を超えるエラーが発生」(B
社)、「規格値を超える大量のエラーが発生」(Z社)ということだそうだ。

 たとえば(4)のメディアの再生について、ASAHIパソコンは、つぎのような結論を出してい
る。(ほかの実験結果も、ほぼ同じようであった。)

 マクセル……映像にも問題なく、最後まで再生できた。
 太陽誘電(That's)……映像にも問題なく、最後まで再生できた。
 B社(外国製)……最後の部分で映像の乱れがあった。画像がときどき
          止まるようになり、ブロックノイズも発生。ついには
          「ディスクを読み取れません」というエラーが発生。
 Z社(外国製)……最後のほうにごくわずかなブロックノイズが得られたが、
          最後まで再生できた。
 F社(外国製)……映像にも問題なく、最後まで再生できた。

 要するに、「日本製(マクセル、太陽誘電)は、だいじょうぶだが、外国製は、かなりあぶない」
ということ。日本製は、値段的には、外国製の3倍程度。(日本製は、1枚、100円前後、外国
製は、1枚、30円前後。)

 私は店頭でいつも迷いながら、結局は値段の安い、B社のものばかり買っていた。データの
保存用に使っていたので、つまり一方的に保存するだけで、実際に再生したりしたことはない
ので、私自身は、品質的な問題を経験したことはない。

 しかしASAHIパソコンを読んで、決めた。「これからは日本製にしよう」と。値段が高いという
ことには、それなりの理由があることが、これではっきりとわかった。とくにあぶないのが、B社
の製品。もう買わないぞ!


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【息子のBLOGより】

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このところ、三男のBLOGを、毎日、読んでいる。
私のマガジンより、ずっと、おもしろい。

私も、子どものころ、パイロットにあこがれた。
その無念さを、今、息子が晴らしてくれている。

そんな(思い)の一つを、知ってから知らずか、
こう書いている。

++++++++++++++++++++++++

●10月21日(金)

 今週は朝週(午前の週番)なので、朝6時に起きて運管室に出向き、最新ウェザーの資料を
更新しなくてはいけない。眠い目をこすり廊下を行くと、途中で滑走路の見渡せる窓を通りかか
る。いつもははっきり見えるR/Wが、今朝はまったく見えない。空港内は濃霧に包まれていた。

 穏やかで神秘的な霧。

でもこうなると僕らの朝は忙しい。特にウェザー担当は、この霧がなぜ発生したのか、またいつ
ごろ消えるのかを予想しなくてはいけない。多くの場合、放射霧と言って、夜のうちに流れ込ん
だ暖かく湿った空気が、朝の放射冷却によって冷やされ、露点に達し濃い霧となる。

したがって日照により気温が上昇し、露点との差が開けば霧は消滅するのだが、今朝はどう
やらそう簡単に消えてくれなさそうだ。それどころか、どんどん濃くなっていくではないか。上空
にどうやら雲が張り詰めているらしく、日がまったくあたっていない。10時まで待って霧が晴れ
なければ、今日の訓練はキャンセルにするというIntentionを教官に伝え、あとはひたすら、待
つ。

 9時20分ごろ、エアバンドにライン機のインバウンドが飛び込んできた。この霧で着陸できる
のか? どうやらそのJAS機の機長はそのつもりらしい。運管室は着陸できるかできないかで
大盛り上がり。轟音が鳴り響き、降下してきたようだが、その姿すらこちらから見えない。案の
定ゴー・アラウンド。今日は無理だな。オルタネートの釧路に向かうだろう・・・そんな雰囲気が
流れた。

 しかし、2回目のATCが入る。機長はぎりぎりまで待って、もう一度挑戦するとのこと。俄然、
管制室は盛り上がる。おSさんと賭けをした。降りてくる方に、ジュース1本!降りて来い!

 最後の挑戦が始まる。これが機長のパワーというものなのか、降下を開始し始めたころから
視程が一気に回復し始める。再び轟音が鳴り響き、数秒後、接地音が響き渡る。目の前に突
然、A300の巨体が浮かび上がる。お見事、機長。

ナイスランディング! 機内は拍手喝采に違いない。

窓から機に向かってみんなで手を振った。コクピットの窓で白い手袋がヒラリとしたのが見え
た。

着陸後、視程は再び悪化した。

(注、三男のBLOGは、私のHP、トップページより、どうぞ)
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
http://yaplog.jp/8723cacdiary/


++++++++++++++++++++++++++++++

(読後感)

 親ばかと言われてもしかたない。しかし三男は、いつの間にか、文章による表現力を身につ
けてしまった。もともと詩人的なところがある息子だった。しかし、私の文体と、驚くほど似てい
る。とくに教えたわけでは、ないのだが……。

 ただ漢字の使い方に、もう少し、注意したらよいと思う。

 お見事→おみごと
 違いない→ちがいない、など。

 ひらがなで意味のわかるか所は、ひらがなで書けばよい。当て字は、できるだけ避ける。

 もう一つは、専門用語には、(かっこ)つきでよいから、解説を入れてほしい。
 まあ、その専門用語も、楽しいが……。私の趣味(MSのFSで空を飛ぶという趣味)には、お
おいに参考になる。
 

++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●レッド・オーシャンvsブル−オーシャン

+++++++++++++++++++++

最近、ある書店で、「ブルー・オーシャン戦略」という言葉を
見た。アメリカ人が書いた本を、どこかの出版社が翻訳出版
したらしい。(私が見たのは、ポスターだったが……。)

なかなかよいネーミングなので、気になった。

+++++++++++++++++++++

アメリカ人の経営戦略家の書いた本に、『ブルー・オーシャン戦略』という本がある。私は、タイ
トルと、その本の概略を説明したポスターしか見ていないので、詳しい内容はわからない。が、
おおまかに言えば、こういうことだそうだ。

 同じ土俵の中で、同じパイを取りあって、熾烈(しれつ)な競争を繰りかえす世界が、「レッド・
オーシャン」の世界。「赤く燃えあがった海」ということか。

 これに対して、独創的な世界で、だれにもじゃまをされず、静かにおだやかに仕事をする世
界が、「ブル−・オーシャン」の世界。「静かなな青い海」ということか。

 私が知っているのは、ここまで。これから先は、その本の内容を想像しながら、思いついたま
まを書いてみる。

++++++++++++++++

称して、(はやし浩司的、レッド・オーシャンvsブル−オーシャン論)

 子どものころ、すでに私は、商売には、大きな限界があることを知っていた。弱肉強食という
よりは、「スケールの大きい店には、かならず、負ける」という限界である。

 家業は自転車屋だったが、店舗の床面積が大きければ大きいほど、自転車屋は、もうかる。
しかしいくら大きくても、さらに大きな店ができれば、その自転車屋の命は、そこまで。だから子
どもながらに、こう思った。「商売には、未来がない」と。「いくらがんばっても、その段階で、い
つもだれかと、はげしい競争をしなければならない」と。

 つまりここでいう商売の世界は、「レッド・オーシャン」の世界ということになる。

 これに対して、たとえば画家の世界を考えてみよう。文筆家でもよい。彼らの世界は、まさに
独壇場。一度、名をはせ、それなりに売れる画家なり、作家になれば、あとはだれにもじゃまさ
れない。それなりにきびしい世界だとは思うが、しかし競争とは、無縁の世界。そういう世界で
は、人は、自分のしたいようにして、生きていくことができる。

 つまりここでいう画家や作家の世界は、ここでいう、「ブルー・オーシャン」の世界ということに
なる。

 が、もう一つ、ブルー・オーシャンの世界が、この日本には、ある(?)。

 言わずと知れた、公務員の世界である。公務員の世界には、いわゆる(首切り)といのは、な
い。よほどの刑事事件でも起こさないかぎり、職を失うことはない。終身雇用に年功序列。あり
とあらゆる労働者の権利が、確保されている。

 G県の県庁に勤める知人は、こう言った。「2、3年くらいなら、精神病院へ入退院を繰りかえ
していても、クビになることはないよ」と。

 そこで公務員の人たちは、権限と管轄にしがみつく。それに「情報」。公務員が公務員である
のは、「情報」を握っているから。公務員が、その情報を手放したら、公務員は、公務員でなく
なってしまう。

 大学の教授を例にあげて考えてみれば、わかる。その教授自身が、自分で入手する研究成
果などというものは、現在のように、研究分野が極端に細分化された世界では、全体の、ごく
一部でしかない。が、その一部だけでは、メシを食べていくことができない。

 そこでその情報を融通しあって、つまり情報をたがいに管理することによって、自分たちの世
界を守ろうとする。たとえば「学会」にしても、研究成果を発表する学者は一部。あとのほとんど
の学者はその研究成果を自分のところにもちかって、自分の情報として、それを管理する。

 公務員の世界も、おおまかに見れば、これと同じと考えてよい。

 が、だからといって、そういう世界がまちがっていると言っているのではない。ある意味で、公
務員の社会というのは、社会のあり方としては、理想的な形ということになる。世界中の人たち
が、そういう社会で、のんびりと、たいした競争や危険を感ずることもなく生活ができるとした
ら、それはそれですばらしいことだと思う。

 で、そういう世界を、ブルー・オーシャンの世界という(?)。競争や、それにまつわるきびしさ
が、ないわけではないのだろうが、しかしレッド・オーシャンの世界と比べると、夢のような世界
と考えてよい。(少なくとも、私は、そう考えている。)

 が、こと、ビジネスの世界となると、そうは言っておられない。それはたとえて言うなら、新築
の家の、建て前のときに投げられる、餅まきのようなもの。投げられる餅を、みなが懸命に拾
う。

 取るか、取られるかの世界。何個取れば、それで満足できるということでもない。いくらでも、
ほしい。つまりは、現在の自由主義経済の世界というのは、システムそのものが、レッド・オー
シャンの世界と考えてよい。こういう世界で、自分の周囲を、ブルー・オーシャンにするには、ど
うしたらよいのか。

 それが、冒頭にあげた本の内容であろうと思う。そこで私なりに、空想力を働かせてみる。

 この種の本では、多分(?)、(繰りかえすが、私自身は、その本を読んでいないので)、いく
つかの柱が、教条的に書かれているにちがいない。

(1)独創性
(2)自立性
(3)自律性
(4)非追従性
(5)独自性、など。

 常識的な範囲で書いたので、それほど、まちがっていないと思う。つまりこうした要素があれ
ば、独創的な世界で、だれにもじゃまをされず、静かにおだやかに仕事をすることができるとい
うことになる。

 が、私は、こうした要素に、もう一つ、哲学的な要素を加えたい。

 たとえば私の友人の中には、40代の前半までに、稼ぐだけ稼いだあと、自分の会社を売り
払い、悠(ゆうゆう)自適の隠居生活に入った人がいる。オーストラリア人のP氏という。そのP
氏は、今、自分でF1のレーシング・チームを結成し、自分自身でもF1を運転している。

 P氏のように恵まれた人は例外であるとしても、もし人が、それぞれ、ほどほどのところで満
足し、その範囲で生活をすれば、自分のまわりの海を、レッドからブルーに変えることができる
かもしれない。

 そうした哲学を、自らさがし、身につけていく。大切なことは、レッドにせよ、ブルーにせよ、そ
れは心の中の問題だということ。

 よい例なのか、悪い例なのかはわからないが、昔、「おしん」という超人気テレビ・ドラマがあ
った。あのおしんは、5、6年前に倒産した、Y・ジャパンの会社社長の母親のKさんが、モデル
であったという。

 で、そのおしんは、ある時期までは、生きていくために働いた。しかしある時期からは、今度
は、反対に、働くために生きるようになった。わかりやすく言えば、「金の亡者」になった。結
果、おしんの店は、拡大に拡大を重ね、やがて全国に無数の店を構えるほどの会社にまで成
長した。

 で、そのおしんの住んだ世界は、最初から最後まで、レッド・オーシャンの世界だったというこ
とになる。

 が、もしその途中で、おしんが、ここでいう自分の哲学をつかんだとしたら、どうだったであろ
うか。ひょっとしたら、自分のまわりを、ブルー・オーシャンに変えることができたかもしれない。
オーストラリア人のP氏のような生活を望めば、いつでもできたはず。つまり、レッドかブルーか
は、つきつめれば、心の問題ということになる。

 レッド・オーシャン、ブルー・オーシャン。そのネーミングのよさから、この言葉は、私の注意を
ひいた。それでこんな原稿を書いてみた。

 が、ここからが、実は、ものを書く人間のお楽しみ。今では、インターネットによる検索という
便利な方法がある。それで、その本が、本当はどんな本であるかを、瞬時に調べることができ
る。わざわざ図書館などへ、行かなくても、すむ。

 で、ヤフーの検索エンジンを使って、調べてみた。その結果が、つぎである。

++++++++++++++++++++++++++++

原題は、「Blue Ocean Strategy」(ブルー・オーシャン戦略)
W.Chan Kim氏と、Renee Mauborgne氏の共同出版ということになっている(Yahoo/
USA)。

 冒頭に、(これからの世界で成功するためには)、既存の競争社会で競争するのではなく、競
争を無関係にするために、競争のない市場を創造すること、とある。

 そしてレッド・オーシャンとブルー・オーシャンについて、つぎのように概略を説明している。

●レッド・オーシャン

 既存のマーケットで競争すること。
 競争相手を倒すこと。
現存する需要を開拓すること。
価値をつくりあげ、コストをさげること。
 戦略的に、個別化するのか、ローコスト化するのかを選択。

●ブルー・オーシャン

 競争のない市場世界をつくること。
 競争を、(自分とは)無関係にすること。
 新しい需要をつくり、それをつかむこと。
 価値を破壊し、コスト競争をやめること。
 個別化と同時に、ローコストの追求に結びつけること。
 
++++++++++++++++++++++++++++

 こうした経営戦略の本は、アメリカでは、つぎからつぎへと生まれる。これもその中の1つとい
うことになる。

私も、若いころ、アルビン・トフラーという人の書いた、「第三の波」という本を読んだことがあ
る。宣伝にのせられて、その本を読まなければ、これからの世界では生き残ることができない
感じた。だから、買った。読んだ。が、私には、まったく、役に立たなかった。

 この種の本は、心の鍵穴とぴったりと合った人には、意味のある本となるだろう。が、私のよ
うに、そもそもブジネスの世界から足を洗ったような人間には、まったく意味がない。(当然だが
……。)

 しかし、否定ばかりしていてはいけない。興味のある人は、どうぞ!
(はやし浩司 ブルー オーシャン 戦略)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●AT小学校の皆様へ

校長、O様へ

拝復

 このたびは、みなさんの学校で子育て講演をさせていただくことができ、本当にありがとうご
ざいました。また昨日は、みなさまからの、講演の感想文をいただき、これまた本当にありがと
うございました。たいへんうれしく、読ませていただきました。

 いつも時間に追われながら、早口で、一方的にしゃべるだけという講演になってしまいます。
で、終わるたびに、「もう少しゆっくりとしゃべればよかった」とか、「あの話もすればよかった」な
どと、あれこれ、後悔したりします。

 今回もそうでしたが、みなさんからの感想文を読み、ほっとすると同時に、たいへんうれしく思
いました。心からお礼申しあげます。ありがとうございました。

 本当に、これからの子どもたちを包むであろう環境を考えると、ときにぞっとすることさえあり
ます。つぎからつぎへと、問題が起こり、それが解決しないうちに、またつぎの問題が起きると
いった感じです。そして年々、その周期が短くなってきているように思います。

 こういうときだからこそ、私は、あえて、「心の抵抗力」という話をさせていただきました。子ど
もの心を守るのは、子ども自身しかいないと考えたからです。どなたかの感想文にもありました
ように、そんなおもしろくもない話でしたが、最後まで、私語もなく、真剣に聞いてくださったこと
を、心から感謝しています。私としても、たいへん気持ちよく、自分の胸の中を、話させていた
だきました。ありがとうございました。

 で、ときは、秋。しかも今は、外は夕暮れ時です。どこかものわびしさを覚えるひと時です。
(おまけに、肌寒い風が吹いています……。)

 人の人生を季節にたとえる人も多いですが、いくら「私はそうではない」と思っていても、その
秋を、私の中に感じざるをえません。このところ、若いころのような元気はなくなってきたのを、
強く感じます。こういうジジ臭い話は、いやですね。ごめんなさい。やめましょう。

 ともかくも、こうして無事、講演を終えることができたことを、喜んでいます。いつも、「こうして
講演できるのは、あと何年かな?」などと、心のどこかで考えたりします。

 今は、今までの経験と人生のしめくくりとして、暇さえあれば、原稿を書いています。自分で
も、電子マガジンを発行していますが、1000号が目標です。今(現在、やっと650号あたりで
す。)予定では、あと2年くらいかかります。

 電子マガジンといっても、無料です。またみなさんの中で、興味をもってくださいそうな方がい
らっしゃれば、どうか、購読をお願いします。毎週、1人、2人……と、読者の方がふえていくの
は、本当に楽しみです。(そうでないときは、原稿を書くのも、つらくなるときがあります。どこ
か、いいかげんで、ごめんなさい。)

 自分のことばかり書きましたが、みなさんと、みなさんのお子さんたちのご健康を心より念願
しています。またいつでも、機会があれば、お声をかけてください。喜んでおうかがいします。

 最後にもう一度、お礼を申しあげて、今日は、これで失礼します。

 ありがとうございました。

敬具

+++++++++++++++++++

【補記】

 いただいた感想文の中で、一番、うれしかったのを、原文のまま、いくつか紹介します。

☆はやし先生の講座、大変よかったです。今まで、いろんな講座を学校で受けましたが、
特に心に残る内容でした。U子の姉はもう中学生で、ふりかえれば、失敗だらけの
子育てだったような気がします。
これからは、少しずつ、自分の心を改めて、子どもがやりたいことと、現実が同一に
なるように、努力していきたいです。企画していただいて、本当にありがとうござい
ました。

☆はやし先生の本は、何度か読み、私に一番響く内容だったので、直接、お話しが聞ける
チャンスに恵まれて、うれしかったです。集まったお母さんがたから、ただの一度も
むだ話が聞かれなかったのが、その証明で、引き込まれるように聞き入ってしまいま
した。
ご自身のいろいろな体験話の中には、私にも同じような経験があり、何で、そのころは、
そんな気持ちだったのか、の謎も解けたり、どう子どもに接することで、子供をつぶす
ことなく、対人間としてやっていけるのかのヒントがたくさんで、今の自分の考えに自
信をもてる部分とあわせて、肩の力が少し抜けたように思います。
今、N子は、ほぼ自分のレールを敷き、その上を走り出していること。いつもイライラ
させられる彼女の行動が、実は、彼女自身が、自分を確立させるためにしている正しい
行動であること。また今、彼女がもっている夢を、私はただただ、かなえるために、そ
っと支え、信じていいこと。N子の母として、いられることを楽しみながら、やってい
きたいと思いました。 

AT小学校のみなさん、ありがとうございました!!!
返事は、O校長先生に書いておきました。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(926)

●小さく生きる人、大きく生きる人

+++++++++++++++

老人になると、小さくなっていく
人と、大きくなっていく人がいま
すね。

+++++++++++++++

 人は、人、ぞれぞれ。生き方も、人、それぞれ。最近、老人観察をつづけている。このところ、
老人の生き様が、気になって、しかたない。それについては、少し前にも、書いた。

 で、大別して、老人になればなるほど、より小さく生きる人と、より大きく生きる人がいることが
わかる。その間にあって、(その日、その日を、ただ生きている人)もいるが、そういう老人は、
ここでは考えない。

【より小さく生きる人】

 より小さく生きる人は、生活そのものを、コンパクトにしようとする。しかしそれはそれで賢明
なことかもしれない。欧米人でも、高齢化すればするほど、そういう生き方をするのが、ふつう
のようである。

 たとえば、住環境を縮小したり、人間関係を整理したりするなど。収入も減り、健康にも自信
がなくなれば、それは当然のことかもしれない。

 しかしそれにあわせて、自分という人間そのものまで、小さくしてしまう人がいる。わかりやす
く言えば、より自己中心的になる。

 より利他的な生き方をする人を、人格のより完成した人とみるなら、より自己中心的になると
いうことは、それだけ、人格が後退したとみる。より自己中心的になれば、やがて、自分のこと
だけしかしなくなる。自分さえよければというような、考え方をするようになる。

 たとえば世間的な活動には、まったく参加せず、個人的な趣味だけしかしないという老人は、
少なくない。で、このタイプの老人にかぎって、少しでも、自分の生活圏が侵されたりすると、猛
烈に反発したりする。

【より大きく生きる人】

 これに対して、自分の生活を、より大きくしようとする人がいる。「大きい」といっても、住環境
を拡大したり、新しい人間関係を求めるというのではない。ある男性は、いつも口ぐせのよう
に、こう言っている。

 「私は今まで、こうして無事に生きてくることができた。それを最後には、社会に還元するの
が、私の最後の務めである」と。すばらしい生き方である。

 つまりこのタイプの人は、より、利他的になることによって、人格の完成度を高めようとする。
ある女性は、80歳をすぎてからも、乳幼児の医療費、完全無料化のための運動をつづけてい
た。「どこからそういうエネルギーがわいてくるのですか?」と私が聞くと、その女性は笑いなが
ら、こう言った。「私は、ずっと保育士をしてきましたから」と。

 その人の人生は、その人のもの。だから他人がとやかく言ってはいけない。最近の私は、「と
やかく思ってもいけない」と、考え始めている。仮にあなたの隣人が、優雅な年金生活をしてい
たとしても、それはその人の人生。批判したり、批評したりすることも、いけない。

 反対の立場で言うなら、他人にどう思われようが、気にすることはない。

 大切なことは、私は私で、納得のできる老後の道をさがすこと。あくまでも、私は、私。が、こ
れだけは、言える。

 愚かな人からは、賢明な人がわからない。しかし賢明な人からは、愚かな人がよくわかる。同
じように、人格の完成度の低い人からは、完成度の高い人はわからない。しかし完成度の高
い人からは、、完成度の低い人がよくわかる。

 それはちょうど、山登りに似ている。低いところにいる人は、高いところから見る景色がどん
なものか、わからない。しかし高いところにいる人は、低いところにいる人が見ることができな
い景色を見ることができる。

 そしてより広い景色を見た人は、きっと、こう思うだろう。「今まで、こんな景色を知らなかった
私は、愚かだった。損をした」と。

 ……といっても、それはあくまでも、相対的なもの。こんなことがあった。

 私が、地域の公的団体の主催する講演会で、講師をしたときのこと。少し自慢げに、恩師の
T先生にそのことを話したら、T先生から、すかさず、一枚の写真が送られてきた。その写真と
いうのは、T先生が、「中国化学会創立50周年記念」で、記念講演をしているときの写真だっ
た。しかも添え書きには、「中国語でしました」とあった。

 T先生は、いつも私が見たこともない世界で、仕事をしている。だから私ができることといえ
ば、先生の言葉の断片から、その見たこともない世界を想像するだけでしかない。そのT先生
から見れば、私の住んでいる世界などというものは、まるでおもちゃの世界のようなものかもし
れない。

 そうそう、もう一人、別の恩師は、こうメールを書いてきた。その恩師も、世界を舞台に、あち
こちで、講演活動をしている。いわく、「林君、田舎のおばちゃんたちなんか、相手にしていては
だめだ」と。

 ずいぶんときつい言葉である。そのときは、「そんなことを女性たちが聞いたら、怒るだろう
な」と思った。しかし同時に、「そういうものかなあ?」と思った。その恩師にしても、私の世界を
はるかに超えた世界で、仕事をしている。

 まあ、このところ、私の限界も、はっきりしてきた。「私の人生は、こんなもの」と、心のどこか
で、ふんぎりをつけるようになった。だから後悔はしないが、しかしこれで私の人生が終わった
わけではない。

 できれば、これから先、ここに書いた、(より大きく生きる老人)になりたいと願っている。

 
++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【二男のHPより……】

 二男のHP(BLOG)を見るのが、何よりも楽しみになっている。ワイフなどは、ヒマさえあれ
ば、それを見ている。

 その二男のHPに、こうあった。

+++++++++++++++

ところで、僕がプログラマになってから、はや4年半になろうとしています。が、この頃、今の会
社で働くのが、嫌になってきました。

アーカンソーという場所が嫌なのか、本当は何が嫌なのか分からないのですが、ただなんとな
くシックリこない気がして仕方ありません・・。

毎日つまらないから別のことがしたいなって思っても、結局自分自身がつまらない人間だか
ら、毎日つまらななって思っているだけだと思うのですが・・。

僕がもっとマシな人間だったらどこへ行っても、何をしていても、いい人生がおくれるのだろうな
と思います。

まあそういうのは僕の日本人的な考え方であって、大半のアメリカ人はそんなこと考えずにあ
れこれ別のことをしたり、別の場所へ移ったりしていますが。

家族を養いつつ、僕が本当にしたいことができるオイシイ仕事ってなんだろうなあ、なんて思い
ながら毎日を過ごしています。

+++++++++++++++

 「自分さがし」という言葉がある。二男は、ずっと、その自分さがしで、あれこれと模索している
ようである。

 その二男とは別に、心理学の世界では、(自分のしたいこと=自分はこうあるべきだという自
己像)と、(自分のしていること=現実の自分は、こうだという、現実自己)が、一致していると
き、その子ども(人)は、静かに落ちついていると言われている。この両者が一致しているかど
うかをみることを、「自我の同一性」という。この両者が不一致を起こすと、精神は緊張状態に
おかれ、ちょっとした刺激で、精神的に不安定になることが知られている。

 二男は、どうなのだろうかと、ふと、思う。もともと精神的にはタフな子どもではない。心配まで
はしていないが、しかしどうか、平和で、穏やかな気持ちでいてほしいと願っている。

で、だれしも、この時期、「自分さがし」で悩む。が、男性は、まだよいほうだ。家庭に押しこめら
れた女性は、自分そのものを破壊しなければならない。割り切って、主婦(stay-at-home wife)
としての立場を守るか。それとも、悶々とした気分で、日々の生活を送るか。

 私も、ちょうど二男の年齢のときに、その(自分)に悩んだ。東京のような都会で仕事をしたい
という思いもあったが、あきらめた。そのうち3人の息子たちが生まれ、自分勝手なことができ
なくなった。「家族のために、犠牲になっている」と感じたことも、しばしばある。

 が、人間というのは、そうは自由、きままには生きられない。「社会」というものに束縛されな
がら、生きる。そういう意味で、「人間は、社会的動物」と表現した人もいた。もちろん家族にも
束縛される。

 今の二男が、そうではないか。

 率直に言えば、今の二男の能力にすれば、今の仕事は、つまらないだろうなと思う。その気
持ちは、よくわかる。冒険心もあるだろうし、何かにチャレンジしてみたい気持ちもあるだろう。
しかし今のところに住んでいては、そのチャンスもないだろうし、その可能性もない。

 そこで一つの解決方法としては、思い切って、日本で日本のソフト開発会社に入社するか、
あるいは、自分で、ソフト開発会社を設立するというのがある。しかしそれにも、問題がある。

 妻のデニーズさんの気持ちも、確かめなければならない。それに今は、二人目の子どもの出
産をひかえている。さあ、どうしたらよいものだろうか? そこで読者の方に、お願い。

++++++++++++++++++++++

●読者のみなさんへ

浜松近辺で、コンピュータ・ソフトのプログラム
開発をしている方は、いらっしゃいませんか?

もし、そういう情報をもっていらっしゃる方が
近くにいらっしゃれば、どうか、どうか、ご一報
ください。

この話は、まだ二男には話していません。また
そういう情報があるからといって、二男がどう
判断するか、私にはわかりません。

ただ何か、相談があったとき、すぐ、二男の
力には、なれるようにしておきたいと願って
います。

どうか、力を貸してください。

連絡は、私のHPのメールから、フォームを
使ってくだされば、うれしく思います。

二男は、高校生のときには、ウィルス駆除ソフトを
自分で開発する程度の力をもっていました。

アメリカのH州立大学を、学位を取得して
卒業しています。大学の教授の推薦文には、
「NASAでも通用する能力」とあったそうです。

よろしくお願いします。

+++++++++++++++++++

(二男へ)

 勝手にこんな原稿を書いて、ごめん。どうか、怒らないでほしい。よろしく!

 パパより。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(926)

●武士の世界

++++++++++++++++++

武士道は、本当に、日本人の心の
柱なのでしょうか?

また、一方的に、武士道を、礼さん
してよいものなのでしょうか?

++++++++++++++++++

 このところ、「武士道」という言葉が、よく聞かれる。それはそれとして、私は構わないが、しか
しその武士道こそ、教育の柱とすべきという考え方が、ますます声高に叫ばれるようになってき
ている。しかし、武士道なるものを、それほどまでに美化してよいものか。

 武士というのは、今でいう、軍人のことをいう。わかりやすく言えば、「武士道」というのは、
「軍人魂」ということになる。戦(いくさ)あっての、武士。戦がなければ、ただのヒマ人。事実、江
戸時代には、武士ほど、ヒマな商売はなかったという。

 「日本史・おもしろBOOK」(主婦と生活社)の中に、こんなエピソードが紹介されている。

 女郎と、武士が、こんなやりとりをしている。(私が、口語に変換した。)

女郎「私や、いっそ、侍になりたいわあ」
侍 「そんなお世辞を言わなくてもいいよ」
女郎「おや、バカらしい。本当に侍になりたくてなりません」
侍 「なぜ」
女郎「ほら、侍はね、ありもしない戦(いくさ)を請けあって、給料とやらをもらっているのですか
ら」と。

 そしてこんな事実があったことを、紹介している。

 江戸時代の侍には、「三番勤め」という決まりのようなものがあった。よほどの要職にでも就
いていないかぎり、並の武士は、3日に1度勤務につけば、それでよかった。理由は、武士の
組織が、もともと軍役を前提としていたからである(以上、同書より)。

 「戦時は兵力が多いのにこしたことはないが、それをそのまま泰平の世になっても、抱え込ん
だため、ぼう大な余剰人員が生じてしまった。だから幕府には、一生涯無役のまま過ごし、『禄
のある浪人』と陰口をたたかれた、『小普請(こぶしん)』という無為徒食の集団も存在した」とあ
る。

 だったら、職業を変えればよいということになるが、江戸時代には、それができなかった。首
切り役人は、代々、首切り役人、年貢の取り立て役人は、代々、取り立て役人。

 別のところには、武士の収入についても書いてある。

●武士の収入

 武士の収入には、(1)家禄と、(2)役職手当の2つがあったが、ふつう武士の収入というとき
は、家禄をいった。

 その家禄は、代々の世襲制。代が変わっても、家禄は、何かの失敗でもしないかぎり、変わ
らなかった。(もちろん、家名をあげれば、家禄もあがった。)

 その家禄は、「石高(こくだか)」で、示された。

 たとえば、「3000石取りの武士」とか、など。

 「日本史、おもしろBOOK」は、つぎのように説明している。

「(何千石取りの武士といっても)、全部が本人の収入になったわけではない。四公六民とか、
五公五民とかいって、4割が侍の取り分、6割が農民の取り分となった」と。

 で、たとえば、現在へのお金に換算してみると、

 たとえば500石取りの武士のばあい、四公六民で計算してみると、武士の取り分は、500俵
(2万升)。現在、1升=570円(同書)だから、2万升というと、1140万円(年収)ということに
なる。

 500石取りといっても、結構な高給取りだったということになる。

 ちなみに、

「柳生一族の陰謀」の、柳生但馬(たじま)守宗矩(むねのり)……2億8500万円
「忠臣蔵」の大石内蔵助(おおいしくらのすけ)……3420万円
「遠山の金さん」の遠山左衛門尉(さえもんのじょう)景元……7100万円
「勝海舟」の勝海舟(軍艦奉行)……2280万円
「必殺仕置人」の中村主水(なかむらもんど)……68万円、だそうだ(以上、同書より)。

 この中で、中村主水は、架空の人物。

 「まあ、こんなものだったのかなあ」というのが、私の印象。 

 大切なことは、私たちの祖先の大半は、農民もしくは、町民であったということ。そういう事実
を忘れて、今のこの時代に武士道なるものを、一方的に礼さんするのも、どうかと思う。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●迷い

+++++++++++++++

だれにも、迷いはあるもの。
どんな世界にも、迷いはある。

が、私などは、迷ってばかり。
こうして原稿を書き、マガジン
として配信はしているが、
「こんなことをしていて何に
なるのだろうか?」と、
今も、そう迷っている。

+++++++++++++++

 先週、1週間、電子マガジン(無料版)をどうしようかと、またまた、迷った。こうした迷いは毎
度のこと。自分でも、どうしてこうまで迷うのか、わからない。

 つづけるべきか、やめるべきか。

 読者が、この2週間、ほとんどふえなかったこともある。おまけに私のところに届くのは、苦情
ばかり。「量が多すぎる」というのが定番だが、こんなのもあった。「ママ診断を読んだが、あん
な量の多い診断なんか、本気で受ける母親など、いない。自己満足だけのための診断なん
か、やめてほしい」(SA県、YU町の女性)と。

(このメールは、ホントだぞ! 原文は、この10倍ほど、長いもの。いつか、マガジンのほうで、
紹介することもあるかもしれない。「転載許可」を求めたら、「ご自由に。どうせ私のメールをダ
シに、私の悪口を書くんでしょ」と、イヤミまで書き添えてあった。)

 かなりきびしい、意見である。

 しかし私は、ふと、思う。「どうして無料で提供しているのに、こうまで文句ばかり言われなけ
ればならないのか」と。

 それに対してワイフは、こう教えてくれた。「あなたのHPにしても、マガジンにしても、どこかの
公的な機関が出していると誤解されているんじゃな〜い?」と。

 ナルホド! そこで改めて、読者の方に一言。

 HPもマガジンも、はやし浩司という私が、個人で、個人的費用でもって、出している。一円
も、公的な援助は受けていない!

 しかし読者あっての、HPであり、マガジン。それに書くといっても、このところ、書くことが私の
生きがいになっている。読者の数とか、収入ではない。書くことに、私は、自分の道を見いだし
つつある。

 しかし、それでも迷った。

 で、またまた、先週のこと。マガジン(無料版)については、廃刊宣言を出した。「長い間、お
世話になりました」とか、何とか。が、1、2日考えたあと、配信予約を取り消した。(マガジン
は、いつも1か月先の原稿を書いている。たとえば11月23日号は、先ほど、つまり10月24
日に配信予約を入れた。)だからその廃刊宣言は、そのままだれの目にもとまることはなかっ
た。

 つづけるべきか、やめるべきか。

 先日も、こんな話を聞いた。三男が、たまたま帰省中のときのこと。三男が、地元の教育学
系の大学に通っていた友人に会ったそうだ。その友人が、三男に、こう言ったそうだ。

 「林君のおやじの出しているHPには、世話になった。あちこちをコピーしてつなげたら、卒論
が、2週間でできちゃった。お前のおやじに、礼を言っておいてくれ」と。

 自分のしていることが、つくづく、バカ臭く思えた。私のHPを、そういうふうに利用している人
(=ヤツ)もいる。

 念のために申し添えるなら、私は、私の原稿の引用、転載を、だれにも、いっさい、許可して
いない。相手が学生なら、よけいにそうである。無断で引用、転載するばあいでも、その文のど
こかに、(はやし浩司)のクレジットを入れるべきである。こんなことは、この世界では、常識で
はないか! それをコピーして、つなげて、自分の文章としてしまうとは!

 つまりそういうことが積み重なって、先の廃刊宣言となった。

 ……と、まあ、あまりそういうことは考えず、ここはマイペースでいくしかない。「本を出したい」
という気持ちは強いが、同時に、「本の時代は終わった」という思いもある。(そう言いながら
も、このところ、毎日、1冊くらいのペースで、本屋で本を買っているが……。)

 そこで読者の方に、お願い。

 どうか、どうか、読者拡大に、ご協力ください。1、2人と読者の方がふえていくだけでも、私に
は、大きな、大きな励みになります。よろしく、よろしく、お願いします。

●迷いのメカニズム

 ……と書くだけなら、だれでも書ける(失礼!)。そこでここではもう一歩、踏みこんで考えて
みる。「迷い」とは何か、と。

 心理学の世界では、(自分のしたいこと=自分はこうあるべきだという自己概念)と、(自分の
していること=現実の自分はこうだという、現実自己)が、一致しているとき、その人は、静かに
落ちついていると言われている。

この両者が一致しているかどうかをみることを、「自我の同一性」という。

この両者が不一致を起こすと、精神は緊張状態におかれ、ちょっとした刺激で、精神的に不安
定になることが知られている。迷いというのは、そうした不安定になったときの、一様態と考え
られる。

 たとえば私は、マガジンを出しながら、そのマガジンが、よい意味で、読者の方の役にたてば
よいと考えている。ついでに言えば、それが仕事につながり、収入につながればよいと考えて
いる。これがここでいう、(自分はこうあるべきだという自己概念)ということになる。

 一方、現実の私は、きびしい。「無料マガジンだから、どうせその程度の内容」と思っている人
は多い。雰囲気で、それがわかる。そういう現実を、毎日のように、たたきつけられる。これが
ここでいう、(現実の自分はこうであるという、現実自己)ということになる。

 こうして、私が描く自己概念と、現実の自分が、遊離し始める。もしこのまま遊離してしまえ
ば、私は、自我の崩壊へと進む。最終的には、そうなる。しかしそれはあくまでも、最終的。

 その途中の段階で、そうならないように、さまざまな心理的なメカニズムが働くようになる。つ
まり自ら、心は心を防衛するようになる。

 迷うという行為は、まさに、その初期症状の一つということか。「今、お前の自己概念と現実
自己が遊離し始めているぞ」と。心が私に、そう警告を発している。そう考えると、迷いのメカニ
ズムが、よくわかる。

 こうした迷いが見られたら、解決するための方法は、二つのうちの一つ、ということになる。

(1)このまま、何も考えず、つづける。(=迷いのもとになる邪念を捨てる。)
(2)さっさとマガジンを廃刊にして、別の仕事をする。

 こうした迷いが精神的に与える影響も、大きい。この数日、私はワイフに対して、どこかピリピ
リしている。心が不安定になっているから、ちょっとした刺激で、激怒したり、ふさぎこんだりす
る。

 これは、まずい!

 では、どうするか?

 マガジンを発行しつづけるということは、悪いことばかりではない。先にも書いたように、私の
生きがいになりつつある。頭のボケを防止するためにもよい。さらにものを書くというのは、頭
のジョギングのようなもの。だれのためにしているのではない。私自身のためにしている。ギャ
ラリーがいても、いなくても、同じ。

 そう考えていくと、迷いの向こうに、一筋の光明を見ることができる。

 まあ、ここは、目標どおり、1000号まで、つづけるしかない。1000号まで、だ。そのあとの
ことは、そのあとに考えれば、よい。

 みなさん、どうか、1000号まで、よろしくお願いします。それまで、こうして迷いながらも、が
んばってみます。

【補記】

 この原稿は、去る10月24日にかいたものです。
 この前後、つまり、10月10日〜10月23日までの間、
 マガジンの発行回数は、7回を数えましたが、読者は1人
 しかふえませんでした。

 それでこういう原稿を書きました。

 そのあと、つまり10月24日から、また少しずつ、読者が
 ふえ始め、少し元気が出てきました。

 またその間、北海道のKYさんや、東京都のHGさんから、励ましの
 メールをいただきました。

 ありがとうございました。+心配をおかけしました。

 
++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●Gifted Children(恵まれた子どもたち)

++++++++++++++++++++

豊かな才能と、恵まれた能力の子どもというのは、
たしかに、いる。

そういう子どもたちは、どう教えたらよいのか。

++++++++++++++++++++

 「Gifted Children」という。才能に恵まれた子どもたちをいう。で、そういう子どもたちが、私
の教室には、約半数は、いる。(私の教室で、幼児期から教えれば、約半数は、そうなるという
こと。しかし実際には、6〜7割の子どもが、そうなる。)

 どの子どもも、幼児教室からの子どもたちである。が、特別なことをしているわけではない。
幼児期は、「学ぶことは楽しい」「考えることは楽しい」ということだけを、教える。これを徹底し
て、教える。

 少しでも、よくできるようになったら、みなで、ほめる。手をたたいて、ほめる。こうしたやり方
で、前向きに、子どもを伸ばしていく。が、これだけでは、足りない。

 重要なことは、子どもの脳ミソを、いろいろな方面から刺激すること。そのため、私の教室(幼
児クラス)では、1年間(44レッスン)をとおして、一度とて、同じレッスンをしない。たとえば、今
週は、「文字、本読み」。来週は、「動物」。先週は、「演技(ドラマ)」をテーマにした。

 こうして約半数の子どもたちが、小学生になると、ここでいうGifted Childrenになっていく。

 その子どもたちを、昨日(10・24)も、教える。学年は、バラバラ。昨日のクラスは、小3〜小
5年生たち。今日、小3のT君が、小6の学習をすべて終えた。だから2人で、近くの書店まで、
ワークブックを買いに行った。

 「このワークブック(小6のまとめ)が終わったら、今度は、中学校の勉強を教えてあげるから
ね」といったら、T君は、うれしそうに笑った。

 が、ここに書いたように、特別なことをしているわけではない。こんなことを言っても、信じない
かもしれないが、どの子も、私が教えようとすると、「うるさい!」「知っている!」と言って、怒り
だす。プライドがキズつけられたと思うのだろう。

 が、あまり我流でもいけない。そこで私のほうが、「でもね、こうするとね……」などと言って、
教えるときもある。しかしそういうとき、子どもによっては、泣きだしてしまうこともある。できない
から泣くのではなく、悔しいから、泣く。

 で、私がすることは、方向性をつけることだけ。仕事しては、恐ろしく、楽。たとえて言うなら、
私は、子どもたちの舵(かじ)を取るだけ。黒板に向って、ガンガンと声を荒げて教えるのは、
私のやり方ではない。また、そんなやり方では、こうしたGifted Childrenを教えることはでき
ない。伸ばすことはできない。

 「自分で教科書を読んで、勉強しなさい」「わからないところだけ、もってきなさい」というような
教え方をする。

 あとは、子どもどうしの、相乗効果。子どもどうしが、たがいに刺激しあって、伸びる。で、実
は、そのクラスづくりが、むずかしい。わかりやすく言えば、その人選を誤ると、クラスが、バラ
バラになってしまう。1か月や2か月では、わからないが、半年、1年とたつと、それがわかる。

 だからどの子どもを、どのクラスに入れるかには、かなりの神経をつかう。もっとも、たいてい
のケースでは、子どもたち自身で、それを判断する。「A君がいるから、そのクラスがいい」と
か、何とか。親どうしが、情報を交換してくるときもある。仲がよい親どうしの子どもは、たいて
い仲がよい。

 あとは、やりたいように、させる。子どもたちが、だ。それぞれの子どもには、それぞれのリズ
ムがある。パッ、パッと、5〜10ページくらいやってしまったあと、あれこれと別のことを考えな
がら時間をつぶす子どもがいる。が、しばらくすると、また、おもむろにやり始めて、また、パ
ッ、パッと、5〜10ページくらいやってしまう。

 もちろん、コツコツと、マイペースで進む子どももいる。四方八方に、触覚をのばしながら、あ
あでもない、こうでもないと言いながら、進む子どももいる。大切なことは、私のやり方を押しつ
けないこと。受験生なら、受験でおどしながら、(あるいは成績や順位でおどしながら)、子ども
を指導するという方法もある。しかしそんなのは、邪道! 他方で、子どもの心を破壊してしま
う。(世の親たちよ、いいかげんに、その事実に気がつけ!)

 で、そういうクラスを教えるのは、実に楽しい。どういうわけか、楽しい。子どもたちの知的エ
ネルギーの心地よさというか、その波動を、楽しむことができる。

 昨日も、小3のKさんが、そのクラスに、見学にやってきた。現在は、小4のクラスで教えてい
るが、「もっと、勉強したい」と言った。それで見学にやってきた。が、Kさんは、新しいクラスを
見て、水を得た魚のように、生き生きとしていた。知的好奇心が満足させられたためではない
か。(反対に、このタイプの子どもは、レベルの低い子どもたちの間におくと、フラストレーション
を起こしてしまう。)

 小4(下)の教科書を見せると、「こんなの、知っているわよ!」とか、「教えてもらわなくても、
結構!」などと、生意気なことを言いながら、自分でどんどんと進んでくれた。

 あとは、気分をほぐすために、ときどき、パズルを出したり、まったく、別の勉強をさせたりす
る。ときどき「こんなことで、月謝をもらっていいのかなあ」と思うときがある。Gifted Children
のクラスというのは、そういうクラスをいう。
(はやし浩司 才能のある子ども 恵まれた子ども 恵まれた子供たち)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●今度は、森林税?

++++++++++++++++++++

消費税率が、現行の5%から14%に!

増税はやむをえない状況かもしれないが、
しかし、同時に、政府としても、やるべ
きことがあるのでは?

……と考えていたら、今度は、森林税?

何だ、これは?

+++++++++++++++++++++

 自民党の財政改革研究会は、10月24日、財政再建に関する、中間報告をまとめた。それ
によれば、将来の消費税の引きあげを前提に、「全額を福祉目的税とすることを、柱にした」と
いう。

 消費税率は、「現行の社会保障制度を維持したばあい、2015年度で、14%に、給費の抑
制策を講じたとしても、12%への引きあげが必要」(同、報告)という。

 この中で、消費税の福祉目的税化については、「給費に必要な財源を広く公平に負担するた
め」と説明。年金、医療、福祉の財源は、現行の社会保険料と消費税でまかなう方針を示し
た。

 つまり、消費税は、現行の5%から、14%に引きあげる。そしてその消費税で得た税収は、
「全額、福祉目的税」とするという。話だけ聞いていると、「なるほど」と思ってしまう。しかし、そ
うは思ってはいけない! だまされてはいけない!

 こうして得た、新しい税収を、年金、医療、福祉に使うということは、今まで、それらのために
使っていた税金を、ほかへ回すということ。それだけのこと。全体としてみれば、ただの増税な
のだが、わざわざ、「全額を福祉目的税とすることを、柱にした」と歌うところが、恐ろしい。わ
かりやすく言えば、国民だまし!

 どうして財政改革研究会は、正直に、「今、国と地方と合わせて、774兆円もの借金がありま
す(05年度見通し)。ついては、財政は破綻状態です。ですから税金をあげます」などと、言わ
ないのだろうか。

 もちろんそう言えば言ったで、今度は、責任問題が浮上する。が、それでは困る。そこで手っ
取り早く、つまり国民が納得しそうな理由をこじつけて、増税をはかる。いつもの、官僚たちが
よく使う手である。

 さらに今朝(10・25)の朝刊によれば、この静岡県では、来年(06年度)から、「荒廃した森
林を整備する原資にするため」として、「森林(もり)づくり県民税」を新設するという。

 その額は、個人で、年間400円。法人で、1000〜4万円だそうだ。「同様の県民税は、すで
に高知、岡山など中国、四国、九州の8県で施行されているが、中部地方では、はじめて」との
こと。

 森林保護に反対するわけではない。しかしそういう私たちの意識を逆手にとって、森林税と
は! もしこんな増税方法が安易に許されるようになったら、これから先、どんな名目でも、増
税ができるようになる。

 自然保護税
 環境保護税
 地球温暖化防止税
 教育税
 少子化対策税……などなど。

 そしてそれらから得た税金で、それまでそのために使っていた税金を、ほかへ回すことがで
きる。わかりやすく言えば、公務員の給料に回すことができる。

 そこで同時に、先の自民党財政改革研究会などは、歳出面での改革もすると言っている。た
とえば、「各分野での支出に上限を設けるキャップ制」など。しかしこんなことは、当然のことで
はないか。今さら、問題にするほうが、おかしい。問題は、いかに、公務員、準公務員(みなし
公務員)の人件費を削るかということ。

 国家税収が約42兆円。公務員、準公務員の人件費が、38兆円。こんなメチャメチャな財政
運営をしている国は、日本をおいて、ほかにない。キャップ制を導入するなら、公務員の数に
すればよい。給料でもよい。退職金や年金でもよい。

 ちなみに、平成13年度の「国民経済計算年報」によれば、日本人の1人当たりの人件費は、
おおむね、つぎのようになっている。

     公務員             ……1018万円
     電気・ガス・水道の公営事業団体  ……795万円
     金融・保険業           ……678万円
     トヨタなどの自動車産業      ……629万円
     日本の民間企業に働く労働者の平均 ……448万円(この数字は02年)※

(※……企業規模100人以上、事業所規模50人以上の事業所、約3万4000事業所
のうちから抽出された約7500事業所の平均。つまり平均といいながら、中規模以上の
企業で働く勤労者の平均。小企業、弱小企業、個人経営店を含めると、さらに低くなる。)

 これから先、増税につづく増税。また増税。日本全体で、現在、約1000兆円の借金があ
る。日本人の人口を1億人とすると、1人当たり、1000万円。3人家族で、3000万円。だった
ら、すなおに、「これから10年で、日本の財政を再建します。ついては、1家族あたり、3000
万円ずつ負担したください。10年の分割払いで、1年で、300万円です」と言ってくれたほう
が、まだ、わかりやすい。

 ……これから先、日本という国は、ますます住みにくい国になる。働いても、働いても、そのお
金がどこかへ消えてしまう。貧富の格差も、このところ、加速している。ジニ指数をみれば、そ
れがわかる。

ジニ指数というのは、わかりやすく言えば、世帯ごとの所得格差を示す指数のこと。厚生労働
省が04年6月に発表した、ジニ指数は、調査を始めた84年から、7年連続で、拡大をつづけ
ている。

 昨年(04年)は、そのジニ指数が、0・498と、かぎりなく0・5に近づいてしまった。

 0・5という数字は、高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占めることを意味す
る。つまり残りの4分の3の人たちが、残った4分の1の所得を分けあっているということにな
る。

 国民の怒りは、まさに爆発寸前。(私は、すでに爆発しているぞ! 今朝、森林税のニュース
を聞いて、とうとうキレてしまった! ホント!)まじめに考えれば考えるほど、バラらしさが、つ
のる。
(はやし浩司 消費税 ジニ指数 財政再建 森林税)
2005/11/24


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(927)

●もしも……

++++++++++++++++++++++

もしも、K国が、核武装して、日本を攻撃してきたら、
そのとき、日本は、どうすべきか?

反撃すべきか。それとも、防衛に徹し、領海内や領土
内での戦争に徹すべきか。

通常兵器ではなく、東京が、その核兵器で、攻撃され
たら、どうすべきか?

もしも……。

++++++++++++++++++++++

 今、「平和」の意味が、改めて、問われている。

 2年前に書いたエッセーを、もう一度ここに掲載して、
考えなおしてみる。この原稿は、アメリカ軍がイラク
に進攻する前に書いたものである。

当時、アメリカやイギリスなどの情報によれば、
イラクは、核開発を進め、核兵器を保有する、
その直前まできているとされていた。
(結果的には、そういうことは、なかったが……。)

そういう前提で、つぎの原稿を書いた。

++++++++++++++++++++++

●人間の盾(たて)

 (03年)2月4日のTBSニュースによれば、日本から行った、10人前後の人たちが、戦争を
防ぐため、イラクで、「人間の盾」になっているという。しかもイラクの受け入れ団体からの要請
を受けて、石油精製所や発電所、食糧倉庫などに居場所を移したという。これらの施設は、ア
メリカ軍の攻撃目標とされているところだという。

 これに対して、メンバーの一人は、日本にこんなメールを送ってきている。

 「きのうは人間の楯として、バグダッド市内のアル・ダラという発電所に泊まりにいきました。
湾岸戦争以降もこの発電所は度々、空爆を受けては建てなおしていると耳にしました。電気、
ガス、ベッド、水、食料など不自由なものは特にないです」(TBS報道)と。

 私はこのニュースを聞いて、「?」と思ってしまった。どういう思想的背景があるのかは知らな
い。またその思想が、どのように昇華されて、このような行動にでたのかは知らない。しかし
「勇気ある、すばらしい行動」とは、私にはとても思えない。またそういう方法をとったところで、
戦争が阻止できるとも、思わない。仮に、その盾となった人たちが死傷したとしても、戦争を防
いだ英雄になるとも、思わない。

 どんな行動にせよ、「行動」そのもにには、敬意を払う。またそれだけの行動をするには、そ
れなりの「思い」や「決意」があってのことだろう。私のような門外漢が、安易にあれこれ批判す
ること自体、許されない。人間の盾になっている人についての情報がないので、これ以上、コメ
ントのしようがない。しかし「?」な行動であることは、確か、だ。

 ……もちろん、だからといって、戦争を肯定しているわけではない。アメリカがイラクを攻撃し
てよいとも思っていない。ただ今回、K国の問題とからめてみると、アメリカを除いて、だれが、
ああいった独裁政権の暴走を防いでくれるかという問題がある。

 過去はさておき、またその経緯(いきさつ)がどうであれ、今まさに、日朝関係は、一触即発
の状態にある。こういった状況のとき、だれが、あのK国をおさえてくれるのか。だれが、この
日本を守ってくれるのか。

もしイラクがこのまま暴走すれば、その脅威は、K国の比ではない。何といっても、イラクには、
石油という「マネー」がある。そのマネーを使って、好き勝手なことができる。そんなことをされ
れば、中近東は、一挙に不安定になる。もしそれがわからなければ、K国がいくつかの核ミサ
イルをもったときのことを想像してみればよい。そのとき日本は、「平和を守ります」などと、の
んきなことを言っていることができるだろうか。

 よいことをするから善人というわけではない。悪いことをしないから、善人というわけでもな
い。人は、悪と戦ってはじめて、善人になる。

 同じように、平和な生活をしているから、善人というわけではない。戦争をしないから、善人と
いうわけではない。人は、戦争そのものと戦って、はじめて、善人になる。そこで改めて、人間
の盾になっている人たちのことを考えてみる。

 彼らは一見、その戦争と戦っているように見えるが、どこか、ピントがハズレているように見え
る(失礼!)。どこか、やるべきことが違っているように見える(失礼!)。それだけのエネルギ
ーと行動力があるなら、もっと別の方法でそれができないものかとさえ、思う。

仮に彼らが正しいとしても、彼らの家族は、今ごろ、どう思っているだろうか。もしそれが私の息
子なら、私は、きっと毎晩、眠られぬ夜をすごすに違いない。あるいは、「帰ってきてほしい」と
懇願するかもしれない。もっとはっきり言えば、「イラクの受け入れ団体からの要請を受けて…
…」という部分からもわかるように、彼らもまた、フセインという独裁者に利用されているだけと
いうことになる。もしそうなら、それは「盾」というよりは、「人質」ということになるのでは? その
可能性がないとは、だれにも言えない。

 そんなわけで、私は、人間の盾となっている日本人に、理解は示すが、彼らを支持はしない。
彼らには彼らの思想や背景があってのことだろうが、それがわからない。わからないから、こ
れ以上のことは、書けない。今は、「?」ということにしておく。
(030305)

●やむをえず戦う戦争は、正しい。希望を断たれるときは、武器もまた、神聖なものにならん。
(ホメロス「イリアス」)

●戦争を防止するもっとも、たしかな方法は、戦争を恐れないことである。(ランドルフ「演説」)

●戦争は、人類を悩ます、最大の病気である。(ルター「卓談」)

●平和というのは、人間の世界には、存在しない。しいて平和と呼ばれているものがあるとす
れば、戦争の終わった直後、あるいは、まだ戦争の始まらないときをいう。(魯迅「墳」)

【付記】「反戦」とか「平和」とかいう言葉を口にする人は、自ら、戦場に出向くだけの勇気と覚
悟のある人にかぎられる。そうした勇気や覚悟のない人が、平和を口にすることは許されな
い。「戦争はいやだから」という理由だけで、平和を口にすることくらいなら、だれにだってでき
る。

 このことは、学生時代、ベトナムから帰ってきた、Cという兵士(オーストラリア人)と話してい
て知った。彼はこう言った。「ぼくたちは、君たちアジア人のために戦っている。そのアジア人の
君が、どうして、何もしないのか?」と。私は、Cに返す言葉がなかった。いわんや、そのCに向
かって、「戦争反対!」とは、とても言えなかった。

 今、私にはアメリカ人の孫がいる。もしその孫が、はるばる日本までやってきて、K国と戦うと
言ったら、私はこう言うだろう。「よしなさい。アジアのことは、私のほうで何とかするから」と。

 つまり「平和」というのは、それほどまでに、重いということ。決して、軽々しく口にしてはいけな
い。……と思う。

【雑感】

こんどのK国問題では、本当にいろいろ考えさせられた。今も、考えている。そして最終的に
は、平和とは何か。そこまで考えている。

 日本は戦後、60年近くも、平和を保つことができた。しかし誤解してはいけないのは、日本
がこれほどまで長く、平和を保つことができたのは、日本人が平和を愛したからではない。平
和を守ったからでもない。いきさつはともあれ、日本にアメリカ軍が駐留していたからにほかな
らない。

 もし日本にアメリカ軍がいなければ、戦後直後には、ソ連に。60年代には、中国に。そして7
0年代には、韓国、K国、あるいはその連合軍に、日本は、侵略をされていただろうということ。
私は60年代の終わりに韓国に渡ったが、彼らがもつ日本への憎悪感は、ふつうではなかっ
た。

 仮にあのとき、つまり70年代のはじめに、韓国とK国が統一し、その勢いで日本へ彼らが攻
め入ったとしても、だれもそれを止めなかっただろう。中国はもちろん、東南アジアの各国だっ
て、それを支持したかもしれない。つまりそうされてもしかたないようなことを、日本は、先の戦
争で、してしまった。

 たまたまアメリカだったから、よかったのか。今も、アメリカの植民地のようなものだから、偉
そうなことは言えないが、もしソ連や、中国だったら、そのあとの日本はどうなっていたことや
ら。K国だったら、どうなっていたことやら。想像するだけでも、ゾーッとする。

 日本の平和はかくも、薄い氷の上に成りたっていたのか。私は今回の一連のK国問題を考
えながら、私はそれを思い知らされた。平和を口にするのは簡単なこと。しかしその平和を守
るために、私たちはいったい、何をしてきたというのか。

今の今でも、「K国は、アメリカが何とかしてくれますよ」と言う人がいる。しかしアメリカ人だっ
て、日本人と同じ人間ではないか。どうして彼らが、好きこのんで、日本人のために命など、落
とすだろうか。

 日本の平和は、日本人自らが、守るしかない。いきさつはともあれ、今の今、頭のおかしい独
裁者が、日本に向けて、せっこらせっこらと、核兵器とミサイルを作っている。先の米朝協議(0
2年10月)でも、K国の姜第一外務次官)高官は、アメリカのケリー国務次官補に、はっきりと
こう言明している。「核は日本だけを対象としたものだ」と。つまり「日本を攻撃するために、核
兵器をもっている」と。

 平和主義者には、二種類ある。「いざとなったら戦争も辞さない」という平和主義者。もう一つ
は、「殺されても文句は言いません」という平和主義者。このほかに、「戦争はいやだから」とい
う平和主義者もいるが、これはエセ。どちらにせよ、つまりどの平和主義を信奉するかは、そ
の人の自由だが、私は「座して死を待つ」(川口外務大臣)ような平和主義には反対である。私
自身はともかくも、私の家族や子どもたちが、目の前で殺されるようなことは許さない。絶対に
許さない。

+++++++++++++++++++++

 こうした平和論に対して、大江K三郎氏(ノーベル文学賞受賞者)は、こう書いている。

『もしK国による核兵器が現実化した時、日本は安保条約を廃止し、米の核兵器によるK国へ
の第一撃のみならず、第二撃の報復も要求しないと声明せよ』(「鎖国してはならない」)と。

 つまり大江氏は、K国が核兵器をもったら、(1)日本は安保条約を廃止し、(2)アメリカに対
して、日本が核攻撃をされても、反撃してはならないと声明を出せと言っている。

 事実、現在の韓国のN政権は、この線にそった対K国外交を展開しているかのように見える。
米韓軍事同盟は、今や、風前のともし火。仮に米朝戦争になっても、韓国は、中立を保つだろ
うと言われている。

 韓国の立場としては、そうかもしれない。しかしそれは日本の立場ではない。もしも、日本が、
K国に核攻撃されたら、私たち日本人は、徹底的に報復すべきであると、私は思う。つまりそう
いう強い意思こそが、相手の核攻撃を思いとどまらせる原動力になる。

 が、現実に、東京のど真ん中に、核兵器が落とされたら、どうであろうか。日本としては、その
後始末だけで、何もできないのではないか。報復どころでは、なくなってしまう。東京だけではな
い。日本中が大混乱する。もちろんその日から、日本の経済は、マヒする。日本の「円」は、紙
くず同然になる。

 報復しようにも、報復のしようが、ない。中には、憲法の条文を無視して、K国へ攻撃に行く、
自衛隊の部隊もあるかもしれない。が、しかし組織的な報復は無理である。

 となると、第一撃はともかくも、第二撃を防ぐためには、どうしたらよいのか。第三撃や、第四
撃を防ぐためには、どうしたらよいのか。東京のつぎは、大阪、名古屋、そして……。そんなと
き、日本に残されたゆいいつの選択肢は、アメリカに頼るしかないということ。

 大江氏は、しかし、「米の核兵器によるK国への第一撃のみならず、第二撃の報復も要求し
ないと声明せよ」と書いている。核兵器による報復には、私も反対するが、しかしK国の状況
(核兵器やミサイル基地を、山岳地方の山奥、その深いところに隠しているという事実)を考え
るなら、通常兵器に、どれほどの効果があるか、疑問である。

 K国は、そういうことも念頭に置いた上で、核兵器やミサイルを、山の奥に隠している。……と
いうことを考えていくと、大江氏のような人物の意見に、「異」を唱えるのも勇気のいることだ
が、大江氏の意見は、どうかと思う。

 大江氏は、日本が核攻撃を受けても、日本はもちろん、アメリカにさえ、何も報復してはなら
ないと言っているようにも読める。大江氏の反核、反戦思想はよく知られているが、どこか現実
離れしすぎている(?)。

 平和論にもいろいろある。しかし「もしも……」という視点で考えてみると、また別の考え方が
できるのではないか。私自身は、「座して死を待つ」ような平和論には、どうしても、ついていけ
ない。

 
++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●合理的な生き方vs浪曲的な生き方

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ものごとを、何でも合理的に考えるワイフ。
一方、私は、どこか浪曲的な世界で、生まれ
育った。そのせいだろうと思うが、(YES、
NO)を、はっきり言うのが、あまり好きで
はない。

本来なら、いつ離婚してもおかしくない夫婦
だったかもしれない。が、何とか、無事(?)、
この35年を乗りきった。

私のような夫婦も多いと思うが、大切なこと
は、たがいの欠点を責めあうのではなく、た
がいの欠点を補いあうこと。

ふと今、自分たちの結婚生活を振りかえって、
そう思った。

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 私のワイフは、純粋な日本人だが、西洋人以上に、西洋的なものの考え方をする。生まれ育
った家庭環境が、どこか海洋民族的であったことも、理由のひとつではないか。ハハハ。

 浜松の近郊には、たくさんの漁師町がある。女性たちの言葉がどこか荒っぽいのも、そのせ
いだと言われている。

 一方、私は、ひょっとしたら欧米かぶれしているように思う人がいるかもしれないが、実際に
は、大和民族。純、和風。いまだに浪曲的な生き方を、心のどこかに残している。(私はいつ
も、祖父が好きな浪曲のレコードの音を聞きながら、育った。)

 たとえば、こんなことがある。

 朝、起きたときから、頭痛があったとする。熱もある。しかし仕事には、行かなくてはならな
い。私は自動車の運転免許証をもっていない。通勤は、自転車ですませている。(おかげで、
健康だが……。)

 そんなとき、ワイフは、「車で送っていこうか?」と聞く。私に、「YES」か「NO」の返事を迫る。
が、私は、そういうとき、あまりはっきりと、(YES、NO)を言うのが好きではない。ワイフのほう
で気をつかって、「送っていくわ」と言ってくれると、ありがたいのだが、ワイフは、そういうことは
言わない。

 そういう意味では、ワイフには、ウラ・オモテがない。わかりやすい。単純といえば、単純。

 で、私は、自分をごまかして、仕事にでかける。そんなとき、「だいじょうぶ?」と声をかけてく
れることはある。しかし弱音を吐くのは、私のやり方ではない。思わず「だいじょうぶだよ」と答
えてしまう。条件反射のように、そう答えてしまう。

 一日の仕事を、する。で、そういうときでも、ワイフのほうから、心配して、「だいじょうぶ?」と
電話をかけてくることは、めったに、ない。(最近は、たまにあるが、それは私の様子が、以前
ほど、元気でなくなったせいではないか……。)

 こういうとき、あとで、「心配して、電話くらい、くれればいいじゃないか」となじると、即座に、
3、4つの反論がかえってくる。

 「あなたが、だいじょうぶって、言ったでしょ」
 「授業中だったでしょ」
 「あなたのほうから、私に、電話をしてくれればいいじゃな〜い」と。

 だから、もうそういう言い方をするのをやめた。ワイフは、そういう人だから、それに合わせる
しかない。(この35年間、そうしてきたぞ!)
 
 で、食事もとらず、どこかフラフラの状態で、家に帰る。やっとの思いで、家に帰る。

 そういうときでも、「今日は、つらかった」と弱音をはくことは、できない。そんなことを言えば、
やはり、3、4つの反論をぶつけてくる。ワイフはワイフとして、心配して、そう言ってくれるのだ
が……。

 「だったら、電話すればいいじゃない」
 「どうして風邪薬をのまなかったの」
 「さっさと、薬をのんで、寝たら?」と。

私「いくら、ぼくがだいじょうぶだと言ってもだよ、途中で症状が悪くなることだってあるんだよ」
ワ「だったら、そう、電話で言えばいいじゃない? 迎えに行ったわよ」
私「でも、いちいちそんなことで、心配をかけたくないし……」
ワ「だから、あなたは水臭いのよ」
私「ぼくは、お前のほうが、冷たいと思う」と。

 少し前だったか、ワイフは、私にこう宣言した。「私は、あなたが言ったとおりのことしかしない
からね。あなたが『いい(=NO)』と言ったら、そのとおりにするからね」と。

 つまり我が家では、ワイフに対しては、いつも(YES、NO)を、はっきりといわなければならな
い。しかしいつもいつも、そうというのも困る。いくら私が「いい(=NO)」と言っても、それをあい
まいにとってほしいときもある。しかし私のワイフには、そういう芸当が、できない。

 そこでまたワイフをなじると、ワイフは、こう言う。「あなたは、本当に疲れる人ね」と。

 たしかにワイフの立場では、そうかもしれない。私は、口では、「いい(=NO)」と言いながら、
内心では、別の行動を、ワイフに期待する。そういうことがよくある。しかしこと私のワイフに関
しては、一度、私が「いい(=NO)」と言ったら最後。ぜったいに、それをしてくれない。

 何かそれについて不平を言うと、「あなたが、いいって、言ったでしょう」と、やり返される。

 私のワイフを観察していると、「この人は、どうしてこうまでドライ(合理的)なのだろう」と思うと
きがある。「同じ、日本人なのに……?」と。あるいは、これは、岐阜県のM市という山間の田
舎町で生まれ育った私と、浜松市という街道筋の宿場町で生まれ育ったワイフとの違いなのか
もしれない。

 私の生まれ育った故郷では、だれも、本音を言わない。ついでに、本当のことも言わない。し
ばらくいっしょに住んでいると、何が本当で、何がウソなのか、わからなくなるときさえある。

 口もうまいが、お世辞もうまい。ウラでは憎しみあっていても、オモテでは、それを隠す。たが
いに愛想よく、あいさつを交わしたりする。さも同情しているフリをして、あれこれこちらの内情
をさぐったあと、その話を、あちこちの人に、おもしろおかしくバラしたりする。

 同じ日本人でも、生まれ育った環境で、こうまでちがう。いわんや、日本人とアメリカ人とでは
……? 二男も、今ごろは、アメリカでいろいろと苦労をしていることだろう。あるいはワイフに
鍛えられているから、案外とそうではないかもしれない。

 これでよかったのか? 悪かったのか?

 こうして何とか、今までやってきた。決して無事な結婚生活だったとは思わない。が、私たち
のような夫婦も少なくない。夫婦といっても、もとは、他人。こればかりは、どうしようもない。

 で、あとは、いつものように、笑ってごまかす。ハハハ。

 よくても悪くても、私には、ワイフは1人しかいない。これから先、どちらかが死ぬまで、とにか
く、仲よくやっていくしかない。ハハハ。

【ワイフの生まれ故郷】

 ところでワイフが生まれ育ったところは、今の浜松駅の新幹線の駅のあたりだそうだ。最近
になっていろいろ調べてみたら、ちょうど、新幹線の改札口のあるあたりということがわかっ
た。

 浜松へ来て、新幹線でおりたら、「ああ、このあたりが、あの林の妻が、生まれ育ったところ
か」とでも、思ってほしい。

 ただ、戦後15年くらいしてから、別の場所に移り住んだので、ワイフは中学生になるころまで
しか、そのあたりにいなかったそうだ。が、もしそのあとも、そこに住んでいたら、今ごろは、億
万長者の礼嬢様になっていたかもしれない。ゾーッ! 私のような男などには、見向きもしなか
ったことだろう。


+++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●リュックサックを買う

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今までショルダーバッグを使っていた。
が、友人が、リュックサックを使っているのを見て、
私も、それがほしくなった。

そこで、近くの店へ、そのリュックサックを買いに
行った。が、しかし結果的に、3つも買うことに
なろうとは……!

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 数か月前、オーストラリアの友人たちが、私の家にホームステイをした。そのとき、友人の奥
さんたちが、リュックサックを背負っていた。それを見て、私もリュックサックが、ほしくなった。と
いっても、そのときではなく、最近になってからである。

 そこで、近くの大型店へ行ってみた。が、驚いた。2〜3000円はするだろうなと思っていた
のだが、ナ、何と、780円! 私は、迷わず、そのリュックサックを買った。

 で、家に持ち帰り、それまで使っていたショルダーバッグの中にあったものを、そのリュックサ
ックに移しかえてみた。が、リュックサックは、小さく見えても、大きい。仕事に使うにしても、ど
こかブカブカ、ガサガサ。「こんなに大きなのでは、どうしようもないよ」とこぼすと、ワイフが、
「そうねエ、大きすぎるわねエ」と。

 しかしすぐに買いかえるということもできない。1週間ほど、使ってみた。しかし780円は、78
0円。どう見ても、780円。安っぽい。見るからに、C国製!

私「もっと、小さいのにしようか」
ワ「そうねエ」と。

 そこで昼食にでかけたおり、今度は別の大型店に行ってみた。そこには、紳士用の衣服類が
並べてある。多分、リュックサックもあるだろう。

 ワイフは、すぐにそれを見つけた。「ねえ、これならいいんじゃ、な〜い?」と。

 見ると、一応、ブランド品。「Sxxx」と書いてある。「これなら、安っぽく見えないね」と言うと、ワ
イフも、「そうね」と。

 それで、それを買うことにした。値段は、3800円。

 私はしばらく、そのリュックサックを背負って、仕事に行ったりした。講演に行くときも、使っ
た。

 たしかにリュックサックは、楽だ。両手がフリーになった感じがする。その解放感がたらない。

 が、である。ふと、私は、気がついた。ある日、街であたりを見回すと、老人たちが、みな、リ
ュックサックを背負っているではないか! しかも、だ。どの人も、見るからに値段が安そうなも
のばかり。それを見るたびに、「あの人のも、780円かな」と思ってみたり、「いや、あの人の
は、3000円かな」と思ってみたり……。

 どうも落ちつかない。自分が、急にジジ臭くなったように感じた。いつの間にか、自分も老人
の仲間に入ってしまったかのように感じた。

 そこで家に帰って、ワイフに、こう言った。「あのなア、老人は、みな、リュックサックを背負っ
ているぞ」と。するとワイフは、「そう言えば、そうねエ」と。「最近、リュックサックを背負っている
人が、急にふえたみたい」と。

私「それに、ぼくのも、どうもジジ臭い」
ワ「……どうして?」
私「布製のような感じだし……。ペカペカしている」
ワ「そうねえエ……。老人会の人たちが、歩け歩け運動のときに背負っていくリュックサックみ
たいねエ……」
私「だろ。だから、このリュックサックは、どうも好きになれない」と。

 するとワイフは、一つの提案を持ちだした。「じゃあ、こうしたら……。今度の誕生日のプレゼ
ントとして、もっと、いいのを買ったらア?」と。

 その場で、私も賛成した。「だれが見ても、高級な感じがするのがいい。たとえば皮製とか…
…」と。

 そこでその翌日、二人で、駅前のデパートに行った。一応、浜松市内では、高級品が並べて
あるというデパートである。が、行ってみて、驚いた。今度は、値段が高いものばかり。ちょっと
したものでも、3〜4万円。「いいなア」と思うようなリュックサックだと、5〜6万円!

私「これじゃ、買えないよ。完全に、予算、オーバーだよ」
ワ「そうねえ。やっぱり、ここのものは高いわね」
私「まあ、今日じゃなくてもいいよ。また今度でも……」
ワ「そうしようか」と。

 私たちは、最上階にある食堂へと向かった。そこで昼食をすますつもりだった。が、そこで私
は、皮の臭いをかいだ。私の嗅覚は、犬並に鋭い。(鼻の穴が大きいのも、そのせいかもしれ
ない。)エスカレーターをのぼりつめたところで、「おい、皮のにおいがするぞ」と。

 見ると、食堂の横の催事場で、衣服やバッグのバーゲンセールをしていた!

ワ「ここでさがしてみようか」
私「ここなら、あるよ」と。

 で、そこで買ったのが、今、使っている、リュックサック。値段は、秘密。まあ、そこそこの値
段。一応、牛革製。つくりもしっかりとしている。女性の店員が、「これはお買い得ですよ」と勧
めてくれた。

 つまり、こうして私は、この2週間のうちに、3つもリュックサックを買うことになった。3つも、
だ。

 自分でも、バカなことをしたと思っているが、これで、私も少しは、利口になった。と、同時に、
そこらのジジババ様とは、一線を画すことができた。

 Happy Birthday to Me!


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●子どもの肥満

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四国にお住まいの、UEさん(母親)より
こんなメールが、届いています。

この分野については、私は、まったくの
門外漢で、知識がありません。

どなたか、UEさんにアドバイスできる方
がいらっしゃれば、私のHPの掲示板の
ほうに、どうか、ご意見を書きこんでく
ださい。

よろしく、お願いします。

+++++++++++++++++++++

【UEより、はやし浩司へ】

こんにちは。職場のパソコンで、仕事中にこんなことしてます。アドレスは自宅のパソコンのも
のです。

以前、掲示板の方で、長女のこと主人のことでアドバイスをいただいた事があります。ありがと
うございました。
今度は次女のことを聞いてください。

次女は肥満です。今4歳で体重が2kgあります。身長はどちらかといえば小さいほうなんです。

ご飯もおやつも良く食べます。

3歳児検診のときに、小児科の先生から「おやつは抜きにしてもいいね」と言われましたが、ハ
ッキリ言ってそれは不可能です。

長女が食べていれば次女も欲しがりますし、おやつのことを忘れるくらい相手をすることも、私
には出来そうにありません。

「妊娠中に母親の栄養が足りないと、(子どもは)、肥満になる傾向がある」と聞いたことがあり
ます。

確かに、妊娠中は切迫早産で丸2か月間、病院のベッドで寝たきりの状態で、薬の副作用の
せいか、食欲も無く栄養失調状態でした。

保育所の友達から「デブ」言われることもあり、(しかも主人もデブとかブタとか言います)このま
までは可哀想にも思います。

いろいろ工夫したくても、なかなか手をかけた食事を作れないのも現状です。

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 このUEさんからのメールとは、別に、たまたま掲示板のほうに、こんな書き込みがありました
ので、紹介させてもらいます。TKさんという方からのものです。

++++++++++++++++++++

(1)
2歳になる男児ですが、最近お友達にとても興味がありスーパーなどで会う子には挨拶したり
手を振ったりしますが、その反面公園で遊んだりおもちゃ売り場で遊んだりしているとき、小さ
い子やお友達を突然叩くのです。しかも必ずといっていい程、顔面なのです。無抵抗な子に対
して特にやっちゃうのです。どうやって対処したらよいのかわからず、何となくみんなのいるとこ
ろに行くことが、億劫になりつつあります。

(2)
有難うございます。確かに毎日のように甘いものを食べています。駄目といっても欲しがるとき
は与えていました。早速、試みます。

(3)
家族構成は主人(34)と、私(33)と、子どもです。まだ下にはいませんがそろそろと思ってい
ます。今の状況ではまだ計画を立てないほうがよろしいのでしょうか? もうひとつ質問です。
よく食べる子で10時と3時の間食は必要だと思って与えていました。どちらか一回のほうがよ
いのでしょうか? 与えるとしたら果物などがいいのでしょうか?ご指導よろしくお願いいたしま
す。

(4)
先日、先生にご指導頂いた通り海産物や魚などを中心の食生活に切り替えたところ、随分と
息子の行動が穏やかになったような気がします。ひいき目かも・・・と思いましたがお友達を叩く
ところか、最近はやけに親切なのです。『どおじょ〜〜〜』の連発です。甘いものはすきなので
すが家に置かないようにしています。また何か心配なことがあったと時は、ご指導ください。よ
ろしくお願いいたします。本当にありがとうございました。 

【はやし浩司より、UE様へ】

 4歳で22kgというのは、かなりの肥満ということになります。

子どもの肥満度は、つぎの計算式で、知ることができます。

 おとなの肥満度は、つぎの計算式で、求められる(資料……社会保険健康事業財団)。

●標準体重の求め方 

 標準体重(kg)=身長(m)×身長(m)×22

(肥満度)=〔(実測体重・kg)−(標準体重)〕÷(標準体重)x100

        20以上が肥満

●肥満度の求め方 

 肥満の判定は体格指数 (BMI:Body Mass Index)によって行う。

BMI=体重(kg)÷[身長(m)×身長(m)]

 この計算で    18・5未満……やせ
         18・5〜25……標準体重
           25〜3未満……肥満度1度
         30〜35未満……肥満度2度
         35〜40未満……肥満度3度
            40以上……肥満度4度

●子どもの肥満度

子どもの肥満度を測定する方法として、乳幼児はカプス指数、児童期(小学生)はローレル指
数などがある。心配なら、以下の計算式で、子どもの肥満度を調べてみるとよい。

【乳幼児期のカプス指数】

 (実測体重・g)÷〔(実測身長・cm)x(実測身長)〕x10

       この計算式で、20以上は、肥満と判定する。

【児童期のローレル指数】

 (実測体重・kg)÷〔(実測身長・cm)x(実測身長)〕x100000

       この計算式で、160以上は、肥満と判定する。

【例、身長120cm、体重25kgの小学生のばあい】

       25÷〔120x120〕x100000=173
          (173だから、肥満とみる。)

●簡単な肥満の見分け方

 子どもの肥満は、手の指を前にぐんと伸ばし、指をできるだけ上にそらした状態で、手の甲を
みて判断する。そのとき、指のつけ根のところに、指から伸びる腱が、現れる。(腱は、手の甲
のつけ根から指先に向って、放射線状にのびる。)このとき、腱が見えればよし。そうではなく、
腱が見えなくなったり、あるいは指のつけ根あたりにえくぼが現れたりするようであれば、肥満
のはじまりと見て、警戒する。肥満が進めば進むほど、えくぼは深くなる。ただしこの肥満度検
査は、年長児以前の子どもには、応用できない。この方式は、私(はやし浩司)が、考えた。 
(030723)

++++++++++++++++++

 UEさんのお子さんを、前述、カプス指数で計算してみると、つぎのようになります。

 身長を、100センチとします。

 22000÷(100x100)x10=22、となります。身長がこれより小さければ、カプス指数は、
もっと大きくなります。

 で、原因の第一は、過食と偏食ということになりますが、同時に、心の問題もあるかもシレマ
セン。メールだけでは、よくわかりませんが……。

 UEさんは、「(改善は)不可能」という言葉を使っておられますが、本当にそうでしょうか。一つ
の方法として、「冷蔵庫を空にする」というのが、ありますから、一度、実行してみてください。

 以前書いた、原稿を添付します。参考にしていただければ、うれしいです。

++++++++++++++++++


●買い物グセ

 夏場になると、がぜん多くなるのが、体をクネクネ、ダラダラさせる子ども。原因は、いろいろ
ある。

 クーラーなどによる、冷房のかけすぎ。睡眠不足。それに、甘いものの食べすぎ。

 この時期、どうしても、アイスやかき氷が多くなる。ジュースや、清涼飲料水などなど。糖分の
とりすぎが遠因となって、カルシウム、マグネシウム、カリウムなどの不足を引き起こす。

 だいたいにおいて、世の母親たちよ、ものごとは、常識で考えてみようではないか。

 体重12キロの子どもに、缶ジュース一本を与えるということは、体重60キロのおとなが、5
本飲む量に等しい。それだけ多量のジュースを一方で、与えておきながら、「どうしてうちの子
は、小食なのでしょうか」は、ない!

 ……というような話をすると、ほとんどの親は、自分の愚行(失礼!)に気づく。そして、こう言
う。「では、今日から、改めます」と。

 しかし、問題は、この先。

 しばらくの間は、母親も注意する。しかし数週間から1か月、2か月もすると、また、もとにもど
ってしまう。もとの食生活にもどって、また子どもに、甘い食べ物を与えてしまう。

 思考回路がそうできているからである。つまり、この思考回路、それにもとづく行動パターン
を変えるのは、容易なことではない。

 買いものに行くと、また同じ、ジュースだのアイスを買い始めてしまう……。

 では、どうするか。

 こうした思考回路を変えるためには、ショックを与えなければならない。「ショック」である。

 話は、かなり脱線するが、昔は、チンドン屋というのがいた。新しい店ができると、そこの経営
者がチンドン屋を雇い、そのチンドン屋が、そのあたりをぐるぐると回った。

 私たち子どもは、それがおもしろくて、いつまでも、そのチンドン屋について歩いた。

 つまりそうすることで、もちろんその店の宣伝にもなるが、そのあたりに住む人たちの、行動
パターンを変えることができる。たとえば人というのは、一度、ある店に行き始めると、その行
動パターンを変えるのは、容易なことではない。

 「お酒……」といえば、「A酒屋」と。
 「お米……」といえば、「B米屋」と。

 そこで新しくできた店は、そのあたりの人たちがもつ、そういう意識、つまり行動パターンを変
えなければならない。それがチンドン屋というわけである。

 たしかにあのチンドン屋は、ショックを与えるという意味では、効果がある。派手な服装に、派
手な鳴り物。それに踊り。チンチン、ドンドンと音に合わせて、踊りながら回る。そのあたりの人
たちは、それを見て、自分の行動パターンを変える……。

 では、どうするか?

 あなたには、あなたの買い物グセがある。その買い物グセをなおすには、どうするか。

 もうおわかりかと思うが、その行動パターンを変えるためには、自らにショックを与えればよ
いということになる。ショックを与えて、自分の行動パターンを変える。

【一つの方法】

 今すぐ、冷蔵庫の中にある、甘い食品(アイス、ジュース、プリンなど)を、すべて袋につめて、
捨てる。「もったいない」と思ったら、なおさら、心を鬼にして、捨てる。

 この「もったいない」という思いが、ショックとなって、あなたの意識、行動パターンが変わる。

 こういうとき、「つぎから、買うのをひかえればいい」とか、「もったいないから、食べてしまお
う」と考えてはいけない。そういうケチな根性をもつと、またすぐ、もとの買い物グセにもどってし
まう。
(はやし浩司 子供の肥満 子どもの肥満 肥満度 標準体重 カプス指数 ローレル指数)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(928)

●「告白」を読む

 C・R・ジェンキンス氏の書いた、「告白」(角川書店)を購入。関心が深い問題だけに、たいへ
ん興味深く読む。冒頭、10ページにわたって、ジェンキンス氏、ひとみさんや家族の写真が、
紹介されている。

 その中の1枚。娘の美花さんの21歳のときの、誕生日パーティの写真が載せられている。カ
ラー写真である。

 テーブルには、食べきれないほどのごちそう(?)が並んでいる。ごちそうといっても、スーパ
ーで並んでいるような、くだもの類とか、惣菜(そうざい)類のようなもの。ハングル文字で、「母
は、いない」と書いてある。

 つまりこの写真は、「日本政府がひとみを拉致した」ということを印象づけるために、K国政府
が撮ったものだという。そして、ゴていねいに、ひとみさんが立つべき位置に、1人分の空間が
もうけられている。

 まあ、見えすいたプロパガンダ用の写真だが、「ここまでやるか!」と、あきれたり、怒れた
り! K国は、どうしてこういう小細工ばかりするのか! 恥を知れ!

 で、最初の部分は、あと回しにして、私は、途中から読み始めた。私が一連の拉致事件を知
るようになってからの部分である。とくジェンキンス氏一家が、K国をあざむきながら、K国を脱
出する箇所は、興味深かった。事実であるだけに、迫力もあった。

 この本を読むと、一家がK国を脱出するとき、長女の美花さんは、日本への帰国をためらっ
たようだ。インドネシアでも、「仲間を裏切ることになる」と、悩んだそうだ。で、ジェンキンスさん
は、娘たちに、こう話していたという。

 「だからニューヨークの街を、あらゆる人種の人々が、自由に歩き回り、仲よくなったりしてい
るというのは、すっかり彼女たちの理解の範囲を超えていたのだ。(エディ・マーフィの『星の王
子・ニューヨークへ行く』)は、王子様やお姫様が出てくる現代のおとぎ話だが、それでも北朝鮮
の私たちの生活よりも、現実に近かった。私はそのことを、娘たちに伝えようとした。『私たちが
暮らしているこの国は、本当の世界とかけ離れている。ここは普通の世界ではないのだ』と、私
は常々、娘たちに言い聞かせていた。だが彼女たちは、信じようとしなかった。彼女たちは、K
国という世界しか、知らなかったのだから」(同書、P158)と。

 いろいろ考えさせられた。今度の週末に、全部を読んで、また読後感を書いてみたい。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【BW教室から】

●万引き

 子どもたち(小4〜6)と、万引きの話になった。そこで私が、「江戸時代に、万引きしたら、盗
んだものにもよるけど、死罪(死刑)になることもあったよ」と話すと、みな、驚いた。

 江戸時代の刑法に、『公事方御定書(くじかたおさだめかき)』というのがある。その下巻によ
れば、10両以上の盗みは、死罪とある。10両という金額が、どの程度のものであったかとい
うのは、時代にもよるが、現在の貨幣価値に換算して、約50〜100万円程度と考えてよい。

 ……と書いたところで、「そうかな?」と、私は、思った。

 そこで1両で、米がどれだけ買えたかを、確かめてみた。(インターネットのおかげで、こうし
た調べものが、本当に楽になった。ありがたいことだ。)

 江戸初期 1両で2石5斗買えたから……約150000円の価値
 江戸中期 1両で1石  買えたから……約60000円の価値
 江戸末期 1両で3斗  買えたから……約18000円の価値、だそうだ。
(出典は、「東京知ったかぶり」サイト)

 江戸中期でみても、10両というと、60万円程度ということになる。しかしそれで死刑、とは!

 で、10両以下だと、タタキの刑を受けたあと、入れ墨をされた。が、再犯を重ね、たとえば入
れ墨も3回になると、「江戸払い」の刑。4回目になると、「盗賊」となり、やはり死刑になったと
いう(「日本史おもしろBOOK」PHP)。

 言うまでもなく、刑には、二つの意味がある。一つは、その犯罪者に対する懲罰としての意味
の刑。もう一つは、社会に対する、見せしめとしての意味の刑。「悪いことをすると、こういうひ
どい目にあうぞ」と、民衆に見せることによって、犯罪を未然に防止する。

 「10両で死刑」というのは、「見せしめ刑」としての意味あいが強い。当然、江戸時代には、現
代のような、きめのこまかい捜査方法もなければ、刑事訴訟法もなかった。

 で、そのことを朝食を食べながら、ワイフに話すと、ワイフは、即座に、昨日、会った男のこと
を思い出して、こう言った。「あの男の人も、イレズミ(刺青)をいていたわ」と。

 その男は、透けて見えるような薄いシャツを着ていた。私たちの横で、100円寿司を食べて
いた。お決まりの若い、きれいな女性を、横にはべらせていた。そのシャツの下に、腕から背
中にかけて、大きなイレズミが見えた。見るからに、「オレは、ヤクザだ」という風体(ふうてい)
をしていた。

私「江戸時代には、入れ墨をわかりにくくするために、その上に、別のイレズミを彫りこんだりし
たようだ。それで日本人は、イレズミに対して、悪いイメージをもつようになった」
ワ「でもね、あの男の人ね、最後に、ブルーベリーケーキと、ヨーグルトを注文していたわよ」
私「そうだったけ? 映画の中のヤクザとは、だいぶイメージがちがうね」
ワ「そうよ。だから私、思わず、笑っちゃった」
私「きっと、根は気の小さい、やさしい人だったかもしれないね」と。

 で、万引きの話にもどる。死刑の話をすると、子どもたちは、ワイワイと騒ぎだした。

私「死刑といっても、いろいろあったんだよ」
子「どんな?」
私「軽いほうから、下手人(げしゅにん)、死罪、獄門(ごくもん)、火罪、磔(はりつけ)の5つが
あった」
子「軽いというのは、おかしい。どうせ殺されるんだから……」

私「そうだよな。たしかに、そうだ。軽いというのは、ただ殺されるだけの死刑(下手人)をいう
よ。重いというのは、クビを切られ、刑場の門にかけられる死刑(獄門)のことをいうよ」
子「磔(はりつけ)が、一番重いのかア?」

私「そうだよ。みんなが見ている前で、磔(はりつけ)にされ、ヤリで刺されて殺された。それが
磔(はりつけ)だよ。その刺し方にもいろいろあってね。たいていは苦しんで死ぬように、刺した
そうだ。しかし相手が、子どもを抱いた母親とかのばあいは、苦しまないように、子どもと母親
を、一気に刺したそうだ」
子「子どもまでエ〜?」
私「そうだよね。江戸時代には、家族の中のだれかが罪を犯すと、家族もろとも、死刑になるこ
とが多かった」と。

 私が子どものころには、まだ。「磔(はりつけ)ごっこ」という遊びが残っていた。これは何かの
ことで、その子どもをいじめるとき、その子どもを壁に向って立たせ、うしろから、ボールを投げ
ていじめるという遊びである。

 戦後のあの時代のことである。今、そんな遊びをすれば、それ自体が、(いじめ)ということ
で、大問題になるだろう。が、そのことは、子どもたちには、言わなかった。

私「ともかくも、人のものを盗むということは、悪いことだ。一時は得をしたと思うかもしれない
が、実は、もっと大切なものを、同時になくすんだよ。しかし盗んだときには、それに気がつか
ない。それに気がつくのは、ずっと、あとになってからだよね」と。

 子どもたちは、「わかった」というような顔をしていたが、本当にわかったか、どうか? 中に
神妙な顔をして、私の話を聞いているものもいたが、万引きの話は、そこまで。私の頭の中
に、つぎからつぎへと、いろいろな考えが浮かんでは消えた。いつもの、モヤモヤである。

(モヤモヤ、その1)どういう子どもが、万引きをし、どういう子どもが、万引きをしないかという
問題。私は、正直に、本当に正直に言うが、万引きをしている子どもを見つけて、それを店の
人に伝えたことは、何度かある。が、万引きだけは、したことがない。 

(モヤモヤ、その2)子どもの小ズルさは、親譲りと考えてよい。親の何気ない日常的な行動を
見ながら、子どもは、その小ズルさを身につけてしまう。わかりやすく言えば、小ズルい親の子
どもは、小ズルい。親を反面教師として、生真面目(まじめ)な子どもになることもあるが、それ
は例外。

(モヤモヤ、その3)万引きは、犯罪としては、わかりやすい。しかし半ば合法的に、人のものを
盗むのは、どうか。たとえば官僚が、天下りを繰りかえしながら、そのつど、ばく大な退職金を
手にするのは、どうか。よく「税金ドロボー(泥棒)」という言葉が使われるが、それこそ、まさに
税金ドロボーではないのか。

(モヤモヤ、その4)「10両以上は、死罪」というのは、江戸時代の刑法。しかし農民から、「五
公五民」とか何とか言って、農民から、5割もの年貢を納めさせることは、ドロボー以上のドロ
ボー。そうした体制の矛盾をさておいて、庶民だけ、微罪で死刑にするというのは、どう考えて
もおかしい。

(モヤモヤ、その5)損とか、得とかいうが、何をもって、損というのか。何をもって、得というの
か。これも私のことになるが、私は生涯において、みなから一方的に、お金を取られることはあ
ったが、しかし、お金を取ったことは、一度もない。いや、一度だけ、ワイフの父親が死んだと
き、遺産として、義兄から10万円をもらったことがある。(もらったのは、ワイフだが……。)そ
の10万円以外、もらったことがない。ただの一度も、ない。通俗的な言い方をすれば、私は、
いつも損ばかりしていた!

(モヤモヤ、その6)小ズルいことをすれば、そのときは、得をしたと思う。しかし実は、もっと大
切なものを、なくす。なくすだけではない。もとの自分にもどるだけでも、たいへんな努力と、長
い時間を必要とする。それからさらに、自分を善なる方向にもっていこうとすると、さらにたいへ
んな努力と、長い時間を必要とする。人生は、長いように見えるが、そういう意味では、短い。
小ズルい人は、人生が何であるかもわからないまま、死んでいく。つまり、結局は、大損をする
のは、その人自身ということになる。

 いろいろ考えているうちに、時間がきてしまった。それで子どもたちとは別れた。
(はやし浩司 江戸時代の刑法 万引き)2005/11/24

【補記】

 この中で、一番気になったのは、6番目の(モヤモヤ、その6)。

 私は、この数年、努めて、他人に対してはもちろんのこと、自分に対しても、誠実であろうと心
がけている。ウソは、もちろん、厳禁!

 が、ここで「務めて」とわざわざ書かねばならないほど、私の「性(しょう)」は、よくない。はっき
り言えば、悪い。私は、子どものころ、その小ズルさのかたまりのような子どもだった。

 が、それに気づいたのは、今のワイフと結婚してから。さらに、私がなぜ、そういう子どもにな
ったかを知ったのは、45歳も過ぎてからのことではなかったか。自分の生まれ育った環境を、
浜松市という、遠いところからながめることによって、それを知った。

 私が、子どものころ、「おもしろい人だ」「楽しい人だ」と思った人たちは、みな、例外なく、小ズ
ルい人だった。それが20年とか、30年とかたってみて、はじめて客観的にわかるようになっ
た。

 そういう人たちは、今、かなりの年齢になっている。が、どの人も、いまだに、ウソを平気でつ
く。ウソのかたまりで、何が本当で、何がそうでないかわからない人さえいる。

 私をだまして、お金を奪った人もいる。現在の今ですら、私のお金をごまかして使っている人
もいる。

 そういう人たちを見ると、怒れてくるよりも先に、過去の、つまり子ども時代の私自身を見せ
つけられるようで、ぞっとする。そして私は、こう思う。

 「もし私が、今、あの古里にそのまま住んでいたら、私も、まちがいなく、あのままの人間だっ
ただろうな」と。

 だから、私にとっては、「務めて」となる。それは私にとっては、とても悲しいことでもある。つま
り私は、ほかの人たちよりも、何倍も、何倍も、回り道をしなければならなかった。多くの友人
も、それで失ったし、多くの人を、キズつけてしまった。

 その結果だが、今では、友人といっても、数えるほどしかいない。本当に信頼できる人と言え
ば、私のワイフしかいない。孤独と言えば、孤独。恐らくこの孤独からは、死ぬまで逃れること
はできないだろう。

 だから人は、子どものときから、そして幼児のときから、誠実に生きるのがよい。しかしその
カギを握るのは、実は、親である。とくに母親である。

 今、あなたが子育てをしているなら、子どもが見ているとか、見ていないとか、そういうことと
は関係なく、あなた自身が、誠実に生きる。信号はきちんと守る。駐車場では、きちんと駐車場
へ車を入れる。1円でも、ごまかさない。そうした生きザマが、やがて子どもの心を作る。そう、
それはあなた自身のためでもあるが、子どものためでもある。

 約束は守る。ウソはつかない。そして自分にも、他人にも、誠実である。それが子育ての基
本の一つということになる。

 それはとても気持ちのよい世界だから、あなたも、今日から私の言ったことを信じて、実践し
てみてほしい。あなたも、そのすがすがしさに驚くはずである。

 そうそう、一つ重要なことを言い忘れた。

 自分の誠実さを守るためには、そうでない人とは、勇気をもって、一線を画すのがよい。それ
が、たとえ幼(おさな)なじみであれ、近隣の人であり、親類のひとであれ、そして肉親であれ、
だれであったもだ。つきあいを避けられないばあいもあるかもしれないが、その距離だけは、し
っかりと保つようにする。それを忘れると、いつの間にか、もとの自分にもどってしまう。邪悪な
人間にもどってしまう。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(929)

●遺尿、遺糞

++++++++++++++++

「うちの子が、学校で、『ウンチもらし』と
呼ばれています。いつもパンツにウンチを
つけているからです。

いくら注意しても、なおりません。どうした
ら、いいでしょうか」

(小5男児をもつ、母親より)

+++++++++++++++++

 自分の意思とは関係なく、尿や、大便を、そのつどもらしてしまうことを、遺尿、遺糞という。も
ともとストレス耐性の弱い子どもに、よく見られる。敏感児、過敏児など。昔は「神経質な子ど
も」と言った。このタイプの子どもは、ものごとに敏感に反応する反面、それから受けるストレス
を、じょうずに回避できない。

 遺尿はともかくも、遺糞する子どもは、学校では、「ウンチもらし」と呼ばれることが多い。糞の
悪臭を、いつも漂わせているからである。

 原因は、ここにも書いたように、心理的なストレスが、慢性的に蓄積されて、起こると考える。
遺尿、遺糞のほか、チック、吃音(どもり)、夜尿、夜驚、ねぼけなどの、神経症による症状が、
ほかに見られることが多い。

 こうした症状が見られたら、本人の性質はともかくも、家庭のあり方そのものに原因があると
考えて、対処する。神経質で、息の抜けない家庭環境、たとえば、ガミガミと威圧的な家庭環
境など。親の過干渉、過関心が、原因となることもある。子どもの視点で見て、「家庭が、心と
体の休まる(安まる)環境であるかどうか」を判断する。

 簡単な見分け方としては、子どもが、学校から帰ってきたときの様子を見ればよい。

 子どもは、家に帰ってくると、家の中の、どこで心や体を休めるかを、観察する。そのとき、親
や兄弟のいるところでも、平気で、大きな態度で、体や心を休めているならよい。もしそうでは
なく、親の姿をかいま見ただけで、どこかへ移動したり、逃げていくようであれば、その子どもに
とって、家庭が、家庭として機能していないとみる。

 が、ほとんどの親は、「自分には問題がない」という前提で、その原因を、外の世界に求めよ
うとする。そして「学校が悪い」「友だちが悪い」「先生が悪い」と言う。しかしたとえそうであって
も、家庭が家庭として機能していれば、子どもは家庭の中で、心と体を休めることによって、自
分が受けたストレスを、回避できるはず。

 で、こうした遺尿、遺糞が見られたら、(1)家庭のあり方を、猛省する。家庭というより、親自
身の子育て法を、猛省する。(2)家庭は、心と体を休める場所と心得て、暖かい無視、ほどよ
い親に心がける。そして子どもの方から、何らかの愛情を求めるしぐさを見せたときは、「求め
てきたときが、与えどき」と考えて、すかさず、それに応じてやる。

 このタイプの子どもほど、家の中で、ぞんざいな態度、だらしない様子を見せるが、「ああ、う
ちの子は、こうして心と体の疲れを癒(いや)しているのだ」と思い、大目に見る。ささいなこと
で、こまごまと叱るのはタブー。

 が、こうした遺尿、遺糞も含めて、神経症による症状は、簡単には消えない。つまり、なおら
ない。そればかりか、対処のし方が悪いと、二番底、三番底へと落ちていく。半年〜1年単位
の、忍耐と根気が必要である。決して、あせっては、いけない。
(はやし浩司 遺尿 遺糞 うんちもらし 神経症 子供の心理 家庭環境)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●今日こそは……!

 もうすぐ、私は、K市に向かう。時刻は、X時X分。相手方の指示で、Y時Y分の電車に乗るこ
とになっている。これから、K市のW幼稚園で、講演会がある。そこで講師をすることになって
いる。

 で、先ほど、ワイフにこう宣言した。「今日こそは……!」と。

 そう、私は、いつも、例外なく、講演を終えるたびに、こう後悔する。「ああ言えば、よかった」
「こう言えば、よかった」と。後悔の連続。一度とて、自分で納得できる講演をしたためしがな
い。

私「今日こそは、最後の最後だと思って、今までの中でも、最高の講演をしてみたい」
ワ「そうね、最後の最後ね」と。

 実は今日は、私の誕生日。満58歳になる。だから今は、まだ57歳、最後の講演会というこ
とになる。法律的には、今日というか、26日と27日の間の午前0時00分に、私は、満58歳に
なったことになる。それを定めるのが、「年齢計算ニ関スル法律」である。

それによれば、「年齢は出生の日から起算し、誕生日の前日に満了する」とする。たとえば、1
0月10日生まれの人は、その前日の10月9日の午前0時00分に、満年齢が1歳、加算され
る。子どもに関していうなら、4月1日生まれの人は、学校への入学などでは早生まれとなる。
これは3月31日の時点で、就学年齢に達するためと考えるからである。しかしこれは、一般常
識から考えて、おかしい。一般常識では、誕生日を迎えるごとに、1歳、加算する。

満365日を生きて、はじめて、そのときから、満年齢が1歳、加算されるべきではないか。たと
えば、私は、今日という日を生きてこそ、明日から、満58歳になる。少なくとも、私は、そう考え
ている。が、法律的に考えていると、何となく、1日、損をしたような気分になる。

 まあ、ゴチャゴチャした話は、ともかくも、私は、今日、58歳になる。昨日、58歳になったの
ではない。今日が、私の誕生日! だから、今日だ!

(この間、半日。無事?、講演を終えて、家に帰ってきた。家に帰ってきたのは、午後7時少し
過ぎ。)

 家に帰ると、ささやかだが、部屋を横切って、「Happy Birhthday」の飾りが、ぶらさげてあ
った。長男が作ってくれたという。中央の紙には、「パパ、いつもありがとう」と書いてあった。

 「年をとるのは、いやだ」と思ったが、しかし、うれしかった。

 いつものようにみんなで、乾杯! ケーキを食べて、おしまい。

 で、ワイフに、「プレゼントは?」と聞くと、おもむろに、一風変わった、ボールペンをくれた。
「何だ?」と思ってよく見ると、メガネ屋のマーク。それを横目で見ながら、ワイフが、こう言っ
た。

 「今日、メガネを買ったら、景品でくれたのよ」と。ワイフは、それにリボンをかけて、私へのプ
レゼントとした。それを聞いて、私は、笑った。長男も笑った。ワイフも笑った。

 加えて、今日は、私とワイフの結婚記念日。

 結婚式はしていないが、(お金がなくて、できなかったが)、10月28日に、籍を入れた。郷里
の母が、「その日だけは、(縁起が悪いので)、やめてくれ!」と言ったが、私は気にしなかっ
た。私の誕生日と同じにすれば、わかりやすい。

 大安だとか、仏滅だとか、あんなのは、まったくの迷信! 私たち夫婦が、それを証明してい
る。

 ……ということで、無事、58歳になった。

 しかし、パーティが終わったとき、私は、こう叫んだ。

 「今日から、ぼくは、48歳だア!」と。

 健康、体力、知力+精力(性力)、どれをとっても、私は、48歳程度だと思う。

【注】

 本来なら、誕生日の翌日の、午前0時00分をもって、1年、年齢を加算するとすべきだった。
たとえば10月10日生まれの人は、10月11日の午前0時00分をもって、1年、年齢を加算す
る。

 その前日の午前0時00分に1歳、加算するとしたため、いろいろなところで、矛盾が生じてい
る。たとえばここにあげた就学年齢の問題のほか、年金の受領開始日や、選挙権の施行日な
ど。民法では、初日を加算せずという大原則がある。が、年齢に関する法律では、生まれた当
日を初日として、1日と加算するため、こういうことになってしまった。たとえば新生児でも生ま
れた直後には、満1日歳となる。翌日に、満2日歳となる。その翌日に満1日になったというの
なら、理解できるのだが……。どうして日本は、こんなバカな決め方をしたのだろう? 

 そういえば私が子どものころには、満年齢と同時に、「数え年」というのが、あった。「満7歳。
数え年で、8歳」などと、両方言っていた覚えが、記憶のどこかにある。生まれた直後には、す
でに1歳となり、あとは正月がくるたびに、それに1歳を加算する。だから、12月31日生まれ
の子どもは、生まれた日に、1歳。翌日の1月1日には、2歳になった。

 年齢に関する法律は、それに倣(なら)ったものなのだろうか。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●珍問答

 ワイフと、昨夜、床の中で、こんな珍問答をした。ワイフが、「生まれ変わりって、あるの? も
しそうなら、きっと、あなたは、前世では、サムライだったわよね」と。

 そこで私は、こう言った。

 「日本人が、日本人に生まれ変わるということ自体、おかしい。前世では、インド人だったかも
しれない。南米のペルー人だったかもしれない。死んだ魂が、その位置で固定するということ
は、ありえない。おかしな話だ」と。

 国によっては、侵略したり、されたりして、民族がごちゃごちゃになっているところもある。もし
生まれ変わりがあるとするなら、そういうところでは、どうなっているのか。日本人だから、その
前世でも、日本人だったと考えるのは、おかしい。ものの見方が、実に、狭い。

ワ「でも、その人の前世がわかるという超能力者が、この前、テレビに出ていたわよ」
私「そんなのは、その人の空想だよ。妄想かもしれない。それがふくらんだだけだよ」
ワ「そうかしら? その人を見ながら、『あなたは、前世では、○○藩の家老の△△だった』と
か、何とか言っていたわ」
私「だから、ウソなの。だいたい、そういうときは、有名人の名前を出すものなの。名もない、農
民や町民では、話題にもならないからね。しかしそういう名もない人たちのほうが、はるかに多
かったのだよ」

ワ「でも、どうしてそういう超能力者を、テレビ局は、取りあげるのかしら?」
私「それだけレベルが、低いということ。プロデューサとかディレクターの、ね」
ワ「でもね、その超能力者が言った場所へ行ったら、本当に、その名前のお墓があったのよ。
ウソかしら?」
私「ウソに決まっているだろ。その超能力者は、あらかじめ、そこへ行って、そういう墓があるこ
とを、調べておいたのさ」と。

 数年前だが、こんなおもしろい番組もあった。私は、最後には、それを見て、腹をかかえて笑
った。大声で笑った。

 何でも、その霊媒師は、死んだ人の霊をあの世から、呼び出すことができるという。そこで、
テレビ局側のだれかが、ナポレオンの霊を呼んでほしいと注文をつけた。

 その霊媒師は、おかしな踊りやら、まじないを繰りかえしていたが、やがて、苦しみ始め、失
神状態になった。が、しばらくすると、パッと立ちあがり、こう言った。

霊「ウーム、私は、ナポレオンだ。だれだ、この闇の世界から、私を呼びだしたのはア!」「ウー
ム、お前たちか。何の用だア!」

 するとまわりにいた人の1人が、その霊媒師に、(すっかりナポレオンの気分になっていた)、
こう言った。

男「ナポレオンさんですか」
霊「そうじゃ」
男「そこは、どんな世界ですか」
霊「暗い。とても暗い……」

男「ところでナポレオンさん、何か、一つ、フランス語でしゃべってみてください」
霊「ウーム、ウーム、苦しい。苦しい……」
男「何か、一つ、フランス語でしゃべってみてください。あなたはフランス人でしょ」
霊「ウーム、それは、できぬ。苦しいので、これでさらばじゃア」と。

 だいたい、乗り移ったナポレオンの霊が、日本語を話すというのも、おかしなことではない
か。

 ハハハ、ワハハハ!

 同じように考えていくと、仮に、私が前世では、インド人であったとするなら、どうして今の私に
は、インド人的なものが何もないのか、ということになる。それよりもおかしいのは、世界の人
口が今、爆発的にふえている。となると、どこかでだれかが、霊の増産をしていることになる。し
かしだれがそれをしているのか。

 前世、来世があるなら、世界の人口は、常に一定でなければならない。まあ、あの世では、
待ち時間というのも、あるかもしれない。昔は、1000年ごとに生まれ変わっていたものが、最
近になって、100年ごとになったとか……?

 ……もうこんなバカげた議論など、やめよう。考えれば考えるほど、辻褄(つじつま)があわな
くなる。

 人間だけが、特別な動物だと思いたい気持ちは、よくわかる。しかしそれこそ、まさに、自己
中心性の表れ。それも、きわめて幼稚な、自己中心性。

 その自己中心性だが、(私)→(民族)→(国家)→(生物)と広げていくと、その段階ごとに、
「私的自己中心性」→「民族的自己中心性」→「国家的自己中心性」→「生物的自己中心性」へ
と、発展していく。たとえば……、

 「私だけが世界で一番重要」と思うのが、「私的自己中心性」。
 「大和民族だけが、最高の民族」と思うのが、「民族的自己中心性」
 「日本だけが、唯一、最高の国家」と思うのが、「国家的自己中心性」
 「人間だけが、特別の動物」と思うのが、「生物的自己中心性」ということになる。

 どの段階においても、自己中心性の程度によって、その人の、人格的完成度を知ることがで
きる。自己中心性の強い人ほど、人格の完成度は低いとみる(「EQ論」)。

私「人間だけが、生まれ変わるとか、特別の動物だと主張する人は、だいたいにおいて、人格
の完成度も低い人とみてよいのでは……」
ワ「ものの考え方が、人間中心的すぎるわよね」
私「そうだよ。人間の脳ミソは、そうは、器用にできていない。私的な部分で、利他的で、生物
的な部分で、自己中心的ということは、ありえない。そういう意味では、脳ミソには、一貫性があ
るからね」と。

 大切なことは、いつでも、どんなばあいでも、相手の立場で、ものを考えるということ。それが
私的なものであっても、民族的なものであっても、さらには、国家的なものであったも、だ。

 もちろん生物的なものについても、そうである。

「その超能力者がだよ、お前の前世は、コオロギだったとでも言うのなら、話はわかるけど。し
かしそのコオロギにしてみれば、人間に生まれ変わる確率は、サマージャンボ(宝くじ)で、特
賞を当てるよりも、低いだろうね。だって、昆虫の数のほうが、人間の数より、はるかに多いわ
けだから。言いかえるとね、人間が死んで生まれ変わるとしてもだよ、再び人間に生まれ変わ
る確率は、かぎりなく、ゼロに近い。だから、ありえない」と。

 そのうち、コンピュータが進歩してくると、「このコンピュータは、はやし浩司の生まれ変わり」
などと言い出す人が出てくるかもしれない。私は、それを楽しみにしているが……。ハハハ。今
から、笑っておこう!


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【日々、雑感】

●信用

 夜遅く、近くのコンビニへ行った。店員たちが、弁当やおにぎりなどを、無造作に、カゴに詰め
ていた。「どうするのですか?」と聞くと、「捨てるんです」と。

 瞬間、私は、「もったいない」と思った。そう思って、「どうして?」と聞くと、「こういうものは、1
日かぎりで捨てることになっていますから」と。

 つぎの瞬間、「だったら、安く売ればいい」とか、「ただでくれればいい」と思ったが、それは言
わなかった。売れ残った弁当類は、損金として、計算されるしくみになっているらしい。

 が、それ以後、私の中に、別の意識が生まれるようになった。「それ以後」といっても、すぐで
はない。何か月もたってからのことだが、ある日気がつくと、私は弁当といえば、コンビニで買う
ようになっていた。とくに、ドライブか何かをしていて、田舎のほうへ行ったときは、そうである。

 「コンビニの弁当は、安心して食べられる」という意識である。つまり、こうして、店の信用がで
きる。コンビニにしてみれば、売れ残ったものを捨てるというのは、勇気のいることかもしれな
い。しかし売れ残ったものを、安く売るようでは、信用はつかない。そのときは「損」と思っても、
それから生まれる安心感が、新しい信用を生む。

 おかげで、個人の店は、このところ、どんどんと閉店に追いこまれているが……。


●廃業

 その個人の店の話。

 最近、また、近くの文具店が、廃業に追いこまれた。ときどき文具を買っていた店だけに、残
念。しかしこうまで100円ショップが、力をもってくると、どうにもならない。たいていの文具が、
その100円ショップでそろってしまう。その店にしても、廃業は、時間の問題だった。

 しかし、よくがんばったと思う。

 文具というのは、掛け率が高い。100円で仕入れた商品なら、200円以上の値段をつける。
文具のように、値段の安い小物を売るときは、それくらいの掛け率にしないと、採算があわな
い。わかりやすく言えば、時計屋は、時計を一個売って、4000円もうける。が、文具店は、消
しゴム一個売っても、100円のもうけにしかならない。(この話は、30年前の話を基準にしてい
るが……。)

 同じように、このところ時計屋も元気がない。個人の時計屋では、それをカバーするため、メ
ガネを売ったり、宝飾品を並べたりした。が、それも一巡すると、あとは、斜陽の一途。

 私の実家も、家業は自転車屋だったが、私が中学生から高校生になるころには、いつ閉店し
てもおかしくない状態に追いこまれた。あるとき売れる自転車の数を調べたことがあるが、1か
月に、3〜4台しか売れなかったのを覚えている。当然、家計は火の車。あとは、パンク修理や
自転車修理で、何とか生計をたてていた。

 だから今、廃業していく人たちの気持ちが、痛いほど、よくわかる。「つらい」などと生やさしい
ものではない。何とも表現のしようがない憂うつ感、閉そく感、沈滞感。さらにその上から、容赦
なく、不安や心配がのしかかってくる。通りを歩く客を、ただぼんやりと待つ商店主の気持ち
は、そんなもの。

 しかし暗い顔はできない。少ない客でも入ってくれば、精一杯の笑顔をつくって見せる。腹の
底をしぼりながら、元気な声で、「いらっしゃいませ!」と言う。それは仮面。虚勢。虚栄。

 「廃業」というが、そうは簡単にはできない。たいていのばあい、その時点で、転業するだけの
余力すらない。資金もない。それに商店主というのは、その商品のプロではあっても、そのほ
かのことについては、ほとんど知らない。ほかのことが、できない。だから「食べていければい
い」と、自分をなぐさめながら、その日、その日を、何とか、暮らす。

 ……毎日、その文具店の前を通るたびに、私は、子どものころの、あの気持ちを思い出して
いた。が、やはり、廃業。少し前だが、「一日の売りあげは、いくらくらいかな?」と思ったことが
ある。

 仮に1万円の利益をあげるためには、2万円以上の売りあげがないと、いけない。しかし文
具で、2万円以上の売りあげをあげるのは、たいへんなこと。ノートならノートを、1冊とか、2冊
とか、そういう単位で、売る。値段は、300円とか、400円。こまかい仕事であることには、ち
がいない。

 その点、100円ショップは、ちがう。客が、10個、20個のものを、カゴにつめて買う。店員
は、商品の数を数えるだけ。包んだり、袋に入れたりなどということは、しない。(してくれるとこ
ろもあるが……。)

 こうして、街角から、また一つの店が消えた。少し前には、酒屋も消えた。靴屋も消えた。時
計屋も電気屋も消えた。「これでいいのかなあ」という思いと、「しかたないのかなあ」という思い
が、私のばあい、胸の中で、複雑に交錯する。

 そうそう、その点、私のワイフなどには、商売とは無縁の世界で、生まれ育っている。だから
平然と、こう言う。「これは時代の流れよ」「しかたないわね」と。個人の商店に対する同情心と
いうか、思いやりというものが、まるで、ない。しかし、しょせん、商売というのは、そういうもの。

 問屋をできるだけたたいて、安く仕入れる。客をできるだけだまして、高く売る。あとは、毎
日、このかけ引き。その連続。少しきびしいことを書いたが、だから商店が閉店しても、それに
同情する人は、ほとんど、いない。「ああ、しかたないわね」で終わってしまう。

 でも、あの文具店で長く働いていた店員さんは、これから先、どうするのだろう?


●記憶

 長男が、ちょうど1歳半くらいのときのこと。今の家を建てた。私とワイフは、仕事が終わるた
びに、新築中の家を見にきた。

 そんなある日の午後遅く、私は、車の中で眠っている長男をそのままにして、新築中の家の
中を見ていた。たまたま建築会社の社員も、そばにいた。

 が、そのとき、長男の叫び声で、道路に飛び出した。見ると、車が、坂を下へ下へと、動き始
めているではないか。あわてて車にかけよったが、車はそのまま側溝へ。ドスンと音がして、そ
こで止まった。深い側溝だった。

 事件は、それで終わった。その日は、建築会社の社員に家まで乗せてもらって、アパートまで
帰った。翌日、みなで、車を側溝から引き出すつもりだった。

 で、その日のできごとを、ある日、長男が、「覚えている」と言った。しかしそんなはずはない。
そのとき長男は、1歳半くらい。これはあとでわかったことだが、助手席で眠っていた長男は、
目をさまし、どこかにつかまって立ったらしい。そしてサイドブレーキを、足で踏んでしまったらし
い。それで車が動き出した。

 それについて、今日、ワイフが、こんな説明をしてくれた。

「S(=長男)はね、あの日のことを覚えていないのよ。でもね、Sが中学生くらいのとき、夢を見
たんだって。その夢の中で、自分の乗った車が、勝手に動き出し、こわい思いをしたそうよ。そ
こで私たちが話してあげた話と、夢の内容が一致したというわけ」と。

 つまり長男は、記憶としては、その日のことは覚えていない。しかし眠っているとき、その日の
ことを、夢として見た。車の中で立って、サイドブレーキを踏んだ。そのため、サイドブレーキ
が、ガチャンという音をたてて、車が動き出した。そういう夢だったという。その夢の内容が、私
たちがいつか、長男に話した話の内容と、一致した。それで「覚えている」ということになった。
どうも、そういうことらしい。

 つまり、1歳半のころのことでも、脳みそのどこかに、それは(記銘)される。ただそれを記憶
として、(想起)できないだけ、ということになる。

 このことで思い出したが、たとえば4歳児に、1年前のことや、2年前のことを聞くと、みな、
「覚えている」という。弟が生まれた日のことや、家族で旅行に行ったときのことなど。逆算する
と、4歳児でも、2歳のころのことや、3歳のころのことを覚えていることになる。

 これはこの年齢の子どもについては、驚くべきことでも、何でもない。ごく、ふつうのことであ
る。しかしおとなになるにつれて、2歳や3歳のころのことを思い出せなくなる。こうした現象を、
どう説明したらよいのか。おとなになるにつれて、(想起)する力が弱くなるということか。

 興味ある事実なので、ここに記録として、書きとどめておくことにする。
(はやし浩司 子供の記憶 記憶 記銘 保持 想起)


●悪夢

 私は、毎晩のように、悪夢を見る。いつもたいてい、その悪夢で目が覚める。そのことからも
わかるように、私の心には、大きなキズ(トラウマ)がある。

 そのキズは、いつついたものなのか。どうしてついたものなのか。そのあたりのことは、思い
出そうとしても、思い出せない。しかしこうした悪夢を見るようになったのは、中学生から高校生
にかけてである。

 原因は、いくつかある。その中でも最大のものは、あの受験競争にあると思う。私は自己愛
者特有の、完ぺき主義者だった。そのため、自分に過酷なまでの受験勉強を強いた。

 もちろんそれ以前からも、日常的に、かなりの不安感に悩まされていた。そういう意味では、
私が生まれ育った家庭環境は、とても幸福なものと言えるようなものではなかった。その不安
感に、拍車をかけたのが、あの受験戦争だったということになる。

 母は、いつも口ぐせのように言っていた。「勉強しなかったら、自転車屋をつげ」「工場で働
け」と。母としては、軽いおどしのつもりで、そう言ったのかもしれないが、それは私にとっては、
「死ね」と言われるくらい、つらい言葉だった。

 で、いつも、こう思う。「どうしたら、この悪夢から解放されるのか」と。

 私の悪夢は、これまたおかしなことに、一晩とて、同じものはない。毎晩、ちがう。しかしパタ
ーンは、同じ。

 たいていバスか電車、あるいは車で、どこか遠いところに来ている。町の中のホテルであった
り、田舎の温泉であったり。あるいは、山の中の、バス停のときもある。見知らぬ土地というよ
りは、そのあたりの地理については、どういうわけか、よく知っている。

 で、時間がやってくる。私は、温泉に入っている。みやげ物屋でみやげを買っている。しかし
時間がやってくる。「早くバスに乗らないといけない」とか、「飛行機に乗り遅れる」とか、そう思
う。

 しかし時間がやってくる。で、カバンを部屋に取りにいくと、私のカバンがない。あるいは空港
へ行くバスは、もう出てしまっている。ホテルには、だれもいない。

 全体としてみると、そういう夢である。

 フロイト流に解釈するなら、慢性的な強迫観念が底流にあって、それから生まれる不安感に
根ざした夢ということになる。

 ときどき居なおって、「ぼくは、勝手にひとりで行くから」とか、「空を飛べばいい」とか考えるこ
ともある。しかしほとんどのばあい、ハラハラ、ドキドキしたところで、目がさめる。

 で、こうした夢は、私だけが見る夢かと思っていたら、似たような夢を見る人が、ほかにもたく
さんいることを知った。しかも、だ。幼児でも、少なくないことを知った。いつだったか、それにつ
いて調べたことがある。

 幼児(5、6歳児)だと、何かに追いかけられる夢が多い。ワニとか、ロボットとかなど。「幼児
だから、楽しい夢を見ているはず」と考えるのは、たいへんなまちがい。

 それはさておき、私は、恐らく死ぬまで、この悪夢から解放されることはないだろう。だから、
一生、じょうずにつきあうしかない。

 で、またまた私のワイフの話になるが、ワイフは、悪夢なるものは、ほとんど、見ないという。
だいたい、夢そのものをあまり見ないらしい。そのワイフは、受験競争を経験していない。高校
時代は、いつも友だちと遊んでばかりいたという。母親は、早くして、なくしているが、しかしワイ
フは、いつもこう言う。

 「私の家は貧乏だったけど、みんなが助けあって、毎日、楽しかった」と。そこで「不安感はな
かったか?」と聞くと、「まったく、なかった」と。

 そういう子ども時代をもつ人は、幸福だと思う。不幸にして不幸な家庭環境に育った子どもだ
けが、私が見るような悪夢に、一生、苦しめられる。
(はやし浩司 悪夢 トラウマ 心の傷 強迫観念)


●「週刊B春」11月3日号

 コンビニで、週刊B春、11月3日号を買う。読む。冒頭の記事が、気になった。こんな事件で
ある。

 「12歳息子に、撲殺された『教育ママ』が築いたゴミの山」と。

 副題には、こうある。「単身赴任の末に離婚した父。家事放棄する母。大阪・M市のサラリー
マン家庭に、何が起こったのか……」と。

 事件の概要は、だれでも、簡単に想像できる。教育ママと、できのよい息子。しかしそれに満
足しない母親。「勉強しなさい」「うるさい」の、けんか。それが毎日、毎晩つづく。こうした対立
が、やがて突発的な事件へと発展する。息子が、母親を、撲殺、と。

 記事を読むと、母親が、かなり神経症的な症状を示しているのがわかる。子どもの成績に異
常なまでにこだわり、その一方で、家事放棄。家の中は、「ゴミの山」だったという。つまり母親
自身が、自分をコントロールする力(=管理能力)を失っている。

 こうなると、家庭教育も、当然、崩壊する。母親は、自分の不安を解消するための道具とし
て、子どもを利用する。週刊誌の記事によれば、すでにそのとき、子どもの成績は、優秀であ
ったという。

 が、実際には、このタイプの親は、少なくない。子どものできが悪ければ悪いで、悩んだりす
るが、反対にできがよくても、「もっと……」「さらに……」と悩む。つまり親の欲望には、際限が
ない。

 どうして際限がないかというよりも、もともと、このタイプの親は、真の愛情というものが、どう
いうものか、わかっていない。愛ももどきの愛、つまり代償的愛をもって、それが真の愛と誤解
する。それはストーカー行為を繰りかえす人が口にする「愛」に似ている。どこまでも自分勝手
な愛。自己中心的な愛。子どもの気持ちなど、まるで考えていない。

 だから肝心の子どもは、そういう親に対して、感謝などしていない。まさにありがた迷惑。だか
ら、記事の最後は、こう結んである。そのまま紹介する。

++++++++++++++++++

 A(少年のこと)は、取り調べに対して、こう答えている。

 「勉強しろと口やかましく言われたので、腹がたって殴った。殺すつもりはなかった。小6くら
いから、顔を見るたびに、「勉強せえ」と言われて、腹がたっていた」

 そして「拘留後は落ち込んだり、反省したりする様子もなく、食事もぜんぶ食べて、ぐっすりと
寝ている」(捜査関係者)と。

++++++++++++++++++

 どの親も、自分で失敗してみるまで、それが失敗だと気づかない。「うちの子にかぎって……」
「うちはだいじょうぶ……」と。

 これは子育てにまつわる宿命のようなもの。だから私のようなものが、いくら声高に叫んで
も、親の心には、届かない。だれしも、「うちの子は、今よりよくなる」とだけしか考えない。そう
考えて、子どもを、受験競争に駆りたてる。しかし成功する例より、失敗する例のほうが多い。
はるかに多い。

 今でも私は、親たちの際限のない希望に耳を傾けているとき、ときどき、こう思うことがある。
「私の知ったことか!」と。そうでも思わないと、やりきれない。その場から、自分を解放するこ
とができない。しかし被害者は、いつも、子どもたち。それを忘れてはいけない。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

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【HP、マガジンより、心ない、あなた様へ】

 私のマガジンやHPでは、マガジンについては、R天日記のばあい、あなた様のプロバイダー
名までわかるしくみになっています。

 マガジンについては、購読者のアドレスもわかるしくみになっています。

 HPについては、F社の、読者追跡サービスによって、やはりプロバイダー名や、あなた様の
県名まで、わかるしくみになっています。アクセス回数はもちろん、どうでもよいことですが、あ
なた様が、どんなパソコンやOSを使っていらっしゃるかまでわかるしくみになっています。どの
ぺージを閲覧したかまで、わかるしくみになっています。

 私の出しているマガジンにせよ、HPにせよ、これらは、タイトルのとおり、『子育て最前線の
父母』のためのものです。最初は、BW生の父母のために書き始めたものです。

ですから、ときどき、いやがらせや、中傷めいた書き込み、コメントを書く人もいますが、どう
か、そういうことは、ムダなことですから、やめてください。すでに子育てが終わっている、あな
た様には、関係のないものと思われます。

 くれぐれも、よろしくお願いします。

******************************

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(930)

●幸福の実感

 金(マネー)、名誉、権力。この3つを同時に手に入れることは、むずかしい。それこそ。「二
兎(と)を追うもの、一兎も得られず」ということになる。三兎となると、さらにむずかしい。

 だから、人は、いつの間にか、その中の1つに焦点を当てるようになる。「金か、名誉か、そ
れとも権力か」と。しかし意識的にそうするというよりは、結果としてみると、そうなっていたとい
うケースが、多い。

 が、歳をとり、その先に(限界)を感ずるようになると、ものの考え方が、少しずつ変わってく
る。これら3つの上に、「だから、どうなの?」という部分が、重なってくる。
 
 お金がある……、だからどうなの?
 名誉がある……、だからどうなの?
 権力がある……、だからどうなの?、と。

 この「だから、どうなの?」という部分がないまま、金、名誉、権力を追い求めたところで、むな
しいだけ。それが少しずつ、わかってくるようになる。

 そこで登場するのが、「幸福の実感」。

 心を一つの箱にたとえるなら、金にしても、名誉にしても、そして権力にしても、そういうもの
で、この箱を、満たすことはできない。一時の「夢」に酔いしれることはあっても、それはあくまで
も一時。人間の欲望には、際限がない。一つの欲望を満足させると、さらにその先には、別の
欲望が待っている。

 つまりいくら、金、名誉、権力を手にしても、箱に入れたとたん、それらは煙のようになって、
どこかへ散ってしまう(?)。私自身は、これら3つのものとは、無縁の世界に生きてきた。しか
し想像はつく。

 では、どうすれば、この箱を、充足感で満たすことができるのか。その一つのヒントとして、以
前、「オズの魔法使い」について、書いた。たわいもない物語だが、しかしあの物語には、考え
させられる。

 もうこの原稿を書いてから、4年になる。それを再掲載する(中日新聞掲載済み)。

+++++++++++++++++++++++

【家族の心を守る法】

家族の心が犠牲になるとき 

●子どもの心を忘れる親

 アメリカでは、学校の先生が、親に「お宅の子どもを1年、落第させましょう」と言うと、親はそ
れに喜んで従う。「喜んで」だ。ウソでも誇張でもない。あるいは自分の子どもの学力が落ちて
いるとわかると、親のほうから学校へ落第を頼みに行くというケースも多い。

アメリカの親たちは、「そのほうが子どものためになる」と考える。が、この日本ではそうはいか
ない。子どもが軽い不登校を起こしただけで、たいていの親は半狂乱になる。先日もある母親
から電話でこんな相談があった。何でも学校の先生から、その母親の娘(小2)が、養護学級
をすすめられているというのだ。その母親は電話口の向こうで、オイオイと泣き崩れていたが、
なぜか? なぜ日本ではそうなのか? 

●明治以来の出世主義

 日本では「立派な社会人」「社会で役立つ人」が、教育の柱になっている。1方、アメリカで
は、「よき家庭人」あるいは「よき市民」が、教育の柱になっている。オーストラリアでもそうだ。
カナダやフランスでもそうだ。

が、日本では明治以来、出世主義がもてはやされ、その1方で、家族がないがしろにされてき
た。今でも男たちは「仕事がある」と言えば、すべてが免除される。子どもでも「勉強する」「宿
題がある」と言えば、すべてが免除される。

●家事をしない夫たち

 2000年に内閣府が調査したところによると、炊事、洗濯、掃除などの家事は、9割近くを妻
が担当していることがわかった。家族全体で担当しているのは10%程度。夫が担当している
ケースは、わずか1%でしかなかったという。子どものしつけや親の世話でも、6割が妻の仕事
で、夫が担当しているケースは、3%(たったの3%!)前後にとどまった。

その1方で7割以上の人が、「男性の家庭、地域3加をもっと求める必要がある」と考えている
こともわかったという。内閣総理府の担当官は、次のようにコメントを述べている。「今の20代
の男性は比較的家事に3加しているようだが、40代、50代には、リンゴの皮すらむいたことが
ない人がいる。男性の意識改革をしないと、社会は変わらない。男性が老後に困らないために
も、積極的に(意識改革の)運動を進めていきたい」(毎日新聞)と(※1)。

 仕事第1主義が悪いわけではないが、その背景には、日本独特の出世主義社会があり、そ
れを支える身分意識がある。そのため日本人はコースからはずれることを、何よりも恐れる。
それが冒頭にあげた、アメリカと日本の違いというわけである。言いかえると、この日本では、
家族を中心にものを考えるという姿勢が、ほとんど育っていない。たいていの日本人は家族を
平気で犠牲にしながら、それにすら気づかないでいる……。

●家族主義

 かたい話になってしまったが、ボームという人が書いた童話に、『オズの魔法使い』というの
がある。カンザスの田舎に住むドロシーという女の子が、犬のトトとともに、虹の向こうにあると
いう「幸福」を求めて冒険するという物話である。あの物語を通して、ドロシーは、幸福というの
は、結局は自分の家庭の中にあることを知る。アメリカを代表する物語だが、しかしそれがそ
のまま欧米人の幸福観の基本になっている。

たとえば少し前、メル・ギブソンが主演する『パトリオット』という映画があった。あの映画では家
族のために戦う1人の父親がテーマになっていた。(日本では「パトリオット」を「愛国者」と訳す
が、もともと「パトリオット」というのは、ラテン語の「パトリオータ」つまり、「父なる大地を愛する」
という意味の単語に由来する。)「家族のためなら、命がけで戦う」というのが、欧米人の共通
の理念にもなっている。家族を大切にするということには、そういう意味も含まれる。そしてそれ
が回りまわって、彼らのいう愛国心(※2)になっている。

●変わる日本人の価値観

 それはさておき、そろそろ私たち日本人も、旧態の価値観を変えるべき時期にきているので
はないのか。今のままだと、いつまでたっても「日本異質論」は消えない。が、悲観すべきこと
ばかりではない。

99年の春、文部省がした調査では、「もっとも大切にすべきもの」として、40%の日本人が、
「家族」をあげた。同じ年の終わり、中日新聞社がした調査では、それが45%になった。たっ
た1年足らずの間に、5ポイントもふえたことになる。これはまさに、日本人にとっては革命とも
言えるべき大変化である。

そこであなたもどうだろう、今日から子どもにはこう言ってみたら。「家族を大切にしよう」「家族
は助けあい、理解しあい、励ましあい、教えあい、守りあおう」と。この1言が、あなたの子育て
を変え、日本を変え、日本の教育を変える。

※1……これを受けて、文部科学省が中心になって、全国6か所程度で、都道府県県教育委
員会を通して、男性の意識改革のモデル事業を委託。成果を全国的に普及させる予定だとい
う(2001年11月)。

※2……英語で愛国心は、「patriotism」という。しかしこの単語は、もともと「愛郷心」という意味
である。しかし日本では、「国(体制)」を愛することを愛国心という。つまり日本人が考える愛国
心と、欧米人が考える愛国心は、その基本において、まったく異質なものであることに注意して
ほしい。

++++++++++++++++++++++

 私があげる「家族主義」の原点は、この原稿にある。しかしその後、この家族主義は、急速に
勢力を伸ばし、今では、どんな調査結果をみても、約80%前後の人が、もっとも大切にすべき
ものとして、「家族」をあげるようになっている。

 この5、6年の間に、日本人の意識が、大きく変わってきたことを意味する。

 が、さらに最近、私は、「しかし、それだけでも足りない」と考えるようになった。つまり家族主
義も、それが利己的になったとき、かえって弊害を生むのでは、と。つまり家族主義にも、善玉
と悪玉がある。

 善玉というのは、利他的な家族主義をいう。悪玉というのは、利己的な家族主義をいう。

 同じ家族主義でも、いつも家族のほかのメンバーの立場で考えるか、考えないかのちがいと
言ってもよい。「家族を大切にする」と言いながら、結局は、かほかのメンバーを利用している
だけという人も、少なくない。そのよい例が、家父長意識である。

 家父長意識が強ければ強いほど、家父長、つまり「ご主人様」にとっては、たいへん居心地
のよい家庭かもしれない。が、ほかのメンバーにとっては、そうでない。つまりは、善玉、悪玉
のちがいは、「人」を大切にするか、「家」を大切にするかということになる。このタイプの人は、
当然のことながら、「家」を大切に考える。しかしこれは、家族主義でも、何でもない。ただの権
威主義という。

 つまり家族主義が、日本の本流となった今、その日本は、さらにその先へと進もうとしてい
る。それについては、これから先、もっと考えていきたい。そのヒントの一つとして、善玉家族主
義と、悪玉家族主義について書いてみた。
(はやし浩司 家族主義 善玉 悪玉 オズの魔法使い 愛国心)2005/11/24


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(931)

●恋愛と不倫

++++++++++++++++++++

知人の息子が、不倫をしているらしい。知人
から、どうすれば、やめさせることができる
かと、相談というか、そんな話が伝わってき
た。

まだ息子の妻(嫁)は、気づいていないよう
だが、心配でならない、と。

++++++++++++++++++++

 恋愛をしたからといって、性的関係があるとはかぎらない。不倫、つまり性的関係をもったか
らといって、恋愛感情があるとは、かぎらない。

 その境目は、どこにあるか?、……という議論は、いくらしても、あまり意味がない。不倫関係
が恋愛関係になることも、反対に、恋愛関係が不倫関係になることは、いくらである。つまり男
と女の関係は、いつも流動的。

 ところで、江戸時代から、戦前にかけて、日本には、姦通(かんつう)罪という恐ろしい刑罰が
あったそうだ。(江戸時代には、「不義密通罪」と呼ばれていた。)

 浮気がバレたばあい、男のほうが町人のばあいには、まちがいなく死罪。(死罪だぞ!)また
女のほうも、ただではすまない。浮気がバレれば、「吉原に身を売られ、数年間、苦界に身を
沈めねばならなかった」そうだ(「日本史おもしろBOOK」PHP)。

 そのため、女の夫のほうも、仮に自分の妻が浮気をしても、簡単には、訴え出ることができな
かったそうだ。そのため、内々に、相手の男と、示談ですますことが多かったという。

 その相場は、「7両2分」。江戸中期で、1両で1石の米を買えたというから、1両を約6万円と
して計算すると、7両2分というと、約43万円ということになる。

 「43万円かあ……」と思ってみたり、「43万円ねえ……」と思ってみたりする。

 で、どうして7両2分になったかについてだが、死罪になったとき、寺への回向(えこう)料が、
その7両2分だったからだという。つまり死罪になるよりは、相手の男に、同額のお金を払っ
て、許してもらおうというわけである。それで7両2分になった(同書)。

 が、浮気にせよ、不倫にせよ、それがバレたとき、夫や妻に与えるショックには、相当なもの
がある。が、何よりも恐ろしいのは、その時点で、夫婦の信頼関係が、崩壊するということ。た
とえば、こんな話がある。あなたは、この話を聞いて、どうその夫婦を判断するだろうか。

++++++++++

 ある男性は、妻に内緒で、職場の女性と不倫関係を楽しんでいた。最初の妻を、「妻A」とす
る。が、そのうち、女性のほうが、本気になってしまった。やがて男性のほうも、本気になってし
まった。そこで女性のほうが、男性に、こう言って迫った。

 「奥さんと別れて、私と結婚して」と。男性のほうも、「妻と別れるから、結婚しよう」と言った。

 こうしてその男性は、妻と離婚。そしてその不倫相手と、再婚。その新しい妻を、ここでは、
「妻B」とする。

 一見、その男性と女性については、めでたしめでたし……ということになるが、しかし本当に
そうだろうか?

 その女性は、こうして「妻」の座を自分のものにしたが、実は、今度は、自分がその妻の座か
ら、引きずりおろされるハメになった。

 浮気性の男は、どこまでも浮気性。今度は同じ職場の、また別の女性と、不倫関係をもつよ
うになってしまった。

 この時点で、妻Bには、夫を責める資格は、あるのか。それともないのか。まさか「どうして職
場の女性と、浮気なんかするのよ!」と、夫に怒るわけにもいかない。が、それ以前から、妻B
は、家にいても、不安であならなかった。夫の浮気性というか、そうした性癖を、よく知っていた
からである。

 で、やがてその男性は、今度は、その女性と、本気になってしまった。そしてここで再び、同じ
ことを繰りかえす。妻Bと離婚して、その不倫相手と結婚した。その女性を、「妻C」としておく。

 ……というケースは、多い。一般的に、マザコンタイプの男性ほど、浮気をしやすいと言われ
ている。マザコンであるがゆえに、理想の女性(=マドンナ)を求めつづける、イコール、自分の
妻では、満足できないためと考えられている。

 で、その男性がそうであったかどうかは知らないが、その男性は、妻Aから、妻B、妻Cへと、
3人の妻をもったことになる。で、こういうケースのばあい、はたして夫婦の間に、信頼関係を
築くことができるのだろうか……というのが、ここでの問題である。

 浮気が浮気の範囲で、不倫が不倫の範囲で収まっている間は、まだよい。恋愛関係になって
も、その範囲を超えない間は、まだよい。それが原因で、離婚、さらには、再婚となると、しか
し、そうはいかない。

 夫のほうは、それでよいとしても、妻Cにしてみれば、この先ずっと、「今度は、いつ自分が裏
切られるのか」と、ハラハラしなければならない。また裏切られても、文句をいうことすらできな
い。となると、何のために結婚したのかということにも、なってしまう。

 話は、もう一度脱線するが、恋愛感情にも、寿命があるということが、最近の研究でわかって
きた。それについて書いた原稿を、もう一度、ここに掲載する。

+++++++++++++++++++++

●恋愛の寿命

+++++++++++++++++

心ときめかす、恋心。しかしその恋心
にも、寿命がある。

+++++++++++++++++

 その人のことを思うと、心がときめく。すべてが華やいで見える。体まで宙に浮いたようになる
……。恋をすると、人は、そうなる。

 こうした現象は、脳内で分泌される、フェニルエチルアミンという物質の作用によるものだとい
うことが、最近の研究で、わかってきた。恋をしたときに感ずる、あの身を焦がすような甘い陶
酔感は、そのフェニルエチルアミンの作用によるもの、というのだ。

その陶酔感は、麻薬を得たときの陶酔感に似ているという人もいる。(私自身は、もちろん、麻
薬の作用がどういうものか、知らない。)しかしこのフェニルエチルアミン効果の寿命は、それ
ほど長くはない。短い。

 ふつう脳内で何らかの物質が分泌されると、フィードバックといって、しばらくすると今度は、
それを打ち消す物質によって、その効果は、打ち消される。この打ち消す物質が分泌されるか
らこそ、脳の中は、しばらくすると、再び、カラの状態になる。体が、その物質に慣れてしまった
ら、つぎから、その物質が分泌されても、その効果が、なくなってしまうからである。

しかしフェニルエチルアミンは、それが分泌されても、それを打ち消す物質は、分泌されない。
脳内に残ったままの状態になる。こうしてフェニルエチルアミン効果は、比較的長くつづくことに
なる。が、いつまでも、つづくというわけではない。やがて脳のほうが、それに慣れてしまう。

 つまりフェニルエチルアミン効果は、「比較的長くつづく」といっても、限度がある。もって、3年
とか4年。あるいはそれ以下。当初の恋愛の度合にもよる。「死んでも悔いはない」というよう
な、猛烈な恋愛であれば、4年くらい(?)。適当に、好きになったというような恋愛であれば、半
年くらい(?)。

 その3年から4年が、恋愛の寿命ということにもなる。言いかえると、どんな熱烈な恋愛をして
も、3年から4年もすると、心のときめきも消え、あれほど華やいで見えた世界も、やがて色あ
せて見えるようになる。もちろん、ウキウキした気分も消える。

 ……と考えると、では、結婚生活も、4年程度が限度かというと、それは正しくない。恋愛と、
結婚生活は、別。その4年の間に、その2人は、熱烈な恋愛を繰りかえし、つぎのステップへ進
むための、心の準備を始める。

 それが出産であり、育児ということになる。一連のこうした変化をとおして、今度は、別の新し
い人間関係をつくりあげていく。それが結婚生活へとつながっていく。

 が、中には、そのフェニルエチルアミン効果による、甘い陶酔感が忘れられず、繰りかえし、
恋愛関係を結ぶ人もいる。たとえばそれが原因かどうかは別にして、よく4〜5年ごとに、離
婚、再婚を繰りかえす人がいる。

 そういう人は、相手をかえることによって、そのつど甘い陶酔感を楽しんでいるのかもしれな
い。

 ただここで注意しなければならないのは、このフェニルエチルアミンには、先にも書いたよう
に麻薬性があるということ。繰りかえせば繰りかえすほど、その効果は鈍麻し、ますますはげし
い刺激を求めるようになる。

 男と女の関係について言うなら、ますますはげしい恋愛をもとめて、さ迷い歩くということにも
なりかねない。あるいは、体がそれに慣れるまでの期間が、より短くなる。はじめての恋のとき
は、フェニルエチルアミン効果が、4年間、つづいたとしても、2度目の恋のときは、1年間。3
度目の恋のときは、数か月……というようになる。

 まあ、そんなわけで、恋愛は、ふつうは、若いときの一時期だけで、じゅうぶん。しかも、はげ
しければはげしいほど、よい。二度も、三度も、恋愛を経験する必要はない。回を重ねれ重ね
るほど、恋も色あせてくる。

が、中には、「死ぬまで恋を繰りかえしたい」と言う人もいるが、そういう人は、このフェニルエチ
ルアミン中毒にかかっている人とも考えられる。あるいはフェニルエチルアミンという麻薬様の
物質の虜(とりこ)になっているだけ。

 このことを私のワイフに説明すると、ワイフは、こう言った。

 「私なんか、半年くらいで、フェニルエチルアミン効果は消えたわ」と。私はそれを横で聞きな
がら、「フ〜ン、そんなものか」と思った。さて、みなさんは、どうか?
(はやし浩司 恋愛 恋愛の寿命 フェニルエチルアミン ドーパミン効果 麻薬性)

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 つまり、恋愛にも寿命があるということ。今風に言えば、賞味期限があるということ。しかもそ
れを繰りかえせば繰りかえすほど、賞味期間は、短くなる。

 だから……というわけでもないが、不倫は不倫として、あるいは浮気は浮気として、さらにそ
れから恋愛感情が生まれたとしても、決して、急いで結論を出してはいけない。どうせ、冷め
る。時間がくれば、冷める。人間の脳ミソというのは、もともと、そうできている。

 知人のケースでいうなら、こうした不倫は、静かに見守るしかない。へたに反対すれば、恋心
というのは、かえって燃えあがってしまう。しかし時間がくれば、冷める。長くても、それは4年以
内。だから私は、こう言った。「放っておけばいい。そのうち、熱も冷める。バレたときは、奥さ
んにぶん殴られればいい。それですむ」と。

 しかし不倫や浮気ができる人は、それなりに幸福な人かもしれない。いや、不幸な人なのか
もしれない。よくわからないが、私の知らない世界を、そういう人たちは、知っている。ただこう
いうことは言える。

 「真剣にその人を愛してしまい、命がけということになったら、それは、もう、不倫でも、浮気で
もない」と。夫や妻の間で、それこそ死ぬほどの苦しみを味わうことになるかもしれないが、そ
のときは、そうした恋愛を、だれも責めることはできない。人間が人間であるがゆえの、恋愛と
いうことになる。

 どうせ不倫や浮気をするなら、そういう不倫や浮気をすればよい。そうでないなら、夫婦の信
頼関係を守るためにも、不倫や浮気など、しないほうがよい。いわんやセックスだけの関係ほ
ど、味気なく、つまらないものはない。(……と思う。)それで得るものより、失うもののほうが、
はるかに多い。(……と思う。)

 いらぬお節介だが……。

 昔、今東光という作家は、私が、東京の築地にある、がんセンターを見舞うと、こう話してくれ
た。

 「所詮、性(セックス)なんて、無だよ」と。私も、そう思う。しかしその「無」にどうして人は、こう
まで振り回されるのだろう。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(932)

●6か国協議の行方(ゆくえ)

 中国のK首席が、K国を訪問して、昨日、中国へ帰った。最後に、中国の援助で建てられた
ガラス工場を、K首席は訪問してから、帰ったという。

K国としては、中国との親密さをアピールすることにより、11月から再々度行われる、6か国協
議を有利に運ぼうとしているのかもしれない。が、中国を、そんなに信用してよいのか?

 中国のK首席のねらいは、南北朝鮮の統一どころか、K国の中国化である。つまりK国を、
ゆくゆくは、中国が、取り込んでしまう。もっとわかりやすく言えば、中国の国境を、38度線まで
さげることにある。

 そうなれば、N政権が描く、南北朝鮮の統一は、空絵事で終わってしまう。今は、多少なりとも
アメリカ軍が残っているからよいようなものの、やがてそのアメリカ軍が撤退してしまえば、韓
国も、その中国に、のみ込まれてしまうかもしれない。

 そのための布石を、中国は、着々と進めている。

 が、それにしても理解できないのが、韓国のN大統領。いまだに中国やK国に、せっこらせっ
こらと、ラブコールを送りつづけている。とくにK国に対しては、まるで腫れ物に触れるかのよう
に、気をつかっている。

 韓国には韓国の事情もあるのだろうが、こうした韓国のわけのわからない動きが、6か国協
議の行方を、ますます不透明にしている。先の協議でも、協議が終わるやいなや、アメリカや
日本側に相談することもなく、「一兆円規模の経済援助計画」を発表してみたり、「軽水炉をみ
んなで作ってやろう」と騒いでみたり……。

 この原稿がマガジンにのるころには(11月30日号の予定)、6か国協議がどうなっている
か、わかるはず。今のところK国は、アメリカの要求には応じないと、明言している。しかし今回
の中朝のトップ会談で、何らかの密約がなされたはず。その密約の内容も、そのころ、わかる
はず。

 その結果をみれば、これからのK国の行方もわかるはず。韓国は、金xx政権が崩壊すれ
ば、K国は、自然消滅の形で、韓国に吸収されると思っている。しかしそうは、うまくはいかな
い。今の状態で、金xx政権が崩壊すれば、K国は、自然消滅の形で、中国に吸収される。(韓
国も、中国も、金xx政権の崩壊を、望んではいないが……。)

 もしそうなれば、南北統一は、さらに遠ざかることになる。私たち日本人の知ったことではな
いが……。(2005/11/24記)

(補記)

 今回の中朝会談で、中国側は、20億ドル規模の経済支援を約束した。その内容について、
韓国の報道機関は、つぎのように分析している。

(1)経済技術協定に含まれる、関連内容の費用。
(2)経済援助により、K国の安定化をはかる。
(3)核問題による緊張を緩和するため。
(4)6か国協議で、中国側が、優位な立場に立つため。
(5)K国から、資源を獲得するため。
(6)日米同盟の強化に対抗して、K国を、その盾に使うため。
(7)脱北者を減らすため(「東亜N報」)、と。

(追記)

 11月の6か国協議は、結局は、アメリカ側が先に席を蹴って立つことで、決裂する可能性
が、高い。核問題を残したまま、中国は、20億ドルもの経済援助をする。韓国も、アメリカの意
向を無視して、さまざまな形で、K国との関係改善をもくろんでいる。

 こんな状況下で、6か国協議をして、何になるのか。何のための6か国協議なのか。(少なくと
も、アメリカ側は、そう考える。)

 この事情は、中国側にとっても、同じ。

 先ごろ、佐世保が、アメリカの原子力空母の母港となることが決まった。これは日本が、実質
上、核武装したというに、ふさわしい。(少なくとも、中国、韓国側は、そう見ている。原子力空
母には、当然、核兵器が搭載されている。)

 中国側にしてみても、こんな状況下で、6か国協議を開いて、何になるのかということになる。

 ますます混沌としてくる、極東アジア情勢。一番、日本にとって好ましいシナリオは、K国が核
開発を放棄して、金xx政権が崩壊してくれること。しかしそうはうまくいかない。日本にとって好
ましいシナリオは、中国や韓国にとっては、好ましくないシナリオということになる。だから中国
や韓国は、がんばる。がんばるから、ますます混沌としてくる。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●迷い(2)

 少し前、「迷い」について、書いた。その迷いについて、釈迦は、迷いがある間は、生と死の
間を行ったりきたりする、「輪廻(りんね)」から、抜け出せないと説いた。

 実は、私の電子マガジンがそうである。簡単に言えば、そういうことになる。その電子マガジ
ンで考えてみると、こうなる。

 私は、迷った。「廃刊にしようか」「いや、つづけよう」「いや、やっぱり、廃刊にしよう」と。

 周期的に、これを繰りかえす。そこで釈迦は、こう教えた。「我」に執着している間は、輪廻か
ら解放されることはない。輪廻から解放されるためには、我を捨てろ、と。

 こうして輪廻から抜け出た状態を、「解脱(げだつ)」といい、人は、そのとき、「涅槃(ねは
ん)」の境地に至ることができるという。

 私の電子マガジンについて言えば、「我」があるから、私は苦しむ。発刊しているときも、苦し
い。しかし廃刊にすれば、もっと苦しい。で、その「我」は何かといえば、率直に言えば、損得の
計算ということになる。

 「無料で、こんなことをしていて何になるのか」という思い。「ほかに、すべきことがあるだろう」
という思い。「どうせ、他人に利用されるだけだ」という思い。こうした(思い)は、「我」があるか
ら、生まれる。

 そこでこのささやかな「輪廻」から解脱するためには、(おおげさな言い方だが……)、「我」を
捨てるしかない。わかりやすく言えば、損得の計算を、やめる。さらに他人がどう評価しようが、
我が道を進む。「無料のマガジンだから、その程度のことしか書いてない」と思う人がいたら、
そう思わせておけばよい。そう自分に言って聞かせることで、「我」を捨てる。

 ただ、やはり読者の数だけは、気になる。電子マガジンの世界には、「サドン・デス」(突然死)
という言葉がある。私が配信をしてもらっているEマガ社にしても、発行部数、2〜3万部を誇っ
ていたマガジンが、突然、廃刊になることがある。珍しくない。半年ほど前には、発行部数が2
400〜500部もあった、地元の電子マガジンが、突然、廃刊した。

 理由は、いろいろあるらしい。しかし最大の原因は、読者数の減少期に、それが起きる。「ど
うして?」と思う人がいるかもしれないが、その気持ちは、私にはわかる。私のばあいも、2、3
週間、読者の増加が停滞したときに、それが起きる。「それ」というのは、ここでいう「迷い」をい
う。

 どうしてだろう? これは私のわがままなのだろうか? 増加が停滞したところで、読んでくれ
る人は、いる。もっとわかりやすく言えば、収入の増加が止まったからといって、すぐ、その仕
事をやめる人はいない。

 これはおかしな現象だと思う。

 少し前、読者が、100人から、110人にふえたとき、うれしかった。それをはっきりと覚えて
いる。そのころと比べると、今は、その読者が、2000人近くにまで、ふえた。本来なら、それを
率直に喜ばねばならないはず。しかしこの世界では、その実感が、まるで、ない。どうしてか?

 一つには、この世界には、「数字」しかない。読者が100人のときも、そして1000人のとき
も、そして今のように、2000人のときも、それは数字でしかない。さらに仮に読者が、1万人に
なっても、この状態は、変わらないだろう。

 そういう意味では、私は、未体験の、しかもおかしな世界を経験しつつある。

 だから私は、迷う。いまだに迷う。読者の数から解放されたいのだが、ほかにとりつく目標
が、何もない。電子マガジンを、1000号まで出すというのは、あくまでも、私の覚悟。(もうすぐ
700号になる!)「あと300号か」と考えたり、「まだ300号もあるのか」と考えたりする。

 ……と考えていくと、こうして迷いながら生きていくのが、人間ではないかということになる。私
のような人間に、そもそも解脱など、できるわけがない。いわんや、涅槃の境地に達することな
ど、できるわけがない。生死の苦しみから、のがれることもできるわけがない。

 とにかく、やるしかない。今は、できることを、やるしかない。他人からみれば、実にバカげた
ことをしているように見えるかもしれないが、やるしかない。1000号まで、がんばるしかない。

 つまりそうしてがんばることが、「生きること」ではないか。どこかこじつけ的だが、電子マガジ
ンにたかこつけて、「迷い」について、再度、考えてみた。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(933)

【BW教室から】

●満48歳!

 今日、子どもたち(小3〜5)のクラスで、こう宣言した。「ぼくは、先週、満48歳になった!」
と。

 するとN君が、「計算すれば、すぐわかる」と言った。「何を?」と聞くと、「先生の、本当の年齢
だよ」と。

私「ぼくは、48歳だよ」
N「そんなハズはないよ。どう見ても、50歳は、超えている」
私「あのなア、年齢というには、3つの要素で決まるんだよ」と。

 そこで私はまず、ロッキーがサンドバッグを叩くまねをして見せた。(これだけでも、年齢がバ
レるが……。)そのあと筋肉ムッチョのかっこうをしてみせ、「な、これが一番目の要素。つまり
体力。その体力は、ちゃんと、48歳だ」と。

 すると、子どもたちが、「二番目は?」と聞いた。

私「知力だよ。頭の力、わかる?」
子「どうやってわかるの?」
私「頭の力では、まだまだ君たちには、負けないよ」と。

 そこで簡単な記憶ゲームをしてみせた。いくつかのものの名前を、だれかに言わせる。それ
を即座に、私が暗唱してみせる。

私「だろ? まだまだ、頭は、だいじょうぶだ」と。

 そのあと、しばらくの間、子どもたちは、「うちのパパは、35歳」「うちのおやじは、40歳」とか
言って、ワイワイと騒いだ。「お前んとこ、若いなあ」「うちは、ジジイだぜ」と言った子どもも、い
た。私は、だまってそれを聞いていた。

 が、1人の子どもが、こう言った。

子「で、先生、三番目は、何?」

 この質問には、困った。困って、こう言った。

私「それはねえ……。君たちのお父さんか、お母さんに聞いてごらん。多分、知っているはずだ
から」
子「何を?」
私「三番目の要素だよ」
子「だから、それは何?」
私「ぼくは言えないから、お父さんか、お母さんに聞いてごらん」と。

 まさか、精力などとは言えない。そういう話は、まずい。だから、とぼけて、私は、「忘れた」
と。

 が、そのうちN君が、「先生の年齢は……、ええと……」と言い出した。どこかで私の情報をさ
がし出して、計算したらしい。出席表などには、略歴が書いてある。

私「言うな!」
N「チェッ、先生、本当は、58歳じゃないか」
私「それを言うな!」
N「58歳だよ」と。

 子どもたちを、だますことはできない。とくに、そのクラスでは無理。どの子どもも、優秀の上
に、「超」がつく子どもたちばかり。で、私の負け!

 私が「そうだ、58歳だ」と言うと、みな、鬼のクビでも取ったかのように喜んだ。そしてこう言っ
た。「先生って、ジジイだったんだね」と。

 この言葉にみなが、笑った。私も、笑った。笑って、こう叫んだ。「そうだ、ぼくは、ジジイだ
ア!」と。


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(934)

●議論よりも中身

 若い母親たちに、高尚な教育論を説いても、意味がない。……と書くと、若い母親たちを、バ
カにしているように聞こえるかもしれないが、事実は、事実。私は、そういう経験を、いやという
ほど、している。

 私は、20代の後半から、40代少し前まで、毎週、母親教室を開いた。「幼児教育は、母親
教育」をモットーに、それを実践した。

 で、そんなあるとき、毎週、熱心に、私の母親教室に通ってくれる母親がいた。ほとんど、毎
週。一日も欠かさず、だ。その母親が、一年もたったころ、私にこう聞いた。

 「で、先生、うちの子なんですが、SS小学校に入学できるでしょうか?」と。

 私は、正直に告白するが、その質問を聞いて、がく然とした。つまり、母親たちにとって、「教
育」というのは、そういうことをいう。いくつかの特徴がある。

(1)実利主義(いつも、頭の中で、損得の計算をしている。)
(2)権威主義(権威者の言うことを、優先的に信ずる。)
(3)中央集権意識(何でも「東京からきた」というだけで、ありがたがる。)
(4)学歴信仰(学歴に対して、カルト的な信仰心をもっている。)
(5)学校神話(学校以外に道はないと考え、学校を絶対視する。)

 あの釈迦も、同じような問題に直面したらしい。釈迦が活躍していたころ、ウパニシャド哲学
を信奉する学者たちは、アートマン(「我」)と、ブラフマン(「梵」)の議論をさかんに行っていた。
「梵我一如が、どうのこうの」と。まさに議論のための議論。相手側のささいな言葉じりをつかま
えて、「ああでもない」「こうでもない」と、そんな議論だけに明け暮れていた。

 そこで釈迦は、「それでは、いけない。今、苦しんでいる人を救うことはできない。現に今、苦
しんでいる人を救うためには、どうすればいいのか」という発想に、切りかえた。

 もっと言えば、議論のための議論は不要、と考えた。

 実は教育の世界でも、同じことが言える。ここに書いた「高尚な教育論」というのも、その一
つ。母親たちは、自分の子どもを育てながら、いつも何かの不安感を覚えている。その母親が
私の母親教室に毎週、通っていたのは、その不安感を解消するためだった。だからそういう母
親に高尚な教育論を説いても、意味がない。

 つまり、私のほうが、まちがっていた。

 私は、そのころから、母親教室のあり方を変えた。実際には、いくつかの事件が重なって、回
数を減らした。週1回から、月1回へとした。

 で、さらに今は、母親教室なるものを、ほとんど、していない。そのかわり、こうして文章を書
いて、より多くの人たちに読んでもらうようにしている。それはそれとして、私がすべきことは、
子どもたちを教えることによって、同時に、母親たちに、夢と希望をもってもらうことである。そ
れは私から母親たちに、直接伝えるものというよりは、子どもを通して、伝えるものと言ってよ
い。

 たとえば1、2回、私の教室(BW幼児教室)へ通ってくれるようになると、子どもたちは、毎日
のように、私の教室を話題にするようになる。これはウソでも、誇張でもない。例外なく、そうな
る。そして数か月もすると、子どもたちの表情が、見ちがえるほど、明るくなる。これもウソで
も、誇張でもない。(「ほとんどの子ども」と書くと、抜け道をつくるようでいやだから、ここではあ
えて、「例外なく」とした。)

 こうした子どもの変化は、幼稚園の先生から指摘されることが多い。「このところ、うちの子が
変わってきたと、幼稚園の先生も言っていました」と。

 そういう子どもの変化を見て、母親たちは、自分の子育てに、夢と希望をもつようになる。明
るい日向(ひなた)に、自分を置くことができる。つまり、それが私のやり方でもある。

 もっとも、最近の人たちは、教えをあまりにも無視しすぎているのではないか。仏壇の前に座
って、ただ祈ればよいと考えている人も多い。中に、お経を読んでいる人もいるが、その意味ま
で知っている人となると、さらに、少ない。仏教そのものが、完全に儀式化してしまっている
(?)。

 たとえば私の知人(70歳くらい)は、毎月、それぞれの人の命日に、墓参りをしている。(毎
月だぞ!)法事という法事は、何と、33回忌まで、ていねいにしている。しかし、仏教のブの字
も、知らない。だいたい、本など読まない。その知人にしてみれば、死んだ人は、みな、仏様。
それがすべて。しかし、それでおしまい。

 いくら議論のための議論は不要ということであっても、これでは行きすぎではないのか。ただ
拝めばよいというのは、宗教でも何でもない。そういうのを、盲信という。

 教育についても同じことが言えるが、それについては、また別の機会に書いてみたい。
(はやし浩司 ウパニシャッド哲学 釈迦の哲学 子育て論 育児論)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●パソコン

 パソコンという機械は、不思議な機械だ。「機械」ではなく、何と呼ぶべきか。「マシン」と呼ぶ
のもおかしいし、「電気製品」というのも、さらにおかしい。パソコンは、やはり「パソコン」と呼ぶ
のがいいのかも。

 で、この数か月、私は、新しいパソコンと、古いパソコンを、同時に使っている。新しいパソコ
ンは、CPUを2枚重ねた、ダブルコアという製品である。メモリーも、1GB搭載。グラフィック・
ボードも最新版。

 最初は、新しいパソコンを、もっぱらHPの編集用に使っていた。しかし何といっても、スピード
感がちがう。とたん、古いパソコンが、どこかモタモタしているように感じるようになった。

 時間にすれば、瞬間のことで、1秒の何分の1かのちがいにすぎない。が、それでも、そのち
がいが、はっきりとわかるようになってきた。とたん、古いパソコンで仕事をすることが減ってき
た。

 新しいパソコンで、文章を書いたり、インターネットに接続したり、と。ただモニターは、古いパ
ソコンのほうがよい。新しいパソコンのほうは、値段をケチった分だけ、どこか見にくい。(と、
書くと、モニターを交換すればよいと言う人がいるかもしれないが、F社のモニターは、F社のパ
ソコンにしか、接続できない!)

 そんなわけで、ときどき、古いパソコンにもどって、文章を書いたり、インターネットに接続した
りしている。

 ここで「不思議な」と書いたのは、そこである。速度にしても、見やすさにしても、わずかな
(差)なのだろうが、その差が気になる。そしてその差を、好きになったり、嫌いになったりす
る。

 実は、同じことが、子どもの世界についても、言える。

 たとえば同じ年中児でも、カタカナを読み書きできる子どももいれば、それができない子ども
もいる。カタカナだけを見れば、大きな(差)のように感ずるが、全体としてみれば、何でもな
い。一生を、一つの時間帯で考えれば、パソコンでいう、「1秒の何分の1かのちがいにすぎな
い」。

 が、母親たちにとってみれば、重大事。数字の読み書きが少し遅れただけで、パニック状態
になる母親だっている。そのわずかな差に敏感に反応して、一喜一憂する。

 が、ここでまた、パソコンと同じ現象が起きる。

 実のところ、頭のよい子どもは、本当の頭がよい。CPUにたとえるなら、ダブルコアをさらに
ダブルにしたような子どもがいる。しかしそうでない子どもは、そうでない。だから、母親が少し
あわてたくらいで、シングルコアの子どもが、ダブルコアになることは、まずない。

 が、外に見える差は、それほど、ちがわない。そこで今度は反対に、その差を、小さく評価し
てしまう。つまり、同じ(差)を、誇大視しながら、同時に、その(差)を、過小評価する。

 私がいう「不思議な」というのは、そういう意味である。たいした差ではないのだが、その差を
大きく感じながら、同時に、その差を小さく思ってしまう。しかしその(差)は、実のところ、大き
い。パソコンについて言うなら、小さな(差)をつくるために、その内部には、ものすごい大きな
(差)があることになる。が、外に表れる(差)は、小さい。

 自分でこう書きながら、頭の中が、混乱してきた。要するに、どうでもよいことかもしれない。
新しいパソコンは、新しいパソコン。古いパソコンは、古いパソコン。それぞれにぞれぞれのよ
さがある。もともと(差)など、気にするほうがおかしいのかも。

 子どもについても、同じ。ダブルコアの子どもであろうが、シングルコアの子どもであろうが、
子どもは子ども。その子どもだけを見ながら、その子どもを判断すればよい。(差)を調べて問
題にするのは、そもそも、教育者のすることではない。

 実際、古いパソコンをしばらく使っていると、(遅さ)が、わからなくなる。反対に、新しいパソコ
ンをしばらく使っていると、(速さ)がわからなくなる。それでよい。どちらにせよ、こうした(差)
は、相対的なものにすぎない。さらに高性能のパソコンを手にすれば、今の新しいパソコンだっ
て、モタモタして見えるようになるはず。子どもも、また同じ。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(935)

●女子高校生が母親を毒殺?

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子どもが親を殺すという、悲惨な事件が、
このところ、たてつづけに起きている。

が、それはまさに氷山の一角。
その一歩手前で、何とかその場をしのいで
いる親子は、ゴマンといる。

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 この静岡県で、女子高校生が、母親を毒殺しようとした事件が起きた。幸い、未遂で終わっ
たが、使ったのが、猛毒の殺鼠(さっぞ)剤。致死量は、わずか1グラムという。

 1グラムといえば、ちょうど1円玉の重さ。量としても、わずかな量である。何かの食物に混ぜ
るのは、簡単であっただろう。それを食べて、母親は、緊急入院。新聞報道によれば、その女
子高校生は、病院でも、母親にその毒をのませていた可能性があるという。

 何があったのだろう?

 こうした事件では、表面的な部分だけを見て判断してはいけない。その底には、私たちがは
かり知ることができない、何か大きな(わだかまり)があったと考えるべき。親子であるがゆえ
に、時として、外部の人から見れば何でもないようなことでも、大きなわだかまりになることがあ
る。

 が、こうまでつぎからつぎへと、こういう事件が起きてくると、事件の深刻さそのものがわから
なくなる。マヒしてくる。つい先日は、高校生が、父親を撲殺するという事件もあった。中学生が
母親を撲殺するという事件もあった。

 で、こうした事件を知ったとき、忘れていけないことは、こうした事件は、決して例外的な事件
ではないということ。氷山の一角という言葉があるが、その一歩手前で、足踏みしている親子と
なると、ゴマンといる。二歩手前で、足踏みしている親子となると、今では、ほとんどがそうでは
ないかと言えるほど、多い。

 しかし考えてみれば、これはおかしなことではないか。

 今の子どもたちは、私たちの時代とはちがい、たいへん恵まれた環境の中で、生まれ育って
いる。本来なら、毎日、「お父さん、ありがとう」「お母さん、ありがとう」と言いながらすごしても、
おかしくない。そういう時代に生まれ育った子どもたちが、こうした事件を、つぎからつぎへと引
き起こす。

 ……というようなことは、もう、何度も書いてきた。そしていつも同じようなコメントを書いてき
た。だから、ここでは、そのつぎのことについて書く。

 私は、いつか、『あきらめは、悟りの境地』と書いた。子育てでは、あきらめることを、恐れて
はいけない。「うちの子は、まあ、こんなものだ」と割りきることが、それ。そういう思いが、親子
の間の風通しを、よくする。

 まずいのは、そのときどきを、「最悪」と思い、「まだ何とかなる」「うちの子にかぎって」と、が
んばること。親ががんばればがんばるほど、子どもは、ニ番底、三番底へと落ちていく。親子
のリズムというのは、そういうもの。一度狂い始めると、とことん、狂う。そして最後は、行きつく
ところまで、行く。子どもの非行に、その例をみるまでもない。

 最初は簡単な門限破りで始まる。それが無断外出となり、外泊となる。そのつど、親は、子ど
もをはげしく叱る。しかしそれを繰りかえすうちに、今度は、家出、非行……へとつながってい
く。

 が、それでも気づかない親がいる。これは私の勝手な推測によるものだが、冒頭にあげたよ
うな事件に巻きこまれる親というのは、ひょっとしたら、そういう親ではないか。子どもが発する
シグナルすら、読み取ることができない(?)。というのも、私はこういう事件が起きるたびに、ど
うしても、子どもの立場で、ものを考えてしまう。「子どもが悪い」と考える前に、親のほうに、原
因を求めてしまう。

 しかしだからといって、親を責めているのではない。親子のリズムというのは、ときとして、親
の意思とは無関係に、狂い始める。そして一度狂い始めると、どんどんと勝手に、別の方向に
進んでしまう。それはちょうど、糸の切れた凧のようなもの。しかも、その期間は、短い。あっと
いう間。だからたいていの親は、こう言う。「気がついたときには、そうなっていました」と。

 そこでここが重要なことだが、こうしたリズムの狂いに気づいたときは、決して、そのリズム
を、なおそうと考えてはいけないということ。親子の問題について言えば、修復しようと考えては
いけない。子どもの心の問題についても、だ。

 コツは、「今の状態を、それ以上悪くしないことだけを考えて、現状維持を保つ」である。その
ときどきで、波があるかもしれないが、その波に揺られて、一喜一憂してはいけない。半年単
位、1年単位で、様子をみる。「半年前とくらべて、どうか」「1年前とくらべて、どうか」と。とくに
親子の間にできたキレツは、そうは簡単に修復できない。何か大きな(わだかまり)ができたと
きは、なおさらである。ばあいによっては、10年単位の、根気のいる作業となる。

 だから、こうしたリズムの変調は、できるだけ早い段階で、気がつくのがよい。コツは簡単。こ
こにも書いたように、「うちの子は、まあ、こんなものだ」と、その段階で、あきらめる。

 それがわからなければ、あなた自身の姿を見ればよい。あなたが、まあ、そんなものである
ように(失礼!)、子どももまた、そんなもの。その証拠に、ほとんどの親は、子育ても一段落す
ると、子どもに向かって、こう言う。

 「いろいろやってはみたけれど、やっぱりあなたは、ふつうの子だったのね」と。そしてわが身
を振りかえりながら、こう言う。「考えてみれば、私も、ふつうの人間よ」と。

 ここまで悟ったとき、皮肉なことに、あなたは、真の親になる。と、同時に、そのときから、ま
た、心地よい、親子のリズムが流れ始める。
(はやし浩司 親子のリズム 子供の非行 非行 リズム論)

【付記】

 で、何人かの識者と呼ばれる人たちが、この事件について、新聞に、コメントを寄せている。
そのまま紹介する(中日新聞、11月3日、朝刊)。

 「(少年非行に詳しい日本福祉大学K教授は)、「一般論として、少女が殺害に至るような暴
力的事件を起こすケースは、少年に比べ、少ない。劇薬を用いる手段も、まれ。単独での非行
は内面での思いこみが高じて起きるケースが多い。兄弟がいるばあい、いろいろな関係性を
結ぶ選択肢があり、思いこみを生じさせる可能性は、少ないはず」と。
 
 その上で、K教授は、「(今回の事件について)、女の子が母親に恨みを抱くのは、自分の嫌
な面を相手に投影してしまうという心理が働くばあいがる。他人からは親子関係がよく見えて
も、本人は心の内を明かしていなかった可能性も考えられる」と述べている。

 「(一方、少年事件に関するシンポジウムなどを各地で開いている愛知教育大学F教授は)、
インターネットで毒薬や爆薬を簡単に購入でき、一部のマニアしか伝わらない情報も手に入
り、自殺も含め死に対する興味が高まっている。こうしたネットの弊害を防ぐ手だてはないと思
う」「そうした形で迎える死が、ゆがんだ死であるという意識を、社会全体でつくり、社会の実態
に即した親子関係を探る中、おたがいのきずなを深めていくしかない」と。

 さらに、「(青少年の心の問題に詳しいMメンタルクリニックのM主宰は)、母と娘の関係で、
日ごろ感情を表に出せなかったり、自分の存在を実感できないといった、個人的要因に加え、
ネットなどを介して、簡単に人殺しの道具を入手でき、過激な映像表現などから、殺害方法や
手段をだれでも、簡単に知ることができるといった、社会的背景が結びついて起きた事件では
(とみる)」「母親を殺害するという空想の物語に、自分を登場させ、実行してしまうことで、自分
が特別な存在だという実感をもちたかったのかもしれない」と。

 親子であるがゆえに、その関係は、ともすれば、(誇張された濃密性)をもちやすい。親への
憎悪が、自己嫌悪から自己否定につながるケースもある。わかりやすく言えば、何かのこと
で、「殺してやる」「殺してやりたい」と思うこともある。

 しかしそこへ、毒薬なるものが、登場する。私の時代には、考えられなかった現象である。

 私が覚えているのは、中学生のとき、銅に生える緑青(ろくしょう)は、猛毒だということを知っ
ていた程度。あとは、毒きのこの話。しかし今は、そうした情報も、現物も、簡単に手に入るよう
になった。その女子高校生も、インターネットを通して、情報を入手。ただし毒物(殺鼠剤)につ
いては、近くの薬局で購入していたという。(目下、取調べ中。)

 そういう意味では、昔より、今は、より強力な(心のブレーキ)が求められる。が、そのブレー
キそのものが、弱くなっている。だから「殺したい」という思いが、そのまま実行に移されてしま
う。

 つまりは、子どもたちの世界から、それだけ夢や希望が消えたということか。事件そのもの
が、ぞっとするほど、殺伐(さつばつ)としている。たとえて言うなら、それは砂漠のような世界。

夜な夜な、その女子高校生は、ひとり机に向って、毒物の調合をしていたのだろうか。「部屋に
は解剖し標本化した小動物が複数あり、また、粉末状のタリウムや数種類の薬物、化学関係
の本などがあった」(報道)という。想像するだけも、それは何とも、不気味な世界ではないか。

【補記】

 さあ、世の中のお父さん、お母さん、どうすれば、子どもたちに夢や希望をもたせることがで
きるか。あるいはその夢や希望を伸ばすことができるか、それを子どもといっしょに、真剣に考
えてあげましょう。

 それが、こうした事件を防ぐ、もっとも効果的な方法だと、私は、思います。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. '05+++++++++++++はやし浩司

●正常化の偏見

++++++++++++++++

「私だけはだいじょうぶ」と思うことを
「正常化の偏見」というのだそうです。

 おもしろい言葉ですね。
「なるほど」と、うなずいています。

++++++++++++++++

 「私だけは、だいじょうぶだろう」と考えるのを、「正常化の偏見」というのだそうだ(京都大学K
教授)。身辺に何か大きな危険が迫っているときでも、「私だけは……」と考えて、それを必要
以上に軽くみてしまう。つまり偏見をもってしまう。

 こうした例は、いくらでもある。

 たとえば鳥インフルエンザ。たとえばK国の核開発問題。たとえば日本の国家経済の破綻、
などなど。ほかに、大地震や巨大台風などによる大災害もある。環境破壊による紫外線の問
題、さらには、遺伝子作物の問題もある。12月からは、アメリカの牛肉の輸入が再開されると
いうが、こうなると、国の検疫体制もあてにならない。

 これらの問題は、刻一刻と、私たちの身辺に、しのび寄りつつある。しかしだれしも、「私だけ
は……」と考えて、それを甘くみる。あるいは「みなが、何とかしてくれるだろう」と考えて、自分
では行動に移さない。

 しかしこれでは、私たちの安全を守ることはできない。私たちの問題は、まず、私たち自身が
考える。行動する。

 順に考えていこう。

 まず鳥インフルエンザが、日本に上陸し、それによる死者が出たら、(1)その日から、マスク
をかけ、数時間ごとにうがいを、励行する。(2)その被害が近辺におよんだら、外出をひかえ、
子どもも、学校や幼稚園を休ませる。(学校や幼稚園の休校命令を待っていたら、手遅れにな
る。)

 K国との日朝協議は、いつなんどきこじれるか、わかったものではない。その結果、ある日突
然、東京のど真ん中に、核ミサイルが落とされるという事態になるかもしれない。「まさか……」
と思うのも、ここでいう「正常化の偏見」ということになる。そのため(1)いつどこにいても、避難
場所と、避難方法を考える。(2)そのための準備をしていおく。

 さらに日本がかかえる、ぼう大な借金は、どうするのか。すでに借金の利息を払うための、そ
のまた借金、つまり「借款国債」だけでも、100兆円を超えた。こうした事態になっても、お役人
たちは、お金を湯水のごとく、使っている。最近の事例だけも、こんなことがある。

 先の国連の理事国入り運動では、日本は、アフリカ諸国を中心に、約1兆円のお金をバラま
いたという。(すべてムダに終わったが……。)さらに中国に残る化学兵器処理のために、同じ
く1兆円のお金が使われようとしているという。日本が処理するのはしかたないことだが、これ
らは、もうメチャメチャな金額といってもよい。

 私たちの財産は、私たちで守る。みなが銀行へかけつけるような事態になってから、あわて
ても、遅い。そのため、一般的に言われているのは、(1)現金、外債、貴金属類などに、財産
を分けて保持するのがよいとされる。ただしこれについては、私は門外漢なので、専門家の意
見を聞いたほうがよい。

 大地震や巨大台風についても、しかり。常日ごろからの心構えが重要ということになる。大地
震のばあい、とくに重要なのが、(1)火災対策である。阪神大震災の例をあげるまでもない。
火の手があがるのが見えたら、とにかく風上に向って、逃げる。なりふり構わず、逃げる。政府
や自衛隊がアテにならないことも、阪神大震災で、証明済み。(2)海岸の近くに住んでいる人
なら、津波から身を守ることも考えなければならない。

 そのため(3)重要な書類などは、即座に取りだし、もち運べるようにしておく、などなど。

 災害の研究家たちは、「この正常化の偏見が、被害を大きくしている」と説く。「まわりの人た
ちが、ボーッとたたずんでいても、あなただけは行動を開始してほしい」(京都大学K教授、「文
藝春秋」05・10月号)ということだそうだ。

【付記】

 そう言えば、みんな、のん気ですねエ〜。K教授が言うように、「ボーッとたたずんでいるよう
な状態」(?)。みなさんは、そうは思いませんか?


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●6か国協議

++++++++++++++++

どうなるのでしょうか?
日本の平和と安全が、直接かかわっている
問題だけに、目を離すことができません。

++++++++++++++++

 もうすぐ6か国協議が再開される。しかし協議そのものが、茶番劇化してきた。

 まず第一。アメリカのR国防長官が、言っているように、「K国には、核開発を放棄する兆(き
ざ)しは、なし」(共同通信、11月2日)。

 つぎに韓国が、アジア大会のみならず、オリンピックでも、K国と統一旗を立てて出場すると
言いだした。かねてから、「K国が核兵器をもつことは、南北統一後の朝鮮にとっても、有利」と
発言している韓国である。どこか、統一旗には、不気味さが、漂う。

 が、韓国のN政権の思惑どおりに、ことが運ぶかどうかはわからない。韓国は、南北統一を
考えているが、そのK国してみれば、そんな意思は、毛頭ない。韓国の赤化統一か、さもなけ
れば、崩壊するとしても、中国に呑みこまれた形にする。わかりやすく言えば、K国が崩壊すれ
ば、韓国と中国の国境は、38度線になる。

 日本にしても、核兵器というナイフを、のどに突きつけられた状態。こんな状態で、国交正常
化交渉など、するほうがおかしい。日本は、たとえ戦後補償であろうとなかろうと、K国が、核開
発を断念するまで、1円も払うわけにはいかない。

 そこでアメリカは、K国が、先に籍を蹴って立つように、あれこれお膳立てをし始めた。国連
総会による、K国非難決議につづいて、R国防長官は、11月1日の記者会見で、北朝鮮を「抑
圧的な政治体制」と批判した。

 K国が猛反発をするのを計算した上での、発言である。

 が、K国は、決して、席を蹴って立つようなことはしない。蹴って立ってしまえば、おしまい。中
国との関係を、決裂させてしまう。そうなれば、K国の核開発問題を、アメリカが国連の安保理
に付託したとき、K国の味方になってくれる国は、もう、ない。金xxも、それを知っている。

 アメリカが先に、席を蹴って立つか? それともK国が先に、席を蹴って立つか?

 このまま進めば、アメリカのほうが、先に席を蹴って立つだろう。だれの目にも、茶番劇とわ
かれば、いつまでも席にすわっている必要はない。かわりに、アメリカにとっては、中国が、つ
ぎの交渉相手となる。K国など、相手にしていても、しかたない。韓国など、相手にしていても、
これまたしかたない。

 アメリカは、これから先、あらゆる手を使って、K国を、経済封鎖する。輸出入法をさらに厳格
に適応することだけでも、K国には、たいへんな痛手となる。当然、日本も、それに追従する。
口実はいくらでもある。核、ミサイルのほか、覚せい剤に、ニセ札。

 すでに、目に見えない形での戦争は、始まっている。こういうのを、「コールド戦争(冷たい戦
争)」という。相手をいろいろな手で、がんじがらめにしておきながら、つまり身動きできない状
態で、戦争をする。

 今の状態では、K国は、韓国に戦争をしかけるわけにもいかない。日本に対しても、だ。アメ
リカや日本が、合法的に戦争をする以上、中国や韓国も、手を出せない。そのギリギリのとこ
ろで、金xx政権を崩壊に導く。

 今度の6か国協議が終われば、極東アジア情勢は緊迫するが、それ以外に方法はない今、
私たち日本人も、ある程度の覚悟をするしかない。それに呼応するかのように、今度の内閣改
造では、タカ派と呼ばれる、A氏が、官房長官に就任した。次期首相になるとも言われている。

 日本も、とうとうここまできてしまった。決して、日本人が望んだ道ではなかったが、過去の日
本が残した負の遺産は、あまりにも大きかった。その負の遺産が、日本を、ここまで追いこん
でしまった。

 バカヤロー! ……と、だれに対してということではないが、私はそう叫んだ。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●運転中にメール?

 以前、車の中のバックミラーを、自分の顔の方に向けて、車を運転していた女性がいた。もち
ろん自分の顔を見るためである。それ以上の理由は聞かなかったが、しかし……。

 ……と思っていたら、こんな女性もいた。

 運転中に、携帯電話を使うと、見つかれば交通違反として、処罰される。しかし私が見たその
女性は、何と、運転中にメールを読んだり、書き込んだりしながら、運転していた!

 車のハンドルの上のほうを、両手で握り、その間に携帯電話をはさむ。その姿勢で、携帯電
話を使うのだが、その女性は、体を前かがみにして、ちょうどハンドルを、上半身全体で、かか
えこむようにして、それをしていた。

 たまたま、私はそのとき、横断歩道を歩いていたが、その女性を見たとき、ぞっとした。交差
点に入っても、一心不乱に(?)、指先で、何やら、文字を打ち込んでいたからだ。
 
 まあ、世の中には、いろいろな人がいるものだ。


●BLOGの限界

 アメリカで大流行したのがきっかけで、この日本でも、ここ1、2年、BLOGが、大流行してい
る。BLOGというのは、日記の要素に、掲示板の要素が加わった、いわばネット上の意見交換
の場と考えればよい。

 しかしこのBLOGにも、限界がある。たとえば、シリアスな話題は、タブー。

 BLOG上で、つまり日記上で、シリアスなテーマについて書くと、必ずといってよいほど、その
分、反応がどっと返ってくる。好意的な反応もあれば、そうでない反応もある。その(そうでない
反応)が、けっこう、うるさい。わずらわしい。

 書くほうは、「文句があるなら、読むな」と言いたいが、読むほうは、そうではない。「読んでや
るから、勝手なことを、書くな」となる。

 しかも、相手は、だれだかわからない。この不気味さこそが、BLOGの限界ということにな
る。もう少し、わかりやすく書こう。

 たとえばあなたが、BLOGで、郵政民営化反対的な意見を書いたとする。それに対して、賛
成派の人が、コメントを書いてくる。が、その書き方が、ときとして、過激なものになりやすい。
相手をハンマーでたたくような意見さえある。

 「もっと、勉強してから、ものを書け!」とか、「拙作! 笑止千万!」とか。相手の人は軽い気
持ちで書いているのかもしれないが、読む側は、そうでない。ばあいによっては、頭にカチンと
くる。

 そのとき相手の人がどんな人かわかっていれば、それなりに安心して、読むことができる。し
かしほとんどのばあい、どこのだれだか、それがわからない。ハンドルネームといって、ペンネ
ームを使う。(このペンネームを、グーグルなどで検索すると、意外と、どこのだれかが、わか
るときがある。同じようなハンドルネームを使って、同じ人が、あちこちの掲示板に意見を書い
たりしているからである。)

 が、これほど不気味なものは、ない。反論したくても、相手がどんな人かわからないと、それ
もできない。ひょっとしたら、「?」の人かもしれない。あるいはひょっとしたら、近所の人かもし
れない。

 それに個人的に、BLOG上で、議論したところで、意味がない。仮に郵政民営化の問題を論
じたところで、また相手を説き伏せたところで、それがどうだというのか。ときに、相手がムキに
なって、私に議論をいどんでくるときがある。しかし私としては、そういう人を相手にしたくない。
このことは、相手の人にとっても、同じ。

 私は、公人でも、何でもない。ただの一庶民。そんな私を説き伏せたところで、それがどうだ
というのか。

 というわけで、BLOGに記事を書くとしても、どうしても当たりさわりのない話題に、内容が、し
ぼられてしまう。つまり、それがBLOGの限界ということになる。
 
 日本でも大流行するかに見えたBLOGだが、(現在、大流行中ではあるが……)、結局は、と
りとめのない、(おしゃべりの場)で終わってしまうのではないだろうか。昔風に言えば、単なる
井戸端会議。そんな感じがする。

 では、どうBLOGとつきあっていくか?

 BLOGを楽しむ人は、井戸端会議だと思ってすればよい。気楽に楽しめばよい。それ以上の
ものを、BLOGの世界に求めても、意味がない(?)。またBLOGの世界は、それを超えて、思
想がどうのこうのと、それを論ずるような場ではない(?)。

 ……こう書くと、「お前の意見はおかしい」という反論が、出てくるかもしれない。中には、BLO
Gを利用して、まじめに議論を重ねている人もいる。しかし私は、やはり、どこかに限界を感じ
始めている。貴重な意見をもらうこともあるが、それをどうもうまく、生かすことができない。


●やっと、株を売却

 日付をみると、ちょうど、2か月前のこと。私は、M社の株を、何度かにわけて、xx株、買っ
た。が、買ったとたんから、ジリジリと、株価は、さがった。

 「そのうちあがるだろう」と思っていたら、さらにジリジリとさがった。

 こうして毎日、株価を見つづけたが、見るたびに、イヤーな気分。それもそのハズ。一時は、x
xx万円近い、損失になった。

 が、そのことは、ワイフには、言わなかった。最初のころは、ときどき、「どう?」と聞いてきた
が、そのつど、お茶を濁していた。

 が、先週の終わりごろから、突然、急上昇。毎日、x万円単位で、株価が暴騰し始めた。N証
券では、損得の計算までしてくれる。それが「−(マイナス)xxx万円」→「−(マイナス)xx万円」
と。さらに今週に入ってから、それが+(プラス)に転じた。

 「ヤッター!」と、思った。がまんした甲斐(かい)があった。

 私は、どうやら粘着質の人間のようである。金銭関係については、どうも、そのようである。転
んでも、絶対に、ただでは起きあがらない。

 今回も、そのM社の株以外は、買わなかった。「これで、元(もと)をとるまでは、ほかの株に
は、手を出さない」と。そのため、この2か月以上、ネット取り引きは、休止。おまけに、「パソコ
ンの周辺機器は、株で儲けたお金で」と、自分に言い聞かせているため、何も買えなかった。

 しかし昨日、その株を、すべて売った。証券会社への手数料を引いたら、恐らく利益は、ゼ
ロ。しかしよい勉強をした。この2か月で、新しい知識も得た。書店へ行くたびに、雑誌を立ち
読みした。証券取り引きの世界も、結構、奥が深い。

 昼ごろ、ワイフにすべてを話した。一時はxxx万円ほど、損をしていたことも、話した。「どうし
て話してくれなかったの?」と聞いたので、「お前のほうから、質問がなかったから」と逃げた。
そして私は、こう言った。

 「1週間ぶりに、ウンチが出たような気分だよ」と。「いや、2週間ぶりかな?」とも。

 そのあと、つまり午後になってから、また株価は、下降に転じた。よいときに売り逃げたと思っ
た。もう見る必要はなかったが、しかし気になったから、見た。もしさらに急上昇していたら、き
っと、「チクショー」と思っていたにちがいない。

【ささやかな教訓】

 私のようなド素人が、ネット取り引きをするには、コツがある。

(1)特定の業種、もしくは特定の会社だけの、プロになる。

1業種もしくは、1会社なら1会社だけに、的をしぼる。……これはとても重要なことだと思う。そ
の業種には、その業種の、その会社には、その会社、独特の株価の動きというのが、ある。そ
の(動き)の特徴をつかむ。たとえばG社(出版社)の株価は、250円と300円の間を、1〜2
か月周期で、行ったりきたりしている。

(2)さがっても塩漬け。あがっても狼狽(ろうばい)しない。

 これは私のようなド素人の特殊な心理かもしれない。さがれば当然、気分もふさぐ。が、でき
るだけ早く、塩漬けを決めこむ。ジタバタしても、どうしようもない。「さがったから、売る」という
のは、プロだから、できること。しかし当座のお金に困らないようなら、売らない。じっと、がまん
する。(そのため、ド素人は、生活費に影響を与えるようなお金は、株に投資してはいけない。)

 株の取り引きをしていると、さがったときよりも、あがったときに、狼狽(ろうばい)しやすい。
(これも、ド素人の心理?)しかしあがったときは、決して、欲をかいてはいけない。「売り時」と
感じたら、サッサと売る。

(3)さがりきるのを待つのも、忍耐のうち。

 今回、学んだことは、これ。私のようなド素人は、ねらっていた会社の株価がさがり始めると、
あわててその株を購入しやすい。今回も、さがれば買うという、いっぱしのプロのようなマネをし
たのが、まずかった。さがったときに買い足せば、一応、見かけの損出を減らすことができる。

 が、売るとき以上に重要なのは、買うとき。さがり始めた株を、じっと、辛抱強く、待つ。今回
も、元(もと)の株価までもどるのに2か月以上もかかった。つまりそれくらいの忍耐力が、必
要。決して、あわてて買ってはいけない。

 以上、参考までに……。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●VIDEO、「ネバーランド」を見る

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子どもぽいということは、何ら恥ずべきこと
ではない。

純真な心、美しい心を失ったら、人間は、お
しまい。

それを、「ネバーランド」は、教えてくれた。

++++++++++++++++++++

 ワイフが、近くのビデオショップで、「ネバーランド」を借りてくる。あの「ピータ・パン」の生い立
ちを、ビデオ化したものだという。

 マーク・フォースター監督、ジョニー・デップ、ケイト・ウィンスレット、ダスティン・ホフマン出演、
である。ケイト・ウィンスレットは、「タイタニック」のローズを演じた女優。それで、見た。

 最初は、どこかかったるいテンポ。途中で、数回、「もう見るのをやめようか」と思ったほど。
ただ色彩が美しく、ついつい見とれてしまう。まるで夢のような世界。が、途中から、引きこまれ
る。そしてケイト・ウィスレットが演ずる母親が、ネバーランドの世界へ入っていくときには、涙が
ホロホロ。

 「なるほど、こうしてあのピーター・パンが生まれたのか」と、思った。私はピーター・パンという
のは、ウォルト・ディズニーの作品だとばかり思っていた。★は、最初のかったるさが減点で、
星が★★★。

 ピーター・パンというと、おとなになれない少年をいう。心理学の世界にも、「ピーター・パン・シ
ンドローム」という言葉がある(後述、原稿添付)。しかしあえて反論しておこう。

 「子どもぽい」ということは、悪いことではない。人格の核形成が遅れて、幼稚ぽいというのと
は、別。子どもぽいというのは、子どもらしい、純真な心を残していることをいう。だから私は、
昔から、この「ピーター・パン・シンドローム」という言葉が嫌いだった。どこか、ピーター・パン
を、不完全な人間としてとらえているからである。

 この言葉を最初に思いついた、ダン・カイリーという人は、何か大切なものを、誤解していると
思う。幼児をもっとよく知っていたら、別の言葉を考えたかもしれない。

 で、ビデオを見て、一つ、重要なことに気づいた。とても、重要なことだ。

 あのフック船長は、ワニをたいへんこわがっている。ワニに、自分の片腕を食べられてしまう
という、苦い経験をもっているからだ。そのワニだが、目覚まし時計を飲みこんでしまったた
め、どこにいても、チックタック……と音をたてる。

 フック船長は、そのチックタックという、時計の音を聞くたびに、逃げる。が、ワニは、どこまで
も、フック船長を追いかける。チックタック、チックタック……、と。

 実は、そのフック船長は、時間に追いかけられて仕事をする、現代人を象徴しているものだ、
と。ビデオの中にも、それを暗示するような会話があったような気がする。

 「なるほど、そうだったのか」と、驚くやら、感心するやら。今まで、何度かピーター・パンの物
語を、映画やビデオで見てきた。が、そこまで深くは、考えなかった。気づかなかった。一見何
でもない、子ども向けの物語のようだが、昔の作家たちは、その奥に、さまざまな自分の思い
を織りこんでいた!

 で、私などは、毎日、毎時間、そのワニに追いかけられて仕事をしているようなもの。そのうし
ろでは、いつも、チックタック、チックタック……と、音が聞こえる。が、ネバーランドは、時計な
ど、もともと無縁な世界。そこではありとあらゆるものが、そのままの状態で、永遠の時を楽し
むことができる。

 それにもう一つ。妖精がこう言う。「妖精なんかいないと、子どもたちが言うたびに、1人ず
つ、この世から妖精が消えていく」と。「大切なことは、信ずることだ」と。わかりやすく言えば、
「美しい心なんか、もうない」と吐き捨てることではなく、「美しい心があると、信ずることである」
と。

 勝手な解釈だが、私は、そう思った。

 最後に一言。ピーター役を演じた、10歳くらいの少年の演技は、すばらしかった。よかった。
自然で、ぎこちなさが、まるでなかった。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●ピーターパン・シンドローム

ピーターパン症候群という言葉がある。日本では、「ピーターパン・シンドローム」とも
いう。いわゆる(おとなになりきれない、おとな子ども)のことをいう。

この言葉は、シカゴの心理学・精神科学者であるダン・カイリーが書いた「ピーターパ
ン・シンドローム」から生まれた。もともとこの本は、おとなになりきれない恋人や息子、
それに夫のことで悩む女性たちのための、指導書として書かれた。

 症状としては、無責任、自信喪失、感情を外に出さない、無関心、自己中心的、無頓着
などがあげられる。体はおとなになっているが、社会的責任感が欠落し、自分勝手で、わ
がまま。就職して働いていても、給料のほとんどは、自分のために使ってしまう。

 これに似た症状をもつ若者に、「モラトリアム人間」と呼ばれるタイプの若者がいる。さ
らに親への依存性がとくに強い若者を、「パラサイト人間」と呼ぶこともある。「パラサイ
ト」というのは、「寄生」という意味。

 さらに最近の傾向としては、おもしろいことに、どのタイプであれ、居なおり型人間が
ふえているということ。ピーターパンてきであろうが、モラトリアム型であろうが、はた
またパラサイト型であろうが、「それでいい」と、居なおって生きる若者たちである。

 つまりそれだけこのタイプの若者がふえたということ。そしてむしろ、そういう若者が、
(ふつうのおとな?)になりつつあることが、その背景にある。

 概して言えば、日本の社会そのものが、ピーターパン・シンドロームの中にあるのかも
しれない。

 国際的に見れば、日本(=日本人)は、世界に対して、無責任、自信喪失、意見を言わ
ない(=感情を外に出さない)、無関心、自己中心的、無頓着。

 それはともかく、ピーターパン人間は、親のスネをかじって生きる。親に対して、無意
識であるにせよ、おおきなわだかまり(固着)をもっていることが多い。このわだかまり
が、親への経済的復讐となって表現される。

 親の財産を食いつぶす。親の家計を圧迫する。親の生活をかき乱す。そしてそれが結果
として、たとえば(給料をもらっても、一円も、家計には入れない)という症状になって
現れる。

 このタイプの子どもは、乳幼児期における基本的信頼関係の構築に失敗した子どもとみ
る。親子、とくに母子の関係において、たがいに(さらけ出し)と(受け入れ)が、うま
くできなかったことが原因で、そうなったと考えてよい。そのため子どもは、親の前では、
いつも仮面をかぶるようになる。ある父親は、こう言った。「あいつは、子どものときから、
何を考えているか、よくわかりませんでした」と。

 そのため親は、子どもに対して、過干渉、過関心になりやすい。こうした一方的な育児
姿勢が、子どもの症状をさらに悪化させる。

 子どもの側にすれば、「オレを、こんな人間にしたのは、テメエだろう!」ということに
なる。もっとも、それを声に出して言うようであれば、まだ症状も軽い。このタイプの子
どもは、そうした感情表現が、うまくできない。そのため内へ内へと、こもってしまう。
親から見れば、いわゆる(何を考えているかわからない子ども)といった、感じになる。
ダン・カイリーも、「感情を外に表に出さない」ことを、大きな特徴の一つとして、あげて
いる。

 こうした傾向は、中学生、高校生くらいのときから、少しずつ現れてくる。生活態度が
だらしなくなったり、未来への展望をもたなくなったりする。一見、親に対して従順なの
だが、その多くは仮面。自分勝手で、わがまま。それに自己中心的。友人との関係も希薄
で、友情も長つづきしない。

 しかしこの段階では、すでに手遅れとなっているケースが、多い。親自身にその自覚が
ないばかりか、かりにあっても、それほど深刻に考えない。が、それ以上に、この問題は、
家庭という子どもを包む環境に起因している。親子関係もそれに含まれるが、その家庭の
あり方を変えるのは、さらにむずかしい。

 現在、このタイプの若者が、本当に多い。全体としてみても、うち何割かがそうではな
いかと思えるほど、多い。そしてこのタイプの若者が、それなりにおとなになり、そして
結婚し、親になっている。

 問題は、そういう若者(圧倒的に男性が多い)と結婚した、女性たちである。ダン・カ
イリーも、そういう女性たちのために、その本を書いた。

 そこでクエスチョン。

 もしあなたの息子や、恋人や、あるいは夫が、そのピーターパン型人間だったら、どう
するか?

 親のスネをかじるだけ。かじっても、かじっているという意識さえない。それを当然の
ように考えている。そしてここにも書いたように、無責任、自信喪失、感情を外に出さな
い、無関心、自己中心的、無頓着。

 答は一つ。あきらめるしかない。

 この問題は、本当に「根」が深い。あなたが少しくらいがんばったところで、どうにも
ならない。そこであなたがとるべき方法は、一つ。

 相手に合わせて、つまり、そういう(性質)とあきらめて、対処するしかない。その上
で、あなたなりの生活を、つくりあげるしかない。しかしかろうじてだが、一つだけ、方
法がないわけではない。

 その若者自身が、自分が、そういう人間であることに気づくことである。しかしこのば
あいでも、たいていの若者は、それを指摘しても、「自分はちがう」と否定してしまう。脳
のCPU(中央演算装置)の問題だから、それに気づかせるのは、容易ではない。

 が、もしそれに気づけば、あとは時間が解決してくれる。静かに時間を待てばよい。
(040201)
(はやし浩司 ピーターパン シンドローム ピーター・パン ピーターパン・シンドローム)


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(936)

●幻惑に苦しむAさん

++++++++++++++++++++++++

Aさん(45歳)から、メールをもらうようになって、
もう2年になります。

家族といっても、いろいろな問題がありますね。最初
は、「林先生は、家族を大切に言いますが、私のような
家族もいることを知ってほしい」というようなメール
だったと思います。

+++++++++++++++++++++++++

 Aさんは、孤立している。実の母、兄がいるが、不誠実であることが、当たり前のような人た
ち。ウソをウソで塗りかためたような人たちだという。

 そこで最初は、親類の、オジ、オバに、相談していたが、そのオジ、オバも、これまた不誠実
な人たちばかり。Aさんの話したことは、すべて、みなに、筒抜け。しかもAさんが何かの問題を
かかえるたびに、あれこれ詮索(せんさく)してくるという。

 「私のことを心配して、そうするのではなく、酒の肴(さかな)にするためです。それに気づいて
からは、相談するのをやめました」と。

 Aさんの夫は、実業家。その地域でも、1、2を争う、中古車の販売ディーラーとして知られて
いる。

 「扱う金額が大きいため、私の夫は、リッチな人と思われていますが、本当は、毎月、ギリギ
リの生活をしています。とくにバブル経済がはじけてからは、そうです。しかし母や兄は、何か
につけて、私からお金を取りあげることしか考えていません」と。

 具体的には、実家の改築費、法事の費用など、すべて、Aさんが負担してきた。が、Aさんの
母親や兄は、自分たちが支払っているかのように、とりつくろうのだという。もちろん、オジ、オ
バたちは、それを知らない。「だから、いつも、私だけが悪者にされてしまうのです」と。

 そのAさんは、今では、こうした問題は、夫だけに相談して、それですませるという。「もう、母
も兄も、親戚の人は、だれも、信用していません」と。

 Aさんの実家は、日本海側の、ある県の、ある町にある。そのあたりでは、人の出入りも、ほ
とんど、ないという。そのため、家族、親類どうしが集まって、一つの大きな(輪)をつくるという。
が、Aさんは、その輪から飛び出して、人口20万人弱の、今住んでいるX市に、嫁いでやって
きた。実家からは、電車で、6〜7時間ほど、離れている。親元を離れて暮らすというだけでも、
親不孝者と呼ばれるという。とくに、女性(娘)は、そうだという。

 Aさんは、こう言う。「私と両親の関係が切れたのは、私が高校生のときではないかと思いま
す。私も、精神的にかなり荒れた時期があって、それで、とくに母親は、私のことを嫌い始めた
ようです」と。

 で、ここ数年は、何かと請求があっても、それには、応じないようにしているという。「2人の息
子が、大学に言っていますから」と。しかしAさんの兄は、「表では、いいよ、いいよと言いなが
ら、まるで真綿で首を締めるような言い方で、お金を出すように言ってきます」とのこと。

 具体的には、「母にじゅうぶんな治療をほどこしてあげたい」「オレの息子たちは、学費を工
面(くめん)できなかったら、大学進学をあきらめた」「うちは、本家(ほんや)だから、恥ずかし
い法事など、したくない」とかなど。

 私は、いつだったか、イギリスに、『2人の人に、よい顔はできない』という格言があることを教
えてやった。どちらか一方にしないと、疲れるのは、その人、ということになる。「だから、実家
意識など、もう捨てなさい」と。

 日本人独特の「家」意識が、実家意識になった。本家(ほんや)、新家(あらや)意識も、そこ
から生まれた。しかし今どき……??

 が、Aさんの苦悩が、それで終わったわけではない。1年ほど前、兄が何かの事業に手を出
した。そのとき、Aさんは、兄の連帯保証人になってしまった。(みなさん、たとえ兄弟、姉妹で
も、連帯保証人にだけは、絶対になってはいけませんよ!)

 兄は、最初、500万円足らずの借金で、事業を閉鎖。しかし1年後には、それがどういうわけ
か、1億円にまで、ふくれあがっていた! 幸い(?)、Aさんは、夫の会社から給料制で給料を
もらっているということになっていた。Aさん名義の財産は、なかった。そのため、Aさん個人
が、破産宣告をすることで、被害を、軽くすますことができた。

 「もし夫が名前を連ねていたら、会社ごと、もっていかれたと思います」と。

 が、それでも、Aさんの母親や兄は、Aさんに、お金をせびりつづけているという。Aさんは、最
近のメールでも、こう書いている。

 「いつになったら、私は、家族から解放されるのでしょうか?」と。そして「同窓会などで、郷里
へ帰っても、実家に寄らないでもどっていく人の話を聞くと、うらやましくてなりません」とも。

 Aさんは、郷里へ帰るたびに、実家はもちろん、オジ、オバの家にまで、あいさつ回りをしなく
てはいけないという。一度、1人のオジだけの家に寄らなかったことがある。そのときは、オジ
からわざわざ電話がかかってきたという。叱られたというか、怒鳴られたという。

 「こっそりと同窓会に出たくても、あとでそれがバレたら、大問題になります」と。

 そういう家族もある。家族自我群という、束縛に、がんじがらめになって、もがき苦しんでいる
人もいる。しかもふつうの苦しみではない。心理学でも、「幻惑」という言葉を使う。つまりその
苦しみは、ほかの世界にはない苦しみといってもよい。それに苦しむ。

 Aさんの話を聞くたびに、私は「家族って、何だろう」と考える。で、最近は、持論の家族主義
を説くときも、どこか遠慮がちになっている。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司※

●ビダンシ、ビジョ

 子どもたちは、口が悪い。それが、ふつう。当たり前。悪いといって、子どもを、押さえこんで
しまっては、いけない。一応は叱っても、別の心では許す。そのおおらかさが、子どもを伸びや
かにする。
 
 で、私は、子どもたちが、私のことを、「ジジイ」「クソジジイ」「バカジジイ」などと言ったときは、
すかさず、こう教えるようにしている。

私「もっと、悪い言葉を教えて、あげようか」
子たち「教えて」「教えて」と。

 そこで私は、「いいか、教えてやるけど、君たちのパパや、園長先生には、言ってはだめだ
よ」と言う。そしておもむりに、こう教えてやる。「ビダンシ(美男子)」と。

 すると、子どもたちは、うれしそうに、私に向かって、「ビダンシ」「ビダンシ」と言いだす。

 ……という話は、以前にも書いた。で、この話には、つづきがある。

 先週、そのことを年長児クラスで教えると、「ママには、使ってはだめ?」と聞いた子どもがい
た。

私「ママは、女の人だから、ビダンシでは、おかしいよ。女の人には、ビジョ(美女)というんだ
よ。ビジョという言葉は、悪い言葉だから、使ってはだめだよ」と。

 しかし母親に「美女」というのも、おかしい。そこで思わず、こう言ってしまった。「ビジョじゃあ
なくて、オーネンのビジョ(往年の美女)かな?」と。

 「しまった!」と思ったが、遅かった。子どもたちは、今度は、参観している母親たちに向かっ
て、「オーネンのビジョ」「オーネンのビジョ」と言い出した。

 口がすべるとは、こういうことをいう。私はよくこの種のヘマをする。

 しかし教室の中には、いつもの明るい笑い声が、とびかった。ついでに私も、大声で笑う。私
はその雰囲気が、好き。楽しい。これがあるから、幼児教育は、やめられない。


Hiroshi Hayashi++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【最近の話題から】

●中韓キムチ戦争

++++++++++++++++++++

韓国産のキムチから、寄生虫の卵が見つかった!

中国側当局の発表に、あれほど、猛反発していた
のに!

いったい、どうなっているのだ!

++++++++++++++++++++

 中国の検疫当局が、韓国産キムチから、寄生虫が発見されたと報道したのは、先月10月の
終わり。

 これに対して、韓国側は、猛反発。11月2日付けの東A日報の記事は、つぎのようになって
いる。要点をまとめる。

(1)韓国食品業界と、食品医薬品安全庁は、中国にキムチを輸出したことはないと明らかにし
ている。(これはあとになって、ウソと判明!)

(2)そののち、食薬庁と業界によると、中国に輸出されたキムチは、16トンと判明。

(3)しかし中国の検疫当局が、寄生虫が発見されたとする、(トンウォン)(トゥサン)などの食品
会社は、中国にキムチを輸出していないことが確認された。(これもあとになってウソとわか
る。)

(4)(トンウォン)社のキムチは、中国で製造されているが、すべて、日本に輸出している。(ゾ
ーッ!)

(5)中国側は、韓国の会社の名前を、漢字で表記しているが、まちがいが多い。

(6)こうした中国側の発表の背景には、今までの韓国側のやり方に対する、不満がうっせきし
ているためと考えられる。報復行為である。韓国の外交通商部によると、中国は、キムチ、
茶、うなぎなどに対して、有害問題が起きるたびに、韓国側の発表や処理方法に不満を述べ
てきたという経緯がある。

(7)こうした動きをふまえて、中国の、O海洋水産部長官は、「中国に輸入されている韓国製品
にも問題がある」と発表。今回の事件は、そのあと起きた。

(8)中国は韓国にとって、重要な貿易相手国だから、たがいに、これ以上、この問題は、大きく
は、ならないだろう、と。

 しかし、実際には、韓国産キムチからは、寄生虫の卵は、発見されていた。しかも1社や2社
ではない。

 今度は、TBS(i−news)の報道より。

(1)韓国の食品医薬安全庁は、11月3日、韓国でキムチを製造している16社の製品から、
寄生虫の卵が見つかったと発表。その一部は、日本にも輸出されている。

(2)原因は、回虫が寄生した、イヌやネコがキムチの原料となる、白菜畑に立ち入ったことが
原因とみられている。

(3)専門家によれば、「食べても、人体への影響はほとんどない」という、と。

++++++++++++++

 私の家庭でも、キムチは、よく食べる。ただしそのままでは、味が強すぎるので、スーパーで
買ってきたキムチに、カツオの削り節、小エビ(サクラエビ)、コンブなどを混ぜ、しばらく冷蔵庫
で寝かせたあと、食べている。

 が、今回の事件が発覚してから、キムチを食べるのを、ひかえている。冷蔵庫に1個残って
いるが、それには、日本製と書いてあった。が、それでもあまり食べる気がしない。日本産だか
らといって、安心できない。私は、日本の厚生省も、あまり信用していない。

 ここしばらくは、様子をみることにする。あるいは、一度、火と通して食べればよいのかも。と
きどき、そうして炊き肉といっしょに、食べているが……。


●拉致問題

 昨日(11・3)から、日本人拉致問題などをめぐる、日本とK国の政府間協議が、中国の北京
市内のホテルで開かれている。

 協議に先立ち、K国代表の、S外務省アジア局副局長は、(1)めぐみさんのものとしたニセ遺
骨問題について、「解決方法についても、想起しようと思う」と発言。同時に、(2)「過去の清
算」についても、要求したという。

 時、同じくして、ニューヨークにある国連本部では、欧州連合(EU)と、日本などは、日本人を
含む外国人拉致問題について、「組織的な人権侵害問題」として非難する決議案を、国連総会
第3委員会に提出した(11・2)。第3委員会というのは、人権問題を主にあつかう委員会であ
る。

 新聞報道によれば、30か国以上による共同提案で、外国人拉致問題でK国を名指しで非難
する決議案が総会に提出されたのは、今回が、はじめてだという。

 こうした2つの動きが同時にあったのは、はたして偶然なのだろうか。それとも、しくまれたも
のなのだろうか。私の印象では、日本とK国の政府間協議は、K国を名指しで非難する決議案
が、採択されたあとでもよかったのでは、と思っている。K国に対しては、たしかに圧力にはな
るが、しかしK国の出方によっては、決議案が採択されなくなってしまう可能性もある。

 一度、国際社会で、K国を、しっかりと、叩いておく必要がある。

 また「過去の清算」については、「拉致問題の解決と並行して」ではなく、「核開発問題が解決
してから」とすべきである。拉致問題は、当事者にとっては、大きな問題だが、しかし今、それ
が解決したからといって、過去の清算を始めたら、どうなるのか。

 拉致問題も深刻な問題だが、K国の核兵器は、それとは比較にならないほど、さらに深刻か
つ重大な問題である。

 拉致問題は、絶対に、解決しない。拉致被害者を、小出しに返してくれる可能性はあるが、し
かしそこまで。理由は、明白。総責任者が、金xxだからである。拉致問題をつきつめていくと、
当然、責任問題が発生する。そうなると、その責任は、金xxにむけられる。これはK国にとって
は、決定的に、まずい。

 日本側は、まわりの騒音など気にせず、淡々と事務的に、この問題を、追及すればよい。決
して感情的になってはいけない。もともとわけの分からない国である。そんな国を、本気で相手
にしても、しかたない。

K国は、今、確実に、しかも、ジリジリと、国際社会の中で、しめあげられている。ここで日本
が、何かあせって行動に出れば、そうした動きに、水をさすことになってしまう。


●静岡市で、大道芸博W杯、開幕

 3日から、静岡県の静岡市で、「大道芸ワールドカップin静岡」が、開幕した。報道によれば、
「世界18か国、82組、146人の大道芸人が競演する」(中日新聞)という。

 一度、見てみたい!

 「初日は、メーン会場の駿府公園を中心に、約60万人が訪れ、街には市民らの歓声が響い
た」(同)という。

 よく誤解されるが、しかし、この静岡県で最大の都市は、この浜松市である。しかも日本有数
の工業都市。わかりやすく言えば、この浜松市が、静岡県の最大の、稼ぎ頭(がしら)。

 本来なら、浜松市が、静岡県の県庁所在地になっていても、何も、おかしくない。……という
ようなグチはさておき、正直に言うが、静岡市は、文化性においては、この浜松市よりも、数
段、上。この大道芸ワールドカップにしても、そうだ。

 創意工夫に、満ちている。大道芸を見た人は、きっと、脳ミソの中で、バチバチと火花が散っ
ているのを感じているはず。

 一方、数年前から、浜松市でも、人寄せのためか、ブラジルのサンバ祭りのようなものを始
めた。が、どうも定着しない。「浜松で、サンバねエ〜」と。ときどき市の中心部を、歩行者天国
にして、祭りをしているが、これまた、どうも定着しない。

 私も毎年のように見にいっているが、どれもとってつけたような催しものばかり。主宰者の熱
意というか、「これを見せよう」という意気ごみが感じられない。移動式のトラック型のステージ
をもってきて、その中で、生バンドの演奏をしてみせるとか、そんなものばかり。

 こうした(違い)は、結局は、文化性の違いということになる。

 このことは、石川県の金沢市などとくらべてみると、よくわかる。……というより、私がこの浜
松市に移り住んだとき、一番、驚いたのが、この点である。私の浜松の第一印象は、「何て、
サツバツとした街なんだろう」であった。

 金沢市では、街角を歩いただけで、「○○講演会」などの張り紙が、あちこちから飛びこんで
くる。公民館の前を歩くと、謡(うたい)や三味線(しゃみせん)の音が聞こえてくる。この浜松人
の気質というか、ここに住む人たちというのは、基本的には、考えることがあまり好きではない
ようだ。

 あの浜松祭りにしても、この30年間、何も変わっていない。変わったといえば、規制がきびし
くなったことと、女性の参加がふえたくらいなもの。毎年、毎年、まったく、同じことを繰りかえし
ている。

 こうして総合してみると、金もうけの町イコール、浜松市、文化の町イコール、静岡市という図
式が浮かんでくる。それぞれに一長一短がある。どちらがよいとか、悪いとかいう問題ではな
い。私はこの浜松市に住んだおかげで、それなりの生活を楽しむことができた。しかし文化性
という点では、いつも、もの足りなさを感じてきたのも事実。

 静岡市の大道芸博W杯のニュースを新聞で読みながら、そんなことを考えた。


●23億円で、宇宙旅行

 「自分のお金だから、どう使おうと自由」と考えるのは、少し待ってほしい。私が学生のころに
は、外貨の持ち出しが、きびしく制限されていた。たしか、1回の海外渡航について、1000ド
ルまでではなかったか。もっとも、1000ドル(当時のレートで、36万円)などという額は、とんで
もない額。そんな額を持ち出すなどということは、ありえなかった。

 大卒の初任給が、5〜6万円の時代である。

 が、である。23億円も払って、ロシアのソユーズロケットに乗るという人が、現われた。L社元
取締役だった、EM氏(34歳)である。

 EM氏は、新聞報道によれば、こう述べたという。「今後展開する宇宙関連事業の調査をした
り、好きな人気アニメのガンダムのプラモデルを作ったりして過ごす」と。

 少し前、中国の2回目の、有人宇宙飛行実験が成功したばかり。この分野での、日本の立ち
遅れは、著しい。そういうとき、ロシアにお金を払って、宇宙ステーションに滞在させてもらうとい
う。いくら自分のお金だからといって、そういう形で、外貨を持ち出すことは、どうかなと思う。し
かも相手は、ロシアである。

 簡単に言えば、敵を利するような行為には、なりはしないか。中国のロケットは、そのソユー
ズロケットのコピーロケットである。当然、その技術は、ICBMなどの、兵器型ロケットにも、応
用される。

かつて多くの日本企業が、ロシアに進出した。工場も建てた。しかしその大半は、現在、ロシア
側に乗っ取られてしまっている。どの企業も、たいへんな損害を蒙(こうむ)っている。ロシアと
いうより、その背後でうごめく、ロシア・マフィアの動きは、日本人がもつビジネスの常識を、は
るかに超えている。お人よしの日本人こそ、よいカモ。

 ワイフと朝食を食べながら、「23億円ねエ〜」と、出てくるのは、ため息ばかり。「好きな人気
アニメのガンダムのプラモデルを作ったりして過ごす」というのは、冗談で言ったのだろう。ま
た、冗談だと思いたい。でなければ、このモヤモヤとした気持ちは、とうてい晴れそうにない。

 しかし、これで、いいのかあなア〜?


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●自己中心的民族主義

 私のような世界観をもつ人間を、「自虐的日本人」というらしい。あるいは、最近の言葉を借り
るなら、「反日的日本人」というらしい。

 私は何も、日本人がつまらない民族だとか、日本がこの先、どうなってもよいと言っているの
ではない。私はただ、つまらない民族主義にとらわれて、日本が進むべき道を、誤ってはなら
ないと言っているだけである。

 さらに言えば、極端な民族主義、誇張された民族主義こそが、平和主義の敵であるとさえ、
思っている。

 あのインドのネール首相は、こう述べている。

『ある国が平和であるためには、他国の平和もまた保障されねばならない。この狭い、相互に
結合した世界にあっては、戦争も、自由も、平和も、すべてたがいに連動している』(ネール「一
つの世界をめざして」)と。

 つまり、相手の立場に立って、平和を考えてやることこそが、自分の国の平和を守るための
カギになる、と。

 「日本がすばらしい国だ」と思うのは、その人の勝手だが、だからといって、その返す刀で、
「ほかの国々は、つまらない」と考えるのは、民族主義でも何でもない。それがわからなけれ
ば、逆の立場で考えてみることだ。

 あの中国が、(実際に、そう思っている中国人は、多いが……。「中華思想」というのも、それ
から生まれた)、「中国こそ、すばらしい国だ。ほかの国は、みな、つまらない」と言い出したら、
そのとき、日本は、どう反論すればよいのか。

さらにアメリカのバーナードショーでさえ、『人類から愛国主義者をなくすまで、平和な世界はこ
ないだろう』(バーナードショー「語録」)と書き残している。ここでいう「愛国主義者」というのは、
狭小な民族主義に根ざした愛国主義者をいう。つまり、「日本が……」「日本が……」と言って
いる人たちは、一見、日本を愛しているように見えるが、その実、日本という国を、断崖絶壁の
端に、追いやっていることになる。

 もし彼らが私を、「自虐的日本人」と呼ぶのなら、(そういう書き込みは、ときどきもらうが…
…)、私は彼らを、「自己中心的民族主義者」と呼ぶ。

 今週号のある週刊誌にも、「中国をダメにしたのは、日本ではない。中国共産党である」とい
うような記事が載っていた。「だから、日本が戦前にした戦争行為などというのは、とるに足りな
いものだ」と。

 こうした論法は、あちこちで見かける。「中国共産党は、自国民を、何百万人も餓死させ、何
十万人も殺しているではないか」「どうしてその中国が、日本を非難することができるのか」と。

 しかし、その逆のことを言っているのが、あのK国である。拉致問題が、国際社会の場で問
題になるたびに、K国は、こう主張する。「日本が戦時中、強制連行した、何百万人もの朝鮮人
は、どうなのか」と。

 「だからといって、それがどうなのか」と、常識のある人なら、そう答えるにちがいない。「だか
らといって、K国は、日本人を拉致してよいのか」と。

 同じように、中国の国内問題は、国内問題。その国内問題にかこつけて、日本がしたことを
正当化することは、許されない。つまり日本の戦前の行動を、正当化しようとすればするほど、
日本は、自己矛盾に陥(おちい)ってしまう。へたをすれば、K国に、拉致について、正当性を
認めてしまうことになりかねない。

 日本は、どこまでも事務的にことを進めるのがよい。言うべきことは言い、そこに正当性があ
るなら、ただ淡々と、それを繰りかえし、主張すればよい。あとの判断は、国際社会に任せる。
もし人間が善なる存在であれば、(善なる存在だからこそ、ここまで生き延びてこられたのだが
……)、これから先も、善だけが、生き残る。

 そういう人間が本来的にもつ「善」を信ずればよい。その善を信じて、人間社会全体に向っ
て、正当性を訴えていけばよい。

 K国や韓国、それに中国など、相手にしてはいけない。本気で相手にしてはいけない。いわ
んや、感情的になって、怒りを爆発させてはいけない。もちろん卑屈になることはない。ない
が、しかし、反省すべきことは、反省する。

 それをしっかりしておかないと、いつか、つぎの世代ならつぎの世代でもよいが、逆に中国
や、韓国に、反対のことをされても、日本は文句を言えないことになる。日本語を話すのを禁
止され、金xxの神社に強制的に参拝させられる。そんなことになっても、日本は、文句を言え
ないことになる。

 最後に、中国の魯迅(ろじん)は、こう書いている。『平和というのは、人間の世界には、存在
しない。しいて言えば、平和というのは、戦争が終わった直後か、まだ戦争の始まらないときを
いう』と。

 今の日本の平和だけを見て、日本の未来を考えてはいけない。今の日本の繁栄だけを見
て、日本の未来を考えてはいけない。いつか日本とK国の立場が逆転することだってありえ
る。そういう視点で、日本が今、どうあるべきかを考える。それが日本の真の愛国主義ではな
いかと、私は思う。

 ついでながら、愛国的民族主義者と呼ばれる人たちがどう考えているか、それを知るため
に、東京都知事I氏の意見を、ここに転載しておく。I氏のような人の意見を一方で知ると、私が
いう、「自己中心的民族主義」というものが、どういうものか、理解してもらえると思う。

【補記】

訪米中の東京都知事のI氏は、11月3日、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)で講演し
た。中国の軍事的脅威の増大に警戒感を表明した上で、「アメリカが中国と戦争して勝てるわ
けがない。講じるべき手段は経済による封じ込めだ」と強調した。

 I知事は、中国が6月に新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験に成功したと
の情報について、「極めて大事な歴史的事実だ」と指摘。「東アジアは米ソ冷戦の時よりも危険
度が高い緊張の中に置かれた」とし、沖ノ鳥島周辺での中国艦船による海洋調査も、「潜水艦
の航路のテストだ」との見方を示した。

 一方、中国指導部について、文化大革命などを引用して「生命に対する価値観がまったくな
い」との見方を示し、米中開戦の場合には、「生命を尊重する価値にこだわらざるを得ないアメ
リカは勝てない。間違いなく負ける」と言明。

軍事的対立を避けるためには、「経済的に中国を封じ込めていく方法しかない」として、シベリ
ア開発による経済的な「封じ込め」が有効と強調した。(以上、ヤフーニュースから、転載。)

 「勝つ」とか、「負ける」とか、どうしてこうまで、戦争を前提とした話しか、できないのだろうか。
私はI氏の意見の中に、ここでいう「自己中心的民族主義」の典型をみるのだが……。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(937)

【鮎(あゆ)】

++++++++++++++++

いとこの一芳君が、今年も鮎を
送ってきてくれました。

昨夜(11・4)、それを家族で
食べました。

その鮎を食べるたびに、あの日の、
楽しかった、まるで夢のような日を
思い出します。

私が小学5年か6年生のときのことでは
なかったかと、思います。

+++++++++++++++++

●朝

 朝早く、いとこの一芳(かずよし)君が、呼びに来た。私はまだ、ふとんの中にいた。あたり
は、まだ薄暗い。カーテンの向こうからは、曇った光が、鈍く漏れていた。

 「どうした?」と聞くと、「魚が取れる!」と。

 私は、ふとんから飛び起きると、周囲に散らかっていた服を着た。

 「浩ちゃん、魚が取れるよ。早く行かなければ」と一芳君は、言った。「どうして?」と私。「堰堤
(えんてい)の水門が、まだ閉まっている」と。

●堰堤(えんてい)

 板取川のところどころには、川を横切って、堰堤と呼ばれる堰(せき)が作ってある。背丈が、
1〜2メートルほどあるだろうか。その部分は、ダムのようになっている。それで川を堰(せ)き
止める。目的はよくわからないが、土砂の流出を、防ぐためではないか。

 しかしそれでは、鮎などの魚が、そ上できない。そこで堰堤の横には、魚がそ上できるよう
に、バイパスのようになった、別の細い通路が作ってある。通路といっても、その部分は、用水
のようになっている。一芳君は、その用水の水門が、まだ閉まっている、と。

 「昨日の雨で、まだ門はしまっている。今のうちだよ」と、一芳君。

 庭へ出ると、大きなバケツが、2個、もう用意してあった。私と一芳君は、そのまま川下に向っ
て走り出した。

●一芳君

 私と同年齢のいとこ。遊び仲間でもあるし、ワルガキ仲間である。ヒマさえあれば、いつも2人
で、山の中を歩いていた。

 が、私にとっては、神様のようないとこだった。ふといなくなったかと思うと、そのときは、もう
木の上にいた。そして私にめがけて、アケビをドサッ、ドサッと落としてくれた。

 身も軽く、泳ぎも、うまい。ゴーゴーとウズを巻くような川の中でも、平気で、泳いでいた。私も
平気だったが、一芳君は、その中で、魚をとることもできた。

 そのあたりでは、「タクリ」と呼ばれる魚の取り方があった。棒の先にハリをつけて、それで魚
をひっかけて取る。魚がひっかかると、糸がのびる。その糸をたぐって、魚をとった。

 一芳君は、その名人だった。

●堰堤

 細い道をかけおりると、そこに堰堤があった。手前の水門は、まだ閉まっていた。私は、「し
めた!」と思った。一芳君も、そう思ったにちがいない。

私「どうする?」
一「魚が逃げないように、石を積む」と。

 私たちは堰堤から7〜8メートルほど下流のところに、石を積み始めた。いつもより水の量は
ふえていたが、私たちにとっては、なんでもない。空はすっかり明るくなって、東の山のほうか
ら、行く筋もの光の束が、朝もやをついて、見え始めた。

一「6時ごろになると、組合の人が、水門をあけにくる」
私「ああ」と。

 私は、一芳君の命令のままに、石を積んだ。こうすることによって、その間にはさまれた魚
を、一網打尽につかまえることができる。

●石を投げる

 堰堤を取り囲むように石を積むと、今度は、私たちは、その中に、石を投げ始めた。カン、カ
ン、カチンと、石が川の中ではじける音がした。そしてそのつど、四方八方に、黒い魚の影が散
るのが見えた。

 私たちは、夢中で、石を投げた。

 こうすることで、その中の魚を、弱らせることができる。堰堤の下に集まった魚たちは、水門
が閉まっているため、それ以上、そ上できない。つまり川上にあがって行くことができない。

 しかし下流の側には、私たちが作ったダムがある。

 その間にはさまれた魚は、石の音に驚いて、ただ逃げ回るだけ。

●魚

 ころは、7月の終わり。私は夏休みになると、いつもこうして伯父の家へ、遊びにきていた。一
芳君は、その伯父の家から、歩いて10分ほどのところにある、隣の村に住んでいた。

 そのときも、そうだった。私は夏休みになると、すぐ伯父の家に遊びにやってきた。

 私が「まだか?」と聞くと、一芳君は、「浩ちゃん、もう少しだ……」と言って、今度は、その中
を、縦横無尽に、わざと足をバタバタさせながら、飛び歩いた。そのつど、水しぶきが、私の顔
にもかかった。

 冷たかった。それが汗と混ざって、心地よかった。私は川原にころがっていた棒を手にする
と、それで水面を叩いた。

 魚という生き物は、意外と、体力がない。瞬発力はあるが、持続力がない。10〜20回も、そ
れを繰りかえしていると、見た感じでもそれがよくわかるほど、ヨロヨロしてくる。それを私たち
は、手でつかまえる。

 魚……、もちろん鮎(あゆ)である。天然の鮎である。

●収穫

 元気のなくなった魚は、まるで棒のほうに、川から、つかみ出すことができた。片手で逃げ先
をふさぎながら、尾のほうからすいと手ですくうと、そのまま、魚は、手の中にいた。

 弱った魚は、銀色の腹を上に向ける。その腹が、まるで夜祭の人ごみのように、石の間とい
う間で、鈍く光っていた。大漁である。

 私たちは夢中で魚をつかまえ始めたが、そのうち、鮎だけをつかまえるようになっていた。ウ
グイは、とっても、投げ捨てた。アマゴもいたが、それも投げ捨てた。

 まだ元気な鮎は、一度、石で頭をたたいてから、バケツに入れる。こうして、みるみるうちに、
バケツは、鮎でいっぱいになった。手はヌルヌルになった。

一「もういいかな?」
私「ずいぶんと、とれたね」
一「そうだね。大漁だね」と。

●塩焼き

 鮎は、塩焼きが、一番、おいしい。その食べ方が、私は、好き。

 庭で炭火を起こしていると、みなが集まってきた。いっしょに寝泊りしているいとこたちも、起
きてきた。が、その魚を見ると、みな、目を輝かせて、驚いた。

 その年は、釣り人たちも、会うたびに、鮎が釣れないとこぼしていた。が、目の前には、食べ
きれないほどの鮎が並んでいる!

 私と一芳君は、豪快に塩をまぶすと、一列に並べて、鮎を焼き始めた。こうばしい匂いが、あ
たりにたちこめた。

 近くの山々から、ちょうど朝もやが消えるところだった。それにかわって、私たちが魚を焼く、
青い煙が、まっすぐ上にのびていった。

私「これで、ますます今年は、鮎が釣れなくなるだろうね」
一「そうだね」と。

 私たちは、鮎の一番おいしいところ、つまり腹から背にかけての部分を一口食べると、残りの
部分は、捨てた。いとこたちもそうしていた。そのあと起きてきた、伯父や伯母たちも、そうして
いた。

 食べても、食べても、食べきれないほどの鮎が、まだバケツの中に、ぎっしりとつまっていた。

●エピローグ

 その一芳君が、毎年、鮎を釣って、送ってきてくれる。昨夜も、その鮎を食べたところ。電話
で例を言うと、「今年は、10月の終わりまで、釣ることができた」と。

 天然の鮎のおいしさは、養殖の鮎の比ではない。少なくとも、私の舌をだますことはできな
い。何しろ、鮎だけは、子どもころから、毎日、ふんだんに食べてきた。

 一芳君、ありがとう! おいしかった! 本当においしかった。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●騒音と思考力の関係

++++++++++++++++

電車に乗るやいなや、しゃべるのが
当たり前と、ペチャペチャとしゃべり
出す人は多いですね。

騒音です。が、当の本人たちには、
その意識がまるでない?

しかしあれほど、はた迷惑なものは、
ありませんね。

++++++++++++++++

 高山本線に乗る。特急に乗る。ガラガラにすいていた電車だったが、高山(岐阜県)から、ど
っと客が乗った。

 とたん、例によって例のごとく、おしゃべりの大合唱。

 以前よりは、……といっても、10年とか20年前とくらべてのことだが、以前よりは、マナーも
多少、よくなったように思う。しかしそれでも、なくなったわけではない。前方では、女性たちの
一団が、後方では、子供づれの一団が、そして私の前の席では、2人の男性が、それぞれ、大
きな声で、ペチャペチャと、大声で会話をし始めた。

 ほとんどの人たちは、じっと、静かに、本を読んだり、目を閉じたりしている。そんな中での、
会話である。「やれやれ」と思うと同時に、「何とかならないものか」と思う。

 ところで、騒音と思考力は、反比例する。騒音があればあるほど、思考力は、低下する。思
考どころでは、なくなる。もちろん安眠妨害。眠ることもできない。

 というより、昔から、日本人ほど、騒音に無頓着な国民はいないと、よく言われる。遊覧船に
乗っても、ロープェイに乗っても、どうでもよい観光案内が流れてくる。おまけにBGMに使うの
は、安っぽい音楽。それがガンガンと流れてくる。

 「右に見えますのが、○○島でございます」「左手奥に見えますのが、○○山でございます」
と。

 こうした情報に、どれだけの価値があるというのか。またそれを聞いたからといって、それが
どうだと言うのか。船にせよ、ロープウェイにせよ、それをおりたとたん、すべて忘れてしまう。

 言いかえると、その分だけ、日本人には、思考するという習慣がないということになる。もしそ
の習慣があれば、騒音に対して、もう少し、敏感なはず。

 で、しばらく私は、彼らの会話に耳を傾けてみた。前方の女性たちの一団や、後方の子ども
連れの一団については、会話の内容までは、わからなかった。しかし前の座席の男性たちの
会話は、よくわかった。

 どうやら会社での人事と、新しく導入したコンピュータシステムの話をしているらしい。それ
が、どうの、こうの、と。ときどき、かなりきわどい話もしている。もし同じ会社の人間がそばにい
たら、絶対にできない内容の会話である。

 ということは、その男性たちにしてみれば、周囲の私たちは、そこらにころがる、木片が石の
ような存在ということになる。「聞かれても、どうということはない」と。

 考えてみれば、これほど、失敬な話はない。そこで私は、ふと、こんな意地悪なことを考え
た。彼らの会話を、デジタルカメラに録音して、それを彼らの会社の社長に送ってみてやろう
か、と。私のデジタルカメラには、ボイス・レコーダーの機能がついている。

 が、どうやって、彼らが勤めている会社を調べるか……? 会話の中に、いくつかの手がか
りがあった。取り引き先の会社名が、ポンポンと出てきた。もし本気でやろうと思えば、彼らの
自宅までついて行って、調べることだってできる。

 つまりその2人の男性は、周囲の私たちを、完全になめていた。なめた上で、好き勝手な会
話をしていた。

 が、おかげで、私は、居眠りをすることもできなかった。ウトウトとしかけるたびに、どちらか一
方の男が、甲(かん)高い声で、ハハハと笑う。ひょうきんな声をあげて、相づちを打ったりす
る。座席を揺らしたりする。

 こういう騒音は、一度、気になると、ずっと気になる。耳から離れなくなる。目を閉じて、無視し
ようとするが、そう思えば思うほど、さらに気になる。

 ところで、電車に乗ると、どこへ行っても、携帯電話のマナーについての注意が、車内に流れ
る。「お客様の迷惑になりますから、携帯電話は、マナーモードにしてくれ」とか、何とか。

 しかし私が知るかぎり、そのマナーを守っている乗客は、ほとんどいない。携帯電話に呼び出
し音が鳴ると、どの人も、平気で話し始める。「ああ、今、電車でそちらに向っているとこです」
と。

 その携帯電話も迷惑だが、おしゃべりは、もっと迷惑。携帯電話を注意するくらいなら、鉄道
会社は、どうして、おしゃべりを、注意しないのか!

 「車内では、お静かにお願いします。旅行で疲れている方もいらっしゃいます。大声で、ペチャ
ペチャと話されますと、周囲のお客さまの、たいへんな迷惑となります。会話をなさるかたは、
デッキでお願いします」とか、何とか。

 しかししゃべるほうも、それを聞くほうも、そうは思っていない。平気である。電車の中でしゃ
べるのは、自由。また電車の中というのは、そういうものである、と。つまり、それが日本人の
国民性ということにもなる。

 が、中には、そういう会話を迷惑と思っている人もいる。そういう人にとっては、こうした会話
は、迷惑。本当に、迷惑。ストレスもたまる。通勤電車や通学電車なら、それもしかたない。し
かし特急電車や新幹線の中では、それは困る。

 そこでここ数年は、私は、そういう場面に出会うと、すかさずそういう人たちを、注意すること
にしている。(その2人の男性については、注意するタイミングをのがしてしまったので、1時間
以上も、がまんさせられるハメに。そのあと、いつものように、注意したが……。)

 その高山線をおりて、名古屋から新幹線に乗る。が、そこでも、またおしゃべり。何と、3人が
けの座席を、相向わせて、6人の女性たちが、まうしろの席で、おしゃべりを始めた。キャッキ
ャッ、ワーワーと。

 私は3、4分もたたないうちに、席を立ち、その女性たちのほうを向いて、こう言った。「すみま
せんが、もう少し、小さい声で話していただけませんか?」と。

 注意するときには、コツがある。帽子を脱ぎ、笑顔をつくりながら、やわらかく言う。決してトゲ
トゲしい言い方をしてはいけない。相手の人たちも、楽しい旅行をしたいはず。で、そういう言い
方をすると、100%、みな、従ってくれる。その女性たちも、「はい、わかりました」と、すなおに
言ってくれた。

 そういう意味では、日本人の国民性も、少しずつ、変わってきているのかもしれない。騒音に
対して、「これではいけない」と、考え始めているのかもしれない。つまり、より自ら考える民族
へと、脱皮しつつある(?)。

 静かな、ものを考えられる環境は、生活的権利(生活権)の1つと考えてよい。またそういう視
点で、みなが、もっと静かな、ものを考えられる環境を、主張してもよいのではないか。

 そういう環境が、生活的権利の1つとして定着したとき、それと反比例する形で、日本人も、も
っと自ら考えることができる民族になる。日本人は、今まで、騒音に対して、あまりも無頓着す
ぎた!

 で、ついでに一言。テレビやラジオをガンガンと鳴らしている環境では、人は、考えることはで
きない。よく誤解されるが、知能サプリだとか何とか、ああいうものができるようになったからと
いって、思考力のある人(子ども)になるとは、かぎらない。

 ここでいう(考える人)というのは、論理的に、ものを考えることができる人のことをいう。静か
に、ものごと、論理的に深く考えることができる人のことをいう。だから、たとえばテレビのクイ
ズ番組などで、そのクイズをいっしょに解いたところで、ものごとを考えたことには、ならない。
それで思考力が、養われたということにはならない。

 その証拠に、……というか、あなたも、あの電車の中の会話に、耳を傾けてみたらよい。話す
側にしても、何も考えていない。ペラペラと思いついたことだけを、言葉という音声に変えている
だけ。このタイプのおしゃべりは、100回繰りかえしても、200回繰りかえしても、中身は、同
じ。それ以上に、会話の内容が、深くなるということは、ありえない。

 なぜなら、もともと、このタイプの人たちは、何も考えていないからである。

 さて、みなさんも、もし特急電車や新幹線の中で、騒々しいおしゃべり集団に出あったら、勇
気を出して、こう言ってみたらよい。

 「楽しい会話をなさっておられる最中、たいへん申しあげにくいのですが、もう少し小さい声で
会話をしてくださると、うれしいです」と。最初は、それを言うほうも、かなり神経を使うが、3度、
4度と回数を重ねていくと、あいさつをするように簡単にできるようになる。

 そうそう、ついでに一言。

 私の教室でも、参観中、親たちの私語、雑談を、きびしく遠慮してもらうようにした。つい先々
月までは、大目に見てきたが、先月(この10月)から、これを徹底した。とたん、どのクラスも、
まるで別のクラスのように、教えるのが楽になった。楽しくなった。それまでは、親たちの中に
は、かなり平気で、ペチャペチャと雑談している人もいたのだが……。

 騒音と思考力、これは反比例の関係にある。これでその意味が、わかってもらえただろう
か?


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司※

●子どものチック

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原因も理由もわかっている。
しかし、自分をコントロールすることができない。
そんな悩みをかかえているお母さんから、
掲示板のほうに、相談がありました。

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【Yさんからの相談】

息子(6歳8か月)のチックについてご相談させてください。家族構成は主人(35)、私(35)、本
人、妹(S)の4人家族です。

息子は、幼稚園の年長から2度ほど、1月ぐらいの間、首振りのチックの症状が出始めまし
た。始めは、前髪が伸びてくると、それが気になっていたのがくせになったのか、髪を短くする
と、すぐその症状は止まりました。しかし、この9月から、首振りがとてもひどくなり、目にあまる
ものになっています。

原因は、たぶん私にあると思います。小学校に入り、いきなり先生から、生活態度(忘れ物、整
理など)を、度々注意され、電話がかかったりで、息子をひどく怒ってしまうようになりました。そ
れ以前も、怒りはしなくても、過干渉になっていたところが多分にあると思います。

彼は、私に怒られないようにしたい気持ちと、でも反抗期もあるのか、口答えもたくさんします。
それもあって、私もますます怒ったり、悪循環を繰りかえす毎日です。

主人はとても優しくて、子どもにもかかわってくれていますが、あまりにもだらしない姿に、私の
怒りが移ってか、怒ってしまうようなこともありました。

いろいろなサイトや本を読んだりして、私との関係ということがよく分かります。

でも、宿題も忘れ物も、私が言わなかったらどうなるんだろう??、という不安な気持ちもあっ
て、ついついということがあります。

一番怒りすぎてはいけないなと思ったことは、友達の消しゴムを持ってきてしまったことが何回
もあって、それを見つけた私が怒るので、隠したり、うそをつくようになってしまったことです。そ
れについては、私も落ち着いて彼と話すことで、最近は、そのようなこともなくなりましたが・・・。

先生にご相談といっても、彼のチックの原因は私にあるのだなということが分かっているので、
とりとめのないお話になってしまいますが、今後の彼への接し方、私の心の持ち方など、もしア
ドバイスもらえればと思い、ご相談させていただきました。よろしくお願いします。

【はやしから、Yさんへ】

 ふつうでない(忘れ物)、ふつうでない(こだわり)、ふつうでない(ウソ)、ふつうでない(だらし
なさ)、そしてふつうでない(チック症状)が、出るようであれば、それぞれの問題に、個別に対
処しても、あまり意味はないと思います。

 こうした一連の症状は、あくまでも、表面的な症状と考えたほうがよいでしょう。年齢的にみ
て、下のお子さん(妹)が生まれてから、恒常的に欲求不満がたまり、それが、お子さん(6歳8
か月)の心を、その底流でゆがめていることも考えられます。

 それがときに攻撃的になったり、同情的になったりして、現在の親子関係をギクシャクさせて
いるのではないでしょうか。そしてそれがまた悪循環となり、Yさんは、過干渉、過関心となり、
子どもの行為をすべて、悪いほうへ、悪いほうへと解釈してしまう。一方、お子さんは、ますま
す、親の望む方向とは別の方へ進んでしまう。

 このままでは子どもへの不信感は、つのる一方かもしれませんね。わかりやすく言えば、親
子のリズムが、合っていない。そんな感じがします。

 そこで最初の問題は、お子さんにとって、家庭が、「心と体を休める場所」として機能している
かどうかということです。恐らく今の状態では、お子さんは、家の中で、心と体を休めることがで
きないのではないかと思います。

 たとえばYさんの姿を見たりすると、さっと、どこかへ逃げて行ってしまう、など。もしそうなら、
お子さんに問題を求めるのではなく、Yさん自身に、問題を求めたほうがよいかもしれません。

 しかしその「根」は、深いですよ。

 こうしたリズムの乱れは、結婚当初、妊娠当初、出産当初から、何らかの形で、あったはず
です。さらに言えば、Yさん自身が、男の子をもてあましている。その可能性もあります。Yさん
自身に、何か、Yさんの父親、あるいはYさんの男の兄弟に対して、わだかまりがあるのかもし
れません。(もし、男の兄弟がいるなら、という話ですが……。)

 さらに望まない結婚であったとか、望まない出産であったとか、そういうことも、ここでいう(わ
だかまり)の原因になることもあります。

 忘れ物くらいなら、だれでもしますよ。そういうとき先生によっては、軽い気持で、平気で、親
に電話をしてくることもあります。もしその時点で、Yさんが、お子さんを信じていれば、「あら、
すみません。よく言っておきます」程度で、すむはずです。

 それをいちいち大げさに考えてしまう。そしてお子さんに対してカリカリしてしまう。それはお子
さんの問題というよりは、あなた自身の問題ということになります。

 で、チックにも軽重があります。私の実感では、目や口の周辺だけに症状が限定されていれ
ば、それほど、心配しなくてもよいと思いますが、お子さんのように、ガクン、ガクンと首を振る
ようなチックは、かなり重いほうと考えてよいでしょう。さらにひどくなると、痙攣(けいれん)が全
身におよび、呼吸困難に陥ることもあります(ジル・デ・ラ・ツーレット症候群など)。そうなると、
教育の問題ではなく、医療の問題ということになります。

 Yさんのメールだけを読んでいると、お子さんは、何があっても、叱られてばかりいるような感
じがします。(本当は、そうではないのでしょうが……。)この年齢になると、叱ればなおるという
発想は、通用しません。おっしゃるとおり、悪循環に陥るだけです。

 が、それだけでは、すみません。

 すでに親子の間に、大きなミゾができつつあります。もうあと2、3年もすると、キレツから断絶
へと進んでいくかもしれません。Yさんが、「何とか修復しよう」とあせれば、あせるほど、そうな
るでしょう。

 で、アドバイスということになりますが、

(1)お子さんを友として、受け入れなさい!

 おかしな親意識は捨てて、また「親だから」「子だから」という上下意識は捨てて、お子さんの
横に立ちなさい。あなたが高校時代、友人に話しかけたように、お子さんに話しかけるのです。
頭ごなしに、ガミガミ言うのは、禁物ですよ。

(2)あなたの過去を冷静にみなさい!

 とくにあなたと、あなたの親(父親)との関係です。良好な親子関係を築いていましたか。兄か
弟がいれば、その兄か弟の関係は、どうでしたか。この問題は、冷静に過去を見ることから始
めます。あるいは、あなた自身の中に、学校神話や、学歴信仰があるのかもしれません。そう
いうものに、あなたは振り回されている可能性があります。

(3)家庭を、心と体を休める場所とすること!

 あなたのお子さんは、家庭で、じゅうぶん、心と体を休めることができていますか。幼児期ま
では、家庭はしつけの場所として機能しますが、子どもが学校へ入ることからは、その機能が
変わってきます。学校で、疲れて帰ってきた子どもを、さらに家庭で、叱ったりしたのでは、子ど
もは、行き場所がなくなってしまいます。

(4)チック症状は、簡単には消えない!

 環境が改善されたからといって、チック症状は、簡単には、消えません。クセとして定着する
こともあります。年中児に出ると、1、2年つづくことも、珍しくありません。日本でも有名なタレン
トや、どこかの知事も、テレビの前で、首を不自然に回転させたり、目をまばたきさせたりしま
す。クセとして定着してしまったからです。

 本人も意識しているときは、自分の意識でチック症状を抑えることができますが、ふとその意
識が薄れたようなときに、また出てきます。

(5)ふつうでない様子がひどいばあいには、一度、小児科へ!

 最初に書いた、ふつうでない症状が、あまりひどいようであれば、何らかの心の病気が疑わ
れます。一度、小児科、もしくは心療内科を訪問してみることを、お勧めします。ほかに気うつ
症的な症状、さらには神経症による症状などがみられるようであれば、なおさらです。

 Yさんにかぎらず、たいていの親は、子どもに何か問題が起きると、まず子どもをなおそうと
考えます。しかし自分をなおそうと考える親は、少ないです。つまり自分を知るということは、そ
れくらい、むずかしいことです。ですからYさん自身も、お子さんがそうであるからといって、自分
を責める必要はありません。

 こうした問題をきっかけに、親は親で、いろいろと勉強をし始めるわけです。幸いにも、Yさん
は、すでにかなりの部分まで、自分のことがわかっている。だからあと一歩です。

 そこで、こうしてみてください。

(6)許して忘れ、ほどよい親に心がける!

 言うべきことは言いながら、それですます。あとは許して忘れ、子どもの立場になって、忘れ
物をしないように、手助けしてあげます。先生から苦情があれば、すなおにそれを聞き、「すみ
ません」で、すませばよいのです。

 「うちの子は、やっぱりダメ」式のラベルを、絶対に張ってはいけません。

 この問題は、時間がかかります。今日から改めても、2、3年はかかります。もっとかかるかも
しれません。1回や2回、強く叱ったくらいで、なおるはずもないのです。(もしそんな簡単なこと
でなおるなら、教育など、必要ないということになりますね。)

 で、このタイプのお子さんほど、学校という集団の場で、神経をすり減らして、家に帰ってきま
す。そのため、家の中では、態度が反抗的になったり、生活習慣も、だらしなくなったりします。
そういうときは、「ああ、うちの子は、外の世界でがんばっているのだ。だから家の中では、こう
なのだ」と思いなおすようにしてみてください。

 とくのこのタイプのお子さんには、「暖かい無視」が必要かと思われます。愛情で包みながら、
無視するところは、無視します。その度量の広さこそが、あなたの愛情の深さということになり
ます。

 コマゴマしたことで、ガミガミは、禁物。それはつまり、あなた自身との戦いということになりま
す。あなたはお子さんに、コマゴマしたことで、ガミガミ言うのをやめることができますか。もしで
きるなら、よし。しかしできないようなら、あなたのお子さんの問題は、いつまでたっても、解決し
ないでしょう。

 きびしいことを書きましたが、今の年齢が、ちょうど、子育ての分かれ道になります。つまり重
要な時期ということです。あと1、2年で、お子さんは、親離れを始めます。そういうこともどこか
で考えながら、ここは、腹をすえて、子育てに、真正面から、取り組んでみてください。応援しま
す。

 チックは、そのあと、自然な形で、消えていきます。ほかの(ふつうでない症状)も、です。そし
てそのあと、あなたとお子さんは、すばらしい親子関係を築くことができます。
(はやし浩司 子育て 育児 子供の心 チック ツーレット ツーレット症候群)


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

【金沢旅行】

●金沢

 11月6日、日曜日。私とワイフは、金沢から富山まで、午前9時すぎの特急に乗った。列車
の名前は、忘れた。ふだんなら指定席を購入するのだが、この日はやめた。前日、その指定
席で、失敗したからだ。

 私とワイフは、その前日、名古屋から、同じく特急で、金沢に向かった。午後2時少し前の特
急だった。が、指定席に座ると、ワイフがすかさず、「臭いわ」と。私も異様な悪臭を感じた。「ネ
コの尿の臭いよ」と。

 私は座席に鼻を近づけて、臭いをかいでみた。ついでにあたりの臭いもかいでみた。どうや
らその臭いは、前に座った男性から出ているものとわかった。それにしても、強烈!

 おまけに、前方に座った女性たちの一団が、まだ列車が発車する前から、宴会モード。ワイ
ワイ、ガヤガヤと騒ぎ始めた。

 「席をかわってもらおうか?」と私。「できるかしら?」とワイフ。私は車掌が通り過ぎるのを待
った。しかしその気配は、まったくなかった。

●自由席

 隣の号車が、自由席だった。私は席を立つと、そちらをのぞいてみた。驚いた。指定席のほ
うは、ほぼ満員。しかし自由席のほうは、ガラガラ。全体でも、7、8人の乗客しか乗っていなか
った。

 私はその一列に帽子とハンカチを置いて、すぐワイフを呼びに行った。

私「こんなこともあるんだね」
ワ「自由席のほうが、すいているなんて……」と。

 私たちは、どっかりと席にすわると、座席を、うしろに倒した。名古屋から金沢まで、特急で、
約3時間。学生時代には、約5時間かかった覚えがある。もちろん特急など、乗ったこともな
い。

私「ネコの尿のにおいは、強烈だね」
ワ「ホント!」と。

●米原(まいばら)から武生(たけふ)まで

 途中、米原(まいばら)から、列車は、東海道線と分かれて北陸線に入る。そのとき、走行方
向が変わる。私たちは、車掌のアナウンスの指示に従って、座席を、180度回転させた。

 見慣れた駅だが、晩秋のころで、よけいに沈んで見える「昔は、今ごろから、冷たい北風が
吹き始めたものだよ。みぞれが降ることもあった。でも、今は暖かい」と私。

 やがて列車は、今までとは反対方向に走り始めた。とたん、さらに沈んだ風景が目に飛びこ
んできた。

 いくつかのトンネルを過ぎたあと、列車は北陸トンネルへと入った。単調なリズムと、繰りかえ
し流れる電灯の明かり。それを目でみやっていると、そのままあのころの私にもどる。

 何も変わっていない。しかしすべてが変わってしまった。学生時代には、その米原から北陸
線に列車が入るたびに、私は、重苦しい憂うつ感を覚えた。

●武生(たけふ)

 北陸トンネルを抜けると、景色が一変する。冬場だと、トンネルを過ぎたとたん、雪景色、とい
うことも、珍しくなかった。空の色も、どんよりとした鉛色になる。

 好きか、嫌いかと言われれば、私は、嫌いだった。北陸線も、そしてあの金沢も。もともと納
得して入学した大学ではなかった。学部さえも、何となく、その流れの中で選んだ。私は学生時
代、その4年間が早く終わることだけを願って、過ごした。

 列車は、つぎの駅、武生(たけふ)に向かっていた。

 私は窓に腕を置き、景色を見やった。田舎の農道、そして農家。驚いたことに、道路にも
家々にも、人の気配がなかった。1台だけ、トラックが駐車場へバックしていくのが見えたが、
それだけ。

私「さみしい田舎だね。ほら、人の気配すらないよ」
ワ「土曜日だからじゃ、ない」
私「だって、子どもの姿もない」
ワ「だれも住んでいないのかしら……」
私「そんなこともないと思うけど……」と。

●富山へ

 昨夜は、金沢市の郊外にある、湯涌(ゆわく)温泉に泊まった。昔から、金沢の奥座敷と呼ば
れている温泉街である。

 そして朝、8時17分のバスで、金沢駅に向かった。この時刻だけは、よく覚えている。何し
ろ、1時間に1本しかない。それに乗り遅れたら、そのあとの計画が、すべて狂ってしまう。

 私は一番前の座席に座った。そしてバスが信号などで止まるたびに、写真をとった。学生時
代には、湯涌温泉に泊まるなどということは、夢のまた夢。だからそのときが、最初だった。

私「たしか法相(法律相談所の活動)で、湯涌温泉へ来ることもあったのだろうけど、そのとき
は、ぼくは来なかった。多分、サボったのかもしれない」
ワ「あちこちへ行ったの?」
私「毎月、2回、北陸から富山、福井のほうまで回ったよ。何しろ、法学部があるのは、この3
県でも、金沢大学だけだったからね」
ワ「毎月、旅行していたようなものね」
私「そうだよ。今から思うと、そんなお金、どこから出たのかと思うよ。だれかが資金カンパして
くれたかもしれない。あとは裁判劇などをしてみせて、それでもうけた入場料金をプールして、
あちこちへ行ったと思う。自分で、旅費を出した覚えはない」と。

●自由席で 

 金沢から富山までは、自由席に座った。しかし今度は、混んだ。と言っても、時間にすれば1
時間と少し。どんな乗り方をしても、がまんできる距離である。私は、学生時代の思い出を、ワ
イフにあれこれと話した。

 「ぼくは、そのつど、いろいろな帰り方で岐阜へ帰ったよ。富山から高山を回ったり、バスで岐
阜の山奥を越えたりしたこともある。あるいは新潟から、東京を回って帰ったこともある。

 いちばんいいコースは、金沢から名金線というバスに乗るコースだよ。あれに乗ると、合掌造
りでよく知られた白川村を通って、郡上(ぐじょう)へと下りることができる。途中ものすごい断崖
絶壁のコースを通るけどね。それがおもしろかった。ぼくは、よく利用したよ」と。

 その富山からは、猪谷線(いのたにせん)に乗った。待ち時間は、7分ほどしかなかった。小
さなワンボックスの電車で、私たちが乗りこんだときには、通路に人が立つほど、客がいた。私
たちは、前のほうにと、通路を歩いた。

 で、私たちは、席にすわることができた。ワイフのために、席をよけてくれた人がいた。私は、
座席にカバンを置いている人を見つけ、その人から席を譲ってもらった。

 遠くに、立山連峰の尾根が、雪をかぶって、ちょうど空の壁のように鈍く光っていた。あいにく
と空は、今にも泣き出しそうな雰囲気だった。

●猪谷からバスで

私たちは、猪谷からバスに乗った。以前は、飛騨高山線は一本のレールでつながっていたが、
数年前の洪水で、線路のあちこちが寸断された。それでその猪谷から、角川(かどかわ)まで
は、バスということになった。

 しかし、私たちは、それを楽しみにしていた。その1週間ほど前、下呂(げろ)に住んでいるい
とこに、紅葉の話をすると、「今ごろが最高だよ」という話を聞いていた。私たちは一番うしろの
座席にすわると、カメラを前に構えた。

 バスが国道へ入ったとたん、その両側には、今まで見たこともないスケールで、紅葉で色を
変えた山々が、迫ってきた。私たちは、言葉を失った。目の前をおおう山々が、全体として、紅
葉しているのだ!

私「ダイナミックだねえ」
ワ「私もこんな景色を見たのは、はじめて」と。

 ただあいにくの小雨模様。光り輝く紅葉……というわけにはいかなかったが、しかしそれで
も、私たちには、じゅうぶんすぎるほど、じゅうぶんだった。私は、カメラのシャッターを切りつづ
けた。

++++++++++++++++

 バスの中からとった写真なので、ピントが合っていないのが多かったが、それらの写真のいく
つかを紹介します。(楽天日記と、マガジンHTML版のほうで。)

++++++++++++++++

 こうして1泊2日の私たちの旅は終わった。楽しかった。

 さてさて、道中、私たちは、いつも何かを食べてばかりいた。そのおかげで、その翌日体重を
はかると、なんと、体重が、1・5キロもふえていた!

 この原稿を書いているのは、11月8日、火曜日。そんなわけで、今日は、昼食抜き。夕食は
ざるそば。適正体重まで、ダイエット開始。苦しいが、がんばろうと心に誓ったところで、今回の
旅行記は、おしまい。
平成17年11月8日記


Hiroshi Hayashi+++++++++++Nov. '05+++++++++++++はやし浩司

●同窓会

 大学の同窓会に出る。約110人の同窓生のうち、出席者は、約30人前後。大学の同窓会と
しては、まずまずの成績だそうだ。地元に残ったK君が、ずっと、1人で幹事を買ってでてくれて
いる。そのおかげだと思う。遠くは、北海道、愛媛県からかけつけた仲間もいた。が、一方で、
亡くなったのもいる。すでに4人も、いる。

 同窓会といっても、ただ卓を囲んで、食事をするだけ。あとはその前後に温泉につかるだけ。
しかしこうした飾り気のない同窓会がよい。気楽で、自由に会話をすることができる。それにそ
れぞれの人たちは、それぞれの地域で、個別に交遊を重ねている。同窓会というのいは、そう
いう人たちの横のつながりを確かめあうところ。それでじゅうぶん。

 その同窓会。このところ、みんな、急速に老人臭くなった。私自身もそうだから、偉そうなこと
は言えない。が、それでも、そう思う。頭のはげた人もいれば、髪の毛が真っ白な人もいる。学
生時代より、ぐんと太った人もいるし、やせた人もいる。

 ただ困ったことに、35年ぶりということもあって、名前を思い出せないのもいるということ。顔
がすっかり変わってしまって、顔と名前がが一致しないのもいる。私自身も、大学の同窓会に
出るようになったのが、50歳も過ぎてから。それまでは、あまり関心がなかった。

 その同窓会に出たあと、いろいろ考えさせられた。何というか、生きることそのものがもつ悲
哀感というか、それにまつわる切なさというか、それを強く感じた。みんな、現役時代には、そ
れぞれの分野で活躍した人たちである。そういう人たちが、リストラなどで転職し、今は、別の
仕事をしている。公務員になった人も、ここ1、2年のうちに、みな、退職するという。

 「まだ元気なのになあ」と、ふと、そう思う。しかし年齢というカベは、だれにも、ある。「まだぼ
くは若いぞ」といくら叫んでみても、世間の人たちは、年齢を基準にして、私たちを見る。そのカ
ベが刻一刻と、容赦なく、私たちに迫ってくる。

 ところで満55歳前後で、展望性(未来に向かった展望性)と、回顧性(過去に向かった回顧
性)が、ちょうど交差(こうさ)するそうだ。つまり人も55歳を過ぎると、未来をみることよりも、過
去を振りかえることのほうが、多くなるそうだ。

 実際、この年になると、未来について考えるのが、おっくうになる。何を考えても、「いまさら、
それがどうなの?」という考え方が、先に立ってしまう。そうであってはいけないとはわかってい
るが、それに抵抗するだけも精一杯。たとえて言うなら、前にふさがる草むらをかき分けて進
むようなもの。その草むらの丈(たけ)が、年々、高くなる。密度が繁(しげ)くなる。

 だからというわけでもないが、同窓会といっても、どこかしんみりとした会になりやすい。長く
話していると、そうなる。友人の消息をたずねたり、その家族の話になったり……。若いときの
ように、飲んで騒いで、……ということには、ならない。

 が、何といっても、先に書いたように、亡くなった4人の仲間は気になる。しかしおかしなもの
で、だれも、その4人については、話題にしない。私も、あえて、避けた。なぜだろう?

 どう話したところで、死んだ仲間は、死んだ仲間。亡くなり方を知ったところで、それがどうだ
と言うのか。それに、つぎは、私かもしれない。そういう思いが、口を重くする。

 それにもうひとつ。その妻がなくなった人もいる。今、現在、大きな病気をかかえて、苦しんで
いる人もいる。そういうことも知らずして、その人と、安易に、死んだ仲間の話をするというの
も、失敬なことだ。

 もちろん表面的に悲しげな顔をして、同情したフリをすることはできる。しかし同窓生というの
は、そういう意味では、他人であって、他人ではない。そんなフリをしても意味がない。フリをし
ても、すぐ、相手にわかってしまう。彼らは私の中身の中身まで知っている。私も、彼らの中身
の中身まで知っている。

 そう言えば、つぎの同窓会は、5年後だそうだ。それについて、だれかがだれかに、「また5
年後に会おうな」と声をかけた。そのとき、その相手は、こう言った。「それまで生きているかど
うか、わからないよオ」と。

 それが本音かもしれない。しかしそれは同時に、私の本音でもある。

 が、私は、今回、同窓会に出て、よかったと思うことが一つある。それは、生きる力のようなも
のを、もらったということ。みんなが、(もちろん同窓会に出た連中だけだが……)、元気でがん
ばっているのを知ったとき、「ぼくもがんばろう」という気持ちになった。これは私にとっては、大
収穫である。

 幸いにも、私は健康である。元気である。まだまだがんばれる。だれかが言ったように、「75
歳まで、現役で行けそう」、である。そういう力のようなものをもらった。

 で、同窓会の終わりは、いつも淡々としている。まるで風のようだ。どこからかさっと吹いてき
て、またどこかへ行く。大学の卒業式のあと、私たちは全国に散った。今度は、それほど大げ
さな別れではないが、やはり、私たちは、それぞれの持ち場へと、散った。

 二度と会えないかもしれない。また会えるかもしれない。しかしあえてそんなことは考えない。
考えても意味がない。また風が吹いてきて、会えるときには、また会える。会えないときは、会
えない。そう、それは、万事、風しだい。風に任せるしかない。そう思って、その会場を、私はあ
とにした。

 みんな元気で! 75歳まで、現役でがんばろう!

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2001年に書いた、原稿を添付します。

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●三一年ぶりの約束

 ちょうど三一年前の卒業アルバムに、私はこう書いた。「二〇〇一年一月二日、午後一時二
分に、(金沢の)石川門の前で君を待つ」と。

それを書いたとき、私は半ば冗談のつもりだった。当時の私は二二歳。ちょうどアーサー・クラ
ーク原作の『二〇〇一年宇宙の旅』という映画が話題になっていたころでもある。私にとって
は、三一年後の自分というのは、宇宙の旅と同じくらい、「ありえない未来」だった。

 しかしその三一年がたった。一月一日に金沢駅におりたつと、体を突き刺すような冷たい雨
が降っていた。「冬の金沢はいつもこうだ」と言うと、女房が体を震わせた。とたん、無数の思い
出がどっと頭の中を襲った。話したいことはいっぱいあるはずなのに、言葉にならない。細い路
地をいくつか抜けて、やがて近江町市場のアーケード通りに出た。いつもなら海産物を売るお
やじの声で、にぎやかなところだ。が、その日は休み。「初売りは五日から」という張り紙が、う
らめしい。カニの臭いだけが、強く鼻をついた。

 自分の書いたメモが、気になり始めたのは数年前からだった。それまで、アルバムを見るこ
とも、ほとんどなかった。研究室の本棚の前で、精一杯、かっこうをつけて、学者然として写真
におさまっている自分が、どこかいやだった。

しかし二〇〇一年が近づくにつれて、その日が私の心をふさぐようになった。アルバムにメモを
書いた日が「入り口」とするなら、その日は「出口」ということか。しかし振り返ってみると、その
入り口と出口が、一つのドアでしかない。その間に無数の思い出があるはずなのに、それがな
い。人生という部屋に入ってみたら、そこがそのまま出口だった。そんな感じで三一年が過ぎて
しまった。

「どうしてあなたは金沢へ来たの?」と女房が聞いた。
「……自分に対する責任のようなものだ」と私。

あのメモを書いたとき、心のどこかで、「二〇〇一年まで私は生きているだろうか」と思ったの
を覚えている。が、その私が生きている。生きてきた。時の流れは、時に美しく、そして時に物
悲しい。フランスの詩人、ジャン・ダルジーは、かつてこう歌った。「♪人来たりて、また去る…
…」と。部分的にしか覚えていないが、続く一節はこうだった。「♪かくして私の、あなたの、彼
の、彼女の、そして彼らの人生が流れる。あたかも何ごともなかったかのように……」と。

何かをしたようで、結局は、私は何もできなかった。時の流れは風のようなものだ。どこからと
もなく吹いてきて、またどこかへと去っていく。つかむこともできない。握ったと思っても、そのま
ま指の間から漏れていく。

 翌一月二日も、朝からみぞれまじりの激しい雨が降っていた。私たちは兼六園の通りにある
茶屋で昼食をとり、そして一時少し前にそこを出た。が、茶屋を出ると、雨がやんでいた。そこ
から石川門までは、歩いて数分もない。歩いて、私たちは石川門の下に立った。

「今、何時だ」と聞くと、女房が時計を見ながら、「一時よ……」と。私はもう一度石川門の下で
足をふんばってみた。「ここに立っている」という実感がほしかった。学生時代、四年間通り抜
けた石川門だ。と、そのとき、橋の中ほどから二人の男が笑いながらやってくるのに気がつい
た。同時にうしろから声をかける男がいた。それにもう一人……! そのとたん、私の目から、
とめどもなく涙があふれ出した。


Hiroshi Hayashi++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●M社の株価

 2か月ほど前、M社の株を、xx株も、買った。……買ってしまった。買値は、32万円前後。そ
れがその後、ジリジリと根をさげ、一時は、23万円前後まで、さがってしまった。売れば、xxx
万円もの損という状況になった。

 が、そこはじっと、がまん。塩づけ。

 そうして待つこと、2か月と少し。が、である。その株が、突然、急上昇を始めた。毎日、1万
円〜2万円のハバで、値をあげた。私は売り時をねらった。「元が取れればいい」と考えた。

 で、先週の終わり、正確には、先週の木曜日に、全株を手放した。売り値は、32万円前後。
あとで見たら、手数料などを引かれて、約x万円の損ということがわかった。

 しかたない。

 と思っていたら、その翌日には、さらに3万円前後の値上がり。さらに今週に入ってからは、
毎日、1〜2万円の値上がり。そして昨日は、何と、5万円近く、値上がりをしたではないか! 
(たった1日で、5万円だぞ!)

 これには驚いた。あっさりと、40万円を突破したしまった。つまり私は、売り急いだため、xxx
万円も、儲けそこなったことになる。チクショー。

 私は欲望と煩悩(ぼんのう)のかたまりのような人間だ。それがよくわかった。「あと数日もっ
ていれば、今ごろ、新車が買えたのに」とワイフに言うと、ワイフは、「元を取っただけでも、感
謝しなければ」と笑った。

 このところ、経済状況は、たしかにバブルである。景気がよくなりつつあるとは言うが、バブル
は、バブル。日経平均株価は、1万4000円台にのった。政府が、どんどんとお金をバラまい
ている。庶民は庶民で、タンス預金をタンスから引き出しつつある。それがぜい沢に、市中に
出回り始めている。

 すでにインフレが始まりつつあるのかもしれない。調整インフレという、インフレである。日銀
は否定しているが、株価はそれを先取りする形で、上昇を始めた。

 が、これからが、こわい。いつ何時、ちょっとしたことで、その株価が、ポキンと折れるか、わ
かったものではない。不安材料は、山のようにある。円安も気になる。ドルの暴落も気になる。
中国経済は、どうなのか。6か国協議のゆくえによっては、日本の経済は、一気に不安定化す
る。

 次回はとりあえず、新しいデジカメか、パソコンを買えるだけのお金を儲けたら、それでおしま
い。明日、N社の株を、少し買ってみる。私はN社のデジカメがほしい。この前買ったデシカメ
は、3男に譲った。だからN社の株を買う。自分がほれた商品を売る会社の株を買う。私のよう
なド素人は、そういうふうにして株を買うとよいそうだ。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

【下の子の問題】

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友だちをキズつける二女。
それを心配して、あるお母さんから、
こんなメールが、届いています。

(北海道・M子より)

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【 お子さんの年齢(現在の満年齢) 】:11歳と9歳
【 お子さんの性別(男・女) 】:ふたりとも女の子
【 家族構成・具体的に…… 】:
父(45歳)母(41歳)長女(小学5年)次女(小学3年)

【相談内容】

上の子は、小さい時から好奇心旺盛で、男の子と対等に遊んでいました。いつも努力して何の
運動でもできるまでがんばります。

今現在も、人に負けるものがほとんどなく、勉強も家では宿題以外したのを見たことがありま
せんが、とてもできます。

言葉使いは男の子と対等に話し、お笑い大好きでものまねも上手です。女の子の友達もいま
すが、みんな、一歩、ひいてる感じだそうです。「言い方がきついため女の子が近寄りがたいだ
けで、一切意地悪なことはしていませんよ」との担任の言葉でした。

家では、そういう姉に勝つものがない次女は反発しても勝てないのもあって、私に助けを求め
にきます。家では妹とよく遊ぶし意地悪なことはしませんが、言い方がきついというのが私も気
になるところです。

その次女は、長女と違って、周りの友達ができることでもあせることなく、やる気がでたら挑戦
してみようかなっというタイプです。私たち両親も「あんたはできんでもいい、いい」と思ってしま
っているところがあります。勉強も漢字など覚える分野は得意ですが、算数がとても苦手です。

先日次女の担任から、最近クラスである友達と組んで、友達を無視したり、仲間はずれをした
り、ひどい口調で友達を傷つけたりしているようだと言われ、ショックでした。

そのことがあって、家では姉と言い合いさせるようにしています。ピアノが大好きで二人とも習
っていますが、それも姉には今はかないません。姉は自分の意思で小2のときから紅一点で柔
道をしていますが、次女はしたくないようです。

何か、姉に勝てるものをみつけようと、今考え中です。算数ができないのも気になりますが、友
達を傷つけることが一番気になることで、どの方向から考えていくべきか悩んでいます。先生
はどうお考えですか?

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【はやし浩司より、Mさんへ】

 めちゃめちゃ、できのよい兄、あるいは姉。しかしその反動からか(?)、目だたない弟か妹。

 よくあるケースです。

 ほかにたとえば、社会的に大活躍している親と、その陰で小さくなっている息子や娘の例など
もあります。こういうケースでは、なぜ下の子や、子どもがそうなるかについて、2つの理由が
考えられます。

 1つは、上の子どもの優位性を見せつけられるうちに、下の子が、劣等感を植えつけられ、
それがもとで、自信喪失に陥(おちい)ってしまうこと。もう1つは、上下意識の強い家庭環境の
中で、下の子が、卑屈になってしまうこと。まわりの人たちが、上の子や、父親に対して、「お兄
ちゃんはすごい。あなたもお兄ちゃんのようになりなさい」「お父さんはすばらしい。お父さんに
は、かなわないわね」と言えば言うほど、下の子や子どもは、「あなたはダメな子」と言われたよ
うに感じてしまうわけです。

こうした環境が慢性的につづくと、下の子は、ひどいばあいには、自己否定から、自暴自棄に
陥ってしまうこともあります。長い時間をかけて、そうなります。

 で、実は、こうした弊害は、学校教育の場でも、よく問題になります。よく優秀な子どもを、ほ
めたり、たたえたりします。それはそれとして、教育の1つの目的でもあるわけですが、しかしそ
の一方で、こうした行為は、そうでない子どもたちを、「ぼくは、何をしてもダメなのだ」と、スミに
追いやってしまうという危険性もあります。

 昔は、(勉強)だけで、その子どもを判断しましたから、こうした弊害が、強く現われました。お
かしなことですが、(勉強ができる子ども)イコール、(人格的にもすぐれた子ども)と考える風潮
すら、ありました。

そこで、学校教育という場では、子どもたちの世界をできるだけ多様化することによって、この
問題を解決しようとしています。「勉強だけが、すべてではないのだ」と、です。

つまりそれぞれの子どもには、それぞれの特徴があり、得意な面もあれば、苦手な面もあると
いう前提で、子どもをとらえるようにします。運動やスポーツ、美術や音楽などなど。そしてそれ
ぞれの分野で、子どもをほめたり、たたえたりします。

 が、それでも、そのワクからはずれてしまう子どももいます。とくに、一度、強い劣等感を覚
え、自信を喪失してしまった子どもは、何かにつけて、逃げ腰になってしまいます。自らに、「ダ
メ人間」のレッテルを張ってしまうからです。

 このタイプの子どもは、いくつかのパターンに分けて考えることができます。

(1)静かに、ことなかれ主義に徹する、沈黙型
(2)ひょうきんで、笑わせじょうずになる、道化型
(3)攻撃的に出て、乱暴者になる、攻撃型
(4)弱々しい自分を演ずることにより、人の注意をひきつける、同情型
(5)ベタベタとだれかに甘えようとする、依存型
(6)徹底してだれかに服従することによって、自分の立場を守る、服従型

 要するに、(顔のない自分)に徹するか、何らかの形で、(顔のある自分)を演ずるかのちが
いということになります。しかしそれ以上に注意しなければならないことは、このタイプの子ども
は、そうした自分を演じながら、そのウラで、心をゆがめやすいということです。

 卑屈になるのもその1つですが、ほかに、いじけやすくなる、ひがみやすくなる、ねたみやすく
なる、つっぱりやすくなるなどの症状が出てくることもあります。こんな例があります。

 A君という中学2年生の子どもがいました。今から思うと、LD児(学習障害児)ではなかった
かと思います。私は、当時、月謝をもらわないで、週3回、教えていました。

 そのA君を、さらに、ときどき、小学生のクラスへ入れて、教えていたこともあります。そんな
ある日のことです。

 何と、そのA君が、数歳年下の、小学生をいじめているのです。「お前、こんなのできねえの
か」「バカだなあ」「お前のようなバカは、生きている価値はねえよ」と。

 これには、驚きました。A君は、日ごろ友だちから言われていることを、そのまま、自分より弱
い立場の子どもに言っていたのです。そこで私がA君に、「そんなことを言ってはダメだ。この
子たちは、まだ、その勉強をしていないのだから」と。

 ここで私は「驚きました」と書きましたが、本当は、ショックを受けました。学校でいつもつらい
思いをしているだろうと思って、私は私なりに、少しでもそのつらさを軽くしてあげようと努力して
いました。が、その私の心にA君が答えるのではなく、むしろ私の心を、ひっくり返すようなこと
を、目の前でしたからです。と、同時に、私は、A君に何を教えてきたのだろうと、自分で自分に
疑問をもつようになりました。

 もっと具体的には、A君を教える気力が、半減してしまいました。一時は、ゼロになりました。

 しかしA君を責めてもいけません。A君は、学校で、いつも、友だちからそう言われているにち
がいないからです。それが反対の立場になったとき、A君の口から出てきたということです。

 以上は、学校や塾という世界で、よく経験する話です。そこでMさんの二女のケースについて
考えてみたいと思います。

 一般論から先に言うと、いじめられる子どもが、それだけ、精神的にきたえられ、すばらしい
子どもになるかというと、そうではないということです。そのため、心をゆがめる子どもも、約半
分は、います。そして今度は反対に、だれかをいじめる立場に回ることも、珍しくありません。い
じめられる前に、いじめるという行為に走ることもあります。

 おとなの世界でも、苦労を重ねた人が、それだけ精神的に高邁(こうまい)な人になるとはか
ぎりません。中には、かえって邪悪になり、小ズルい人になっていく人もいます。どうしてそうい
うふうに分かれていくかについては、また別の機会に説明するとして、同じようなことが、子ども
の世界でも、起こるということです。

 めちゃめちゃ、できのよい兄か姉をもったため、いつの間にか、スミへ追いやられた下の子
どもというのは、ここでいう(顔のない子ども)になりやすいということです。しかし本人は、決し
て、それをよしとはしません。

 そこでこのタイプの子どもは、そのはけ口を、別の世界で求めようとします。もう15年ほど前
になりますが、私は自分の本の中で、『子どもの心は風船玉』という格言を考えました。

 子どもの心というのは、風船玉のようなものです。どこかで圧力を加えると、その圧力は別の
ところで、別の形となって現れます。つまりそういう形で、子どもは、自分の心のバランスをとろ
うとするわけです。意識的な行為というよりは、これは無意識的な行為と考えたほうがよいで
す。子ども自身が、自分の中の別の自分に操られて、そうします。

 Mさんの二女のケースも、この図式に当てはめて考えると、かなり正確に理解できるのでは
ないでしょうか。

 では、どうするか?

 本来なら、姉とは別のことをさせるのがよいのですが、同じピアノ教室へ通わせたりしている
ところが、気になります。勉強面でも、どこか比較ばかりしているようなところも、気になります。
これでは、ますます二女のほうが、卑屈になるだけです。どうせ勝てないのですから……。つま
り同じように育てようと考えるのではなく、別々のことをさせるようにして、育てます。……といっ
ても、今から軌道修正するのも、たいへんですね。

 私なら……という言い方は少し変ですが、私なら、もう上の子には構わないで、下の二女の
ほうに、すべての神経をそそぐようにします。何か、得意な面、姉とはちがった面があるはずで
す。そちらのほうに、注意をそそぎます。そしてそれを励まし、伸ばすようにします。

 コツは、いくつかあります。

(1)不得意面には、目を閉じて、得意面だけを伸ばす。
(2)一芸をみつけたら、時間と、お金を惜しみなく、そそぐ。
(3)Mさんのケースでは、姉と二女を、できるだけ、切り離す、です。

 外の世界で、友だちをキズつけるようなことを言うという面については、家庭の中で居場所が
見つかれば、自然と消えていくと思われます。年齢的に考えても、まだ間にあいます。

 (3)番目の姉と切り離すということについては、もう1つの意味があります。

 姉自身が、ひょっとしたら、妹(二女)を押しつぶすための、何らかの働きかけをしている可能
性があるからです。もちろん無意識的に、そうしています。こういうケースでは、妹のほうの嫉
妬心が、そうした働きかけの原動力になっていることも考えられます。(親からみれば、50%、
50%ということになりますが、姉には、それが不満なのです。)

 ですから親の目の届かないところで、姉のほうが、二女を自信喪失にもっていっているので
はないかということも、疑ってみてください。『年の近い姉妹は、憎しみ相手』と、昔からよく言わ
れます。嫉妬がからむと、上の子は、いわゆる(きつい子)になります。そしてその反動として、
下の子は、Mさんの二女のようになります。そういうケースは、たいへん多いです。

 しかし全体としてみると、よくあるケースであり、またそれほど深刻な問題とはならないまま、
ことは推移していきます。ですから、ここではいろいろと書きましたが、あまり大げさには考えな
いこと。学校の先生から注意があったら、そのつど、その時点で、お子さんと話しあって、すま
せます。

 ここで大げさに二女を追いつめてしまえば、それこそ、二女は、行き場をなくしてしまいます。
こうした問題には、まだ、二番底、三番底がありますから、どうか注意してください。

 なお上の姉が、(きつい子)になったのは、下の子が生まれたことが原因による、赤ちゃんが
えりのバリエーションの1つです。赤ちゃんがえりが、攻撃型になり、それが定着したタイプと考
えるとわかりやすいでしょう。今回は、上の姉については、返事はいらないということなので、こ
の問題は、また別の機会に考えてみることにします。(そういう点では、上の子も、かなりさみし
い思いをしてきたのかもしれませんね。)

 以上、Mさんの子育てで、何かの参考になれば、うれしいです。あくまでも参考意見の1つとし
て、ご利用ください。今日は、これで失礼します。
(はやし浩司 下の子の問題 自信喪失 上の子の問題 子供の心理)

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【Mさんからの、追伸】

お返事読ませていただきました。
思いあたるところがたくさんあり、ショックもうけました。

夏休み前に、簡単な算数の時計の問題が理解できない次女に対し、だんだん腹がたってき
て、「あんたみたいな小学生はいない。幼稚園生にも負けてる」とか、お金の問題がわからない
ときには、「あんたは、大人になってお金にだまされてことになる」などと、ひどい言葉をあびせ
かけていました。

言ったあと、しまったと思うのですが・・・
その様子を見ていた長女が、「お母さんひどいこというねえ。自分が教えるからあっちに行って
て!」と言われ、長女にまかせたことがありました。長女は怒ることなく、教えてくれていました
が、次女にとってはそれもイヤだったかもしれません。

下の子はいつまでも赤ちゃんに思えて、私の無意識な行動が次女を傷つけていたと思いま
す。

はやし先生の言葉の中で、「ダメ人間のレッテルをはっている」ということ、その通りかもしれま
せん。

ピアノを一緒に習っているといいましたが、姉の方は正確に覚えてひけるので、先生もみんな
の見本のようなことを言うのをいつも下の子は見ています。(学年が違うから、クラスは違いま
す)

下の子は音感で音を覚えるようなので、楽譜を無視して、よく注意されています。ただ、親から
みると下の子の引き方のほうが、楽しそうでのびのびしているように感じます。
本当にピアノをひくことが大好きのようなので、これはずっと続けさせようと思います。

今、空手がやってみたいというので、道場をさがしています。
姉と同じ柔道ではなく、でも、近いものを選んでいるのが、不思議です。

先生のおっしゃるように、次女のほうに気持ちを傾けようと思います。

それから、算数と仲良くなるためにはどういうところから入ったらいいですか? 本人も算数と
仲良くなれば、自信がわくと思いますから。

ありがとうございました。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(938)

【世俗的現実主義】

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現実主義に陥(おちい)るあまり、
逆に、その現実の中で、自分を
見失うということは、よくあります。

それについて、書いてみます。

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●自分をだます

 私たちは(現実)を、あまりにも過大評価しすぎている。現実が、決して、すべてではない。現
実主義が悪いわけではないが、その現実を過大評価しすぎるあまり、時として、もっと大切なも
のを、見失ってしまうことがある。こういうのを、世俗的現実主義という。

 たとえば今、そこに見えるものが、決して、すべてではない。すべてと、思いこんでいるだけ。

 よい例が、テレビタレントの世界。先日も、駅前を通り過ぎたら、若い女の子たちが、キャー
キャーと騒いでいた。見ると、どこかで見たことがあるような顔の、テレビタレントだった。

 女の子たちは、あたかもそうでなければならないといった風に、興奮したまま、そのタレントの
名前を連呼していた。

●現実は、ただのバカ面(づら)

 しかし現実をみたらよい。もっと、よく見たらよい。私から見れば、ただのバカ面(づら)。いつ
か、恩師のT教授が、「昆虫の脳ミソと同じ構造の脳ミソをもった人間」と表現したが、私も、そ
う思う。

同じ人間というよりも、平均的な日本人よりも、レベルが低い。しかし女の子たちは、テレビに
出ているというだけで、その現実を見失ってしまう。何かに操られるように、キャーキャーと歓声
をあげる。

 あるいは、私も学生時代、何も迷わず、就職といえば、商社マンの道を選んだ。日本がちょう
ど、高度成長期に入ったころである。が、その意識とて、結局は、時代の流れの中で作られた
ものだった。私は目の前の現実に引きまわされるあまり、自分、つまり本当の自分を見失って
いた。

 そこで、こうした(現実)から、自分を切り離すためには、どうしたらよいのか。1つの方法とし
て、自分をだましてみるという方法がある。

 「私は、高貴な生まれの人間だ」、本当は、自転車屋の息子だが……。
 「私の車は、ベンツだ」、本当は、TOYOTA・ビッツだが……。
 「私は、世界一の教育者だ」、本当は、しがない幼児教室の講師だが……。
 「私の家は、大御殿だ」、本当は、築29年のボロ家だが……。

 ……と、自分をどんどんとだましてみる。他人をだますのは、悪いことだが、自分をだますこと
は、悪いことでも何でもない。つまりこうして私は、自分を世俗的な現実と切り離すことができ
る。

 なぜ、こんなことを書くか? それには、理由がある。

●襲いくる世俗的現実

 先日、大学の同窓会に出てみた。そのとき、もっぱらの話題は、やはり年齢。たしかに私は、
58歳になったところだが、しかしその実感が、ほとんど、ない。30年前だったら、みな、55歳
で定年退職をして、そのあと、年金生活に入ったものだ。

 しかし「58歳」という事実は、本当に、現実なのだろうか? 現実として、認める必要がある
のだろうか?

 だから私は、こう叫んだ。「私は、48歳だア!」と。「58歳だ」と思うと、そこにもろもろの現実
が、おおいかぶさってくる。私はともかくも、世間は、そういう目で私を見る。いくら世間など気に
しないといっても、その世間が容赦なく、私に制限を加えてくる。そしていつの間にか、私は、私
を離れて、その世間に迎合してしまう。

 車にしても、私はTOYOTAのビッツに乗っている。車には興味はないし、車というのは、走れ
ばよい。しかし世間は、乗っている車で、その人の価値を決めるようなところがある。それはそ
れで構わないが、だからといって、乗っている私が、卑屈になることはない。

 だから自分をだます。「私の車は、ベンツだ」と。静かに目を閉じて、そう思えばよい。つまり
そうすることで、世俗的現実主義を払拭(ふっしょく)することができる。と、同時に、ものの価値
を、もっと、真正面からとらえることができるようになる。

●私の失敗

 たとえばここに一枚の絵がある。絵画がある。

 私は30代のころ、その絵画を、投資という目的でしか、見なかった。あまったお金ができる
と、それで絵を買いこんだ。しかしこれは大失敗だった。(損もしたが……。)

 そのおかげで、いまだに絵を見ても、「有名人の描いた絵か?」「値段はいくらくらいだろ
う?」とか、そんな目でしか見ることができない。そしてもっと悲しいことに、せっかくすばらしい
絵を見ても、無名の人の絵だったりすると、心のどこかで、「つまらない」と、先に思ってしまう。

 こうした例は、多い。本当に、多い。駅前で、キャーキャーと歓声をあげていた若い女性たち
にしても、そうだ。そういう女性たちは、まさに世俗的現実の中で、自分を見失ってしまってい
る。

 だから私は今、自分を懸命にだまそうとしている。

 「私は、48歳だア!」と。おかげで、健康だし、これといって、大きな病気もない。仕事も順調
だし、家庭も、円満。その私がどうして世俗的現実などによって、左右されなければならないの
か。

 「私が書いている育児論は、日本でも最高のものだぞ!」と、ついでに今、そう自分をだまし
てみた。

 そうそう、そういう生きザマを書き表したのが、セルバンテス。『ドン・キホーテ』が、それであ
る。

++++++++++++++++++++

以前、『ドン・キホーテ』について書いた
原稿を、ここに添付します。

3年前の原稿なので、荒っぽいところが
あるかもしれません。お許しください。

++++++++++++++++++++

●私はドン・キホーテ

 セルバンテス(ミゲル・デーサーアベドラ・セルバンテス・1547〜1616・スペインの小説家)
の書いた本に、『ドン・キホーテ』がある。『ラマンチャの男』とも呼ばれている。夢想家という
か、妄想家というか、ドン・キホーテという男が、自らを騎士と思いこみ、数々の冒険をするとい
う物語である。

 この物語のおもしろいところは、ひとえにドン・キホーテのおめでたさにある。自らを騎士と思
いこみ、自分ひとりだけが正義の使者であり、それこそ世界をしょって立っていると思いこんで
しまう。そして少し頭のにぶい、農夫のサンチョを従者にし、老いぼれたロバのロシナンテに乗
って、旅に出る……。

 こうした「おめでたさ」は、ひょっとしたら、だれにでもある。実のところ、この私にもある。よく
ワイフは私にこう言う。「あんたは、日本の教育を、すべてひとりで背負っているみたいなことを
言うね」と。最近では、「あなたは日本の外務大臣みたい」とも。私があれこれ国際情勢を心配
するからだ。

 が、考えてみれば、私一人くらいが、教育論を説いたところで、また国際問題を心配したとこ
ろで、日本や世界は、ビクともしない。もともと、だれも私など、相手にしていない。それはいや
というほどわかっているが、しかし、私はそうではない。「そうではない」というのは、相手にされ
ていると誤解しているというのではない。私は、だれにも相手にされなくても、自分の心にブレ
ーキをかけることができないということ。そういう意味で、ドン・キホーテと私は、どこも違わな
い。あるいはどこが違うのか。

 よく、私塾を経営している人たちと、教育論を戦わすことがある。私塾の経営者といっても、
経営だけを考えている経営者もいるが、中には、高邁(こうまい)な思想をもっている経営者
も、少ないが、いる。私が議論を交わすのは、後者のタイプの経営者だが、ときどき、そういう
経営者と議論しながら、ふと、こう思う。「こんな議論をしたところで、何になるのか?」と。

 私たちはよく、「日本の教育は……」と話し始める。しかし、いくら議論しても、まったく無意
味。それはちょうど、街中の店のオヤジが、「日本の経済は……」と論じるのに、よく似ている。
あるいはそれ以下かもしれない。論じたところで、マスターベーションにもならない。しかしそれ
でも、私たちは議論をつづける。まあ、そうなると、趣味のようなものかもしれない。あるいは頭
の体操? 自己満足? いや、やはりマスターベーションだ。だれにも相手にされず、ただひた
すら、自分で自分をなぐさめる……。

 その姿が、いつか、私は、ドン・キホーテに似ていることを知った。ジプシーたちの芝居を、現
実の世界と思い込んで大暴れするドン・キホーテ。風車を怪物と思い込み、ヤリで突っ込んで
いくドン・キホーテ。それはまさに、「小さな教室」を、「教育」と思い込んでいる私たちの姿、そ
のものと言ってもよい。

 さて私は、今、こうしてパソコンに向かい、教育論や子育て論を書いている。「役にたってい
る」と言ってくれる人もいるが、しかし本当のところは、わからない。読んでもらっているかどうか
さえ、わからない。しかしそれでも、私は書いている。考えてみれば小さな世界だが、しかし私
の頭の中にある相手は、日本であり、世界だ。心意気だけは、日本の総理大臣より高い? 
国連の事務総長より高い? ……勝手にそう思い込んでいるだけだが、それゆえに、私はこう
思う。「私は、まさに、おめでたいドン・キホーテ」と。

 これからも私というドン・キホーテは、ものを書きつづける。だれにも相手にされなくても、書き
つづける。おめでたい男は、いつまでもおめでたい。しかしこのおめでたさこそが、まさに私な
のだ。だから書きつづける。
(02―12―21)

++++++++++++++++++

●毎日ものを書いていると、こんなことに気づく。それは頭の回転というのは、そのときのコン
ディションによって違うということ。毎日、微妙に変化する。で、調子のよいときは、それでよい
のだが、悪いときは、「ああ、私はこのままダメになってしまうのでは……」という恐怖心にから
れる。そういう意味では、毎日、こうして書いていないと、回転を維持できない。こわいのは、ア
ルツハイマーなどの脳の病気だが、こうして毎日、ものを書いていれば、それを予防できるの
では……という期待感もある。

●ただ脳の老化は、脳のCPU(中央演算装置)そのものの老化を意味するから、仮に老化し
たとしても、自分でそれに気づくことはないと思う。「自分ではふつうだ」と思い込んでいる間に、
どんどんとボケていく……。そういう変化がわかるのは、私の文を連続して読んでくれる読者し
かいないのでは。あるいはすでに、それに気づいている読者もいるかもしれない。「林の書いて
いる文は、このところ駄作ばかり」と。……実は、私自身もこのところそう思うようになってき
た。ああ、どうしよう!!

++++++++++++++++++

●太陽が照っている間に、干草をつくれ。(セルバンテス「ドン・キホーテ」)

●命のあるかぎり、希望はある。(セルバンテス「ドン・キホーテ」)

●自由のためなら、名誉のためと同じように、生命を賭けることもできるし、また賭けねばなら
ない。(セルバンテス「ドン・キホーテ」)

●パンさえあれば、たいていの悲しみは堪えられる。(セルバンテス「ドン・キホーテ」)

●裸で私はこの世にきた。だから私は裸でこの世から出て行かねばならない。(セルバンテス
「ドン・キホーテ」)

●真の勇気とは、極端な臆病と、向こう見ずの中間にいる。(セルバンテス「ドン・キホーテ」)

+++++++++++++++++++

 今、気がついたが、セルバンテスという人は、私が生まれる、ちょうど400年前に生まれた作
家だそうだ。私は1947年生まれ。セルバンテスは、1547年生まれ。どうでもよいことだが、
「400年ねエ〜」と思ったまま、しばらくキーボードを叩くのが、止まってしまった。

 要するに、私たちは、現実を見失って生きてはいけない。しかしその現実に毒されるあまり、
反対に、世俗的現実主義に振り回されてもいけない。もちろん空中の楼閣に住むようになって
はいけないが、しかし、ロマンを忘れたら、人間は、おしまい。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(939)

【近ごろ・あれこれ】

●年賀状

 郵便局へ行くたびに、年賀状が気になる。年賀状の販売も、始まっている。しかし私は、心に
決めた。「今年は、買わない」と。

 ところで、先日、ある雑誌に、こんなことを書いている人がいた。いわく、

「正月に届く年賀状は、一年のうちで、一番楽しみなものです。それで遠く離れた友人の消息を
知ったり、家族の様子を知ることができます」と。

 私も若いときは、そうした。息子たちの写真を載せたこともある。こまごまと、自分の近況を書
いたこともある。が、今にして思うと、それが何だったのか、よくわからない。

 こうした思いというのは、ほかの場面でも、よく経験する。たとえば、あの派手な結婚式。結婚
式に参列するのは、それなりに意味がある。しかし披露宴なるものは、どうか? 最近の私
は、あの披露宴に出るのが、苦痛でならない。バカ騒ぎにつづく、バカ騒ぎ。そういう披露宴
は、新郎新婦や、若い人たちに任せたらよい。私のような年配者は、早々に退散したらよい。

 あるいは、本当に親しい人たちだけで、心温まる式をしたらよい。……ということで、年賀状
も、もう一度、原点に立ち返って考えてみる必要がある。

 もちろん、この1年、何かと世話になった人には、年賀状を出さねばならない。そういう意識
はある。だったら、そういう人には、心のこもった年賀状を出す。しかし昨年までのように、(私
のことだが……)、何百枚も、プリンターで刷って出すというのは、どうかと思う。しかも昨年まで
は、住所まで、プリンターでプリントアウトしていた。

 だから今年から、枚数をきちんと決め、出すべき人には、手書きで出すことにした。プリンタ
ーで印刷するような年賀状は、今年でおしまい。

 そのことをワイフに言うと、ワイフは、こう言った。「そういう年賀状だったら、50枚が限度ね」
と。

 50枚でも、多すぎる。20枚でよい。今度の日曜日から、その年賀状を描く。日曜日ごとに5
枚描くとして、4週間で、20枚。やはり、そのあたりが私の限度かもしれない。

【補記】

 インターネットに代表されるように、通信技術は、飛躍的に進歩した。そのため、人間関係
も、その半径を広げるように、飛躍的に拡大した。が、その分だけ、希薄になった。

 たとえばここに書いた年賀状にしても、今の家に移り住んだころは、住所も文面も手書きだっ
た。これが結構、重労働だった。ほぼ1週間が、その年賀状作りで、つぶれた。

 が、パソコンの時代になり、便利になった。それはそれでよいことだが、その分、年賀状の枚
数が、飛躍的にふえた。ハバ広く、多くの人と交際することは、大切なことかもしれない。しかし
この年齢になると、その虚しさもわかってくる。

 だからといって、誤解しないでほしい。私は、何も、「年賀状なんて、ムダ」と言っているのでは
ない。実のところ、私も、4、5年前までは、毎年、xxxx枚近い年賀状を交換していた。だから
出したい人は出せばよい。どんどん出せばよい。気がすむまで、出せばよい。

 そのあと、その人がどう感ずるかは、その人の問題。「年賀状を出すのは大切」と思って、さ
らに出したい人は出せばよい。何も、私の意見に反発したり、同調したりすることはない。

 ただ私は、そういうことで、時間とお金をムダにしたくないということ。それに虚礼には操られ
たくないということ。もう、そういうことは、コリゴリ。それだけのこと。

++++++++++++++++++++++++++

【おわび】

 このエッセーを読んでいる人の中には、今まで年賀状を
交換してきた人もいるかもしれません。

 が、そんなわけで、06年から、年賀状を出すのを、
さらにさらに、遠慮させていただくことにしました。

 どうか、どうか、私どもの勝手を、どうかお許しください。

 それから、私からの年賀状が届かなくなったからといって、
私たちの、あなた様への思いが消えるというのでもありません。

 またみなさんからの年賀状が届かないからといって、
私どもがどうこう思うということもありません。

 どうか、どうか、その点を誤解なさらないでください。
そしてどうか、どうか、もっと気楽に、お考えください。

 どうか、どうか、よろしくお願いします。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●またまた新提案(?)

 現在、北京で行われている6か国協議(K国の核問題をめぐる第5回6か国協議)は、2日目
に入った(11月10日)。その協議で、K国は、またまた新提案なるものを持ち出した。新提案
といっても、今までの話しあいを、すべてご破算にするかのような提案である。

 内容は、4段階に分けて、核開発を廃止するというもの※。

 で、これに対して、アメリカは拒否。ほかの4か国も、無視。当然である。いちいちK国の新提
案につきあっていたら、そのつど、会議は中断。先へ進めなくなってしまう。

 それにもしここで新提案に乗ったりすれば、次回はまた別の新提案を、K国はもちだすかもし
れない。もしそうなれば、何のための協議かということになってしまう。

 前回の協議でもそうだ。「軽水炉提供は、K国が核開発を放棄したあと、適当な時期に話しあ
う」という約束だったはず。それが、会議が終わったとたん、K国は、「軽水炉が先だ」と言い出
した。

 もうメチャメチャな論法と言ってよい。つまり今回の新提案にも、そういう胡散(うさん)臭さ
が、プンプン。つまりそれだけあの金xxの頭の中は、混乱しているということ。もし段階的に核
開発を廃止するなら、最初から、それを主張すべきだった。それを、今になって……!

 K国をのぞく5か国は、前回の合意に基づいて、各分野での作業部会をつくり始めた。当然
である。もうこれ以上、K国のわがままにつきあう必要はない。K国の新提案など、無視。完全
に無視すればよい。無視ほど、K国を追いつめるものはない。だから無視。シカト。

 だいたいにおいて、第一段階において、「核活動の凍結」というところがおかしい。(10日にな
って、新提案をひっこめ、「核開発を、一時停止(モラトリアム)する」と言い出したが……。)どう
やって他の5か国は、それを検証するのか。バカも、休み休み、言え!

 ……さあ、このあと、K国は、どう出るか? 先に席を蹴って立てば、K国の負け。それくらい
のことは、金xxも知っているはず。しかしこのままでは、K国も、居心地が悪いはず。私の知っ
たことではないが……。
2005/11/24


+++++++++++++++++

※新提案

(1)核活動の凍結
(2)既存の核兵器の廃棄
(3)検証に基づく核兵器生産の放棄
(4)核拡散防止条約(NPT)と国際原子力機関(IAEA)保障措置(核査察)への復帰
……の4段階に分けて実施するというもの。 


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(940)

●BW教室から

 勉強中、ブスーッとおならをした子どもがいた。Y君である。小学4年生の子どもだった。「先
生、おいら、出しちゃったア!」と。

 それに呼応して、となりの席に座っていた、W君(小3)が、「先生、臭いよオ〜」と。ついでに
前の席にいた、Kさん(小5)や、O君(小6)まで、「臭いよオ〜」と。

 トイレにだったら、脱臭剤というのがある。芳香スプレーというものある。しかし教室には用意
していない。

 しかたないので、去年、豊田町(浜松から東京方向へ2つ目の駅)にある「香水研究所」という
ところで買ってきた、バニラの香水をあたりにまいた。ついでに、Y君のおしりに、2回ほど、か
けてやった。

 買ったときは、よい匂いと思ったが、何度も使っていると、あきてくる。鼻につく。

Y「先生、この匂い、ひどいよ」
私「おまえのオナラよりは、いい」
Y「だってエ、この匂い、消える?」
私「しばらく、消えない」

Y「困ったなあ」
私「いいじゃない。もうそれなら、オナラをしても、だいじょうぶだよ」
Y「ゲーッ、おならとバニラの匂いがまざったら、どうなるの?」
私「ハハハ、それこそ、チョコレートバニラの匂いだ」と。

 その「チョコレートバニラ」という言葉に反応して、みなが笑った。私も笑った。そしてW君が、
こう聞いた。

 「どうしてチョコレートなの?」と。

 「あのなあ、パンツについたウンチというのは、チョコレート色になるだろ。だからさ」と。

 みながまたまた笑った。それを聞いて、「チョコレートじゃなくて、ココアバニラのほうがいい
よ」と言った女の子がいた。で、すかさず私はこう言ってやった。「詳しいね〜エ。どうして、君、
そんなこと、知っているの?」と。

 またまた、みなが、笑った。ゲラゲラと笑った。

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●みなさんへ

 子どもを競走馬にみたてて、子どもを受験勉強などで競わせてはいけませんよ。みなさん
は、それで(得る)ものは多いはずと考えるかもしれませんが、それでうまくいく例は、よくて2人
に1人。うまくいったとしても、同時に、(失う)ものも、多い。それを忘れてはいけませんよ。

 小学4、5年生になって進学塾へ入ったとたんに、人間性まで変わってしまう子どもというの
は、珍しくありません。親は、「やっと緊張感ができました」と喜んでいますが、とんでもない誤
解。が、何といっても、最大の誤解は、「勉強ができる子どもイコール、人格的にも高邁(こうま
い)な子ども」と考えることです。

 それまでにつくりあげた、子どもの心を、この時期に、こなごなに破壊してしまう。破壊しなが
ら、それに気づかない……。

 受験勉強はこの日本では、たしかに避けては通れないものかもしれません。しかしやり方は
あります。

 その1つが、子ども自身がもつ伸びる力を信じて、それに灯(ひ)をともし、それを引き出すと
いう方法です。これは、何も、私の意見ではありません。イギリスでは、『灯をともし、引き出す』
が、教育の大原則になっています。「教育(education)」の語源にもなっている、「educe」とい
う単語は、もともとは、「引き出す」という意味です。

 そのためにも、親や教師は、いつも、子どもの前で、自分で伸びてみる姿勢を示す。教えるこ
とや学ぶことを、楽しんでみせる。そういう雰囲気の中に、子どもを巻きこんでいきます。

 あとは、子ども自身が、自分の力で伸びてくれます。そういう力をもっと、信じてあげましょう!


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●類は友を呼ぶ

 若いころ、とても魅力的に感じた男性がいた。若いころといっても、私が10代のころのことで
ある。会うと、話がはずみ、とても楽しかった。

 が、それから30年。私もそのときは、40代になっていたが、再び会うと、その男性の小ズル
さばかりが、目につくようになった。実際、小ズルい男だった。浮気はし放題。決まった愛人も、
2人もいた。おまけに愛人との間には、男の子までもうけていた。

 私は、その男性を見ながら、「どうして10代のころ、男性の素性を見抜けなかったのか?」と
思った。

 が、さらにそれから10年。最近になって、こんなことに気づいた。

 その男性のまわりに集まっている人たちが、それぞれ、みな、小ズルい人たちばかりであっ
た。詳しくは書けないが、詐欺スレスレ、もしくは、それに近いことを平気でしているような人た
ちばかり!

 もちろん、家族は、バラバラ。その男性の奥さんは、こう言った。「私も、もう少し健康だった
ら、とっくの昔に離婚しています」と。奥さんは、若いころから腎臓が悪く、体も弱かった。

 男女、1人ずつの子どもがいたが、その子どもたちでさえ、ここ10年、その男性が住む実家
には、寄りつかないという。

 『類は、友を呼ぶ』という。中国では、『類を以(も)って、集まる』(易経)ともいう。私はこの格
言を学生時代に知ったが、今、改めて、「なるほど」と思いなおしている。5年とか10年とか、そ
ういう短い時間ではない。20年とか、30年とか、そういう時間をかけて、そうなる。

 そこで本当の自分を知りたかったら、今、自分が、どんな人たちと交際しているか、それをで
きるだけ客観的にみればよい。あなたの周囲に、小ズルイ人がたくさんいるなら、ひょっとした
ら、あなたも小ズルイ人間かもしれない。そうでなければ、そうでない。小ズルイ人間に囲まれ
ながら、あなただけが、清く正しく……という生き方はできない。もしそんなことを繰りかえしてい
たら、その人は自己矛盾を起こし、気がヘンになってしまう。

 つまり人は、無意識のうちにも、居心地のよい世界を求める。そこに身を置くようになる。居
心地のよい世界というのは、自分をそのままさらけ出せる環境をいう。仮面をかぶったり、虚
勢を張ったりすればするほど、疲れる。

 さらに、自己中心性の強い、つまりは人格的に未完成な人ほど、自分を基準に、ものを考え
る。「私がこうだから、相手も、そうだろう」と。たとえば自分が小ズルイ人は、相手も小ズルイ
人間だろうという前提でつきあう。が、それはあくまでもその人の価値観。

 たとえばこんなことがあった。

 10年近くも前になるが、息子を連れてタイを旅行したときのこと。どこへ行っても、見るから
に怪しげな男が近寄ってきて、こう言った。「女を紹介する」と。

 日本人と見れば、女。しかもその男たちは、自分を基準にして、ものをいう。自分もスケベだ
から、私もスケベなはず、と。そして日本人だから、女を求めているはず、と。しかしこれくらい
不愉快なことはない。

 私も女性に興味はないわけではない。しかし心のどこかで自分の道徳や倫理が崩壊するの
を、懸命に防いでいる。しかしそういう男たちは、私の心の奥底にまで、平気で、まさに土足で
あがりこんでくる。

 で、私は、ただひたすら、無視することにした。話しかけられても、無視。ただ無視。

 つまりそういう形で、小ズルイ人は、そうでない世界では、だれにも相手にされなくなる。はじ
き飛ばされてしまう。だからますます、『類は、友を呼ぶ』の状況に追い込まれてしまう。小ズル
イ人は、小ズルイ人たちが集まる世界だけで、安心できるようになる。

 で、最近の私は、その人の中に、小ズルさを感じたら、即、その人から遠ざかるようにしてい
る。私自身も、もともとは小ズルイ人間だった。それに子どものころから、優柔不断なところが
ある。10代のころ、冒頭にあげた男性と話をしていても、楽しかったのは、そのせいである。

 だから小ズルイ人間に対して、それほど、抵抗力がない。しばらくつきあったら、あっという間
に、その男の小ズルさに染まってしまうだろう。だからこそ、心して、遠ざかる。つまりそうして、
自分の心を守る。

 『類は友を呼ぶ』、改めてこの格言のもつ意味を、考えなおしている。

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 自分を飾らない、誠実な人たちとつきあって
いると、本当に、心地よい。気が休まる。会話
をしていても、楽しい。

 それをはっきりと教えてくれたのが、同窓生
のS君である。

 そのS君は、来年の3月に、定年退職で、I
県の県庁を去るという。先日、同窓会で、そう
言っていた。

 S君、ありがとう! 君のような友をもてた
ことは、生涯の誇りだよ。

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Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(941)

●居心地のよい世界

 おとなも、子どもも、それぞれ、自分にとって居心地のよい世界を求めて、さまよい歩く。そし
ていつか、その世界で、その場所を見つけて、そこに落ちつく。いや、求めるというより、結果と
して、そうなる。

 何も、住宅、住居などの物理的環境だけにはかぎらない。居心地のよさを決めるのは、むし
ろ精神的環境である。よきにつけ、悪しきつけ、おとなも、子どもも、精神的に安らぐ場所に、
最終的な自分の居場所を見つける。

 「よきにつけ悪しきにつけ」というのは、善人は善人の世界で、悪人は悪人の世界で、という
意味である。善人は悪人の世界では、安らぐことはできない。同じように悪人は善人の世界で
は、安らぐことはできない。

 さらにレベルの問題もある。性格や価値観の問題もある。そういうものが一致したとき、おと
なも、子どもも、そこに居心地のよさを覚える。

 そこで重要なことは、まず、自分がどの位置にいるかを知ること。今、自分はどんなところで、
どういう安らぎを覚えるかを知る。どんな人と交際し、その交際している人は、どういうレベル
の、どういう人たちかを知る。それがわかったら、つぎに自分を高めることを忘れてはいけな
い。そのために友を選び、仲間を選ぶ。その人が、自分を(負の方向)に導くのを感じたら、そ
の人とは遠慮なく、縁を切る。

 ただここで1つの問題にぶつかる。

 おとなも、子どもも、一度、居心地のよさを覚えてしまうと、そこに安住感を覚えてしまうという
こと。そこから出ることに、大きな抵抗感を覚える。たとえばそこが邪悪な世界であっても、一
度そこに住み着くと、そこで居心地のよさを覚えてしまう。そしてその世界で、仲間どうしの、1
つのつながりを作ってしまう。

 一度、その居心地のよさを覚えてしまうと、その世界から抜け出るのは容易なことではない。
だからここで、「遠慮なく」と書いたが、本当のところは、「容赦なく」と書いたほうが正しいかもし
れない。

 それには理由がある。

 それは山登りに似ている。低い位置にいると、高い山でも、それほど高くは見えない。しかし
低い山でも登ってみると、その見晴らしのよさに驚くことがある。そしてそれまで自分がいたとこ
ろの低さに、反対に驚くことがある。

 昔から『バカからは利口な人がわからない。しかし利口な人からは、バカがよく分かる』とい
う。そう言い出したのは、この私だが、同じように、善人の世界に身を置いてみると、悪人の世
界がよくわかる。しかし悪人の人たちには、それがわからない。自分たちを基準にして、ものを
考える。「世の中の人間は、みな同じ」と、居なおってしまう。

 人生も永遠にあり、時間もふんだんにあるなら、それもよい。しかし人生は、短い。本当に短
い。利口になるとしても、人は、1年間で、どれほど、利口になることができるというのか。それ
だけではない。年をとればとるほど、脳みその下に穴があき、知恵や知識が、どんどんとこぼ
れ出ていってしまう。

 私の言っていることがウソだと思うなら、あなたの周囲の人たちを見れば、わかる。崇高な人
たちのまわりには、崇高な人たちが集まっている。愚劣な人たちのまわりには、愚劣な人たち
が集まっている。

 それぞれの人は、そのほうが居心地がよいから、そうしている。で、このことは、子どもたち
の世界を観察していると、よくわかる。昨日も、こんなことがあった。

 私の教室では、小学4年生になるころから、子どもたちを、上級生といっしょに学習させるよう
にしている。無学年制の教え方をする。いわゆるこうして「自学」の精神を身につけさせる。

 この方法でしばらく指導していると、子どもどうしが、たがいに励ましあいながら、前に進みだ
す。そのときコツは、決して、競わせないこと。成績で順位をつけないこと。子どもどうしがも
つ、和気あいあいの雰囲気を大切にすること。

 すると子どもたちは、1〜3年、年上の子どもを見ながら、その年上の子どもを、自分の理想
像として、学習し始める。こうなれば、しめたもの。あとは、その子ども自身がもつ力で、どんど
んと伸び始める。

 「これが終わったら、今度は、5年の勉強をさせてあげるよ」「これが終わったら、今度は、6
年の勉強をさせてあげるよ」と。

 そう言ってやるだけで、子どもたちは、目を輝かせる。そしてこちらから宿題など出さなくて
も、自分でどんどんと前に進んでくれる。

 これは(勉強)という世界の話だが、善人の世界でも、悪人の世界でも、似たようなことは、よ
く起こる。前向きにひっぱってあげれば、おとなも、子どもも、自ら善人の世界に入っていく。反
対に、そうでなければ、そうでない。つまりは、自ら居心地のよい世界を求めて、自ら、行動す
るようになる。

 ここで私は「レベル」という言葉を使った。それを表す日本語の言葉に、「敷居」という言葉が
ある。「敷居が高い」というときの、敷居である。

 実際、どこかの家の中に入るとき、敷居の高さを感ずることがある。入りにくいというか、肩身
を狭く感ずる。そういうときは、相手のほうが、自分より、レベルが高いことを意味する。

 そのレベルの内容は、さまざまである。貧富の差や、職業的身分の差など。しかし一番、そ
のレベルの差を感ずるのは、やはり知的レベルの差である。その人の前に出ると、自分がす
べて見透かれてしまうように感じることがある。そういうとき、ここでいう敷居の高さを強く感ず
る。

 が、そこで負けてはいけない。知的レベルなどというものは、その人の努力によって、いかよ
うにも、高められる。自分を卑下する必要など、まったくない。それがここでいう、「自分を高め
る」ということになる。

 さあ、あなたも、勇気を出して、高い山に登ってみよう。最初は苦しいが、一歩登るごとに、視
野は開ける。そしてそれまでの自分が、いかに低いところにいたかがわかる。愚劣な人たち
は、もう相手にしない。低劣な人たちとは、おさらば。あなたはあなたで、前に進めばよい。

 恩師のT先生は、いつもこう言っている。「林君、レベルの高い人とつきあいなさい。つきあう
だけで、何かを得ますよ」と。

 最近になって、私は、その意味がわかるようになった。先日もT先生の自宅を訪れてみたら、
天皇陛下を歓談している写真や、ノーベル受賞者との会食の写真などが、そこらにごく当たり
前のように置いてあった。T先生は、私とはくらべものにならないほど、高い世界にいる人であ
る。T先生がもつ、神々しさは、そういうところから生まれる。

 だから私はT先生に会うたびに、こう思う。「先生は、私の見ている世界とは、ちがった世界を
見ているのだろうな」と。が、だからといって、自分を卑下することはない。山といっても、決して
1つではない。先生には先生の山があり、私には私の山がある。あなたには、あなたの山があ
る。

 大切なことは、本当に大切なことは、昨日より、今日は、一歩、前進すること。自分が安住で
きる世界は、その結果として、あとからついて、やってくる。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●山荘の塗装

 山荘を建てて、もう10年になる。内部はともかくも、外に露出している木部には、そろそろ痛
みが目だつようになってきた。その中でも、とくに気になるのは、軒天の木部、屋根の周囲の
木部など。

 そこで業者に見積もってもらったら、「足場だけで、20万円で……。塗装代として、プラス30
万円ほどかな……」と言い出した。平屋の山荘である。足場など組まなくても、脚立でじゅうぶ
ん(?)。

 そこで私は、自分でやることにした。

 拭きつけ塗装にしても、透明のクリアラッカーですればよい。そこで近くのDIYショップで、あれ
これ機具をさがしてみた。

 コンプレッサーが、1万6000円前後、そのコンプレサーにつける、エアーガンが、1万円、あ
とは塗料が、10〜20リットル入りの缶で、やはり1万円〜2万円程度。合計で、5万円以内で
できることがわかった。

 手塗りにすれば、もっと安くできるが、時間がかかる。あるいはスプレー缶でするという方法も
ある。今日、一部を、ためしに自分で塗装してみるつもり。うまくいけば、この方法で、数時間
で、できるはず。

 それにしても、高い! つまり業者が出す、見積もりは、高い! 金銭感覚が、私たちのもつ
それと、1桁ちがうのではないかとさえ、思う。まあ、その分、ていねいにしてくれるだろうと思い
たいが、私は、信用していない。今まで、さんざんいやな思いをさせられた。

 相手が素人とみると、容赦なく、高額な料金をふっかけてくる。手を抜く。いいかげんな工事
をする。土建国家日本とはいうが、それから生まれた弊害は、結局は、素人の私たちのところ
にシワ寄せされる。とくに、このところ公共工事が減っている。だから余計にそうだ。業者も、必
死だ。

 軒天の塗装だけで、50万円! バカ臭くて、話にもならない!

 塗装くらい、自分でする。そこに山荘ライフの醍醐味(だいごみ)がある。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●スパムメール対策

 このところますますスパムメールが、巧妙になってきた。

 「件名:確認、お願いします」
 「件名:返事が遅れてすみませんでした。これからもよろしく」
 「件名:メール、ありがとうございました」などなど。思わず、クリックしてしまいそうになる。

 最近では、わざと文字化けしたようなメールを送りつけてくるのもある。私のところには、こう
したスパムメールが、1日に、100通以上は届く。(大げさではなく、ホント!)

 そこでもう1つの対策方法としては、一度、すべてのメールを「削除」コーナーに落とし、必要
なメールだけを、ルール除外(適応除外)にするというのがある。が、今それを試しているが、
どうも、うまくいかない。

 雑誌などの説明によると、(1)件名に、「あ」〜「ん」までの文字を含むメールを一度、すべて
削除する。(2)その中から、大切なメールだけを選んで、(ルール除外)にするとよいとある。

 しかしこれでは、それにかかる手間は、今までと同じになってしまう。さてさてどうしたら、よい
ものか。

 やはりキーワードで選択して、「サーバーで削除する」が、一番、便利かもしれない。が、まれ
に、大切なメールをサーバー側で、削除してしまうことにもなりかねない。

 このあたりが、インターネットの限界かもしれない。どうしよう?

 そこでお願い。

 読者の方の中には、ときどきメールをくださる人もいらっしゃいますが、私のHPのトップペー
ジから、お手数でも、フォームを使って、メールをくださるとうれしいです。それが一番確実で、
安全な方法です。

 件名に、たとえば、「件名:鈴木S子より」と書いてあっても、名前だけのメールなら、そのまま
削除しています。万が一のことを考えると、こわくてメールを開くこともできません。よろしく、よ
ろしく、お願いします。

 私は、ウィルス恐怖症なのです。よろしくご理解ください。

Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(942)

【近況、あれこれ】

●スパムメール(2)

 「人妻紹介、完全無料、報酬約束」と件名には、そう書いてある。

 しかし本当に人妻か? 完全に無料か? 報酬はもらえるのか?

 が、これらすべてが、ウソ。ウソの上に成りたっているから恐ろしい。もともとこうしたスパムメ
ールを出す連中に、ルールを守れと言ってもムダ。ワルは、一皮むいても、ワル。二皮むいて
も、ワル。どこまで皮をむいても、ワルはワル。

 だから約束など、守るはずもない。良心を期待するほうが、おかしい。だからこうしたメール
は、無視。無視して、何も考えず、削除するのがよい。当然である。へたに名前などを登録した
ら最後、骨のズイまでしゃぶられる。

 ワルというのは、そういう連中をいう。

 しかしこのところ、この種のメールが、あまりにも多い。こまめにフィルターをかけて、削除して
いるが、あまりの多さに、もう、うんざり! 彼らが言うところの「人妻」とは、いったい、どういう
女性を言うのか? 私も、36年近く、無数の人妻と呼ばれる人たちとつきあってきたが、「セッ
クスをしてくれたら、お金払います」という女性などに、出会ったことがない。

 が、これだけ多いと、常識がマヒしてくる。「そういう人もいるのかなあ?」と思ってみたり、「そ
んな人はいない」と、否定してみたりする。

 あえて言うなら、こうしたメールが届くと、どこかロマンチックな恋愛を想像するかもしれない。
が、女性の世界は、そんな甘くない! 女性のみなさんは、とくにマネーには、シビア。私はそう
いう世界で、36年も、メシを食っている。

 だいたい、私のような、ダサイ男が、モテるはずがない。いわんや、メールを数度、交換したく
らいで、ホテルへ直行などということは、ありえない。私の常識によれば、こうした話には、かな
らずウラがある。とんでもないウラがある。

 だから無視して削除。ただひたすら、無視して削除。相手は、片っ端からアドレスをさがし出
し、それこそ一度に、「万」単位のメールを、同時に発信している。今では、そういうソフト、つま
り勝手にアドレスを探し出し、そのアドレスにメールを送りつけるソフトも、5000円程度で、売
っているそうだ(雑誌)。そのソフトを使えば、簡単にスパムメールを配信することができる。

 もちろん連中は、いつ摘発されてもよいように、無料のアドレスサービスを使う。そしてそのつ
ど、アドレスを変えて、スパムメールを発信する。

 ためしにあなたのメールアドレスを、ヤフーか、グーグルで検索してみるとよい。そこに何も表
示されなければ、それでよし。が、もし、あなたのアドレスが検索されるようであれば、あなたの
ところにも、無数のスパムメールが、届いているはず。

 (たとえば私のアドレスは、hayashixxxxx@vcs.wbs.ne.jpである。そのアドレスを、ヤフーか、グ
ーグルで検索してみる。すると、今現在、15件もヒットしてしまう。マガジンなどで、アドレスを登
録したときのものが、そのまま検索されてしまう。うかつだった!)

 で、ワイフに聞いてみた。「本当に、こんな女性って、いるのか?」と。するとワイフは、こう言
った。「いるわけないでしょう。いたとしても、昔でいう、娼婦のような人ではないかしら」と。

 ワルにこんなことを言っても、ムダだということは、百も承知。しかしワルのみなさん、もうやめ
てくれ! こんなことで、人生をムダにして、どうする? 時間だけではない。ワルを重ねれば、
重ねるほど、人格は後退するぞ! 一度後退した人格を取りもどすためには、その何倍もの
努力が、必要になるぞ!


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司
 
●夫婦げんか

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やりたくてもしてしまうのが、夫婦げんか。
その夫婦げんかについて……。

++++++++++++++++++++

 夫婦げんかが、一定のワクの中に収まっている間は、よい。しかしそのワクを超えて、子ども
に恐怖心を与えたり、不安感を覚えさせるようであれば、夫婦げんかは、してはならない。

 「一定のワク」というのは、夫婦の愛情の範囲で、という意味である。もっとわかりやすく言え
ば、祭りのような夫婦げんかなら、それはそれとして、それほど問題はないということ。ときに夫
婦げんかも、生活のスパイスとして機能することもある。

 しかし一般論から言えば、「夫婦げんかは、子どもの人格形成に大きな影響を与える」(「臨
床心理学」日本文芸社)と考えてよい。とくにはげしい暴力や虐待をともなう夫婦げんかが、日
常的につづくときは、要注意。子どもの人格形成に与える影響は、甚大(じんだい)である。

 稲富正治氏は、夫婦げんかの、つぎのような子どもに対する影響を列挙している(「臨床心理
学」)。

(1)自分の評価が著しく、低くなる。
(2)見捨てられるのではないかという、不安感が強くなる。
(3)強迫行動に走りやすく、親と同じ依存症に陥りやすくなる、と説明した上、つぎのように書
いている。

 「子ども時代の自由を、じゅうぶん味わえずに成長し、早く、おとなのような物わかりのよさを
身につけてしまい、自分の存在意義を、他者の評価の中に見いだそうとするようになる。そうい
う人を、『アダルトチェルドレン』と呼ぶ」(同書)と。

 この中で、とくに注意をひくのが、「自分の存在意義を、他者の評価の中に見いだそうとする」
というところ。つまりこの部分だけを拾いあげるなら、「世間体を気にする人は、それだけ、不
幸にして不幸な家庭に育った人とみてよい」ということになる。

 実際、子どもの世界でも、両親の愛情に包まれ、静かな環境で育てられた子どもは、どこ
か、どっしりと落ちついている。先生が、「おはよう」と声をかけても、「何だ」というような様子
で、ジロリと先生を見かえしたりする。

一方、不幸にして不幸な環境で育てられた子どもは、どこかセカセカして、落ちつきがない。愛
想はよく、人に取り入るのはうまいが、決して心を開かない。忠誠心は弱く、いつも心のどこか
で、損得の計算をしながら、行動する。

 私も、日常的に、両親の夫婦げんかを見て育った。戦後の混乱期ということもあった。私の
父は、台湾へ出兵し、そこで負傷した。「貫通銃創」という負傷である。弾(たま)が、2発も、腹
の中を通り抜けた。マラリヤも経験している。

 今から思うと、そのせいだと思う。やがて父は今で言うアルコール依存症になり、ついで、そ
れが数日おきの夫婦げんかとなっていった。

 そういう環境で育った私自身をみると、とくに自分に当てはまる傾向としては、「見捨てられる
のではないかという、不安感が強い」という部分である。子どものころは、そうだった。休みの日
になっても、つぎの日のことが心配で、あれこれと気をもんだのを覚えている。

 今でも、それはつづいている。悪夢と言えば、旅行先で、バスに乗り遅れる夢とか、そういう
夢ばかり。恐らくこの夢からは、生涯、解放されることはないだろう。

 だから夫婦げんかは、子どもに見せてはならない。たとえけんかをしていても、子どもの姿を
見たら、中断。話題を変える。そのときの感情に溺れて、自己管理能力まで失ってはいけな
い。(自己管理能力まで喪失するというのであれば、多重人格障害を疑ってみたほうがよい。)

 夫婦げんかについての相談があったので、それについて考えてみた。
(はやし浩司 夫婦げんか 夫婦喧嘩 子供への影響 アダルトチェルドレン)


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●ワイフとの会話

 今朝、朝食を終えたとき、私は、ふと、こう言った。「お前さア、最近さア、幸福そうに見える
よ」と。何かにつけて、このところ、ワイフは、生き生きしている。

 するとワイフが、「そうよ」と。

私「お前さア、最近、夫の愛情に包まれているといった感じだよ」
ワ「あら、そう? フフフ」
私「ぼくなんかさア、卑猥(ひわい)な夢を見ても、お前しか出てこないよ」
ワ「以前は、どうだったの?」
私「顔まではわからないけど、お前ではなかった。でも、最近は、お前しか出てこない」
ワ「あら、それは残念ね」と。

 そしてこんな話になった。

私「あとで、このことを原稿に描いてみるよ」
ワ「何を?」
私「お前が、幸福そうにみえるって、ことを」
ワ「でも文章にすると、感じがちがってくるわ」
私「どう?」

ワ「どうって、このホンワカした雰囲気までは、書けないわよ」
私「いいや、それが、できる」
ワ「どうやって?」
私「つまり、それができるかできないかが、自称、文筆家の力量ってことになる」
ワ「まあ、何を書いてもいいけど……」と。

 昨夜は、2人で、ビデオを見た。『天国の青い蝶』(The Blue Butterfly)というタイトルのビデオ
だった。頭に腫瘍のある子どもが、ある昆虫研究家と、南米へ青い蝶を採りにいくというビデオ
だった。

 私は座椅子に座ってみた。座りながら、ずっと私はワイフの頭を、右手で支えてやった。よい
映画だった。★は2つ。★★。おかげで、今朝は、右手がだるい。そのビデオの話は、さてお
き、私は自分では、よくできた、よい夫だと思っている。(オーストラリアの友人たちは、決して、
そうは言わないが……。いつも私の批判ばかりする。「ヒロシのワイフは、かわいそうだ」とか、
「奴隷みたいだ」とか、など。もともと夫婦の基準がちがう!)

 これは私のワイフの操縦法だが、私のワイフについては、こういうことが言える。

(1)バカな夫のフリをしていればよい。
(2)任すところは任せて、口を出さない。
(3)ウソはつかない。言いたくないことは黙っている。
(4)約束は、絶対に守る。安易な約束はしない。
(5)心をふさぐものがあれば、すべて話す。
(6)どんな計画も、一応、すべて話す。
(7)ワイフにはワイフの時間がある。それには干渉しない。

 ……こうして考えてみると、私も、結構、ワイフに気をつかっているのがわかる。ワイフは、
「気をつかわなくてもいい」とは言うが、しかし気をつかっている(?)。

 これも多分に、私の生い立ちの貧しさが関係しているせいかもしれない。私は、よく「浩司は
愛想のいい子だ」と言われた。が、それは仮面。私は、他人には心を開けないタイプの子ども
だった。疑い深く、計算高かった。その後遺症が、今でも残っているのかもしれない。ワイフ
は、それを言った。

 しかしこんな私に、今まで、よくいっしょに、いてくれたと思う。私がワイフの立場なら、とっくの
昔に、離婚していただろう。が、ワイフは、耐えてくれた。で、私の義務といか、人生最後の務
めは、この感謝の気持ちを、ワイフの幸福感にかえること。少し大げさな感じがしないでもない
が、このところ、それを強く感ずるようになった。

 で、「あと、何年かなあ?」と思ったが、それはワイフには、言わなかった。「あと何年、こうい
う幸福なときがつづくのかなあ」と。もしそんなことを言えば、また、「ジジ臭い」と言われるだ
け。だから言わなかった。

 今朝の朝食は、その分だけ、おいしかった。ホント。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(943)

●親とのトラブル

++++++++++++++++

ある学校の先生が、親とのトラブル
で、悩んでいる。

トラブルといっても、その先生には
身に覚えのないトラブル。

教育現場は、私たちが思っているほ
ど、美しいものではない。

そこには、ありとあらゆる人間の欲
望が、ウズを巻いている。ホント!

++++++++++++++++

 昨夜、ある学校の先生(小学5年担任、女性)と、話す。電話で話す。いろいろと悩みは、尽
きないようだ。今、こんなことで、悩んでいるという。

 「ちょうど半年前のこと、何かのことで、その母親は、私に、『あなたは、それでも先生ですか
ア!』と言いました。数日おきに学校へ電話をしてきて、あれこれと言うのです。

 いわゆる教育ノイローゼというのですね。ささいな問題を取りあげては、ああでもない、こうで
もない、と。一方的にペラペラとしゃべるだけ。こちらの話など、何も聞かないのです。それであ
る日、私のほうがキレてしまい、何かあれば、直接学校のほうへ、おいでくださいませんかと言
ったのです。

 それに対して、その母親は、私に、『あなたは、それでも先生ですかア!』と。

 この世界にも、口に出していい言葉と、そうでない言葉があります。その母親は、口に出して
はいけない言葉を言ったのですね。それからは、私のほうも、心して、一線を引くようになりまし
た。

 が、その母親のほうは、それからことあるごとに、私の悪口を言い始めました。そこで先生
(=私)からのアドバイスにしたがい、ひたすら無視することにしました。やがてその母親は、先
生(=私)が言ったように、ほかの父母たちからも、孤立するようになりました。

 ところが、です。先日、また突然、電話がかかってきました。うちの学校では、自宅の電話番
号は教えないようにしているのですが、自宅へ、かかってきました。電話を受けた娘の話では、
泣き声だったそうです。そして、『先生、うちの子がいじめられている。何とかしてほしい』と。

 たまたまその日は、今度の研修会の準備やらで、帰宅が10時近くになっていました。娘から
そういう電話があったことは聞きましたが、10時も過ぎていたということで、その日は電話をし
ませんでした。

 翌朝、一番に電話をしてみましたが、留守でした。しかたないので、そのまま学校へ出勤。

 ところが昼近くになって、教頭から突然の呼びだし。あわてて校長室へ行ってみると、その母
親が、ものすごい剣幕で、そこにいました。驚いて、『どうしたのですか?』と聞くと、その母親
は、私を無視し、教頭に向って、こう怒鳴りました。『こんな教師は、即刻、辞めさせてくださ
い!』と。

 いろいろな親がいますが、実際には、こういう親も多いです。そしてこういう親にからまれる
と、神経がもちません。こういうときは、どうしたらいいのでしょうか?」と。

 ちょうど半年前、私がその先生にしたアドバイスは、つぎのようなものだった。

 まともでない親(失礼!)にからまれたときは、ひたすら無視する。ていねいに頭をさげて、
「すみません」とだけ言って、逃げる。こちらが反応すればするほど、相手は勢いづく。私の恩
師(元幼稚園理事長)は、かつて、こう教えてくれた。「林さん、そういうときは、『私がいたりま
せんでした。どうか許してください。これからも何かと、いたらない点があるかもしれませんが、
そのときは、よろしくご指導ください』と言って、頭をさげなさい。決して、親を怒らせてはいけま
せんよ」と。

そしてあとは時間が過ぎるのを待つ。時間が過ぎれば、やがてだれの目から見ても、その親
は、まともでないことがわかる。つまり孤立する。

 私は子どものころ、よくかんかをした。気が小さいくせに、そういうときになると、どういうわけ
か、肝(きも)っ玉がすわってしまう。が、年下のものや、女子とは、したことがない。だから、今
でも、けんかは、じょうず。攻め際(ぎわ)と、引き際を、よく心得ている。攻めるだけでは、けん
かには、勝てない。引くときは引く。そして相手を孤立させる。そうして最終的に、勝つ。

で、こういう親とのトラブルは、学校というワクに中で起きたときには、ただひたすら頭をさげ
て、逃げるのがよい。学習塾やおけいこ塾なら、親にやめてもらうこともできる。親のほうも、や
めることができる。しかし学校という場では、それができない。

 その先生は、精神的にかなり疲れているようだった。ときどき、「もう教師なんか、やめたい」
というようなことまで、言った。

 そして最後のアドバイスは、前回と同じ。私は、こう言った。

 「どこの世界にも、そういう人はいますよ。道理や理屈の通らない人たちです。育児ノイロー
ゼ、教育ノイローゼの人となると、ゴマンといます。ノイローゼそのものについての相談というこ
とであれば、話は別です。さらに40歳もすぎると、アルツハイマー型認知症の初期の、そのま
た初期症状の親が出てきます。がんこで、自分勝手。それに被害妄想をもちやすくなります。
そういう人にからまれたときの鉄則は、ただ一つ。『ただひたすら頭をさげ、あとは時間が過ぎ
るのを待つ』です。

 こわいのは、そういう事例が、いくつか重なったときです。先生自身の耐久性もあるでしょう
が、3つとか4つとか、重なったときです。さらにそういう親どうしが連携(れんけい)したときで
す。

 そうなると、もう、教育どころでは、なくなってしまいます。(私立)幼稚園でも、そのため、先生
が退職に追いこまれたり、あるいは、神経を病んでしまうことがあります。どこの幼稚園にも、1
人や2人、精神科か心療内科の世話になっている先生がいます。長期休職している先生も、い
ます。事情は学校も同じでしょうが、学校のばあい、まだ転校という方法がありますが、幼稚園
では、それもままなりません。だから退職ということになってしまうのです」と。

 ついでながら、その母親の子ども(小5、女児)は、学校では、いつもオドオドとしていて、元気
がないという。そのため、学校では、友だちの輪の中に入っていくことができず、結果として、い
じめを受けているように見えるのではないか、と。が、その原因はといえば、母親にあると、そ
の先生は言った。

 「多分、家の中でも、こまごまとしたことで、母親は、娘を叱ったり、説教したりしているのでし
ょうね。ときどき電話で話す程度の私でさえ、気がヘンになりそうですから、毎日接している子
どもとなると、影響を受けて、当然です。

 これは学校や子どもの問題というよりは、母親自身の問題だと思うのですが……」と。

 そういう事例は、多い。いつか、「母因性萎縮児」について書いた。(その原稿は、このあとに
添付。)母親自身が、子どもの伸びる芽を、つんでしまう。そして子どもの問題点を見つけて
は、「学校が悪い」「先生が悪い」と騒ぐ。もちろんそういうケースもあるだろうが、しかしまず疑
ってみるべきは、自分自身の育児姿勢ということになる。

 卑近な例だが、自分では、信号無視、駐車場では、駐車してはいけない場所で駐車。窓から
ゴミをポ捨てしておいて、「どうして、うちの子は、約束を守らないのでしょう」は、ない。

 ……まあ、こう書くからといって、決して先生の肩をもつわけではない。しかし、今、学校の先
生は、本当に忙しい。休み時間(空き時間)にしても、文科省の指導どおりなら、週1時間しか
ない(公立の小学校)。学校に問題をもちこむとしても、そういうことを理解して上で、したらよい
のでは……。いらぬお節介かもしれないが……。
 
++++++++++++++++++++++

●母因性萎縮児

 小児科医院で受け付けをしている、知人の女性から、こんな話を聞いた。

 何でも、その子ども(現在は、中学男子)は、幼児のころから、ある病気で、その医院に通っ
ているという。そして、2週間ごとに、薬を受け取りにくるという。

 その子どもについて、その知人が、こんなことを話してくれた。

 「ひとりで病院へくるときは、結構、元気で、表情も、明るい。薬の数を確認したり、看護婦さ
んたちと、あいさつをしたりする。冗談を言って、笑いあうこともある。

 しかしときどき、母親がその子どもといっしょに、来ることがある。そのときの子どもは、まるで
別人のよう。

 玄関のドアを開けたときから、下を向いて、うなだれている。母親が何かを話しかけても、ほ
とんど返事をしない。

 そこで母親が、その子どもに向って、『ここに座っているのよ!』『診察券は、ちゃんと、出した
の!』『あの薬も、頼んでおいてね!』と。

 そのとたん、その子どもは、両手を前にさしだし、かがんだまま、うなだれてしまう。もちろん
だれとも、会話をしない。

 あるとき先生(医師)が、見るに見かねて、その母親に、『子どものやりたいように、させてあ
げなさい。そんなうるさいこと、言ってはだめです』と、諭(さと)したこともあるという。

 ああいう母親を見ていると、いったい、母親って何だろうと、そんなことまで考えてしまう」と。

 こういう子どもを、母因性萎縮児という。教育の世界では、よく見られるタイプの子どもであ
る。

 子どもだけのときは、結構、活発で、ジャキシャキと行動する。しかし母親がそばにいると、と
たんに、萎縮してしまう。母親の視線だけを気にする。何かあるたびに、母親のほうばかりを、
見る。あるいは反対に、うなだれてしまう。

 が、母親には、それがわからない。「どうして、うちの子は、ああなんでしょう。どうしたらいい
でしょう?」と相談してくる。

 私は、思わず、「あなたがいないほうがいいのです」と言いそうになる。しかし、それを言った
ら、お・し・ま・い。

 原因は、言わずと知れた、過干渉、過関心。そしてそれを支える、子どもへの不信感。わだ
かまり。愛情不足。

 いや、このタイプの母親ほど、「私は子どもを愛しています」と言う。しかし本当のところは、自
分の不安や心配を、子どもにぶつけているだけ。子どもを自分の支配下において、自分の思
いどおりにしたいだけ。こういうのを、心理学の世界でも、「代償的過保護」という。

 今、この母因性萎縮児は、結構、多い。10〜15人に1人はいるのではないか。おかしなこと
だが、母親自身が、子どもの成長を、はばんでしまっている。そしてここにも書いたように、「う
ちの子は、ここが悪い。どうして……?」「うちの子は、あそこが悪い。どうして……?」と、いつ
も、悩んでいる。

 そうこの話も、あのイランの笑い話に似ている(イラン映画「桜桃の味」より)。

 ある男が、病院へやってきて、ドクターにこう言った。「ドクター、私は腹を指で押さえると、腹
が痛い。頭を指で押さえると、頭が痛い。足を指で押さえると、足が痛い。私は、いったい、どこ
が悪いのでしょうか?」と。

 するとそのドクターは、こう答えた。「あなたは、どこも悪くない。ただ指の骨が折れているだけ
ですよ」と。

 そう、子どもには、どこにも、問題はない。問題は、母親のほうにある。

 しかしこの問題は、私のほうから指摘するわけには、いかない。この文章を読んだ、あなた自
身が、自分で知るしかない。
(はやし浩司 母因性萎縮児 母原性萎縮児)


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司 

最前線の子育て論byはやし浩司(944)

●電話相談

+++++++++++++++++

電話相談は、たいへん。時間もかかる。
こうした電話相談は、公的な機関がす
べきであって、民間の私のようなもの
がするには、自ずとそこには限界があ
る。

+++++++++++++++++

 電話相談を断るようになって、もう2年になる。しかしそれで電話相談が、なくなったわけでは
ない。今でも、ときどき、ある。昨日もあった。そして今日もあった。

 こうした相談を受けていると、ふと、私は、こう思う。「子育ては、楽しみなのか。それとも、苦
痛なのか」と。つまり子育てを前向きに楽しんでしている人がいる。「私は観客席に座った、観
客のようなもの。子どもたちのプレーを、観客席で、楽しませてもらっています」とメールで書い
てきた母親がいた。そういう母親は、それだけでも、幸福である。子育てを、前向きに楽しんで
いる。

 が、その一方で、こうして電話相談をしてくる人は、どの人も例外なく、声は重く、沈んでいる。
そして何を話しても、「あれが問題だ」「これが問題だ」と、すべてを悪い方へ、悪い方へと解釈
する。

 ただ、昨日かかってきた電話は、内容が、少しちがった。8年ほど前、教えたことのある子ど
もの母親からのものだった。今は、中学生くらいになっているはずである。が、そのとき、私は
あいにくと、家にはいなかった。

 その母親は、私のワイフにあれこれと一方的に電話で話したあと、「では、また明日の朝、1
0時ごろ電話をします」と言って、電話を切った。

 が、その翌日、その時刻には、私は、家にいなかった。連絡をしようにも、電話番号さえわか
らない。このあたりではありふれた名前である。電話帳を見ながら、片っ端から電話をかけて
みるという方法もないわけではない。しかしそこまでする必要があるのか。私はそのままにして
おいた。

 しかし怒りの電話は、事務所のほうへかかってきた。事務所の電話は、常時、留守番電話に
なっている。いわく、「電話くらいしてくれてもいいじゃないですかア! 失礼しましたア!」と。怒
っているのが、その声の様子からわかった。

 しかし電話相談には、こうしたトラブルがつきもの。だから私は、2年前の3月末をもって、電
話相談をすべて断ることにした。それまでは、午前中のほとんどが、それでつぶれてしまった。

 問題のない子どもはいない。だから問題のない子育てというものも、ない。だれしも何かの問
題をかかえている。だからこそ、こうしてみな、相談してくる。それはわかるが、どこかで、一線
を引かないと、キリがなくなってしまう。「うちの子は、門限を平気で破ります。どうしたらいいで
すか」「うちの子は、よくない友だちと遊んでいます、どうしたらいいですか」「うちの子が、外泊
をしました。どうしたらいいですか」「うちの子が家出をしました。どうしたらいいですか」と。

 その一線を引かないと、子育てそのものが、そのつど、混乱する。親は親で、そのつど、ああ
でもない、こうでもないと、それに引きずり回される。そしてそういう相談を受ける私もまた、そ
れに引きずり回される。

 いったい、このタイプの親たちは、自分の子どもをどうしようとしているのか。天子のような子
どもにしたいとでも、思っているのだろうか。しかしカエルの子は、カエルの子。オタマジャクシ
は、カエル以上のカエルには、ならない。決して失礼なことを言っているのではない。

 およそ子育てにまつわる悩みというのは、そのオタマジャクシを、カエル以上のカエルにしよ
うと思うところから始まる。

 そこで、重要なことは、どこかで、「子どもというのは、こういうもの」「子育てというのは、こうい
うもの」と、あきらめる。それが一線である。その一線を引かないと、親の悩みはいつまでたっ
ても、尽きない。

 が、一線を引いてしまうと、とたんにその向こうの世界が、変わって見える。子どもの表情も、
見ちがえるほど、明るくなる。親は親で、子育てが楽しくなる。しかしそれを説明するのが、たい
へん。時間がかかる。だから電話相談はたいへん……と言ってしまったら、私の立場がなくな
ってしまう。しかし実際のところ、電話相談というのは、その繰りかえし。

 門限を破った子どもの相談を受けながら、「そんな程度なら、まだ軽いのに……」と思ってし
まう。外泊をした子どもの相談を受けながら、「そんな程度なら、まだ軽いのに……」と思ってし
まう。中には、対人恐怖症から回避性障害と呼ばれるようになってしまった子どもさえいる。そ
ういう子どもをもつ親にすれば、家出をする子どもが、うらやましくさえ見えるもの。実際、「うち
の子も家出するほど、元気な子になってほしい」と言った母親がいた。

 しかしやはり、電話相談は、やめることにした。キリがないというか、毎年、毎年、同じことの
繰りかえし。たとえば赤ちゃん返りの問題にしても、同じことを、もう何百回も繰りかえしたよう
に思う。そこであえて言うなら、こう言いたい。

 「世の母親たちよ、もう少し、自分で勉強したらいい」と。困ったことがあったら、すぐ相談、で
はなく、日ごろから、子育てとは何か、どうすればよいか、それを考えたらいい、と。そのために
も、私のマガジン(無料版)を、読んだらいい、と。

 一本スジの通った子育て論をもてば、子育てのし方も、大きく変わってくる。そのためにも、そ
うしたらよい。私はいつも、最前線で、親たちの子育てをみてきた。それが私の強みということ
にもなるが、その経験はそのまま、みなさんの役に立つはず。

 そんなわけで、昨日電話をしてきた、Sさん。今日、電話をしてきた、Mさん。どうか、私の非
礼を許してほしい。これからもしばらく、電話相談は、受けない。


Hiroshi Hayashi++++++++++++++はやし浩司

●BW教室から

++++++++++++++++

私は、よく「種まき」という言葉を
使う。

子どもの脳みその中に、何かの問題
意識をつくる。それが種まき。

教え方を教えたり、やり方を教える
のではない。問題意識だけをつくる。
そしてあとは、その種が、子どもの
脳ミソの中で、芽を出すのを待つ。

++++++++++++++++

 複雑に折れ曲がった、5角形の図形を、子どもたち(小3)に見せる。そしてこう言う。「これと
同じ図形を、描いてください。道具は何を使ってもいいです。コンパス、定規、分度器など。ただ
し、写して描くのは、いけません」と。

 その前に、いくつかの図形問題を出して、子どもたちの好奇心を、うまく引き出しておく。こうし
た問題を出すのは、そのあと。

 すると子どもたちは、それぞれ、てんでバラバラな方法で、図形を描き始める。

 A君は、その図形をいくつかの三角形に分解して、描き始めた。方法としては、正解というこ
とになる。一つずつの三角形を描き、その上にもう一つの三角形を描いた。

 B君は、一本、線を引き、ちょうど線対称の図形を描くようにして、(しかし線対称のように、左
右対称な図形ではない)、その形を描き始めた。これも正解ということになる。

 C君は、すべての辺の長さを正確にはかり、一本、一本、ていねいにそれを書き写し始め
た。この方法だと、ちょう点がつくる角度が不正確になる。

 D君は、分度器を持ちだした。その分度器で角度をはかりながら、図形を書き写し始めた。こ
れも正解ということになる。時間さえかければ、同じ図形が描けるはず。

 ……ということで、私は、こうした学習を、「種まき」と呼んでいる。方法を教えるのではない。
やり方を教えるのでもない。問題だけ与えて、あとは子どもたちに任す。つまり子どもの脳みそ
のどこかに、問題意識だけが残る。それが時間をかけて、いつか、かならず、花が開く。

 ときどき、子どもが、「先生、正解を教えて!」と言う。が、私は、「先生にも、わからない。正
解といっても、いろいろな方法があるから、どれが正解か、わからない」と逃げる。

 一見、無責任な教え方に見えるかもしれないが、私の教室では、幼児期から、こうした教え方
をする。やり方は、教えない。子どもたちが質問しても、「私は知らない」と逃げる。

 ただこの図形の問題もそうだが、どんな方法であるにせよ、子どもたちが描いたものについ
ては、一応の評価を出してやる。「じょうずにできたから、9点。おしかったね」とか、何とか。

 こうした種まきを、そのつどしておくと、小学3、4年生になるころには、小学6年の学習からさ
らに、中学校で学ぶ学習まで、ごく自然な形で、終えることができる。たとえば小4の子どもに、
小6の教科書を見せたりすると、その子どもは、こう言う。「こんなのできる!」「こんなの知って
いる!」と。

 同じく、今日は、小3のクラスで、プラス・マイナスのゲームをした。私が「プラス3」と言った
ら、右へ3歩進む。そこで今度は、「マイナス5」と言う。子どもたちは、反対方向へ、0(ゼロ)を
通り越して、マイナス2の位置までもどる。

 こうしてゲームをしながら、プラス、マイナスの概念を教える。で、ゲームはそこまで。これも種
まき。子どもたちは、やがて日常生活の場で、その概念を、熟成させる。そしていつか、中学で
正負の数を学ぶころには、プラス、マイナスの概念を、マスターしてしまっている。

 しかし今の学校教育では、こうした「種まき」的な学習を許していない。どこかタブー視してい
るような雰囲気さえある。自由がないというか、窮屈(きゅうくつ)というか? もちろんある程度
は、カリキュラムに添って教えなければならない。しかし教科書どおり教えるからといって、子ど
もたちの学力が伸びるというわけでもない。

 むしろいろいろな遊びを混ぜたり、ゲームをしながら教えたほうが、子どもたちも生き生きし
てくる。たとえば私の教室では、15分単位で、テーマをガラリと変えるようにしている。学年にも
よるが、集中力には、限界がある。ダラダラと同じ内容を学習するよりは、15分ごとに、パッパ
ッとテーマを変えたほうが、効率がよい。

 これは何も、算数の学習だけに限らない。国語にしても、英語にしても、そうだ。子どもには、
子どものリズムというか、波動のようなものがある。教える側は、そのリズムに合わせて教え
る。そのリズムを無視すると、とたんに、子どもたちはやる気をなくしてしまう。能率も悪くなる。

 そこで私は、この種まきという方法を大切にしている。子どもたちの様子がダラけてきたら、
すかさず話題を変えて、子どもたちの脳みそを刺激していく。それが種まきということになる。
(はやし浩司 種まき学習指導法)


Hiroshi Hayashi++++++++++++++++++はやし浩司

GN先生へ

拝復

 お手紙、ありがとうございました。早いものですね。つい先日、「定年まで、あと5年」とおっし
ゃっていたのが、印象に残っています。が、もう来年3月で、ご退職とは!

 私も先日、大学の同窓会に出てきました。お届けしたみやげは、その金沢で買ったもので
す。中身がほとんどない代物で、たいへん失礼しました。で、その同窓会に出て、はじめて気が
ついたというか、教えてくれたというか、同窓生の約30〜40%が、1〜3年、浪人して入学した
連中だったのですね。学生時代は、そんなことは、まったく考えもしませんでした。また相手も、
そんなことは、絶対に話してくれませんでした。

 が、隣の席に座った友人は、「オレ、今年、還暦なんだよな」とか、「来年、3月に退職なんだ
よな」とか言ってはじめて、その友人が、私より2歳とか、3歳年上だったことを知りました。

 「道理で、学生時代、どこかいばっていた」と、内心では思いましたが……。

 しかしこのところ、私の心境は、たいへん複雑です。前向きに生きようという気持ちと、「もうだ
めか」というあきらめに似た気持ちとが、そのつど、心の中で、交錯します。実は、その同窓会
で、こんなことがありました。

 今回の同窓会は、ワイフ同伴の同窓会でした。(実際、ワイフを連れてきたのは、5組だけで
したが……。)その中の女性たちが、こう言ったのです。「林さん(=私のこと)が、一番、ハツラ
ツとして、元気がある」と。

 そう言われた私は、喜ぶべきなのでしょうが、しかしそれがそうではないのですね。中には、
本当にジジ臭くなってしまった友人がいて、「ああ、ぼくは老人だったんだ」と、思い知らされた
からです。

 こういう仕事をしているものの特権というか、先生や私は、年齢の割には、元気です。落ちこ
んでいても、子どもたちがそれを許してくれません。一方、そうでない人は、そうでない。それが
40年という年月を経て、大きなちがいとなって現れてきたわけです。

 それでよかったのでしょうか。悪かったのでしょうか。

 で、私は改めて、48歳宣言をしました。10歳、年齢を、若く宣言するのが、それです。「ま
だ、ぼくは、48歳だ」とです。(本当は、ご存知のように、58歳です。しかしどうしても、それを
認めたくないのですね。その実感もありませんし……。)

 先生のお手紙にありました、教育への熱意というか、そういうものには、本当に心を打たれま
す。先生は、ずっと前向きでしたし、今も前向きですね。うらやましいです。私が先生なら、こと
組織の問題については、「あとは野となれ、山となれ」と考えて、放り出してしまうかもしれませ
ん。そういう意味では、もともと無責任なところがあります。虚無主義というか、ニヒリズムという
か。(同じことですが……。)

 で、それが最近は、自分の人生観にも影響を与えつつあります。たとえばモノを買うときで
も、「あと10年ももてばいい」とか、「どうせ死ねば、私は消えてしまうのだから」とか、そんなふ
うに考えることが多くなりました。実は今もそうです。

 子育て論にせよ、教育論にせよ、私のようなものがそれを論じて、何になるのか、と。町の商
店主が、日本の国家経済を論ずるようなものです。だれも相手にしてくれません。自分でも、そ
れがよくわかっています。(多分、先生は、「林、そうじゃない」と励ましてくれると思いますが、
私は、自分の立場を、よくわかっています。)

 だからジレンマに陥ってしまうのです。もっと自分のもつエネルギーを、自分のために使うべ
きだったという思い。その一方で、何もなしえなかったという、悔恨の念。無念さかな? そうい
うものが、現れては消え、また現れては消えます。

 どうしたらよいものでしょうか?

 ……とまあ、暗い話はさておき、ものごとは、明るい方向で考えていきましょう。定年退職とい
うと、どこか暗いイメージがつきまといますが、その先からは、好きなことができると考えれば、
うらやましいです。私の姉の義理の叔父は、ちょうど60歳のときに、名古屋市にあった自宅を
売り払って、あの屋久島に移り住みました。

 で、それから数年前になくなるまで、20年以上、その島に住み、雑誌などにも、よく紹介され
ていました。そののち、屋久島が、世界遺産に登録されたりして、義理の叔父の買った土地
は、その後、何10倍も、値あがりしたそうです。こういうことがあるから、人生は、おもしろいで
すね。

 そういう人生を聞くと、「私もしたいなあ」と思うこと、しばしば、です。いえ、ワイフとそういう計
画がないわけではありません。しかし何度、反芻して考えなおしても、結論は、もとに戻ってしま
います。「結局は、死ぬまで、仕事をしていたほうがいい」とです。

 これには、私の生い立ちや、性格が大きく、からんでいます。私のばあい、休みになると、と
たんに体の調子が悪くなるのです。いわんや仕事をやめてしまったら、身も心もボロボロになっ
てしまうかもしれません。貧乏性というか、基底不安症というか、働いていないと、落ちつかない
のです。これは深刻な問題です。

 とりあえずの目標は、電子マガジンを、第1000号まで出すこと。電子マガジンというのをご
存知ですか。インターネットを使って、マガジンを配信するというものです。「1000号まで出す」
といっても、だれかに頼まれたから、そうしているのではありません。自分で勝手にそうしてい
るだけです。

 もちろん無料です。有料版も出していますが、ほとんどの読者は、、無料版を読んでいます。
1000号のあとのことは、考えていません。とにかく、1000号まで。が、これが結構、たいへん
です。1回分に、原稿を、20枚以上を用意します。1枚が、約1400字です。ですから1400x
20で、2万8000文字になります。これを週3回、発行しています。

 夏は、朝早く起きて原稿を書きますが、冬は、どうしても夜更かしをしてしまいます。寝る前
に、頭を熱くするため、当然、不眠症になります。そういうこともあって、冬場ほど、書く文章の
量が減ります。

 今は、それが生きがいになっています。恐らく1001号からは、もう少し気楽に原稿を書くだ
ろうと思いますが、今は、それが目標になっています。

 そうそう、近く、2人目の孫ができます。嫁さんがアメリカ人なものですから、私にとっては、エ
イリアンのような孫です。女の子ならいいと、思っています。我が家はどういうわけか、男系家
族で、生まれてくるのが、男ばかりです。それでそう思います。

 ほかにこれといって、大きなニュースはありません。本の出版のほうは、若いとき、やるだけ
のことをしたという思いが強く、「今さら……」という気持ちばかりが先立って、あまり考えていま
せん。どうせ出版しても、売れませんし……。そういう意味では、日本には、少なからず、失望
しています。(私の力不足を棚にあげての話、ですが……。)

 また近く、お会いしたいですね。機会をもうけて、お伺いすることもあるかもしれませんが、そ
のときは、よろしくお願いします。先生の住んでおられるところは、本当に、気が休まるところで
すね。先日、おうかがしたときには、だらりと足を伸ばさせていただきました。放っておけば、あ
のまま横になって寝てしまったかもしれません。ワイフに注意されて、姿勢をなおしましたが…
…。

 これからは健康が勝負ですね。健康といっても、精神の健康、ですが……。今、多くの老人
たちを、そのつど、観察(失礼!)させてもらっています。70歳とか、80歳とかいう人たちで
す。

 で、そういう老人たちを観察していて気がついたことは、体はともかくも、精神的に不健康な
人が、あまりにも多いということです。

 80歳もすぎて、大金持ちなのに、わずか数坪の土地のことで言い争っている老人(男性)
を、最近、見かけました。あるいは隣の家に、ペンキをかけつづけている老人(男性)の話も聞
きました。さらに息子の財産を、勝手に売り飛ばしてしまった老人(女性)の例もあります。

 人生の大先輩であるはずの老人が、実は、そうではなく、常識人なら考えもつかないようなこ
とをするという例が、少なくないということです。これはいったい、どういう理由によるものなので
しょうか。ご存知のように、釈迦は、六正道を説き、その中に、正(中正)精進というのを、置い
ています。

 日々の緊張感をもって、前向きに生きろということでしょうか。でないと、私たちの脳ミソは、
完成するどころか、退化してしまう(?)。考えてみれば、これは恐ろしいことですね。

 ここで「老人観察」という言葉を使いましたが、このところ、これが私にとっては、大きなテーマ
になりつつあります。今までの10年があっという間に過ぎてしまったように、モタモタしている
と、これからの10年があっという間に過ぎてしまうからです。が、「急がなければ」という焦燥感
だけが、心の中で、空回りしているといった状態です。

 今年もあとわずかになりました。来年は、先生にとっては、大きな節目の年ですね。何か、行
事をなさるようであれば、またお声をかけてください。喜んで、はせ参じます。私も、毎年のこと
ですが、「来年こそは……」と思っていますが、もう期待していません。……またまた暗い話に
なりそうなので、今日は、これで失礼します。先生のお元気そうなお顔を見るのが、何よりも楽
しみです。

 では、奥様によろしくお伝えください。今日はこれで失礼します。

 
敬具

Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●学部変更

+++++++++++++++++++++

やっと日本でも、入学後の学部変更が
できるようになった。

こんなことは欧米では、何十年も前から
常識だった。

法学部へは入ってみたけれど、どうも
自分には向かない。

だから工学部へ……。

これからは、そういう自由がもっと
緩和されるようになるだろう。

++++++++++++++++++++++

 今朝(11・16)の毎日新聞によれば、06年度から東京大学でも、学部変更ができるようにな
ったという。いわく、

 「1〜2年の学部前期課程から後期課程に進む際、成績優秀者には、入学したすべての科
類から、すべての学部に進学する可能性がある全科類枠を06年度の新入生から導入する」
と。

 わかりやすく言えば、学部前期課程(一般教養部)から、専門課程に進むとき、成績優秀者
にはついては、学部の変更を認めるというもの。その結果、

 「主に成績優秀者の選択肢を増やすため、教養学部後期を除く全学部に全科類枠を設け、
文系から理系、理系から文系を含め、より自由な進路変更を認める」ということになった。

 わかりやすく言えば、法学部から、医学部への変更も、可能ということになる。あくまでも成績
しだいだが、それについては、大学は、つぎのようにクギを刺している。

 「強い動機と優秀な成績があり、場合によっては進学先の『要求科目』の履修をこなす、かな
りハードな努力をすれば、変更も不可能ではなくなるのが趣旨」と。

 以前だったら、一度大学を退学したあと、もう一度、受験勉強をしなおさなければならなかっ
た。が、これからは、大学の内部であれば、学部変更もできるようになる。実際問題として、現
在、ほとんどの高校生は、入れる大学の入れる学部という視点で、大学を選び、進学してい
る。

 だから大学に入学したあと、その学部が自分には合わないと感ずることも、少なくない。相性
が合わないということもある。そこで学部変更ということになる。

 ところでアメリカでは州立大学でも、学部変更は自由である。そればかりではない。履修科目
を1科目ずつ(買う)という制度が確立している。そのため、たとえば法学部にいても、理学部
の講座で単位を取るということも、可能である。時間とお金が許すなら、法学部と理学部の学
位を同時に取得することもできる。

 もちろん大学の転籍も自由。日本も、やっと、その自由化の門をくぐったことになる。しかし遅
れること、何十年!

 これから先、この動きは加速されることはあっても、後退することはない。それが世界の流れ
だから、である。
(はやし浩司 学部変更)


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(945)

●脳ミソの老化

「息子にサイフを盗まれた」「嫁に通帳から勝手にお金を引き出された」「朝食を食べさせてもら
えない」と、認知症の老人は、よく言う……というような話は、たびたび耳にする。そのためそれ
まで良好だった親子関係や、嫁―舅、姑関係がおかしくなるということも珍しくない。

 これは多分に、認知症特有の被害妄想によるものだが、これがその家族の範囲内で収まっ
ている間は、それほど、問題はない。

 その被害妄想が、近所の他人におよぶときがある。

 「隣のAさんが、うちの屋根に石を投げて、瓦(かわら)を割った」
 「近所のBさんが、うちの庭にゴミを捨てた」
 「あのCさんが、植木鉢を盗んでいった」などなど。

 そしてその被害妄想がさらにふくらむと、その相手に対して、犯罪的行為におよぶことがあ
る。本人は、報復のつもりなのだろうが、それが深刻なトラブルへと発展することもある。隣家
に牛乳瓶を投げつけて、ガラスを割った老人がいた。店の前に立っていた旗に、火をつけた老
人がいた。

 が、その人が認知症であるとわかっていれば、それなりに対処できる。が、そうでないケース
のほうが、多い。近隣の人たちは、そのために、かなり神経をすり減らす。一応、相手はまとも
な人間としてみる。外からは、認知症とわからない老人のほうが多い。とくに梗塞型認知症と言
われる認知症では、皮質の神経細胞は残っているため、判断、思考、計算機能などの基本的
精神活動は、健康人と同じようにできることが多い。会って話をしても、健康な人と区別ができ
ない。

 こういうケースがある。

 ある朝早く、突然、窓ガラスが割れた。家人が見に行くと、四角い石が、家の中にころがって
いた。庭に敷くような、10センチ四方の石である。その家人は、つい先日も、隣人のK氏(82
歳)から、怒鳴りこまれたばかり。「お前の家の息子が、うちに石を投げて、ガラスを割った!」
と。

 その家人にも、息子にも、身に覚えがない。で、そのときは、それでそれで終わったが、……
というのも、そうしたトラブルは、1度や2度のことではなかったので、自分の家の窓ガラスが割
られたとき、「ああ、K氏の仕業(しわざ)だな」と、すぐわかったという。

 で、よくその石を見ると、それは道路をはさんで反対側の家の庭に敷いてあった石だったとい
う。

 その家人は、こう言った。

 「ボケ老人の浅知恵というか、わざわざその石を盗んできて、私の家に投げつけたのです
ね。つまり他人のせいにするためにですよ。しかし、ね、自分の家の敷石をはがして、近所の
家に投げつけるような人はいませんよ」と。

 認知症は認知症。やることが、どこかヌケている。他人のせいに見せかけようとしても、かえ
って、その人がしたということが、わかってしまう。

 その家人のばあいは、相手が認知症の老人とわかっているから、まだよい。しかしそれがわ
かっていない人には、そうではない。近隣どうしの大きなトラブルに発展することもある。

 が、人間は年をとればとるほど、認知症的な部分が出てくる。これだけは、どんな人でも避け
られない。そのため、似たような行動をするようになる。とくに気をつけなければならないのが、
ここでいう被害妄想。アルツハイマー型痴呆症の人のばあいも、その初期症状において、この
被害妄想が強くなるという。そのため抽象能力や判断力が低下する。

 言いかえると、年をとってからの被害妄想は、要注意、……ということになる。何か、妄想にと
りつかれたら、認知症の始まりと考えてよいのかもしれない。しかしそのときは、すでに、それ
がわからなくなってしまっているかもしれない。そうした判断力そのものが、なくなってしまってい
る。脳の中でも、CPU(中央演算装置)が狂うからである。

 被害妄想と自覚しないまま、妄想観念をもってしまう。

 では、どうすればよいのか?

 ウーム、と考えこんでしまったところで、この話は、おしまい。こればかりは、結局は、どうしよ
うもないのでは……? 

【付記】

 脳ミソの健康も、体の健康と同じくらい、重要なこと。脳ミソが健康であってはじめて、精神も
情緒も、健康でいられる。

 その脳ミソの健康は、どうやって維持するか。

 簡単に言えば、頭を使うということになるが、しかしその習慣のない人に、それをしろといって
も、無理。

 で、1つの方法として、誠に手前ミソで申し訳ないが、『子どもと、つき合う』というのがある。幼
児であれば、さらに、よい。私も、幼児に接したとたん、頭の中がサラサラと洗われるように感
ずることがある。

 そんなわけで、まわりに幼児や子どもがいれば、その幼児や子どもと接する機会をふやして
みたらよいのではないだろうか。幼児や子どもたちといっしょになって、騒いだり、冗談を言い
あったりする。それだけでも脳ミソの老化を少しは、遅らせることができるかもしれない。

 で、私の経験から言えることは、「子どもは嫌い」と豪語する人ほど、認知症になりやすいの
ではないか……。これはあくまでも、私の勝手な推測によるものだが……。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●H県のGさんより

+++++++++++++++++

久しぶりに、H県F市にお住まいの
Gさんより、こんなメールが届いてい
ます。

紹介します。

内容は、PTAの役員になって活動し
ているが、その活動に疑問を感じてい
るというものです。

忙しすぎる教師、形骸化するPTA。
そのはざまで、振りまわされる子ども
をもつ、親たち。

そんな現実の一端がわかるような内容
のメールです。

みなさんの地域では、いかがですか?

+++++++++++++++++

【Gさんからのメール】

 フォームからのメールで、アドレスが確認できませんでしたので、Gさんのメールを要約しま
す。何度も掲載了解のメールを出しましたが、返送されてきてしまいました。Gさん、どうか、お
許しください。

+++++++++++++++

 上の子が小学校に入学すると同時に、何がなんだかわけがわからないまま、PTAの役員に
なってしまった。

 そのあと、くじ引きで、広報委員になってしまった。毎週会合があり、時間のやりくりがたいへ
んだった。

 で、学校新聞では、総合的な時間をテーマに、取材を始めた。この地域では、特産品もあり、
それを紹介したり、病院めぐりもしたりと、それなりにおもしろい記事が集まった。

 で、担当の先生に、執筆を依頼すると、「県の研修会の指定校になっていて、忙しいからでき
ない。時期を考えろ」と、怒鳴られてしまった。

 またバザーをするからということで、不用品を集めたり、値段をつけたり、たいへんな思いを
した。で、あとからわかったことだが、そのバザーで集まったお金は、テント代とか、そういうも
のにあてるとのこと。

 こうして集まったお金が、たまりにたまって、今では900万円近くもある。こうしたお金を、どう
して教育に使わないのか。

 仕事をもっている母親も多く、PTA活動も、ままならない。何かと疑問を感ずる、毎日である、
と。

+++++++++++++++++++++++

【はやし浩司より、Gさんへ】

 PTAにかぎらず、町内の役員にしても、シワ寄せのようなものが、その役員にどっとのしかか
ってきます。つまりほかの人たちが非協力的である分だけ、役員の人たちが、たいへんになる
というわけです。

 私も、ここに住み始めたころ、子ども会を、立ち上げました。仲間3〜5人で始めたのです
が、私は文を書くのが得意だったので、広報と会計を担当しました。

 それから25年余り。今ではその子ども会も成長し、祭りの屋台をもつまでになりました。先日
もその祭りを遠巻きに見ながら、「よかった」と思いました。

若いお父さんやお母さんたちは、そんなことも知らず、私をどこかのジジイとでも思って、無視し
ていましたが……。だからといって、「この祭りを作ったのは、ぼくだぞ!」なんてことを言っても
し方ありませんしね。

 それを見ながら、ワイフに、「ぼくたちは、くじ引きと、焼きそばだけの祭りだったね」と話しまし
た。ほかに、来てくれた子どもたちに、袋に入ったお菓子を渡していました。

 あとは、小中学校の、広報委員もしました。PTA会長になってほしいと、二度、みなが押しか
けてきて頼まれたこともありますが、「仕事の時間帯が合わない」ということで、断りました。私
の仕事は、夕方から、夜にかけての仕事だからです。

 子ども会は別として、PTA活動は、いわば社交のようなものです。私が出られないときは、ワ
イフがかわりに出ましたが、一度、そのあとの宴会につきあわせられ、先生たちの酒つぎまで
させられました。あとでワイフが、怒っていました。

 これについては、私が学校へ、直接、抗議しました。「ワイフは、ホステスではない」とです。

 アメリカなどでは、PTAは、公立の学校でも、カリキュラムの編成権から教師の人事権までも
っています。日本とは比較にならないほど、力をもっているわけです。そのアメリカとくらべる
と、PTAというのは、こと日本においては、(飾り)のようなものです。もっと言えば、学校の雑務
処理団体(?)。先生たちにも、その程度の認識しかありません。こればかりは、どうしようもな
いです。

 だからGさんが、PTA活動をしながら、疑問をもたれるのは、当然のことです。そこでこう考え
たら、どうでしょうか。

 もともとそれほど意味などない会ですから、深い意味を求めなくてもいいのでは、と。みなと、
ワイワイ騒いで、情報を交換して、そのついでにPTA活動らしきものをする、と。

 ワイフのばあいも、私の代理で出ることが多かったのですが、そのおかげで、というか、たくさ
んの友人をつくることができました。今でも、そういう人たちと、つきあっています。同じ学年の
子どもをもつ親どうしですから、通りで会っても、何かと話もはずむようです。

 地域性もあるのでしょうが、このあたりでは、先生が親に向かって、(怒鳴る)というようなこと
はありません。Gさんの住んでおられるところは、少し、様子がちがうようですね。

 まあ、もう少し肩の力を抜いて、適当にやるところは、適当にやる。そんな感じで、活動をした
らよいのではないかと思います。制度的に考えても、日本の教育システムは、明治以来、今
も、戦前のまま。そこへGHQが割って入ってきて、PTAを押しつけた。つまり、PTAという活動
(?)そのものが、日本の教育システムの中では、(飾り)でしかないわけです。

 もっと言えば、文科省にしても、行政側にしても、PTAなど、必要ないのです。あっても、なくて
も、どうでもいい。ないほうが、かえってうるさくないからいい。それが本音ではないでしょうか。

 それでPTAが、親たちにとっては、雑務処理団体になってしまいました。どうでもよいようなス
ポーツ活動や、バザーなどをする。本来なら、アメリカのように、それぞれの教師の勤務評定を
したり、教師の任命権を盾に、不適切な教師を排除したり、さらには、カリキュラムを編成した
りするというような、専門的な仕事をすべきなのですが……。

 アメリカでは、さらに、公立の小学校であっても、その学校のPTAが決定すれば、入学年度さ
え、自由に変えられるのですよ。「今までは、6歳〜12歳までを教えていたが、来年度からは、
4歳〜10歳までにする」とか、など。

 アメリカでいうPTAというのは、そういう組織を言います。ちがいが、わかりますか?

 アメリカでは、「自分たちが子どものために学校を作り、教師を雇う」という意識が強いから、
そうなります。日本では、「教育は、国がしてくれるもの」という意識が強いから、そうなります。
その(意識のちがい)が、そのまま現われているのが、PTAということになります。

 これからもGさんのように、疑問をもつ人がふえてくると思います。そしてそれに合わせて、学
校教育の内容も変わってくると思います。日本人も、いつまでも、バカではありませんから…
…。(官僚たちは、今でも、国民はバカであるという前提で、ものを考えているようですが…
…。)

 重要なことは、私たちがみな、教育はどうあるべきかを、それぞれが考えることではないでし
ょうか。今まで、私たちは、あまりにも、国任せにしすぎていた。だから、(自ら考える)という力
そのものまで、なくしてしまった。

 カリキュラムにしても、「このあたりには、ブラジル人が多いから、ポルトガル語を学校で教え
てほしい」と、直接親たちが、介入できるようになれば、しめたものです。そのときこそ、日本の
教育は、民主化されると思います。道は、遠いですが、がんばるしかありません。

 で、今は、その過渡期かもしれません。大いに疑問をもち、そしてGさんのような人が、あちこ
ちに、その疑問をぶつけていけばよいのです。

 ただね、たいへん残念なことに、多分、Gさんもそうなるのでしょうが、みな、自分の子どもの
教育期間が終わると、こうした問題から遠ざかってしまうのですね。「私は、もう関係ありません
から……」と。それでいつまでたっても、問題は、解決しない。旧態依然のままの教育システム
が、あとへあとへと引きつがれてしまうのです。

 ですから、どうか、どうか、がんばって、Gさんも声をあげてください。いつまでも問題意識をも
って、声をあげてください。応援します。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

【経済、あれこれ】

++++++++++++++++

ド素人の経済評論。頭の刺激には、
よい。

あれこれ、考えてみる。

++++++++++++++++

●ネット取り引き

 今まで、N証券という証券会社を通して、ネット取り引きをしていた。日本でも最大手の証券
会社である。そのため安心感はあるが、手数料が、たいへん高い。加えてその日のうちに、売
買ができない。たとえば午前中にある株を買っても、午後にそれを売るということができない。
一度、会社内部で、決算をするためらしい。

 そこで今度は、R天証券でも、ネット取り引きができるようにした。手続きは簡単だったが、実
際に取り引きができるようになるまでに、3週間近く、かかった。

 で、数日前、N証券とR天証券の二つを通して、同じ銘柄を、同じ株数だけ買ってみた。

 使い勝手は、N証券のほうがよい。シンプルでわかりやすい。一方R天証券のほうは、自分
の買った株がどこに登録されているかを調べるだけでも、一苦労。こりすぎというか、ゴチャゴ
チャしていて、何がなんだか、よくわからない。これは多分に、私の不慣れによるものかもしれ
ない。しかしそれにしても、こりすぎ。

 で、今は、株価の動きは、N証券のほうを見ながら調べている。

 そんなとき、ふと、こんなことを考える。

 もし私が今日、交通事故か何かで死んでしまったら、どうなるのか、と。

 一応、ワイフには、こうした取り引きのことは話してある。だから万が一のときでも、何とかし
てくれるだろう。それに3人の息子たちは、それぞれ、パソコンに詳しい。

 そういう点では、私については心配はないが、もし身辺にそういう人がいない人のばあいは、
どうなるのか。そういう人も多いはず。たとえば、老夫婦の2人だけの生活をしている人とか…
…。

 そういうケースのばあい、ネット取り引きをしている人が死んでしまったら、もう一方の人は、
そのお金を引き出すこともできない。パソコンをいじることさえできない。つまり預けた資産は、
そのまま、証券会社の、眠れる資産になってしまう(?)。

 規約を細部まで読んでいないので、ここで結論を出すことはできない。きっとそういうことにつ
いても、何かの取り決めがあるはず。いらぬ心配かもしれないが、ふと、そんな心配が私の頭
の中をかすめた。


●円安、118円。金価格、グラム、1980円!

 このところずっと、円安がつづいている。金価格も、グラム、とうとう1980円になった(11・1
8)。2000円も、間近(まぢか)。

 そこで金の産出国は、増産に増産を重ねているが、インドや中国での旺盛な需要をまかなえ
ないでいるらしい(T貴金属報告書)。とくにインドでは、何かにつけて、金製品を重宝する風習
がある。結婚式でも、花嫁は、体中を、金の装飾品で飾ったりする。

 そのインドが、このところ急速に、経済力を身につけ始めた。それが金価格の暴騰につなが
っている(?)。

 が、喜んでばかりは、おられない。

 こうした流れは、結局は、ドルが不安定化し始めたことを意味する。今朝の新聞にも、「アメリ
カのバブル経済が、はじけつつある」(C新聞)というようなことが書いてあった。大量のドル資
産をかかえる日本としては、ドルの価値がさがればさがるほど、その分だけ、損をすることにな
る。

 つまり、それが円安に結びついている。

 一方、見た目はともかくも、中国の経済事情は、かなりきびしいらしい。世界中の投資家たち
が、中国に投資をつづけているのは、近く(?)、中国元が切りあげられるという思惑があるか
らだ。

 安いうちに元を買っておき、切りあげられ、高くなったら、売ろうという考え方である。

 しかしそのタイミングを、中国は、逸してしまった。欲をかきすぎた。今、ここで、へたに元を切
りあげたら、投資家たちの投資がいっせいに、中国から引きあげてしまう。元をドルなどの貨
幣にかえて、出て行ってしまう。国力がじゅうぶんあれば、中国は、それに耐えられるだろう。
が、今の状況では、とても耐えられそうもない。

 加えて、地方から都市部に集まっている失業者の問題もある。その数、何と、3000万人とも
言われている。こうした人たちに仕事を回すためには、安い労賃で、安いものをつくるしかな
い。

 中国の経済成長率は、8%とか9%とかいうが、そのウラには、こんなカラクリがある。

 こうして考えてみると、今、世界中の国々が、薄い氷の上を、恐る恐る歩いているようなもの
かもしれない。もしどこかでどこかの国がコケると、そのまま氷が割れてしまい、世界中がその
割れ目の中に吸いこまれてしまう。

 まさにハラハラ。ドキドキの、サバイバル・ゲームである。


●日経平均が、1万4600円に!

 今日、東京株式市場は、国内景気の回復期待を背景に、株価は、ほぼ、全面高。ヤフー・ニ
ュースは、「日経平均株価(225種)は、取引開始直後に1万4600円台に乗り、小泉政権発
足後の取引中の最高値(1万4556円11銭、2001年5月)を、上回った」と報じている。

 明らかにバブルである。バブル経済の再来である。ミニバブル的な兆候は、数年前から、散
発的に見られたが、ここにきて、本格化した(?)。投機資金が、以前は土地に向ったが、今度
は、株式市場に向った。

 それはそれでよいことだが、お金が、マネー・ゲーム化すると、こわい。実態も実績もないま
ま、株価だけが、どんどんとあがる。それぞれの会社にしてみれば、「やっていることは、以前
と同じなのだが、どうして株価だけがあがるのだろう」ということになる。

 経済雑誌などを読むと、「これで勝ち組と、負け組が、はっきりと色分けされる」というようなこ
とが書いてある。勝ち組の株価は、どんどんとあがり、負け組の株価は、どんどんとさがる、
と。

 しかしそんなお金、今まで、どこに隠れていたのだろう?、……という質問ほど、ヤボなもの
はない。今までタンス預金をしていた一般庶民が、そのタンスから現金を引き出し、それで株を
買い始めた。ネット取り引きが、それに拍車をかけた。それが今、株価の暴騰へとつながって
いる。

 言いかえると、日本人の底力も、まだまだ。そうは簡単には、つぶれない。おやじ(=政府)に
は、お金がなくても、子ども(=一般庶民)には、お金がある。その子どものお金が動き出した。
どうせ銀行にお金を預けても、利息は、ほとんど、つかない。かといって、タンス預金をしていて
も、もったいない……、と。

 これで日本も、銀行預金型の民族から、欧米並みの、株式投資型の民族になるのか。しかし
これだけは忘れてはいけない。

 株式投資で儲けるのは、一部のプロだけ。大半の庶民こそ、いいカモ。笛や太鼓で踊らされ
ているうちに、身ぐるみはがされるということにもなりかねない。株式投資をするとしても、上限
を決め、あくまでも小遣い稼ぎの範囲にとどめること。少なくとも、私は、そうしている。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(946)

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読者の方より……

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【 マガジンを読んでくださっていますか? 】:毎回、欠かさず読んでいる。
【 ホームページをご覧くださっていますか? 】:よく見る。
【 マガジンは、おもしろいですか? 】:
おもしろい。
役立っている。

【 マガジンでは、どんなテーマを希望されますか? 】:
政治問題。
社会評論。
心の問題。
家族の問題。
夫婦の問題。
親子の問題。

【 これからもマガジンを購読してくださいますか? 】:毎回、必ず読む。

【 ご相談をお寄せください。(このままマガジンに掲載することもあります。あらかじめ、ご了解く
ださい。) 】:

いつもマガジンが届くのを楽しみに待っています。

肥満の次女ですが・・・動物が大嫌いなんです。どうしてなのかは、思い当たることがありませ
ん。

赤ちゃんの頃から、ぬいぐるみも嫌がっていました。
そのぬいぐるみが動きようものなら、怯えるようにして、怖がります。今でもです。

もちろん着ぐるみもだめです。中に人が入っているとわかっているのですが・・・
そろそろ店などにサンタが飾られるようになりますが、近づこうとしないので、こっちのほうが疲
れてしまいます(^^;
長女はへいきなんですけどねぇ・・・?

私自身、動物大好きなのでちょっと淋しいです。

++++++++++++++++++++

【Kさんへ、メール、ありがとうございました】

 お子さんの年齢がわかりませんが、症状としては、珍しくありません。乳幼児期の子どもの心
理的特徴のひとつとして、「物活論」があります。これは「あらゆるものは、生きている」と考える
ことをいいます。

 たとえば風にそよぐカーテン、まいあがる煙など、もです。

 こうした乳幼児期の心理は、成長とともに、修正、補正されていきます。が、何かのことで、た
とえば多くは、大きな恐怖心を覚えたりして、そうした乳幼児期の心理的特徴が、そのまま残っ
てしまうことがあります。

 お面恐怖症(お面をこわがる)、ぬいぐるみ恐怖症(ぬいぐるみをこわがる)、人形恐怖症(人
形をこわがる)なども、この物活論が基本にあって、そうなると考えるとわかりやすいでしょう。

 お嬢さんのケースでも、親たちが気づかないところで、そうした恐怖心をもったと考えられま
す。たとえば私も、子どものころ、ある部屋には、どうしても入ることができませんでした。その
部屋には、祖母が使っていた、長い髪のかつらが、つりさげてあったからです。

 そのせいか、子どものころ、長い髪の女性を見たりすると、ぞっとしたのを覚えています。

 ほかに、死んだモルモットを手にして、「電池を入れかえてほしい」と泣いていた子どももいま
した。つまり子どもは、年齢とともに、生き物とそうでない物を区別できるようになります。が、何
かのことで、ここにも書いたように、それがつまずいてしまうこともあるということです。

 私が現在、教えている子ども(年長男児)の中にも、お面恐怖症の子どもがいます。私がお
面をかぶっただけで、血相を変えて、泣き出してしまいます。その男児のばあいは、赤ちゃん
がえりがどこかで、こじれてそうなったと考えていますが、そういうケースは、珍しくありません。

 そこで大切なことは、「なおそう」「慣れさせよう」と考えるのではなく、子どもの立場になって、
「そうだね、こわいよね」と言って、そういう場から遠ざけるようにします。私のばあいも、その男
児の前では、決して、お面をかぶらないようにしています。

 またぬいぐるみなどを、とくにこわがるというのであれば、子どもの(こだわり)を考えてみま
す。心はいつも緊張状態にあると考えられます。肥満とは直接関係あるとは思われませんが、
Ca、Mg、Kの多い食生活(=海産物を中心とした食生活)に変えてみてください。心の緊張感
がほぐれてくれば、(こだわり)も弱くなってくるはずです。(ついで、肥満にも、よい効果が現れ
るかもしれません。)

 子どもの心は、子どもの立場になって考える。決して、「心はもちようだ」などと、押しつけがま
しい指導は、してはいけません。子どもの心は、そういう意味では、たいへんデリケートです。

 以上、参考にしてください。

 マガジンに転載させていただきますが、よろしくご了解ください。

 今日は、久々に読者がふえて、やっと原稿を書く気がでてきました。励ましのメール、ありが
とうございました。苦しい戦いがつづいています。

 「物活論」について、話は少しそれますが、ここに原稿を、添付しておきます。

++++++++++++++++

●乳幼児の心理

 乳幼児の自己中心性は、よく知られている。

 このほかにも、乳幼児には、(1)物活論、(2)実念論、(3)人工論など、よく知られた心理的
特徴がある。

 物活論というのは、ありとあらゆるものが、生きていると考える心理をいう。

 風にそよぐカーテン、電気、テレビなど。乳幼児は、こうしたものが、すべて生きていると考え
る。……というより、生物と、無生物の区別ができない。

 実念論というのは、心の中で、願いごとを強く念ずれば、すべて思いどおりになると考える心
理をいう。

 ほしいものがあるとき、こうなってほしいと願うときなど。乳幼児は、心の中でそれを念ずるこ
とで、実現すると考える。……というより、心の中の世界と、外の世界の区別ができない。

 そして人工論。人工論というのは、身のまわりのありとあらゆるものが、親によってつくられた
と考える心理である。

 人工論は、それだけ、親を絶対視していることを意味する。ある子どもは、母親に、月を指さ
しながら、「あのお月様を取って」と泣いたという。そういう感覚は、乳幼児の人工論によって、
説明される。

 こうした乳幼児の心理は、成長とともに、修正され、別の考え方によって、補正されていく。し
かしばあいによっては、そうした修正や補正が未発達のまま、少年期、さらには青年期を迎え
ることがある。

 今朝のY新聞(6月28日)の朝刊を読むと、まだあのA教祖に帰依している信者がいるとい
う。あの忌まわしい地下鉄サリン事件をひき起こした、あのA教祖である。

 私はその記事を読みながら、ふと、こう考えた。

 「この人たちの心理は、乳幼児期のままだな」と。
(はやし浩司 物活論 実念論 人工論 お面恐怖症 人形恐怖症 ぬいぐるみ恐怖症 子ど
もの恐怖症)


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●こうしてスパムメールは、配信される!

++++++++++++++++++++++

メールアドレスが、闇から闇へと、密かに
売買されている。

数万から数10万ものアドレスに対して、
一度に、スパムメールが、配信される。

++++++++++++++++++++++

●ある業者の勧誘メールを、そのまま紹介する。このメールは、私のところに、「未承諾広告」
として届いたもの。これを読めば、いかにしてスパムメールが生まれ、そしてあなたのところに
送りつけられていくか、そのしくみがわかるはず。

読みづらい文章だったので、私のほうで適当に書きなおしてみた。(かっこ)内は、私が書き加
えた注釈である。

+++++++++++++++++A

【未承諾広告、1ヶ月で、90万円の収入!】

一日3本、(CDを複製して)売れば一ヶ月90万円(の利益)です !  道具はそろっています。
(=ソフトは完ぺきという意味か?)

一ヶ月に、300万円も稼ぐ人もいます!
10万件、メールを送信すると、びっくりするほど注文が来ます! 大飛躍しましょう!
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転売でも稼げます!  第二のブームです!(=意味不明)

収録ソフト:

メール分割ソフト
重複メール除去ソフト
フリーアドレス自動取得ソフト(ワンタッチ設定でフリーメールを取得)
ダイレクトメール一斉送信ソフトウェア
全自動Web巡回メールアドレス収集ソフトウェア
出会い掲載とシステムプログラムCGI【Unix版】【PC、携帯、両方に対応】
出会い掲載とシステムプログラムCGI【Windows版】【PC、携帯、両方に対応】
出会い掲載とシステムプログラムCGI【MacOSX版】【PC、携帯、両方に対応】
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これらのインターネットビジネスに必須のソフトウェア群を
一枚のCDに収録してまとめて販売!!

開業パックのブーム再到来です!  
ぜひ、このチャンスをお見逃し無く!

+++++++++++++++++B

 わかりやすく言えば、

(1)Webを自動巡回して、アドレスをさがしだす。
(2)そのアドレスに自動的に、メールを送りつける。
(3)そういうソフトを、9800円で、売る。またそのソフトを、コピーして、1日に、3本売れば、1
か月で、90万円の収益になる。
(4)(発信人の身元がわからないようにするために)、フリーのアドレスを自動的に取得。
(5)自動的に掲示板が見つけて、片っ端から、書きこみをする。
(6)購入後すぐ使えるアドレスを、(付録で)、100万件提供、と。

 こういうソフトが、1万円足らずで出回っている。そしてそれを購入した連中は、そのソフトを
使って、スパムメールを数限りなく、配信する。が、それだけではない。さらにコピーにコピーを
重ねて、別の他人に売りつけることもできる。

 違法ではないが、そうしたメールを受け取る方は、たいへんな迷惑。私のところにも、1日、1
00通以上のスパムメールが届く。掲示板への不良書きこみも、あとを断たない。つまり他人に
迷惑をかけることを承知で、こうした連中は、スパムメール用のソフトを、販売している。

 そこで私たちは、こうしたスパムメール業者にどう、対抗したらよいのか。

(1)無視して、削除する。よく「配信が不要な方は、配信中止の連絡をしてほしい」とあるが、そ
んな連絡は、絶対にしてはいけない。もともと良心の一かけらもない連中である。「はい、わか
りました。あなたのアドレスを削除します」などといって、あなたのアドレスを削除するなどという
ことは、ありえない。むしろ、あなたが連絡することによって、相手はあなたのアドレスが生きて
いることを、知ることになる。そのため、かえってこの種のスパムメールは、ふえることになる。

(2)IEの機能をつかって、フィルターをかけたり、送信者禁止にすることもできるが、相手は、
フィルターさえもくぐりぬけようと、最近では、送信者名、件名ともに、わざと文字化けしたように
見せかけて、スパムメールを送りつけてくる。

(3)ワルは、一事が万事。こうしたワルは、一事が万事と考えるとよい。小ズルイ人間は、あら
ゆる面において、小ズルイ。一面で、小ズルく、ほかの面で、誠実ということは、ありえない。人
間の脳みそは、それほど、器用にはできていない。だから文面で、いくらもっともらしいことが書
いてあっても、信用してはいけない。「登録するだけで、5000円の謝礼」「会うだけで、前払い
で、2万円」「女性会員が、すでに30万人、登録済み」とか。そんなことは、常識で考えても、絶
対にありえない。

+++++++++++++++++++++++

 ここまで書いて、私は、こんなことに気づいた。

 上記(+++A)から、(+++B)までは、私のところに送りつけられた、メールの内容であ
る。が、最初、読んだとき、意味がよくわからなかった。そこで私が文面を書きなおし、かつ(か
っこ)表示で、注釈を加えた。

 しかしその作業を終えたとき、(作業そのものは、簡単な作業だったが)、何とも言えない、不
快感を、覚えた。不愉快な連中と、不愉快な会話をしたあとの気分のようでもあるし、自分自身
の中に潜む、邪悪な部分を、あえてえぐり出されたような気分のようでもある。いやな男に、部
屋の中をのぞかれたような気分と言えば、一番、近いかもしれない。

 「お前も、1か月で、90万円儲けられるから、やってみないか」という内容の文章だが、そうい
う内容のメールが、頼みもしないのに、勝手に、送りつけられる。ワルから、悪の世界へ入らな
いかという、勧誘メールである。私が感ずる不快感は、どうやら、そういうところから生じている
らしい。

 が、それだけではない。こんな簡単な文章だが、書きなおしてみたあとのこと。しばらく自分の
文章まで、おかしくなってしまった。メールのもつ独特の文調に、私の文調が、影響を受けてし
まった。ワルには、ワル独特の雰囲気がある。その雰囲気に、染まってしまったのかもしれな
い。

 本来なら、一番、相手にしたくない連中である。こういうメールは読みたくもないし、見たくもな
い。いつもなら、即、削除。ただ、こういうソフトが、ちまたちに、出回っているということを、皆さ
んに知らせたくて、この文章を書いた。

 メールアドレスを、HPや、マガジンなどに表示するときは、みなさんも、くれぐれもご注意。で
きればしないほうが、よい。私のばあい、最初電子マガジンを登録するときに、正規のアドレス
を、公開してしまった。今さら、それを消すこともできない。そのため、私のアドレスが、無数の
スパムメール業者の手に渡ってしまった。うかつだった!


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●韓国

 現在、韓国のプサンで、APEC(アジア太平洋経済協力会議)が、開かれている。N大統領の
はしゃぎぶりは、相当なもの。世界中の要人たちが、あたかも自分に会いにきたように錯覚し
ている。そんな雰囲気さえある。

 たまたま会場が、韓国になっただけなのに……?
 
 で、相変わらずN大統領の態度は、大きい。尊大ぶっているというか、ふんぞりかえってい
る。とくに、日本のK首相に対しては、そうだ。その会議の合い間をぬって、日本のK首相と、
韓国のN大統領が会談をした。

 しかし現在、韓国の置かれた現状は、そんなに甘くない。

 たとえば東亜N報は、こんな事実を伝えている。「今年(05年)、韓国では、個人の破産申請
件数が、史上はじめて2万件を越えた」と。

 日本の人口に換算すると、約6万件となる。(日本の人口は、韓国の約3倍。)もっともこれに
ついては、日本は、えらそうなことは言えない。03年度(平成15年度)だけでも、日本における
個人破産の数は、24万件もある(最高裁判所「司法統計年報」)。

 しかし日本の増加率は、11%(対前年度比)。これに対して、韓国の増加率は、1万2317
件から、2万3756件へと、48%(対前年度比)。こうした急激な変化が起きると、いろいろなと
ころで、社会的な軋轢(あつれき)が起きてくる。

 貧富の差が大きくなるのはもちろんのこと、東亜N報は、こんな事実も伝えている。「(韓国)
総計庁によれば、下位30%にあたる世帯の、50・7%の家庭では、家計収支が赤字だった」
と。

 赤字がふえればふえるほど、借金がふくらみ、それがさらに個人破産へとつながる。一見
華々しく見える韓国経済だが、それは国が、国策として支える一部の企業の話。アメリカや日
本を敵対視するのは、韓国の勝手だが、しかしその韓国は、自由主義貿易圏内で、貿易をし
ているのではないのか。

 アメリカや日本をたたけばたたくほど、やがてそれらは、(ブーメラン効果)となって、韓国経
済を、しめあげる。N大統領は、そういう事実が、まるでわかっていない。

 今回のAPECでも、韓国は、K国の代表を、オブザーバーとして招待しようとした。もちろんこ
れには、アメリカや日本が猛反発。当然である。どこかおかしいとは思っていたが、もうここま
でくると、韓国のN大統領イコール、K国の金xxと考えたほうがよいのでは……?

 そのN大統領は、日本のK首相に、こう言ったという。「靖国参拝は、韓国への挑戦」(中日)
「いくら小泉総理が善意的に解釈しようとしても、(首相の靖国参拝は)、国民は受け入れられ
ないだろう」(東亜N報)と。そしてその上で、来月予定されていたN大統領の訪日については話
題にならず、実現困難との見通しも強まっている、と。

 N大統領が何を考えているのか、私には、ますますわからなくなってしまった。

【補記】

 回顧性が肥大化すると、過去のこだわりが、ときとして妄想にかわる。その妄想がさらに肥
大化したのが被害妄想。こうした老人特有の被害妄想は、日常生活の中でも、よく経験する。
先日も、80歳近い老夫婦が、こう言い争っていた。

「お前のおかげで、オレは、人生をムダにした」「あなたこそ、私の人生を返して」と。

同じように、韓国のN大統領は、「K国が貧しいのは、アメリカのせいだ」「南北が分断されたの
は、日本のせいだ」と言い出している。たしかにそういう部分もないわけではない。ないが、しか
しN大統領のものの見方は、すべて、どこか、うしろ向き。つまりN大統領の脳ミソは、それだ
け硬化しているということ。

 で、先ほどまで、あちこちのBLOGをのぞいてみたが、大方の人たちは、中国、K国、韓国
を、同じ仲間と見始めている。つまり韓国は、自ら、いわゆる西側陣営から離れ、旧社会主義
国家の流れの中に、自分を組みこもうとしている(?)。それを如実に表しているのが、今回
の、国連総会の場における、K国人権非難決議案に対しての、韓国の棄権※。

 韓国には韓国の、立場があるのだろう。が、いつかやがてK国の悪業のかぎりが白日のもと
にさらされるようになった、そのとき、一番、恥をかくのは、韓国自身ではないのか。

あの金大中にしても、あの南北首脳会談を、マネーで、買ってしていた。息子たちは、全員、汚
職で逮捕。そればかりか、今度は、国中の要人たちの盗聴を黙認していたという事実まで、発
覚した(05年11月)。人権大統領とは名ばかり。とんでもない人権大統領(?)である。そんな
金大中に、どうしてノーベル平和賞なのか?

 N大統領は、その金大中の政治手法を、そっくりそのまま受け継いでいる(?)。私も、とうとう
堪忍袋の緒が切れた。首脳会談では、使ってよい言葉と、使っていけない言葉がある。「挑戦」
とは、何ごとか!

 このばあい、「挑戦」というのは、「ただでは、すまない」の意。つまり、一国の元首が、一国の
元首を、公式の場で、脅したことになる。

 韓国よ、日本が下手に出ているからといって、あまりいい気になるな。私もK首相のY神社に
は、賛成はしていない。しかし「挑戦」という言葉を使うなら、あえて、受けて立とうではないか。

ご存知のように、1997年、韓国は、国家破綻(デフォルト)した。その年も終わろうとしていた、
11月21日、時のイム・チャン・ヨル副首相は、こう宣言した。

「今の難局を乗り切るには、IMFの誘導調整資金の援助を受けるしかない」と。

 そのときから、韓国の国家経済は、IMFの管理下に入ることになった。

 そのとき資金援助したのが、IMFに並んで、世界銀行と日本。それぞれが100億ドルずつを
援助した。そのほかにアメリカが、50億ドル。アジア開発銀行が、40億ドルなど。総計で、55
0億ドル! IMFはもちろんのこと、世界銀行、アジア開発銀行などへの主要出資国は、この
日本。つまり日本が、実質的には単独で、韓国を救済した。

 N大統領よ、その恩を忘れたか!

 今度、同じようなことが起きても、日本は、絶対に韓国を助けないぞ。私が、猛烈に反対して
やる。徹底的に反対してやる。それがいやなら、韓国も、社会主義国になればよい。どうぞ、ご
勝手に!

※……国連総会第3委員会(社会・文化・人道的問題)は同日、イギリスなどの欧州連合(EU)
加盟国25カ国が提出した、「北朝鮮人権状況に対する決議案」を票決に付し、賛成84、反対
22、棄権62で採択された。全加盟国191カ国のうち、168カ国が票決に出席し、韓国は棄
権した。 

【注】

 これに対して、韓国の政府筋は、「挑戦」という言葉は使っていないと弁明。日本国内でのあ
まりにも大きな反響に、驚いたためではないか? 


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

【最近、あれこれ】

●ジョン・デンバー

+++++++++++++++++++++

文章の世界と、歌の世界は、ちがう?
そのちがいについて、ワイフと話しあった。

+++++++++++++++++++++

 最近、ドライブをするたびに、ジョン・デンバーの曲を聞く。「♪サンシャイン……、オン・マイ・
ショウルダー、ルックス・ラブリー……」と。

 秋の済んだ青い空には、デンバーの声が、よく合う。気持ちがよい。で、私は、その曲を聞き
ながら、ワイフに、こんな話をする。

 「歌では、(私はあなたを愛している)という表現がよく出てくる。サイモンとガーファンクルの
曲の中にも、『明日にかける橋』というのがある。『♪あなたが疲れていたら……、ぼくは、病ん
でいる川にかかる橋のように、あなたの心を休めてあげよう……』という、あの歌だ。

 そんなことを文章にして書いたら、それを読んだ人は、どう感ずるだろう。本気にしてしまうか
もしれない。が、歌だと、そういうことはない。どうしてだろう?」と。

 歌は、論理の世界ではない。感性の世界である。感性の世界で、感ずるもの。それが歌であ
る。

 同じような立場のものに、詩がある。歌というのは、その詩に、メロディーをつけたもの。だか
ら詩と歌を区別することはできない。が、文章とは、明らかに、ちがう。

 以前、こんな失敗をしたことがある。

 ある男性から、子育てについての相談があった。それで私は、その相談に答えて、返事を書
いた。が、末尾に、こう書いたのがまずかった。「また、何かあれば、メールをください」と。

 その数日後、同じ男性から、また別の相談が届いた。それがたしか、金曜日の夜のことだっ
た。返事を書くといっても、メールだと、1、2時間、かかることがある。それで「そのうちに……」
と思いながら、返事を書かないでいた。が、3日目の月曜日の日に、その男性から、抗議のメ
ールが届いた。

 「あなたは、また何かあれば、メールをくれと言ったではないか。だから私はメールを出した。
どうして返事をくれないのか。もしそうならそうで、そういう無責任なことは、書かないでくれ」と。

 たしかに私が悪かった。相手に期待をもたせるようなことを、書いてしまった。で、それ以後、
それからもう3年になるが、私は一度とて、そういう文を書いていない。「また、何かあれば、メ
ールをください」というしめくくりは、誤解を招く。

 ……というのが、私の世界。そんな世界だから、「あなたを愛しています」などと書こうものな
ら、たいへんなことになる。……と思う。つまりそれが、音楽と文章の世界の(ちがい)ということ
になる。

 が、ワイフは、こう言った。「でも、そういうことも書いても、いいんじゃない?」と。

 たとえばサイモンとガーファンクルの歌を聞いて、それを本気にする人は、いない、と。あるい
はそういう歌を歌うからといって、サイモンとガーファンクルを、神様か何かのように思う人もい
ない、と。

 そういう意味では、歌というのは、もともと無責任なものなのか。詩についても、同じ。大切な
ことは、それを聞いたり、読んだりした人が、どう感ずるかということ。

 一方、文章には、それが許されない。つまり、そういう甘えが許されない。それを読む人は、
それを読んだとおりに、園文章を解釈する。

ワ「歌というのは、それを聞いたとき、歌詞の内容を、自分の心に当てはめてしまうのね。だか
らどういう歌であっても、責任を問われることはないのよね。でも、文章はちがうわ。書いた人
に、いつも責任を問いながら読むのね」
私「そういう点では、歌は気楽でいいね。10年前、20年前のヒット曲を、同じように歌っている
歌手もいるよ。文章を書いている人がそんなことをしたら、それだけで笑いものになってしまう」
と。

 そのジョン・デンバーは、何年か前、飛行機事故で死んでいる。「今ごろ生きていたら、どんな
歌を歌っているだろう」と、私は思った。CDのジャケットには、デンバーが、カウボーイハットを
かぶり、遠くを見ながら笑っている写真が載っていた。その写真を見ながら、今度は、私も大声
で、CDに合わせて、いっしょに歌った。「♪サンシャイン……」と。

 相変わらず、窓の外には澄んだ青い空が、広がっていた。


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【BW教室から……】

 私はときどき、わざとまちがえたフリをする。もちろん、そうすることによって、子どもたちに自
信をもたせるためである。が、子どもたち(年長児)は、こう言う。「ボケじいさんみたい」と。

 そこで私は、こう言う。「そうだよ、ぼくは、ボケじいさんだよ。介護度1かな?」と。

 すると子どもたちは、「カイゴドって、何?」と。

 私はおもむろに立ちあがり、こう説明する。

 「介護度1というのは、これくらいかな……」と、フラフラと歩くマネをしてみせる。
 「介護度2というのは、これくらいかな……」と、ヨタヨタと歩くマネをしてみせる。
 「介護度3というのは、まあ、こんなもの……」と、壁に手をあてながら、モタモタと歩くマネをし
てみせる。

 内心では「いいのかなあ、こんなことを教えて……」と思うが、つまり迷いはあるが、それで怒
ってくるジイ様、バア様もいない。そう思いつつ、つづける。

 すると今度は子どもたちのほうが、「カイゴド100になれ」「カイゴド億万がいい」と、勝手なこ
とを言い出す。

私「あのねえ、介護度100というのはね、もう死んでる人だよ」
子「じゃあ、カイゴド10というのは?」
私「それもないの。介護度は、5まで。5が満点なの」
子「フ〜ン、5点満点かア」
私「そうだよ」と。

 しかしふと、さみしさが、心をふさぐ。いくらがんばっても、老後は、だれにも、平等にやってく
る。やがて要介護という状態になり、そのあとは、介護度1、2、3……と進んでいく。

 が、私は、子どもたちに、「ジジイ!」と呼ばれたときは、すかさず、こう言いかえすようにして
いる。

 「何だ、未来のバー様」「未来のジー様」と。「君たちだって、いつかは、ジー様や、バー様にな
るんだよ」「あっという間にね」と。もちろん今の私には、想像もできない。子どもたちは、いつま
でたっても、子ども。その子どもが、ジー様やバー様になる姿など、想像できない。

 「ぼくも、そのうち、教室で、おしっこをもらすようになるかもしれない。そうなったら、このBW
教室は、おしまいだよ」と。

 それを聞いて、子どもたちは、うれしそうに笑った。私も、笑った。

 介護度という言葉を使って、ふざけるのは、もうやめよう。笑いが収まったとき、私は、そう思
った。明日は、わが身なり……。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


最前線の子育て論byはやし浩司(947)

【近況、あれこれ】

●低反発マット

 1年ほど前、低反発枕(まくら)を、2つ買った。値段は、1200円x2個=2400円。最初は、
寝心地はあまりよくなかった。が、しばらくすると、慣れた。今では、快適。ワイフは、それまで
は、朝起きるたびに、首が痛いと言っていたが、低反発枕にしてからは、痛いとは言わなくなっ
た。

 そういうこともあって、つまり低反発枕の効用も知っていたので、今度は、低反発マットを買っ
た。値段は、ダブルサイズで、1万2000円。

 が、使い方がよくわからない。とりあえず、シーツでくるんで、その上に、薄い、ふとん敷きを
置いた。

 寝心地は、よいはずだった。しかし最初、身を置いたとき、何かしら板の上に寝たような感じ
がした。しばらくすると、マットに、凹凸ができ、体になじんできた。が、である。そのあと、寝返
りを打つたびに、体が、その凹凸から飛び出して、板の上に寝たような感じになる。そのつど、
マット特有のかたさが気になる。

 私はもともと寝相(ねぞう)がよくない。一晩中、ふとんの中で動き回っている感じ。そこでイン
ターネットを使って、低反発マットの使い方を調べる。

 あるサイトには、こうあった。

 「今までの敷ぶとんの上に、低反発マットを置いてください」と。

 そこでその翌日から、敷ぶとんの上に、低反発マットを置いた。そしてそれをシーツでくるん
で、その上に、薄い、ふとん敷きを置いた。

 実は、今朝が、その2日目ということになる。まだ体が慣れていないせいか、どうも寝起きの
様子が、かんばしくない。熟睡感が、あまりない。夜中に、10回以上は、目をさました。

 「そのうち、慣れるのかなあ」と思ってみたり、「またもとのふとんに戻そうかなあ」と思ってみ
たりしている。「せっかく買ったのだから、もうしばらく使ってみる」というのが、今の結論。

 ワイフは、「よく眠れる」と言っているが……。


●偽善

 大阪で、こんなインチキな商売をしている男がいるという(テレビのワイドショー)。

 まずどこからから、捨てネコを集めてくる。たいていは、あどけなさが残る、子ネコ。その子ネ
コを、道路わきに置いて、募金を集める。横には、「動物愛護協会」とか、何とか書いてある。

 通行人たちは、そのネコを見て、「かわいい」「かわいそうだ」とか言って、いくらかのお金を、
募金箱に入れる。

 そのお金を、ときどき男がやってきて、集金する。もちろん「動物愛護協会」というのは、まっ
かなウソ。ニセ。インチキ。男は、夜は、ホームレスの男たちに、1日、2000円でネコの世話
をさせているという。

 テレビの画面でかいま見たところによると、男は、そのつど、8000〜1万円前後のお金を回
収していた。おそらく、一日、数万円以上の(あがり)になるのでは?

 男も男だが、通行人も、通行人だ。少し考えれば、こんなのはインチキと、すぐわかるはず。

 もしその男が、本当にネコが好きで、それまでずっと、捨てネコの世話をしていたという(過
去)があるのなら、まだ話は、わかる。しかしそういう(過去)など、どこにもない。ある日突然、
金もうけのために、動物愛護協会なるものをデッチあげる。善人のフリをし始める。

 ……という話は、この世界には、多い。

 よくある例は、テレビタレントが、ある日、突然、どこかの国の難民救済運動のリーダーにな
るというもの。団体側の目的は、その人の知名度を利用して、金集めをすること。団体の存在
を、世間に知らしめること。が、とたん、そのタレントは、善人に変身! 難民の子どもを抱い
て、涙までこぼして見せたりする。

 インチキ動物愛護協会の男は、こうしてお金を手にするが、タレントは、名声を手にする。そ
の名声をもとに、さらにお金をもうける。両者は大きくちがうように見えるが、やっていること
は、どこも、ちがわない。同じ。

もしそのタレントに、過去、つまり積みあげられた実績があるなら、話は、別。しかしそういう過
去は、どこにもない。わかりやすく言えば、こういう男にせよ、タレントにせよ、かわいそうなネコ
や難民をダシにして、金もうけをしているだけ。

 ほんの少しだけ、私たちに考える力があるなら、こうした偽善は、見抜けるはず。しかし今の
人たちは、それすらも考えない。しかしこれだけは忘れてはいけない。

 こうした偽善がはびこればはびこるほど、まじめに、そういう問題と取り組んでいる人たちが、
やる気をなくしてしまうということ。たとえば今、現地で、野生動物の保護活動に取り組んでいる
人がいる。難民救済運動をしている人がいる。そういう人たちが、心のどこかでバカらしさを感
じてしまったら、どうする。この世界は、いったい、どうなる。

 日本人は、この偽善に、甘い。偽善というものが、どういうものであるかさえ知らない人も多
い。しかし欧米では、一度、偽善のラベルを張られると、その人は、社会からも抹殺される。偽
善は、悪人がするワルよりも、タチが悪い。欧米の人たちは、そう考える。

 ワイドショーの中では、ある弁護士が、「罪には問えないでしょうね」「ネコの餌代にしていると
言えば、それまでですから」と言っていた。「あえて言うなら、(道路を、不法占拠しているの
で)、道路交通法か何かで、規制することぐらいでしょうか」と。つまり動物愛護協会を語り、善
意の人たちからニセ募金を集めても、罪には問われない、と。

 しかしこんなインチキが、まかりとおってよいものか。許されてよいものか。

こうした問題と立ち向かうゆいいつの方法は、私たち1人ひとりが、もっと考える人間になること
でしかない。賢くなることでしかない。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●低俗文化

 週刊文春、11月3日号には、「わが子に見せたくない、(タレント)(TV番組)、ワースト20」と
題して、つぎのような番組や、タレントが紹介されている。

 「子どもをもつ親、1000人に、『見せたくない番組』を3つと、『見せたくない芸能人』を3人、
あげてもらった」と記事にはある。それによれば……、

【見せたくない番組】

(1)ロンドンハーツ
(2)クレヨンしんちゃん
(3)キスだけじゃイヤッ!
(4)めちゃx2イケてるッ!
(5)水10!
(6)2時間サスペンスドラマ
(7)志村けんのバカ殿様
(8)ダウンタウンのガキの使いやあらへんて!!
(9)エンタの神様
(10)恋のから騒ぎ(以下、略)

【見せたくない芸能人】

(1)レイザーラモンHG
(2)ロンドンブーツ1号2号
(3)ダウンタウン
(4)カンニング・竹山隆範
(5)江頭2:50
(6)細木数子
(7)叶姉妹
(8)出川哲郎
(9)ナインティンナイン
(10)青木さやか
(10)島田紳助
(12)とんねるず・石橋貴明(以下、略)

 こうして並べてみると、改めて、「そうだろうな」と、納得する。なお、(見せたくない芸能人)の
中には、明石家さんま(14位)、みのもんた(31位)、北野武(19位)なども入っている。

  浜松市という地方都市に住んでいると、都会文化のもつ低俗さが、よくわかる。その一例
が、こうしたテレビ文化。

で、ここまではっきりとわかっているのに、どうしてこういう番組を、こうしたタレントたちを使っ
て、テレビ局は、全国に流すのだろう。流すなら、自分たちの世界だけにしたらよいではない
か。東京都なら東京都だけの範囲とか、大阪府なら大阪府だけの範囲とか。

 私もときどき、チャンネルをかえるとき、こういう番組やタレントを、かいま見ることがある。と
きに、あまりのお粗末さにあきれて、しばらく見つづけることもある。が、そのあと、いつも、こう
思う。「これが同じ日本人か?」「これが同じ人間か?」と。

 ワイフは、私にこう聞いた。「そういうことがわかっていて、どうしてこんな番組を、テレビ局
は、タレ流すの?」と。

 理由は、簡単。

 いくらビルは立派でも、いくら放送技術はすばらしくても、中で働く人間たちが低俗だからであ
る。哲学もポリシーも何も、ない。が、しかし本当の理由は、それを見る、視聴者自身の中にあ
る。

(1)思考からの逃避(考えることをしない)
(2)自己の優位性の確保(自分よりバカがいることを知り、安心する)
(3)現実逃避(現実から逃避する)
(4)情報と思考の混同(情報量を多くすることが、思考であると誤解する)
(5)享楽主義(その場だけの楽しみを求める)
(6)無責任な自己中心性(自分の利益だけ確保できればよいと思う)、など

 つまり低俗なテレビ文化があるから、人間が低俗になるのではなく、低俗文化を求める視聴
者がいるから、テレビ文化は、低俗になる。視聴率というのは、あくまでも、その結果でしかな
い。だからテレビ局をたたいても、意味はない。低俗な番組やタレントをたたいても、意味はな
い。

 現に、(見せたくない芸能人)に選ばれたからといって、そういうタレントたちが、小さくなるか
といえば、そういうことはない。週刊文春の記事の一部には、「x位は、光栄? フォー」とある。
つまりこういう形でも、選ばれれば、光栄、というのだ。

 ついで、記事の中には、こんな小見出しがある。「テレビは、子どもをバカにしている」と。

 私も、そう思う。記事の中で、評論家のA氏は、こう述べている。まったく同感なので、そのま
ま紹介させてもらう。

 「日本人が、羞恥心や分のわきまえを喪失し、愚劣に変質したのは、人格形成される子ども
の時期に、くだらないテレビ番組によって、『調教』された結果によるものです」と。

 そして記事の最後を、つぎのような文章で、しめくくっている。

 「アメリカでは、昨年のスーパーボールで、ジャネット・ジャクソンが、乳房を露出させた事件
で、中継局は、6000万円の罰金を命じられるなど、大問題に発展した。

 ひるがえって、日本のテレビには、子どもに対して大きな影響力をもつことを、一向に自覚し
ない現状がある」と。

 数年前に書いた原稿を、ここに添付します。

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子どもの心をテレビから守る法

暴力番組を考えるとき 
 
●まき散らされたゴミ

 ある朝、清掃した海辺に一台のトラックがやってきた。そしてそのトラックが、あたり一面にゴ
ミをまき散らした……。

 『Bトル・Rワイヤル』という映画が封切られたとき、私はそんな印象をもった。どこかの島で、
生徒どうしが殺しあうという映画である。これに対して映倫は、「R15指定」、つまり、一五歳未
満の子どもの入場を規制した。

が、主演のB氏は、「入り口でチン毛検査でもするのか」(テレビ報道)とかみついた。監督のF
氏も、「戦前の軍部以下だ」「表現の自由への干渉」(週刊誌)と抗議した。しかし本当にそう
か?

 アメリカでは暴力性の強い映画や番組、性的描写の露骨な映画や番組については、民間団
体による自主規制を行っている。

【G】   一般映画
【PG】  両親の指導で見る映画
【PG13】13歳以下には不適切な映画で、両親の指導で見る映画
【R】   17歳以下は、おとなか保護者が同伴で見る映画
【NC17】17歳以下は、見るのが禁止されている映画、と。

 アメリカでは、こうした規制が1968年から始まっている。が、この日本では野放し。先日もビ
デオショップに行ったら、こんな会話をしている親子がいた。

子(小三くらいの男児)「お母さん、これ見てもいい?」
母「お母さんは見ないからね」
子「ううん、ぼく一人でみるから……」
母「……」と。
見ると、殺人をテーマにしたホラー映画だった。

●野放しの暴力ゲーム

 映画だけではない。あるパソコンゲームのカタログにはこうあった。「アメリカで発売禁止のソ
フトが、いよいよ日本に上陸!」(SF社)と。銃器を使って、逃げまどう住人を、見境なく撃ち殺
すというゲームである。

 もちろんこうした審査を、国がすることは許されない。民間団体がしなければならない。が、そ
のため強制力はない。つまりそれに従うかどうかは、そのまた先にある、一般の人の理性と良
識ということになる。が、この日本では、これがどうもあやしい。映倫の自主規制はことごとく空
洞化している。

言いかえると、日本にはそれを支えるだけの周囲文化が、まだ育っていない。先のB氏のよう
な人が、外国政府やT都から、日本やT都を代表する「文化人」として、表彰されている!

 海辺に散乱するゴミ。しかしそれも遠くから見ると、砂浜に咲いた花のように見える。そういう
ものを見て、今の子どもたちは、「美しい」と言う。しかし……、果たして……?

(参考)

●テレビづけの子どもたち

雑誌、「ファミリス」の調査によれば、小学3、4年生で45・7%の子どもが、また小学5、6年生
で59・3%の子どもが、それぞれ毎日2時間以上もテレビをみているという。

さらに小学3、4年生で71%の子どもが、また小学5、6年生で83・3%の子どもが、それぞれ
毎日1時間以上もテレビゲームをしているという(静岡県内100名の児童について調査・02
年)。

また2時間以上テレビゲームをしている子どもも、3、4年生で19・3%、5、6年生で41・
7%! これらのデータから、約6〜7割前後の子どもが、毎日3時間程度、テレビを見たり、テ
レビゲームをしていることがわかる。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司
 
【2006年は、どうなるか?】

●日本のアニメ産業

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アニメ、アニメとバカにしてはいけない。

日本のアニメ産業は、自動車産業の、約半分
ほども稼ぐようになってきている。

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 現在、世界中で放映されているアニメの、約65%は、日本製と言われている。その経済規
模は、何と、3258億円!、だそうだ(文芸春秋「日本の論点'06」)。「基幹産業である自動車
産業の約2分の1にまで、迫ってきている」(同)という。

 何ゆえに、こうまでアニメ産業がさかんになったかといえば、言うまでもなく、それだけ日本に
は、オタク族が多いということ。「オタク」「オタク」と、どこか毛嫌いされてきた人たちだが、意外
なところで、その力が評価され始めたということになる。

 が、これに驚いていてはいけない。

 「ポケットモンスター」のゲームソフトの売りあげは、930億円だそうだが、付随するアニメ、
映画、キャラクター商品などを含めると、全世界では、2兆3000億円にものぼるという(同)。

 そう言えば、ここ10〜15年、ノートやプリントの端に、アニメのキャラクターを描いて遊ぶ子
どもが、急速にふえてきた。しかも年々、腕がうまくなってきている。少し前までは、「それは絵
ではない」「そんなもの描いてはいけない」という指導をする教師が多かったが、今では、そん
なことを言う教師はいない。

 アニメが、一つの学問としても、確立しつつある。

 「日本の論点」によれば、東京芸術大学、大阪芸術大学につづいて、西宮市の大手前大学
などでは、映像研究科や、キャラクター造形学科などが、新設されたという。この傾向は、これ
から先、拡大することはあっても、縮小することはない。そのうち全国の大学の、あちこちに、
アニメ学部、キャラクター学科が生まれるようになるかもしれない。

 事実、日本の一歩先を行く形で、韓国や中国には、アニメ制作を専門に教える大学や学部
が、ふえている。その分、これから先、韓国や中国の追いあげも、はげしくなるものと思われ
る。たとえば「日本の論点」は、バンダイとナムコの合併、タカラとトミーの合併などは、その流
れの中で起きたことと、分析している。
(はやし浩司 アニメ産業 日本のアニメ)


●果たして女性天皇は生まれるか?

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簡単に、「女性天皇」とはいうが、
ことは、そんな簡単なことではない。

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 「皇室典範に関する有識者会議」なるものが、中間報告を出した(05年6月)。それによれ
ば、皇位継承について、(1)国民の理解と支持を得られるもの、(2)伝統を踏まえたものであ
ること、(3)制度として安定したものであること、という条件つきで、おおむね女性天皇を認める
という方向に沿って、結論が出されつつあるようだ。

 わかりやすく言えば、現在の平成天皇がなくなれば、皇太子の浩宮が天皇に即位する。そし
てその浩宮がなくなれば、つづいて、愛子さんが、女性天皇に即位することになる。

 が、これで問題が解決するわけではない。ここで別の問題が起きる。

 その愛子さんが結婚した相手、つまり夫は、どうなるかという問題。さらに愛子さんとその夫と
の間にできた子どもは、どうなるかという問題もある。愛子さんを、「天皇」と呼ぶなら、愛子さ
んの夫は、何と呼べばよいのか。

 さらに、愛子さんがまだ子どもをもうけない間に、愛子さんがなくなったばあいは、どうなるの
か。愛子さんと、愛子さんの夫の間に、男子が生まれたとする。世間の人は、その男子が、皇
位を継承することになると考えるかもしれない。しかしことは、そんな単純ではない。

 しかし過去の例をみても、女性天皇から生まれた子どもが、皇位を継承した例は、一例もな
い。つまり女性天皇は、あくまでも、「引き継ぎ天皇」としての地位しかない。

 さらに今、ここで、女性天皇を認めてしまうと、今後、第一子が、女子、第二子が、男子という
ばあいには、どうなるのかという問題も生まれる。一番先に生まれた子どもを天皇にするという
ことになると、これから先、約50%の確率で、女性天皇が生まれることになる。

 一般庶民の家庭であれば、「家を継ぎたいものがいれば、そいつが継げ」「継ぎたいものが
いなければ、それでもかまわない」ということになる。が、天皇家では、そういうわけにはいかな
いらしい。

 そこで以前には、似たようなケースでは、天皇家から離脱した近い親類、つまり旧宮家の中
から、男子を養子縁組させて、その男子を天皇にするという方法もとられたこともある。男系男
子天皇にこだわれば、そういう方法も、ないわけではない。

 が、何といっても、最大の問題は、皇位継承権者の(意思)は、どうなのかということ。これか
ら先、皇位継承権者でありながら、ひょっとしたら、「私は天皇になりたくない」「ぼくは皇室にい
たくない」という人が、現れるかもしれない。

 今回の有識者会議でも、そうした天皇個人の意思の問題については、一言も、議論されなか
ったようだ。皇位継承権者は、当然、天皇になるべき、そのほかの道はないという前提で、議
論ばかりが先に進んでいる。

 となると、天皇自身の人間としての人権はどうなるかという問題が生まれてくる。さらにそれに
信仰の自由はどうなるのか、言論の自由はどうなるのかという問題も起きてくる。いくら天皇で
も、信仰の自由はあるだろう。言論の自由はあるだろう。さらに職業選択の自由はあるだろう。

 まだ、問題は、つづく。これから先、つぎのような問題も起きてくるかもしれない。

 たとえば第一子で生まれた皇位継承権者が、「私は天皇には向いていない。一庶民としてふ
つうの生活をしてみたい。ついては、皇位継承権を、妹に譲る」と言ったときは、どうなるのか。

 だいたいにおいて、制度の中で、皇位継承権者に対して、その意思を確認する場所と機会が
ないというのは、おかしい。「あなた様は、皇位継承権者です。ついては、次期、天皇に即位し
てもらうことになりますが、それでよろしいでしょうか。たいへんな重責です。なっていただけま
すか」と、一度は、その意思を確認してもよいのではないだろうか。

 皇位継承権者が、天皇に即位するのは当然と、あまりにもみな、当たり前のこととして、考え
すぎているのではないだろうか。もしそうなら、天皇がもつ、1人の人間としての人権は、どうな
るのか。

 皇位継承権の問題は、考えれば考えるほど、頭の中が混乱してくる。有識者会議でも、「皇
位」だの、「皇統」だの、私たちではよくわからない言葉が、使われている。「女性は皇位の継
承者にはなりえても、皇統の継承者には、なりえない」と主張する学者もいる。(しかし皇位と皇
統とはどうちがうのか? 素人の私には、よくわからない。)

 繰りかえすが、「愛子さんが、ゆくゆくは、女性天皇になれば、それでいいではないか」という
ふうに、簡単に考えている人も多いかもしれない。が、そうは単純な問題ではないということ。
それがわかってほしかった。
(はやし浩司 女性天皇 男系男子天皇 皇位継承 皇位継承問題)


●量的緩和

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日銀が、市中にバラまいているお金は、
一体、どこへ消えてしまうのか。

04年度だけでも、日銀は、30〜35
兆円ものお金を、バラまいた。

国民1人あたり、30万円のお金だぞ!

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 量的緩和……経済界のモルヒネとも呼ばれている。「イミダス」(04年度版)によれば、量的
緩和というのは、おおむね、こういうことだそうだ。

 現在、日銀から、各銀行への貸し出し金利は、ほぼゼロになっている。つまり利息は、ゼロ。
銀行は、日銀から、言うなれば、タダでお金を借りられる。

 しかし日銀が、いくらお金を借りてくれといっても、肝心の銀行にしてみれば、この不景気で、
貸し出し先が見つからない。

 そこで日銀は、一応上限を決めて、お金を市中にバラまくことにした。そうすることによって、
銀行の貸し渋りを減らそうとした。これがわかりやすく言えば、「量的緩和」政策である(以上、
「イミダス」)。

 当初は、その上限は、5兆円だった。しかし04年度には、それが30〜35兆円にまでふくれ
あがった。

 が、そのお金は、どこへ回ったのか? どこへ消えてしまったのか?

 この謎は、企業側で考えてみると、わかる。

 ある日、取り引き先の銀行マンがやってきて、こう言った。「今ね、お金を借りてくれるなら、
金利は、ほとんどゼロにしますよ。いかがですか?」と。

 企業の社長は喜んだ。何といっても、重い借金で苦しんでいた。そこで企業の社長は、とりあ
えず1億円を借りた。

 本来なら、この1億円を使って、設備を新しくしたり、企業を拡張しなければならない。しかし
その社長は、その1億円を、今までの借金の返済にあてた。つまり1億円が、そっくりそのまま
銀行に戻されることになる。

 が、銀行としても、困る。せっかく貸した1億円が、そのまま、銀行に戻ってきてしまう。

 そこで銀行としては、もっとも安全な、国債を買うしか、使い道がないということになる。いくら
金利がゼロといっても、手元に現金を置いておいてもしかたない。

 こうして現在、銀行や、生命保険会社、郵便貯金などの金融機関が、国債の、何と70%近く
を保有するようになってしまった。

 はっきり言えば、こうした金融機関は、笑いが止まらないだろう。何と言っても、ただで日銀か
らお金を借りて、そのお金で、利息つきの国債を買うのだから……。遊んでいても、寝ていて
も、自動的にお金がふところに入ってくる。

 05年、各都市銀行が、空前の利益にわきたっているのは、そのためと考えてよい。しかしそ
のツケは、結局は、国民の私たちが支払うことになる。

 こうしてたまりにたまった、日本の債務残高は、04年度にくらべて、80兆円もふえて、何と、
781兆円にまで、なってしまった。(地方自治体などの借金も含めると、1000兆円以上!)

 わかりやすく言えば、国(=日銀)は、借金に借金を重ねて、金融機関に、タダでお金をあげ
つづけているということ。しかも金利さえ満足に払えなくなってしまったため、今度は「借款債(し
ゃっかんさい)」まで発行するようになった。つまり利息を払うための、国債である。その額だけ
でも、驚くなかれ、100兆円!

 では、どうするか?

 それが06年度の大問題ということになる。こうしたバカげた量的緩和策をつづけるか、それ
ともやめるか。

 もう1つの選択肢として、現在のような超々低金利政策をやめて、金利をあげるという方法が
ある。そうすれば、庶民にしてみれば、ささやかながらも、銀行に預けたお金に利息がつき、ふ
ところが豊かになる。が、しかしそれをすれば、そのとたん、企業がもつ不良債権がふえ、金融
機関は、今度は反対にぼう大な借金苦にあえぐことになる。

 つまりは、どちらを選ぶかという問題になる。このまま量的緩和策をつづけて、つまり、モルヒ
ネを打ちつづけて、金融機関をもうけさせるか、それとも庶民のふところを豊かにして、そちら
の方面から景気を刺激するか。

 その究極の選択が、今、迫られている。それが06年度の最大の課題ということにもなる。
(はやし浩司 量的緩和 ゼロ金利政策)


●韓国のK国化

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韓国のK国化。
そのため、韓国、K国、そして中国に
よる日本包囲網は、ますます強固なも
のになる。

どこへ行く、韓国。
そして06年の日本は……?

+++++++++++++++++

 06年、韓国は、ますますK国化する。反日、反米の裏がえしとして、この傾向は強まることは
あっても、弱まることはない。

 韓国の世論調査によれば、つぎのようである(05年4月実施・読売新聞報道)。

 韓国民が、安全保障上、もっとも脅威を感ずる国は、どこかという質問に対して、

 1位……日本、  37・1%
 2位……K国、  28・6%
 3位……アメリカ、18・5%
 4位……中国、  11・9%

 つまり韓国民にとって、今そこにある最大の脅威は、K国ではなく、この日本というわけであ
る。そしてそのあおりを受けて、今、韓国では、反日、反米の嵐が、吹き荒れている。「親日」を
国しただけで、大学の教職を追われた教授は、いくらでもいる。戦時中、日本軍に協力したと
いうだけで、要職を追われた経済人となると、もっと多い。一連のこうした動きを、韓国では、
「過去清算」(運動)と呼んでいる。

 何ゆえに、こうまで韓国では、反日感情が盛りあがっているのか? また現在のN大統領
は、何ゆえに、こうまで過去にこだわっているのか?

 その理由の第一は、戦前の植民地時代に、「日本ごときに、国を蹂躙(じゅうりん)された」と
いう悔しさ。つぎにその日本に対して、「自分たちの力で、独立を勝ち取れなかった」という悔し
さ。この二つが、生活が豊かになると同時に、韓国民の間で、悶々とした閉塞感となって具現
化した。

 私が交換留学生として、韓国にいたときですら、当時の韓国の学生たちは、みな、こう言って
いた。1968年当時のことである。

 「日本は、朝鮮動乱で、金をもうけた」
 「日本は、ベトナム戦争で、金をもうけている」と。

 ときはベトナム戦争、真っ最中のころ。「韓国は兵隊を送っているが、日本は戦争で、金もう
けをしている」と言った学生もいた。さらに、「もし日本の敗戦があと1週間遅れていたら、38度
線は、対馬海峡に引かれていただろう」「ソビエトは、北海道と九州を、占領していただろう」と。

 つまり朝鮮半島が現在の南北に分断されたのは、日本やアメリカのせいというわけである。
こうした被害者意識が、その後も脈々と、韓国民の底流を流れている。

 こうした流れを受けて、表面的な結束力はともかくも、K国の各開発問題を論ずる6か国協議
は、ますます形骸化する。韓国民の中には、「K国に核兵器があれば、南北統一後の朝鮮半
島にとって、有利」という考えている人が多い。N大統領自身でさえも、「K国が核開発をするの
には、一理ある」と発言している。

 かたや中国だが、K国の中国化を、着々と進めている。中国のねらいは、ズバリ、K国の鉱
物資源。ゆくゆくは、K国を中国の経済圏の中に、がっちりと組みこもうとしている。すでにK国
を、中国の「南吉林省」と位置づけ始めている政治学者もいる。

 あやうし、日本!

 さあ、どうする、日本!

 06年の終わりごろには、韓国は、米韓軍事同盟からの離脱を宣言するかもしれない。と、同
時に、中国、K国と、3国軍事同盟を結び、日本の包囲網を構築するかもしれない。もしそうな
れば、日本は、この極東アジアから完全に孤立することになる。

 いくら日本が平和主義を唱えても、いくら日本が反戦の誓いとやらをしても、戦争は、向こう
から飛びこんでくる。06年以後の日本は、そういう状況に置かれる。


●少子、高齢化問題

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退職後は、のんびりと、老後生活を楽しみたい……
と思うのは、その人の勝手だが、それをよいことに、
何もしない、いわゆるヒマ老人が、多い。あまりにも
多い!

年金といっても、天から降ってくるわけではない。
みんな、われわれの血税なのだ。

ヒマ老人たちよ、その時間と労力を、もう少し、
社会に還元したらどうか? そういう努力を、して
みたらどうか?

このままでは、ヒマ老人たちは、ますます社会の
粗大ゴミになってしまうぞ!

+++++++++++++++++++++

 現在、日本が支出している、社会保障給付金は、03年度でみても、約84兆2700億円!

 社会保障給付金というのは、医療、福祉、年金などの社会福祉分野で支払われる給付金の
総額をいう。

 そのうち「高齢者に支払われた年金、老人保健(医療分)、老人福祉サービスなどの給付金
の合計は、約59兆3200億円。全体の70・4%を占める。前年の69・9%からさらに拡大し、
はじめて7割を超えた」(「日本の論点」'06年度版)と。

 一方、これに対して、「03年度の児童、家族関係給付費(児童手当、児童福祉サービス、育
児休業給付、出産関係費)は、約3兆1600億円」(同)だそうだ。全体でみると、たったの3・
8%!

 つまり政府が、公的保険として支払う給付金の、70%を老人たちが使い、たったの3・8%だ
けが、児童手当などに使われているにすぎないということになる。

 といっても、ヒマ老人と呼ばれる老人たちは、一部の恵まれた老人たちである。わかりやすく
言えば、元官僚、元公務員の人たちだけ。たいはんの老人たちは、スズメの涙ほどの小額の
年金で、細々と、生計を営んでいる。

 しかしこんなバカげた公的保険制度を維持している国が、ほかに、どこにあるか。一例をあ
げて、考えてみよう。

 私がこの浜松市に移り住んだころ、浜松市の南東に、国鉄の車両検査場があった。今でも
ある。

 その職場では、毎日、5時ごろになると、こんな珍現象が起きていた。その職場で働く職員た
ちが、門の向こうで、門が開くのを集団になって待っているのである。その数は、100〜200
人。もっと多かったかもしれない。

 そして5時のサイレンとともに、門が開く。と、同時に、職員たちが、いっせいに、門を出て、家
路につく。

 その中の1人が、こんな話をしてくれた。「国鉄では、午前、1仕事。午後、1仕事と決まって
いる」と。

 「1仕事」というのは、車両1列車分の仕事ということだそうだ。その人は、ハンマーで、車輪を
たたいて回る仕事を受けもっていた。当時の新幹線は、1列車12車両ではなかったか(?)。
現在は、16車両だが、仮に16車両だとしても、その1仕事は、「30〜40分程度ですむ」との
ことだった。

 私が、「では、午前中に2列車入ってきたら、どうするのですか?」と聞くと、「1列車以上はし
てはならないことになっている」と。つまり余計な仕事をすると、それだけ、車両検査が、おろそ
かになるというわけである。

 しかしその計算によれば、午前、40分、午後、40分だけの仕事ということになる。そこでさら
に、私が、「そのほかの時間は、何をしているのですか?」と聞くと、「詰め所で、将棋をさした
り、タバコを吸ったりして、時間をつぶしている」と。

 が、さらに驚いたことに、その職場では、(当時の国鉄の職場では、どこも同じようなものだっ
たとあとで聞いたが)、入浴時間まで、労働時間の中に組みこまれていた。

 「4時ごろから入浴時間になっていて、5時には、仕事が終わる」と。

 その国鉄職員ばあい、退職金も、年金も、旧三公社五現業の中では、一番、よかった。それ
についても、こう説明してくれた。「国鉄だけは、退職日を、4月1日にしています。つまりほか
の職種よりも、勤労年数が、1年長くなるわけです」と。ほかの旧三公社五現業では、3月31
日をもって、退職日としていた。つまりこうして旧国鉄だけは、退職金と、それをもとにして計算
される年金を、かさあげしていた。

 そのおかげで、今でも、月額にして、30〜34万円程度の年金を、みな、受け取っている。し
かも当時は、満55歳で、定年。勤続年数よりも、年金生活年数のほうが長い人も多くなってき
た。これから先、ますます多くなる。

 結果、たまりにたまった旧国鉄債務だけでも、すでに20兆円を超えて、久しい。

 何も一人一人の旧国鉄職員の責任を追及しているわけではない。しかしこの旧国鉄職員の
(老後のあり方)の中に、日本の公的社会保障制度の欠陥の象徴を見る。

 もちろん中には、退職後も働きつづけている人もいる。何かのボランティア活動に参加してい
る人もいる。しかしたいはんは、ぜいたくな年金をよいことに、何もしないで過ごしている。退職
後、ただの一度も、仕事をしたことがないという人のほうが、多いのではないか?

 しかしこうした老人のために、70%もの給付金を使い、一方、これからの日本を支える子ど
もたちのために、たったの3・8%、とは! 私もすぐ、その老人の仲間入りをするわけだから、
本来なら、こういう制度を是認して、だまっていたほうがよい。しかしそれでは、今の若い人たち
に、あまりにも、申し訳ない。

 ちなみに、少子化の第一の理由は、経済的な理由による。「育児にお金がかかる」「学費に
お金がかかる」と。

 国立社会保障・人口研究所の調査(第12回出生動向基本調査)によれば、少子化の理由と
して、経済的な理由をあげている人が、

 25歳未満…… 81・0%
 25〜29歳……81・7%
 30〜34歳……75・5%、となっている。

 5年ほど前に、私は、こんな原稿(中日新聞掲載済み)を書いたことがある。

++++++++++++++++++

●大学生の親、貧乏ざかり

 少子化? 当然だ! 都会へ今、大学生を1人出すと、毎月の仕送りだけで、月平均11万7
000円(99年東京地区私大教職員組合調べ)。もちろん学費は別。が、それだけではすまな
い。

アパートを借りるだけでも、敷金だの礼金だの、あるいは保証金だので、初回に40〜50万円
はかかる。それに冷蔵庫、洗濯機などなど。パソコンは必需品だし、インターネットも常識。…
…となると、携帯電話のほかに電話も必要。入学式のスーツ一式は、これまた常識。世間は
子どもをもつ親から、一体、いくらふんだくったら気がすむのだ! 

 そんなわけで昔は、「子ども育ち盛り、親、貧乏盛り」と言ったが、今は、「子ども大学生、親、
貧乏盛り」と言う。大学生を二人かかえたら、たいていの家計はパンクする。

 一方、アメリカでもオーストラリアでも、親のスネをかじって大学へ通う子どもなど、さがさなけ
ればならないほど、少ない。たいていは奨学金を得て、大学へ通う。企業も税法上の控除制度
があり、「どうせ税金に取られるなら」と、奨学金をどんどん提供する。しかも、だ。日本の対G
NP比における、国の教育費は、世界と比較してもダントツに少ない。

欧米各国が、7〜9%(スウェーデン9・0、カナダ8・2、アメリカ6・8%)。日本はこの10年間、
毎年4・5%前後で推移している。

大学進学率が高いにもかかわらず、対GNP比で少ないということは、それだけ親の負担が大
きいということ。日本政府は、あのN銀行という一銀行の救済のためだけに、4兆円近い大金
を使った。それだけのお金があれば、全国200万人の大学生に、一人当たり200万円ずつ
の奨学金を渡せる!

 が、日本人はこういう現実を見せつけられても、誰(だれ)も文句を言わない。教育というのは
そういうものだと、思い込まされている。いや、その前に日本人の「お上」への隷属意識は、世
界に名だたるもの。戦国時代の昔から、そういう意識を徹底的に叩(たた)き込まれている。い
まだに封建時代の圧制暴君たちが、美化され、大河ドラマとして放映されている! 日本人の
この後進性は、一体どこからくるのか。親は親で、教育といいながら、その教育を、あくまでも
個人的利益の追求の場と位置づけている。

 世間は世間で、「あなたの子どもが得をするのだから、その負担はあなたがすべきだ」と考え
ている。だから隣人が子どもの学費で四苦八苦していても、誰も同情しない。こういう冷淡さが
積もりに積もって、その負担は結局は、子どもをもつ親のところに集中する。

 日本の教育制度は、欧米に比べて、30年はおくれている。その意識となると、50年はおくれ
ている。かつてジョン・レノンが来日したとき、彼はこう言った。「こんなところで、子どもを育てた
くない!」と。「こんなところ」というのは、この日本のことをいう。

彼には彼なりの思いがいろいろあって、そう言ったのだろう。が、それからほぼ30年。この状
態はいまだに変わっていない。もしジョン・レノンが生きていたら、きっとこう叫ぶに違いない。
「こんなところで、孫を育てたくない」と。

 私も3人の子どもをもっているが、そのまた子ども、つまりこれから生まれてくるであろう孫の
ことを思うと、気が重くなる。日本の少子化は、あくまでもその結果でしかない。
(はやし浩司 少子化 少子高齢化 少子化の問題)


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(948)

●情報と思考

++++++++++++++++++++

情報と思考は、別。
もの知りな子どもイコール、頭がよいということ
にはならない。

たとえば掛け算の九九をペラペラと言ったからと
いって、その子どもは、頭がよい子どもとは言わない。
いわんや、算数ができる子どもとは、言わない。

++++++++++++++++++++

 もちろんテレビ番組の影響だが、子どもたちの世界でも、「IQサプリ」「知能サプリ」という言葉
が、日常的に使われるようになった。昔でいう、「トンチ」、あるいは「ダジャレ」と考えればよい。
いわゆる、脳みその体操のようなものだが、英語でいう、クイズとか、リドルも、それに含まれ
る。

 かたくなった脳みそを刺激するには、よい。体でいえば、今まで使ったことのない筋肉を動か
すようなもの。しかし誤解してはいけないのは、そういうことができるからといって、頭がよいと
いうことには、ならない。またそういう問題で訓練をしたからといって、頭がよくなるということで
もない。頭のよさは、論理性と分析力によって決まる。もっと言えば、論理性と分析力は、一
応、ひらめき思考とは、区別して考える。

 そのことは、子どもの世界を見ていると、よくわかる。

 中に、つぎからつぎへと、パッパッと、言動が変化していく子どもがいる。言うことなすこと、ま
さに天衣無縫。ひらめきというか、勘がよいから、何かクイズのようなものを出したりすると、そ
の場でスイスイと解いてみせたりする。

 が、そういう子どもが頭がよいかというと、そういうことはない。トンチや、ダジャレがうまい子
どもイコール、頭がよいということではない。(もちろん中には、その両者をかね備えた子どもも
いるが……。)

 むしろ現実には、いわゆる頭のよい子どもというのは、静かで、落ちついている。どっしりとし
ている。私はよく、『子どもの頭のよさは、目つきを見て判断したらいい』と言う。このタイプの子
どもは、目つきが鋭い。何か問題を出しても、食い入るようにそれをじっと見つめる。

 もちろんこのタイプの子どもは、知能サプリ的な問題でも、スイスイと解くことができる。が、そ
の解き方も、論理的。理由を聞くと、ちゃんとした説明が返ってくる。

 で、私も、そういった番組を、ときどき見る。たまたま昨日(11・19)は、こんな問題が出され
ていた(「IQサプリ」)。

 四角い紙の真中に、小さい文字で、「つ」と書いてある。これを「失格」とするなら、「合格」は、
どんな紙に、どう書けばよいか、と。

 四角い紙の真中に「つ」が書いてあるから、「四角の中に、つ」、だから、「し(つ)かく」と。

 この方法で、「合格」を表現しようとすると、五角形の中に、「う」を書けばよいということにな
る。「五角形の中に、(う)だから、ご(う)かく」と。

 「なるほど」と思いたいが、しかし、これは論理の問題というよりは、まさにダジャレ。こうした
問題が、論理性と結びつくためには、そこに法則性がなければならない。が、その法則性は、
どこにもない。その法則性がないから、こうした問題には、発展性がない。もちろん実益もな
い。

 たとえばこうした問題を土台にして、(形)と(最小の文字)で、言葉を表現できるようにすれ
ば、それが論理性ということになる。

 三角と、(あ)で、「錯覚」
 四角と、(い)で、「鹿」
 五角と、(う)で、「誤解」とかなど。(少し苦しいかな……。)

 つまり、ダジャレは、どこまでもダジャレ。が、それよりも恐ろしいと思うのは、こうした意味の
ないダジャレが、いくら娯楽番組とはいえ、全国津々浦々に、放送されているということ。その
ために、日本人の何割かが、くだらないダジャレにつきあい、時間をムダにする。言いかえる
と、それまでの巨大メディアを使ってまで、こんなことを全国に知らせしめる必要があるのかと
いうこと。

 ケバケバしい舞台。チャラチャラした出演者たち。その出演者たちが、意味もなく、ギャーギ
ャーと騒いだり、笑ったりしている。知恵をみがく番組というのなら、それなりに知性を感ずる番
組でなければならない。が、おかしなことに、その知性を感じない。

私は、今の今も、多くの子どもたちを見ている。そういう子どもたちと比較しても、この種の番組
は、質というか、レベルが、2つも、3つも低い。つまりそれが、こうした番組のもつ限界というこ
とになる。

【補足】

●情報と思考力

 もの知りイコール、賢い人ということにはならない。つまりその人がもつ情報量と、賢さは、必
ずしも一致しない。たとえば幼稚園児が、掛け算の九九をペラペラと口にしたからといって、そ
の子どもは、頭のよい子ということにはならない。もちろん算数のできる子ということにはならな
い。

 しかし長い間、この日本では、もの知りな子どもイコール、優秀な子と考えられてきた。受験
勉強の内容そのものが、そうなっていた。一昔前までは、受験勉強といえば、明けても暮れて
も暗記、暗記また暗記の連続だった。

 さらにそれで勉強がよくできるからといって、人格的にすぐれた人物ということにはならない。
もっとわかりやすく言えば、有名大学を出たからとって、人格的にすぐれた人物ということには
ならない。

 しかし私が子どものころは、そうではなかった。学級委員と言えば、勉強がよくできる子ども
から選ばれたりした。勉強のできない子どもが、まれに学級委員に選ばれたりすると、先生
が、その選挙のやりなおしを命じたりしていた。

 話がそれたが、その子どものもつ情報量と、その子どもがもつ思考力とは、関係はない。(も
ちろん、中には、その両方を兼ね備えている子どももいる。あるいはその両方ともに、欠ける
子どももいる。)

 そこでさらに一歩、情報と思考について、考えてみる。

 情報というのは、ただ単なる知識にすぎない。その情報が、思考と結びつくためには、その情
報を、選択→加工→連続化しなければならない。最後にその情報を、論理的に組みあわせ
て、実生活に応用していく。それが思考である。

 これをまとめると、つぎのようになる。

(1)情報量(情報そのものの量)
(2)情報の選択力(必要な情報と、そうでない情報の選択)
(3)情報の加工力(情報を別の情報に加工する力)
(4)情報の連続性(バラバラになった情報を、たがいに結びつける)
(5)情報の応用性(情報を、実用的なことに結びつける)

 (1)の情報量をベースとするなら、(2)〜(5)が、思考力の分野ということになる。

 言うなれば、「IQサプリ」にせよ、「知能サプリ」にせよ、(1)の段階だけで、停止してしまって
いる。「だからどうなの?」という部分が、まるでない。ムダだとは思わないが、しかしその繰り
かえしだけでは、意味がない。

 以前、こんな原稿を書いた(中日新聞発表済み)。情報と思考のちがいがわかってもらえれ
ば、うれしい。

++++++++++++++++++++++

知識と思考を区別せよ!

思考と情報を混同するとき 

●人間は考えるアシである

パスカルは、『人間は考えるアシである』(パンセ)と言った。『思考が人間の偉大さをなす』と
も。よく誤解されるが、「考える」ということと、頭の中の情報を加工して、外に出すというのは、
別のことである。たとえばこんな会話。

A「昼に何を食べる?」
B「スパゲティはどう?」
A「いいね。どこの店にする?」
B「今度できた、角の店はどう?」
A「ああ、あそこか。そう言えば、誰かもあの店のスパゲティはおいしいと話していたな」と。

 この中でAとBは、一見考えてものをしゃべっているようにみえるが、その実、この二人は何も
考えていない。脳の表層部分に蓄えられた情報を、条件に合わせて、会話として外に取り出し
ているにすぎない。

もう少しわかりやすい例で考えてみよう。たとえば一人の園児が掛け算の九九を、ペラペラと
言ったとする。しかしだからといって、その園児は頭がよいということにはならない。算数ができ
るということにはならない。

●考えることには苦痛がともなう

 考えるということには、ある種の苦痛がともなう。そのためたいていの人は、無意識のうちに
も、考えることを避けようとする。できるなら考えないですまそうとする。

中には考えることを他人に任せてしまう人がいる。あるカルト教団に属する信者と、こんな会話
をしたことがある。私が「あなたは指導者の話を、少しは疑ってみてはどうですか」と言ったとき
のこと。その人はこう言った。「C先生は、何万冊もの本を読んでおられる。まちがいは、ない」
と。

●人間は思考するから人間

 人間は、考えるから人間である。懸命に考えること自体に意味がある。デカルトも、『われ思
う、ゆえにわれあり』(方法序説)という有名な言葉を残している。正しいとか、まちがっていると
かいう判断は、それをすること自体、まちがっている。こんなことがあった。

ある朝幼稚園へ行くと、一人の園児が、わき目もふらずに穴を掘っていた。「何をしている
の?」と声をかけると、「石の赤ちゃんをさがしている」と。その子どもは、石は土の中から生ま
れるものだと思っていた。おとなから見れば、幼稚な行為かもしれないが、その子どもは子ども
なりに、懸命に考えて、そうしていた。つまりそれこそが、パスカルのいう「人間の偉大さ」なの
である。

●知識と思考は別のもの

 多くの親たちは、知識と思考を混同している。混同したまま、子どもに知識を身につけさせる
ことが教育だと誤解している。「ほら算数教室」「ほら英語教室」と。

それがムダだとは思わないが、しかしこういう教育観は、一方でもっと大切なものを犠牲にして
しまう。かえって子どもから考えるという習慣を奪ってしまう。もっと言えば、賢い子どもというの
は、自分で考える力のある子どもをいう。

いくら知識があっても、自分で考える力のない子どもは、賢い子どもとは言わない。頭のよし悪
しも関係ない。映画『フォレスト・ガンプ』の中でも、フォレストの母はこう言っている。「バカなこ
とをする人のことを、バカというのよ。(頭じゃないのよ)」と。ここをまちがえると、教育の柱その
ものがゆがんでくる。私はそれを心配する。

(付記)

●日本の教育の最大の欠陥は、子どもたちに考えさせないこと。明治の昔から、「詰め込み教
育」が基本になっている。さらにそのルーツと言えば、寺子屋教育であり、各宗派の本山教育
である。

つまり日本の教育は、徹底した上意下達方式のもと、知識を一方的に詰め込み、画一的な子
どもをつくるのが基本になっている。もっと言えば「従順でもの言わぬ民」づくりが基本になって
いる。

戦後、日本の教育は大きく変わったとされるが、その流れは今もそれほど変わっていない。日
本人の多くは、そういうのが教育であると思い込まされているが、それこそ世界の非常識。ロン
ドン大学の森嶋通夫名誉教授も、「日本の教育は世界で一番教え過ぎの教育である。自分で
考え、自分で判断する訓練がもっとも欠如している。自分で考え、横並びでない自己判断ので
きる人間を育てなければ、二〇五〇年の日本は本当にダメになる」(「コウとうけん」・九八年)
と警告している。

●低俗化する夜の番組

 夜のバラエティ番組を見ていると、司会者たちがペラペラと調子のよいことをしゃべっている
のがわかる。しかし彼らもまた、脳の表層部分に蓄えられた情報を、条件に合わせて、会話と
して外に取り出しているにすぎない。

一見考えているように見えるが、やはりその実、何も考えていない。思考というのは、本文にも
書いたように、それ自体、ある種の苦痛がともなう。人によっては本当に頭が痛くなることもあ
る。また考えたからといって、結論や答が出るとは限らない。そのため考えるだけでイライラし
たり、不快になったりする人もいる。だから大半の人は、考えること自体を避けようとする。

 ただ考えるといっても、浅い深いはある。さらに同じことを繰り返して考えるということもある。
私のばあいは、文を書くという方法で、できるだけ深く考えるようにしている。また文にして残す
という方法で、できるだけ同じことを繰り返し考えないようにしている。

私にとって生きるということは、考えること。考えるということは、書くこと。モンテーニュ(フラン
スの哲学者、1533〜92)も、「『考える』という言葉を聞くが、私は何か書いているときのほ
か、考えたことはない」(随想録)と書いている。ものを書くということには、そういう意味も含ま
れる。
(はやし浩司 情報と思考 考える葦 パスカル パンセ フォレスト・ガンプ)


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(949)

●心に残る人たち

 個性的な生き方をした人というのは、それなりに強く印象に残る。そしてそれを思い出す私た
ちに、何か、生きるためのヒントのようなものを与えてくれる。

 たとえば定年で退職をしたあと、山の中に山小屋を建てて、そこに移り住んだ人がいた。姉
が中学校のときに世話になった、Nという名前の学校の先生である。その人が、ことさら印象に
強く残っているのは、郷里へ帰るたびに、姉が、N先生の話をしたからではないか。

 「N先生が、畑を作って、自給自足の生活をしている」
 「半地下の貯蔵庫を作って、そこできのこの栽培をしている」
 「教え子たちを集めて、パーティを開いた」など。

 ここまで書いたところで、つぎつぎと、いろいろな人が頭の中に浮かんでは消えた。

 G社という出版社で編集長をしていた、S氏という名前の人は、がんの手術を受けたあと、一
度、元気になった。その元気になったとき、60歳になる少し前だったが、自動車の運転免許証
を手に入れた。車を買った。そしてこれは、あとから奥さんから聞いた話だが、毎週、ドライブ
を繰りかえし、なくなるまでの数年間、1年で、10万キロ近く、日本中を走りまわったという。

 またS社という、女性雑誌社に勤めていた、I氏という名前の人は、妻を病気でなくしたあと、
丸1年、南太平洋の小さな島に移り住み、そこで暮らしたという。一時は、行方不明になってし
まったということで、周囲の人たちはかなり心配した。が、1年後に、ひょっこりと、その島から
戻ってきた。そしてそのあとは、何ごともなかったかのような顔をして、10年近くも、S社の子会
社で、また、健康雑誌の編集長として活躍した。

 で、それからもう20年近くも過ぎた。山の中に山小屋を建てて住んだNという先生は、とっく
の昔に、なくなった。G社の編集長をしていたS氏も、なくなった。女性雑誌社に勤めていたI氏
は、私が知りあったとき、すでに50歳を過ぎていた。私が、25歳のときのことだった。だから
今、生きているとしても、80歳以上になっていると思う。

 I氏からは、あるときまでは、毎年、年賀状が届いた。が、それ以後、音信が途絶えた。住所
も変わった。

 そうそうG社という出版社に、Tさんという女性がいた。たいへん世話になった人である。その
Tさんは、G社を定年で退職したあとまもなく、大腸がんで、なくなってしまった。

 その葬式に出たときのこと。こんな話を聞いた。

 そのとき、私は、そのTさんにある仕事を頼んでいた。その仕事について、ある日の昼すぎ
に、電話がかかってきた。Tさんが病気だということは知っていた。が、意外と、明るい声だっ
た。Tさんは、いつものていねいな言い方で、私の頼んだ仕事ができなくなったということをわび
た。そして何度も何度も、「すみません」と言った。

 そのことを葬儀の席で、Tさんをよく知る人に話すと、その人は、こう言った。「そんなはずは
ない。Tさんが、あなたに電話をしたというときには、すでに昏睡状態だった。電話など、できる
ような状態ではなかった」と。

 おかしな話だなと、そのときは、そう思った。あるいはそういう状態のときでも、ふと、意識が
戻ることもあるそうだ。Tさんは、そういうとき、私に電話をかけてくれたのかもしれない。

 親類の人たちや、友人は別として、その生きザマが、印象に残る人もいれば、そうでない人も
いる。言うなれば、平凡は美徳だが、平凡な生活をした人は、あとに、何も残さない。だからと
いって、平凡な生活をすることが悪いというのではない。「私らしい生きザマ」とは言うが、しかし
それができる人は、幸せな人だ。

 たいていの人は、世間や家族、さらには親類などのしがらみに、がんじがらめになって、身動
きがとれないでいる。いまだに「家」を引きずっている人も、少なくない。そういう状況の中で、そ
の日、その日を、懸命に生きている。

 それにこうした個性的な生きザマを残した人にしても、私たちに何かを(残す)ために、そうし
たわけではない。私たちに何かを教えるために、そうしたわけでもない。結果として、私たち
が、勝手にそう思うだけである。

 ただ、こういうことは言える。

 それぞれの人は、それぞれの人生を懸命に生きているということ。悲しみや苦しみと戦いな
がら、懸命に生きているということ。その懸命に生きているという事実が、無数のドラマを生
み、そのドラマが、そのあとにつづく私たちに、ときに、大きな感動を残してくれるということ。

 で、かく言う私はどうなのかという問題が残る。

 ここ数か月以上、私は、「老人観察」なるものをしてきた。その結論というか、中間報告とし
て、ここで言えることは、私は、最後の最後まで、年齢など忘れて、がんばって生きてみようと
いうこと。

 ときに、「生活をコンパクトにしよう」とか、「老後や、死後に備えよう」などと考えたこともある
が、それはまちがっていた。エッセーの中で、そう書いたこともある。まだ、その迷いから完全
に抜けきったわけではないが、私は、そういう考え方を捨てた。……捨てようとしている。

 つまりそういう生きザマを、こうした人たちが、私に教えてくれているように思う。私たちはそ
の気にさえなれば、最後の最後まで、何かができる。それを教えてくれているように思う。

 N先生……私自身は一面識もないが、心の中では、いつも尊敬していた。
 S氏……そのS氏が、私にエッセーの書き方を教えてくれた。
 I氏……いっしょに健康雑誌を書いた。……I氏の実名を出してもよいだろう。I氏は、主婦と生
活社の編集長をしていた、井上清氏をいう。健康雑誌の名前は、『健康家族』という雑誌だっ
た。その名前を覚えている人も、多いと思う。

 そしてTさん。電話では、自分の病状のことは、何も言わなかった。それが今になって、私の
胸を熱くする。私は、そのTさんの葬儀には、最後の最後まで、つきあった。藤沢市の会館で葬
儀をし、そのあと、どこかの火葬場で、火葬にふされた。アメリカ軍の基地の近くで、ひっきりな
しに、飛行機の爆音が聞こえていた。私は、Tさんが火葬されている間、何度も何度も、その飛
行機を見送った。

 遠い昔のことのようでもあるし、つい先日のことのようにも思う。みなさん、私に生きる力を与
えてくれてありがとう。私も、あとにつづきます!


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●ダジャレ文化

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まず、ダジャレと思考を区別しよう。
この日本では、ダジャレが、花盛り。
そのダジャレをもって、思考と、
みな、誤解している。

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 「はやし・ひろしが、パーになったら、ぱやし・ひろし」
 「はやし・ひろしが、貧乏になったら、はやし・せまし」
 「はやし・ひろしが、かけっこで、ビリになったら、おそし・ひろし」と。

 こういうのをダジャレという。言葉の遊びの一つだが、それはたとえて言うなら、脳ミソの表面
をかけめぐる、乱信号のようなもの。脳ミソのあちこちを刺激するには、それなりに効果がある
かもしれないが、思考とは、まったく異質のもの。

 思考には、論理性と、連続性と、普遍性がなければならない。

 論理性というのは、「法則的なつながり」(広辞苑)をいう。連続性というのは、「夕日は赤い」
「赤いのは、光の屈折によるもの」「屈折は、空気中のチリが原因で起こる」というように、その
論理が、つながっていることをいう。

 突発的に、「夜は暗い」「暗いから、さみしい」「さみしいのは、心の問題」と思いつくのは、思
考ではない。論理性も連続性もないからである。

 さらに思考が思考であるためには、普遍性がなければならない。「昨日と今日とでは、言うこ
とがまるでちがう」というのは、思考ではない。また「アメリカ人と日本人とでは、言うことがまる
でちがう」というのも、そうだ。

 今、この日本では、そのダジャレ文化が、花盛り。どこもかしこも、ダジャレ一色。そう言って
も過言ではない。

 テレビのダジャレ番組に始まって、日常生活のありとあらゆる分野に、そのダジャレが、入り
こんでいる。子どもの世界、教育の世界とて、例外ではない。親も子どもも、「思考する」という
ことそのものを、放棄してしまっている。そんなようにさえ感ずる。

 そもそも、「進学率の高い学校、イコール、いい学校」という発想そのものが、ダジャレ。あと
はすべてが、このダジャレを基盤にして、成りたっている。教育も、子育ても……。よい例が、
進学塾。

 進学塾の経営者と話をしていると、どこか狂信的でさえある。そう思うのは私だけかもしれな
いが、「いい大学を卒業することだけが、幸福への道」とさえ考えているフシすら、ある。もっと
言えば、「有名大学を出た人だけが、人間」と。

 そこはまさにダジャレの世界。しかし、そのダジャレに気づく人は少ない。たとえばテレビのダ
ジャレ番組を見て、ゲラゲラ笑う。ダジャレ・クイズ番組を見て、それが思考と錯覚する。思考と
ダジャレの区別すら、できない。できないまま、さらにダジャレの世界に、溺れてしまう。

 視点を変えて、この問題を考えてみよう。

 報道の自由という言葉がある。その報道の自由について、毎年、その自由度が、ある団体か
ら発表される。「国境なき記者団」(NGO)という団体がそれだが、その団体の調査によれば、
デンマークを1位として、フィンランド、アイスランド、アイルランド、オランダ……とつづく。

 日本は、世界でも37位。あのK国は、ビリ。「(K国には)、言論らしきものが存在しない」(同
NGO)、そうだ。

 報道の自由イコール、言論の自由。言論の自由イコール、思考力ということにはならないが、
しかしこの「37位」という数字に、私たち日本人は、もう少し謙虚に、耳を傾けるべきではない
だろうか。

 たとえばテレビのダジャレ番組を見る。そこではいつも、実に軽薄そうな若い男女が、意味の
ないダジャレを飛ばしあっている。「お前、バカか?」「おれは、バカや!」と。そして相手の頭
を、何かで、ポカンとたたいてみせる。

 しかしこういうのは、報道の自由とは言わない。つまりこの日本では、意味をもたないことを、
ギャーギャーと騒ぐ自由はあるが、それは本来の、報道の自由というものとは、異質のもので
あるということ。ひるがえって、K国についての報道番組を見る。

 首都P市でも、市民たちは、それなりに会話をしているようだ。最近の報道によれば、ハンバ
ーガーショップもできたそうだ。もちろん市民が読む新聞もあれば、テレビもラジオもある。恐ら
くK国の人たちは、自分たちは、(自由な人間)と思いこんでいるにちがいない。

 だからだれかが、K国の人たちに、「あなたがたの国は、報道の自由度では、ビリですよ」と
言っても、K国の人たちは、それを信じないだろう。あるいは反対に、こう反論するかもしれな
い。

 「くだらないダジャレを報道することが、報道の自由と言うのか。それがわからなければ、日
本のバラエティ番組を見ろ。見るからに軽薄そうなタレントたちが、ギャーギャーと騒いでいる
だけではないか」と。

 同じように、今、「日本は、37位」と言われても、ピンとこない人は多いのではないだろうか。
驚くなかれ、あの韓国は、日本を抜いて、34位という。つまりこと、報道の自由に関しては、韓
国のほうが、日本より進んでいる、と!

 しかしこのことも、「思考」というレベルから考えると、納得できる。「日本人は、自ら考える国
民か?」と問われれば、答は、「ノー」ではないか。そしてその傾向は、年々、ますます強くなっ
てきている(?)。つまり日本人は、ますます考えない国民になりつつある(?)。その結果の1
つが、国境なき記者団(NGO)の発表した、「37位」という数字ということになる。

 何だか話がこみいってきたが、要するに、ダジャレは思考ではないということ。そしてそのダ
ジャレを連発することを、言論の自由とは言わないということ。今、日本そのものが、そのダジ
ャレに包まれてしまっていて、何が思考で、何が思考でないかさえも、わからなくなってしまって
いるということ。

 そこで私たちがすべきことといえば、まず、ダジャレがどういうものであるかを知り、そのダジ
ャレを、思考と区別すること。すべては、そこから始まる。さらに思考をみがくのは、そのあと、
ということになる。

 でないと、日本人は、ますます考えない国民、つまりケータイをもったサルになってしまう。
(はやし浩司 思考 思考力 ダジャレ論 ダジャレ 国境なき記者団 報道の自由 言論の自
由)


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●量的緩和

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今朝、ワイフが、「よくわからないわ」と言った。
昨日、R天の日記に書いた、「量的緩和」について、
そう言った。

「ねえ、量的緩和って、何?」と。

女性が、経済にうといということは知っていた。

だから、改めて、私は、ワイフに、こう説明した。
たまたま今朝、地元のS銀行の、05年度の
中間連結決算の記事が、新聞に載っていたこともある。

++++++++++++++++++++

私「あのな、銀行の銀行が、日銀。それはわかるか?」
ワ「それはわかるけど……」
私「ちょうどぼくたちが銀行にお金を借りに行くように、銀行は、日銀にお金を借りに行く。わか
るか?」
ワ「日銀は、銀行の親分ということね」
私「まあ、そういうこと」と。

 ところが、日銀だって、ただではお金は、貸さない。それなりの金利をつけて貸す。あるいは、
銀行にそれだけの返済能力があるかどうかを、調べる。

 ところが長引く不景気の中で、日銀は、その金利を、かぎりなくゼロにちかづけた。「ゼロ金
利政策」というのが、それ。

 つまり日銀は、銀行に対して、金利ゼロでお金を貸している。銀行にとっては、こんなおいし
い話はない。私たちの立場でいえば、ただで銀行から、お金を借りるのと同じこと。

 が、銀行だってバカではない。いくらただといっても、それなりの担保をとる。返済不能という
ことになったら、たいへん。そのまま銀行にとっては、損金ということになる。

 が、「量的緩和」というのは、日銀が、その担保も取らないで、お金を市中銀行にバラまくこと
をいう。「金利はいりません。担保もいりません。どうか、どうか、お金を自由に使ってください」
と。

ワ「日銀が、銀行にお金をあげるようなもの?」
私「いや、一応、貸すという形をとるよ。しかし担保はいらない。金利はいらない。しかし返済期
限はないから、銀行は、いつまでもそのお金を借りっぱなしにしておいても、かまわない。だか
ら、実質的には、銀行は、ただでお金をもらうようなものさ。銀行にしてみれば、こんなおいしい
話はない」と。

 仮に銀行から、金利、0・0001%で1億円を借りたとする。年間の利息は、たったの1万円。
その1億円で、豪邸を建てたとしても、毎年、金利を1万円だけ払えば、永遠にその豪邸に住
めることになる。

 その金利が、ゼロということになれば、その金利さえも、払わなくてすむということになる。しか
も担保はいらない。それが、わかりやすく言えば、「量的緩和」ということになる。

 が、当然のことながら、その「量」には、上限をつけなければいけない。上限をつけないまま、
量的緩和をすれば、日本の経済(=円)は、メチャメチャになってしまう。

 そこで日銀は、当初、5兆円という制限をもうけた。が、それが年々ふくらんで、04年度に
は、30〜35兆円にまでなった。

私「さあて、ここからが問題だ。銀行は、日銀から、ただ同然でお金をもらう。しかし自分のとこ
ろで、タンス預金をしておいてもしかたない。しかしそのまま、そのお金で、国債などを買うこと
もできない。それなりの制約があるからね」
ワ「じゃあ、どうするの?」
私「そこなんだ。そのお金を、借金で苦しむ企業のところへもっていく。そしてこう言う。『ここに
1億円ありますから、借りてくださいな。利息は、ただみたいなものですよ』と」

ワ「企業は、喜ぶわね」
私「そりゃあ、喜ぶよ。しかしね、企業は、そのお金を、設備投資などには使わない。研究開発
費などにも使わない。今までの借金を、そのお金で返す。つまり1億円が、また銀行にもどって
くるというわけ」
ワ「銀行にとっても、おいしい話ね。不良債権も、それで減るから」
私「こうしてもどってきたお金は、もう日銀から借りたお金ではない。銀行としては、そのお金を
どう使おうと、自由ということになる」

ワ「じゃあ、そのお金をどうするの?」
私「一番、安全な方法としては、国債を買うこと。国債を買っておけば、利息がつくからね。もし
日銀(国)がこけて、国債が紙くずになっても、銀行はお金を返さなくてもいい。紙くずにしたの
は、日銀だからね。その責任を逆に追及することができる。自分の責任をのがれることができ
る」
ワ「なるほどね」と。

 こうして銀行は、量的緩和でバラまかれたお金を、一度、市中へ流すことによって、自分のも
のにする。そしてそのお金で、国債を買う。あとは、これを繰りかえす。つまり、銀行は、ただで
お金を借りて、国債を買い、その金利を自分のものにする。遊んでいても、寝ていても、自動的
に、お金が自分のふところに入ることになる。

 量的緩和は、よく経済のモルヒネにたとえられる。経済の延命策としては、一時的な効果は
ある。しかしこんなことをつづけていたら、日本の経済は、メチャメチャになる。そのメチャメチ
ャになることを、今も、日銀はつづけている。

 そのおかげで(?)、銀行は、どこも空前の利益をあげている。

 地元のS銀行の例をあげて考えてみよう。その中間連結決算の報告書は、こうなっている(C
新聞・05・11・23朝刊)。

(1)S銀行、5期ぶり、増収、
(2)経常利益は、28%減、
(3)しかし有価証券利息配当金などの資産運用収益が増加し、増収の要因となった、と。

 つまり銀行としての経常利益は減ったが、有価証券(つまり国債)の利息配当金などの資産
運用収益が増加したので、結果としてみると、増収につながった、と。

 しかし忘れてならないのは、その日銀は、同時に、国債の利息さえ払えない状態に追いこま
れている。そこでその利息を払うための国債、つまり「借款債(しゃっかんさい)」を発行してい
る。その額が、とうとう100兆円を超えた。銀行は、その借款債で、うるおっているということに
なる!

私「わかりやすく説明するために、こまかい部分は、省略したよ。でも、これで量的緩和という
のが、どういうものか、わかってもらえたと思う」
ワ「結局は、銀行救済策ね」
私「そういうこと。もうすぐ、銀行マンたちにボーナスが支給されると思うけど、今までも、最高額
のボーナスをもらうことになると思うよ」
ワ「そういう形で、最終的に、お金が市中にバラまかれるのね」
私「そういうこと。まさに、調整インフレの始まりということかな。このまま行けば、06年という年
は、恐ろしい年になるよ」と。

 ゾーッとしたところで、この話は、おしまい。経済については、ど素人の説明なので、あとはみ
なさん、ご自身で、勉強してほしい。ごめん!


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司 

最前線の子育て論byはやし浩司(950)

●無知という「罪悪」

+++++++++++++++++

「私は知らなかった」では、すまされない。
それが子どもの世界。

無知は、罪悪。そう考えるのは、きびしい
ことだが、しかし親たるもの、親としての
勉強を怠ってはいけない。

+++++++++++++++++

 これだけ情報が濃密に行きかう時代になっても、その情報の外に住んでいる人たちがいる。
自ら情報の外の世界に身を置くことにより、彼らの言葉を借りるなら、「情報がもつわずらわし
さから、自分を解放するため」だ、そうだ。

 しかし無知は、今の時代にあっては、罪悪と考えてよい。「知らなかった」では、すまされな
い。とくに相手が子どものばあい、親の独断と偏見ほど、こわいものはない。症状をこじらせる
だけではなく、ばあいによっては、取りかえしのつかない状態に、子どもを追いやってしまう。

 A君という年長児の子どもがいた。自閉症と診断されたわけではないが、軽い自閉傾向があ
った。一度何かのことで、こだわりを見せると、かたいカラの中に入ってしまった。たとえば幼稚
園へ行くときも、青いズボンでないと行かないとか、幼稚園でも、決まった席でないと、すわらな
いとか、など。居間の飾り物を動かしただけで、不機嫌になることもあった。

そのA君は、虫の写真の載っているカードを大切にしていた。いろいろな種類のカードをもって
いたが、その数が、いつの間にか、400枚近くになっていた。A君は、それを並べたり、箱に入
れたりして大切にしていた。

 が、A君の母親は、それが気に入らなかった。母親は、虫が嫌いだった。また母親が、カード
の入っている箱にさわっただけで、A君は、パニック状態になってしまったりしたからである。

 そこである日、A君が幼稚園へ行っている間に、母親は、そのカードが入っている箱を、倉庫
へしまいこんでしまった。が、それを知ったA君は、そのときから、だれが見ても、それとわかる
ほど、奇異な様子を見せるようになった。

 ボーッとしていたかと思うと、ひとり、何かを思い出してニヤニヤ(あるいはニタニタ)と笑うな
ど。それに気づいて母親が、カードを倉庫から戻したときには、もう遅かった。A君は、カードに
は見向きもしなくなってしまったばかりか、反対に、そのカードを破ったり、ゴミ箱に捨てたりし
た。

 それを見て、母親は、A君を強く叱った。「捨ててはだめでしょ」とか、何とか。私が、「どうして
カードを、倉庫へしまうようなことをしたのですか?」と聞くと、A君の母親は、こう言った。「だっ
て、ほかに、まだ、100枚近くももっているのですよ。それに私がしまったのは、古いカードが
入った箱です」と。

 自閉傾向のある子どもから、その子どもが強いこだわりをもっているものを取りあげたりする
と、症状が、一気に悪化するということはよくある。が、親には、それがわからない。いつもその
ときの状態を、「最悪の状態」と考えて、無理をする。

 この無理が、さらにその子どもを、二番底、三番底へと落としていく。が、そこで悲劇が終わ
るわけではない。親自身に、「自分が子どもの症状を悪化させた」という自覚がない。ないか
ら、いくら説明しても、それが理解できない。まさに、ああ言えば、こう言う式の反論をしてくる。
人の話をじゅうぶん聞かないうちに、ペラペラと一方的に、しゃべる。

私「子どもの気持ちを確かめるべきでした」
母「ちゃんと、確かめました」
私「どうやって?」
母「私が、こんな古いカードは、捨てようねと言いましたら、そのときは、ウンと言っていました」

私「子どもは、そのときの雰囲気で、『うん』と言うかもしれませんが、本当に納得したわけでは
ないかもしれません」
母「しかし、たかがカードでしょう。いくらでも売っていますよ」
私「おとなには、ただのカードでも、子どもには、そうではありません」
母「気なんてものは、もちようです。すぐカードのことは忘れると思います」と。

 私の立場では、診断名を口にすることはできない。そのときの(状態)をみて、「ではどうすれ
ばいいか」、それを考える。しかしA君の症状は、そのとき、すでにかなりこじれてしまってい
た。

 ……こうした親の無知が、子どもを、二番底、三番底へ落としていくということは、よくある。心
の問題でも多いが、学習の問題となると、さらに多い。少しでも成績が上向いてくると、たいて
いの親は、「もっと」とか、「さらに」とか言って、無理をする。

 この無理がある日突然、限界へくる。とたん、子どもは、燃えつきてしまったり、無気力になっ
てしまったりする。印象に残っている子どもに、S君(小2男児)という子どもがいた。

 S君は、毎日、学校から帰ってくると、1〜2時間も書き取りをした。祖母はそれを見て喜んで
いたが、私は、会うたびに、こう言った。「小学2年生の子どもに、そんなことをさせてはいけな
い。それはあるべき子どもの姿ではない」と。

 しかし祖母は、さらにそれに拍車をかけた。漢字の学習のみならず、いろいろなワークブック
も、させるようになった。とたん、はげしいチックが目の周辺に現われた。眼科で見てもらうと、
ドクターはこう言ったという。「無理な学習が原因だから、塾など、すぐやめさせなさい」と。

 そのドクターの言ったことは正しいが、突然、すべてをやめてしまったのは、まずかった。そ
れまでS君は、国語と算数の学習塾のほか、ピアノ教室と水泳教室に通っていた。それらすべ
てをやめてしまった。(本来なら、子どもの様子を見ながら、少しずつ減らすのがよい。)

 異常なまでの無気力症状が、S君に現われたのは、その直後からだった。S君は、笑うことも
しなくなってしまった。毎日、ただぼんやりとしているだけ。学校から帰ってきても、家族と、会話
さえしなくなってしまった。

 祖母から相談があったのは、そのあとのことだった。しかしこうなると、私にできることはもう
何もない。「もとのように、戻してほしい」と、祖母は言ったが、もとに戻るまでに、3年とか4年
はかかる。その間、祖母がじっとがまんしているとは、とても思えなかった。よくあるケースとし
ては、少しよくなりかけると、また無理を重ねるケース。こうしてさらに、子どもは、二番底、三番
底へと落ちていく。だから、私は指導を断った。

 子どもの世界では、無知は罪悪。そうそう、こんなケースも多い。

 進学塾に、特訓教室というのがある。メチャメチャハードな学習を子どもに強いて、子どもの
学力をあげようというのが、それ。ちゃんと子どもの心理を知りつくした指導者がそれをするな
らまだしも、20代、30代の若い教師が、それをするから、恐ろしい。ばあいによっては、子ど
もの心を破壊してしまうことにもなりかねない。とくに、学年が低い子どもほど、危険である。

 テストを重ねて、順位を出し、偏差値で、子どもを追いまくるなどという指導が、本当に指導な
のか。指導といってよいのか。世の親たちも、ほんの少しだけでよいから、自分の理性に照ら
しあわせて考えてみたらよい。つまり、これも、ここでいう無知の1つということになる。

 たいへんきびしいことを書いてしまったが、無知は、まさに罪悪。親として、それくらいの覚悟
をもつことは、必要なことではないか。今、あまりにも無知、無自覚な親が、多すぎると思うので
……。


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●去年の予測を読みなおす

++++++++++++++++

過去の人がした、未来の予測を
読むのは、それなりに楽しい。

当たるも予測、当たらぬも予測。

++++++++++++++++

 私は昨年(04)の終わり、文藝春秋社が発刊した、「日本の論点」(2005)を買った。値段
は、2667円+消費税。

 で、改めてその本を読みなおしてみる。その中で、いろいろな識者たちが、2005年がどうい
う年になるかを予測している。改めて読みなおすのは、彼らが言ったことが、当たっているかど
うかを、知るためである。

 (少し、意地悪な読み方だと、自分でも、わかっているが……。)

 で、当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦とはいうが、当たるも予測、当たらぬも予測。とく
に国際問題や経済問題については、そうである。しかし完全に当たっているというケースも少な
いが、完全にハズレているケースも、少ない。みなさん、それぞれが、微妙な言い回しで、逃げ
道をつくっている。

 それを読みながら、「うむ、文章というのは、こういうふうに書くものか……」と、へんに感心し
たりする。一番わかりやすい例としては、「景気回復」がある。

 「日本の論点」(05)によれば、05年度中に、

(1)気がつけば人手不足の時代が到来する……河野R太郎
(2)税や年金の負担増で、冷え込みは必至……上野Y也

 ……となる予定だった。どちらが正しかったのかは、いまだ、よくわからない。ダラダラとした
状態のみが、今もつづいているといった感じ。

 さらに国際政治については、大きく分けて、(1)二大政党時代になるという意見と、(2)一
億、総保守化になるという意見があった。結果としてみると、小泉政権の圧勝で、(2)の一億、
総保守化になったとみるべきか。

 「?」と思う意見もないわけではない。最右翼の論者として知られている、西B進氏は、「戦後
日本の思想の乱れを糾す」と題して、その結論部分で、こう書いている。

 いわく、「幸か不幸か、アメリカ派の左翼思想は、世界を破壊しかねない勢いで、大失態をさ
らしている。ましてやわが国における親米保守などという分裂した精神は、悪臭を放ちつつ、解
体に向っている。

 これから必要になるのは、自国の歴史的英知を想起しつつ、また西欧の保守的姿勢を参考
にしつつ、保守思想の何たるかを状況の中で、一つひとつ具体化していくことであろう」と。

 幸か不幸か、私には、西B氏が、何を言わんとしているのか、さっぱり理解できない。その西
B氏は、「日本の論点」(06)の中でも、こう書いている。

 「憲法前文の本質は、米帝による米定の日本国抹消案」と。

 私は自分では、左翼系だとは思っていないが、こうした極端な右翼思想に触れると、「左翼か
なあ……?」と思ってしまう。いまどき、「米帝(=アメリカ帝国主義)」などという言葉を使うの
は、アフリカでも、一部の共産主義者たちだけとばかり思っていた。

 が、少なくとも、西B氏が予測した、05年においては、「日本の親米保守などという分裂した
精神が、悪臭を放ちつつ、解体に向う」という意見は、完全にハズレ! 今の小泉首相がこれ
を読んだら、どう思うだろう。きっと笑いだすにちがいない。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●デジカメを買う

 今まで愛用していたデジカメを、長男に渡す。「もらってくれるか?」と言うと、「いいよ」と。

 これで私は新しいカメラを買うことができることになった。ワイフに相談すると、「しかたないわ
ねえ」と。ハハハ。

 今までC社のカメラを使っていたが、動画にすると画面が暗くなってしまう。そこで今度は、P
社のカメラにした。ブレ防止機能つきだそうだ。

 パソコンショップの帰り道、車の中で、あれこれ試してみる。わざとカメラを揺らして、車内の
様子を取ってみる。が、驚いた。本当にブレない! 1季節前の製品ということで、3万6000
円弱(税込み)にしてくれた。

 機種は、P社のLUMIX−8。これからしばらく、つきあうことになる。そうそう店の若い男がこ
う言った。「5%、お金を出してくれたら、3年保証にしますが」と。で、私はこう言った。「これか
ら使いまくって、1年で、故障させますから、安心してください」と。

 その若い男は笑っていた。私も笑った。ワイフも笑った。今夜、一晩だけは、ピカピカにみが
いて、枕元に置いて寝るつもり。


●おしゃべりの女性

 女性はおしゃべりと、よく言われる。それは女性のばあい、右脳の中にも、言語中枢がある
からだという説がある。つまり女性は、左脳と右脳の両方に、言語中枢をもっている。だからよ
くしゃべる。よく知られたタレントに、黒YT子という人がいる。あの人のしゃべり方を、思い浮か
べればよい。

 ただ注意しなければならないのは、ADHD児でも、女子や女児のばあいは、多動性よりも、
多弁性のほうが、強く症状として、表に出る。女子や女児で、間断なく、しゃべりつづけるという
のであれば、一応、ADHD児を疑ってみる。このタイプの子どもは、軽いことを、ペラペラとよく
しゃべる。またいくら制止しても、効果はその場だけ。数秒〜10数秒もすると、しゃべりだす。

 ADHD児は別として、女性のおしゃべりには、いくつかの特徴がある。

(1)相手の言うことを聞かない。
(2)自分勝手なことを、しゃべりつづける。
(3)一見、反応が速い。
(4)言っている内容が、浅い。
(5)同じことを、繰りかえし言う。

 このタイプの女性と話をしていると、うるさくてならない。まだこちらがじゅうぶん説明し終わら
ないうちに、先回りして、ペラペラとしゃべり始める。そのため、早合点、早トチリが多い。

 こちらの言っていることが、卓球のときのピンポン玉のように、ポンポンと、はねかえされてし
まうこともある。ああ言えばこう言う式の反論をしてくることもある。だからこちらは、「そうじゃ、
ないんだけどなあ……」と思いつつ、会話をつづけることが多い。

 ときどき、「ちょっと、私の意見も聞いてください」と言ってみることもある。が、効果はない。
「はいはい、聞いています。どんなことですか。私のことですか。それともあなたのことですか」と
言ったりする。

 よく観察すると、目つきがフワフワしていて、落ちつきがないのがわかる。つまりそれだけ思
考力が低下していることを示す。ある哲学者は、こう言った。『沈黙の価値のわからないもの
は、しゃべるな』と。『沈黙は、金』という格言もある。

 ……と書いたところで、私は、以前、同じテーマで、同じことを書いたことに気づいた。その原
稿をさがしてみた。それをここに添付する。

+++++++++++++++++++++++

●考える人vs考えない人

 やたらと反応ばかりはやくて、何も考えない人がいる。他人の話をほとんど聞かない。何か話
しかけると、すぐ会話をさえぎってきて、自分の意見をペラペラと言う。

 数日前に会った、女性がそうだ。近くに住む人で、同居している義母の相談にのってほしいと
いうから、会った。

 しかしその女性。1時間ほど会ったが、そのうちの50分は、しゃべりつづけていた。一方的
に、しゃべるだけ。しかもときどき、同じ話を繰りかえす。

 人の話を聞かないというのは、それだけ、思考力が低下しているということを意味する。だか
ら相手をする私のほうも、不安になる。こちらの話していることが、相手の心の中にしみこんで
いかない。だから何を考えているか、ときどきわからなくなる。

 たとえて言うなら、脳ミソ全体が、ポリ袋か何かで、シールドされているよう。だから相手に合
わせて、こちらも、同じ話を繰りかえしてしまう。

 で、結果的にみると、「相談」ということだったが、私は、相手のグチを聞いただけ。私は、そ
の女性の話を聞きながら、その女性の脳ミソはいったい、どうなっているのか、そちらのほうに
興味をもつようになった。

 言い忘れたが、年齢は、65歳くらい。私より、7、8歳、年上だと思う。

 ここにも書いたように、その女性は、よくしゃべる。間断なくしゃべる。しかし言っている内容
が、浅い。

 たとえばこうだ。

 私は「(義母の方も)、それほど長生きはできないでしょう。あと4、5年もすれば、事情も変わ
ってきますよ」と言いたくて、そう言おうとする。すると、こんな会話になってしまう。

私「それほど長生きはできないでしょう……」
女「そんなこと、ありません。ピンピンしています。近所の仲間と、毎週のようにゲートボールを
したり、買い物にでかけたりしています」と。

 脳ミソの表面に飛来する情報を、そのつど、ペラペラと音声にかえているだけといったふう。
私は、しばらくすると、これも、ボケ症状の一つではないかと気がついた。

 よくしゃべるから、ボケていないということはない。私の知っている老人だが、頭はすっかりボ
ケてしまっているが、よくしゃべる。本当に、よくしゃべる。

 が、言っている内容が、浅い。浅いというよりは、考えてからものをしゃべるという雰囲気その
ものがない。要するに、何も考えていない。

 つまり、理解力がない。もっと言えば、話し方そのものが、きわめて自己中心的。自分の言い
たいことだけを一方的に、話しつづけるだけ。もちろんその女性は、自分が、ボケているなどと
は思っていない。むしろ、自分は、しっかりとした女性だと思っているらしい。

 ……ということで、その女性とは別れたが、あと味の悪さだけが残った。

 これはこのタイプの人と会ったあとによく感ずる、あと味の悪さである。

 たとえば知的な人と、高度に専門的な話をして、たがいにわかりあえたときの快感には、格
別なものがある。しかしその反対に、自分自身のレベルを、さげて、その人と話すときには、自
分自身が、愚かな人間になったように感ずる。

 使う言葉も、それなりにレベルが低くなる。

 が、それでも、自分の言いたいことが相手に伝われば、まだ救われる。しかしそこまで自分
のレベルをさげたにもかかわらず、相手に自分の言いたいことが伝わらない……。そのもどか
しさ。いや、もどかしいなどというものではない。ときに、イライラする。

 そのイライラがつのったまま、別れる。だから、あと味が悪い。

 あとでワイフに、「あの人は、何が言いたかったのかねえ?」と聞くと、ワイフも、「私にもよく
わからない。グチを聞いてもらいたかっただけじゃな〜い」と。

 ナルホド! そういうことか!

 どこかの哲学者も、こう言っている。

 『沈黙の価値のわからないものは、しゃべるな』と。

【補記】

 意味のない多弁性は、ボケ症状のひとつと考えてよいのでは?

 その女性と話していて気がついたことだが、その女性は、(考えてからしゃべる)というより
は、(思いついたことを、ペラペラとしゃべっているだけ)と言った感じだった。

 それはここに書いたとおりだが、同時に、こちらの言ったことを考えようともしない。「〜〜で
はないですか?」と話しかけても、即座に、本当に即座に、それに反論したり、それを否定した
りする。だから会話にならない。

 思考力の深度ということになると、その「深さ」そのものがない。つまり、日ごろから、「考える」
という習慣そのものがない。私は、そんな印象をもった。

 そこで一言だけ、こんな質問をしてみた。会話の間で、「最近、読んだ本でおもしろいと思った
本はありますか?」と。すると、その女性は、「忙しくて、本など、読むヒマはありません」と。平
然と、そう答えた。

 5年や10年では、わからないかもしれない。しかし20年、30年とたつと、(考える人)と、(考
えない人)の差は、はっきりしてくる。それは健康論にも似ている。

 そこで大切なことは、(考えること)が大切なのではなく、(考えるという習慣)を、どう身につけ
るかということ。とくに重要なのは、論理的にものを考える習慣である。

 それをしないと、脳ミソの中でも、とくに前頭連合野が、スカスカになる。つまりボケるのも、は
やくなる?

+++++++++++++++++++

 おしゃべりなのは、その人の勝手だから、まわりの人がとやかく言ってもしかたない。そういう
人でもよいと思えば、つきあえばよい。いやだったら、やめればよい。

 しかし一言。

 今までにもたびたび書いてきたが、電車の中でのおしゃべりは、遠慮してほしい。これには、
男性も、女性もないが……。携帯電話ですら、注意される。しかしおしゃべりは、携帯電話の比
ではない。もっとうるさい。はた迷惑もよいところ。通勤列車などのローカル線なら、ともかくも、
しかし新幹線や長距離の特急列車のような列車の中では、遠慮してほしい。

 せっかくの旅が、台なしになることもある。
(はやし浩司 女性の多弁性)


Hiroshi Hayashi++++++++++Nov. 05+++++++++++++はやし浩司

●950番目

 原稿番号が、950番になった。900〜950番の950番である。見ると、その900〜950番
だけで、A4サイズ用紙(1ページ約1200字)で、677枚分にもなっていた。

 単行本にすれば、5冊分程度ということになる。900番目を書いたのが、9月10日ごろだっ
たから、2か月とちょっとで、677枚分の原稿を書いたことになる。

 が、問題がある。

 現在、私が使っているサーバーでのHPの許容量は、60MBまで。もう満杯ギリギリ状態。そ
こでこの900〜950番からは、別のHPのほうに収録しなければならない。いわゆるハイパー
リンクでつなぐしかない。

 しかし、心のどこかでおかしな抵抗感を覚える。「最前線の子育て論byはやし浩司」の原稿
は、すべて一か所にまとめておきたい。別々のところに収録するというのは、何かしら、家族を
分けるような感じがする。これはおかしな気分だ。

 が、しかたない。……ということを考えながら、950番目の原稿を、書いた。

 時は、2005年11月24日。


****************以上、950作*****************




 
はやし浩司(ひろし)





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ント はやし浩司 静岡県 浜松市 幼児教育 岐阜県美濃市 金沢大学法文学部卒 はやし浩司 教育評論家 幼児教育評論家 林浩
司 静岡県 浜松市 幼児教育 岐阜県美濃市生まれ 金沢大学法文学部卒 教育評論家 はやしひろし 林ひろし 静岡県 浜松市 幼
児教育 岐阜県美濃市生まれ 金沢大学法文学部卒 教育評論家 はやし浩司・林浩二(司) 林浩司 静岡県 浜松市 幼児教育 岐
阜県美濃市生まれ 金沢大学法文学部卒 教育評論家 Hiroshi Hayashi / 1970 IH student/International House / Melbourne Univ.
writer/essayist/law student/Japan/born in 1947/武義高校 林こうじ はやしこうじ 静岡県 浜松市 幼児教育 岐阜県美濃市生まれ
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